屋良有希のロンドン日誌 Yukki’s London Diary


屋良有希のロンドン日誌 Yukki’s London Diary


屋良有希(やうら. ゆき)、東京生まれ。アーティスト、ナチュラリスト、ロンドン住在。英国王立芸術大学院修士卒業(博物画生態学研究科)。大学臨時講師、ウェス・アンダーソン、を含む映画やTV、書、水墨、 出版の分野で活躍する、英国人の夫君がいる。関心事は自然と動物。 


 

屋良有希の

ロンドン日誌

Yukki's 

London Diary

 

屋良有希のアーティスト日誌」とし、

過去、現在、未来の事柄、

エッセイ、またいただきました

質問などをブログの中に

書いてもらうつもりでおります。

読者のみなさまに深くお礼を申し上げます。

今後ともよろしくお願い致します。
suekichibook フミコ. イチノ 

 

©By Yukki Yaura 屋良有希画

 

クリスマスカード 

フレデリック・フォーサイス 3

 

12月 フレディーの

クリスマスカード 

 

フレデイーのクリスマスカード

 

フレディーとサンディー は11月中にはクリスマスカードを 

仕上げるというのが彼等の年中の仕事だったので、この

カードはクリスマスの2ヶ月前に作ったように思う。

 

© Copyright By Yukki Yaura 屋良有希画 クリスマスカード Christmas Card Watercolour, acryli , paper 250g 水彩、アクリル 水彩紙250g  

 

クリスマスカードのデザインは彼等の意向で

ハートフォードシャアの彼たちの家の正面と

右側には白バト(dove)の為の塔の家、これは 

二人への結婚のお祝いだったそうで、白バトは

聖書の創世記からきた平和のシンボル、それに

3匹の彼らのペット達、ペットたちはみんな

Sの頭文字が付いていて2匹の犬とネコ、名前は

スパイク、スパークルそしてスリンカだった。

 

©yukkiyaura

 

クリスマスはサンデーにとっては1番忙しい月

だったと思う、何しろカード書きで追われる。 

 

クリスマスカードのデザイン

 

若いカップルのヘルパーのロスとキャサリンの

二人が、ペットたちを抱いてポーズを作ってくれた

 

©yukkiyaura

 

サンディーが作品は私の名前を入れるようにと

勧めたのでこのクリスマスカードの裏にも

私の名と連絡先をかってに入れてくれた。

 

 

クリスマスは家族のためにある家族が

1年に1度顔見合わせる日である。 

 

私たちはフレディーが自分の息子を招いて

クリスマスをしたと言うのは聞いたことがない。

 

フレディーとサンディー©Daily MailDaily Mail

 

フレディーの息子たちの記憶

 

フレディーの息子たちは、スチュワートとショーン

と言う始めの結婚の子供たちである。

 

フレディーの息子たちはおそらく彼のママ側

にいるに違いない。

なぜならフレディが亡くなる前の1年間、

いつも世話をしてくれたのは何十年と働いてきた

ヘルパーのロスとキャサリンの 2人だったから。 

 

フレディ自身がそう書いている。

 

夏のある日、この息子たちを遠くから見たことがある。

 

近所の集合フラットのアーチ前の大きなクリスマス・リース©yukkiyaura

 

スイミングプールの向こう側にあるテニスコートで

テニスをしていた。

 

それから2人の息子の写真はトイレの横にかかって

いたからいつも見慣れていた。

 

フレディーは2人のことを口に話したことがある。

そのうちの1人は英国で若者が起こす厄介な

問題に引っかかり、しょうがないやつだなと

言って頭を痛めていた頃があった。

 

そういえばその1人にサンデーから頼まれて

小さな作品を描いたことがある。 

 

でも何を描いたのかどんなものだったのか、

その記憶がないところを見ると、小さな作品で

バースデーとかサンキューレーターに加えるような

ものだったのかもしれない。

 

近所の集合フラットのアーチ前の大きなクリスマス・リース

©yukkiyaura

 

 

ロンドンのクリスマス

 

ちなみに私たちはクリスマスはロンドンと、決まっている。

ホリデーには行かないし私たちには田舎がない、

二人とも都会子だから、 帰るところはないのだ。

 

近所のストリート ©yukkiyaura

 

みんな自分の国へ帰っていくからだ。

クリスマスと関係のないモズレムやヒンズーの人たちは

クリスマスにも店を開いていたりはするけれど。

 

このざわめいたロンドンが静かになるのはクリスマスの

期間だけである、その点は東京とよく似ている。

 

だから静かなロンドンのクリスマスを楽しみたい。 

 

 

 

ありがとうございました。

 

「屋良有希のロンドン日誌」の過去ブログはこちらから

 

http://suekichilondon.seesaa.net

 

アメーバーのブログはこちらから 

https://ameblo.jp/yukkiyaura/

 

お便りはこちらまで

suekichibook@gmail.com


屋良有希 ホームページ 

古いホームページの為、

メールアドレスは使えません。

 http://www.yukkiyaura.com

 

屋良有希 動画

 

動画はこちら

 

バルセローナでの個展

インスタレーション、

ボディーアートパフォーマンス 

 

こちらは時々規制がかかると

見れません。

バルセローナでの個展

インスタレーション、

ボディーアートパフォーマンス

https://www.youtube.com/watch?v=X4cxp-LbS4w
  

オーストリア編

http://www.youtube.com/watch?v=ji9YWJdwX6Y

バルセローナ編

http://www.youtube.com/watch?v=m-VcjTRUBFY

俳画

http://www.youtube.com/watch?v=XanIYY7Q-cM&feature=em-upload_owner#action=share

水墨竹

Bamboo Sumi e Yukki Yaura SUIBOKU 

http://www.youtube.com/watch?v=H8hd2CcRcUI

http://www.youtube.com/watch?v=R2Mw3u3-DAs


枕草子英語 

http://www.youtube.com/watch?v=e_lDccDs7ac&context=

C305ccb7ADOEgsToPDskIyCUpCaU2c3bpwzEDD3ffA

枕草子日本語

http://www.youtube.com/watch?v=yzzdvE6ayY4&

context=C305ccb7ADOEgsToPDskIyCUpCaU2c3bpwzEDD3ffAcow

Cow

http://www.youtube.com/watch?v=bwzswWqO-cA

 

書籍の購買は

https://natureinart.org.uk

 

Nature in Art Museum and Art Gallery

 

ネイチャー・イン・アート・ミュージアム&ギャラリー 

 

Museum Shop


https://natureinart.org.uk/contact-nature-in-art/

 

eBookの購買は

suekichibook@gmail.com 

 

6ポンド Paypal

suekichibook@gmail.com

 

 


Thank you

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋良有希の

ロンドン日誌

Yukki's

 London Diary

 

屋良有希のアーティスト日誌」とし、

過去、現在、未来の事柄、

エッセイ、またいただきました

質問などをブログの中に

書いてもらうつもりでおります。

読者のみなさまに深くお礼を申し上げます。

今後ともよろしくお願い致します。
suekichibook フミコ. イチノ

 

