2009/10/28 №15
本業の業績の悪化はますます深刻となっていた。
取引先の業績悪化はより顕著となり、最悪のところは
支払いサイトの延期まで申し出てきていた。
このままではうちも危ない。
販売事業の不振はこのままでは確実に深刻な状況になってしまう。
NとMを集めて夏の売上次第ではアルバイトを辞めさせることと
ネットや店舗だけという意識から、近くの住宅販売所のところなど
BtoCからBtoBへの強化も視野にいれようと。
自社ホームページが販売のホームページとは別であるのだが
何年か前に作ってから一度も触っていないので
それを生かそう。
オープン一周年なわけだから、自分たちの足を使ってビラをまいたりと
売上UPできそうなことはしていこう。
多分、この4点を伝えた。
実はその頃、N、Mの前の会社の同僚の子、Oが
2週刊に一度のペースほどで手伝いに来ていた。
しかし、業績不振と共にリストラをされてしまったのだ。
夏に向けてやることが増え、大変だと嘆いていたNやMに
一時的であればOを週3~4日くらい呼んでもいいといった。
内心、突然のリストラなどでOに同情していたというのもある。
しかし、これで状況が変わらなければ結局はNやMも同じだ。
少し間、新たな空気をいれてモチベーションを上げてもらうにもいいだろう。
そんな思惑もあった。
しかし結果は散々だった。
というより、より悪化した。
BtoB強化のために必要なもの、それは会社案内だ。
以前のものは使えないので新たに作るよう指示を出したが
いつまでたっても出来てこない。
Nは3日後には出来ると言ってからすでに2週間もたっているのに
遅れていますの一言もない。
一周年のチラシにしても業者に頼んで作ってもらったというのに
会社の倉庫にはまだ半分以上が残っている。
(最近になって判明したが、彼女らが使っていたデスクの中に
さらに大量のチラシが入っていた。)
HPリニューアルも彼女らが出来ると言い出したことの一つだった。
当初、アウトソーシングでやろうと思っていたのだが
自社サイトでも直接販売がしたいという彼女らの希望もあり
掲載商品数が1000点以上となるととてもじゃないが予算が無い。
すると自分らでやります、やりたいですと珍しく食い下がってきた。
私は本業がメインになるようなサイトを作り、派生する形で
現在の販売中のページへ誘導できればと思っていたのだが
ロイヤリティ等を考えると、今後売上が増加した際に有利になるな等
今はない、そして今後増加するであろう売上に期待し彼女らの求める
形にすることで承認をした。
結局、今あるHPのリニューアルではなく、新規で契約をし直したため
まったくの新規オープンである。
ところが契約となったところで審査に通らず断念せざるを得ない状況となった。
私としては既存のもののリニューアルで行こうと思っていたというのもあり
簡単に諦めがついたのだが、今回はNがどうしてもやりたかったらしく
担当者にお願いをして何とか契約をさせてもらうこととなった。
このHPは最初から作り上げるというよりも
現在のショッピングサイトのページを簡単に移行できるというのが
彼女らをやる気にさせた要因の一つであった。
しかし、いざ契約を終え着手できるかと思ったのだが
既存のショッピングサイトを作り込み、それを自社サイトへ移行していくのが
効率的というわけでまずはそこから着手するに至った。
だったらこんなに急いで契約する必要があったのか。
そうこうしているうちに銀行からは毎月支払いは進んでいくのに。
そして・・・。
今日まであのHPが世の中に出たことはない。
8月、店舗の売上は相変わらずの横ばい状態が続いていた。
一周年セールでは、通常月よりも30%程売上が上がったが
利益は同じだ。
インターネットでの販売はやっと月200万円を超えることが出来てきた。
理由は広告を打ったことと、メール会員を買ったことにある。
しかし、出費としてはかなりのもので、売上を維持するためには
定期的に広告を出さないければいけないことを考えると
実際は赤字のままだった。
本業も相変わらず厳しい。
銀行から新たに融資を受けるべく相談に行った時
予想外に大口の融資を受けることが可能だと知った。
とりあえずの資金だけを確保して今を凌ぐか。
現状を打開すべくなにか行動に移すか。
現在、先行投資をしているとはいえ、利益で言えばトントンの
