アレクサンダーテクニ―クという芸術(21)

「装飾音」から見る「大事なことを表現すること」

ATの実践から見る演奏家の世界

 

このブログでは、ATを基礎にしたクラシック音楽家としての世界を紹介しています

「大事なことを表現する」為に、クラシック音楽の歴史が培ってきたプロセスを紐解いてみましょう。今回は、「装飾音」についてです。

 

【装飾音は飾り!】

前回、ソナタ形式についてのブログでも書きましたが、大事なことを表現するには、それにまつわるプロセスが重要です。

ありのままに表現するというのは、実践には、一つの表現の中に色んなプロセス(エピソード)、色んなパターン、色んな記憶が詰まっている。

これを具体的に音に現す時、装飾音があることで「大事な音」が表現される。

英語では、grace note(優美な、飾り付ける音)(単音を表すことが多い)と、

Ornament (装飾品、飾り、置物)(複数音を表すことが多い)。

 

ただ、実際に表現するにあたって、

装飾が長々としゃしゃり出て、「大事なもの」が影に隠れている(Appoggiatura)こともあれば、

装飾が短くサラッと妨げることで「大事なもの」が見えてくる(Acciaccatura)こともあれば、

キラキラと装飾と「大事なもの」が行き来する(Trill、mordant)とか

「大事なもの」前に上下に動いたり(Turn)、

 

また、音の大きさ、強調度が

装飾が段々と重要度が少なくなり「大事なもの」が浮かび上がったり、

装飾がスポットライトを「大事なもの」に当てる為のお膳立てになったり、

「大事なもの」のあるべき所の前に、前置きとして装飾を施したり、

「大事なもの」があるべき所に装飾があったり

 

など、色んな方法で「大事なもの」が現れます。

 

【装飾音に重い役割を担わせない】

装飾音は、「大事なもの」が現れるまでのプロセスを表しているので、

その役割が上手くハマっていることが大事なわけです。

演奏する時に、ついつい、沢山の音を正しく出すことにエネルギーが使われて、

音符として書かれている音は間違いなく出ているのだけれど、

装飾になっていない。

という本末転倒、結果を求めてプロセスがなくなる現象(ATではend-gaining)も起こりやすいです。

 

そこで、頭を働かせて、音のバランスを考えたり、効果的に音を出すテクニックを磨くことはよくすることなんだけど

本来、音楽がどう動くかという観点が、自分の中から起こる体験と結びつかないと、

演奏家自身が心の底から納得して音楽を表現することにはなかなか結びつかないのです。

「どういう風に聞こえるか?」(見映え、聴き映え)を重視して、肝心の主となる音の流れが自分の内面から出るプロセスは不在になったり、

意図的に装飾音を小さく演奏することに注意が向いて、表面的な音は何となくバランスをとって聞こえるけれど、作為的で聴いていて気を使っているのが伝わってきたりする。

 

いわゆる技術を付ける経験はついてテクニシャン(技巧家)にはなれても、

音楽を自分自身から表現することにはならないことになってしまう

 

【新たな世界の体験】

だから、クラシック音楽の場合、昔の作曲家が付けた装飾音の音符なんかも、

「どうやったら効果的に音を表現できるか?」

って言うマインドが強くなりがちなんですが、

本来、作曲家が見た世界。作曲家の内から出てくるエネルギーや発想。

そこに自分の身を置いて、曲を通じて表現されるものを作曲家と共に体験することに時間とエネルギーが使われることは、演奏家の間でも見過ごされがちです。

 

「自分が音楽に使われている!」

自分の身を、心も身体も総動員して音楽の流れに任せる。

音楽によって「自己の使われ方」を体験する。

 

こう言う作業が、自分を変化させ、新しい世界に身を置くことに慣れさせ、

自分にとって「大事なもの」が浮かび上がっていく。

 

音楽活動とは、自分の成長と共にある姿なのです。

 

【経験値に価値を置かない】

この問題は、楽器や歌の初心者でも、経験あるプロの人でも同様に存在します。

新しい世界に身を置く。自分を飾らないで、正直に外の世界に応答するプロセスを体験していく。

そうした中で、装飾音の位置付けも自ずと決まってくるのです。

 

テクニックや上手く(「上手い」って言う定義は疑いの余地大有りだけど)演奏できることに良し悪しを付けるのではなく、

自分から始まるプロセスに身を置くこと、新たな気持ちで関わること。

自分の内面に潜む様々なものが外の世界と交流する。

これは、その人なりに、誰とも比べることができない「本来の自分」に如何に正直になって世界と向き合うか、という在り方が現れるプロセスです。

 

それは、「演奏する準備がどれだけできているか?」と言う尺度ではなく、

今、ここにいる自分がスポットライトにさらされ、隠しようのない自分を

恥ずかしがらずに、虚勢を張るでもなく、

全身全霊で「自分が使われる」ことに身を任すことなのです。

 

具体的にものを表現したり、社会と関わることで他人に働きかける時には、

装飾品も伴います。

肩書き、スキルだけでなく、マナーや気品ある態度、自分の服装や装飾品は、自分を表現するのに伴うものです。

 

これを、装飾すれば良いとするのか?

