(再録)『超人マオリ』・②(加筆修正) | せいぜいひまつぶしの小話

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5年目から創作系ブログとして新装開店しました。
色々と思うところ書いてます。講談社への抗議不買は一生続けます。
2022年12月からは小学館もリストに加わりました。
「人を選ぶ」とはつまり「自分は選ばれた」ということです。

『超人マオリ』 ①、 ③、 ④(終) 

 

ピンポン♪

毎朝大体、8時半から9時の間くらいだったと記憶しています。
ひとの家を訪ねるにはずいぶん早い朝っぱらからピコピコ部屋…もとい、
じいさんの家に遊びに行くと、既にじいさんがゲーム機をあっためていました。

テレビの音、と言われてピンとくるでしょうか?なんだか歳がバレそうな話題ですが、
ビデオ入力に切り替えたり音を切ったりすると、なんだか耳の奥深く響くような
「チー…ン」という、いわゆる“モスキート音”と呼ばれるか細い音が
ドア越しに聞こえてくるので、じいさんがゲームで遊んでいるのが分かるわけです。

ミイラ取りがミイラになるとはこのことですが、同好の士が増えるのは嬉しいことです。
最初は1人だけで遊んでましたが、じいさんもゲームで遊んでいるのが分かってからは、
時々じいさんを、対戦や協力プレイに誘うようになっていきました。

「そういえば昔、旅先で見かけた男の話なんだが…」

ファミコンのコントローラーを戦闘態勢でしっかりと握り締め、
顔と目線はテレビにしっかり釘付けのままじいさんは、ポツリポツリと語り始めました。
その間もじいさんの指先は、別の生き物みたいにガチャガチャとせわしなく動いてました。

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あれはもう、何十年前の話になるかな。
私が昔、大学で民俗学を教えていたのは話したかな?その頃の話でね、
フィールドワークの名目で、世界中あちこち旅をして回ったもんだ。大学の経費でね。

だがいくら経費で落ちるからって遊び惚けているわけにはいかない。
大学教授としての立場があるからね、論文のひとつも仕上げなきゃならないわけだ。
たしか論文は表題は…『自然環境が神話・伝承の成立に与える影響』だったかな。
まぁその辺の細かい話はどうでもいいか。

行った先は、南半球のニュージーランド。オーストラリア大陸の隣にある島国だ。
日本とは季節が逆だから、8月は冬だね。ただ私が行ったのは12月の半ばだったから、
今の日本と同じでもう、とにかく暑かった。私としては時期を間違えたと思ったね。
それでも遊びに来たわけじゃないから、とりあえず調査をひと通りこなして、
ひと段落ついたら残りは涼しいホテルの部屋にこもってやり過ごそうと思っていたんだ。

で、ひと通り調査を終えて、滞在期限も残りあと二日となった。
旅の最後に向かったのは、ニュージーランド最大の都市・オークランドだ。

昔話なのにどうして都会なのかって?調査は終えたと言っただろう?
それに日本行きの便はオークランド発の、それも朝イチの便しかないからね。
少なくとも前日のうちから現地入りしていないと間に合わないんだよ。
夕方にはホテルに着いて荷物を預けたあと、私は外の海沿いをこう、
ブラブラとほっつき歩いていたわけだ。どこかにいいメシ屋はないものか、とね。

「!!」

すると突然“何か”がものすごいスピードで私の横を通り過ぎていったんだ。

いやもう、早いのなんのって。まさに一陣の風の如く、って感じでね。
しっぽでも付けたらそのまま空高く飛び上がってしまうんじゃないかと思ったよ。
一体なんだろうと気になって目で追ってみると、正体はどうやらマオリの男らしかった。

マオリというのは、ニュージーランド先住民の呼び名でね。
オーストラリアのアボリジニ、アメリカならインディアン
(当時の呼称を使用)
彼らと同じで、ニュージーランドに元から住んでいた人たちなんだ。

浅黒い肌に結い上げた長い黒髪、背は決して高くはないがガッシリとした体つきで、
マオリの人間によく見られる特徴があったから、間違いないと思ったわけだ。

あんなに急いでどこへ向かっているんだろうと、男の動きが気になったのは当然だ。
先回りして目で追ってみると、岸辺の桟橋ではフェリーが出港しようとしていた。
…いや違うな。フェリーは既に出港して、岸からだいぶ離れ始めていたんだ。
次の便の一番乗りでも狙っているんだろう、そうに違いない。

ところがだ。男は岸に近付くにつれ、
逆にどんどんスピードを上げていったんだ。

…おい、

…まさか?

…アレに乗るつもりか?

予想外だがある意味では期待通りだった男の行動に、私は目が離せなくなっていた。
どうせうまくいきっこないと冷めた目で見てはいたが、逆にだからこそ、
私の期待と興奮はますます高まっていったんだ。

そしてついに男は岸から跳び上がった!

片腕を大きく突き上げた、いささか奇妙なスタイルのジャンプだったが、
スピードがついていたから飛距離はかなりのものだったね。
それでもやはり距離が足りなかった。

あと2、3メートルかそこらのところで、男は目に見えて失速していったよ。
やっぱりこのまま海にドボンするんだ、なんてガッカリしたのもつかの間、
男は空中でさらに大きく跳び上がった!

…男は甲板の上に見事着地してみせたんだ。

言葉を失うほどの衝撃とはこのことだ。
遠目に見ても分かるぐらい、居合わせた乗客もみんな驚いていたなぁ。
一体何が起きたのかサッパリ分からなかったが、男を乗せたフェリーが
次第に遠ざかっていくのを茫然と眺めていると、その跡に1羽のカモメがグッタリ
横たわっているのが見えたんだ。

死んでいるのかと思ったが、そこは安心してくれ。
すぐに息を吹き返してバタバタ飛び立っていったよ。
背中には踏まれたような靴跡があったから、おそらく男のすぐ足元を
飛んでいたところを、踏み台にされたんだろう。

あれは『2段ジャンプ』というものだったんだね。
当時はその単語自体を知らなかったから、誰かに説明するのに難儀したもんだよ。
こんな風にスッキリとした気分で話せるようになったのは、つい最近のことなんだ。


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ちょうどその時じいさんは、『マリオ3』の1-2で、
クリボー連続踏みからの無限増殖に挑んでいるところでした。

一応の補足として、現在はネイティブアメリカンと呼ばれておりますが、
オリジナリティを尊重し、当時の“インディアン”という呼称をあえて使っております。

ポリコレに人の思い出を踏みにじる権利などありません。

〈続く〉
 

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