 

 

©By Yukki Yaura 屋良有希画

 

11

 アンジェラ 

ロンドンのお葬式

 

Angela   ©yukkiyaura

 

先日、久々の雨降りの当日、マックスの姉の

アンジェラのお葬式があった。

 

亡くなったのが10月1日、お葬式が20日だった。

マックスとは腹違いの姉弟でだから、

歳の差が親と同じほど離れていた。

 

1860年に設立されたワンズワース・コモンの

ホーリー・チュリニティー・チャーチで

バス停から歩いて3分の所、ここは彼女が

13年間通っていたチャーチだった。

 

神父さんは、きっとこの頃は、20代の若さ

だったのだろう、神父さんは全ての行事中、

家族の一員と一緒に過ごしてくれた。

 

英国の人たちは、年々教会に行く人たちが

減っていると言う。

 

移民がそれ以上に増えているからだ。

教会が売られている。

 

私はクリスチャンでは無いけれど、英国には

教会が残っていって欲しい。

 

©yukkiyaura

 

そこは葉が色付いていて知らない間に

地面が絨毯になっていた。

 

メモリー

 

席につくと、祭壇の真ん中に大画面のスクリーン

が垂れ、スクリーンの中にアンジェラがいた。

 

彼女の子供の時、若い頃から亡くなるまでの

写真それに彼女の作品が映し出されていった。

 

マックスの家族の写真映し出されていく。

 

©yukkiyaura

 

3人とも歳が離れている。

長女がアンジェラで「ハーパーズ&クイーン」の

アートディレクター・アーティスト、

長男のデヴィットは映画ディレクター、でも若く亡くなり、

次男のピーターは「ボーグ」のフォトグラファーで

アメリカに住み数年前アメリカで亡くなった、

三人の姉弟達はみんなアーティストだった。

 

弔辞を述べるために壇上に上がろうとしたルカは

感情が込み上げて話せなくなりもう一人の

19歳の孫が代わりを務めた。

 

美しい英国人

 

私たちが結婚した時アンジェラに初めて会った。

アンジェラと会った時なんと美しい人だろうと思った。

美しかっただけではなく、気品のある英国人 

丸出しの人だった。

 

黒髪に長いまつげと美しいマナー、なんと言っても、

誰も真似ができない、クイーンズ・イングリッシュの

あのアクセントは、普通の人たちからは

聞くことができなかった。

 

©yukkiyaura

 

彼女の美しい仕草も特別だった。

アンジェラが歳を取っても美しい歩き、

仕草はそのままだったから、キャットウオークを頼まれて

ファッションショーに出たのは80歳の時だったと思う。

 

アンジェラの夫ウイリーの事はブログで以前

2回ほど書いたことがある。

 

夫のウイリーは今でも英国のファッション業界

では名前が残っている。

 

彼は「ハーパーズ&クイーン」のエディターだったから

仕事上、政治界、大学、ファッションデザイナー、

フォトグラファー、ミュージシャン、建築家、

インテリアデザイナーの人たちの交流でなっていた。

 

アーティスト

 

彼女は彼女が20代から30代頃「ハーパーズ&クイーン」

のアートディレクターだった。

 

Angelaがそこをやめてポートレートアーティストになり

それ以来、ポートレート書き続けてきた。

 

パステル鉛筆、チャコ、オイルなどを使って数々のポートレート

を描いたが今は家族のものしか残っていない。 

 

マックスは昔頼まれてモデルになったことがある。

クラブの中のジムのデコレーションに使うためで、

なんと今でもそのクラブに飾ってあるのだと、

先日彼女の孫が教えてくれた。

 

アンジェラの作品

©yukkiyaura

 

私たちが結婚した頃、私たちは時々ひょんな

ところで彼らと会うことになった。

 

私の友人のライターが私をTheスペクテイターの

パーティーに連れて行ってくれたところで

ひょっこりあったり、チェルシーのクラブや

出版社や大学でぶつかったりしている。

 

出版レセプションや大学で使ったりしているうちに、

彼女たちの家族と親しくなって、

一緒にクリスマスをすることになった。

 

ワインと盲目

 

アンジェラはワインが止められなかった。

食事の時のワインがアンジェラの楽しみに

なっていたから。

 

アンジェラは2度、車の事故を起こしている。

 

アンジェラが自分では普通に運転してるつも

りだったのに、気がついたら道のガードの

植え込みの中に突進していたと言う。

 

それから赤ワイン一杯だけに減らしていた。

 

80代になって目の手術をした、ただの白内障

の手術だったらしい。

 

知り合いの友人からの紹介だったが、彼はその昔

ハーディストリートで一流だったけれど医師は

歳を取りすぎていた。

 

失敗した目は悪くなる一方で、数年後にほとんど

見えなくなっていた。

 

アンジェラの作品

©yukkiyaura

 

アーティストが描けなくなるほど恐ろしい事は無い。

彼女はそれでも描き続けた。

孫のエルがお葬式の時にアンティはなくなるまで描いていたよ。

最後に書いたのは裸婦だったと話してくれた。

彼女は突然脳溢血で倒れて、そのまま運ばれてなくなった。

ラッキーなことに何の苦しみもなく。

 

娘の涙

 

葬式の間娘の何とか泣き続けていた。

2人の子供たちにハグをされながら、それでも

采配を振っていた。

私もお葬式ではあまり泣かないのだけれど、

なぜか勝手に涙がこぼれて仕方なかった。 

なぜ泣いているのだろうと自問しながら泣いていた。

 

 

アンジェラが飼っていたグレイハウンドと同じ犬をお葬式の客人が連れてきていた、©yukkiyaura

 

カドガン卿

 

私たちは結婚してからチェルシーに住み続け、

おそらく一生そこに住むと思っていた。

 

チェルーのフラットはマックスの母が選んで住んだ

フラットで天井の高いビクトリアンの建物で

私たちはこの一角で1番長く住んでいた住人だった。

 

この一角はカドガン卿の地所だった。

 

「カドガン卿」で調べるとカドガン家はロンドンの

高級住宅地ケンジントン=チェルシー(ナイツブリッジ地区周辺)

を地所に持ち、英国長者番付にもその名を連ねる一族である。

 

とある。マックスはこのそばで生まれ、彼がここに住んだ

のは彼が5歳の時からだったから。

 

数年前、私たちはひどい事件に引き込まれたのだった、

この事件は1冊の本が出来上がる位の事件で、

友人たちのほとんどが「本にしろ、本に書け」と

今だに言われれている。

 

その事件はまるでドラマのような事件だった。

 

もう限界かなと思ったときに、アンジェラから

「カドガン卿に自分の名前を出して手紙を書きなさいよ。」

と助言をもらった。

 

マックスは12月クリスマスの頃、彼に直接手紙を書いた。 

今までカドガンのマネージメントオフィスからは

何もなかった、当時はロックダウンの最中で

全てのものがストップしていたのだった。

 

