イタリアでモロッコごはん

イタリアでモロッコごはん

イタリア在住栄養士ritzcoが美味しいモロッコ料理情報を綴ります。
ず~っとやりたかったフランス語の勉強を再開!充実の勉強ライフも一緒にお届けいたします☆


テーマ:
モロッコで何よりも楽しみなのは
屋上テラスで炭火焼きをすること。


インスタグラムにもブログに書ききれない
私の日常生活の写真をUPしています☆
是非フォローして下さいね!


お肉屋さんで目の前で挽いてくれる
新鮮で混ざり物一切無しの牛挽き肉を買ってきました。



昨年はイワシの炭火焼きに執着していたけれど
ケフタの炭火焼きも美味しいのよねー!!
よくモロッコのドライブインで焼いてもらって食べるアレね。



トマトと玉ねぎも忘れずにね。






火おこしから息子に手伝ってもらいます。
将来サバイバルキャンプでも生き残れるよう
今から野生的に生きる知恵を教えこまねばな!





菜箸でひっくり返していると
先っぽが燃えて毎年短くなっているな。

金属製の何かを買わねばいけませんな!






ジューシーに仕上がるよう大きめのケフタにしました。
娘からは、ミディアムな焼き加減で!とのオーダー。
新鮮なお肉で、焼き過ぎず、肉汁たっぷりのケフタをトマトと玉ねぎを焼いた物とパンに挟んで頂くと

それは天にも昇る美味しさラブラブラブ


この味を、夏休みの思い出として
子供達の脳裏に刻んでもらう手助けが
私の役割だと思っておりますウインク




テーマ:
今年もまたモロッコ、カサブランカでの生活が始まりました。


飛び立とうとした日に空港で
フィレンツェーローマ間の飛行機が予約されていません。

と空港のカウンターで言われて

なんと、飛び立てず、帰宅しました真顔



ローマでの乗り継ぎ時間が55分と短すぎる便だったらしく
本当はアリタリアが私に電話で
朝6:40フィレンツェ発の早朝便に変更と知らせるべきだったのに
どうやら忘れられたらしくガーン
忘れられたまま予約だけが消されていた模様。



予約していた朝11:40の便に乗ろうとしたら
私の予約は予告なしに6:40の便に変更されていたのでした。



そう言われれば、夫も8月に同じ時間帯で予約を取っていたら
夫の便は行きの便の時間が変更になりましたと
ずいぶん前に電話がかかってきていたことを思い出しました。


放置された私達。


ボローニャ空港まで自力で行ってくれれば
18時の便で今日中に飛び立てると言われましたが

私、寝不足で、んな気力はありませんでしてね、帰って寝ました。

家族みんなで帰って爆睡しました。



私はパッキングにギリギリまで取り掛かれないオンナでして
もう、長年周りのみんなに呆れられているんですわ。



やりたいのは山々なんですけどね
普段から色んなことを同時進行する癖で
毎日ビッシリ予定が詰まってしまっていて
出発直前の2日間でパッキングしようとすると
その2日間はほぼ寝ずにあーだこーだと格闘するワケです。


だから出発当日は体力の限界で
眼を血走らせながら空港でなんとか立っている状態でチェックインするんですわ。



そこでアホなアリタリアから強力なジョブを直球で懐にくらうとね、
もう、怒りより脱力感で立っていられなくなり
己れの体力の温存のためにどうすれば良いかという選択肢の中から

睡眠〜休息という
今、身体が1番欲しているものを選び

直帰ですわ。


チェックインカウンターのお姉さんに怒鳴り散らしたって
彼女達はただの空港職員ですからね。
アホアリタリアのトバッチリを喰っている
彼女達こそ気の毒になってしまいましてね。


これはゆっくりお仕置きクレームを書くに限りますね。



で、翌日6:40の便に乗るのに3時起き。
殴るぞ、アリタリア!



こんな早朝発の便は誰も買ってくれないから
ネット上で11時発の朝ゆとりを持って出られる便のチケットを販売しておいて

もう、支払い済みなのを良いことに
朝拷問のような便に電話一本で変更するのが
奴等の手と見た!!!


イタリアのちょろまかし販売手口には
皆さんもご注意!!