それとも、

自分のありのままを大事に表現するにあたり、装飾を施すのか?

 

自分のありのままを生きる選択がここにあります。

東京アレクサンダーセンター(TAC)では、自分に必要な飾りつけを、生活の中からも選択していく活動です。自分にとって、自分の成長にとって必要なものに目覚め、それを基準にしていく学習。体験したい方、是非、当センターのレッスン、ワークショップ、クラスにご参加ください。スタッフ一同お待ちしております!

 

 

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アレクサンダーテクニ―クという芸術(20)

「モーツァルト」から見る「大事なことを表現すること」

ATの実践から見る演奏家の世界

 

このブログでは、ATを基礎にしたクラシック音楽家としての世界を紹介しています

「大事なことを表現する」為に、クラシック音楽の歴史が培ってきたプロセスを紐解いてみましょう。今回は、「モーツァルト」についてです。

 

【モーツァルト?】

モーツァルトって言うと、天才作曲家のイメージが強いけど、

「じゃあ、何がそんなに傑出しているのか?」

と言われると言葉に表現できない人は多いのではないでしょうか?

 

彼は、小さい頃から神童と見なされ、ヨーロッパ各地を父親に連れていかれ、見世物の様に操られた経緯があります。

しかし、彼が18歳の頃、そういう父親とのしがらみを断ち切って、宮廷音楽家の地位を目指さずに、フリーランスの音楽として渡り歩いて、自分の道を探した経緯があります。親からの自立のプロセスがあったわけです。

 

映画「アマデウス」に現れる破茶滅茶なキャラクターと、自分を死に追い込む力との葛藤、レクイエムを作曲する過程で、彼の内面が音楽として具体的に描かれていく。

 

彼の音楽は、頭で作り出したものではなく、自分の全部が関わって自然発生的に創り出されたものであるという感覚を、彼の音楽を聴いていると浮かび上がってくる人も多いのではないでしょうか?

 

【オペラのアリアの世界】

「フィガロの結婚」「ドンジョバンニ」「コシファントッティ」

描いている登場人物は、愚かで、ドタバタして、醜態も晒します。

浮気するパートナー。未経験の性的欲求剥き出しの男の子。焦る愛人。

しかし、彼らがアリアで歌う世界は、どんな人でも同じような嫉妬や羞恥心や猜疑心など、誰でも持ち合わせていながら、心の中では色んな葛藤が起こっている。

そういう人間の在り方が、自然に描かれ、良いも悪いもなく、淡々と存在している。

そこには、人の生き方がありのままに描かれ、バランスをとって受け入れている世界がある。邪悪なことを考える自分も、他人もみんな、完璧なまでにあるがままに存在している。

一つ一つの行為や行動が許されるとか言うレベルではなく、

世界は動いている。みんな決して得ることのできない何かに触れようと祈って生きている。

こういう世界が存在するということは肯定的に捉えていると言っても良いかもしれない。

心が揺らめく。

でも、それだけ。そこに意味を見出すか否か?それは、各人の事情による。

そのくらい現実は現実として動いている。

 

心の世界を超えて、生きている!それだけ。

 

モーツァルトの世界に触れると、人間として生きてきた経験の全てが包括されて浮かび上がってくる

自分が生きているってどういうことだろう?

具体的な答えはない。でも、そこには無数の記憶や想いがうごめいている。

 

【芸術の大事さ】

「芸術性」とは、「真実の深さを提示する力」。

誰にでも潜在的に存在しているけれども、なかなかアクセスできない大事なものが浮かび上がる。

そこには、解釈の余地がない「現実」が描き出されている。

 

仏像を見ると、よくそう思わされる。

色んな表情が、見ている人の心の移り変わりと共に反映される。

でも、どういう感情を持っているかは、本来性から見ると、どうでもいい。

感情そのものより、そういうものを引き起こす根源の現実。

それは、存在している。

というか、存在していると生き生きと捉える状態にいる時、真実は生きている自分と深く関わっている。

 