©yukkiyaura

 

彼からの手紙を出した途端、翌年すぐに手紙が届き、

今まで動かなかったものが数日で動き出し、

アンジェラのおかげで私たちはそこのそこからまもなく

移ることとなった。

 

私の生まれた日本での数倍も長い間住んでいたところだった。

 

とにかくアンジェラが動かしててくれたと言うことになる。

 

カドガン卿の幼馴染だったアンジェラは、後から

足をこづかれてちょっかいを出していたわんぱく小僧の

カドガンボーイを嫌な子だと思っていたらしい。

 

カドガン卿は可愛かったアンジェラにちょっかいを

出したかったのかもしれない。

 

でもアンジェラとカドガン卿の関係はそれだけではなかった。

 

アンジェラが「ハーパーズ&クイーン」のアート

ディレクターだった時、彼女の下で働いていた

助手がカドガン卿の妻になったのだった。

 

 

Angela

©yukkiyaura

 

ネームドロップに聞こえると嫌だから

あまりロイヤルファミリーとのことは書きたくない

けれど、クイーンがまだ健全だった頃、

クイーンの妹のマーガレットは美しい女性だった。

アンジェラは彼女と交友関係があった。

 

おかしな話をウィリーが話してくれた。

 

その頃、彼らはマックスが生まれたストリート

の向こう側に住んでいた。

 

ある時プリンセス・マーガレットが

アンジェラとウイリーのフラットを

訪れたいと言ってきた。

 

困ったことが1つあった。

トイレ、つまりバスルームだけが修復されていない。

トイレ? 

ここで大笑いになってその話は終わった。

 

だからその後トイレは直したのか、

プリンセス・マーガレットの訪問は問題

なかったのか、誰も聞かなかったけれど。 

 

 

©yukkiyaura

 

バスルームは修復されプリンセス・マーガレット

の訪問はあってもバスルームは

使わなかったのではないかと想像する。

 

 

アンジェラの若い孫たちはまだ16歳と19歳位

でハンサムな男の子たち、アンジェラ思わせる

顔立ちをしているけれども、もう家族の中でも

アンジェラのようなクイーンズ・アクセントを

持ち話すものはいない。 

 

もう数年間、こういう発音の英国人に会った

こともないし、表は歩くと英国より外国語

ばかりが聞こえてくる。

 

 

Angela

©yukkiyaura

 

この英国もこうやって変わっていっていくのだろう。

アンジェラのクイーンズ・アクセントが懐かしい。

 

 

(おわり)

 

 

 

ありがとうございました。

 

「屋良有希のロンドン日誌」の過去ブログはこちらから

 

http://suekichilondon.seesaa.net

 

アメーバーのブログはこちらから 

https://ameblo.jp/yukkiyaura/

 

お便りはこちらまで

suekichibook@gmail.com



屋良有希 ホームページ 

古いホームページの為、

メールアドレスは使えません。

 http://www.yukkiyaura.com

 

 

 

 

屋良有希 動画

 

動画はこちら

 

バルセローナでの個展

インスタレーション、

ボディーアートパフォーマンス 

 

こちらは時々規制がかかると

見れません。

 

 

バルセローナでの個展

インスタレーション、

ボディーアートパフォーマンス

https://www.youtube.com/watch?v=X4cxp-LbS4w
  

オーストリア編

http://www.youtube.com/watch?v=ji9YWJdwX6Y

 

バルセローナ編

http://www.youtube.com/watch?v=m-VcjTRUBFY

 

 

俳画

http://www.youtube.com/watch?v=XanIYY7Q-cM&feature=em-upload_owner#action=share

 

水墨竹

Bamboo Sumi e Yukki Yaura SUIBOKU 

http://www.youtube.com/watch?v=H8hd2CcRcUI

 

http://www.youtube.com/watch?v=R2Mw3u3-DAs


枕草子英語 

http://www.youtube.com/watch?v=e_lDccDs7ac&context=

C305ccb7ADOEgsToPDskIyCUpCaU2c3bpwzEDD3ffA

枕草子日本語

http://www.youtube.com/watch?v=yzzdvE6ayY4&

context=C305ccb7ADOEgsToPDskIyCUpCaU2c3bpwzEDD3ffAcow

 

Cow

http://www.youtube.com/watch?v=bwzswWqO-cA

 

書籍の購買は

https://natureinart.org.uk

 

Nature in Art Museum and Art Gallery

 

ネイチャー・イン・アート・ミュージアム&ギャラリー

 

 

 

Museum Shop


https://natureinart.org.uk/contact-nature-in-art/

 

eBookの購買は

suekichibook@gmail.com

 

 

6ポンド Paypal

suekichibook@gmail.com

 

 


Thank you

 

 

 

 

 

 

屋良有希の

ロンドン日誌

Yukki's

 London Diary

 

屋良有希のアーティスト日誌」とし、

過去、現在、未来の事柄、

エッセイ、またいただきました

質問などをブログの中に

書いてもらうつもりでおります。

読者のみなさまに深くお礼を申し上げます。

今後ともよろしくお願い致します。
suekichibook フミコ. イチノ

 

©By Yukki Yaura 屋良有希画

 

10月

フレデリック.フォーサイス回想 

シリーズ

 屋良有希の制作メモノートから

 

フレデリック.フォーサイス 1

訃報

フレデリック.フォーサイス

出会いの発端

フレデリック.フォーサイス

フレデイーの書斎

 

 

 

フレディーの書斎

 

 

書斎が開かれていて誰もいない。

何かの記事の中に

「彼の書斎はカーテンがいつも閉めてある」

と書いてあったが私が見た限り

カーテンはいつも開けてあった。

        

出入り口は2つ、一つは東側で

居間に通じ、もう一つは北側で

キッチンとトイレの出口で

居間には大きなTVがあり、 

書斎にワインとおつまみを持っていく為、

または居間で休憩をとるための出入り口、

二つ目は隣接している真っ赤な壁の

トイレと向こう側にあるキッチンだ。

 

           ©yukkiyaura 

  紅い壁のトイレ、絵画と本類が置かれてある。

 

書斎の扉はいつも開いてあって、

書斎は丸見えである。

 

北側から書斎を見ると左には

真鍮で出来たスポットライト用の

明かり受けがあり、その下に金の額縁

に入ったアンティークの英国調の

絵がならび、南面の角も天井までの

本棚が続いて、その隣には窓があり 

西側にも2つの窓が付いていていて、

左寄りにフレディーの机がる。

 

©yukkiyaura 

 

デスクはビクトリアンのマホガニーの

上にグリーンレザーのあるもの、

その真ん中デスクの上にフレディー、

トレードマークの手打ちの古い手動式

タイプライターがのっている。

 

書斎はいつもきちんと片付けられて

いたから、真ん中に彼の机と

タイプライターだけが主役に見える。

 

