ヨーロッパでテロがあった…
アメリカでは人種問題での衝突…
戦争が終わったって言われているのは、多分一部の地域だけなんだろう…

日本も韓国や中国との間で色々問題が絶えない。
自身も戦争に動員された祖父から聞かされたが、戦時中とはいえ愚で恥じるべき蛮行はあったようだ…
しかも敗戦したのだから、ずっと言われ続けるのだろう…多分我慢し続けるしか無い。

晩年祖父は戦争について自ら多くを語らなかった、恐らく口に出したくなかったんだろう。
物事の勝ち負けや事例の正誤に感してもツッコミを入れる事も無く、静かに耳を傾けているだけの事が多かった気がする。
対して、当時まだ幼かった父は韓国や中国、米国への感覚は激しい。
野球やボクシング等勝負事にも激しくツッコミを入れ、時事を語る評論家が自分と違う意見だとテレビの前で激しく罵倒する。

まぁ周りが嫌な想いをちょっと我慢すればいいし、だから世の中が変わるわけでも無い…また戦争が起こるわけでも無いから別にいいのだろう。
世の中を主る役割の人にならなくて良かったと思う。

が、世の中を主る役割の人の中には同じ様な人がいるのではないか?
戦争を経験しながら今日も政治の中心にいらっしゃる方々…戦争を経験してない政治家が分かってるフリをして世の中を変えようとしています。
貴方達の政治家としての本当に大事な役割はこれからだと想います。
8月に入って実家に住み込みの介護から離れ、自分のマンションに戻って通いでのサポートに変わり、自分の生活も少し落ち着いて来た気がする。
ただ、父の突発性肺線維症は完治することなく確実に進行して行くので、いずれは次のステップへ行かざるを得なくなる…
その時までのお休みといったところか…

さて、自分は病院で働いているのだが、時々「んっ」って思うことがある。
例えば、ちょっと患者さんの事でわからないことがあり病棟にTELする「Aさんの事で聞きたいんですが…」てな具合に、すると…
「担当がいないのでわかりません、後でまたかけて下さい」って返される事は珍しくない。

まぁ担当じゃないから分からないのかもしれないが、ちょっと腑に落ちない感じが残り、スッキリしない…
そう、比較的若い方々に多い「自分にとって居ないのと同じ人は…とりあえず居ないことにしておく」という処理方法だ。

悪意はないし否定でも無い独特の立ち位置…
朝職場の外で顔を見かける…
職場の外はプライベートだから職場の人はいないのと同じ人…
だから顔を合わせてもとりあえず居ないことにしておく、挨拶もない…
この独特の処理方法は、ある意味非常に便利なのだが、時に誤解を生み相手を傷つけたり間違えを誘発していたりする気がする。

「まぁいいか」も同じ感覚だろうか…
優先席の寝たふりも…
狭い所のすれ違いも…

「自分にとって居ないのと同じ人は…とりあえず居ないことにして…」おかなくなった時、もう少し優しい世の中になるのではないかなぁって思うのは、おっさんの発想なのかもしれない…

明日も休日、その後…
また、あの独特な感覚に囲まれての仕事…

頑張ります^ ^
7月が終わろうとしている
来月からは父の介護は新しいステップに進むことになった。

我々は基本的に自分のマンションベースに動く事にして適時サポートする、泊まり込みは止めて夜は帰る事にした。
安定している今がいい時期なのだろう、勿論このまま寛解となることはなく再燃してくることだろう、それまでの休憩といったところであるか…

来週から私達の病院も夏休み体制になる、地方から来ている人達は地元に帰る人が多く人手不足になる…まぁ当然というところか、年数回位は地元に帰って家族や友人とゆっくりして来て欲しい。
残った人達は当然忙しくなるが、それはお互い様!
ただこの時期、忙しくなる現場に巻き込まれたくないのか、必ず振替休日をぶつけてくる輩がいる…
が、証拠が無いので嗜めることもできない
超過勤務代を抑えるため積極的に振替休日への切り替えを推奨している影響もあるのだが、夏休み、年末年始やメジャーな学会前後等必ずといって良いくらいやってくれる。
仕事は出来るし色々教え込んでいるから戦力なのだが、こうなるとストレスである。
まぁ一週間我慢して頑張るしかない、患者さんは待たせられないから…