FMアレクサンダー氏が鏡で自分の姿に向き合った時もそんな感じだったことが推測されます。

観察から得るもの(真実)は、こうした「感じ」そのものや具体的な「認知」というより、

こうした多様な変化を生じて、統合していく力が「自分」を動かしている感覚。

「自分」の真実の深さ。

これは、何を良くする為とかではなく、個体として「生きる力」。

 

舞台俳優として声が出ないという問題を解決しようとするより、

自分の真実に任せることで、声が出るということが「自分」の中から起こる。

そういう経験の積み重ねの方が、出来る出来ないで一喜一憂することより大切な世界がある。潜在的に。

 

だから、モーツァルトもFMアレクサンダー氏も、天才というレッテルをつけるのは自由だけど、そうやって「雲の上の人」みたいな印象を植え込むのも違う。

そうじゃなくて、私達の中に潜在的にあるものが、表に現れることを渇望して生きることは誰だって出来ること。

どうやってやるかはわからないけど、そこを試行錯誤して、自分なりの答えの出し方ができてくる。

100%じゃないかもしれないけど、そういう方向に取り組む。

 

ATの実践とは、そういう取り組みをしてきたATの歴史の中に身を置いて、自分なりの取り組み方を、周囲の影響を受けながら試行錯誤することです。

 

東京アレクサンダーセンター(TAC)では、ATの実践をする学習の場です。

ATの歴史に触れてきた経験ある教師達と共に学習環境を一緒に作りながら、取り組んでいます。興味のある方、是非、レッスン、ワークショップ、クラスにご参加ください。

スタッフ一同お待ちしております。

 

 

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「ワールドカップで日本代表を応援しよう」🇯🇵📣

と思う理由

〜ATの視点から〜じゃないかも!(笑)

 

【サッカーワールドカップ始まるよ!】

さて、今日6月11日(日本時間では明日午前4時)から中南米サッカーワールドカップが始まります。

ニワカファンでも、4年に一度の大会にワクワクして待ち望んできた方も多いのではないでしょうか?

 

この大会は、世界の老若男女、貧乏人からお金持ちまで、地球上の多くの人達が熱狂し、国のプライドを背負って戦う、特別な大会です。

 

だから、対戦相手も、みんな色んな人達の思いを背負って、自分の実力以上のものを出して闘ってくる。みんな真剣だし、本気です。

時には、暴動とかナショナリズムのぶつかり合いはあるけれど、スポーツを媒介にして、色んなお国の文化や生き方も反映されていて、他の文化に触れて理解を深める機会にもなっています。

 

だから、自国の選手達も、相手国の選手達の背負っているものの重さを知っているからこそ、リスペクトも生まれ、勝ち負け以上に大事な経験を積んでいく場になる側面もあります。

 

【日本代表に寄せて】

さて、私は、日本で生まれ育ち、日本の風土に育てられて今があり、

自国には強い親和性や自分の中で育んだ文化的価値を守りたい気持ちもあるので、

自然と日本代表をサポートし、彼らがどういうプロセスでこの闘いに取り組んでいるかにいつも興味を持ってサポートしてきました。

 

このブログは、基本的に日本語で日本人向けに書かれているので、

(翻訳して外国で読んでいただいている人もいるけど!)

私の日本代表に対する熱い想いは隠さず出てしまうのですが、

どんな魅力があるかをニワカファンの皆様(笑)とも共有したいと思います。

 

日本代表の圧倒的な特徴は、チームの団結力です。

森保監督も言っていますが、チームの為にプレーできて、チームの為に振る舞える選手を優先して使っています。

現日本代表選手以外にも、様々な国のリーグで活躍している優秀な日本人選手は結構いるのですが、招集されない理由はそこにあります。優先順位が異なるのですね。

 

そして、そこを基礎にして、各々の選手が、クラブチームでの活動の中で、個の力を最大限に伸ばす努力を積み重ねていく。だから、普段の活動はみんな日本代表の為に自然と位置づけられる。トレーナーや裏方さん達もこの流れの中で自分のできることを追求していく。

ボールコントロール、デュエル、攻守の切り替え、走る、90分間フルにスプリントをかけ続けられるスタミナ、連携、間の取り方、戦術理解、意思の共有、コミュニケーション、困難な状況での打開力。そして、選手どうしで、試合中の修正をし合う力。

こうした監督の要望を各々の選手が追行する組織である(トップダウン)と同時に

選手達が現場で起こる様々な現象に対処する力がチームの流れや方向性を作っていく(ボトムアップ)。

組織が流動的に一つの有機体の様になって動く。

 

だから、困難に対する適応力が高い。相手国にしてみれば、弱点を見つけにくい。

どう動くのか予測が難しい。戦略の上を見ているチーム。

 