このドローイングの左北側の出口

をのぞいては全て本棚が天井まであって、

200カ国、40言語で出版された本が

ぎっしりと詰まっている。

 

 

© Copyright By Yukki Yaura 屋良有希画  Sumi Ink  Washi paper 

 

床は板で、その上にペルシャ絨毯

が敷かれてある。

 

フレディーは古い昔の手動式

タイプライターを使って本を書いている。

 

郵便が朝11時に着くので、

着いた手紙の返事を書き、または彼の

出版する為の本もこの時間に

タイプを使って書いたのだ。

 

フレディは「ジャッカルの日」を

携帯用タイプライターで執筆したという。

 

金属ケースに収めたそのタイプライター

は世界中へ携行した、そして

「ビアフラ滞在中、小屋の壁を貫通 

した銃弾がタイプライターケースに

当たり、跳ね返って私をかすめた。

あのケースが命を救ったんだ」

と新聞に載せている。

 

©Daily Express 

 

フレディーのタイプライターは骨董品の、

シャーロックホームズが使っていた

あの手動式タイプライターなので、

見た目はとても華麗なのだ。

 

フレディーが打つタイプは普通のタイピストが

打っているように10本指全部は使わない、

使うのは左と右のヒトさし指だけで打つ、

親指はスペースキーを打つ時に使うだけだ。

 

この時代にこんな古いタイプライターで 

打つひとなんて誰がいるのかと思っていたが、

最近、新しいデザインのアイディアから、

古いタイプライターのフォンツが

気に入られ手打ちのタイプライター

が使われている。

 

エントレンスにある使われていない

英国バロック様式の大きな暖炉

©yukkiyaura  

            

でも、フレディーがこれを使う

理由はまったく違っていた。

 

フレディーは彼が新米記者として

仕事を始めた時から変わらずに手動式 

タイプライターを使い続けたという。

フレディーは新しい電動タイプライター

の必要を感じないのだ。

 

© Copyright By Yukki Yaura 屋良有希画  Sumi Ink  Washi paper 

 

これはタイプライターに限らない、

フレディーは携帯さえ

所有していないのだから。

 

タイプライターがある彼のテーブルの前は

フレンチウィンドウ型になっていたのは知らな

かった、だからそのまま外に出られたのだ。

 

丸テーブルの上に

重そうな七福神の一つが乗っていた。

 

 

 

 

(おわり)

 

 

 

ありがとうございました。

 

「屋良有希のロンドン日誌」の過去ブログはこちらから

 

http://suekichilondon.seesaa.net

 

アメーバーのブログはこちらから 

https://ameblo.jp/yukkiyaura/

 

 

 

お便りはこちらまで

suekichibook@gmail.com



屋良有希 ホームページ 

古いホームページの為、

メールアドレスは使えません。

 http://www.yukkiyaura.com

 

 

屋良有希 動画

 

動画はこちら

 

バルセローナでの個展

インスタレーション、

ボディーアートパフォーマンス 

 

こちらは時々規制がかかると

見れません。

 

 

バルセローナでの個展

インスタレーション、

ボディーアートパフォーマンス

https://www.youtube.com/watch?v=X4cxp-LbS4w
  

オーストリア編

http://www.youtube.com/watch?v=ji9YWJdwX6Y

 

バルセローナ編

http://www.youtube.com/watch?v=m-VcjTRUBFY

 

 

俳画

http://www.youtube.com/watch?v=XanIYY7Q-cM&feature=em-upload_owner#action=share

 

水墨竹

Bamboo Sumi e Yukki Yaura SUIBOKU 

http://www.youtube.com/watch?v=H8hd2CcRcUI

 

http://www.youtube.com/watch?v=R2Mw3u3-DAs


枕草子英語 

http://www.youtube.com/watch?v=e_lDccDs7ac&context=

C305ccb7ADOEgsToPDskIyCUpCaU2c3bpwzEDD3ffA

枕草子日本語

http://www.youtube.com/watch?v=yzzdvE6ayY4&

context=C305ccb7ADOEgsToPDskIyCUpCaU2c3bpwzEDD3ffAcow

 

Cow

http://www.youtube.com/watch?v=bwzswWqO-cA

 

書籍の購買は

https://natureinart.org.uk

 

Nature in Art Museum and Art Gallery

 

ネイチャー・イン・アート・ミュージアム&ギャラリー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Museum Shop


https://natureinart.org.uk/contact-nature-in-art/

 

eBookの購買は

suekichibook@gmail.com

 

 

 

 

 

6ポンド Paypal

suekichibook@gmail.com

 

 


Thank you

 

 

 

 

 

 

屋良有希の

ロンドン日誌

Yukki's 

London Diary

 

屋良有希のアーティスト日誌」とし、

過去、現在、未来の事柄、

エッセイ、またいただきました

質問などをブログの中に

書いてもらうつもりでおります。

読者のみなさまに深くお礼を申し上げます。

今後ともよろしくお願い致します。
suekichibook フミコ. イチノ

 

©By Yukki Yaura 屋良有希画

 

9月 

新フレデリック.フォーサイス 1

 

 

ブログを書き始めようと思っていた矢先、

映画の仕事が舞い込んだ。

 

コロナの前から抑制の効かなくなった、

つまり自分で編集不可能となったウェブサイト・

ホームページがこの10年そのまま回り続けている

だけで「コンタクト」のページのメールアドレス

も古く使われていないし、誰も私にコンタクトが

できない状態になっている。

 

コロナで仕事はキャンセルになっていたし、

そのままずるずるとここまで来てしまった。

 

どうやって私のメールを入手できたのだろう、

と思う暇もなく1ヵ月以内に仕事の締め切が

決められていた。

 

映画の仕事は2018年が最後だから7年振りだ。

映画はもちろんハリウッド系のもので、

この映画はマックスは勿論知っていた。

なぜなら男子系の映画だからでシリーズに

なっているという。

 

コントラクトにサインをしたので、

多くは語れない。スタジオは郊外にある。

 

8月にコントラクトにサインし、9月にやっと

明細が届きデザインを出してオーケーされたの

が9月の6日、やっとスタンバイし、

今日は週末だけれど、毎日追われている。

 

フレディーのブログは以前のシーザ、

SEEZAAの数回分を直して出すことにした。

 

 

9月のロンドン・ある日の出来ごと

 

9月13日

「英ロンドンで大規模デモ、反移民訴え」

 

ロンドンの反移民デモは30万人も集まったが

オールドメディアは参加人数を11万人と

矮小化し「極右によるデモ」と書かれていた。

 

この4-5日前、ウエストミンスター・ブリッジ

を議事堂に向かって歩いて家に帰った。

 

ツーリストの一番多い通りだ、まさかこの橋が

ぎっしりと黒だかりの群衆で埋め尽くされるなんて

思ってもみなかった。

 

移民問題はもう40年も続いている、今更誰が動いても

残念ながら止められないけれど、希望だけは持ち続けたい。

 

9月18日

トランプ

 