今日は涼しい、髪を切ってリフレッシュして来ます^_−☆
今日は実家の近くの安売りスーパーに買い物に行った、あれこれ買いレジに並ぶ。

マニュアルどおりに店員さんがレジを打ち、「袋は如何しますか?」「ドライアイスは…」などマニュアルどおりに対応してくる。
こちらもマニュアルどおりの客を演じ、ポイントカードを出しマニュアルどおりの場所にお金を置く…一連の流れは問題なく行われ破綻することがない。

我々病院業界でも今家マニュアル管理された診療は当たり前に行われている、標準化された仕事は全てマニュアル管理出来からだ。
症状に応じて検査はセット展開され、病名や病期が決まればevidenceに基づいた標準治療が用意される。

スーパーでも病院でも…他の業界でも、マニュアルから外れたり人はどうするのだろう。
レジでクレームを叫ぶ客は…クレーマーとして変人扱いされるのだろう。
マニュアルにない患者、標準治療に該当しない患者は…ウチの病院では診れませんと言われ転院させられるのだろう。
マニュアルにない存在としてマニュアル管理された社会からは消去されるのだろう…

ただ本来客は、人であり人はそれぞれ異なった事情があるのでは…
そこを普段は我慢してマニュアルに書いてある人を演じているが、ある日我慢は破綻し爆発する事もある。
患者も同じ病気でも年齢や基礎疾患の有無で方針は変わる、実はこのあたりもマニュアル管理されているのだが、家庭の事情や経済的な問題、または宗教などの関係で普通でない事がある。
彼等を普通じゃない人として扱う事は如何なものか?

色々な主張をしてくるが彼等の言いたい事は「私は物ではない、人間だ」という事なのだろう。
自分を抑え我慢し、良い子を演じるというより例外にならないようストレスを溜め込む…
そしてある時想いが溢れ出す…
自分は人間だ!

自分が自分らしくあることを徹底的に否定するマニュアル管理社会において、多分この呪縛から逃れられる人はいないだろう

明日からまた仕事だが…
せめてそこまで患者や家族を追い込むことにならないよう、気を配れるよう頑張らないと…



先日月曜日が祭日だったので父のリハビリに立ち合う機会があり、訪問理学療法士の方がいらしたのだが、最近父の状態が非常に上向きな理由が分かった。

彼は父の体の事だけでなく間質性肺炎の病状や肺のコンプライアンス変化、投与されている薬の種類や薬効、我々家族の想いや恐らく予後転機までも理解した上で、非常に的確なケアをしてくれている。
しかも特別な器具等使用する事なく、自分の知識と経験、身に付けた技術だけで結果を出している、お見事としか言えない。
肺のコンプライアンスだけでなく体のキレ、体幹のスタビリティまでも改善されてきたから、父も上機嫌である。

涼しい職場で数十億円もする機械を与えられ、機械の性能にオンブにダッコ状態で診療して、治らなくても責められる事もない…
ヌルヌルの我々は反省しなければならない、見習わなければならない事だ。

おかげで来月から夜私達は自宅に帰れそうになった、精神的負担も軽減すると思う…
ただし「自分は」であり、妻には実家までの「通勤」という負担が発生する。
この上負担を上乗せする事が許されるのか?
妻は「え?仕事に行ってるのと同じじゃん」って…
でも自分は楽になる、自分は楽になるが妻の負担は増える。
恐らく我慢しての…
愚痴言っても何も解決しないと腹をくくっての…事なのだろう…

腹をくくり切れない自分は情け無いです。
情け無い自分は…
出来る事を一生懸命頑張るしかない、支えてくれる家族やスタッフへの感謝気持ちを忘れずに…

自分の知識と経験、技術できちんと結果を出せるように…