銀河漂流劇場ビリーとエド 第7話『食物新時代』・② | せいぜいひまつぶしの小話

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5年目から創作系ブログとして新装開店しました。
色々と思うところ書いてます。講談社への抗議不買は一生続けます。
2022年12月からは小学館もリストに加わりました。
「人を選ぶ」とはつまり「自分は選ばれた」ということです。

登場人物

 

第7話  ①、  ③、  ④、  

 

 時は移り、ところは変われど、人類の営みそのものに何ら変わるところは無い。ヒトがヒト
である限り、どこへ行っても“食事”の問題から決して逃れることは出来ない。

 宇宙の海で魚は釣れない。外から持ち込んでも容量自体に限界がある。漂流する宇宙船も、
衛星軌道をグルグル回るステーションも、乗組員の生命と生活を維持するためには自給自足の
食糧生産プラントが最低限必要な装備となっている。

 だがシルバーアロー号のプラントは、実質たった3人分の食糧も賄えないほどに機能が低下
しており、船の仲間たちは常に慢性的な食糧不足に悩まされていた。

 だがそんな事情をイマイチ理解していなかった超能力少女は、前回目撃した2人の現場と、
勝手に膨らんでいく妄想で頭がいっぱいになっていた。

(いつも2人一緒だし……やけに仲がいいなぁとは思っていたけど……)

 宇宙船のような閉じられた環境で長く一緒に生活していれば、人間関係が濃密になっていく
のは当然。しかも乗組員が5人しかいなければ、特定の誰かと始終一緒でいるのも別段珍しい
ことではないだろう。単純にそう思っていた。

 そう“思い込もうと”していた。

(大丈夫なの?イロイロと…まぁイイ雰囲気みたいだったし…お互いの気持ちが通じ合ってる
のが大事なのは分かるけど……でも大人と子供だし、それに男同士………………あれ?)

 お茶も無いので白湯(さゆ)をすすりながら、やや腐り気味の妄想を依然逞(たくま)しく
膨らませるアルルの中にフと、ある疑問が頭をもたげた。

(エドくんって…男の子……だよね?不死身究極ナントカだって言ってたけど……、まさか!?
『僕は女の子にだってなれるんだよ』とか、『俺は別に…お前のそういうトコにこだわってる
わけじゃないんだからな』とか、そういうの……だったりする?)

「!いやいやいやいや、ちょっとベタだよね」

 いくらなんでも直球過ぎたなと思い直し、アルルは新たに別のネタを考え始めた。

(宇宙船シルバーアロー号の乗組員は全部で5名!…だったが、その中に『ビリー』と『エド』
という2人組がいた。2人ともお人好しのアウトローだったが、いつも2人で行動し、『でき
てんじゃあないか?』ってくらい、仲が良かった)

「………………………」

(…ってもっとありえないわ!なんか『ホルマリン漬け』の『輪切り』とかにされそうだし、
自分で考えといてアレだけど!)

「さっきから何をしているんですか?」
「!&$#YTW?!」

 白黒時代のSF映画から抜け出してきたような古臭いデザインのロボットが、アルルの目の
前にヌッと現れた。ロボットらしく口調はあくまで冷静だが、妄想に割り込まれたような気が
したアルルは大いに驚き、声にならない声をあげ、湯飲みの中身を盛大にぶちまけた。

「私が防水加工じゃなかったら大変なことになってましたね。何やらひとりでブツブツ呟いて
ましたが、有明あたりのビッグなサイトで売り出すような薄い本のネタでも考えてましたか?」
「…どこまで聞いてたのよ」
「上目づかいでベタだのなんだのと言っていれば大体分かりますよ、妄想するなら楽しい方が
いいに決まってますからね。おっさんとショタのカップリングにするつもりでしたらおっさん
よりショタを攻めにした方がギャップ萌えという意味では」
「うっさい」

 どうやら割り込まれるどころか、完全に覗き見されていたようだ。


 ここは、宇宙船シルバーアロー号フィーディングルーム(食糧供給口)。船前方後部にあり、
船首を人間の頭部として見た場合、首筋あたりに位置するその場所に、プラントで生産された
食糧が運び込まれてくる。2人は壁に備え付けの折り畳み椅子に座り、到着を待っていたのだ。