こういう日本代表の流れを見るサポーター達は、その流れを後押しし、日本中を巻き込む力として日本代表に息吹を吹き込む。

そして、そういう努力が、世界の人々の目に留まり、自分達も自国の文化を大事に育てていこうという気持ちにさせたり、お互いの努力を称え合える土壌を作っていく。

この数回のワールドカップでも、日本サポーターの試合後のゴミ拾いが注目されたけど、スタジアムをありがたく使わせてもらって、勝手も負けても、選手達の最高の景色を見せてもらったことに敬意を示し、掃除をして帰ろう。そういう気持ちが自然発生的に起こることが、他国の人にも伝わる。

 

個人の能力は組織を動かし、組織は個人の力を最大限に活かして運営されていく。

そして、チームを支える国とか地球という単位での影響。

お陰様で、サッカーをさせて頂いているし、サッカーを見させていただている。

 

個人の能力も努力もみんな、大きな枠や流れの中で使われている。

そんな風景を日本代表のサポートをすると思わせられます!

 

【優勝に向けて🏆

日本代表は、今回のワールドカップで優勝を目標に掲げました。

それは、手の届かない理想ではなく、試合を重ねる中で、予測もできない人間の力が浮かび上がり、成長していく姿を含めて、現実的に見据えた目標です。

 

蓋を開けてみれば、予選敗退にもなりうるし、ベスト8の壁をやっと破った大会になるかもしれない。

でも、日本代表のサポーターとしては、優勝という目標に向かって最大限の力を発揮する選手達の姿を見る生き証人になりたい!

 

一つ一つの試合に、困難が訪れても克服していく勇士の姿を見たい。

日本代表チームが地球上の多くの人達の目の前で輝きますように!

お祈りしております!

 

ATの実践から、一人の日本人として見える風景を描写してみました。

「自己の使い方」が世界を変える!

東京アレクサンダーセンター(TAC)の他のスタッフは知らないけど(笑)、

サッカー日本代表の活躍が私達の生き方に影響を与えると私は強く感じています!

 

 

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「フェルマータ」から見る「大事なことを表現すること」

ATの実践から見る演奏家の世界

アレクサンダーテクニ―クという芸術(19)

 

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「大事なことを表現する」為に、クラシック音楽の歴史が培ってきたプロセスを紐解いてみましょう。今回は、「フェルマータ」についてです。

 

【Fermata】

イタリア語で「停留」「保留」の意味。

イタリアでは、バスの停留所のことをFermataって言う。

もともとは、曲の終わりに、

「これでおしまい!」

「永遠にこの世界の印象が残りますように!」

みたいな意味合いで最期の音符の上に乗せたサインなんだけど、

段々と、曲の真ん中でも、一つの局面に達した時、

ちょっと立ち止まって、振り返る時間に当てる為に付けられるようにもなった。

 

ソナタ形式について以前書いたように、

主題があって、展開した最後に、再現部に戻る前の振り返りで

今まで歩んできた道を走馬灯のように振り返る「カデンツァ」

をつける為に使われるようになってきた。

 

ATでは、「インヒビション」。

ちょっと立ち止まって、自分の歩みを再検証する時間と余裕を与える。

 

音楽には、そういう要素が組み込まれているんだな。

というか、ATのように「自分」が如何に使われているかに目を向けると、

音楽が自分の内面の活動とシンクロしている要素がそこここにあることに気付くと言った方が適切かもしれないです。

 

【Fermataの前はスローダウンする!】

ピアノをレッスン受けたことのある人は、ツェルニーって言う作曲家がいることを聞いたことがあるに違いない。

まあ、あまり有名な作曲家ではないのだけれど、音楽教育者としては、色んな人に影響を与えており、教則本を書いたり、音楽の分析とかには凄く長けていたようです。

ベートーベン、クレメンティ、フンメルに習った人で、

逆にベートーベンの甥とか、リストに教えたりもしている。

 

このツェルニーが言っていたのが、

「フェルマータの前には、リタルダントが伴う」

という法則。誰が決めたわけでもないとは思うけど、

通例として、その時代の音楽家はそう演奏していたことを

意識化して言ったのでしょう。

 

そうなんです。

停留する前には、自然と遅くなっていく。

突然停留するわけではない。

 

ATのインヒビションも同様で、

「はい、ストップしました!」

みたいに突然「やる」わけではないのです。

インヒビションのプロセスには、段々とスローダウンして本来の姿が明らかになる流れが起こっている。たとえ、それが凄く短い時間の中でも起こっている。

 

そう考えると、一度作られた音楽用語や表記記号って言うのは、本来の意図を失って形骸化するのだなと思わされます。

 

クラシック音楽の歴史は、自然に表現されるものと、それを表現する人間の陥る凝り固まった考えややり方に対する検証の歴史なんだな!

