今日は、現在翻訳に関わらせて頂いている、クリニカルトランスレーションフレームワークの使い方について少しご紹介させて頂こうかと思います。
また長くなってしまったので、時間のあるときに(例えば日曜日の朝)コーヒーでも飲みながらゆっくりと読んでみてください(笑)。
Musculoskeletal Clinical Translation Framework(MCTF)とは元々カーティン大学理学療法学科学士・専門修士の学生に対して、筋骨格系疾患患者を担当する際に、多様な問題に対応することの重要性を教えるために作成されました。いわゆるBiopsychosocial アプローチですね。
今回は、そのMCTFをどのように臨床的に応用したらいいのかということを、今日、担当した頸部痛〜肩の痛みのケーススタディを元に紹介させていただければと思います。 全ての項目を細かくは説明しませんが、大まかな流れを理解していただければと思います。
主訴:48歳女性、左の頸部から肩関節にかけての痛み(疼くような鈍痛の場合が多いが、時折頸部・肩の動きに伴う鋭利痛もあり。)左手の第3−5指にかけて、断続的な痺れあり。
現病歴:2015年よりオフィスワーカーとしての仕事を開始。以前より座っている時間が増え、一日中(約8時間)パソコンを使うことが増える。それに伴いストレスを感じることが増えたとのこと。2015年の終わり頃より、徐々に両肩関節に痛みを感じ始め、左の頸部にも痛みを感じ始める。
特に思い当たるような事故・イベントもなく、3−4週間かけて徐々に悪化してきたため、GP(一般開業医)受診。頸部CT スキャンを施行。Multi-level degeneration(複数の椎間関節レベルにて退行性変化が認められる。特にC6/7 の椎間孔にて狭小化とC6神経根がインピンジメントされているかもしれないとのこと。
2016年7月より、フィジオ(理学療法士)による介入として徒手療法(関節モビライゼーション、マッサージ、鍼治療、ピラティスを3ヶ月ほど行うも改善が認められず。2017年12月にSpecialist (整形外科医)受診し、MRI施行。同様に、Multi-level degenerationが認められるが2016年と比較して大きな変化はなし。SpecialistにはSpinal Fusion (椎体固定術の手術)しかないと言われ、手術は行いたくないため、その他にできることはないかと相談し、C6神経根に対してのブロック注射を行うが改善は認められず。
既往歴:25年前に交通事故にあうが、左側の肩鎖関節の捻挫はあるが、骨折は認められず。それ以後にスポーツとしてテニスやズンバを行うも、後遺症は全く認められず。
機能障害:左の頸から肩にかけての痛みがあるため、以前行っていたスポーツやジムでの運動はここ数年行なっていないとのこと。また、運転をする際に左側を向くことができず、胸椎からの回旋を行なっているとのこと。
レッドフラッグの可能性を示唆する、夜間時痛、癌の既往歴、原因不明の体重減少、発熱、骨折、5Ds & 3Ns(Double vision, Dizziness, Diplopia, Drop Attacks, Dysphasia, Dysarthria, Ataxia, Nystagmus, Numbness, Nausea)などは認められず。
非特異的 vs 特異的
頸部の痛みや病態が果たして特異的なものか、非特異的なものかという判断は難しいところです。この患者さんにおいて、MRIにてC6の神経根症状の可能性が考えらますが、頸椎椎間板ヘルニアによる神経根症状が原因というためには、深部腱反射の消失、マイオトームレベルでの筋力低下がC6支配レベルで認められる必要があります。しかし、両側でC5-C8, T1レベルでの深部腱反射、筋出力はともに正常でした。そのため、特異的疾患である、C6椎間板ヘルニアによる神経根症状と言える可能性が低くなります。
では、なにが問題なのか?
左の頸部から上肢にかけての痛みの評価として、Neurodynamics (神経誘発テスト)を行いました。左では、正中神経、橈骨神経、尺骨神経すべてにおいて、左肩関節前部から上肢にかけての痛みの再現、可動域制限、しびれの再現が認められ、左頸部にC5-C8 神経根の触診、神経パルペーション(正中神経、橈骨神経、尺骨神経の触診による症状誘発テスト)にて、痺れと感作を認めました(以前、この考え方として腰痛を例として記事を書いていますので、興味のある方はこちらより)。
また、頸部のPPIVM(脊柱のPROM)により、左C5−7レベルの側屈・回旋の関節可動域制限を認めました。これは、この方が運転の際に左を向こうとしている時に感じている制限と同部位に認められました。
慢性期
この方の痛みの性質として、焼けるような痛み、電気の走るような痛み、spontaneous pain と呼ばれる、何もしていないのに急激に起こるような痛みは認められませんでした。これらは神経障害性疼痛の特徴とされており、神経に外傷や病変が起こることによる痛みとされており、それらの痛みが問診により疑われる場合にはPain DETECTやLANSSと呼ばれるスクリーニングツールを使うことにより、リスクを調べることも可能です。
主な痛みとしては、疼くような鈍痛や、頸・肩の動きに伴う鋭利痛が認められていました。特に、頸部左回旋時に認められる頸部の痛みは正中位に戻ると、痛みが落ち着いていました。これは、Mechanical Pain (器質的)な痛みと解釈することができ、Nociceptive Pain(侵害受容性の痛み)という種類の痛みに分類することができます。
ここで少し考慮しておきたいことが、なぜこの方の痛みが2015から3年経った今でも続いているのかということです。これは、急性期、亜急性期、慢性期において痛みの性質が変わることが予測される観点からも重要です。
先ほど述べたように、この方の痛みはNociceptive Painですが、Neurodynamicテストにおいて神経系(正中神経、橈骨神経、尺骨神経)に感作が認められている理由がどこかにあると考えられます。それらの理由は一つではないと思いますが、ここで以下のような要因が重要になってきます。