「いつ来るか分からないんですから、無理に付き合わなくてもいいんですよ?というかアルル
さんの方は何か他に用事があるのでは?でなければわざわざこんな場所にまで来て私なんかと
一緒にいないでしょうからね」
「…それ自分で言ってて虚しくないの?」
「誰からも好かれるようなキャラクターじゃないことぐらい百も承知ですよ。そういうことは
船長にお任せしているんです。それで用件は何なんです?」
「…まぁいいわ。じゃあ聞くけどさ、エドくんって、男の子だよね?」
「生物学的にはどちらでもないです、不死身究極生物の船長に性別の区別はありませんからね。
それに上も下もツルツルですから、幼稚園児や未就学児を相手にアルツハイマーの診断なんか
しないように、そもそもジェンダー的な議論に巻き込むべきではありません。一応“付いてる”
ことは“付いて”ますが、アレは船長にとっていわば水道の蛇口の先っぽのようなものでして、
あくまで泌尿器であり生殖器としての機能は備わっていない」
「ロボ」
 


「…なんですか」
「ネタはいらないの。下ネタはもっといらないの」
「性に関する話題を下半身と下ネタ抜きで話せるなら逆に聞いてみたいですね。私の語彙力と
表現能力にそんな無理難題を期待されても困ります。しかしまあ一人称が“ぼく”の女の子と
いうのも…フム。それはそれでアリかもしれませんね。今度船長と相談してみます」
「エドくん使って何やってんのよ」
「平たく言えばアイドル育成プロジェクトみたいなものですかね。広い意味では外見的印象に
より生じる戦術的優位性(タクティカルアドバンテージ)の追及と言いますか、まぁとにかく
DNAレベルで自身を自由に変えられる不死身究極生物の能力を利用しない手はありません。
だってそうでしょう?アルルさん…」
「…何よ」

「誰だってカワイイブルーハーツコにオネガイラブラブされたいじゃないですか…」

(…こいつ…!)

 アルルの肩にポンと手を置き、ねっとり絡みつくような声で“ゆっくり”と囁(ささや)く
ポンコツロボットの無表情なはずの鉄仮面が、邪悪な笑みを浮かべて歪んだように見えた。

「でも安心して下さいアルルさん。私が何を企んでいようと船長は船長のままです、今までも
これからもずっとね。そこだけは信じてあげて下さい」
「そこんトコだけは信頼しといてやるわ」
「ええそれで結構です。…お湯しか出ませんがもう少し飲みます?」
「………………」

 無言で差し出された湯飲みに向かって、ロボの口からまるで吐瀉物のような音を立てながら
注がれたそれを、アルルは再びすすり始めた。人を喰ったような言動にこれ以上ツッコんだら
負けだと思った。


 シルバーアロー号は、もともと最大収容人数250人超にもなる大型の宇宙船であり、供給
用の搬入口も当然、それに合わせて巨大なものとなっている。2人の目の前にあるのは、高さ
約3メートル、幅約2.5メートルのトンネルと、その向こうから伸びてきたレールの終端に
設置された車止めに各種発報装置を備えた、終点の乗換駅なんかでよく見かけるような光景で、
鉄道好き以外が興味を引くようなものは何も無く、超能力少女を数分足らずで夢の世界へ誘う
には充分過ぎるほどの退屈さだったが、足跡を踏んで敵と遭遇するわけではなかった。

 

 

 

 そしてついさっきまで人の3倍も4倍もしゃべくり倒していたポンコツロボットはといえば、
0と1を行動原理としているせいか、しゃべらないとなるとまるでスイッチが切れたみたいに
黙り込み、ナレーションの中にさり気なくねじ込まれた細かすぎるゲームネタにもまったくの
無反応で、部屋の中は一気に静まり返った。

 それからさらに1時間後。

ピンポ~ン♪

『プラントより、コンテナが間もなく到着します。速やかに回収し、空になったコンテナは、
所定の位置へ戻してください』


ピンポ~ン♪

『プラントより、コンテナが間もなく到着します。速やかに回収し、空になったコンテナは、
所定の位置へ戻してください』


 車止めのすぐ近くにあったオレンジ色のパトランプが点灯し、合成された女性の声が到着を
知らせる。トンネルの向こうからレール越しに伝わる微かな振動が、静かな部屋に響き渡る。
ロボはおもむろに立ち上がり、レールの傍まで近付いた。間もなくコンテナ列車が到着すると、
中央のロックを外し、観音開きのコンテナをゆっくりと開いていった。

「……これは一体……?」

 サボり気味のプラントからようやく届いたコンテナの中身に、さすがのロボも困惑を隠せな
かった。

〈続く〉

 

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