慢性痛を引き起こす原因って・・・? | Aussie Physio (オーストラリアの理学療法)

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日本で理学療法士として働いた後

オーストラリアでPhysiotherapist (理学療法士)になるために渡豪

そんな日々の中での気づき

最近は大学院で痛みのマネジメントについて学んでいますが、本当に沢山考えさせられることがあって非常に勉強になっていると同時に、僕ら医療従事者が行っているマネジメントが(全てではないですが)何パーセントかの慢性的な継続する痛みを引き起こしている可能性があるのではないか、という風に感じています。もちろんそんなことなく、素晴しい治療・マネジメントを行っている医療従事者の方を沢山知っていますので皆がそうだというわけではありません。


では、どうしてそういう風に感じるのかというと例えば急性腰痛の場合、それが非特異性腰痛(Red flagsなどの所見が認められない)であれば、ガイドラインなどのエビデンスによると90パーセントの腰痛は6週間以内に治るとされています(Van Tulder et al 2006)。もちろん全ての患者さんがここに当てはまるわけではないですが、このエビデンスは適切なマネジメントを行うことによってほとんどの患者さんが慢性痛へ進行することを防ぐことができると捉えることもできると思います。


ですが、オーストラリアでも慢性痛の社会的負担は大きく、オーストラリア人の5人に1人が慢性痛を持っているというデータもあります。こちらの画像に載っているグラフは学校のレクチャーで使われたものですが、なにを示しているかというとイエローフラッグがいくつあるかによって、どれだけ痛みが継続する可能性があるかということを示しています。



イエローフラッグが5つもしくは6つある人は痛みが1年経っても回復せず、逆にイエローフラッグが少ない場合は痛みの回復が早い段階で認められていることがわかるかと思います。さらに興味深いところは、最初の6週間の時点では痛みの強度には、イエローフラッグが沢山ある群もない群もあまり差がないことが見て取れるかと思います。しかし、発症より3ヶ月経つころに徐々にその差が出てきています。


これは、慢性痛を有する患者さんは3ヶ月(おおよその急性から亜急性期が終了する時期)を過ぎた時点で急に慢性痛に移行するのではなく、急性期の時点でプライマリーケアの医療者(日本の場合ではDr.がほとんどになると思いますが、整骨院、整体院、鍼灸なども含めた個人経営のクリニックに勤める治療者も含めて)が慢性痛へ移行する可能性を早期発見し、それに伴った最善の対処を行う重要性があることを裏付ける証拠になっていると思います。


では、実際にどういった形で僕ら医療従事者が慢性痛を作り出している「可能性」があるのか(あえて可能性と言わせていただくのは、それが真実かどうかはわからないからです)。


今年出版された Implications of early and guideline adherent physical therapy for low back pain on utilization and costs (Childs et al 2015) という文献に、どれだけの理学療法士がガイドラインに沿った腰痛の治療を行っていたのかという情報が載っていますが、43.2%がガイドラインに沿った治療を行っていたのに対して、56.8%がそれとは異なった治療を行っていたと表記されています。患者が治療院を訪れた平均回数は、2年間のフォローアップでガイドライン群が6.2(SD7.6)回に対して非ガイドライン群は15(SD17.2)回となっています。また、ガイドライン群では非ガイドライン群と比べてMRIやCTスキャンの撮影、脊椎注射、腰椎の手術が優位に少なかったと出ています。


以下に腰痛や、急性期の筋骨格系疾患に対するガイドラインのリンクを貼っておきますが、これらのガイドラインでも急性腰痛においてレッドフラッグの可能性がない場合には、活動性を制限しすぎないこと(不要なベッド安静や日常生活活動の制限)、自発的なマネジメント(他動的なマッサージやマニュアルセラピーに頼りすぎるのではなく、自ら痛みの許容範囲でどんどん動いてもらう)、急性期(最初の4-6週まで)におけるマニュアルセラピーやNSAIDsの使用、Reassurance (主に痛みに対する恐怖心を減らすためにアドバイスや安心感を与えること)を行うことなどがエビデンスとして出ています。

http://www.nzgg.org.nz/guidelines/acutenslbp

http://www.backpaineurope.org/

http:UK!low!back!pain

http://www.acc.co.nz/PRD_EXT_CSMP/groups/external_communications/documents/guide/prd_ctrb112930.pdf

