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1983年7月17日、日曜日の天気はあいにくの雨。高一の夏休みを数日後に控えたその夜、15歳の佐藤佳代さんは日記を書いた。
今日は名前をつけてもらいに行った
オ・カ・ダ・ハ・ル・コ
なんとなく不思議な気分
がんばるゾ
でも向陽に居られるのも
あと3日。
さびしいナ
「岡田有希子」の芸名が決まるまでには、曲折があった。
松田聖子さんの名付け親でもある、姓名判断の先生がまず示したのは「岡田晴子(晴は目へんに青)」と「岡田佳代子」。
でも「晴子」だと〝先輩の(桑田)靖子さんに似ちゃう〟ため、その名前はあえなく流れた。本名に由来する「佳代子」は〝性格的に弱いから、きびしい芸能界で負けちゃう〟との理由で没になった。
そして〝希望を有する〟「有希子」に決まる。彼女の「名前負けしないよう精一杯がんばります!」とのコメントが、ファンクラブ会報の創刊号に載った。
名付け親としてユッコさんと一緒に「ザ・トップテン」に出演した姓名判断の先生は、岡田有希子という名前には「短距離ランナーみたいな瞬発力がある」と語った。16歳、17歳、そして18歳…芸能界を駆け抜けたその後を、まるで言い当てるかのように。
ユッコさんはデビュー直後、「有希ちゃん」と記されることが多かったようだ。いまどきの感覚で命名するなら、名前に「子」を付けずにユニセックスな「有希」としたのではないだろうか。
もしそうなら、ユッコという愛称は生まれなかったかもしれない。彼女が空の下にいた、あの頃ならではだったんだろう。
photo by yukikostarlight
