『秘術・前世探査開運法』から魂のルーツを知る! -3ページ目

私の占術歴と半生記

◆昭和36年を皮切りに、次々と運命学書を入手、日夜研究に励んだパール・やまぐちの占術歴! 

 私が運命占術に関心を持ったキッカケは、昭和36年に神戸にいたときで、三宮か元町の古書店で運命学書と出会ったことによる。それは『姓名の真理』(永杜鷹堂著)と、『天命判定術』(玄明由長著)いう本であるが、新しい世界に踏み入れたようで貪り読んだものである。

『姓名の真理』は、哲学的側面から運命論を説いていたが、私のような素人にも理解できるものであった。内容は、易学・相学・推命術、姓名学の四部から構成されており、中でも四柱推命編では変通星と12運星の出し方と受気干星(月律分野蔵干表)で蔵干星を出す命式の作成手順がとても分かり易く書かれてあり、日干毎に便利な早繰り表などが載っていたので夢中になったが、残念なことに、肝心の干支暦が載っていないことと、変通星や12運、吉凶神殺、五行の相剋等については省略されており、これらを知るためには、著者の主宰する運命塾の「連山塾」に入門するしかないのであった。地方に於いては入門はムリなので、命式を作成するための暦だけでも欲しいと思い、古書店に足を運んでようやく干支暦を入手できた。ところが命式を作成できても変通星や12運などをがどんな意味を持ち、どういう運命なのかを解読するする必要がある。そのために、休日の度に古書店巡りをしていた。

 昭和37年頃のことであるが、高木乗氏の命理学「四柱推命術」を入手。別に入手した干支暦と照らし合わせてみると、沢山載せている命式例の多くに誤字誤植が散見され、間違いも何カ所も見つかった。おまけに四柱蔵干は採用しない主義のようで取り上げてなく、大運についても私をはじめ、家族や友人・知人の今までの半生とは適合せず、ついていけなかった。
 また、以前より欲しくて仕方のなかった『阿部泰山全集』も、思い切って大枚をはたき購入したが、『天文紫微運命学』も四柱推命術も日夜研究してはみたが、当時の私には難解でマスターするまでにはいかず、途中でやめてしまった。
 
その後、推理小説作家の高木彬光氏の『占い人生論』を見つけ、面白くて一気に読んだ。その最終章には、高木彬光氏の弟子の東大生が、出雲又太郎氏の四柱推命術の書を数日でマスターしたことと、高木氏の鑑定結果が掲載されていたので興味が湧き、早速、古書店を廻って出雲又太郎著の「四柱推命術」を購入して取り組んだが、小さい活字で詳細にビッシリと説かれていて参考にはなったが、高木乗氏の書と同様に、宿命論的四柱推命術の感を受け、ちょっと抵抗感もあった。いくら東大生と言えども、出雲又太郎氏著のこの推命術を数日でマスター出来たとはちょっと考えにくい。しかも、誤字誤植も散見され、また巻末の干支暦に何箇所も間違いがあった。他にも2,3冊の四柱推命術の本を購入してみたが、どうも四柱推命の著者たちは、わざと難解に書いているように思われてならなかった。

最初に四柱推命に出会ったのが、永杜鷹堂氏の著書で大変に分かり易かっただけに、尚更、他の著書の推命書にはついていけなかった。が、或る日、ふと立ち寄った書店で、加藤大岳著の『奥秘伝書・四柱推命術』に出会って、内容が分かり易く専ら勉学に励んだ。それがキッカケとなり、加藤大岳氏の著した『推命秘解』や、『易学大講座』全八巻をはじめ、易関連の書を次々と買い漁ったものである。

 鴨書店や香草社を通じて、熊崎健翁著による、推命書や姓名判断書、易書、佐藤六龍氏の一連の運命学書など、いろいろな著者による書籍を購入していった。
 興味を持った占術には、佐藤六龍氏の『四柱推命術活用秘儀』『四柱推命術極秘伝』『秘解・測字占法』『干支秘法』『奇門命理』『四柱推命術』や、佐藤文栞著『紫微斗数推命術』『干支六壬占法』、西村・松下共著『奇門遁甲推命術』、大熊光山著『五行易口訣』、それに、書名は覚えていないが古書の『天源陶宮術』、原田向陽著『数理計算式・音解姓名判断講義(全3巻)』、『張耀文口述・奇門命理』、伊藤美秀著『指紋の神秘』富田著『気学傾斜看法』など片っ端から購入して研究に励んだ。
 大変興味深い姓名判断の書があった。高橋三郎著『名前のつけ方』という書で、中でも、姓名の画数を四柱推命術に応用した『三元姓名術』で、姓名の天格・地格・人格・総画を四柱推命術の蔵干表に当て、変通星や12運に応用した独特の占法を編み出したものである。
面白くて、よく当たるので夢中で研究したものである。
 著者は今は亡く、出版元もとうに消えてしまっているので、生年との関連を加えて、新たに作り直して世に問いたい気持ちで構想を練っている。

尚、私の好きな書の一冊に西川満著『人間の星』があるが、これは算命術の書で興味深く読んだ。巻末に数十ページに亘る星の早繰表があるが、何のことはない、四柱推命術の60干支が元になっており、天冲殺を出すために数十ページもの早繰表をつけなくても、2ページの干支暦と空亡表で十分である。
 干支暦は、四柱推命術の書には大抵、数十ページに亘り掲載してあるが、或る推命書では100年分の干支暦を僅か2ページで纏めてあり、月干支や節入り日、それに1日干支も書き添えてあるので、これで事足りるのだ。只、巷間出回っている若手の書いた算命術の入門書よりも、西川満著の書籍の方が数段、風格が高く参考になる。

 昭和39年には、西洋占星術にも興味を持ち、門馬寛明氏や十菱星斗氏の著書をキッカケとして、独学。その後、潮島郁幸著による新刊『最新占星術』が発刊されることを知り予約して取り寄せ、氏の主宰する会にも入会して、潮島郁幸氏より直々に3度お手紙もいただいた。
後に、植田氏の『現代占星学』も取り寄せた。

 その後、武田玄考氏の『命理学』(四柱推命術)を知るところとなり、理解しにくいところは武田氏に何度も手紙を出し、懇切丁寧な返事を幾度もいただいたり、また、昭和45年頃だったと思うが、朝田啓郷著『推命学の革新』も発刊直後に取り寄せ、これもまた、朝田氏の主宰する「推命」の機関紙の購読もした。
 そう言えば、初代の宇佐見斎氏の丁寧なお手紙をいただいたし、数霊の金子彰生氏、破壊数の書で著名な田上晃彩氏ともお手紙で何度もご教示いただいた。夫々お亡くなりになられたが、これらの書信は、私にとっては大事な宝である。 

 余談であるが、運命占術の独学と共に、昭和40年頃であったか、雑誌で早稲田式速記通信教育の広告を見て興味を持ち入会。当時、ダンプの運転手をしていたが、運転席の横に講座を置き、仕事の合間に手にとっては、速記文字を覚えたり、夜は速記文字の書き取りなどの習得に励んだ。途中で止めてしまったが、基本文字の書き取りはすぐ飽きがきて、専ら、高度な省略法を覚えることに徹した。その甲斐あって、後年、タウン情報誌 「ディスカバー広島」の編集長に迎えられた時、取材で役に立ったし、産経新聞に就職して10有余年に亘る取材活動にも大いに速記が役立ったものだ。

 さて、今でも悔やまれるのは、昭和36年に神戸の古書店で買った2冊がセットになっている和装の紫薇斗数術の専門書であるが、ある日、親戚の伯父に見つかり「お前がこんな専門書を読むのは10年早い!」と、伯父に取り上げられてしまったのである。が、此の伯父は熊崎健翁の推命術や姓名判断を研究しておられたので、私から取り上げた紫薇斗数術の専門書がすっかり気に入ったようで、時々、家に遊びに行くと、この書を開いてビッシリと書込みされていたので驚いたものである。
 私自身は、阿部泰山氏の天文紫薇学よりもこちらの紫薇斗数術の専門書を気にいっていただけに残念な思いが今でも残っている。
 推命に関して云えば、中村文聡氏の『推命判断秘法』が好きだ。唯、同氏の『気学精義』は平易な文章で書かれているが、同会法はほとんど当たっていなかった。また、『葦氏推命学講義』も気に入っている。