そして私は思いがけず人生初、
出発前日に全てパッキングが完了している状態を体験することにラブ

悔しいけど、安眠出来て嬉しいデレデレ



私の夢は、出発1週間前には
スーツケース2つ準備万端!とか言ってみること。




さて、モロッコに着いたら
その日がたまたま金曜日だったので
クスクスで歓迎されました。



まずは、いつも空港まで迎えに来てくださるB氏宅で。



その夜はお隣りの奥様もクスクスを用意してくれていたので、夜中に皆んなで2度目のクスクス。



本日は14時半にランチ。
17時半に義母と親戚とおやつ。
21時に1日断食していた義姉がハリラを一緒に飲んで行けと言うのでお付き合い。
23時に子供達は夕食と

鬼のように食べることに集中しています。
こういう文化に足を踏み入れてしまったのですから、逃げられませんね。









こうして私は2キロ太って帰り
フィレンツェでチャリを乗り回して
1年かけて元の体重に戻すという生活を
ここ数年続けております。



どれもこれも美味しくて
豊かな食文化に恵まれ
モロッコの人達の愛に溢れた生活を共に出来て幸せですクローバー














テーマ:
1ヶ月間続いたイスラム教の断食が終了し
イードという断食明けフェスタも終了。


そんな中、先日帝王切開で赤ちゃんが誕生した
モロッコ人の姪っ子は
早速退院させられて
家で傷口が痛んで動けないという可哀想な状況に。



私が子供を産んだ時は
産後40日間キッチンに立ってはいけない
というモロッコの掟に従って
元気だった義姉が張り切って料理してくれていたので
本当に疲れ切っていた私にはありがたかったです。



そんな義姉が倒れた日には
姪っ子は身体を洗いに来てくれたり
意識が朦朧としていた時には
私と二人で初めてオムツ替えを実践してみたり
本当に親身になって助けてくれました。


もちろん私達が引っ越してからも
出産直前まで義姉を助けに来てくれていました。


その彼女が産後動けない状況ならば
今度は動ける私が助けに行かないとね!







彼女の家のお掃除は親戚のように付き合っている
Nちゃんが前の日にしてくれたというので
私は2〜3日分のお料理をお届けすることに。



前の晩にラグー(ミートソース)を
フライパンいっぱいに作っておき
朝からモロッコのミネストローネ、ハリラを作り
本当はナスのパルミジャーナ(オーブン焼き)と
ケーキも作りたかったけど
用事を済ませていたら時間が無くなり
その2品は姪っ子宅で作ることにして出発。




さて、鍋いっぱいのハリラスープを持っていく時
鍋ごと持っていこうとしている自分を見て

あぁ、私もずいぶんモロッコ人化したな

と感慨深く思いました。



最初モロッコ人が鍋ごとうちに料理を持ってきてくれた時は
それはそれはカルチャーショックでビックリしたものです。


日本だったらタッパーとか容器に入れ替えて来るでしょう?


でもね、圧力鍋の蓋をキッチリ閉めて行けば
スープがこぼれないんですよ。
それを鍋ごとモロッコの巨大なバスケットに入れて行きました。



タジン鍋まるごととかで持ってきてくれちゃったりもします。
するとね、ガスで温めれば美味しさが損なわれずに
温まって、食卓でも見栄えがしますしね。
やはりタジン鍋でコトコト煮込んだものは
圧力鍋で調理したものとはひと味違います。



さてさて、姪っ子の家に着いたら
まずおやつのケーキを焼き
ナスを揚げ始めてナスのパルミジャーナを作りました。


姪っ子は驚くほど小さな赤ちゃんを抱えながら
大層喜んでくれまして
本当に来た甲斐があったなぁと思いました。


いつも恩返しが出来ずにいたので
彼女が本当に助けが必要な時に
動いてあげるのが1番だと思いました。


こうして私とモロッコ人との
助け合いの関係は連鎖として続いています。


我が家の問題も姪っ子とNちゃんの存在のお陰ですぐに解決していき
彼女達に何か問題があれば
私達が駆け付けてあげられます。



いつも何故モロッコ人が老後の心配などせず
みんなお家で介護してもらえているのかなぁ
と漠然と思っていましたが

それは日頃から当たり前のように繰り返されている
助け合いの連鎖の結果なのだと確信しました。


あなたは誰かを助ける自信がありますか??


