2009/09/28 №3
古い民家を会社として利用しているのだが
使用しているのは8畳間一つだけで
残りの7部屋はそのままの状態だった。
私の亡き祖父の家である。
そこを改装して店舗にしようというわけだ。
当初はなんとか小奇麗になればいい位でしかなかったのだが
やり始めるとキリが無い。
最終的には元の面影を感じないほど立派なものとなっていた。
もちろん、予算も当初のものより100万円ほどオーバーだ。
しかし、これに懸ける思いの強かった私にとっては痛くはなかった。
店舗がほぼ出来上がり、商材選びが始まった。
ちょうどその頃である。
Nからインターネットでの販売(ネットショップ)を勧められたのは。
これから実店舗もオープンへ向けて忙しくなるのに
ネットショップなんてやれるのか・・・。
こんな辺鄙なところでの販売なんてほとんど見込みがないのだから
ネットでジャンジャン売った方が効率的だ・・・。
時間にして数秒で結論は出た。
同時進行である。
もちろん、Nもそれに同意しやっていく決意を固めたのである。
しかし、ネットショップにしても店舗にしても
オープンというのは非常にハードな仕事だった。
知っているという言葉を信じて、頼りにしていたNは
実際にはズブの素人だった。
パソコンの知識が私より少し有る位で販売の知識は
私同様、もしくは以下である。
元よりやっている事業に差し障りのない程度で
手伝おうと思っていたのだが、どうやらそうもいかない状況になってしまった。
しかし、時期が年末である。
現状、私の仕事量は半端でなく、他に手は回らない。
かと言って任せておくにはあまりにも不安だ。
そのため、販売事業の方は一時ストップし年始に再開することとした。
その間、ネットショップの何たるかを勉強してもらうことにした。
講習会、申請、ページの作り込み。
時間はいくらあっても足りなほどの量である。
お前に任せたぞ。
いくら入社してから話が違うと思っていても
他へ手の回らない私は心底Nを頼りにしていたのである。
2009,09,27 №2
現在、私がこのような状況になったのにも
様々な理由があるわけだが
最大の理由は自分自身の甘さにあったと思う。
その中でも一番経営者として失格なのは
お金の使い方を間違えたことに他ならない。
3年前、会社の成長スピードに資金が追いつかなくなりかけた時
近くの信用金庫から融資の申し出があった。
本来なら借りに行くはずが、向こうから借りて下さいといってきたのだから
なんの躊躇いもなく借りたわけだ。
本来、うちが必要としていた資金は凡そ1000万円。
銀行は2口で合計3000万円貸しますとまで言う。
お金はあればあるだけいいと考え融資を実行してもらった。
実際に手元に大金が転がり込んでくると
今後のために取っておくのではなく
何かに使えないかと思い始めた。
そこで、運転資金とし2500万円。
設備投資に500万円を投じることにした。
その設備投資とは店舗の開店である。
インテリア業を営む我が社だが
一言にインテリアと言っても幅広い。
デザイン(企画)、施工(工事)、販売(小売等)と
大きく分けてもこうあるわけだが
うちはデザイン、施工である。
そこで販売もしたいと兼ねてから思っていた私は
この際思い切って店舗を作ろうと思い立ったのである。
当時、我が社と取引関係にあった、とある会社に
私が高校生の時からの知り合いの女性、Nが働いていた。
しかし、そこの社長と一悶着を起こしクビになってしまったのである。
その社長も後になって後悔はしていたが今更、ということだったので
飲み仲間だったNを少し哀れに思い、先の社長へ一言断りを入れ
弊社で働いてもらうことにした。
当時、職人やデザイナーといった出来高制、人工制の人としか共に
仕事をしたことがなかった私は女性従業員の賃金相場がわからなかった。
Nが言うには前の会社では手取りで25万円、プラスボーナス年2回。
それを聞いた時正直驚いた。
25歳、事務仕事でそんなにいいのかと。
とてもじゃないがうちでそこまで出せないな、と。
するとボーナスなしで手取り25万円で、と向こうが譲歩したため
それで手を打つとした。
なんせ、噂ではNの評判は相当いいのだ。
出来るし頑張るし、なにより愛想がいい。
しかもこれから私がやろうとしていることへの知識が
あると言ったらコイツしかいないと決め込んでいた。
周りからはいくらか意見が出ていたのだが
そんなの無視して社長の権限で事を押し進めることとなったのだが・・・。
2006年10月、
転落へのスタートとなった。
2009,09,26 №1
はぁぁ~。。。
なんだか深いため息と共にやる気というものが失せていく気がする。
窓1枚を挟んで、うちで働く若い大工は倉庫の整理で忙しそうだ。
会社が倒産しかけている今、本来であれば社長である自分が一番
頑張らなければいけないのだけど、そんな綺麗ごとが言えるのは
今の状況を経験することがないであろう人か、
もしくは経験済みの人かのどちらかでしかないはず。
何をするにもやる気すら起きない今の状況は絶望的である。
しかし、今日まで色々なことがあったけど、奇跡と表現するのがふさわしいほどの
ことによって生き延びてきた会社なわけで、自分自身、その奇跡が近いうち起きるのではと
期待するあまりなんとか今日まで来たと言って過言ではないでしょう。
昨夜、同棲中の彼女とも今後の話をしてみた。
彼女の親も私と同じく、実業家である。
あまり詳しくは知らないが色々な経緯があったであろうが現在は大いに成功をしている。
彼女が生まれた時、すでに父の会社は安定していたとのことだから
私がいま経験している状況など知る由もない。
しかし、まだ若い彼女(20歳)はそんな私でも一緒にいたいと言ってくれる。
有りがたい半面、重いというのが正確だと思う。
しかし、その重さがなければ彼女を好きとは思わなかっただろう、と
心の矛盾に日々苦しめられる。
昨夜も今後、色々と大変なことが起きるかもと一応釘を刺しておいた。
能天気な彼女は、なんとかなるんじゃん?みたいな感じで気にしない。
そんな彼女にどう大変なのかを説明すると
大変だから別れてって言ってるの?
と返される。
正味な話、別れたくはない。
しかし、いなければ楽かな、とも思う。
いないと寂しい、とも思う。
彼女に判断を仰いでも、結局アンタはどうなのと聞かれた時
うまく言えない優柔不断な男である。
なので今日も一緒にいるというわけだ。
先の見えない現状をそれでも笑っていてよ、という彼女の強さ(能天気さ)に
少なくとも助けられてきている自分は、私と同じ状況で支えてくれる人がいない人よりも
どれだけ幸せかと思い、感謝していると
本当にそう思っているのか伝わらない
と、二の腕を内出血するほどつねってくる彼女に
殺気と感謝が織り交ざった複雑な日々を過ごしている。