昭和42年に佐藤六竜著の『開運の占い方』という占いの入門書が出たが、中をみて驚いた。なんと、昭和36年に神戸の古書店で買った『天命判定術』を佐藤氏流にアレンジしたのが載っていたのである。これは、生年月日を元に星を出し、その三つの星の組み合わせで個人の特質を知り活用する占術であるが、『天命判定術』のような専門的なものでなく、あくまでも平易に書かれた入門程度のものである。

そう言えば、私の気に入っている運命書に、河村真光著の『密教占星法実践』と同じく『密教占星法応用』がある。これは、今、流行の宿曜27宿占星術のことであるが、宿曜占星術をマスターするのであれば、この2冊は是非とも目を通すことである。

 以上、沢山ある蔵書の内から、幾つかの運命占術書を採り上げたが、過去、出版された運命占術の専門書や最近のものまで含めて、ほとんどは購入した。此の40有余年の間に運命占術の書籍代に費やした金額は半端なものではなく、相当な額になる。高級外車が一台買えるぐらいで、運命占術関連の書籍は、広島では私のところが蔵書数では一番であろうと自負している。

 ところで、町工場の砥石製造工員から始まって、鉄工所の旋盤工見習い、あられ製造の菓子工場、印刷工場、建材会社ではダンプの運転手、カラオケ(ジュークボックス)の営業社員、事務機器の一発販売のセールスマン、舶来時計の営業マン、学研の百科事典の職域営業マン、ブリタニカ百科事典のセールスマン、経営者向けの雑誌販売員等、事務機器の営業所長、また、共同出資の事務機器の役員等々、数々の転職(20以上!)を経て、昭和49年には広告関連の会社に就職。
 それも、編集の経験が皆無の私に、初出社早々に新設された『ディスカバー広島』の編集長を拝命し、驚天動地したものだったが、スタッフ6名を与えられ、暗中模索の末に創刊号の月刊誌が出来上がった。フリーペーパーのタウン紙『ディスカバー広島ステーション』をはじめ、7紙も発行することになり、カメラマンを伴っての観光地の取材や、レコード会社の支店や営業所、映画の封切り館との交渉と、広島に来る歌手やタレント、映画スターなどの取材などで飛び回る毎日。充実していた日々であった。
 
 初っ端から編集長権限で、本誌をはじめ、姉妹紙全部に占いのページを設け、通信鑑定にも応じていたが、毎夜遅くまで編集長室に閉じ籠もり、原稿の作成や依頼された通信鑑定の作成に取り組んだが、あまりの激務に体を壊し、治療のため退職せざるを得なかった。
が、当時は、タウン誌の草創期で、姉妹紙などは活字よりも手書きのほうが味があるということで、人気も出て、広島テレビからも出演依頼がきたが、体調を崩していたので、断った。結局、私が退職したため、原稿を書ける者がいなくなり、コピーライターを雇うこともなく廃刊したのだった。
 
尚、ペンネームのパール・やまぐちのパールは、ドイツの指揮者のパウル・マイゼン氏を取材したことからパウルをもらい、パールとしたものである。一般的には“パール・やまぐち”を使っているが、現在、中国新聞社のタウン紙であるフリーペーパーの週刊『Cue』の占いコーナーでは、“パウルやまぐち”としている。

 その後、回復して職探しが始まるのであるが、昭和49年のこと。幸いにも産経新聞が9楷建のサンケイビルが完成したのを期に、中途採用募集があり、ダメ元で応募したのであるが、タウン誌の編集長であったことや、速記が出来ること、それにあまりにも多くの転職でいろいろな経験をしていることなどが幸いし、多くの応募者を押しのけて採用されたのでる。
 10有余年在籍し、中四国・九州と幅広く取材や営業に飛び回り、最後は支局員七名を抱える支局長にまでなれた。在籍中に取材した人物は一万人を超え、中には親交を結んだ人物も何人もいる。

 在籍中には、陶芸家や書家、画家、華道・茶道家の企画や特集を立案。また、省庁の局長や地方の公安調査庁、警察署長、各大学の理事長や学長、中国地方に散在する酒造会社や農協、特定郵便局長、大手企業の支店長や営業所長、国会・県会議員、政治結社・右翼団体、宗教教団のトップ等々、沢山の特集を組み飛び回ったが、その特集の一つに占い師や霊能・霊媒師も企画。
 中・四国・九州と広範囲に取材したが、ほとんどの占い師や霊能者には失望したものである。取材の過程で多くの占い師に鑑定してもらったが、あまり当たることはなく、占術のレベルも低かった。しかも、見料は高く呆れることもしばしばであった。
 福岡では、内画法を発案して著書も出しているK氏にも会ったが、あまり感心しない言動に失望したが、大半の占い師のレベルが低いことには驚いた。

 ところが昭和56年、大學の特集を企画し、理事長や学長、名誉教授たちを取材。その中に、広島大學歯学部の松島竜太郎名誉教授を取材して驚いた。何と、運命占術や秘術・秘伝・秘儀を長年に亘り研究されており、しかも、生まれ変わりや霊界・死後の世界、宇宙の真理などに造詣が深く、興味深いお話を承ったのである。
 
 教授の波長に合ったようで、すっかり気に入られ、以後、取材の合間をみては教授の部屋やご自宅にお邪魔することになり、改めて運命占術の教えを受けたり、秘術・秘伝・秘儀を教導していただくことができた。
 これらの秘術や秘伝・秘儀を会得するためには、物欲・金銭欲・色欲があってはダメで、一大決心をし、自分の死後、遺体を広島大学白菊会に献体の手続きを済ました後、物欲、金銭欲を断ちきり、幾度もの断食や滝行などの厳しい修行の末に遂に会得することが出来、また、10年程前には色欲も捨て去った。

 現在、自営業の傍ら、全国各地から寄せられる運命鑑定や前世探査に応じているが、昭和36年に神戸にいなかったら、運命学に興味を持つことはなかったであろうし、松島竜太郎名誉教授とお会いすることもなかったであろう。
 今日までの私の人生の歩みは、松島竜太郎名誉教授からいただいた運命鑑定書に書かれている運命の通りに歩んでいるし、私自身が作成した鑑定書でもほぼ同様で、何時、人生の幕を閉じるかも判っている。

三京hiroaki様の魂のルーツは、剣聖の宮本武蔵と守護大名の山名氏清だった!

話題の「秘術・前世探査法」から、あなたの生き方の“道標”として生かす開運法!

三京 弘明様 1962年12月30日生まれ 

(中国新聞社のフリーペーパー 週刊『Cue』読者サービス分)

 

インターネットの占いサイトである『占いタウン』で私を知られた方々より、各地から電話やFAX、メールなど毎日のように前世探査の依頼が寄せられております。本来は有料ですが、『Cue』の読者サービスとして特別に毎月2名様に限り、判明した人物の中から2人ほどお教えしております。幸いにも抽選で三京弘明様が2名のうちのお一人に選ばれました。おめでとうございます。

 

香を焚き、心が落ち着いたところで生年月日と本名を脳に強くインプットして瞑想。ほどなくして幽体離脱がはじまり、三京弘明様に成り代わって新・自分発見の旅にタイムワープ! 

時空を遡り、4次元で素晴らしい風景に溶け込み、ひと時を妖精たちと戯れて、いよいよ光の世界である5次元に飛翔!