 

【ATの原理の扱い方】

このクラシック音楽の歴史から、ATは学ぶものはたくさんあります。

ATの原理とか、教え方とかは、本来、「自分の人間としての機能」

を賦活化して、使われていく為にやっているはずなのに、

いつの間にか、自分を狭める為に使われていく。

良かれと思ってやることが、実はドンドン的外れになっていく。

現実から離れていく。

 

そういうものを振り返り、もう一度、自分が何をしているのか?(又は、何をさせられているのか?)を検証する時間と余裕を与えることで、自分の内面にアクセスし、表向きに思ったりやったりしていることと、内面で起こっていることが交流し、統合していく作業が大事なことを思い知らされます。

 

まさに、これこそが、ATではインヒビションであり、音楽ではフェルマータという現象。この現象は、どうやって起こすかって考えているだけでは難しくて、

身体自体が体験したり、

心が開いて統合されていく気持ち良さが記憶として深く残ったり、

自分が一つなる感覚に戻りたい欲求が出てきたり、

とにかく、自分に矛盾なく、生きている充足感が根底にないと

「自分」を調整する力(フルにバランスをとって使われている状態に向かう)が発揮されることは難しいです。

 

別の言い方をすれば、本来的なものに戻りたい欲求は、私達人間にとって、理にかなった、自然のものなので、

そうでなければ、継続して取り組んでいく気持ちもなくなることになります。

 

東京アレクサンダーセンター(TAC)では、お互いに、本来の自分になる体験を積み重ねていく学習環境です。

ちょっと立ち止まって、本来の自分を振り返りたいけど、どうしていいかわからない方。私達と一緒に学習を進めていきましょう!

スタッフ一同お待ちしております!

 

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「音の高低」から見る「大事なことを表現すること」

アレクサンダーテクニ―クという芸術(18)

 

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「大事なことを表現する」為に、クラシック音楽の歴史が培ってきたプロセスを紐解いてみましょう。今回は、「音の高低」についてです。

 

【高いことは明るみになること】

低い音は、沢山の倍音を含んでいます。高い音の倍音は、低い音の中で抽出された倍音だけ選択されて構成されているので、色んなものの象徴として意識に登るものを表現する為に音楽表現の中では使われます。

 

オペラのアリアのクライマックスは、一番高い音で表現されることが多いですね。

「結局、こういうことなんだ!」

と主張し、周囲を圧倒する。周りは上を見上げて、口をポカッと空けている。

「そうか、心の中ではそういうことが起こっていたんだな!」

って周囲が感じる瞬間。

 

だから、豊かに広がる音で、強調されることが多い。

 

伝統的な教会音楽でも、女声と男声の混合のハーモニーでは、メロディーは、基本ソプラノ(上声部)。その後は、色んな高さのパートが交互に出てきたり、同時に出てきたりする(ポリフォニー)ことになるのだけれど、伝統的には一番高い音のパートがストーリーを語る役。

 

概して、高い音は、意識の上層を表し、低い音は無意識に流れている動きを表します。

 

【モーツァルトが見た世界!】

ところが、18世紀後半になって、ハイドンとかモーツァルトが現れると(古典派)、

ファンタジーの世界が表現されることが多くなっていきます。

心の動きが、自分の見ている現実から昇華され天高く昇っていき、純粋な光を放ったり、憧れのものが自分の手の届かない高い所にある感覚。

これは、フランス革命を含めた社会構造が、貴族社会から民衆の気持ちが優先になっていったプロセスと一致しています、きっと。

 

これを具体的な音楽表現として見ると、

音が上昇していくと共に、小さく輝く宝石の様な「大事さ」が、音が小さくなることで表現されたり、逆に、

音が下降していくと共に、運命の階段を降りていく様に、厳しい現実を突きつけられていく感覚が、音を大きくしていくことで表現されることが増えていきます。

 

【ベートーベンの世界】

ベートーベンは、クラシック音楽の歴史としては、よく古典派からロマン派への転換期を作った人だと言われています

でも、彼の作品の変遷を見ていると、歳と共に心の中の葛藤がドンドン色濃くなっていくプロセスが見られます。ロマン派になるというより、意固地になる加齢変化?