一昨日はマックスが

「チャールス(国王)を見たよ、警護された車に

乗っていたからトランプでも迎えに行ったのかな」

大統領がロンドンに滞在中は夏に戻ったような暑さだった。

 

 

 

フレデリック.フォーサイス 1

 

あなたを取材した記事の中に

フレデリック.フォーサイスの話が

出てきましたよね、それで

フレデリック.フォーサイスとの

「関係」についての質問の手紙がきています。

 

あなたは制作ノートを取っているそうですよね。

 

 

プロジェクトがあると、アイディア、

構図、時間帯とか、会った人の名前を

書いたり、その時の感情やメモを書いたり、

それをマンガにしたりしていました。

 

今回も2冊のノートを捜してみたら、もうすっかり

忘れてしまっていたようなことが書いてあった

ので自分でもびっくりしています。

 

 

フレデリック.フォーサイス 1

 

 

屋良有希の制作メモノートから

 

出会いの発端

 

ル・マノワール・オ・キャトル・セゾン

というホテルのオーナーのレイモンドは数枚の

作品を買ってくれた私のクライアントだった。

 

初期のBBCテレビの料理番組のシェフをつとめ、

やがてフレンチレストランからホテルそして

メイソンブロンクというブティックのような

フレンチケーキの店がチェーン店になって当時 

ロンドン中にわんさとあった。

 

 

オックスフォードシャーにある

ル・マノワール・オ・キャトル・セゾン

Manoir aux Quat'Saisons

©gardenersworld.com

 

オックスフォードにある

ル・マノワール・オ・キャトル・セゾン

で彼が作った日本庭園に英国駐在の日本大使

を招き大々的に日本DAYをつくった。

 

 

©Manoir aux Quat'Saisons

 

その時、展覧会と水墨デモンストレーション 

を頼まれた。

 

数日間オックスフォードに滞在した後、

私はロンドンに帰っていた。

 

 

©authentichotels.com

 

 

フレディーと彼の妻のサンディーがたまたま

ル・マノワール・オ・キャトル・セゾンの

レストランに行った時に、通りかかって

私のそれらの作品を見たらしい。

 

サンディーがレイモンドに私の

電話番号を聞いたにちがいない。

 

サンディーから突然家に電話がかかって来た。

「わたしフレデリック.フォーサイスの妻よ」

 

フレデリック.フォーサイスといわれても私も

マックスもこの種の小説は知らなかった、だから

「はー」

としか答えられなかったのだ。

 

 

 

サンディー・フォーサイス

© Copyright By Yukki Yaura 屋良有希画  Sumi Ink  Washi paper

 

サンディーが

「あなた、本屋さんかライブラリーに行って

いらっしゃいよ、かならず彼の本があるから、

フレデリック・フォーサイスよ。」

と念を押された。

 

近くの本屋さんでサンディーの言って

いた本達を見つけた。

The Day of the jackal 「ジャッカルの日」

The Odessa File 「オデッサファイル」

 The Dogs of War「戦争の犬たち」 

The Negotiator「ニゴシエイター」等の本が並んで

いたが私は日本訳でも知らなかったし、この類の本

は苦手で007でさえ読んだ事はなかった。

 

 

そのあとでサンディーが

「フレディーは8月21日マリオットホテルに行くから

そこまでいらっしゃい、彼が家まで乗せて行くわよ。」

 

ということでフレディーと待ち合わせになった。

 

8月21日、夫のマックスと私はフレデリックと

マリオットホテルで待ち合わせをすることに

なっていたし彼の家でタイ料理をごちそうになる

事になっていたのだった。

 

サンディーが

「タイ料理はどうかしら。」

と聞いてきたのだった。

 

ところがその日、アクシデントが発生、ホテル

での待ち合わせに私達は遅れてしまったのだった

だから結局フレディーをすっぽかしたことになった、

その上、折角のタイ料理もミスったのだった。

 

それから一週間後、私とマックスはロンドンの

北のはずれの駅にいた。

 

フレディーのお抱え運転手が駅まで迎えにきてくれた。

 

そこから30分ばかり走るとそのあたりはもう田舎だった。

 

パステルカラーの異なった緑や薄紫のむきだし

の地面ともやがかった地平線と空がそのまま

続いていた、そこに白い点でみえる羊や牛が、

まばらにちらばって見えた。

 

高速をはずれて左に曲がってからその道は急に

細一本道となった。

 

 

馬の落としたものが時々道路の真ん中にみえた、

左右は木々や灌木にとげのある野生の

ブラックベリーがなっていた。

 

「もうすぐだよ。」

と運転手のサム(匿名)が言った。

 

フレディーとサンディーの家とファームハウス

©yukkiyaura

 

柳の下を通り抜けると白いペンキ塗りの柵の門

があってそれは遮断機のように車が

入るごとに開いた。

 

自動ではなくサム自身が行って開くのだ。

 

そこからは小石が敷いてありそれはと正面に

2つの煙突を持った建物の白いドアと白い窓の

赤煉瓦づくりの家に向かって敷き詰められていた。

 

左は昔は納屋だったと思われる黒塗りに白いドア 

の建物があった、ハンギングバスケットの中には

ぺチューニアのピンクの花々が黒塗りの建物

を引き立てていた。

 

©yukkiyaura

 

そこは客人をとめるためのゲストハウスだった。

 

づっと後に数日間、私達はここで寝泊まりすることになった。

 

右側はその昔、馬小屋だったのだろう、

黒塗りのガレージになっていて、フレディーの

お気に入りの車が住んでいた。

 

 

この家はフレディーが彼の人生の中で

ほとんどを過ごし、重要な仕事をしていた家だった

けれど10年以上も前に引っ越している。

 

 

 

(おわり)

ありがとうございました。

 

「屋良有希のロンドン日誌」の過去ブログはこちらから

 

http://suekichilondon.seesaa.net

 

アメーバーのブログはこちらから 

https://ameblo.jp/yukkiyaura/

 

お便りはこちらまで

suekichibook@gmail.com



屋良有希 ホームページ 

古いホームページの為、

メールアドレスは使えません。

 http://www.yukkiyaura.com

 

屋良有希 動画

 

動画はこちら

 

バルセローナでの個展

インスタレーション、

ボディーアートパフォーマンス 

こちらは時々規制がかかると

見れません。

 

バルセローナでの個展

インスタレーション、

ボディーアートパフォーマンス

https://www.youtube.com/watch?v=X4cxp-LbS4w
  

オーストリア編

http://www.youtube.com/watch?v=ji9YWJdwX6Y

 

バルセローナ編

http://www.youtube.com/watch?v=m-VcjTRUBFY

 

 

俳画

http://www.youtube.com/watch?v=XanIYY7Q-cM&feature=em-upload_owner#action=share

 

