ゆる勉 -23ページ目

英単語を語源で覚える

 
 こんにちは、蕪です。
 色々な人が、色々な覚え方をしていて、どれがいいとか悪いとかはないのですが(覚えたもん勝ち)今回は私の『英単語を分解して分類する』覚え方について書きたいと思います。


 describe(自他―記述する、描写する、説明する)
 という単語があります。

 これはDUOで言えば、SECTION2-19の黒字単語です。
 青字がdescription(名―記述、描写)、もうひとつの黒字がdescriptive(形―叙述的な、描写が生き生きとした)です。

 このdescribeという単語は、

 de+scribe

 にまず分けることが出来ます。

 de=下(down)→手元
 scribe=script=書く(write)

 です。

 手元に書くから描写だし、記述だし、そこから説明にもなります。
 (deは多くの場合否定的な接頭辞ですが、強意・下降という意味もあります)
 ここまでは普通の『describeを分解する』行為です。


 scribe=script=書く(write)

 を取り出して、他の単語との関連を見てみます。

 動詞類
 subscribe(署名する)sub=下(under)(書類の一番下に署名するイメージ)
 prescribe(規定する)pre=前に、前もって(前もって書いておくこと)
 describe(記述する)

 名詞類
 subscription(署名)
 prescription(規定)
 manuscript(原稿)
 description(記述)

 形容詞類
 descriptive(叙述的)


 ここでわかることは、

 動詞のときscribeだったものは、形容詞化名詞化するときにscriptに変化し、名詞なら語尾がtion、形容詞なら語尾がtiveになる

 ということです。自分でノートに書くときは、マインドマップ風の図を書いています。
 今回の場合だと中央にscribeを書き、そこからそれぞれに派生し、更に変化させます。下に署名、などは絵を添えたりもします。
 こんなかんじ
 ※人の目に触れることを意識して書いたものではないのでピンボケにしてます。これは“英単語の体系ノート”です。


 語源が共通の言葉はカタチが似ている=似た意味の言葉が多く、綴りも似ています。
 だからこそ覚えやすいし、だからこそややこしいとも言えます。
 同じ部分、違う部分を意識することで、明確になっていくような気がします。


 発音との関連も面白いので、調べられるものは調べています。同じ接頭辞でも発音が変わるのは『次の音との関係』のようです。言語学と言うか音声学の分野ですが、共通性があるのでだんだんと覚えていくことが出来そうです。


 全部を語源で覚えるのではなくて、語源で覚えやすいものだけ語源で覚えるというか、あくまでも目的は『英単語を覚えて、使えるようにすること』なので、語源を覚えることではなく“どうすれば思い出しやすいか?”を意識しています。

 なので、語源は厳密じゃなくて良いし、あくまでも“カテゴリ分け”のために使っています。あたまのなかのひきだし。



 ところで、これらは『理解する』時の過程なので、本当に『覚える』時は、これをベースにもう少し違う方法をしています。語源を調べた後、語源を捨ててゴロにし直したり、それらを何日もかけて復習し、あらゆる手を使っています。笑


 なので“効率が良い”覚え方なのかどうかはわかりません。語源をたどったりして分解して分類するのは、分類フェチを利用しているのと“コトバを知るのが楽しい”からやっている節があります。
 

 いまのところ『覚えようとしたものは覚えている』のですが、やはり数が足りないので

 “覚えているものを増やす”
 “半端に覚えているものを洗い出し、覚えなおす”
 
 が、英単語・英熟語における私の課題です。あと、ちょっと副詞が覚えにくいんだなー。



 とりあえず、コツコツ。
 

 

 長い記事をここまで読んでいただき、ありがとうございました。
 
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分類する子供

 小学生の2年生だったか、そのぐらいの頃の“自由研究”(夏休みにやるアレ)で

 「木のかんさつ」

 というのをやりました。
 基本は葉っぱを集めて押し葉にしてファイリングする“標本モノ”なのですが、今思えば面白いことをしてたなあと思います。


 事の起こりは、電車から見た山……というか、

  木のカタマリ。

 
 「なんで三角と丸なんだろう?」という思いです。
 葉が丸い木は、木の形も丸くて、木が集まった形も丸い。
 葉が尖っている木は、木の形も尖っていて、木が集まった形も尖っている。

