サカナクション『sakanaction』感想&レビュー(2013年アルバム)【過去記事再録】 | とかげ日記

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【日記+音楽レビューブログ】音楽と静寂、日常と非日常、ロックとロール。王道とオルタナティブを結ぶ線を模索する音楽紀行。

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●名盤!

期待を良い方向に裏切るサカナクションの最高傑作にして、10年代を代表するかもしれない邦楽の名盤の誕生である。

前作『DocumentaLy』は、正直、過去の作品の焼き直しではないかと思った。だが、今作は『シンシロ』の時のように、前作からの目を見開くような変化があった。

フロントマンの山口一郎は雑誌『MUSICA』のインタビューで、謙遜しながらも今作の位置付けをRadioheadにとっての『KID A』だとしていた。既存のロックを脱構築してみせた『KID A』ほどのインパクトはないとしても、サカナクションは今作で僕らの既にあったイメージを鮮やかに裏切ってみせた。

僕は今までサカナクションの音楽に対して、一つ一つの音やリズムが分離している印象を持っていた。「ナイトフィッシングイズグッド」のように、その分離が味になっている曲もあったが、優れた洋楽に比べると全体の音像は見劣りするように思えた。

だが、今作のサカナクションの音楽は、クリアでブライトで音の抜けが良いのと併せて、音色やリズムが全体で一丸となって音楽を構成しているのだ。その音楽は、サカナクションの濃密なアイデンティティにあふれるもので、彼らは新しいサカナクションのグルーヴを手に入れたのではないか。今作は山口さんの自宅にメンバーの5人が集まってレコーディングしたようだが、新しい音のレシピはそこで手に入れたのかもしれない。

『sakanaction』での彼らの音楽は、ディープに音楽の深淵を潜りつつ、外に向かって開けている。『シンシロ』も外に開かれた開放的なアルバムだったが、今作はディープ度が違う。

神聖かまってちゃんが生と死、正気と狂気、美と醜、ホーリーとグロテスクといった両極端な属性に引き裂かれる統合失調的な音楽だとすれば、サカナクションは両極端な属性を内へ内へ混ぜ合わせて太い幹の下で提示するバンドである。このアルバムは、鬱的なまでに内へ内へ掘り進んでいって、ようやく外に突き抜けた瞬間のアルバムだ。

山口さんが過去の『MUSICA』で保守思想に共感を示していたのは偶然ではない。保守思想って、大切なものを守り育てて一つの太い幹を作る思想でしょう? 神聖かまってちゃんの今にも崩れ落ちそうな危うい基盤の上にある音楽とは違い、サカナクションはがっしりとした基盤の上で音楽を作っている。

両極を混ぜ合わせること。今作では、サカナクションのそのアイデンティティがさらに進化している。インタビューによると、今作のテーマは、「表と裏」,「本能と学習」であるという。ジャケットの絵も「海と空」だ。

まず、共感と突き放し。共感しやすさもありつつ、聴く者を突き放す革新性があり、大衆性とアンダーグラウンドの要素が同居している。タイアップした4曲の分かりやすさや即効性もありつつ、他の曲ではよりドープな、音楽の深遠に近づくサカナクションを聴かせてくれる。

次にダンスとマニアック。自然と体が揺れ、本能的にダンスできる音楽でありつつ、学習で身につくマニアックな快感もある。タイアップ曲が聴きたくてこのアルバムを聴いた人をクラブミュージックやオルタナティブのマニアックな世界に誘いつつ、ダンスの部分は一段の進化を遂げている。

これまでは、サカナクションの音楽は歌詞の言葉あっての音楽だった。過去のミュージックマガジンのレビューにも似たようなことを書かれていた。歌詞を感情の入り口にして、僕らはサカナクションの深くて誠実な音楽の中に分け入っていったのだ。

だが、今作は日本語が分からない外国人が聴いても感情を揺さぶられるだろう。言葉自体が音楽なのだ、グルーヴィなダンスの言葉なのだ。

タイアップの4曲で初めて聴く人にいいなと思わせ、アルバム後半のディープな楽曲で音楽ファンをうならせる。
サカナクションファンにも、これから聴いてみようかなという方にもオススメのアルバムです!!

(この記事は、発売当時に書いた原稿を再録したものです。)