光の世界に浮遊し乱舞する泡状の魂たちに、思念を強めて三京弘明様とつながりのある魂のルーツたちに呼びかけて感応してくるのを待つ、待つ、待つ。

反応があったようで、しばらくして次々と私の周りに集まってきた。

果たして間違いがないかどうか確認のために、各々の魂に同化してみた。

三京弘明様の魂のルーツたちに間違いないことが分かったので、それぞれの魂のルーツたちに、実際に肉体を纏っていた時代に跳んで、人物に会ってくる了解を得て、歴史の真っ只中にタイプワープする。

いろいろな時代や国に輪廻転生しているので、一人づつ会って確かめた。

一通り、探し終えたので、ホッとした直後、乳白色のような靄に包まれて意識が薄れていく。

そして覚醒! 瞑想から覚醒まで約40分を経過。

すっかり体力・気力を消耗し疲労感がひどいが、忘れないうちに、速記文字で判明した結果を控えていく。以上が、前世探査の経過です。

 

人は皆、歴史に登場する複数の人物の誰かと魂でつながっています。

一人の方の前世探査で判明する人物は、10人以上登場しますが、三京弘明様は魂のルーツが4人、その魂のルーツに至る遍歴の過程で登場する魂が7人、それに、あなたの魂とダイレクトに結びつく魂のルーツが2人の計13人が判明しました。その中から、現世で最もあなたの生き方や気質・才能に影響を与えている人物を2人程お教えします。

三京弘明様の魂のルーツ:4人

三京弘明様の魂のルーツに至る遍歴の過程で登場する魂:7人

三京弘明様の魂とダイレクトに結びつく魂のルーツ:2人

 

日本以外での輪廻転生先→フランス(2回)、イギリス(2回)、ドイツ(2回)。

 

三京弘明様の魂のルーツ

【宮本武蔵】 1584年~1645年 

ひたすら剣の道を求め、孤独を生きた60余戦無配の剣聖。

 

三京弘明様の魂とダイレクトに結びつく魂のルーツ

【山名氏清】 1391年没

 一族で11ヶ国を領有した南北朝期の守護大名で、明徳の乱を起こして将軍義満に敗れた。

 

三京弘明様の系列の魂:1人。

ベン・ジョンソン 1961年~ カナダの短距離ランナー。

 

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以上ですが如何でしたか?

宮本武蔵と山名氏清の2人について書かれた本をネットで検索したり、図書館でお調べになり、書店で関連書籍を買い求め、本なしでもしっかりと人物像や生涯が思い出せるまでに精読し熟知してください。そのうちに何時の日か、未だ眠っているあなたの才能が開花することは間違いありませんし、このお二人が今後のあなたの守護の役目を担ってくれるようになります。
できれば、系列の魂であるベン・ジョンソンについても詳しくお知りになられることをお勧めします。 

 

 

三京弘明様がどのような宿命を持って此の世に生まれてきているかは、あなたの出生地(東経・緯度)と生年月日(時)、それに名前の3つで看ることが出来ます。
 生年月日時には、あなたが生まれる前に、ご自分の守護天使と相談して作成した人生の青写真が織り込まれていますので、生年月日と出生地、名前の3つを総合的に看ていくと、炙り出しのように三京弘明様の運命因子が次々と浮かび上がってくるのです。
 運命因子には、当然、良い作用をするものもあれば悪い作用をするものもあります。その悪い運命因子を少しでも小さくし、反対に、良い運命因子を伸ばしていく優れた開運方法の一つとして、この前世を手がかりとした開運法はお金も本代ぐらいで済み、しかも霊験も大きいものがあります。

 

ついでに書き添えておきますと、前世探査には幾つかの方法があります。
 私が産経新聞在籍時代に、広島大学歯学部の松島竜太郎名誉教授(既に故人)から、一子相伝の形で伝授されたのは、イスラエルに古くから伝わる白魔術の『折り紙によるダビデの星開運祈願法』と、同じくイスラエルに伝わるこの『秘術・前世探査開運法』、それに、亡くなられた方の身内や先祖の霊を降ろしての『秘儀・霊との対話』などですが、前世探査の方法にはこの他にも、エジプトやギリシャのものもあります。これらは、皆、秘術・秘儀で日本でも会得している人は僅かしかいません。

歯学部の松島竜太郎名誉教授は、ご自宅のライフワークである運命占術を、毎週日曜日にはご自宅の広間で運命学教室を開講しておられました。毎週多くの受講生(約30名)に占術や輪廻転生などを教えておられましたので、全国の広大歯学部出身の歯科医の先生方の中には、結構、運命占術とか輪廻転生(生まれ変わり)に強い関心を持っておられたり、研究を続けておられますが、秘術・秘伝については門外不出として何方にも教えられることがなかったのです。
 私の場合は、取材が縁でお付き合いいただくようになり、本格的な運命占術や輪廻転生、宇宙の深遠なるしくみなどと共に、秘術・秘伝の手ほどきを受ける栄誉に恵まれたのですが、松島教授と波長がピッタリ合い、しかも私が幾つかの条件を全て満たしていることなどが伝授に値する唯一の人間としてクリアしたのでしょう。

その条件の幾つかを挙げますと、原爆被爆者で大量の放射能を浴びながらも奇跡的に生きていること、幾たびもの死の危機に直面しながら、その都度、天佑が働き生かされていること、そのために死への恐れが薄れ、死を超越できたこと、それまでの人生が過酷であったこと、目に見えない存在から生かされていることに感謝の気持ちがあること、子供の時から草花を引っこ抜いたり、小動物の殺生は一切しなかったこと、魚釣りは嫌いなこと、何事も相手の立場になって考えることが出来ること等々が、教授のお眼鏡に適ったことでした。
 私は何の因果か京都に生まれながら広島に来て被爆し、黒い雨と言われる放射能を大量に浴びております。戦後、長く乞食同然のどん底の生活もしておりますし、幾度も死の危機に瀕しておりますので、波乱万丈であったことが、秘術・秘伝を受けるに値すると思われたのです。

 話が逸れてしまいましたが、これらの秘術を使って、自分の魂のルーツを知ることにより、それを人生の杖として、また、幸せに向う人生の羅針盤として役に立ってくれますが、知っただけでは白魔術の不思議な霊験はありません。
 ご自分の魂のルーツや遍歴の過程で登場する人物について書かれてある小説や物語、伝記、人物録にしっかりと目を通して、本がなくても細かなところまで思い出すことが出来るようになってこそ、或る日を起点としてあなたを守護してくれるようになります。以上のことをよくご理解しておいてください。

 これを機会に、生まれ変わりや輪廻転生、催眠療法関連の書籍が沢山出回ってていますので、理解を深めるためにもお読みになることをお奨めします。                        以上

     

     占術師&開運アドバイザー パール・やまぐち

柚木yuuko様は、尼将軍の北条政子と作家の林芙美子も魂のルーツだった!

話題の「秘術・前世探査法」から、あなたの生き方の“道標”として生かす開運法!

 

柚木裕子様 昭和52年6月28日生まれ

(中国新聞社のフリーペーパー 週刊『Cue』読者分)

 

インターネットの占いサイトである『占いタウン』で私を知られた方々より、各地から電話やFAX、メールなど毎日のように前世探査の依頼が寄せられております。本来は有料ですが、『Cue』の読者サービスとして特別に毎月2名様に限り、判明した人物の中から2人ほどお教えしております。幸いにも抽選で柚木裕子様が2名のうちのお一人に選ばれました。おめでとうございます。

 

香を焚き、心が落ち着いたところで生年月日と本名を脳に強くインプットして瞑想。ほどなくして幽体離脱がはじまり、柚木裕子様に成り代わって新・自分発見の旅にタイムワープ! 

時空を遡り、4次元で素晴らしい風景に溶け込み、ひと時を妖精たちと戯れて、いよいよ光の世界である5次元に飛翔!