 「ふしぎ!どの木もそうなの?」
 と、“葉を集めて木の写真を取る日々”が始まったわけです。


 
 針葉樹と広葉樹も知らなかった頃に“かたち”で分類し、学校でそれらを習ってからは

 “どちらにも属さない”

 とされるイチョウに夢中になりました。
 当時は何にでも名前があり、分類されていると思っていたので“どっちでもないってどういうこと?”ととても不思議だったのです。

 
 私の出した結論は、葉脈が平行ではあるものの二又分岐をする(葉を拡大すると、多くが一度だけ分岐)ことと、形状(扇形は、どちらかといえば丸い)から

“イチョウは、広葉樹である”でした。

 ……小学生の話です。突っ込まないであげてください。



 当時本人なりに一応の結論は出ましたが、「そのうち学校で教えてくれるだろう」と、針葉樹か広葉樹かということはなんとなく放置するようになりました。
 学校は「これ以上は難しくてまだ早いから」と色々なことを教えてくれないのが不満でもあったのですが、楽しみでもあったわけです。
 
 その後、中学に上がると学校では当然“裸子植物”と“被子植物”を習うことになります。
 そのとき

 「裸子植物がほとんど針葉樹と授業で聞きましたが、代表的な裸子植物であるイチョウは針葉樹なのですか?」

 という質問を授業後にしたのですが、「イチョウは裸子植物だけど、今は裸子植物と被子植物の単元だから、針葉樹とかは関係ない」という答えのみでした。
 「学校では教えてくれないのかな……」といたくがっかりしたわけですが、この先生は

 “水素を発生させ燃焼させる実験”(事故があったので最近はやっていないようですが)をしたあとのレポートで、

 「水素は燃やすと爆発する」と書くと正解(以下の文を、こう書きなおされました)、
 「水素の濃度が高く、酸素が混ざった状態で火を付けると爆発し、試験管には水蒸気と熱が発生した」と書くと

 「実験で水素だけを取り出したんだから、酸素は無いでしょ?」
 「火がついたんだから熱いに決まってる」
 と言った上、「酸素が無かったら燃えないんじゃ……」という質問を黙殺する先生だったので、私は質問する相手を間違えていたようです。
 (でも当時の私は『先生は正しい、先生は偉い』だったので、「私は間違ってるんだ」と思い込もうと頑張ってしまいました。←という影響なのか、今でも自分が合っていたのか間違っていたのか、よく『わかって』いません)
 
 
 田舎の公立中学はこういう先生が理系全範囲を教えて下さるので、立派な文系に育つことが出来ます。



 その後興味の対象が郷土史に移り、その過程で“ヒト”に移ったので、今は植物に対しては「大きい木が好き!海より山、とくに、針葉樹林がおちつくなー」程度なのですが、分類好きはあまり変わっていません。

 今思い返すと、風景としての森や林から“カタチ”を抽出し、類似性・相似性で分類し、「似たもの同士の、似ていない場所」を羅列すると言う行為によって私は“快”を得ていたようです。
 それに近い行為に今も快感を覚える、分類フェチです。
 (さすがに『分類はヒトが勝手にやっている行為だ』ということはわかっているので、逆に『勝手に分けていい』と気楽にやっています) 



 「理科の先生に、こう言われた」と言って(それまで人生のテーマだと思っていた“植物をカタチによって分類する”を否定されたように感じて)泣く私に、池田清彦氏の『分類という思想 (新潮選書)』を渡す親に(それはドウナノ?と思わなくも無いですが)、今は感謝しています。
 おかげで池田清彦→養老孟司→哲学→ニーチェ→ショーペンハウアーに心酔という中二病にかかり、痛い10代を過ごしたりしてしましたが(あいたた)、当時読んでいた本は今読んでもそれなりに面白いので、本との出会いは良かったようです。
 わかった気になるのが楽しかっただけで、当時も今も、たぶん理解していません。笑
 基本的にリアリストな皮肉屋さん(の本)が好きなようです。←これも分類


