(再録)『超人マオリ』・①(加筆修正) | せいぜいひまつぶしの小話

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「人を選ぶ」とはつまり「自分は選ばれた」ということです。

『超人マオリ』 ②、 ③、 ④(終) 

 

「いい加減にしなさい!夏休みだからって毎日毎日

 ピコピコやってないで、ちゃんと宿題やったらどうなの!?」

むかーし、むかし。
こんな風にして母親からキレられていた宿題サボりの小学生が、
7月中に全部済ませてからのゲーム三昧出来るまでになるのだから、
自分で言うのもなんですが、子供の成長というのは目を見張るものがありますナ。
ゲームばっかやってるのは今も昔も変わりませんが。

そんな(どんな)ワケで2020年8月最後のメイドイン昔話ですが、
今回のお話は過去記事からの再録+加筆修正となります。

本来予定していたのは『いのちの輝き』というホラー作品で、
ラブクラフトっぽい感じでやろうかと思ってましたがそもそも読んだことないし
急にポンポン思いつくようなモンじゃないとりとめのない断片的な記憶を物語として
再構成するのは中々大変でして、まぁあと5年くらいは猶予があると思うので、
その間になんとか思い出してみます。

とにかく、親がいくら「宿題やれ」なんて言ったところで、
ゲームばっかやってるバカガキの耳には何を言っても右から左、
反省するどころか家でやってるからアレコレ言われるんだと自分勝手に解釈し、
どうにかして周りを気にせず堂々とゲームが出来ないものかと悪知恵しぼって
考え抜いた結果、近所に住んでいた隠居のじいさんを利用することを思いつきました。

「じいちゃん一生のお願い!夏休みだけでいいから
 じいちゃん家
(ち)にゲーム置かして!」

たかが人生十(とお)かそこらのガキンチョが、意味も分からずよく使うセリフです。
あの頃のぼくは、「一生のお願い」を何べん繰り返したことでしょう。

今にして思えば、ぼくのしていることは他人の家に我が物顔で
ズカズカ上がり込み、テレビを占領してゲームに没頭するクソガキの迷惑行為。
普通なら(ぼくなら)一発ひっぱたいて追い返すとこですが、

「別にかまわないよ」と、

じいさんは特に嫌な顔するわけでなく、
意外なほどアッサリとぼくの一生のお願いを聞き入れてくれました。

(やった!チョロいもんだぜこのじじい)

なんてほくそ笑んでましたが、そもそも家でうるさく言われるのが嫌だから
家に置いてもらうわけですから、今度は「じいさんの家にゲーム機を置いて帰る」
ようになっていきます。するとどうでしょう?

自宅に帰り、アニメを観ながら晩飯を済ませ、部屋に戻ればあとはせいぜい漫画を読むか、
それにも飽きたらもういい加減やることがなくなって最後には宿題やるしかないわけで、
結局クソガキの悪知恵と悪巧みは、まんまと逆手に取られてしまっていたのです。

温厚な人物ではありましたが、あれでなかなかに老獪なタヌキだったようです。

一応ゲームボーイが、あるにはありましたが、単三電池を4本ずつ買い続けるとなると
子供の財力ではどうにもならないし、そんなんじゃぜんぜん足りません。

そんなこんなで夏休みの間中、ぼくのピコピコ部屋と化したじいさんの家で
聞かされたのは、じいさんが旅先で見かけたという、ある超人みたいな男のお話でした。

〈続く〉

 

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