光の世界に浮遊し乱舞する泡状の魂たちに、思念を強めて柚木裕子様とつながりのある魂のルーツたちに呼びかけて感応してくるのを待つ、待つ、待つ。

反応があったようで、しばらくして次々と私の周りに集まってきた。

果たして間違いがないかどうか確認のために、各々の魂に同化してみた。

柚木裕子様の魂のルーツたちに間違いないことが分かったので、それぞれの魂のルーツたちに、実際に肉体を纏っていた時代に跳んで、人物に会ってくる了解を得て、歴史の真っ只中にタイプワープする。

いろいろな時代や国に輪廻転生しているので、一人づつ会って確かめた。

一通り、探し終えたので、ホッとした直後、乳白色のような靄に包まれて意識が薄れていく。そして覚醒! 瞑想から覚醒まで約35分を経過。

すっかり体力・気力を消耗し疲労感がひどいが、忘れないうちに、速記文字で判明した結果を控えていく。以上が、前世探査の経過です。

 

人は皆、歴史に登場する複数の人物の誰かと魂でつながっています。

一人の方の前世探査で判明する人物は、10人以上登場しますが、柚木裕子様は魂のルーツが3人、その魂のルーツに至る遍歴の過程で登場する魂が4人、それに、あなたの魂とダイレクトに結びつく魂のルーツが2人の計9人が判明しました。その中から、現世で最もあなたの生き方や気質・才能に影響を与えている人物を2人程お教えします。

柚木裕子様魂のルーツ:3人

柚木裕子様魂のルーツに至る遍歴の過程で登場する魂:4人

柚木裕子様の魂とダイレクトに結びつく魂のルーツ:2人

 

日本以外での輪廻転生先→イギリス、フランス、ベルリンの3ヶ国。

 

柚木裕子様の魂のルーツ

【北条 政子】 1156年~1225年 

果断な実行力&政治力で日本女性史に輝く尼将軍。

 

柚木裕子様の魂のルーツに至る遍歴の過程で登場する魂

林 芙美子】 1903年~1951年 

自己の体験に基づいた『放浪記』により作家としての地位を確立し、『晩菊』で女流文学賞を受賞した作家。

 

柚木裕子様の姉妹魂

中村あゆみ 1966年~  

『翼の折れたエンジェル』『HERO』が大ヒットしたシンガー。

 

 

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以上ですが如何でしたか?

北条政子と林芙美子の2人について書かれた本をネットで検索したり、図書館でお調べになり、書店で関連書籍を買い求め、本なしでもしっかりと人物像や生涯が思い出せるまでに精読し熟知してください。そのうちに何時の日か、未だ眠っているあなたの才能が開花することは間違いありませんし、このお二人が今後のあなたの守護の役目を担ってくれるようになります。
できれば、姉妹魂である中村あゆみについても詳しくお知りになり、また、彼女の歌を暇ある毎にお聴きになられることをお勧めします。 

柚木裕子様がどのような宿命を持って此の世に生まれてきているかは、あなたの出生地(東経・緯度)と生年月日(時)、それに名前の3つで看ることが出来ます。
 生年月日時には、あなたが生まれる前に、ご自分の守護天使と相談して作成した人生の青写真が織り込まれていますので、生年月日と出生地、名前の3つを総合的に看ていくと、炙り出しのように柚木裕子様の運命因子が次々と浮かび上がってくるのです。
 運命因子には、当然、良い作用をするものもあれば悪い作用をするものもあります。その悪い運命因子を少しでも小さくし、反対に、良い運命因子を伸ばしていく優れた開運方法の一つとして、この前世を手がかりとした開運法はお金も本代ぐらいで済み、しかも霊験も大きいものがあります。

 

ついでに書き添えておきますと、前世探査には幾つかの方法があります。
 私が産経新聞在籍時代に、広島大学歯学部の松島竜太郎名誉教授(既に故人)から、一子相伝の形で伝授されたのは、イスラエルに古くから伝わる白魔術の『折り紙によるダビデの星開運祈願法』と、同じくイスラエルに伝わるこの『秘術・前世探査開運法』、それに、亡くなられた方の身内や先祖の霊を降ろしての『秘儀・霊との対話』などですが、前世探査の方法にはこの他にも、エジプトやギリシャのものもあります。これらは、皆、秘術・秘儀で日本でも会得している人は僅かしかいません。

歯学部の松島竜太郎名誉教授は、ご自宅のライフワークである運命占術を、毎週日曜日にはご自宅の広間で運命学教室を開講しておられました。毎週多くの受講生(約30名)に占術や輪廻転生などを教えておられましたので、全国の広大歯学部出身の歯科医の先生方の中には、結構、運命占術とか輪廻転生(生まれ変わり)に強い関心を持っておられたり、研究を続けておられますが、秘術・秘伝については門外不出として何方にも教えられることがなかったのです。
 私の場合は、取材が縁でお付き合いいただくようになり、本格的な運命占術や輪廻転生、宇宙の深遠なるしくみなどと共に、秘術・秘伝の手ほどきを受ける栄誉に恵まれたのですが、松島教授と波長がピッタリ合い、しかも私が幾つかの条件を全て満たしていることなどが伝授に値する唯一の人間としてクリアしたのでしょう。

その条件の幾つかを挙げますと、原爆被爆者で大量の放射能を浴びながらも奇跡的に生きていること、幾たびもの死の危機に直面しながら、その都度、天佑が働き生かされていること、そのために死への恐れが薄れ、死を超越できたこと、それまでの人生が過酷であったこと、目に見えない存在から生かされていることに感謝の気持ちがあること、子供の時から草花を引っこ抜いたり、小動物の殺生は一切しなかったこと、魚釣りは嫌いなこと、何事も相手の立場になって考えることが出来ること等々が、教授のお眼鏡に適ったことでした。
 私は何の因果か京都に生まれながら広島に来て被爆し、黒い雨と言われる放射能を大量に浴びております。戦後、長く乞食同然のどん底の生活もしておりますし、幾度も死の危機に瀕しておりますので、波乱万丈であったことが、秘術・秘伝を受けるに値すると思われたのです。

 話が逸れてしまいましたが、これらの秘術を使って、自分の魂のルーツを知ることにより、それを人生の杖として、また、幸せに向う人生の羅針盤として役に立ってくれますが、知っただけでは白魔術の不思議な霊験はありません。
 ご自分の魂のルーツや遍歴の過程で登場する人物について書かれてある小説や物語、伝記、人物録にしっかりと目を通して、本がなくても細かなところまで思い出すことが出来るようになってこそ、或る日を起点としてあなたを守護してくれるようになります。以上のことをよくご理解しておいてください。

 これを機会に、生まれ変わりや輪廻転生、催眠療法関連の書籍が沢山出回ってていますので、理解を深めるためにもお読みになることをお奨めします。                                                     

                    以上                               占術師&開運アドバイザー パール・やまぐち

K・S様の魂のルーツの一人は、大伴旅人だった!

K・S様(女性)の魂のルーツの一人は、大伴旅人だった!

著者: コンノケンイチ
タイトル: 前世と生まれ変わりの超真相 …この世は特殊な霊界である…
有料鑑定分 

つものように、ひと風呂浴びて体をきれいにしたところで香を焚き、心が落ち着いたところで瞑想。K・S様の生年月日とお名前、出生地をしっかりと脳にインプットし、瞑想。K・S様に成り代わって過去に遡り魂のルーツである、歴史上の人物探査に・・・。
 ほどなくして幽体離脱! 一刻、4次元の世界に遊んでから光と魂が乱舞する5次元の世界に。
光の中を浮遊する無数の球形の半透明の泡(魂の器)に、K・S様とつながりのある魂は反応してくれるよう心の中で念じた。すると、あちこちから幾つかの魂が感応してきた。
間違いがないか確かめるために、夫々の魂に同化してみると、どれも抵抗なく同化できた。
 間違いない! こうして魂のルーツを探し当てたところで、今度は、その魂が肉体を纏っていた過去の歴史の真只中にタイムワープ! 
 ・・・・・
 そして 覚醒した。体力・気力を消耗し、ドッと疲れが出たが、忘れないうちに速記文字で控えていく。一休みしたところで、箇条書きを元に3冊の人物辞典から判明した人物たちを調べ、清書していく。

以上が瞑想から覚醒、清書に至る経過です。

 その結果、K・S様の数えきれない生まれ変わりに於いて、その時々に歴史に名を留めた人物と関わりのあったのは、魂のルーツが3人、そのルーツに至るまでの遍歴の過程で登場する人物が7人、そしてK・S様の魂にダイレクトに結びつく人物が3人計13人が判明しました。
 
