ラジオ!Yotsugi Busters!! -28ページ目

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孤独を通りぬけ

日本に帰ってきてから僕は明らかにこのブログの更新頻度が少なくなった。

それはもちろんここ日本での生活が孤独ではないことを物語っている。それははたしていいことなのか、それとも怠惰なのか。

あるドイツの哲学者は言った「孤独は知識の母乳である」と。

孤独に陥ると自分と向き合わざるを得なくなり、いろんな自問自答を繰り返し自分を知る、そして他人、果ては人間を知ることにつながる。

それがいわば知識たるものになっていくのだが。

それがない今は僕は怠惰な人間になりさがったのか?

何にせよ、孤独は人を狂わせるのはこのブログで再三述べてきた紛れもない事実である。

日本は出会いが少ない気がする…いやこのYotsugiという場所に問題がある気がする。

もしも僕がもっと都心よりの、せめて台東区とか、もっと言えば渋谷、新宿方面で生まれていたら状況は違っていただろう。

埼玉や横浜といった地域の人達は都心へのあこがれからみんながみんなぎらついてる気がする。やたらおしゃれに敏感だし。都心へ遊びに行きたがる。

日本へ帰国したら傾こうと思っていろんな女のコとのコネクションをキープし続けていたが帰ってきてみればみんな彼氏ができていたり、中には結婚をしてしまった人もいる。

急げ、ヤングオハラよ。いい女はどんどん人のものになっていく。孤独と童貞人生をこじらせたが故に生じたこの性欲の塊はその膨張の一途をたどるばかり。

いったい、世の中のカップルはどこで知り合いどこで結ばれるのか?

アダルトビデオを見るたびに思う。「俺の人生には何かが足りない」と。

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ウィリー、富士山に登る⑩

肝心の下山ゴールの前に携帯の電源が切れるという珍事。無事、帰宅しました。

今回ひとりで登ったため、写真を撮るとか風景を眺めるとか精神的な活動はせず、ただ黙々と肉体的な活動に終始してしまった。山ガールとの出会いも無かった。

「富士山に一度も登らぬ馬鹿、二度登る馬鹿」という言葉があるが、二度登る馬鹿はぼく。二度の登頂の結論としては、富士山とは“登る”ものではなく“眺める”ものだと改めて思った。一度目で気付かないから馬鹿なのだ。三度目はない。と思う。



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ウィリー、富士山に登る⑨

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ipodからレッチリの『By The Way』が流れ出すと、突然の豪雨が。

これがホントの富士ロック。

ウィリー、富士山に登る⑧

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2メートル先が見えない。

霧ってレベルじゃねぇぞ!

ウィリー、富士山に登る⑦

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霧で道を見うし、なう。

ウィリー、富士山に登る⑥

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下山中、なう。

ウィリー、富士山に登る⑤

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頂上。ゴミは、持ち帰ります。

ウィリー、富士山に登る④

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九合目。もはや、慈悲なし。

ウィリー、富士山に登る③

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八合目。六根清浄。