「ロッチと子羊」というEテレ番組がある。

 

有名哲学者の格言を参考に、ロッチたちがゲストの抱くお悩みを解決していく、という知識系バラエティだ。

 

 

先日のゲストが、ネプチューンのホリケンだった。

私の中でホリケンといえば、陽気で楽観的なイメージである。


しかし彼、実は、ひとつのことをずっと気にしてクヨクヨ悩む、どちらかといえば悲観的な性格をしているらしい。

 

この悲観主義をどうにかしたい、というのがこの日のお悩みだった。

 

 

 

 

それに対して今回示された、哲学者アランの格言がこちらだ。

 

「悲観主義は気分に属し、

 楽観主義は意志に属する」

 

 

悲観は気分。

楽観は意志。

 

番組を観ていた私はもうこれを見ただけで、ナルホドー!だった。

 


アランによれば、気分に流されてたらすぐ悲観的になるのが人間で、放っといても勝手に楽観になんてなるもんじゃないらしい。

 

本当の楽観主義とは、「楽観的でいるぞ!」と、自らの強い意志により獲得していくものなんだと。

 

 

これを聞いたホリケンが、素晴らしいまとめ方をしていた。

 

「悲観の気分を、楽観の意志で飲み込めってことですね」

 

ええこと言うやないかホリケンその通りや!

(ネプチューンのネタは、ホリケンが書いているそうです)

 

 

 

 

 

 

元々の私は、心配症ながらも自信家で、なんとかなるさっていう前向き意識の強い人間。

なんだが、

数年前に起きたとあることがきっかけで、たびたび異様な不安に襲われるようになってしまった。

 

最近は少しずつ回復のきざしも見えるが、 昔の私に比べれば、その元気度合いはまだまだわずか3%という感じ。

 

ふとしたときに、まだ見ぬ先のことを心配しては、悲観的な思いが頭の中をぐるぐるしてしまう。

 

 

そういうときの私って、「悩んでいる」んだと思っていた。 

 

でも、そうじゃない。

 

「悩む」とは、解決策を求めて考えることだ。

まだ起きてもないことに解決も何もないし、「考える」ことなんてない。

 

頭の中がぐるぐるしてる私は悩んでるんじゃなくて、 ただ気分に流されていただけだったんだ。


という基本的なところに、ロッチの番組を見ていたら気がついた。

 

 

 

 

 

気分のまま楽観的にいられる人なんてそうそういない、というのがアランの主張だ。

 

楽観的な人は基本的に、「楽観的でいるぞ、という自分の意志によりそれを実現してる」。

 

アランはこれを、一言で表した。

それが、

「不撓不屈(ふとうふくつ)の楽観主義」。

 

 

 

楽観って、個人の性質ではなく努力で目指すものなんだなと思ったら、だいぶ気が楽になった。

努力でどうにかするしかないんなら、 私も努力すりゃいい。

 

不撓不屈の精神で、私は大丈夫だぞー!ってそう思うようにムリヤリでもやりゃいい。

 

10年くらいがんばったら、元の私みたいに、なんとかなるさ、って本当に楽観的になれるかもしれない。

 

 

それで、だ。

楽観の「意志」を持つぞ!とこういう目標を立てても実現しない原因は、「目標自体を忘れてしまうからだ」と、ハーバード大が言ってただろ?

 ↓ 

 

 

まずはとにかく絶対に忘れないぞと思って、紙に書き、よく見える場所に貼ることにした。

 

「不撓不屈の楽観主義」 

 

何回書いても上手く書けないんだよ。

 

 

 

 

一番マシっぽいこれにしよう。

 

字がゆらゆらしているけど…

 
 
 
 
うまく書けない分何回も書いたおかげで、この言葉が自分の手から、脳みそへと伝わり染みついた感じがしている。
 
 
昨年、心身の安定のために始めたウォーキングも、少しずつだが続けている。

努力で全部、くつがえしたるぞ。

 

 

 

 

 

※アランはペンネームだそうです。

本名はエミール=オーギュスト・シャルティエです。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

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