 K・S様は、これらの人物たちとは身内であったり親戚であったり、家臣であったり、友人であったり、または同じ学究の徒として、同じ目的を持って運動していた仲間であったということです。それ故に、彼らから生き方や思考、才能、気質などの影響を強く受け、それに両親から受け継いだ遺伝子が一つに交じり合ってK・S様という人格を形成しているのです。
 それらの人物とK・S様の間柄については、私自身は知っておりますが、このことを洩らすのはタブーとされています。もし、迂闊に洩らしたりすると、以後は4次元の世界に入れても5次元の入り口でシャットアウトされます。

 ところで、K・S様の生まれ変わりに於いての国別では、日本以外の国として、ドイツ、アメリカ、ベルギー、イタリア、ロシアの5ヶ国に生を享けていました。

 尚、K・S様がどのような宿命を持って此の世に生まれてきているかは、K・S様の出生地(東経・緯度)と生年月日、それに名前の3つで看ることが出来ます(別紙)。それというのも、生年月日時には、K・S様が生まれる前に、ご自分の守護天使と相談して作成した“人生の設計図”が織り込まれていますので、出生地と名前の3つを総合的に看ていくと、炙り出しのようにその人の運命因子が次々と浮かび上がってくるのです。
 運命因子には、当然、良い作用をするものもあれば悪い作用をするものもあります。その悪い運命因子を少しでも小さくし、反対に、良い運命因子を伸ばしていく優れた開運方法として、前世を手がかりとしたものが幾つかあります。
 
 私が産経新聞在籍時代に、広島大学歯学部の松島竜太郎名誉教授(既に故人)から、一子相伝の形で伝授されたのは、イスラエルに古くから伝わる白魔術の『折り紙によるダビデの星開運祈願法』と『秘術・前世探査開運法』『秘儀・霊との対話』ですが、前世探査の方法にはこの他にも、エジプトやギリシャのものもあります。これらは、皆、秘術で日本でも会得している人は僅かしかいません。
 松島竜太郎名誉教授は、ご自宅で運命学教室を開講して、毎週多くの受講生に占術や輪廻転生などを教えておられましたので、全国の広大歯学部出身の歯科医の先生方の中には、結構、運命占術とか輪廻転生(生まれ変わり)に強い関心を持っておられたり、研究を続けておられますが、秘術・秘伝については門外不出として何方にも教えられることがなかったのです。
 私の場合は、取材が縁でお付き合いいただくようになり、本格的な運命占術や輪廻転生、宇宙の深遠なるしくみなどと共に、秘術・秘伝の手ほどきを受ける栄誉に恵まれたのですが、松島教授と波長がピッタリ合い、しかも幾つかの条件を全て満たしていることなどをクリアしたのでしょう。
 その条件の幾つかを挙げますと、死への恐れが全くなく、しかも、それまでの人生が過酷であったこと、目に見えない存在から生かされていることに感謝の気持ちがあること、殺生は一切しないこと、何事も相手の立場になって考えることが出来ること、自分の死後、医学生の解剖実習に供するため遺体を広大白菊会に検体の手続きを済ませていること等々でした。
 幸い、というべきかどうか、私は何の因果か京都に生まれながら広島に来て被爆し、黒い雨と言われる放射能を大量に浴びております。 戦後、長く乞食同然のどん底の生活もしておりますし、幾度も死の危機に瀕しておりますので、波乱万丈であったことが、秘術・秘伝を受けるに値すると思われたのです。

 一寸話が逸れてしまいましたが、これらの秘術を使って、自分の魂のルーツを知ることにより、それを人生の杖として、また、幸せに向う人生の羅針盤として役に立ってくれますが、知っただけでは白魔術の不思議な霊験はありません。
 
 自分の魂のルーツである歴史上の人物について、その人物について書かれてある物語や伝記、人物録等をしっかりと頭に叩き込み、本がなくても細かなところまで思い出すことが出来るようになってこそ、或る日を起点として自分を守護してくれるようになります。以上のことをよくご理解しておいてください。

 では、K・S様がどんな歴史上の人物から影響を受けて此の世に生まれてこられたのでしょうか。

 時空を遡って5次元にタイムワープし、探査を続けたところ、皆、錚々たる人物で、そのうち半数以上は何方もご存知の人物です。判明した人物像を簡単にご紹介しますが、必ず、図書館やインターネットのアマゾンなどで夫々の人物をお調べになり、書店で入手可能な書籍(人物像や物語、作品など)を何冊かお買い求めになられて、時間を割いては精読に努めてください。他の人が読むのと違って深い共感・共鳴を覚えるでしょう。それは、K・S様の魂のルーツや遍歴に至る過程で登場する魂たちなのですから。

K・S様の魂のルーツ 其の1
【武田信玄】 1521(大永元)年~1573(天正元)年 

 風林火山を旗印に天下制覇を目指した戦国随一の名将。 
 甲斐石水寺城に生まれる。武田信虎の長男。幼名:勝千代、太郎。名は晴信、号を徳栄軒と称した。信玄は入道してからの法名。甲斐・信濃守護職。従5位下・大膳大夫。
 天文10年、父を駿河に追放して武田氏の惣領となる。その後、信濃に侵入して諏訪、小笠原、村上氏らを次々と倒し、弘治元年前後には、信濃一円をほぼその管下に収めた。
 北信濃諸将を旧地に復帰させようとする上杉謙信とは、世上名高い川中島で対戦、とくに永禄4年の川中島合戦は有名。宿敵謙信が川中島にくぎづけとなっている間に、北関東へ駒を進め、また飛騨国にも攻略の手を伸ばした。元亀元年には駿河を併呑。
 遠く足利義昭、本願寺顕如らとも通交を重ね、織田信長包囲網を形成。元亀3年、大軍を率いて西上の途につき、同年、遠江三方ヶ原で徳川家康の軍勢を一蹴。だが雄途虚しく信濃駒場で急死した。

遍歴に至る過程で登場する魂
コンスタンティン・ムニエ 1831年~1905年 
ベルギーの彫刻家で画家。

系列の魂
→ アントニー・テューダー 1908年~1955年
アメリカの舞踊家で振付師。
→ 後藤明生 1932年~  
谷崎潤一郎賞受賞作『吉野大夫』の小説家。


K・S様の魂のルーツ 其の2
【大伴旅人】 665(天智天皇4)年~731(天平3)年 
 
 酒をこよなく愛し、讃酒歌で知られる万葉の歌人。大伴安麻呂の長男。大宰師。従2位大納言。
元明・元正・聖武の三帝に仕えた。神亀4年頃、藤原氏に圧迫されて九州の任地に赴き、3年間とどまる。筑前守の山上億良と交際し、さかんに歌を作る。また、任地で愛妾を失う。
 作品は『万葉集』にあり、短歌が多い。叙景歌が少なく、主として人事を題材にしている。明朗で空想的・浪漫的抒情詩人であった。

遍歴に至る過程で登場する魂
フランチェスコ・フィレルフォ 1398年~1481年 
イタリアの人文主義者で詩人。
クシリイ・A・スレブツォーク 1836年~1878年 
農奴解放後の農村の現実を正確に描いた『困難な時代』のロシア作家。

系列の魂
→ 中里介山 1885年~1944年 
『大菩薩峠』で知られる大衆文学の始祖。
→ 本居長世 1885年~1945年 
『赤い靴』『七つの子』の作曲家。
→ 山本五十六 1884年~1943年 
ハワイ真珠湾攻撃を立案実行した海軍軍人。