販売事業が伸びれば会社は楽になる。
しかし、投資してもそれをやってる人材に難があり
伸び悩んでいる状況。
陣頭指揮をとって私自身がやるには時間的にかなり無理がある。
今、撤退すればかなりの投資だったがこれ以上の損はない。
自問自答である。
その日、相当に悩んだのだがやはり、ここまで来たらやるしかない、
そう思っていた。
融資に合わせて彼女らの提案していた新規商材や
広告を出すことに許可を出した。
また、自分たちで余っていたスペースを改装し
店舗の拡大も行った。
これで伸びなきゃもう後はない。
彼女らにも、年内の結果次第で撤退を視野に入れることも
伝えることにしたのだ。
彼女らは、はい、わかりました。
必ず結果を出しますから、と強く訴えてきた。
色々有ったけど、なんだかんだ
会社のためを思ってくれているのかもしれない。
流されやすい私はそう思っていた。
初期投資とほぼ同額と言ってほどの投資である。
まさに賭けである。
年末商戦の前に形にしなくては。
後が無い私は、空いた時間を全て販売事業のために費やすこととなった。
2009/10/26 №14
その頃、知り合いが引っ越しをするというので
大家とも知り合いだった関係で、引き継ぎでそこを
借りることになった。
もともと、会社から各現場などへの移動距離がかなりの負担に
なっており、中継地点みたいなものを作れないかを考えていたからだ。
都心で2DKのマンションの一室は、相場よりも大分安く借りることができた。
気が付くと、その部屋にベッドやテレビやと家財道具が少しづつ集まり
平日はほとんどそこで寝泊りをすることが多くなった。
自然と会社の女性陣とは会う機会も少なくなり
ほとんどがメールや電話でのやりとりとなっていく。
半分の諦めと、半分の期待が交錯するような気持ちで
販売事業を見守っていた。
中々結果の出ないこの事業部に対し
新たな展開としてこうやるのはどうだろう?と提案をし
それが成功するという事例が増えていった。
凡人な私でも、やれば結果が出るかもしれないといったアイデアは
週に1個くらいは思いつく。
Mの入社時、うちで働くためにこれだけは意識してほしいことの一つとして
自ら提案し、自ら行動して下さい
といった。
言われたことだけをするためならアルバイトでいいと思っていた私は
社員に対して求めることの一つとして
自分で何かを変えたい、という気持ちを持ってもらい
その気持ちを会社の仕事へつなげてほしいということだった。
実際、その日までに彼女らから出た提案はいくつかあったが
そのほとんどが広告を出すとか、新規商材だとか
何かと金が掛かることだった。
私が言いたかったのは、今の自分たちに出来る範囲(予算)
でのことだったわけだが
どうやら、その意味がわからなかったようだ。
提案される度に
その予算はどこにある?
としか言えない私に、会社に
いつしか提案すらしなくなった。
ところが私が提案するものは、予算をかけずに売上が上がった。
例えばだが、カード決済の場合だとうちへの入金までに長くて一カ月
くらい掛かることもある。
キャッシュがほしいうちとしてはそれで売上が上がっても資金ショートを
しかねない為、どうするか。
銀行振込だと値引きをするとか、メルマガでキーワードを教えて
そのキーワードがあれば安くするとか。
何も斬新なものでもなんでもないことだ。
しかし、うちでやっていないことですぐにでも出来ることがあるなら
やるべきだと思う。
彼女らは私の提案に対し、それはするには・・・
といったように必ず否定的な意見をした。
最終的に社長の権限でやらせることになったことも
たくさんある。
もともと無い売上が下がるわけなんてあるわけないのだ。
何かアクションをおこしたことによって、少なくとも売上には結果として
出てきていた。
言うよりも行動で示さなければ、
元々職人だった私は当時の親方に教わったように
見せて聞かせてやらせてみて、を実践したのだ。
しかし、いつしか私の提案が出なければ何もしないような
そんな雰囲気になっていった。
朝、みんなが集まったところでそのことについて意見をしたのだが
Nからは
そんな簡単にアイデアなんて出てきませんし、出てきても
会社にお金が無ければできないことなんで
と言い出す始末。
俺がやって見せたことを思い出せよ。
お金がかかったのか?
