サカナクション『834.194』全曲感想&レビュー | とかげ日記

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【日記+音楽レビューブログ】音楽と静寂、日常と非日常、ロックとロール。王道とオルタナティブを結ぶ線を模索する音楽紀行。



●完成度が凄まじい

サカナクションが約6年ぶりに発表したニューアルバム。

本作は二枚組だが、一枚目は「東京」(作為的に外に向けて発信していこうという要素が強い作品)、二枚目は「札幌」(自分たちのために作ろうと考えていた、デビュー前の札幌時代のスタンスに近い作品 )というコンセプトで曲が収録されている(日経エンタテインメント!2019.7.より)。そして、東京と札幌の距離である834.194kmがタイトルに使われている。

音楽への愛情をひしひしと感じる。それゆえに、音楽に対するサカナクションのストイックな姿勢も感じ取ることができる。薄く張られた音の一つ一つに美学を味わえる完成度が凄まじい。コンセプトを美しく形にする力も含めて、今年のベストアルバム10選には間違いなく入る作品だろう。

それでは各曲を見ていこう。

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Disc 1

#1「忘れられないの」。シティポップやAORに影響を受けたポップナンバー。スラップを交えた草刈愛美さんのベースが聴きどころだと僕は思っていて、特にベースソロが素晴らしい。

#2「マッチとピーナッツ」。見た目はポップなんだけど、聴けば聴くほど深層に連れていかれる曲がサカナクションには多い。この曲もそんな曲。マッチとピーナッツをモチーフにしてここまで深い曲を書けるのは山口さんの才能だろう。

#3「陽炎」。踊れるダンスロックナンバー。シンセもコーラスもキャッチーだし、山口さんが「かーげろう」と歌うところでコブシが効いていて、その斬新さにいつまでも聴いていたくなる。

#4「多分、風」。このシンセの爽快感は、まさに風。爽快感を感じる曲でも、爽快にさせ過ぎず、落ち着きも感じさせるほのかな暗さがサカナクションの魅力だよね。

#5「新宝島」。本作「834.194」の中でおそらく最も即効性があり、キャッチーな曲。僕が大好きな漫画『バクマン。』の実写映画版の主題歌でもある。漫画『バクマン。』はミュージシャンの漫画家を登場させて、そのおゲージュツ志向を痛烈に風刺していた。その『バクマン。』の主題歌に芸術志向のサカナクションの曲が選ばれるなんて、とんだ皮肉だと思う。しかし、サカナクションは芸術志向であるだけではなく、売れようとしているところが『バクマン。』の精神と合致していたのだろう。

#6「モス」。山本リンダやグループサウンズといった日本の歌謡サウンドに、トーキングヘッズのテイストを混ぜたとは、山口一郎さんがインタビューで言っていたこと。この曲のいう「マイノリティ」が感じる感情、分かる気がするな。多数派が好きな一つ目や二つ目ではなく、常に三つ目や第三極を探して好きになってしまうんだよね。

#7「「聴きたかったダンスミュージック、リキッドルームに」」。この曲のすごいところは、ライブハウスであるリキッドルームのフロアーをこの曲が揺らしているところを容易に想像できるところにある。リキッドルームよりキャパが多くても少なくてもいけなかった。リキッドルームのあのフロアーだからこそ快適に気持ち良く聴ける質感(スタジアム曲でもインディー曲でもない)の音だ。ちなみに、サカナクションは「NF」というイベントをリキッドルームにおいて何回か開催している。

#8「ユリイカ(Shotaro Aoyama Rimix)」。「ユリイカ」のリミックス曲。AOKI Takamasaや本作の彼Shotaro Aoyamaなど、日本ではあまり知られていない才能をフックアップするのも、サカナクションのすごいところ。

#9「セプテンバー 東京version」。打ち込みの音でも、人工的ではなくとても優しく感じられるのは、音に魂がこもっているからだと思う。魂なんて陳腐な言葉だが、他に説明の仕様もない。

Disc 2

#1「グッドバイ」。生と死の境界の世界から生の世界に行く覚悟を歌ったかのような曲。不確かな未来を行った先に待っているのは不確かな果実だからこそ、僕らは生きているのだ。MVもそのような世界観の作りだ。アコギのストロークが優しく感じられる。

#2「蓮の花」。「蜘蛛の糸」のモチーフが出てくるのは、山口一郎さんが太宰治からの影響を受けたからだろうか。ギターのカッティングが小気味良い。

#3「ユリイカ」。山口さんが「生き急ぐ」と繰り返し歌う、その歌いぶりが切羽詰まっているというよりも、生き急ぐのは自分の性質だからと悟っている感じが出ているのは、山口さんが達した境地なのだろう。「時が震える 月が消えてく」というのは、生き急いだ結果として時が流れる時の山口さんの実感なのだろう。「君が何か言おうとしても」、時は無情にも流れていく。生き急ぐ山口さんの静かで凛とした覚悟を感じ取れる曲だ。

#4「ナイロンの糸」。冒頭のウォータードラムの音色が心地良い。彼らの曲である「mellow」に類似したメロディラインがある。聴いていて気持ちよくなる箇所を早めに持ってくる曲は巷にあふれているけれども、彼らは美味しいところを後半まで持ってこない曲も多く作る。焦らされるのも、また楽しいのです。

#5「茶柱」。同じ音を繰り返すピアノの響きが茶道と通じる奥深さの深遠を感じさせる。

#6「ワンダーランド」。陽気なダンスミュージックに混沌としたシューゲイザーを混ぜた塩梅の曲。サビでとぐろを巻くシューゲイザーのギターサウンドが曲に一筋縄ではいかない複雑性を加える。最後はシューゲイザーのノイズにサウンドが覆い尽くされる。このアイデアに脱帽する。

#7「さよならはエモーション」。辛い別れにより、新たな光景を見るということをテーマにした曲。別れる相手はこの曲では明示されていないが、群れなす大衆だと捉えることもできる。僕はサカナクションの曲に、孤独であることの力強さや悲しみ、孤独であるからこその自由を感じ取ることが多いが、この曲にもそれらを感じる。最後の「ヨルヲヌケ アスヲシル ヒカリヲヒカリヲヌケ」の歌詞の雄渾とした合唱を聴くと心の内に力が湧いてくる。

#8「834.194」。神秘性あふれるインスト曲。ギターが遠くで鳴き、厳かなシンセが鳴り響き…。海のように聴こえるSEに東京から札幌までの距離を感じる。

#9「セプテンバー 札幌version」。東京versionではバスドラの打ち込みが印象的なエレクトロニカだったが、こちらはスネアの強打が印象的なエレクトロニカとなっており、ウワモノもリズムセクションもアレンジに大きな違いが見られる。
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「セプテンバー」では、「僕たちは いつか墓となり 土に戻るだろう」、「ここで生きる意味 捜し求め歩くだろう」と歌い、死を意識しながら生きる意味を探して歩き続ける彼らがここにいる。それは、彼らが札幌から東京に出てきた理由と重なる。

彼らは歩みを止めないだろう。音楽業界が自分の思うものではなくても、片耳が難聴になっても、自分の思う音楽のために進み続ける彼らがそこにいるから、僕らリスナーは彼らを信頼し続けることができる。

サラリーマンと変わらず、売れるためだけの曲を作るバンドが数多いる音楽シーン。その中で、自分たちの理想の音楽と求められる音楽を天秤にかけ、いつもギリギリのジャッジをしているサカナクションこそ、バンドシーンの良心、音楽シーンの良心だと思う。

Score 9.0/10.0

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