ピアノソナタも、後期の作品の方が、右手(高い音)と左手(低い音)を対比させて、ガンガン摩擦を生じさせる様なものが多くなっています。

もはや、音の高低を世の中の理不尽さとか、絶望に立ち向かう姿を表現することに使っている。

 

「もう、そんなに頑張んなくてもいいよ!」

って思うくらい戦う!何のためかわからないけど、目に見えない力に抗う。

「もっと光を!」って、自暴自棄になりそうな寸前のところで何とか生きている姿。

 

現代に生きる私達にも、このくらいの気概があればいいのにと思う所がある!(笑)

 

【心の動きの世界】

1810年代くらいから、メロディーの音の上下動に和声が複雑に絡まる様な音楽が多くなり(シューマンとかブラームスとか)、もはや、小さな心の動きの表現細かな感情の起伏や気まぐれな心の繊細さとかを表現する要素が増えていきます。

「それは君の事情でしょ?」

みたいに、その世界に入らないとついていけない。

ただ、ここがクラシック音楽の歴史の流れの中で起こる要素もあって、

すごく個人的な事情をどんな人にも起こる様な普遍的な世界として描いている傾向があるわけです。

ブラームスは、バッハ信望者だしな。

 

その他、和声はそれほど複雑ではなくても、不協和音をぶつけながら、物悲しさとか、心の傷を表現するショパンなんかもいる。

 

いずれにしろ、心の移り変わりが好きな時代。

 

【無機質の表現】

やっぱり、ロマン派的な流行は段々と飽きていく時代は訪れて、20世紀になると、

対照的に、音を無機質な殺伐とした無慈悲な現実を映し出す為の表現として使ういわゆる「現代音楽」も台頭するようになっていきました。

シェーンベルクの12音階を使って、調整(主音)がどこだかわからない曲作ったり、

効果音的な、音自体に対する感性を表現する様なメシアンとか、

概念的に音楽を表現し(conceptual art)、曲全体を一つのシステムとして扱う音楽も多くなってきた。

感情は揺さぶられないけど、興味ある試みみたいな。

 

だから、音の高低も、概念的だったり、自然音の模倣であったり。

 

【音の高低の意味】

まあ、私は音楽の学者ではないので、どこまで学者さん達の間で受け入れられるかわからないけど、こういう歴史的な変遷のプロセスの中で、現代に生きる私達が、大事なものを発見し、時代が変わっても共通する流れを昔の作品から読み取り、表現していく演奏家の姿があるわけです。

 

やはり、クラシック音楽が凄く価値のある所は、時代時代で、色んな人達が絞り出してきた「大事なもの」とその「表現方法」があって、

そのプロセスを体験しながら、今、ここに生きる「自分」が使われて表現していることが、ものの本来性とか、ひいては、「自分」の本来性を垣間見させてくれる。

 

これは、ATの実践も同じで、FMアレクサンダー氏から始まった一連の人達の作ってきた歴史を享受して、今の「自分」とは、どういう生き物なのかが体験される。

英語ではAuthenticity(本来性?)と言うけど、ものに携わるのには、その「もの」が成り立ってきた経緯に色んな宝物が散りばめられていることに心が開くことが大事だなと思います。

 

ATでは、means-wherebyと言っています。

私自身、世界のAT界の中では、決して多数派的な活動をしているとは言いがたいけれど、私を介してこのAuthenticity(本来性)を大事にしているつもりです。

独自の独創的なタレントとか、能力みたいなものに見えることは不本意なのです。

 

だから、AT界の人達とも、深く交流をして本当に大切なものをATの中から共に発掘する様にしたいと思っています。

東京アレクサンダーセンター(TAC)も、日本という独自の風土の中で、ATのAuthenticity(本来性)に触れながら、取り組みを進めていける学習環境を作るために創設されました。

ATに携わる人達でなくても、こうした活動に身を寄せて体験したい方に参加していただくことには大きな意味があります。

レッスン、ワークショップ、クラスに是非ご参加ください。

スタッフ一同お待ちしております!

 

 

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「ソナタ形式」から見る「大事なことを表現すること」

アレクサンダーテクニ―クという芸術(17)

 

このブログでは、ATを基礎にした芸術活動について紹介しています。

今回は、クラシック音楽家としての世界を紹介しています

「大事なことを表現する」為に、クラシック音楽の歴史が培ってきたプロセスを紐解いてみましょう。今回は、ソナタ形式についてです。

 

【12音階の世界】

一つの音(基音ド)の周波数が倍になると、基音のエッセンスを持った高い音(1オクターブ上の音、一つ高いド)になります。

そして、その間の音はどうなっているかと言うと、基音の1.5倍も基音の属性が結構色濃い音(属音、ソの音)になり、そんな関係性を辿っていくと大体12音に平均して分けてみる(平均律)と、どの音から始まっても、12音が同じ様な関係性の世界を作れる。

 