Short Form Orebro Musculoskeletal Questionnaire という質問紙をオーストラリアの臨床では使うことが多いですが、これもイエローフラッグをスクリーニングするために非常に有用です。各項目において、不安、うつ、睡眠、痛みの回避などをスクリーニングすることができます。
この方の場合、不安や睡眠などのスコアが高く、これらの質問紙からそのことについて話を伺ったところ、夜寝ることができないのは不安(頭の中で色々な考えが巡ってしまうため)によるという話をされていました。また、不安やストレス、よく眠れない時などは翌日の痛みの感受性が増しているということも確認できました。
また、Beliefの確認として、「何が頸部や肩の痛みの原因だとお考えですか?」という質問に対して、よくわからないけど椎間板ヘルニアや退行性変化によるものという考えがあることを確認しました。また、「痛み=関節へよりダメージを与えている」という考えがあり、頸部の回旋時に頸部筋群の保護的過剰収縮が認められていました。
仕事に関しては、2017年の9月より新しい仕事を始め、コンピューターを使う量はあまり変わらないが、以前よりもストレスが非常に減ったとのことです。このことにより、痛みに関しても以前よりは少なくなってきているとのことでした。
2015年に痛みが発生した当時何が原因で痛みを生じたのかを確認しましが、この患者さんにとって思い当たる節が見つからず、外傷なども認められませんでした。これは、この患者の肩から頸部にかけての痛みが仕事によるストレスによって引き起こされた‘可能性’があることを示唆していますが、過去に起きたことであり断定することはできません。ただ、外傷が認められないということは、痛みがあるとしても過剰に保護する必要がないということを示しています。このようなことをPain behaviour(以下の機能的習慣・行動参照)と言いますが、多くの場合はその人のBeliefと関連していることが多く認められます。
ここでは、身体的活動量、睡眠、喫煙、アルコール、肥満などが含まれますが、睡眠と身体的活動量において、症状への影響が認められました。以前は日常的に運動を行なっていたものの、ここ数年はほとんど運動を行えておらず、そのことにより心理的なストレス、不安や気分が落ち込みがちになるということも認められました。また、それらによる下降性疼痛抑制系の機能も低下していることが考えられます。
一般的な健康状態の考慮などがここに含まれますが、この方には特に問題となるような合併症は認められませんでした。
機能的行動・習慣 (Functional Behaviour)
この方においては、頸部左回旋時の頸部筋群の過剰収縮(Pain behaviorと呼ばれる有益でない行動=頸部の固さや症状を助長させている一要因: Unhelpful/Provocative)が認められました。もしPain behaviour が有益(Helpful/Protective)であれば、リラックスして頸部回旋をしてもらった際に痛みの増悪が認められます。しかし、この患者においては関節可動域の拡大が認められました。ただ、リラックスすることによって全可動域を獲得できたわけではなく、先ほど述べたようにPPIVMによって左C5−7レベルの側屈・回旋の関節可動域制限を認めました。
また、頸部の運動に伴った恐怖は先ほどの「痛み=関節へよりダメージを与えている」といった、誤った理解による結果として認められるようになった機能的習慣だと理解できます。
このことから、この方の分類としては Movement Impairment、Pain behaviour
という要素が重要なことが確認できます。また、この分節的な可動性の低下は、C5−8レベルでの神経根でのAxonal mechanical sensitivityをきたすと考えられます。
臨床意思決定(Clinical Decision making)
さて、ここまで様々な要因がこの方の痛みに関わることをフレームワークの要素に沿って説明しましたが、このことからも筋骨格系疾患といっても個々によって多くの要因に左右されることが分かるかと思います。ここで重要なのは、Biopsychosocial アプローチというのは、何か一つ(例えば頸部に対する徒手療法、または社会心理的要因だけに対するアプローチ)を行えばいいというわけではないことです。
この患者にとって必要なアプローチとして以下のことが考えられます。
- 頚椎椎間板ヘルニアや退行性変化などの病態が主に痛みを引き起こしているわけではないという理解
- 痛み=ダメージではないという患者教育
- 頸部のCx5-7 Movement Impairment に対する徒手療法
- 末梢神経感作に対するアプローチ
- 神経モビライゼーション
- 身体的運動量の増進
- 睡眠管理
- 心理的対応(不安が強く、運動によって管理が難しい場合には臨床心理士などとの連携)
ここですべての要因の詳細については記載していませんが、このようにフレームワークを理解することによって、Biopsychosocial アプローチの実際を理解することができるかと思います。
フレームワークの内容をもっと知りたい方は、既に英語版が出版されています。
現在、日本語版の翻訳を進めていますので、年内には出版できればと思っています。
また、6月に日本に帰国した際にもこのような内容をお話しさせて頂く機会を頂きました。今回は腰痛に関してですが、フレームワークを応用してどのように腰痛を有した方に対してアプローチ・マネジメントを行っているのかということを、僕の経験とともにシェアさせていただければと思いますので、興味がある方は是非足を運んでみてください!!
本日も最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
大阪:6月2〜3日 (ここから)
仙台:6月12〜13日(ここから)
東京:6月23〜24日(ここから)