K・S様の兄弟・姉妹魂
佐藤陽子 1949年~  バイオリニスト。
宅麻伸  1956年~  俳優。
生稲晃子 1968年~  歌手でタレント。  


K・S様の魂のルーツ 其の3
【マーチン・ルター】 1483年~1546年 
 
 新約聖書をドイツ語訳し、国民に親しませた宗教改革者。

 宗教改革者として名高いルターは、銅精錬業に従事するハンスを父にサクソニアのアイスレーベンに生まれた。半年でマンフェルトに移り、エルフルト大学に入学する。在学中に雷雨の中で経験した心の衝撃により信仰生活を決心し、アウグスティヌス会修道院に入って修業と学問に専念。修道士、司祭を経て大学の神学教授となり聖書の講義を始めたが、自分が救いに値する善行をなしえないことに絶望。そんなときに聖書の中に“神は罪人を求めてこれを赦す愛と恵みの神である”という福音を発見する。
 教会の門扉に「95ヶ状の意見書」を掲示して、ローマ教皇庁との対立が激化。さらに法王の勧告状を焼き捨てて破門され、宗教改革の3大論文といわれる「キリスト教貴族に与う」「教会のバビロン捕囚」「基督者の自由」を発表。聖書によるほかは自説をひるがえさない反カトリックの態度を明瞭にし、聖書のドイツ語訳を完成。
 当時反ローマ教会の動きはドイツ社会各層に広まっており、彼はこの運動の中心人物として先頭に立って指導した。また尼僧と結婚し、その神聖・重要さを生活の中に実践した。
 彼の言葉から「『今でなくても』が『ついにとうとう』になることは実にはやい」
 
遍歴に至る過程で登場する魂
アレッサンドロ・ヴォルタ 1745年~1827年 
初めて化学的方法による電気の発生法を発見したイタリアの電気化学者で、電圧の単位ボルトは彼の名にちなむ。
ローザ・ルクセンブルク 1870年~1919年 
ポーランド生まれの女性共産主義者&マルクス主義経済学者で、ドイツ共産党創始者の一人。
マーチン・L・キング 1929年~1968年 
アメリカの牧師で黒人解放運動の指導者として活躍し、ノーベル平和賞受賞。


K・S様とダイレクトにつながる魂のルーツ
【藤原 時平】 貞観13年~909(延喜9)年 
律令制の維持に尽力した平安中期の公卿。
 
 父は藤原基経。中御門左大臣・本院大臣。左大臣兼左近衛大将。
 後醍醐天皇のとき菅原道真とともに政務を担当し、両者ともに内覧の資格を与えられたが、一門とともに道真を排斥し、藤原氏の地位を確保した。
荘園整理令などの禁止令などを発布したが、あまりに厳格な政策のため怨みを受けた。ために彼の病死は道真の祟りと噂された。

【北条 時宗】 建長3年~1284(弘安7)年 
鎌倉幕府8代執権。
蒙古の牒状がもたらされたとき、若冠18歳ながらこれを無礼として追放し、国防の強化に力を注いだ。のち再三蒙古の使者をしりぞけ、九州・中国・四国の家人に西海の防備に当たらせた。
文永の役に勝利を得たが、再来を予想して九州沿岸の要地に石塁を築かせ、異国征伐令を下した。
弘安の役もまた蒙古軍は潰滅したが、時宗はさらに国防に全力を傾けつづけた。

【ピーター・クーパー】  年~1883年 
アメリカで最初の蒸気機関車を走らせた実業家&発明家。       
以上


 或るサイトで『秘術・前世探査開運法』を幾人かの方を対象に、看てあげましたらところ、半分ぐらいの方は半信半疑のようでしたが、そのような方々でも、折角だからということで、歴史小説として軽い気持ちで読み始めたところ、皆さん、今まで経験したことがないほど共鳴・共感し、夢中になって読み耽ったそうです。
 以後は繰り返し精読したり、主な箇所はノートや手帳に書き写されたりして、人物像を細部までしっかりと覚えられた、とのコメントをメールでいただきました。しかも、私のアドバイスの通りに、毎夜、就寝前にその人物をイメージし、心の中で静かに語りかけたり悩みや困りごとの解決のヒントを得たいと念じたところ、不思議なことに啓示を得られたり、日中、フッと解決の糸口となるヒントや閃きを得られた、という嬉しいメールを何通もいただきました。
 尚、書き写すということは、何を覚えるにしても大変に効果のあることで、それだけ覚えるのが早くなります。
 
 私の場合は、昔、早稲田式速記の講座を取り寄せて、新聞や雑誌、本などを速記で書き写し、それを日本語に清書して間違いがないか原文と照らし合わせておりましたので、書き写すということは時間はかかりますが、何度も繰り返して暗記するよりも、記憶する手段としては最も効果があると思っています。これは、私が昔から実践していることで、例えば、歴史を覚えるにしても、只単に歴史の年号を記憶するだけに止まらず、人物像をしっかりと記憶するためにも要所々々は書きとめていくことですね。是非、K・S様も書き写すということを実行していただきたいと思います。

 ここで、魂のルーツと遍歴に至る過程で登場する魂について簡単に書き添えておきます。
樹木で喩えますと、幹に幾つもの枝が伸び、枝には葉っぱがつき実が生っていますね。それと同じことで、K・S様の場合は、幹が3本(魂のルーツ)あり、夫々の幹から枝(遍歴の過程で登場する人物にあたる)が伸びており、全部で7本あるということです。
 そして、幹やこの枝を大きくし、葉っぱをつけ実を実らせるのは、ひとえに土壌の良し悪しにかかっています。ここで言う土壌とは、K・S様の日々の生活態度や言動、表情、思考・感情、努力、それに食事の摂取等を指し、これらにより、幹や枝への養分の供給が変わってくるということです。
 人は皆、夫々、10人前後の歴史上の人物から分魂を受け継ぎ、生き方や才能、気質などの影響を受けていますが、それを大きく花開かせるのも蕾みのままで終わらせるのも、その人の日頃の努力や周囲に与える顔の表情、言動、思考・感情、食事の仕方で様々な人生模様を作り出していきます。ですから意識改革をすることにより開運が可能なのですから、お金ではないのです。大切なことは、本人のたゆまぬ努力と持続力・根気に全てがかかっているということです。
後はK・S様の即、実行あるのみ、応援してます!

丁度良い仏様の言葉

【丁度良い仏様の言葉】

あなたはあなたで丁度良い

顔も体も姓名も それらはあなたに丁度良い

貧も富も親も子も 息子の嫁もその孫も
みんなあなたに丁度良い

幸も不幸も喜びも 悲しみさえも丁度良い

歩いたあなたの人生は 悪くもなければ良くもない
あなたにとって丁度良い

地獄へ行こうと極楽へ行こうと 行った所で丁度良い

自惚れる要もなければ 卑下する要もない

上もなければ下もない 死ぬ月日さえも丁度良い

仏様と二人連れの人生は 丁度良くない筈がない

これで良かったと思った時 感謝の心が生まれます

 昔、セールスマンであった頃、一向に成績が上がらずスランプに陥っていた。或る日、歩き疲れてお腹も空いたので一軒の食堂に入った時のことである。その食堂に入ってすぐ目に跳びこんできたのが、壁に張ってあった此の『丁度良い仏様の言葉』であった。一目見るなり気に入って手帳に書き写していたら、店主がコピーをくれたのであった。店主の話によると、毎日、何人かのお客さんが私と同じように手帳やメモに書き写しているそうで、その人達にコピーをあげているとのことであった。以後、足を棒のようにして歩き回っても成績が上がらない時などは、この仏様の言葉が励みとなったのである。

白雲紅葉下・・・〈五絶二〇字〉

【清冽たる一渓流】
白雲紅葉下
清冽一渓流
他日注江海
洋洋環八州

(註)
白雲・紅葉の下。
清冽たり一渓流。
他日、江海に注ぎ、
洋洋として八州を環らん。

或る日のこと。運命占術の塾に一人の青年が訪れ、
すゑ つひに 海となるべき 渓水も しばし 木の葉の 下 くぐるかな」の文句を、詩か歌にして欲しいと頼んだ。塾長はしばらく考えてから筆を執り、墨痕鮮やかに書き上げたのが、上記の五絶二〇字であった。その後、十数年の歳月を経て、飛ぶ鳥落とす勢いの事業家になって、大活躍をしたとのことである。
これは、私、やまんちが昭和36年頃、神戸の縁類に身を寄せていた時、仕事が休みの日に大阪の古書店に立ち寄ったときのこと。ふと、手に取った『姓名の眞理』という運命学の本に載っていたもので、この著者である永杜鷹堂氏が青年に書き送った五絶二〇字である。この本は運命学書で、本著は易学(現象哲学・相学(相貌倫理学・四柱推命(稟性法象学)、姓名(選名象数学)の四部門で構成されていて、含蓄の詰まった素晴らしい書物である。
当時の四柱推命術の本の大半は難解で、一通りマスターするには大変な時代であった。それが、四柱推
命の命式の作成が手取り足取りで、誰にも分かり易く書かれているので、ビックリ! 以後、この書との出会いにより運命学の研究をはじめたのであるが、40余年を経た今でも大事な一冊である。ちなみに発行は昭和30年に清教社が発行したものであるが、古書店を廻っても見つけることはできないだろう。
そうそう、数年前に中曽根康弘元総理が、この五絶二〇字を色紙に書いておられたのをテレビで観たことがあるが、氏は作者不詳と言っておられたので、よっぽど手紙で作者名をお知らせしようかと思ったほどだ。此の書を入手して以来、夢や希望を捨てないように、常にこの五絶二〇字を口にしている。