これらのことは、ダイレクトアクセスが行われている海外の理学療法教育では当然のように取り入れられていますが、それでも先ほどの文献のように半数以上のPTがガイドラインに沿ったマネジメントを行っていなかったという状況があります。この背景にはいくつか考えられますが、ビジネスや今だに根強く残っているバイオメディカルモデル(生物学的)だけの偏り、などの複雑な要因が関連しているのではと感じています。


僕がこちらで働きだして実際の現場を肌で感じて思っていることは、クリニックにもよりますが、やはり多くの医療従事者は慢性痛だけに限らず、急性期においてもバイオメディカルモデルのみに沿ったクリニカルリーズニングを行い、それによる治療に専念しているため先ほどのイエローフラッグなどの要因を見逃す、または気づいていてもそれを重要視せずに患者さんへの説明としてtissue dominant (組織の問題のみ)の臨床推論を進めるということが少なからずもあります。


また、ビジネスの要因としてはいかに患者さんをリピートさせるかにフォーカスが当たりすぎ、実際には非特異性腰痛でレッドフラッグもなく、早期に良くなる可能性があるにも関わらず、適切なマネジメント(Reassuranceや恐怖心を減らすアドバイスなど)を行う代わりに、レントゲンを撮りましょう、かなり退行性変化が認められますね、あまり動きすぎないようにして下さい、腰の筋肉が硬いのでもっと治療が必要です、などなどの誤ったアドバイスによってどんどんイエローフラッグの発達を助長している可能性があると感じています(もちろんそういったアドバイスが適切な場合もありますが)。


僕が実際に経験した例になりますが、昨日訪れた新患さん、40代の女性の方で3週間前ほどに荷物を持ち上げる際に腰をひねり、腰に激痛が走り数日間安静、仕事も休んで急性の刺すような痛みは最初の一週間でなんとかとれたが、ズキズキとした痛みがさらに2週間待ってもとれずカイロプラクティックを訪れたそうです。そこでの治療などに関しての詳細は割愛させて頂きますが、アドバイスとして言われたことが、普段行っているヨガや太極拳などのエクササイズをしばらくやめるように勧められたそうです。


その後、一週間で3回治療を受けるも痛みに変化がなく僕の働くクリニックを訪れたのですが、話を聞くところによると腰のストレッチをすると痛みが和らぐようでした。どうしてエクササイズをしないのか聞くと、カイロにしばらく普段のエクササイズを止めるように勧められたことが一番の原因で、いくら自分が痛みが和らぐと感じていても医療者に言われた言葉がかなりパワフルなメッセージとしてこの患者さんに捉えられていたみたいです。問診や身体的評価から、レッドフラッグもなく、非特異性腰痛であること、神経根症状なども認められないこと、ストレッチが本人の症状を和らげていることなどをしっかりと説明し、病態を理解して頂いた上で普段行っているエクササイズを再開するように伝えました。

今回の治療では、腰部筋群やfacet joint に多少の硬さはあったものの、マニュアルセラピーは全く行いませんでした。しかし、ご本人の満足度は実際のハンズオンの治療を受けた時よりも高いとのことでした。こういった症例を経験すると、もしこの患者さんの話から身体的所見のみの情報にとらわれてしまい、本人がエクササイズを止めた理由などにアプローチせず、単純に身体的評価から硬い筋や関節のみにアプローチしていたら、もしかしたらこの患者さんは慢性痛への道を歩んでいたかもしれません(まだ実際に経過を追っていないので果たしてこのアプローチが正しかったのかはわかりませんが)。

僕ら医療従事者の発言は、僕らが思っているよりもとてもパワフルで、いかに簡単に患者さんの思考を良い意味でも悪い意味でも変えてしまうことがあるということを感じています。もちろん慢性痛になる可能性がある原因はこれだけではありませんが、こういった側面も今後考えていかなければならない重要な一部であると思います。大変長くなりましたが、こういった情報がなんらかの形で一人でも多くの患者さんを救えたら幸いです。

今日も読んで頂きありがとうございました!!



Van Tulder M, Becker A, Bekkering T, Breen A, del Real MT,
Hutchinson A, et al. Chapter 3. European guidelines for the management of acute nonspecific low back pain in primary care. Eur Spine J 2006;15:S169-91