この自信と行動が、将来何かあった時に
誰かに助けてもらえる確信となるのです。


だからモロッコ人は
いつも神に感謝しながら
将来の心配などした事がないのです。


本当にお気楽だなぁと思いますが
それは彼らの行動に基づいた
当たり前の思考だったのです。



私も助け合いの連鎖に組み込まれた事で
当たり前のように助けに行きますし
もし私に何かあったら
助けてもらえる確信もやっと持てました。



これって忙しい現代社会では
失われつつある傾向にありますが
ゆったりと時が流れているモロッコでは
今でも当たり前の事の成り行きです。


私がたまにモロッコに行きたくなるのは
忙しくて他人の事すら考えられなくなった社会から一旦離れて
人間関係の本質を垣間見に行く必要があるからだと思います。


この体験は、その後1年間の私の心や行動に
とてつもない温かな光を注いでくれて
目の前に繰り広げられる難題にも
そのすべてが学びの場であるかのように
強く乗り越えさせてくれるのです。


そして毎年私は
その難題をクリアすることで
ひとまわり人間として成長させてもらっていることを、ひしひしと感じるのです。



姪っ子の旦那さんから夜中にメッセージが届きました。


君のハリラスープが信じられないくらい美味しかった!
こんなに美味しいのはモロッコでも食べたことがなくて凄く気に入った!
ありがとう!おめでとう!今日は本当にありがとう!



こんなスープひとつで喜んでもらえるなら
いつでも持って行きますよ♪とお返事しました。


助け合いの連鎖パワー、素晴らしいですよね☆








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モロッコ人の姪っ子に赤ちゃんが産まれた♪

 

夜中に送られてきた赤ちゃんの写真は

小さなお顔の中に巨大な目と

既に高い鼻と、またまた巻毛らしい黒髪の男の子。

 

早く会いたいな〜☆

 

 

すぐにでも飛んで行きたいけれど

用事を済ませて午後に病院に向かった。

 

 

写真は午前中に、ひょんなことから入れてもらった

GUCCI美術館の展示品。

 

グッチファンには堪らないアイテムがずらりと並んでいましたよ。
 
 
 
 
 
病院の入口の受付けで
早く赤ちゃんに会いたくて
 
姪っ子の名前を告げて
あの、どこの階にいるのか解りますか?
 
と訊ねると、
 
その方はどうされたんですか?
出産された方??
 
と受付けの女性に聞かれてハッとした。
 
 
 
そうだ、ここの病院でいつだか私は
出産して幸せな人の階下で
流産して泣いていたことがあったではないか。
 
 
 
 
 
私は初めての妊娠10週目で流産した。
 
妊娠後に下着に茶色いおりものが付いていたので
一応診てもらおうと産婦人科の救急に行くと
エコーを見ながら首を振られ
掻爬手術のため即入院を言い渡された。
 
 
 
私はそれまでしてきた
無理が祟ったのでは?と
心当たりがあるあらゆることを思っては
自己嫌悪に陥って泣いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
泣いている私の向かいのベッドに
妊娠5ヶ月のアフリカ系の女性が運ばれてきた。
 
 
ここの階は流産や問題がある妊婦が入院してくる。
 
彼女はその夜叫び出して、出産した。
 
死産だった。
 
 
 
 
病室に戻ってきた彼女は
赤ちゃんの亡骸が、
バケツのような容器に入れられていたと
やり切れない様子で号泣していた。
 
 
 
これを見て
私の流産なんて
悲しみのレベルで考えたら
大したこと無いな、と思った。
 
豆粒のような10週の命の亡骸を
見ることは無いまま天に召されてしまったから。
 
 
 
 
 
人の命は1秒先に何が起こるか解らないように
流産、死産なんて日常茶飯事。
 
ただ、悲しみに包まれたその病棟の上の階では
まるで天国かのように
出産して幸せ一杯の人達が笑っているのだ。
 
私はその天国と地獄絵図を思うと
産婦人科とは滑稽な場所だなぁとつくづく思った。
 
 
そして誰かが出産してここに来る度
「階下」の人達の事を思うと切なくて
心がキュンキュン締め付けられる。
 
 
 
 
 
 
今回は姪っ子の待つ天国階に行ってみると
 
赤ちゃんがいなかった。
 
 
おめでとう!!あれ?赤ちゃんは??
 