つもり違い十ヶ条

【つもり違い十ヶ条】

高いつもりで低いのが教養  低いつもりで高いのが気位

深いつもりで浅いのが知識  浅いつもりで深いのが欲望

厚いつもりで薄いのが人情  薄いつもりで厚いのが面皮

強いつもりで弱いのが根性  弱いつもりで強いのが自我

多いつもりで少いのが分別  少いつもりで多いのがムダ

大東亜戦争は日本の敗け戦か勝ち戦か〈昭和天皇の功業〉 

私の近代史研究ノートより

はじめに

 産経新聞在籍の10有余年の間に、各界で活躍するトップの方々を取材、その数1万人以上にも上り、多くの方々との出会いを通して人生感・価値観を学ぶことができ、少なからぬ影響を受けました。また、中でも忘れ得ぬ人物は200人を下りません。

 取材対象者から少しでも突っ込んだ話しを引き出すために、事前に文献や資料を集め、ある程度の知識を以って取材に臨んだものですが、昭和52年頃に右翼団体や政治結社の特集を企画して、中・四国、九州と広範囲に取材活動に従事。それと併せて、太平洋戦争に関わった人たちにも何人か会うことができ、興味深い戦争体験を拝聴することができたのですが、特に印象深い人物として、敵機の撃墜で名を挙げ、また、真珠湾攻撃の作戦を考え出した源田実氏、名を明かせませんが盧溝橋事件の引き金となった人物、元満州馬賊、アメリカよりも先に原子爆弾の開発設計に着手していたS鉄工所の社長等々、10数名の方がいます。

 そのうち、いろいろな方たちの戦争体験や歴史研究家、学者たちとお会いする度に、今までの自分の歴史の見方が間違っていたことを知り、正しい歴史認識を持つことが大事であることを教えられ、研修会や勉強会のメンバーに加わることになったのです。
 
 私の手元には、沢山の書籍や文献・資料がありますし、現在でも歴史学者や文学部教授、時事評論家、国会議員などから貴重な資料が送られてきております。
 
 今回から連載する「私の近代史研究ノート」は、産経時代の取材速記禄や各種の研修会や勉強会で控えたノート、また、とうの昔に絶版となった国際文化情報社刊の『画報 近代百年史』(全10巻)をはじめとした沢山の書籍等を参考に、一人でも多くの方に正しい歴史認識を持っていただくことを願い、書き進めていきたいと思います。
 
 第一回は、「大東亜戦争は日本の敗け戦か勝ち戦か」をテーマとして、元外交官の岩田冷鉄氏から伺った(平成元年)話を採り上げます。 


第一部 

大東亜戦争は日本の敗け戦か勝ち戦か〈昭和天皇の功業〉 

 どんなによく利く麻酔薬でも、何日迄ももてるというものでもない。ところが、非武装反戦思想という麻酔薬の利き目は40年も続いており、日本は今日なお長夜の眠りから醒めない。これは日本人の異常体質によるものかも知れない。
 大東亜戦争勃発から凡そ半世紀も経過した。歴史の審判は後世史家の評価に待つといわれるが、歴史観は短期の見極めと長期の見通しとあって、必ずしも同一視することはできない。
 日本軍は真珠湾空襲、馬来沖海戦で華やかな火蓋を切り、破竹の勢いで南方へ進撃し、英米西欧の勢力を一掃し、結果に於いて、非植民地諸国を多年の桎梏から開放するところとなった。しかし、米軍の反撃に遭い物量戦力に押し返えされて遂に敗北した。戦争で受けた日本の犠牲は兵員だけで250万人、その他軍民の損失と戦後処理の惨苦は計り知れない。
 欧米連合国は多年の植民地搾取の味は忘れ難く、戦勝国として植民地保持への未練はあったけれども欧州自体が戦場となり戦禍はひどく国力疲弊したため、アジアの澎湃たる独立の気運を抑えつける余力を失った。その上、日本を侵略国として裁いた手前、自らの植民地を保持し続ける大義名分が立たなくなり、遂にアジアから総撤退せざるを得なくなった。そして、植民地開放機運は独りアジアだけに止まらず、アフリカ大陸にも燃え移っていった。かくして地球上から植民地が一掃されたと云うことは、植民地支配の上に栄えたヨーロッパ諸国にとっては大打撃となり、その結果、ヨーロッパの先進国の力の低下は免れず、まさに世界史を書き変える画期的大異変となった。
 かのジンギス汗、ナポレオンの遠征の例にも見られる通り、大英帝国も七つの海に君臨する壮大な覇業ではあったけれども、結局、英雄的野望を遂げ、侵略搾取を行ったに過ぎなかったのである。

大東亜戦争の詔書
「英米帝国は東亜の禍乱を助長し、平和の美名に匿れて東洋制覇の非望を逞うせんとす、剰へ與国を誘ひ帝国の周辺に於て武備を増強して我に挑戦し、更に帝国の平和的通商に有らゆる妨害を與え、遂に経済断行を敢てし帝国の生存に重大なる脅威を加ふ、朕は政府をして事態を平和の裡に回復せしめむとし、隠忍久しきにわたりたるも彼は毫も交譲の精神なく徒に時局の解決を遅延せしめて、此間却て益々経済上軍事上の脅威を増大し以て我を屈従せしめんとす。斯の如くにして推移せんか東亜安定に関する帝国積年の努力は悉く水泡に帰し、帝国存立亦正に危殆に頻せり、朕は忠誠勇武に信頼し祖宗の遺業を恢弘し速に東亜永遠の平和を確立せん」

 詔書と相まって時の東郷外務大臣は米国に対して下記の通諜を送った。

「合衆国政府の意図は英帝国その他の諸国を誘引し、支那その他東亜の諸地域に対し、その従来保持せる支配的地位を維持強化せんとするものと見る外なき処、東亜諸国が過去百有余年にわたり英米の帝国主義的搾取政策の下現状維持を強いられ、両国繁栄の犠牲たるに甘んぜざるを得ざらし歴史的事実に鑑みれば、萬邦をして各其所を得しめんとする帝国の根本国策と全然背馳するものにして、帝国政府の断じて容認する能わざる所なり」

 以上のとおり、戦争目的は夙に明らかにされたのである。しかも解放は所期の目的を遥かに越えたのである。その上に植民地は何れも宗主国の属国として、外国との間に人的、経済的交流の自由がなかったところ、解放の結果、対外障壁が取り払われて経済が成長し、東亜の共栄が着々と進みつつあるわけである。
 
 短期史観からすれば大東亜戦争は日本の敗け戦であったけれども、長期史観からすれば明らかに禍を転じて福を勝ち取った。しかも、もし大東亜戦争以前のままであったら日本は太平洋の一角の一強国としては存在しつづけていたであろうが、アジアの植民地諸国は依然として西欧の統治から脱することなく搾取され続けていたであろう。いわば大東亜戦争は結果的には救世主的意義をもち、世界の歴史を変える義戦であったとも言えるものである。 続く

22さんは島崎藤村も魂のルーツの一人だった!

歴史上の人物から魂のルーツを探る・・・・・・〈前世探査開運法〉

 

ハンドルネームの22さんの前世を探査! 

