自分勝手に身分制度を作る人たち
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2020年3月4日 投稿者: sincerelee
 
 
[超能力ビジュアル新]2-1-11
朝鮮にはどのような身分制度があったでしょうか
2019/04/30
 

1人デモをする親に暴言をして物議をかもしている

柳仁村(Yu Inchon,유인촌)長官

2009/06/08

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以下、韓国内で嫌悪問題を指摘してきた、

ウォンジュ(原州)大学の多文化学科教授

キム・ジへ氏が、市民記者としてオーマイニュースに書いた記事です。

 

2009614日のものですが、

実はこれ、前にも紹介したことがある

『いまでは珍しい韓国社会批判資料』の1つです。

 

イエス尊待法エントリーを書いてから、少し補完する形で韓国語の敬語の問題

(『尊待』の言葉を使う/使わないが必要以上に克明に分かれている)

を紹介できないかな、と悩んでいたところ、

随分前にお気に入りフォルダーに入れておいたのを思い出して、今日、紹介します。

読んでからのほうが良いと思いますので、まだの方は先にご一読を。

 

『下待(banmal,반말,ぞんざいな言葉)』彼らの身分社会

https://news.v.daum.net/v/20090614134504977

[オーマイニュースキム・ジヘ記者]2009.06.14

 

<・・韓国人は、人に会えば、まず年齢を聞く。

言葉遣いをどうすべきかを決めるため、

すなわち「さん」を付けるべきか「です」を付けるべきかを決めるには、

年齢を知る必要があるからだ。

 

年齢だけではない。

韓国語を言い始めるには、

相手について知っておくべきことが本当に多い。

職業、教育水準、結婚したかどうか、

親や配偶者の職業、経済的能力、乗っている車の種類、

住んでいる街、着ている服

など。

もちろん男か女かも重要である。

 

職業といっても、そこには貴賎があり、

その職業のどの職位なのかも知って置かなければならない。

それらの項目でこれといって優れたものが無かった場合、

その人は相手を対等として扱った話し方を言われなければならない。

私が相手を対等として扱った話し方でいいですよと先に言うこともなくはない

が、殆どの場合、私に

『下待(banmal,반말,ぞんざいな言葉,

相手を対等として扱った話し方)』

をきくかどうかは相手が決める。

 

だからこそ、だろうか。

他人より上を行くものが年齢しか無い人たちは、

わずか1,2年差の歳にもものすごく敏感になる。

いや、数ヶ月、数日も重要である。

 

1月に生まれた私のような人は、

その前の年の12月に生まれな人と友だちになるためには

「あなたより1年後だけど早い時期(1月)に生まれた」

とかならず強調する。

わずか数日の遅れで、

ずっと『下待(banmal,반말,ぞんざいな言葉)』

を聞くの関係されたくはないからだ・・>

 

口で現われる身分秩序

 

『下待(banmal,반말,ぞんざいな言葉)』がどのように決定されるか、

その頭の中を韓国人なら皆知っているはずで、

生きながらそのため怒ることも本当に多い。

 

もちろん『下待(banmal,반말,ぞんざいな言葉)』と無条件気持ち悪いことではない。

友人や家族や恋人がいる

『下待(banmal,반말,ぞんざいな言葉)』は当然で情があふれる。

好きな先生が私にして『下待(banmal,반말,ぞんざいな言葉)』も気持ち悪くない。

問題は出てきて近くない人々、特に初めて見る人々が使う

『下待(banmal,반말,ぞんざいな言葉)』だ。

 

見知らぬ関係で『下待(banmal,반말,ぞんざいな言葉)』

を使用することができるということは、事実特異現象である。

通常格式ない言葉とは相手と近く罪がないので、使うことができるのだ。

見知らぬ人であれば、当然のこと用心深く難しいのが当然である。

次に、韓国社会で密接な関係がないのにも

格式なく言葉」することができることが、果たしてどのような意味なのか?

