クリニカルリーズニングに基づいた腰痛の評価・介入(CTFを用いて) | Aussie Physio (オーストラリアの理学療法)

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オーストラリアでPhysiotherapist (理学療法士)になるために渡豪

そんな日々の中での気づき

少しずつではありますが、クリニカルトランスレーションフレームワーク(CTF)に興味があるという連絡を頂いています。

 

非常にありがたいことです!現在、翻訳を進めていますのでもう少しお待ち下さい。英語で原文を読みたい方はこちらからどうぞ。

 

今日は、前回の頸部痛の記事に引き続き、腰痛についてどのようにCTFを使うことが出来るのかをご紹介させていただきます。

 

 

 Patient perspective (個人の視点)

 

40代女性。主訴:急性腰痛にてクリニック来院。動作に伴う腰部から臀部にかけての鋭利痛(VAS 7-8/10)。座位にて安静時痛VAS 4−5/10。放散痛や痺れなし。

 

現病歴:2日前、朝起きた時に腰に違和感を感じるも、普段通りの生活を送っていた。同日、午後に腰痛が徐々に悪化。腰をひねったり、重いものを持ち上げたなどのエピソードも思い当たらず。翌日GP(一般開業医)を訪れ、痛み止めの薬を貰うも改善せずクリニック受診。仕事としては事務業(主にパソコン作業)をしており、ここ最近の2週間は今までにないほど非常に忙しく、極度のストレスを感じていたとのこと。

 

既往歴:腰痛の既往歴なし。以前より整理中の経血量が多く、貧血などになりやすかったために一年前に子宮摘出術の手術を受けたとのこと。そのため、身体活動量も下がり、去年から約10kgの体重増加あり。

 

Belief : よくわからないけど、腰部にスパズムを感じるとのこと。 

 

ゴール:腰痛の改善と原因が何であるのかを知りたい。

 

 診断名、障害タイプ

 

子宮摘出術の手術の既往はあるが、癌などの既往歴はなし。その他の膀胱直腸障害や会陰部の感覚障害なども認められず。夜間時痛は認められたが、寝返り時などの腰部の動きに伴い痛みが認められるとのこと(器質的な痛みの示唆)。そのため、レッドフラッグの可能性は低いと考えられる(しかし、完全に無視するのではなく、レッドフラッグの可能性も念頭に置きながら評価を進めることが重要と感じています)。

 

夜間時痛だけではレッドフラッグがあるとは言い切れませんが、一つの指標になると考えられます。夜間時痛でも、動作に伴わない痛み(非器質的な痛み)や、組織損傷などの心当たりがないのに痛みが継続的に悪化し、その他に原因不明の体重減少、全身の倦怠感、癌の既往、長期間のステロイドの使用、または高齢者における転倒の既往などがあれば、この’夜間時痛’という情報の重要性が高くなります(骨折や癌についてのレッドフラッグについてはこちらより:この中でも特に癌の既往と、骨折の場合には外傷、高齢、長期のステロイドの使用が有用な情報と報告されています)。

 

非特異的腰痛 vs 特異的腰痛

 

腰痛の発症機序に ’思い当たるような節がなく、朝起きた時に腰部にこわばりを感じた’ とのことから、組織損傷の可能性は低いと考えられます。仮に、この患者さんが何か重いものを持ち上げた際に急激に腰痛が出現したとなると、(何の組織かは別として)組織損傷の可能性が考えられるため、同じ ’急性腰痛’ でも評価・治療の方向性が異なってくると考えられます。

 

具体的に言えば、思い当たる節がないのであれば、組織損傷の可能性が低いため、評価・治療でもどんどん動いてもらうことが可能な場合が多く、患者さんの中でも動いていると楽や、ホットパック・お風呂などの温熱療法で楽になるというような方が多いです。逆に、一日前に腰を捻った、または重いものを持ち上げた後に生じた急性腰痛などの場合、その外傷が生じた方向への反復運動を繰り返すと腰痛が悪化するという傾向にあります。

 

これは、足関節捻挫と同じこととして考えると少しイメージがしやすいかもしれません。例えば数時間前に足関節の内反捻挫をした場合、内反方向への積極的な運動は組織の治癒過程を促すために避けるべきであり、正常な組織の治癒過程が進むにつれて徐々のその動きを再獲得してく必要があります。

 

