
私が都内の女装デリヘルに勤務していた時期が
2016年の10月から翌年1月の三ヶ月の期間だった。
比較的短い在籍期間。
その理由は最後に書くとして
様々な趣味嗜好を持つお客さんがいたが
私が今になっても忘れない人がいる。
それはデリヘル勤務最後のお客さんとなる人であった。
新年が明けて間もない
1月の冬。
都内から離れた県外からの指名であった。
指定されたプレイ時間は三時間。
出勤時間的にその日に
いくつかのお仕事をした後での
最後の出勤で三時間は
本音を言えばなかなか大変だという気持ちと
3時間のプレイ時間は
稼ぎにもなるため嬉しい気持ちと半々であった。

仕事帰りの人々で溢れる
電車に揺られて県外の指定されたホテルに到着し
部屋のドアを叩いた。
お相手は中年の男性であったが
ひどく酔っ払っていた。
呂律がちょっと回っていない感じであった。
「ご指名ありがとうございます、雪季です」
そのまま部屋に入るとお客さんの
テーブルにある給料袋からは
いくらかの紙幣がはみ出ていて
そこからプレイ料金分を取り出して
渡してもらったが
その5分後には
またプレイ料金をお客さんは支払おうとしていた。
酔っていたので支払った事を覚えていなかったようで
私は少し慌てながら伝えた。
「○○さん!さっき料金をいただいたので
もう大丈夫ですよ(;´∀`)」

テーブルには大量の空き缶が放置してあった。
お客さんがソファからベッドに移動しようとしていたが
足元がおぼつかないため
手を取り、腰に手を回してベッドまで誘導した。
ちょっとした介護に近い感覚を覚えた。
プレイ前にシャワーを浴びないといけない決まりだが
先に休ませたほうが良いと判断して
ベッドで横になってもらう事にした。
私も横に寝そべる形で
しばしの談笑をしていた。
お客さんは呂律こそ怪しいが
話したい事は色々あったようで
その口からでる一言一言
私も熱心に聞いて、答えていた。
長年やっている仕事が大変な事
上司や同僚にとても腹がたっている事。
酔いとはまた別に
言葉にはできないほどの
不平不満を持っている事は十分伝わった。
「大変だったんだね」
私がそう言うと
お客さんはいった。
抱きしめてくれないかと。

私は寝そべっていた体を起こして
お客さんの横にくっついて
体を両手で抱きしめたら
男性は一言漏らした。
「もう死にたいんだ」と。
私は片手をお客さんの頭に添えて
お客さんの顔を自分の顔に寄せ、くっつけてつぶやいた。
「ずっと一人で抱えていたんだね。
よく頑張ってきたね」
そういうと
お客さんの男性は
大粒の涙を流した。
私の顔にも伝っていたが
それを拭き取る事はしなかった。
顔が濡れてメイクが取れる事も気にならなかった。
お客さんの気が済むまで抱きしめ続けていたら
そのままお客さんは眠ってしまった。
プレイ時間が終わる30分前まで
私はずっとそのまま寄り添っていた。
目が冷めたお客さんに
「もうエッチできる時間がすくないけどどうしようか」
と訪ねたら
お客さんは
もう十分だと答えた。
その日最後の出勤だったので
私も勧められた余っている缶ビールを
一本いただく事にした。
時間が迫り
ホテルを出る準備をしながら
「また良かったら指名してね」
そういうとお客さんは
多分、二度と君と会うことはないと思う。
そう一言漏らした。
私は会話の沈黙を破るかように
矢継ぎ早に答えた。
「次は〇〇さんの家までいくよ
ホテルはお金かかっちゃうもんね」

二人でホテルを出て
手を繋ぎながら歩いて
そのまま駅の入り口近くまで送ってくれた。
少し大きめで
力を使う仕事特有の少しゴツゴツとした
男らしい手の感触。
途中、夜の商店街を眺めながら
「いい街だね、あそこのお店でご飯食べてみたい」
そんな話をしていた。
お客さんにとってこの場所は地元らしく
突然饒舌となった。
もっと色んな店や場所を知っているようだ。
「ならぜひ連れて行ってほしい」
書く必要もない事だが
私が常に次の予定を話すかのような口ぶりだったのは
お客さんにリピートしてほしかったからではない。
「また会おうね」
私はそう言うと
黙って頷いた後
手を振ってくれて
私もそれに答えた。
終電も近い帰りの電車の中
この時間、上り電車に乗る人など
ほとんどいない。
広々とした車両に
少しの解放感も感じつつ
暖かい車両の中で眠気に襲われた。
目を閉じながら
私は、ある人の言葉を思い出していた。
私の一族で
私より年下の女性の言葉である。
今は県外に住むその女性は
かつて伝説的な新宿の風俗嬢であった。


風俗嬢が使う写メ日記のアクセスランキングにおいて
常に全国一位の実績を持つ人だった。
私が女装してデリヘル嬢をしている事が
ネットを通してバレたときに
その女性も自分が過去に風俗嬢をしていた時代の
話しをしてくれて
性サービスを行う仕事において
最も大切な事は何かを
教えてくれた。
容姿やセックステクニックも大切な要素かもしれない。
だがお客様が真に求めるのは 癒やし だ
癒やされるための時間と空間
そこに金銭を支払う。
だから私達はドアを開けてから出ていくその瞬間まで
振る舞いと気遣いと思いやり
その全てがお客様に向けられていなくてはならない。
そして、一切気を抜く事なく
それを演じ続けられる事。
そのアドバイスは今も忘れない。
わざわざメモに書く必要すらないほど
私の胸の奥にずっと刺さっている。
自分のイベントを行う際にも
全メンバーに伝えてきた事でもある。
都内へ向かう静かな電車の中で
ぼんやりと考えていた。
私は彼女の言うそれを
できていたのか
自問自答していたが
結局わからなかった。
自分にできる事を最大限やったつもりではあったが
ずっと気がかりであった。
そのお客さんの今後の事。
手に残る、繋いだ手の感触。
自分の手の平を見つめて思う。
私は何を与える事ができたのだろうか。
都内に戻り
その日のあがりを封筒に入れて
待機所の貯金箱のような
収納箱に収めて
帰路についた。
自宅について寝るための支度をし
ベッドで眠ろうとした時
店からラインの電話がなった。
私に対するクビの宣告である。
私が出勤した後
四六時中玄関のドアが開きっぱなしにしておく事が
常である無人待機所にあった
おもちゃのような金庫が
何者かに盗まれたらしく
最後に出勤した私が容疑者候補となり
止まらぬ電話による中傷と罵倒の末
解雇された。
当然ありとあらゆる反論と
私以外の可能性を訴えたが
取り扱ってもらえずお役御免。
私が店と戦う覚悟を決めて
裁判費用を捻出するために
AVアマチュア製作者という領域で
映像内でマスクを取り
顔を晒した始まりであり
現在まで続く活動の
原点ともなった出来事である。
あれから5年。
今にして思う事だが
私はきっとどこかで
最後のお客さんに示したかったのかもしれない。
自分の身に突如として降りかかる
理不尽や不条理
いわれのない悪い噂と広がる悪評
何もせずとも勝手に
拳が震え上がるほどの激しい怒り
自分の中で本当に大事にしたいもの
守りたい何かのために戦うという事の
その姿勢を
最後のお客様となったあの人に
見ていてほしかったのかもしれない。
終わり。
追伸
もうそのデリヘルは存在していません。
何より
私の活動に火がついた出来事で
結果的に好転したため
今となってはほろ苦い思い出でもありますが
前向きに捉える事ができています。
雪季