大体というのは、厳密には、ずれてしまうので、ある音を基準にして12音に厳密に分けてしまう(純正律)と、基音にまつわる和音には(調性)にはいいけれど、他を基音にするとかなり調子が外れるわけです。

 

まあ、それはともかく、この基音(ド)と属音(ソ)の和音「ドミソ」と「シレソ」(ソから始まるとソシレ)を中心に音の世界を作ることになりました。

もとは、紀元前6世紀の古代ギリシャにピタゴラスの音律としてあったものが、16〜17世紀になってから平均律が確立しました。

この歴史がなかったら、ジャズもロックもポップスも今の形で存在することはなかったわけです。クラシック音楽の歴史は凄いんだぞ!(笑)

 

よく学校の音楽の時間に「お辞儀」に使う(ドミソ)-(シレソ)-(ドミソ)というのが和声進行(コード進行)の基礎な訳です。ドを1とすると、ソはドレミファソで5個目の音。IとV。

だからお辞儀はI-V-I。

 

【I-V-Iの世界】

お辞儀に代表するように、基本姿勢(I)から頭と胴体を前に倒して(V)、元に戻る(I)。

重要なのは、基本姿勢から何処かに行って、戻ってくると、

「なるほど基本はここだったんだな!」

って感じる。

当たり前に思っていたものが、別の世界(次元?)に展開して、戻ってきた時、一回り大きくなって見える。

実家から外に飛び出して、また実家に帰ってきた感覚。

実家にいる時は、気張って色んなこと考えたり、やったりしてたけど、外の世界に触れて帰ってくると、気張らなくていい感覚になる。

朝、自宅で身支度して朝ご飯食べて、仕事に行って、帰ってくると、「ビール🍺!」

やっぱ家がいい!って言う感覚。

 

これを曲の構成に入れたのがソナタ形式。

曲の始まりは、

①「提示部」(I)

「あるところにお爺さんとお婆さんが住んでいました」みたいな登場人物の設定、家の紹介。

②「展開部」(V)

それが、発展し展開していく。スリリングな冒険。

「桃太郎は鬼を退治に行きます」みたいな展開。

③再現部(I)

冒険から帰ってきて、安堵し、本来はこう言うことなんだよね!という感覚。

「幸せに暮らしましたとさ」

 

本質的な現実は、一度冒険をして帰ってくる経験(プロセス)によって浮き上がってくる。(表現される)

「ソナタ形式は、人間の世界の生物学的な特性から来ているに違いない!」

(っと、有名な指揮者フルトウェングラーが言ってた。)

 

まあ、それどころかソナタ形式ができるずっと以前に、クラシック音楽の草分けのモンティヴェルディのオペラ「オルフェオ」なんかは、音楽のほぼ全てがI-V-I。

それで、全てのストーリー展開が起こっているんですな。

 

【大事なことを表現すること】

こう言う人間共通のプロセスが、クラシック音楽の歴史の中で無数に組み込まれている。だから、形式が生まれた経緯を演奏家は、心と身体、知性を総動員して体験することで、形式が持つ本質の表現が理解され、身体が反応し、感覚が磨かれる。

 

大事なことを表現することは、上記の例だと、本来性に戻った感覚(再現部)。

だから、ことさら強調したりしなくてもいい。

*大きい音でわかってもらわなくてもいい。

*こんなにすごいことなんだと色々装飾したり、ビブラートを仰々しくかけなくてもいい。

*間を空けて「これ凄いだろう!」みたいなお膳立てしなくてもいい。

 

大事なことが表現される為に必要なプロセスを人間として心の奥底から体験したり、感情の深さに触れたり、知性が磨かれたり、身体が奮い立たされたり。

そういう体験が自然と音楽として自分の中から現れる。

そういう体験を欲して、日々の生活や練習が淡々と行われる様になる。

 

大事なことを表現するプロセスは、自分の生き方の中にある大事なものに触れることにもなります。

 

ATの実践、「自分が如何に使われるか?」という尺度で音楽活動を見ると、

自分の接する音楽の世界が全く違った色で見えます。

 

東京アレクサンダーセンター(TAC)では、音楽家のみならず、様々な活動で、日常の他愛のない営みの中に、「自分が如何に生かされているか?」という視点で大事なものを表現し、享受する取り組みです。

自分が本当の意味で満たされる活動になるよう、スタッフと共に取り組んでいく学習環境です。興味のある方、是非私達の活動を体験してみてください。

お待ちしております。

 

 

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音楽は感情を表現するためにあるわけではない!