階下のNICUに入院中なの。
突然帝王切開になってね。
酸欠状態で生まれてきたらしく
元気が無かったので様子を見ているの。
 
 
あら〜、一緒にいれなくて寂しいわね。
 
と私は言ったけれど
内心、生きていて良かった!!!と
胸を撫で下ろした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私の長女は産まれた直後、黄疸が酷くて
グッタリしていたので
サングラスをして紫外線の下で治療する為
長引く入院の間、いつも私と長女は引き離されていた。
 
 
9ヶ月間の妊娠中離れたことが無かった私達は
急に引き離されて、私は心が不安定になって
寂しくて泣けてきた。
 
 
私は向かいの部屋で紫外線で治療中の娘を
泣きながら見に行っては
 
看護師さんに、
まだ赤ちゃんは「カリブ海で日焼け中」だから
もう少し我慢してね。
黄疸が引いて元気にお乳が飲めるようになれば退院出来るから!
となだめられていた。
 
 
 
 
 
 
姪っ子はと言えば
出産後、赤ちゃんはすぐ保育器に入れられて運ばれて行ってしまったまま
抱っこもしていなければお乳もあげていないという。
 
そして他の子供達は
まだ生まれてきた弟を写真でしか見ていないという。
 
なんてこったい!
 
 
赤ちゃんと離れる辛さが解るから
姪っ子の状況だったら、私は発狂しそうだな、と思った。
 
 
 
 
早く元気になって赤ちゃんを抱っこして
お乳をあげられますように。
 
 
 
赤ちゃんが元気に産まれてきてくれて
問題なく呼吸をして
お乳を吸ってくれて
抱っこしてずっとくっついていられる、
それだけでミラクルなんだ!と思う今日この頃。
 
 

テーマ:
夫が幅10cm程の厚みを手で表現して

リツコ、昨夜、道端で
こんなにぶ厚い札束が落ちているのを見たんだ!


何故拾わない!?!!!


チャリであまりにもスピードを出していて
止まれなかったんだ。


何故急ブレーキをかけなかった!?!!!


大通りの車道で後続のチャリもいて、
そう簡単には止まれなかったんだんだ。


で、素通りしたのか??


その後止まって戻った時には
もう札束は消えていたんだ。


アホーーーーー‼‼‼




その札束を拾っていたら

あんなーこーと〜
こんなーこーと〜
出ー来たーでしょ〜♪



夫は札束に縁がある。


昨年もかの有名なレプブリカ広場のバール
パスコフスキで夜遅く
誰かが忘れていった女物の小さなバッグに
6000ユーロ入った札束を発見している。


アホなくらい正直に
証人の従業員を同伴して
レジの男にそのバッグを届けた。
(従業員がくすねないようにね)


するとレジの男は夫に

アホか!お前は!!
何故黙って持って帰ってカリブ海クルーズに行かないのか!?!!!

と叫んだ。


しばらくして血相を変えて駆け戻ってきた
金持ちそうな女性が
ありがとうも言わずにそのバッグを
大事そうに抱えて持ち帰ったという。


夫が、見つけた金の10%を僕にくれても
良かったと思わない??
と拗ねていた。


アホだ。





3年前に家の前のバス停で
夫は財布が落ちているのを見つけた。


中を見ると、700ユーロ入っていた。

持ち主の携帯番号のメモを見つけて
電話してあげると
すぐに戻ってくるとのこと。


バスを降りたその男性は
涙をちょちょぎらせながら
夫にハグをして

これは銀行から降ろしたばかりの
今月の家賃なんです!!
拾って連絡をくれて
本当にありがとうございます!!!

と大喜びで帰っていったという。



私はと言えば、先日ツーリストでごった返す駅前で
5ユーロ札を拾ったきり。


大金には全く縁がない真顔



私と結婚する前に
夫は職場主催のパーティーで
ズッシリと重いダイヤが連なった
ネックレスを拾ったこともあるらしい。


素晴らしいドレスをまとったマダムが
真っ青な顔で落とし物を探していたので
職場の同僚みんなにアホアホ言われながら
アホな男はマダムにダイヤのブツを届けてあげたらしい。


同僚達は、
アレ、売りに出したら
相当な金額になっただろうなぁ〜
とみんなアホにアホアホ言い続けていたらしい。








どうもうちの夫は
神様に試されているような気がするのは
私だけだろうか??



もし大通りに落ちていた札束を拾ったとしたら
一体彼はどうなっていたのだろうか??


ズッシリとした札束を手にして
頭が上がってしまって
交通事故にあって
お金を使えない身になってしまったかもしれない。



パスコフスキで見つけたバッグを持ち帰っていたら
その後、正直な彼は
罪悪感に苛まれていたかもしれない。




ちなみにレジの男は未だに

あぁ、またカリブ海を逃した君だね!
本当にあの時のやり切れなさと言ったら!
今思い出しても悔しいよ!!!