水墨竹

Bamboo Sumi e Yukki Yaura SUIBOKU 

http://www.youtube.com/watch?v=H8hd2CcRcUI

 

http://www.youtube.com/watch?v=R2Mw3u3-DAs


枕草子英語 

http://www.youtube.com/watch?v=e_lDccDs7ac&context=

C305ccb7ADOEgsToPDskIyCUpCaU2c3bpwzEDD3ffA

枕草子日本語

http://www.youtube.com/watch?v=yzzdvE6ayY4&

context=C305ccb7ADOEgsToPDskIyCUpCaU2c3bpwzEDD3ffAcow

 

Cow

http://www.youtube.com/watch?v=bwzswWqO-cA

 

書籍の購買は

https://natureinart.org.uk

 

Nature in Art Museum and Art Gallery

 

ネイチャー・イン・アート・ミュージアム&ギャラリー

 

 

Museum Shop


https://natureinart.org.uk/contact-nature-in-art/

 

eBookの購買は

suekichibook@gmail.com

 

 

6ポンド Paypal

suekichibook@gmail.com

 

 


Thank you

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋良有希の

ロンドン日誌

Yukki's

 London Diary

 

屋良有希のアーティスト日誌」とし、

過去、現在、未来の事柄、

エッセイ、またいただきました

質問などをブログの中に

書いてもらうつもりでおります。

読者のみなさまに深くお礼を申し上げます。

今後ともよろしくお願い致します。
suekichibook フミコ. イチノ

 

©By Yukki Yaura 屋良有希画

 

 

8月 ウェストミンスター寺院

2025年8月17日 

第二次世界大戦終結

80周年記念式典

 

ウェストミンスター寺院・

第二次世界大戦終結80周年記念式典 

2025年8月17日 午後3時

 

写真はウェストミンスター大聖堂の院長と参事会提供

Attributed courtesy of ©The Dean and Chapter of Westminster Abbey

 

「8月15日、私たちは

VJデーの80周年を祝い、

第二次世界大戦の終結に関わった

人々への敬意を表すとともに、

地域社会と世界における平和のため

の祈りと努力を呼びかけます。」

 

ウェストミンスター寺院は

イングランド国教会の教会で

1066年以来、今回のチャールス王

等の戴冠式が執り行われてきた

又、アイザック・ニュートンや

チャールズ・ディケンズ他

3千人以上の偉大な

英国人が埋葬されている。

 

8月15日

 

日曜日だというのに、マックスの

仕事の関係で2時半を回っていた。

 

歩ける距離だったけれど、

丁度出たところでブラック・

キャブが人を降ろして

いるのとぶつかった。

写真はウェストミンスター大聖堂の院長と参事会提供

attributed courtesy of ©The Dean and Chapter of Westminster Abbey

 

3-4分であっという間に

アービーの目の前で止まったら、

もう次の乗客が乗り込んだ。

 

国際友好と和解のゲストの

名簿に書かれてあった二人の

名前をチェックしてもらい、

2枚のリーフレットを手渡され

てアービーの階段を登った。

 

そこには赤く長いスカートの

上に白いガウンと、上に赤と

黒のローブの祭服を着た

祭司が二人立っていた。

 

お互いに「ハロー」と

挨拶をして中に入る。

 

私達が以前ウェストミンスター・

アビーのミサに出席した時、

今回私たちが座った席は

クワイヤーとその他特待の人たち 

の席だったのを知っていたので、

私たち自身がその席に座る

とは思っていなかった。

 

アビーのスタッフに渡された

番号を提示すると、指定の

座席まで案内してくれた。

私は隠れてれて見えないけれど

写真にマックスは映っている

写真はウェストミンスター大聖堂の院長と参事会提供

attributed courtesy of ©The Dean and Chapter of Westminster Abbey

私の正面向こう側には

日本大使が座っておられたし、

コーナーはスピーカー

の神父さんだった。

 

私の目の前でダラムの

セント・ジョンズ・カレッジ・

チャペル・クワイヤー聖歌隊

の直の声が聞かれ、楽譜が見えた。

 

式典

 

これは、入口で式典の順序と

讃美歌が書いてある紙を渡され

た、その通りに執り行われた。

 

聖歌隊と聖職者が入場すると、

全員が立ち上がり、司式者が

一般的な懺悔を紹介するまで

立ったまま、その後、ひざまずくか

座って一緒に皆で主の祈りを唱える

 

私たちが今後、神聖で、正義に満ちた

、節度ある生活を送れるよう、

御名の栄光のために、お与えください。

 

司祭が赦しを授ける。

皆が「アーメン」と応答する。

 

皆で主の祈りを唱える

全員起立して賛美歌を歌う。

 

写真はウェストミンスター大聖堂の院長と参事会提供

Attributed courtesy of ©The Dean and Chapter of Westminster Abbey

 

音楽はKingsfold 伝統的旋律

Horatius Bonar (1808-89)

イギリスの5大賛美歌作家の1人

祝福のために皆立ち上がり、

皆が「アーメン」と応える。

 

礼拝後の音楽C短調のプレリュード

ヨハン・セバスティアン・バッハ

(1685-1750)

全員で唱和という風に続くのだけれど、

とてつもなく長くなりそうなの

で式典の明細は省略する。

 

ちなみに、私等は教会には

行くけれど、キリスト教信者

ではないので「アーメン」はパス。

 

追悼の行事

 

©ウエストミンスター寺院

からのニュース  

「VJデー80周年を記念」

2025年8月18日(月)

 

8月17日(日)にアビー教会で

行われた夕祷式は、

第二次世界大戦が終結した

VJ(日本降伏)デーの80周年

を記念するものだった。

 

参列者には、日本国駐英大使

の鈴木弘氏と、1945年の

ビルマ戦線に従軍した退役軍人

によって2010年に設立された

「国際友好と和解信託」

のメンバーが参加した。

 

写真はウェストミンスター大聖堂の院長と参事会提供

Attributed courtesy of ©The Dean and Chapter of Westminster Abbey

 

友情、和解、平和を祈る祈り

が捧げられ、アビーの神学担当

カノンであるジェームズ・ホークイ

牧師は、説教でこれらのテーマ

について次のように述べた:

「80年が経った今でも、覚えています。

私たちは悔い改め感謝します。

 

希望の証人となった人々を称え、

騒がしく、まだ血に飢えたこの

世界が、そのビジョンに再び

コミットすることを祈ります。

 

それは私たちの心、そして私たちの

コミュニティから始まります。」

 

奉仕と犠牲

 

VEデー(ヨーロッパでの勝利)

は1945年5月にヨーロッパでの

戦争の終結をマークしましたが、 

数万人の軍人、軍属は依然として

極東で戦闘を続けていた。

 

日本への勝利は大きな代償を伴い、

VJデーは1945年8月15日に

日本が降伏し、6年に及ぶ戦争が

終結した日を記念している。

 

写真はウェストミンスター大聖堂の院長と参事会提供

Attributed courtesy of ©The Dean and Chapter of Westminster Abbey

 

追悼の行事

 

8月15日(金)、アビーは

VJデーの記念日に合わせて

全国的な2分間の黙祷を捧げた。

 

