「死」について考えよう | 中村幸也オフィシャルブログ「自由に生きるのに遠慮はいらない!」

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中村幸也のブログ

2018年6月に大阪から沖縄に移住してきた自由人。心理カウンセラー。「あきらめる勇気」の著者。『元不登校YouTuberゆたぼん』のパパ!

「死」というのは、
生きとし生けるものすべての宿命です。
 
誰だって生きている限り、
いつかは死にます。
 
しかし死んだ後に何があるのか、
実際のところ、わかりません。

 
死んだ後も魂は生き続けるのか、
それとも完全に無になるのか、
どう考えるかは「自由」です。
 
だけど、どれだけ考えてもわからないから、
人は「死」を恐れ、「死」から目を背ける。
 
 
それも無理ありません。
 
 
なぜなら、自分という存在や大切な人の存在が
この世から消えてしまうという事は、
誰にとっても考えたくない事だからです。

 
でも、死は誰にも必ずやってきます。
 
どれだけ逃げ続けても、
どれだけ見ないフリをしていても、
逃れる事はできません。
 
だから大切なのは死から目を背ける事じゃなく、
死が訪れまでの日々を“どう生きるか”なのです。

 
人は死があるからこそ、
今を大切に生きる事だってできます。
 
人生には限りがあるからこそ、
その日その日を大事にだって生きられるのです。
 
 
あなたは、実りある日々を過ごしていますか?
 

 
もしあなたという存在がこの世界から去れば、
周りにいる多くの人たちが泣くでしょう。
 
しかし哀しい事ですがそれも一時的な事で、
時が経つにつれて忘れられていきます。
 
それが僕たちが絶対に逃れる事ができない
宿命なのです。
 
だったら「死」から目を背けて生きるのではなく、
「死」を受け入れながら今を精いっぱい生きようよ。

 
 
「カルペ・ディエム」という言葉がある。
 
 
これはローマ時代の詩人ホラティウスの言葉で、
「その日を摘め」という意味です。
 
英語では「その日をつかめ」と訳されて、
「今この瞬間を生きよ」という意味が込められます。
 
そう、生きている者はいつか必ず死にます。
 
だからこそ、一日一日を大切にし、
今この一瞬を全力で生きよう。

 
今ある機会をできるだけ多く掴み、
限られた時間を楽しもう。
 
古代ローマでは
「メメント・モリ」
という言葉も使われました。
 
 
「死を忘れるな」という意味です。
 
 
「自分はいつか死ぬのだ」という事を忘れなければ、
有頂天になって判断を誤る機会も減るでしょう。
 
だから古代ローマでは将軍が凱旋パレードをする際、
必ず「メメント・モリ」と囁いたといいます。
 
そう、死を忘れずに生きるという事は、
同時に今を楽しむ事に繋がります。

 
先祖から代々受け継がれてきた命のバトンを受け取り、
今この瞬間を僕もあなたも生きているのです。
 
もし、どこかでバトンが途切れていたら、
僕たちは今この世にいません。
 
 
僕たちは今この瞬間を生きているのです。
 

 
だから悔いのないように、
自分の番を生きぬこう。
 
僕もあなたも命のバトンを受け取って、
今、自分の番を生きているのだから。

 
そしてそのバトンを笑って次の人に渡せるように、
胸を張れる生き方をしていきたいですね(^^)