と夫をアホな英雄扱いしている。



こういう金は
入ってきても
あまり身になることもなく
泡のように消えていってしまうのだろう。



確かに札束を抱えてウハウハしてみたいけど
それを投資に使ったり
冷静に管理するノウハウも持ち合わせていたいものだ。


お金を管理する頭も何も持ち合わせていないのに
突然宝くじに当たっちゃったりするから
お金に溺れてしまい、皆さん不幸な結末を迎えるのだ。



きっと夫は、自分でも
その大金をゲットするタイミングではないことが解っていて
それより失った人が不幸に陥る姿を見たくないのだと思う。



夫も私も微々たるお金で常に幸せでいられるし
きっと神様は時期を見計らって
私の前にも本当にゲットしてもよい
札束を用意してくれるハズ☆
などと夢見ている。









テーマ:
私は高校生の頃から毎朝5〜6Km程の距離を
チャリで通っていたチャリ族。

いつも遅刻寸前になって出発し
全速力でこの距離を疾走した結果
到着と同時に貧血を起こし

フラフラになって保健室に横になりに行くという
ただ確実に出席の返事だけするために
大急ぎで通っていた日々。



チャリで通うと寄り道も楽しみで
部活の後、腹ペコなまま
屋台のラーメンを食べたり
ミスドでドーナツを食べたり
とにかくいつも空腹で何か食べていたなぁ。



ちなみに高校では弓道部でした。
イタリアでは弓道やっている人、いませんね。
お一人イタリア人で道場構えて
活動されていた方がいらっしゃったようですが
残念ながらお亡くなりになったようです。



さて、ここフィレンツェでもレンタサイクルがメジャーになり
そこらじゅうに放置されていて乗り捨てOKですし
私もバスに乗る程でもない距離の場合など
お手軽にレンタルして重宝しています。


中心街に車侵入禁止のフィレンツェは
チャリでの移動が本当に便利です♪






まずはスマホにMobikeのアプリを入手して
自転車を見つけたら、
座席下のQRコードをスマホ画面でスキャンすると
自動的にロックが解除されて鍵が開きます。







このMobike(モバイク)、
初期のモデルは車輪が小さくて
こいでもこいでも前に進まずに疲れる!
と不評だったのですが

これは新しいモデルで
車高も高く車輪も大きめで
ギアもついていて、ずいぶん改善されました。


目的地に到着したら、
施錠するとレンタル終了となり
スマホ画面にレンタル終了画面が出れば完了。


ちなみに30分レンタルで50セント。
バスにちょこちょこ乗るより安いです。
私は取り敢えず5ユーロチャージしてあるので
10回乗れる計算ですね。



この日は午前中にイタリア比較文学の教授が
カンファレンスでお話するのを聞きに
国立資料館までチャリで向かい


その後大学でアラビア語の授業なので
またチャリで向かいました。


午後からは息子のクラスの演劇発表会が
プッチーニ劇場であったのでバスで向かい


帰りはママ友に車で送ってもらい
みんなで打ち上げジェラートを食べて終了という
ハチャメチャなスケジュールでした。






昨日は息子のクラスの年度末フェスタでした。



一気に暑くなったフィレンツェ、
公園でみんなで着替えを持参して
水鉄砲で遊びまくりました。





巨大な美しいトルタを作ってきてくれたマンマも!!


最後は父母間でも水をぶっかけ始め
みんな子供にかえり始めた頃
私はそそくさと退散いたしました。


子供に水風船を股間に投げつけられ
まるで「漏らしてしまったような」パパもいて
それはそれは大ウケでございました。



息つく暇もない程忙しい5月もあとひと踏ん張り。

後は6月の娘のクラスの締めのピッツェリアで終了かな??