その日の夜遅く、 

西の塔が平和の象徴として

白色に照らされ、アビーは

イギリス全土の教会や公共施設

と共にこの追悼の行いに参加し

、私たちの自由のために

戦った人々を称えた。

 

「VJデー」Victory Over Japan 

日本に勝った日

日本人が戦争でしたことを

決して忘れない日

 

第2次世界大戦では

東南アジア戦線で日本は

英国と衝突、当時英国の

植民地マラヤ(マレーシアの一部)

やシンガポールでの戦いは

日本軍の勝利となり、

42年2月のシンガポール陥落

では数万人の英連邦兵士が

捕虜となりでシャム(タイ)

とビルマ(ミャンマー)を結ぶ

泰緬鉄道の作業の強制労働

の為約6万人の英兵が

旧日本軍の捕虜となり、

過酷な扱いなどで

死亡した兵士が多数出た。

 

捕虜の数と死亡率

 

日本軍は約35万人の捕虜を

捕獲、そのうち約13万2,000人

は西側連合国(イギリス連邦、

オランダ、アメリカ合衆国) 

出身内、3万5,500人以上、

27%は戦争終了前に死亡した。

 

The Narrow Road to the Deep North©BBC

 

🔵オーストラリア: 死亡率34.1% 

22,000人のうち約7,500人が死亡

🔵カナダ: 死亡率16.1% 

1,700人のうち 約270人死亡

🔵オランダ:死亡率22.9% 

37,000人中 約8,500人死亡

🔵ニュージーランド:120人中 

約30人死亡 死亡率25.6%

🟥イギリス:死亡率24.8% 

人50,000人中 約12,500人死亡

🔵アメリカ合衆国:死亡率32.9% 

21,000人中 約7,000人死亡

 

上記の英兵の死亡率は24.8パーセント、

他方ドイツ軍の捕虜となった英兵の死亡率は

3~4パーセントだったという。

 

ビアフラのように骨と皮になった英兵の

写真を見れば当時の現状が想像できる。

 

ビルマでは肉とパンは出ず、おそらく

米食や芋などの食事だったのではないだろうか。

 

日本人は耐えられても白人達にとっては

日本軍による元捕虜の過酷な扱いは

英国人の認識として深く刻み

込まれ決して忘れない日として

「VJデー」に特定の国名を入れて

いるのをみてもよくわかる。

 

人ごとではない、時代が異なれば、

私の英国人の夫が日本の捕虜となったかも

しれないのだ。

 

元捕虜の物語 

 

The Narrow Road to the Deep North©BBC

 

友人が現在BBCで放送されている元捕虜を

主人公にした小説「奥のほそ道」

「The Narrow Road to the Deep North」

を見たという「酷かったわよ」

 

これはリチャード・フラナガンのブッカー賞

受賞小説を原作とする 5 部構成のこのドラマ

一部がビルマ鉄道を舞台にしている。

 

日本の捕虜としてビルマの悪名高い

「死の鉄道」で労働を強制されるという、

過酷な試練の記録として描かれていて

捕虜収容所の過酷な現実、病気と疲労

で骨と皮になった兵士たち、傷や切断

の残酷なシーン、この作品には吐き気

を催すようなシーンが数多くあり

人間性を失った残虐な瞬間が映し出される、

日本軍による元捕虜の過酷な扱いは 

英国人の心に深く刻み込まれている。

 

The Narrow Road to the Deep North©BBC

 

日本人として思うこと

 

私たちは戦争の歴史を学校で習ったことがない。

 

ただ、戦争があった年号や国の名前を

覚えただけで通り過ぎていった。

 

日本の成り立ちや神話もタブーだったらしい。

 

神話は祖父母から聞いていたので覚えて

いたら、それらは全て日本書紀からの

物語だった。

 

私たちは日本国旗に自信が持てなかった。

 

私自身、NYの9-11を境に日本人に

罪の意識を植えつけられた自虐史観

「ウォー・ギルト・プログラム」

から徐々に脱出していった。

 

本当の日本の歴史を自分で

探り始めたからだ。

 

悲しいことにそれまでは日本人に誇りが

持てず、日本が嫌いだった。

 

英国や他国のように日本は

なぜ大戦で亡くなった日本人達

の記念儀式を持たないのだろう。

 

1945年8月に広島と長崎での原子爆弾式典

では自虐的な「安らかに眠って下さい。

過ちは繰返しませぬから」という言葉を

言わなくてはならないのだろうか。

 

日本人が原爆で何の過ちをしたというのだろう?

原爆を投下して民間人を殺害したのはアメリカ軍だ。

 

戦争で民間人を殺害するのは戦争犯罪である。

 

ベン・ブルース・ブレイクニー

Ben Bruce Blakeney

アメリカ合衆国 の 陸軍 軍人 ・ 法律家

©findagrave.com

東京裁判で、アメリカ人の弁護士でありながら、

日本に来て日本の弁護人を務めた

ベン・ブルース・ブレイクニー

弁護士は東京裁判の折、原爆を投下して

民間人を殺害(沖縄県民、東京大空襲を含む)

の戦争犯罪を行った連合国がどうして

日本を裁くことができるのだと発言した。

 

しかし彼の言葉は一切日本人には

翻訳されず、彼の意見は無視された。

 

ブレイクニーの死

私たちの知らない本当の歴史

 

アメリカの教育者兼弁護士。

1946年から1948年まで、

東京戦争犯罪裁判所で弁護人として

勤務し、東郷重徳の弁護を担当した。

 

1949年に東京大学で法学の講師として

着任。1963年に妻と共にプライベートジェット 

の事故で日本において死去した。

事故だったのだろうかと

疑いたくなる事実だった。

 

日本の静岡で亡くなったブレイクニーと彼の妻

 

©findagrave.com

60歳以上の日本人は未だに自虐罪、

自虐史観から抜けていないという。

 

若い子たちでさえ学校で教えられること

は我々の時代と変わってはいない。

 

ある中学校の教科書には北海道が白く

抜けていたり、つまり北海道は日本では

なかったり、日本の島が日本の名前では

なくなっているのだ。

 

私たちはフェアーなブレイクニー

の事も教えてはもらえなかった。

こうして自分で本当の歴史を探って

行くしかないのだ。

日教組は未だに変わらず教育界

にあぐらをかいている。

 

ブレイクニー弁護人の弁論

https://ernesto-mr-t.blogspot.com/2022/07/ben-bruce-blakeney-nacio-1908-toros.html

 

日本人なら忘れることなかれ

追悼・黙祷

 

魂を知っている日本人だけがなぜこれらの戦争

の歴史を無視しているのだろう。

 

なぜなら昔の戦争などに興味

がないからだ。

 

誰が好んで戦争に行きたいだろうか?

