2009/10/05 №6
しばらくトップページの作り込みや
商品ページの作り込みを手伝っていたのだが
肝心の商品自体をUPするのが追いつかないと
NとTが泣き言を言ってきた。
追いつかないと言いながら定時に帰るのは相変わらずだったが・・・。
彼女らが帰った後、一人商品のUPを試みたのだが
何を騒いでいたのかが自分には理解できないほど簡単だった。
よく、自分に出来ることが他人にも出来ると思うな、と言うが
それなのだろうか。
翌日、やり方を説明しスピードUPを図ったのだが
相変わらずである。
仕方ないのだろう。
自分でやった方がより早く事を進められそうなので
店舗のオープンを任せてネットショップのオープンは
自分で進めていくことにした。
ところがである。
店舗での販売商品とネットでの販売する商品とで
Nはまったく違った考えだった。
そもそもデザイナーズ家具や大型家具類の販売をメインにと
進めてきたのだが、店舗ではどこでも売っているような小物系の方が
より売りやすいという。
なるほど、という反面、商材の購入コストが余計に掛かるというデメリットもある。
協議をしている最中、Nが何気なしに
こんなところで店舗出しても売れないよ。とりあえず手軽に買えそうな物でいいんじゃん?
と言いだした。
色々な迷いがある中で、方向性を見出そうとしていた中でのその発言に
ある意味踏ん切りがついたのは言うまでもない。
ネットと同じ商材で行く。
店舗の売り上げはある意味度外視して
ショールーム的な役割に徹する方が今後のためにもいいだろう。
限られたコストの中で色々なことへ分散していく方がロスが大きいかもしれない。
まして、店を任せられている本人がここでは売れないと断言するのであれば
無理に投資する意味すらない。
ただ、やっている者たちのモチベーションに多いに疑問を抱くことにもなった。
ネットもオープンして目にわかる売上というものが出てくれば
改善されるかもしれない。
結果、店舗もネットも私が中心となり進めていくこととなった。
なぜ、今ここまで必死にならないといけないのかと何度説いたことだろうか。
相変わらずの危機感のなさに私だけが余計に危機感を募らせていった。
そして6月1日を迎えたのである。
2009/09/30 №5
帰社してみるとそこにいるのはTだけだった。
どこかへ買い物にでも行ったのか。
あまり気にせず次へ行くと伝えて会社を出ようとしたのだが
携帯が鳴り、社内にて数分のやり取りをすることとなった。
出る前に一度トイレへと再び会社へ入ると奥でTが誰かと話をしているようだ。
用を済まして出ようとしてもまだ私に気付かない。
どうやら誰かと通話中のようだ。
〝社長にはうまく言っといたよ"
もちろん電話の相手はNである。
聞き捨てならない言葉にTの電話を奪い電話越しに弩鳴った。
予定をキャンセルして会社で待つこと1時間。
Nは何か悪いことをしましたか、という顔で入ってきた。
これ以上の話し合いは時間の無駄だ。
明日からは俺がこの仕事を指揮する。
Nに対しては今後、自分の目から見て明らかに違うと
わかる位の変化が無いようなら辞めてもらう。
これが最後の情けだ
と心の言い聞かせ、そしてNに言い聞かせた。
パートのTにしては、このままではどんどん社内が
腐敗していくような恐怖を覚えたため、Tの希望もあり6月初頭で
辞めてもらうことにした。
オープンは6月1日。
それはネットも店舗も同時であり、それ以上の引きのばしは無し!
絶対目標を掲げてやる気を奮い起こすのであった。
2009/09/29 №4
年が明け、本体の仕事も一応落ち着きを見せた頃
販売事業の手伝いを始めた。
年末、色々な講習会に参加していたNは
受け売りとはいえ少し自信あり気に今後のビジョンを語る。
まぁ、それでうまくいくなら何も言うまい。
しかしである。
やることがあまりにも多く、N一人では限界を感じた私は
パートさんを募集することにした。
そこで来たのが37歳主婦のTである。
自宅でイラストレーターを使ってるというだけあり
クリエイティブ作業は安心して任せられた。
パートさんとはいえ、二人になったのだから今よりも
スピードは上がるだろうと予想していた私を
思いもよらない落とし穴が待っていた。
Tが入り、今まで自分があまり得意としていなかった分野を
任せることが出来るようになったNは
任せるということから更にサボるという行動へ変化していった。
定時の午後7:00前にはソワソワしだし
定時ジャストに会社を後にすることがほぼ毎日。
生理痛がひどい、風邪をひいた、銀行へよってから出社する等、
朝の出勤時間が守られるようなことは滅多になくなっていった。
やっと動き出したというのに思わぬ事態に憤慨し
一度話し合いを持つこととなった。
その後一時的に良くはなったが
本体の仕事が忙しくなり私の会社にいる時間が少なくなるにつれ
再び同じ行動をとるようになったのである。
店舗のオープン、ネットショップのオープンは
当初の2月から3月へ、3月から4月へ
ずるずると延期となっていった。
Tにしては、Nに対してどう思っていたのかは不明である。
が、Tと私自身が個人的見解で言うとウマが合わず
コミュニケーションといったものは事務的内容に限られていた。
そのため、彼女の心の内を探ることもしなかったのである。
一度乗りかけた船である。
こうゆうこともあるもんだ、と自分に言い聞かせ
本体事業が好調だったこともあり時間をかけて修正していこうと
何度となく話し合い、譲歩をし、なんとかオープンへと強い決意の元
忍耐をしながら時間は過ぎて行った。
4月の末。
昼間、ほとんど会社にいない私は
時間を見つけては会社へ連絡をし、業務内容の確認を行っていた。
どうやら、話し合いの成果が少しづつだが見えてきたようで
NもTもそれぞれが分担して作業をしているようだ。
ふと忘れものに気付き、次の現場への移動途中に会社へ一旦
戻ることにした。
ところがである。