もう、イタリア人の頭の中は夏休みですニヤニヤ




テーマ:
あれよあれよと言う間に、
もうイタリアの学校は
夏休み前のフィナーレを迎えようとしています。


ちょっと日本の方には感覚が掴みにくいかと思いますが
イタリアのマンマ達は5月はイベント目白押しでパニクる時期なのです。


それは大学も然り。
6、7月のテスト期間を前に
通常授業は5月末で終了。
最終グループ研究発表が始まって
みんな切羽詰まっています。


そして16日からラマダンが始まりました。
夫だけ断食中ですが
一緒に午後のカフェをバールで飲めなかったり
少しリズムが崩れる1ヶ月となります。



と言う訳でバッタバタな中
大学のアラビア語の授業で
友人グループの研究発表がありました。



今期は千夜一夜物語をイタリア語で読み
その後、アラビア語原文からイタリア語に訳し
各グループが1話ずつ選び、それについて研究発表して終了となります。


こちらの研究発表の評価と
授業内容の口答試験の評価の
総合得点が最終評価となります。








ところで、うちの子供達も小学校3年生から
口頭試問のテストが始まります。

よって大学生にもなると
口頭試問経験が10年以上となるワケです。

だからね、本当に人前で話すのが上手なんですわ!
全て話すべき議論は頭の中で整理整頓されていて
緊張してはいるものの
みんなの前で、それは素晴らしいプレゼンを披露してくれるのです。


もう、聞いていて、あっぱれですわ♪

これだけ喋れたら気持ちいいでしょうね!!


私は、日本では口頭試問の経験がありません。
なんてこったい!


これで世界に立ち向かえというのですか?
負けるに決まっているでしょうえーん


イタリアに来た頃は口応えすら出来ずに黙っていました。


でもね、外国人だからって舐められると
ホント、ムカつくんですわ。


特にバスの運転手ね。
最近は、ナポリ出身出稼ぎ運転手ばかりで静かですが
かつてはフィレンツェ出身ストレスフルな運転手が
横柄な態度で働いていて
たまに小さな子連れの外国人にケチョンケチョンに当たってくることがありましてね。



私はケンカの仕方すら知らなかったのです。

日本ってケンカに持ち込む文化じゃないですしね。
どちらかが押し黙って終わりという
それもまた何ともストレスフルな文化であります。


さて、ケンカの論法を学べる学校なんてありませんし
一体私はどこで口応えの極意を教えてもらえるのでしょうか??



それは極身近にプライベートスクールがあったんですわ!

モロッコ人のFちゃんという学生がおりましてね
彼女に私が口応え出来なくて悔しかった体験を話すと

そういう時は、こんな風に言い返してやるのよ!
なんでこう言ってやらなかったのよ?

とアドバイスをくれるのです。



おっし、次は絶対に言い返してやる!
と私は少しずつ反撃の実施練習を始めました。



徐々に言われたら言い返すことが出来るようになり
10年後には、バスの運転手に反撃し
まさか言い返されると思わなかった運転手がおののき

違う日にまたバッタリバスで鉢合わせたら
怯えきった態度で近づいてくれるな!
と恐れ慄いていたのが印象的な運転手がいましたっけ。



それくらい、口が達者なのは生きる糧となるこの国。


最近は、感情論で物を言う夫のことも滅多切り。
論理的に反論するとすぐに黙ります。


議論不可の義姉とは
喧嘩は無駄なので立ち去ります。


先日は外部の人間と
真剣な議論をした際に
私の一撃でイタリア人を震えさせましたグラサン




そして私に残された次なる課題は
大人数の公衆の前で話すこと。


これはやはり大学のような場で経験を積むか
少しずつ自分でセミナーでも開いていくしか無いのでしょう。


昨年の研究発表は全く時間がなく
パソコンに全て原稿を用意していって
半分読み上げるようなプレゼンとなりました。



でもね、それじゃダメなんですわ。
そんなプレゼンしている人いないんです。


堂々と原稿もパソコン画面も見ずに
公衆の目を見て話せるようにならないとね。



それは恐ろしいことなんです。
これもまた、経験を積まないと出来ない事なのです。

喧嘩は怒りのパワーで叩きのめせるのですが
怒ってもいない人に向けて
インテリジェンスを武器に勝負するのは
至難の業なのでございます。



でもね、いつかペラペラと、流暢に
イタリア人のように人を楽しませながら
自分の議論を公衆の面前で繰り広げられるようになります!


これから修行を重ねて
絶対にこのハードルもクリアして見せますウインク


うちの子供達が時間をかけて
先生の前で答えを説明しながら展開していくのを学ぶように
私も機会を見つけては挑戦して行きたいと思います。


と言う訳で、水曜日の私のグループ研究発表に向けて頑張りまっす☆




テーマ:
今ね、うちの娘を塾に送ってきたんですけどね

先程チャリで走行中

1時間程前に去っていった雷雨で
深〜い水溜まりになっている水捌けの悪〜い一角を
両足を上げながらイェーイ、これで濡れなーい!