 

「山の日」「海の日」の休日に

どんな歴史的な意味や重要性が

あるのだろうか。

 

私たち日本人が先祖を大切にするように、

彼らが命をかけて戦ってくれた歴史を

理解するだけでも良い、休日の慰霊祭

の日があってもいいと思う。

 

(今の日本ではおそらく日本人でなくなって 

しまった政治家達が反対するだろうけれど)。

 

南方戦線で日本軍が玉砕した戦地では、

未だに多くの遺骨が回収されていない。

 

 

「真珠湾攻撃によるキッド提督の死が殺人罪になるならば」

東京裁判で日本側を弁護するブレイクニー

©ernesto-mr-t.blogspot.com

もしもあなたがあの頃20代の男子で、戦争に

駆り出され、行きたくもない南方の島で、

水や食料も遮断され撃つ弾も切れ玉砕を覚悟、

アメリカ軍からの攻撃、又は自害しなければ

ならなかったら。

 

人ごとではないのだ、時代が時代だったら私たち

はそこにいたのだから。

 

歴史は現実だった。

 

日本の戦争戦没者

 

🟣日清戦争 約13,000人死亡

🟣日露戦争 約88,000人

🟣第一次世界大戦 約300人

🟣第二次世界大戦 約3,100,000人

🟣沖縄戦では、約9万人の

日本軍将兵が戦死、

🟣硫黄島の戦いでは、日本軍

約2万1千人のほぼ全員が戦死

🟣中部太平洋のサイパン島、

日本軍は玉砕、全滅

🟣テニアン島、日本軍は玉砕、全滅

🟣グアム島、日本軍は玉砕、全滅

🟣硫黄島 日本軍は玉砕、全滅。

 

民間人の虐殺 一般市民の犠牲者

(空襲・原爆・沖縄戦)

 

🟣東京大空襲 アメリカ軍による

第2次世界大戦末期 の東京大空襲 

🟣広島と長崎での原子爆弾

広島では約14万人、長崎では約7万人が死亡

🟣沖縄県民の死者は約12万人

 

海外で亡くなった日本人

(旧満州、南方戦線など)

 

 

「広島に原爆を落とした者の名も挙げなければならない」 

東京裁判で日本側を弁護するブレイクニー

©ernesto-mr-t.blogspot.com

 

🟣シベリア抑留

約57万人の日本人が強制労働を強いられ

約5万人が厳しい環境の中で亡くなった。

🟣満州

第2次世界大戦の末期、ソ連軍が侵攻した

満州ではいくつもの惨劇が繰り広げられた。

 

🟣「葛根廟(かっこんびょう)事件」

ソ連軍による民間人1000人の殺害事件

 

私は歴史家でない素人だから

まだ調べていないけれど、

民間人の虐殺事件はまだまだ

あるはずだ。

 

日本の事実史

 

私は日本を愛している。

 

生まれた日本より英国の方が長く

なった私は英国も愛している。

 

ラッキーなことに2つの

愛する国がある。

 

ここにいると日本人にもっと

誇りが持てる。

 

日本人のことがよくわかる。

 

日本人はどんな世界の国の

人より違った魂を持っているからだ。

 

そんなことを発見できる。

 

だから日本を守るために戦っただけ

で私たちのように楽しみも知らずに

死んでいかなけれだならなかった

同朋に感謝する特別の時

を持つべきだと思っている。

 

日本の本当の歴史を

知るべきだと思っている。

 

追悼

 

写真はウェストミンスター大聖堂の院長と参事会提供

Attributed courtesy of ©The Dean and Chapter of Westminster Abbey

 

「VJデー80周年は、我が国に

とって深い意義を持つ瞬間です。

 

私たちは、今日享受する自由のために

戦った人々の勇気と犠牲に、深い

感謝の念を抱きながら記憶すべき時です。

 

ますます危険な世界において、

すべての教会がこれらの記念行事

に参加し、鐘を鳴らし、平和を祈り、

コミュニティが記憶を共有する場を

提供することを奨励します。

過去を称えるとともに、

私たちはすべての人々にとって

より平和で公正な世界建設への

決意を新たにします。」

 

ヒュー・ネルソン、軍隊担当主教  

ウェストミンスター寺院

という言葉で締められた。

国際友好と和解のゲストのグループ

記念写真に入れてもらい礼拝終了後

ウェストミンスター大聖堂の

カメラマンに多くの写真を撮ってもらう。

プロのカメラマンは私たちを笑わせて朗らかな

笑いの写真を撮ってくれた。

写真はウェストミンスター大聖堂の院長と参事会提供

Attributed courtesy of ©The Dean and Chapter of Westminster Abbey 

 

 

 

 

(おわり)

 

 

 

ありがとうございました。

 

「屋良有希のロンドン日誌」の過去ブログはこちらから

 

http://suekichilondon.seesaa.net

 

アメーバーのブログはこちらから 

https://ameblo.jp/yukkiyaura/

 

使用可能です

ここに掲載されております作品、イラスト、

写真などは©屋良有希の名前を

入れて使用できます。

 

 

お便りはこちらまで

suekichibook@gmail.com



屋良有希 ホームページ 

古いホームページの為、

メールアドレスは使えません。

 http://www.yukkiyaura.com

 

 

屋良有希 動画

 

動画はこちら

 

バルセローナでの個展

インスタレーション、

ボディーアートパフォーマンス 

Yukki Yaura en Antigua Casa Haiku 06.10.2010

https://www.youtube.com/watch?v=X4cxp-LbS4w

こちらは時々規制がかかると

見れません。

 

 

バルセローナでの個展

インスタレーション、

ボディーアートパフォーマンス

https://www.youtube.com/watch?v=X4cxp-LbS4w
  

オーストリア編

http://www.youtube.com/watch?v=ji9YWJdwX6Y

 

バルセローナ編

http://www.youtube.com/watch?v=m-VcjTRUBFY

 

 

俳画

http://www.youtube.com/watch?v=XanIYY7Q-cM&feature=em-upload_owner#action=share

 

水墨竹

Bamboo Sumi e Yukki Yaura SUIBOKU 

http://www.youtube.com/watch?v=H8hd2CcRcUI

 

http://www.youtube.com/watch?v=R2Mw3u3-DAs


枕草子英語 

http://www.youtube.com/watch?v=e_lDccDs7ac&context=

C305ccb7ADOEgsToPDskIyCUpCaU2c3bpwzEDD3ffA

枕草子日本語

http://www.youtube.com/watch?v=yzzdvE6ayY4&

context=C305ccb7ADOEgsToPDskIyCUpCaU2c3bpwzEDD3ffAcow

 

Cow

http://www.youtube.com/watch?v=bwzswWqO-cA

 

書籍の購買は

https://natureinart.org.uk

 

Nature in Art Museum and Art Gallery

 

ネイチャー・イン・アート・ミュージアム&ギャラリー

 

Museum Shop


https://natureinart.org.uk/contact-nature-in-art/

 

eBookの購買は

suekichibook@gmail.com

 

6ポンド Paypal

suekichibook@gmail.com

 

 


Thank you