そのため、急性期の腰痛患者さんを担当する場合には、このような情報(組織損傷を生じるようなイベントがあったのか?)を頭に入れておくことでその人に合わせたアドバイスを提供することができ、不要な安静や腰部の恐怖回避行などによる慢性化への予防の手助けとなります。

 

この方の場合は、思い当たるようなきっかけもなく、朝起きた時に腰痛を感じていたとのこと、神経根症状が認められないこと(筋力、深部腱反射、感覚正常)、レッドフラッグが認められないことなどから、’非特異的腰痛’という診断名が妥当と考えられます。

 

 障害のステージ

 

急性期

 

 痛みの種類

 

先ほど述べたように、この方は主に器質的な痛み(侵害受容性疼痛)を訴えていました。機能障害としては、立ち上がり動作、長時間(約15分ほど)の座位保持などで腰部に痛みを感じていました。夜間時に関しても、安静にしていても疼くような痛み(炎症性)を感じているのではなく、寝返りをうつ際に痛みが生じるといったことからも器質的な痛みということが伺えます。

 

 心理社会的要因(イエローフラッグ)

 

Short Form Orebro Musculoskeletal Questionnaire (10問)では、47/100でした。これは50点以上で慢性痛へのリスクが高くなるというものですが、日本語版では埼玉県立大学の高崎先生が12問の質問紙ver. を使用して研究をされています。ここで重要なのは、リスクが高いかどうかということはもちろんですが、各質問項目によってもどのような要因が影響しているのかということも確認することができることです。もちろん、心理社会的要因においては、初回から全てを正直に書かない人もいることは頭に入れておかなければいけませんが、この方にとっては不安といった項目で8/10点、痛みが出る動作などは中止する必要があるという項目で8/10点という結果が認められました。

 

これらのことを問診の中で頭に入れながら話を進めると、自分の腰痛の原因はわからないが痛みが出るということはそれ以上その動きをすることによって組織にさらなるダメージを加えてしまっている可能性があると考えていること、X-rayやCT/MRIなどの画像診断が必要かもしれないということ、仕事がすごく忙しく、そういった意味でフラストレーションを感じていたこと、腰痛の原因がわからないことなどに不安を感じていました。

 

以前のブログでも、イエローフラッグを早期から発見する重要性について述べましたが、ここで重要なのは本人が画像診断が必要かどうかを考えているところです。NICEガイドラインでは日常的に画像診断を行うことを推奨していません(ただ、これは画像診断を全く否定するわけではなく、ガイドラインに則って必要性が認められない場合には行わないということです)。また、この患者さんが40代後半であることからも、おそらくCTやMRIなどを施行すれば退行性の変化は認められると考えられます。これは、痛みを有さない人たちにも認められる変化とされており、画像診断をルーチンで行うことによって、より不安や運動恐怖といった要因を助長させてしまう可能性が考えられます。

 

そのため、得意的疾患の症状・兆候やレッドフラッグなどが認められないこと、痛みが器質的な評価によって再現可能であること(詳細については以下の機能的行動・習慣を参照)、腰痛発症の2週間前に仕事で非常に強いストレスを感じていたことによって、患者さん本人も筋の緊張を感じていたこと、ストレスに対する反応として疼痛閾値の低下などの要因が重要であることを患者教育として行いました。

 

 労働

 

今回の腰痛発症の要因としては、作業場の環境に変化などがないこと、いつも以上の長時間労働をしているわけではないことなどを考慮すると、仕事のパソコン作業が直接影響しているとは考えづらいですが、いつも以上の仕事によるストレスを感じていたことは重要です。ここで確認しておきたいのは、今後の予後予測の要因としてこの仕事に関するストレスが一時的なものか、それとも今後も続くのかということです。それを踏まえた上で上記したような患者教育を行い、仕事に対するストレスと上手く付き合っていく、またはストレスを発散する方法を知っておくことも重要です。そのためにも以下の生活習慣要因で述べるような身体的活動が重要となってきます。

 

 生活習慣

 

健康に影響を及ぼすような喫煙やアルコールの摂取は認められませんでした。睡眠に関しても日頃からの睡眠障害は認められませんでした。身体活動においては、去年の子宮摘出術以降、定期的な運動を行っておらず、体重も一年で10kg増加しています。また、肥満と痛みの関係においても、肥満は従来のBiomechanicsのみでなく炎症との関連もあるとされています。そのため、これらの要因を考慮した上で生活習慣の改善も介入の視野に入れるべきであると考えられます。

 