いつものように22さんの生年月日と氏名、プロフィルなどを脳に強くインプットし瞑想。

ほどなく幽体離脱して4次元の世界に入り、さらに時空を遡り5次元の世界に!

「・・・」
35分後に覚醒。

その結果、22さんの魂のルーツである歴史上の人物と、魂の遍歴の過程で登場する人物、それに、22さんと直接に繋がる魂のルーツの、合わせて13人ほどが判明しました。


魂のルーツ3人、ダイレクトに結びつくルーツ7人、それに、遍歴の過程で登場する人物3人の計13人です。が、うち一人のみ、ダイレクトにつながる魂のルーツと遍歴に至る過程で登場する魂ともに登場していますので、実数は12人です。

女性として3回生まれ変わっています。また、日本以外では、4ヶ国に輪廻転生をされておられます。因みに系列の魂は5人います。

以下、詳細にご紹介します。

 

魂のルーツ:3

将軍の母、将軍の側室、鎌倉時代の聖人。

 

遍歴に至る過程で登場する魂:7

スペインの進歩的政治家、ノーベル賞を受賞したフランスの小説家、ドイツのカトリックの作家で神学者、戦国期の公卿で権大納言、日本の財閥の初代“親分”に就任した商人、江戸後期の俳人で天保3大家の一人、明治・大正期の女性劇作家。

 

ダイレクトの魂のルーツ:3

イギリス王、女性劇作家、明治から昭和期の詩人&小説家。

 

日本以外の生まれ変わり:4ヶ国。

イギリス、スペイン、フランス、ドイツ。

 

次に、12人の中から今回はお二人ほど、22さんに繋がる歴史上の人物を簡略に挙げておきます。

22さんとダイレクトに結びつく魂のルーツ

【烏丸光康】 1513年~1579年

戦国期の公卿で権大納言。

戦国・安土桃山時代の公卿。冬光の子。法名は了覚。足利義晴に仕えた。権大納言従一位に至る。天正7年(1579)従一位大臣に准ぜられ、即日歿、67歳。

【島崎藤村】 明治5年~昭和18年 長野県出身。

明治から昭和期の詩人&小説家で、明治新体詩を完成したのち『破戒』『夜明け前』の長編小説を発表。

本名は島崎春樹。生家は馬籠宿の本陣、問屋、庄屋を兼ねる旧家だった。馬場孤蝶、戸川秋骨らとの交遊を通じて文学に志し、明治学院を卒業後、「女学雑誌」に翻訳を寄稿をはじめる。

明治25年には明治女学校の教師となり、また、北村透谷らの文芸雑誌「文学界」の創刊に同人として加わり、劇詩、小説、評論などを掲載。

明治30年に刊行した第一詩集「若菜集」によって名声を得、その後の一連の詩業は、近代詩史上大きな功績を残す。さらに長編小説「破戒」によって、自然主義文学の代表的作家としての地位を確立し、「春」「家」「夜明け前」などを発表します。昭和18年(1943)脳溢血のため71歳で亡くなり、大作「東方の門」が絶筆となる。
 藤村は、明治26年の8月と10月に、それぞれ1カ月ほど円覚寺の帰源院で過ごしているが、教え子との実らぬ恋に苦悩し、半年にわたる関西漂白の旅から帰った藤村は、帰源院で夏を過ごし、再び東北の旅に出たが、また帰源院に戻る。その頃の事は、藤村の青春時代を描いた自伝的小説「春」のなかに描かれている。

 

 

上記の二人について、22さんとダイレクトに結びついていますので、より詳しくお知りになる必要があります。烏丸光康については、図書館などを利用して人物事典や辞典でお調べください。島崎藤村については人物像や物語や小説などの作品が沢山ありますので、くり返し精読し、しっかりと熟知することです。

やがて、本がなくても或る程度、細部までイメージ出来るようになった時点で、お二人が生き方の杖となってくれますし、仕事に行き詰まったり、自分では解決困難な問題にぶっつかった時などに、解決の糸口や啓示、ヒントを得られます。また、いつも22さんをいろいろなアクシデントから護ってもらえます。
 尚、系列の魂は、あなたと魂のルーツが一緒なので、その方たちの関連書籍やビデオなどにも慣れ親しんでください。

 

只単に、ご自分の魂のルーツを知っただけでは、霊験はありません。お知りになられた以上は、その人物に精通することが大事です。例えば、写真やイラストをコピーして、部屋の壁に貼ったり、手帳に貼ったりして、常時、見たり、心の中で話しかけることです。そして、何事にも「感謝」と「有難う」の言葉を連発し、明るい笑顔を忘れないことです。こうして日々を過ごすうちに、思っても見なかった幸運が向こうからやって来ます。
以上が、イスラエルに古くから伝わる白魔術の『秘術・前世探査開運法』なのです。


開運にお金はかかりません。要は、何事も良い方に物事を捉え、思考・感情をプラスの方に切り替えて、どんなに苦しいことや悩みがあっても、常に笑顔を絶やさず、「感謝!」と「有難う」の言葉が自然に口から出るように努力することです。
さぁ、22さんの即、実行あるのみです!

このビッグな人物たちがT・K様の魂のルーツだ 第五回

このビッグな人物たちがT・K様の魂のルーツだ 第五回

魂のルーツ 其の7

【太田道灌】 1432年~1486年 

江戸城の築城で知られる軍略家武将にして教養人

永享四年~文明十八年(14321486)。太田資清の子。名は資長。のちに剃髪して道灌と号した。扇谷上杉定正の執事として仕えたが、その能力が主人をこえていたので、しばしば問題を起こした。そしてこれが原因で、ついに主人定正に暗殺 される。軍事家で文学者。江戸城の築城でいまも有名。東京では開発の恩人とし、都庁前や新宿の中央公園に銅像をつくって顕彰している。


太田道灌に至る遍歴の過程で登場する魂

野宮定功 1815年~1881年 

幕末の公卿で、皇女和宮の降嫁問題に尽力。

     アレクセイ・N・トルストイ 

新しい歴史史観に立脚した長編歴史小説『ピョートル1世』や戯曲『イヴァン雷帝』など、歴史文学で豊かな才能を示した。


系列の魂

→ 浩宮徳仁 皇太子


☆☆☆  T・K様とダイレクトにつながる魂のルーツ ☆☆☆

     ステファン・ツワイク  ~1942年没 

人道主義を提唱し、反戦論のために戦ったオーストリアの小説家&戯曲家&詩人&評論家。

以上
 

以上、T・K様と繋がる歴史上の人物たちを簡略に紹介しましたが、一人ひとりについてネットや図書館などでお調べになり、書店で人物像について書かれた書籍や伝記、物語、小説などを購入されて、時間を割いては精読されることをお奨めします。
 どの人物から熟知していく必要があるかを申し上げますと、先ず、魂のルーツとダイレクトに結びつく人物、そして、各魂のルーツに至る遍歴の過程で登場する人物の順番となります。

時間があれば、系列の魂や兄弟・姉妹魂についてもお調べになり、小説や作品、歌、映画・ビデオなどをご覧になってください。


 さて、此の世には、T・K様と同じ魂のルーツを共にする人たちは沢山います。政財界から企業家、医者、弁護士、学者、大学教授、作家、芸能、スポーツなどあらゆる分野にいますが、これらの人たちとは身分や貧富の違いはあっても、魂のルーツで結ばれているのです。ですから、この人物には何となく惹かれるとか親近感を抱く、好意を感じると思える場合は、もしかしたら貴女と同じ魂の分魂である可能性が高いです。
 T・K様の生涯を占ったところ、人生は決して平坦なものでなく、浮沈や苦労が多いようですが、中年以降から徐々に運が開け、晩年は幸せに暮らすことができます。いずれ何かで名を挙げる暗示もあり得ます。


 辛い時、苦しい時、仕事に行き詰まった時、悩みが深い時などにT・K様の魂のルーツたちに思いを馳せて、人物像を思い浮かべながら静かに語りかけてください。不思議なことに啓示や解決の糸口になるヒント、閃きが得られます。そしてT・K様を護ってもらえるようになります。