それに対しては
私たちが残業をして頑張ったからです。
普通だったらお金がないと出来ませんよ?
話が通じないとはこのことだ。
頑張ったのは認める。
ただ、頑張って予算を掛けずに済んだという事実があるということ。
それが他へも転用が利くということ。
だから頑張って予算かけずに出来ることを考えよう。
そういう話し合いだ、本来は。
未だに彼女が何を言いたかったのかがわからない。
褒めてほしかった?
頑張りたくないと伝えたかった?
お金のない会社への嫌味?
そんな彼女らを見て、絶望的な感情が湧きあがる。
そろそろ店舗オープンから1年が経とうとしていた。
2009/10/19 №13
店舗のオープンの時
Nに仕入れを担当させたが結果的に失敗だった物や
仕入先の変更に伴い、商品写真の撮影のために新たに
仕入れをしたりと、この1年でかなりの先行投資を強いられていた。
また、店舗をやってるためどうしても在庫を抱える必要もあった。
しかし、投資額に見合った売上にはまだ程遠い状況である。
NやMは日々の業務に忙殺され、新規商品の販売まで
手が回らないような状況だ。
それなのに新規商材を見つけてきては私に仕入れのお願いをしてくる。
実際、本体の業務で販売の方まで手も目も完全には回らない私は
理由とその見込み等を聞いてよっぽどのことではなければOKを出していた。
しかし、一ヶ月後に状況を確認すると投資だけして何も手をつけていない等
あまりにもひどい有様だったりすることがほとんどだった。
売上は横ばいなのに人件費は膨れていく。
いい加減どこかで見切りをつける必要があるな。
2008年の3月頃、私はそう思うようになっていた。
その頃、本体の業績は目に見える程のスピードで下降線を辿り
そっちの売上維持、UPのために日々疲弊しきっていた。
そんな折、社員一同で食事に行った。
Nがもっと本体の業務をこっちにも振ってくれれば手伝えると言い出した。
君たちの本業がままならないと言うのによく言うな。
感謝の気持ちよりもそう思ったものだ。
自分たちの現状を正しく理解していなかったのか、
酔った勢いでの優しさ?なのか。
真意はわからない。
ただ、間違いなくお前達には頼まない、そう思った。
翌月以降も大した変化はなく、Mを雇う条件だったコーディネートでの売上は
Nの頭の中からすっかり抜けているかのように0が続く。
口うるさく指示をだしてもその通りに動かない彼女らに対し
日を重ねるごとに不信感が募っていった。
また、期限を決めてやれといったものが終わらない理由を店長のNに問いただすと
決まってMが・・・ Mのやる気に波があって・・・ 等、問題はMにあるかのような
発言が目立つようになった。
そのMに対し、私が叱責することも増え、Mもやる気を無くしているようだった。
Mは辞めてもらおう。
Nにそう話をした。
(今思えば、なぜ辞めてもらうという対象の一番にNを持ってこなかったのか
自分でもよくわからない。
結果的に丸めこまれていたのか、どうなのだろう。)
Nは自分からMによく言っておくのでもう少し待ってくれと頼んできた。
すると翌日以降、Mの動きは見違えるほどよくなったのだ。
しかし、間違いなく見えない壁を彼女が醸し出したのもその日からだった。
彼女らは彼女らでチーム意識を持ち、まとまっているのは明らかだったが
Mやアルバイトに対しての指示や叱責などに関して
何かとNが私に文句を言うようになったのもその頃だ。
Nと二人で話し合うことも多くなった。
あなたは店長なんだから・・・
何が伝わったのか結果的にはよくわからないが
そのような話をよくしたものだ。
自分の下で働く人間を庇うのもそれは重要かもしれない。
ただ、庇ったのはいいがその原因となった問題を放置するのは
はっきり言って仲良子よしの集まりだ。
この話は何度もした。
それ以降、会社に私がいる時はNがMを怒ったりする場面を
よく見かけるようになった。
ただ、ほとんどが私が切り出した話の流れでだったが。