と渡っていたらですね。

その深い水溜まりの中腹に段差があるのが見えなくて

ガコッてチャリが前進しなくなって

もう、なんとも無念な事に
深さ20cmはある水溜まりに両足で着地せずには
転ぶぞ!という事態に陥りましてね。


仕方なくズボッと両足で着地し
靴はズブ濡れ、ジーンズの裾も濡れました。

娘、大ウケしてるし。










私は娘が勉強中、2時間半、みっちり図書館で
金曜日提出のレポートを仕上げる予定
だったんですけどね。


無性にブログで皆さんにこの不快さをお伝えしたくなりましてね。

ちと吐かせて頂いているところです。



幸い靴は半メッシュのスニーカーだったので
通気性は良く、ティッシュを下に敷いたら
結構平気でいられます。


不快なのはジーンズの裾ね。


ただ冬じゃなくて良かったね。
冬だったら絶対家帰るか
その辺で洋服買うようだったね。



家にすぐ帰れって話ですがね
すぐに帰れる距離でもないのね。
だから物ぐさな私は大学の図書館で座っているんですわ。



これから2時間、靴脱いで過ごすわ。

っと思ったら男子学生に隣に座られたわ。
チッ。せっかく人里離れた席をゲットしてたのに。



ビーサンでも買いに行けって話?
私、今1分たりとも無駄にしたくないんですわ。

1分1秒でも多くの時間をゲットする為、いつも戦っているんです。



ブログなんて書いてるなって??
こうして吐かせてもらった後は
頭の中がスッキリして、集中力上がるんですよ。



2時間、あの水溜まりの事を怨み続けて集中出来ずに終わるか
30分ブログ書いて、2時間没頭出来るか?


私はいつもこういう引き算で
時間を捻出しています。


子供が大きくなると
ほんと、自分の時間って確保出来ませんよね。


でも時間って見つけられるんですよ。
スマホ見ている時間を試しに測ってみてください。
きっと1週間分総計したら膨大な時間を費やしていて
その時間だけ何かに集中してみたら


アナタも3年後には何かのエキスパートですよ♪


本日もお付き合い頂きありがとうございました☆




テーマ:
夜パンを切る時に

注意しろ!手を切らないように!

と誰かに言われたような気がした。



自分でも、なんか手を切りそうだな
今日は気をつけないと…
と、なんだか2回目の啓示のように感じて
パンを切る時は相当気をつけて切った。



特に何事もなく済んだその夜は
なんだろう?
さっきの警告は気のせいだったのかな?
と思いながら眠りについた。


翌日S女史に湖に行こうと誘われていたので
今年の初水辺用具一式を引っ張り出すのに
一苦労しながら用意してお迎えを待った。



S女史は救急箱を抱えてやってきた。
ねぇ、昨夜パン切り包丁で指を切っちゃったんだけど
包帯巻くの手伝ってくれない??



あ〜、コレだ!!
この件に関する警告だったんだ!!


しかし、どうやって私のところにまで
テレパシーのように届いたのだろう?
別に彼女が何かアクションを起こしたワケではあるまいし。



S女史は今日のためのパニーノを
昨夜用意していてパンを平行に切ろうとしたら
手が滑ってザックリ切ったらしい。



祭日だったイタリアでも
開いている薬局に行って聞いてみると
まだ少し血が出ていて
これは一応病院に行った方が良いと思う
とのこと。



S女史は湖に行きたくてかなり渋っていたけれど
私は医療通訳の職業柄
救急病院にかなり気楽に行こうとするので
湖は逃げないからまずは診てもらいましょう!
と彼女を引っ張って行き、その間子供達を病院の庭で遊ばせた。



結局血は出ていたけれど
傷口が既にくっつき始めていたので
縫うには遅いですね、と止血のジェルを塗って終わったらしい。




普段は鈍感で何も感じたことの無い私が
感じてしまった第六感は、なんだか奇妙な体験だった。




てなワケで、15時頃湖到着。
ずいぶん遅いランチを食べて
子供達は水遊び。


S女史は水辺がとにかくお好き。
そして嬉しい事に私達家族をご贔屓にしていてくれる。


息子が小学校に上がる時も
是非子供達を一緒のクラスに!!
と名乗り出てくれた。
(イタリアは親が同じクラスになりたい子を選べる制度がある!!)


