大東亜戦争は日本の敗け戦か勝ち戦か〈昭和天皇の功業〉  | 『秘術・前世探査開運法』から魂のルーツを知る!

大東亜戦争は日本の敗け戦か勝ち戦か〈昭和天皇の功業〉 

私の近代史研究ノートより

はじめに

 産経新聞在籍の10有余年の間に、各界で活躍するトップの方々を取材、その数1万人以上にも上り、多くの方々との出会いを通して人生感・価値観を学ぶことができ、少なからぬ影響を受けました。また、中でも忘れ得ぬ人物は200人を下りません。

 取材対象者から少しでも突っ込んだ話しを引き出すために、事前に文献や資料を集め、ある程度の知識を以って取材に臨んだものですが、昭和52年頃に右翼団体や政治結社の特集を企画して、中・四国、九州と広範囲に取材活動に従事。それと併せて、太平洋戦争に関わった人たちにも何人か会うことができ、興味深い戦争体験を拝聴することができたのですが、特に印象深い人物として、敵機の撃墜で名を挙げ、また、真珠湾攻撃の作戦を考え出した源田実氏、名を明かせませんが盧溝橋事件の引き金となった人物、元満州馬賊、アメリカよりも先に原子爆弾の開発設計に着手していたS鉄工所の社長等々、10数名の方がいます。

 そのうち、いろいろな方たちの戦争体験や歴史研究家、学者たちとお会いする度に、今までの自分の歴史の見方が間違っていたことを知り、正しい歴史認識を持つことが大事であることを教えられ、研修会や勉強会のメンバーに加わることになったのです。
 
 私の手元には、沢山の書籍や文献・資料がありますし、現在でも歴史学者や文学部教授、時事評論家、国会議員などから貴重な資料が送られてきております。
 
 今回から連載する「私の近代史研究ノート」は、産経時代の取材速記禄や各種の研修会や勉強会で控えたノート、また、とうの昔に絶版となった国際文化情報社刊の『画報 近代百年史』(全10巻)をはじめとした沢山の書籍等を参考に、一人でも多くの方に正しい歴史認識を持っていただくことを願い、書き進めていきたいと思います。
 
 第一回は、「大東亜戦争は日本の敗け戦か勝ち戦か」をテーマとして、元外交官の岩田冷鉄氏から伺った(平成元年)話を採り上げます。 


第一部 

大東亜戦争は日本の敗け戦か勝ち戦か〈昭和天皇の功業〉 

 どんなによく利く麻酔薬でも、何日迄ももてるというものでもない。ところが、非武装反戦思想という麻酔薬の利き目は40年も続いており、日本は今日なお長夜の眠りから醒めない。これは日本人の異常体質によるものかも知れない。
 大東亜戦争勃発から凡そ半世紀も経過した。歴史の審判は後世史家の評価に待つといわれるが、歴史観は短期の見極めと長期の見通しとあって、必ずしも同一視することはできない。
 日本軍は真珠湾空襲、馬来沖海戦で華やかな火蓋を切り、破竹の勢いで南方へ進撃し、英米西欧の勢力を一掃し、結果に於いて、非植民地諸国を多年の桎梏から開放するところとなった。しかし、米軍の反撃に遭い物量戦力に押し返えされて遂に敗北した。戦争で受けた日本の犠牲は兵員だけで250万人、その他軍民の損失と戦後処理の惨苦は計り知れない。
 欧米連合国は多年の植民地搾取の味は忘れ難く、戦勝国として植民地保持への未練はあったけれども欧州自体が戦場となり戦禍はひどく国力疲弊したため、アジアの澎湃たる独立の気運を抑えつける余力を失った。その上、日本を侵略国として裁いた手前、自らの植民地を保持し続ける大義名分が立たなくなり、遂にアジアから総撤退せざるを得なくなった。そして、植民地開放機運は独りアジアだけに止まらず、アフリカ大陸にも燃え移っていった。かくして地球上から植民地が一掃されたと云うことは、植民地支配の上に栄えたヨーロッパ諸国にとっては大打撃となり、その結果、ヨーロッパの先進国の力の低下は免れず、まさに世界史を書き変える画期的大異変となった。
 かのジンギス汗、ナポレオンの遠征の例にも見られる通り、大英帝国も七つの海に君臨する壮大な覇業ではあったけれども、結局、英雄的野望を遂げ、侵略搾取を行ったに過ぎなかったのである。

大東亜戦争の詔書
「英米帝国は東亜の禍乱を助長し、平和の美名に匿れて東洋制覇の非望を逞うせんとす、剰へ與国を誘ひ帝国の周辺に於て武備を増強して我に挑戦し、更に帝国の平和的通商に有らゆる妨害を與え、遂に経済断行を敢てし帝国の生存に重大なる脅威を加ふ、朕は政府をして事態を平和の裡に回復せしめむとし、隠忍久しきにわたりたるも彼は毫も交譲の精神なく徒に時局の解決を遅延せしめて、此間却て益々経済上軍事上の脅威を増大し以て我を屈従せしめんとす。斯の如くにして推移せんか東亜安定に関する帝国積年の努力は悉く水泡に帰し、帝国存立亦正に危殆に頻せり、朕は忠誠勇武に信頼し祖宗の遺業を恢弘し速に東亜永遠の平和を確立せん」

 詔書と相まって時の東郷外務大臣は米国に対して下記の通諜を送った。

「合衆国政府の意図は英帝国その他の諸国を誘引し、支那その他東亜の諸地域に対し、その従来保持せる支配的地位を維持強化せんとするものと見る外なき処、東亜諸国が過去百有余年にわたり英米の帝国主義的搾取政策の下現状維持を強いられ、両国繁栄の犠牲たるに甘んぜざるを得ざらし歴史的事実に鑑みれば、萬邦をして各其所を得しめんとする帝国の根本国策と全然背馳するものにして、帝国政府の断じて容認する能わざる所なり」

 以上のとおり、戦争目的は夙に明らかにされたのである。しかも解放は所期の目的を遥かに越えたのである。その上に植民地は何れも宗主国の属国として、外国との間に人的、経済的交流の自由がなかったところ、解放の結果、対外障壁が取り払われて経済が成長し、東亜の共栄が着々と進みつつあるわけである。
 
 短期史観からすれば大東亜戦争は日本の敗け戦であったけれども、長期史観からすれば明らかに禍を転じて福を勝ち取った。しかも、もし大東亜戦争以前のままであったら日本は太平洋の一角の一強国としては存在しつづけていたであろうが、アジアの植民地諸国は依然として西欧の統治から脱することなく搾取され続けていたであろう。いわば大東亜戦争は結果的には救世主的意義をもち、世界の歴史を変える義戦であったとも言えるものである。 続く