 少し余裕ができたら、今昔の分類学や系統学にも触れてみたいところです。
 知の分類史と分類思考の世界と、どっちがいいかなー。

 分類思考の世界 (講談社現代新書)知の分類史―常識としての博物学 (中公新書ラクレ 236)

 他にも、おすすめがあったら教えてください。



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真似でもいい

 こんにちは、蕪です。
 今月は待ちに待った文庫版ブラックペアン1988が発売されるので、楽しみで仕方ありません。そろそろなるんじゃないかなーとハードカバーを我慢してたので、やっと読めるーという感じです。(でも買い忘れちゃったので、アマゾンで注文することに)

 文庫の持ち歩きやすさ(軽さ・小ささ)や、めくりやすいのが好きなのです。京極は小さくも軽くも無いけど……。

 
 ところで、私がこの数年色々と考えていたことは、ソーシャルスキルについてだったようです。
 ソーシャルスキル、社会技術(技能)とも訳されていますが「日常生活の中で出会う様々な問題や課題に、自分で、創造的でしかも効果ある対処のできる能力」
 と定義されているもので、

 
 意思決定
 問題解決能力
 創造力豊かな思考
 クリティカルに考えていく力
 効果的なコミュニケーション
 対人関係スキル - 自己開示、質問する能力、聴くこと
 自己意識
 共感性
 情動への対処
 ストレスへの対処

 などが含まれています(これはWHOの定義をウィキペディアから引用しました)。
 

 子供のためのソーシャルスキルトレーニングだけでなく、形を変えてコーチングとか、アサーショントレーニングとか、認知行動療法的なものすべてのことを、ぼんやりと考えています。



 対象は“誰か”ではなく、“自分”です。

 
 それぞれの能力について、

 自分で伸ばしやすのはどれだろう?
 足りないのはどこだろう?
 それはどうしたら“足りる”のだろう?

 ということを、少しずつ考えてみては実行し、試行錯誤しています。
 自分に対人能力が備わっていないとまでは思っていませんが、ストレスを受けることや“失敗したー”と思うことはもちろんあるし、もっともっと円滑で、お互いに取って良いコミュニケーションを取れるようにしたいと考えています。
 受験勉強をしたその先では、この“社会的スキル”の方が必要とされるので、私の“こうなりたい・こうでありたい”のひとつです。
 




 タイトルにつけた“真似でもいい”は、色々な状況をシミュレートしたとき
 
 「自分ではうまく出来ないなあ」

 と思ったものについて、

 “うまく出来ている人を思い出し、真似をする”

 ということを意識しているからです。
 素敵な言い回しや、考え方、ちょっとした贈り物をすること、優しい声のかけ方、謝り方、励まし方。
 最初は真似でも“出来て”いるなら、それはもうその時点では“出来た”ことになるんじゃないかな?
 という、安直な考え方ではあるのですが。 


 なので本当はどんどん“うまく出来ている人”に会いたいし、ちょっと失礼な言い方ですが“その人の事を観察したい”と思っています。
 本当はこういうの、小さい頃からいろんな相手から学んでいるはずなのだけど、“大人の女性としてはどうしたらいいか?”みたいなのが色々と難しいです。10代なら許されていたかもしれないけどーみたいなのが、いろいろ。
 でもみんな悩んでるから、マナーブックとかが出てるのかなあ。

 
 全部ひっくるめると、素敵な人になりたいです。
 外見だけじゃないし、中身だけじゃないし、そんなに“スーパーウーマン!”でもないけど、“普通だけど素敵な人”みたいな人に。



 同時に、変人でもありたいと思っています。うふふ
 
 
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