 全人的考慮

 

既往歴から、子宮摘出や更年期に移行してきていることなどを考えると、急性腰痛といっても上記のような要因を考慮した上で治療を展開していくことで、より包括的な評価・アプローチが可能となると考えられます。

 

 機能的行動・習慣 (Functional Behaviour)

 

主な機能的障害は立ち上がり動作、長時間の座位保持でした。座位では骨盤前傾、腰椎の前弯が強く、腰部脊柱起立筋群の過剰な保護的収縮、腹部を固める bracing が認められました(これをCTFでは**Pain behaviourと呼んでいます)。リラックスした状態で呼吸にフォーカスしてもらい、腹部を自分の手を当てた状態でうなだれたように(骨盤後傾)座ってもらうことによって腰部の痛みが軽減しました(通常の座位 VAS 4-5/10、伸展時 VAS 6-7/10の鋭利痛 -> 骨盤後傾 VAS 0/10)。また、立ち上がり時にも同様に骨盤前傾位で固定している様子が伺えたので、リラックスした状態で動きを促す訓練を繰り返した後、立ち上がり時の痛みも軽減しました。

 

また、徒手的な評価のPPIVMにおいて腰椎の動きを確認したところ、患者さんが緊張した状態では痛みを生じますが、完全にリラックスした状態では屈曲で痛みを生じず、最終域で筋の伸張性の硬さが多少あるものの、ほぼ可動域を動かすことが可能であるため、分類としては Movement Impairmentが主ではなく、Pain behaviour/Motor Controlが主な要因と考えられます。ここで注意しておきたいのが、先ほど述べたように屈曲方向への外傷を伴うようなケースではおそらくPPIVMの評価においても急性期では痛みを伴うことが考えられます。そう言った意味で問診で受傷機転を確認し、身体的評価によってその確認作業を行っていくという繰り返しによって問題点を抽出していくということがクリニカルリーズニングとなります。

 

**Pain behaviour: Helpful(有用である)vs Unhelpful(有用でない)

 

これらの筋の過剰な保護的収縮などは、急性腰痛に頻繁に認められる行動ですが、これが有用か(helpful)か有用でないか(unhelpful)を判断する必要があります。上記のように、リラックスした状態で動作をしてもらった場合に痛みがなくなるのであれば、この過剰な収縮は有用でない(unhelpful・痛みを助長させている)と考えることができます。逆に、例えば他のケースで痛みがある人にリラックスしてもらった際に下肢痛が強くなったなどの情報が認められる場合には、この行動は痛みを助長させないために有用である(helpful・保護的である)と考えられます。

 

 

 臨床意思決定 (Clinical Decision Making)

 

診断名:非特異的腰痛

 

ステージ:急性期

 

分類:Pain behaviour/Motor  control 障害

 

治療方針

 

短期目標

  • エビデンスに基づいた患者教育
    • 画像診断の不必要性(レッドフラッグ、特異的疾患、外傷などのが認められないこと)
    • 不安、ストレス、身体的活動量低下などの痛みへの影響
  • モーターコントロール障害に対するアプローチ
    • 腹壁をリラックスした状態、骨盤後傾、腰椎後弯の状態での座位、立位の動作の再獲得
    • 腰部脊柱起立筋、臀筋、腸腰筋のストレッチ
  • Movement impairmentに対するアプローチ
    • 腰部脊柱起立筋や臀筋群に対するリリース
    • ホットパックや温熱の継続
長期目標
  • 身体的活動の増加
    • 患者さんが楽しめる運動の再開(本人は昔ジムに通っていたとのことから将来的にまたジムに通いたいとのこと)
  • 動作時(立ち上がり、物を拾うなど)における腰部脊柱起立筋の過剰収縮の改善
    • 下肢筋群の筋力強化(特にスクワットやラウンジ)により、脊柱起立筋の過剰な活動からのシフト
 
まとめ
 
腰痛といっても、様々な要因が関連していることは知られていますが、要因が増えるにつれてその複雑さも増します。その複雑性に対処するためには、身体的な機能障害を知ることはもちろんですが、’心を持った人間’ を対象にするPTとして、これらのことを考慮することが出来るかどうかは、患者さんの回復や予後を左右する重要な点であると考えられます。
 
このような考え方をもっと学びたい方は、6月に日本でセミナーを開催させて頂く機会を得ましたので是非!!
 
今日も長文を読んで頂きありがとうございました!!
 
 
 
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