 

<・・今日の韓国語の相手を対等として扱った話し方は、

社会的関係ではなく、身分の違いを表わす。

カースト制度のように、社会全体の固定された身分ではない。

 

代わりに、韓国は、個人単位の身分階級がある。

各自が自分を含めて、周りの人を一列で並べて作った階級である。

誰かがランクをあらかじめ決めておいたものではなく、

その階級を作る責任は各自にある。

 

明確な基準がないから、年齢、職業、性別等に応じて、

私の心のままに自分の勝手で決められる。

極めて個人的な決定ではあるが、それは社会的な偏見を反映している。

相手を対等として扱った話し方は、

そうやって私が作った身分社会で、私よりも低い人々に使う言葉なのだ。

 

朝鮮時代のような公式な身分社会は無くなったかもしれないが、

言葉遣いを通じた身分作りは、日常と分離することができない、

生活そのものになってしまったのだ・・>

 

一部の人々は、より高い尊敬語を聞こうと派手に装飾して、

高価な外車に乗って、高い位置を乗車する。

 

自分が楽しんでいることも、いつも丁寧でない言葉を聞く仕事なら回避する。

むしろ、自分が楽しまず才能もないことでも尊敬語を聞く場を訪ねて行く。

階級の低越え、すべての人が私に丁寧の話をするその日までに、

より高より高くていくことが、人生の目標になってしまう。

 

柳仁村(Yu Inchon,유인촌)長官の

『下待(banmal,반말,ぞんざいな言葉)』に憤慨すること、

彼が教養なくてだけではない

 

 

 

 

「親を誰こうして洗脳をさせたのだろう」

「叙事書士創作と?それが誤った過去でも」

63日、ある隷従問題関連に関連文化体育観光部の前で

1人デモをする親に暴言をして物議をかもしている

柳仁村(Yu Inchon,유인촌)長官。

 

(c)ある隷従非常対策委

 

柳仁村(Yu Inchon,유인촌)長官の

『下待(banmal,반말,ぞんざいな言葉)』使用して、

我々は、彼が作った身分社会を見る。

彼の学生を対して親を接し使用する言葉遣いを通じ、

我々は彼がすでに彼を非常に高い地位に規定して、

ほとんどの国民を自身の下へ伸ばしてたてたとのことが分かる。

 

彼の身分を定める基準は、現時点ではそのように様々なようではない。

大統領、大臣、そして国民。

この三種類の身分くらい?

彼の最近の行跡を見れば、相手の年齢や職業もあまり気にしないようだ。

長官の下の国民は、全部平等にいやしい。

 

柳仁村(Yu Inchon,유인촌,ユ・インチョン)長官の

『下待(banmal,반말,ぞんざいな言葉)』に憤慨するのは、

単に彼が大臣への教養がないか、

単純に彼が長官での教養がなかったり

国民を無視して自尊心に傷をつけたためだけではない。

彼のぞんざいな言葉に憤慨するより大きな理由は、

彼が身分社会遊びをしている、

それ自体、それもしっかりとしているという事実である。

 

大韓民国に生まれ、私たちは、生涯にわたって消耗的な身分の戦いをする。

重要でもない、いくつかのの定規で私断定すること化出なかったのか。

幼いことが尊重されないしなければならない理由もならず、

末端社員というのが、のことがない

ということは容易にぞんざいな言葉を聞いてもされている理由ではない。

職業の貴賎、学歴に決定される聖骨真骨の社会をいつまで抱えべきであるか。

口で繰り返される日常の中での賎民化を

いつや終了することがあることを苦しいものはどこかだけではない。

 

柳仁村(Yu Inchon,유인촌)長官の

『下待(banmal,반말,ぞんざいな言葉)』に私たちがそのように憤慨するのは、

彼の言葉遣いで、私たちが平等社会ではなく、

よりひどい身分社会に回帰していることを検出するためではないか。

 

尊重を受けようとする人間の心は君やすることなく、

それが近代の革命と民主主義を導いた力だった。

身分撤廃と平等の精神は、左派か右派かにかかわらず、

民主主義国家に住むすべての人々が共有する価値がある社会の根幹である。

 

見知らぬ人に『下待(banmal,반말,ぞんざいな言葉)』を吐き出す行動は、

単に教養の問題ではない。

社会の価値と人間の差別のない尊厳に対する基本的な理解の欠如。

柳仁村(Yu Inchon,유인촌)長官が

公職者だからこそ、非難を受ける理由がここにある。

 

 

 

ビジネス目的でもなければ、

韓国人「たち」がお互いに敬語を使い合うことはほとんどありません。

かならず、誰かが誰かに敬語を使い、

その逆は相手を対等として扱った話し方を使います。

 

こういう考えが根強いからこそ、

イエスも相手を対等として扱った話し方を使う

超レア訳の聖書が出来上がったのでしょう。

疲れる話です。