うちの子は執着が無く
誰とでも仲良く出来るので
あまり親の意志で何か決めるのは
私はしないつもりでいたのだけれど

向こうがそんなに猛アタックしてくるなら
別に断る理由も無いし
ではそうしましょう、と希望欄に息子さんの名前を書いた。
こうしてお互いの親が申請すると
学校側もクラス編成時に考慮してくれる。



今は私達が転校してしまったので
残念ながら離れてしまったけれど
その距離などモノともせず
週末にはいつもお誘いがくる。



今週はS女史の海の別荘へのお誘い。





彼女の息子さんがうちの子と小さい時から本当に仲良しで
いまや私の背を追い越さんばかりのうちの娘も
中身はメチャ幼いので彼らと一緒に1日中海で遊びまくり
早々寝てしまった!


昨年はモロッコにも来てくれて
海岸線を海水浴しながらアガティールまで南下するドライブも楽しんだ☆


やはりご縁があって
いつもこうして一緒にいるのだと思う。


孤独を愛する私は
特にお誘いが無ければ
どこへでも1人で行ってしまう。


家族といられれば満足なので
友達に電話すらしたことが無い。


本当に極、限られた友人で
しかも相当積極的に誘ってくれる人だと
やっと私は動き出す、単に面倒臭がり屋なのだ。



だから、S女史のようにマメで
モロッコ旅行の計画を完璧に立ててくれるような人に
私はこだわりもなくついて行くのだ。


男と女の関係でも同じように
一方がキチンとしていて
相方はグウタラしている方が上手くいく。


私は思いきり、ぐうたら派 口笛














テーマ:

2004年に結婚したから

14年目になりました♪

 

えぇ、結婚する前から婆付き生活でしたけどね。

 

私は非常に割り切って考えられる人間なのでやってこれましたが

きっとフツーの日本人には無理な結婚生活だったと思います。

 

 



これはミユさんがフィレンツェにいらした日
(前回のブログ参照)
ちょうど夫の誕生日だったので
お魚尽くしディナーを頂いた写真です。
 
 
 

結婚するとは決めたけれど
イタリア語が思うように話せなくて
イタリア料理の学校に行って
コミュニケーション能力を高めるぞ!

と、意を決して学校の入試に臨んだその日が
丁度結婚式と重なっちまって
入試の足のまま市庁舎に行って
結婚式を挙げてもらったのでした。


なんだか、私の結婚生活こそが
私の人生の「ついで」のような気がしてきました。






私は別に結婚になんて
重きを置いていなかったのだと思います。


最高の友人である夫と一緒にいるために
結婚という儀式を取り持ってみたら
なんか婆付きみたいだったけれど

結局私がフォーカスしているのは
私と夫が一緒にいることであって

結婚式を挙げたか?とか
ウェディングドレスを着たか?とか
婆付きだろうが、あまり関係無かったんですね。






私が求めた普遍的なモノ
それは夫との生活であって

それが病んだ義姉の家だろうが
砂漠のテントであろうが
関係なかったんです。






子供を授かった時は
神秘的なものを感じました。


子孫を残すという人間の本能とは
子供が産まれたら乳が出てくるとか
ここまで緻密に計算されてホルモンとか出てきちゃうんだ!
と自分の身体の変化にビックリしました。



そして、今までの婆付きと
うざがってはいたが
子供を産んでみると
やはり婆の手も必要だと気づき!



そして婆の手が離れて子供も大きくなると
今度は婆が子供にかえっていき
月日が流れるとともに

どこでも繰り広げられるこの世の輪廻を
憂いを抱きながらふり返るのでした。






お魚料理のリストランテに行った日は
ケーキを作らなかったので
4月22日の結婚記念日に
12日遅れのバースデーケーキを作って
一緒にお祝いしました。



大切なのは、家族4人が健康で一緒に過ごせること。
これからも、小さな幸せに沢山気づきながら
過ごしていけたらと思います。





今回のお写真のリストランテはこちらです。



友人シェフがコレとアレと〜
と勧められるがままにテキトーに頼んだら
食べきれませんでしたポーン







2階のフレスコ画がステキで
シェフの動きも見渡せる特等席でした。










エントランスでは
アペリティーヴォに
タパスでクイッと立ち飲みしている人もいました。




タパスもとっても美味しかった☆
魚介のフリットはお値段との割が合わず
メニューから消えたとのことでした。

タパスのイカのフリットで
我慢することにしましょう♪

フィレンツェにお越しの際は
是非お立ち寄りくださいね♡


 
 
 
 
 
 
 

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