アレクサンダーテクニ―クという芸術(16)

 

【見た目を真似すること】

人には、色んな音楽家像があって、

①音楽に没頭している様に見えるのが「いいなあ!」と感じたり

②夢の世界に入っている様な表情をしている姿に感銘したり

眉間に皺を寄せて感情を剥き出しにしている演奏をワイルドでありのままを表情している様に感じたり

④100%力を込めて演奏しているのが素晴らしい自己表現だと思ったり

します。

 

これらとは対照的に、

①没頭している様に見せ過ぎて、見世物みたいになっているとか

②見せかけだけで、全然その世界が伝わってこないとか

③感情的過ぎて、逆にありのままの感情表現が削がれるとか

④緊張が高過ぎて、何を表現しているのかわからないとか

感じたりする人もいます。

 

【音楽はプロセス!】

なぜ、この対照的な印象ができるかと言うと、音楽が表現するものという「結果」を捉えているか、音楽が流れる中で浮かんでは消えていく「プロセス」に身を置いているかの違いが考えられます。

 

音楽が醸し出す「結果」に心が奪われると、

演奏家が没頭していたり、あっちの世界に行く様な表情をしたり、真剣にやっている様に見えたり、力の限りを尽くしている様に見えること(表面的な「結果」)に意味を見出し、肝心の「音楽」が何をもたらしているかという「プロセス」を体験しない。

 

音楽は感情を表現すると言うより、人間がある状況、ある状態に身を置くとき、どんな風に応答し、心や意識が揺れ、感情が変化し、どんな言動をするかという「人間の共通意識」を共有する所に、言葉だけでは表現できないプロセスが、音という出ては消えていく流れの中で起こっている。

西洋のクラシック音楽の歴史では、12音階というシステムを軸に、様々な世界の状態を醸し出す方法が定着していく流れの中で、作曲家や演奏家が変革を促し、「人間の共通意識」を色んな側面から光を当ててきました。

 

【演奏家の音楽表現のプロセス】

これを演奏家がどのように取り組んでいくかのプロセスを紐解いてみましょう。

演奏家は、「音楽」を中心に自分の身を置く体験を積み重ねていきます。

「音楽」があるがままに自分の中で起こると、自分の内面からジワジワと様々な変化が起こります。器楽や歌では、楽器や身体(声帯を含めた振動体としての機能)も、それに伴い自ずと働き始めます。

 

あたかも、楽器そのものが動いている様な感覚、

演奏家は、楽器が音楽を醸し出すプロセスを邪魔しないで必要に応じて動いている感覚。

観衆やコンサートホールも、自ずと音楽に共鳴するものとして存在する様な感覚。

 

音楽が全てが統合する為に働いている。

全ての要素が分離して存在していると同時に、何か目に見えない力が相互に働きあっている。

自分自身が一つに統合される。

楽器が自律性を持って一つの生き物の様に動き出す。

様々な感情の移り変わりが一つの統合された世界を浮かび表す。

世界が揺れ動きながら色んなものが吸収されて一つになっていく。

 

こう言うプロセスの一部に演奏家として、音楽と共に生きている自分のプロセス。

時には、音楽を感情に浸って体験することもある。

時には、色んな要素を分解して分析することもある。

小さな要素がすごく大事に思うこともある。

だけど、それは大きな流れの中にあって、自分の全ての体験が音楽を一つのものとして受け入れる方向に動いている。

 

自分も音楽も楽器も聴取も、相互関係の中で動いている。

ATの視点では、あるがままの自分が音楽の為にフルに使われている(自己の使い方)。

何かの為に(end-gaining)利用する為じゃない。

音楽を演奏するという表向きの活動の裏では、

生きているプロセスそのものに身を寄せている「自分」がいる(means whereby)。

 

音楽は感情を表現する為にあるわけではないのです。

 

東京アレクサンダーセンター(TAC)では、音楽活動のみならず、生活上の全ての営みが「自分」を一つに再編成しているプロセスに身を置きます。

私達の活動にちょっとでも興味のある方、是非、レッスン、ワークショップ、クラスを体験してください。積み重ねていくと見える風景を一緒に見ていきましょう!

 

 

 

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    8  9 10

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プロセスの真っ只中にいる!means-whereby の極意

~AT教師養成学校で学ぶこと(48)~

 

【誤解されがちのAT原理】

ATにおいて、means-wherebyという概念は、実践することで体験するものですが、

AT教師の間でも誤解が生じやすい性質のものです。

その理由は、AT教師自身もその体験が少なかったり、体験をしていても、自己流の解釈で歪んだものになることが多いからです。

 

ATの原理全般に言えることですが、AT体験を積み重ねて、自分を「心と身体の統合機能」として活動する経験値が少ないと、なかなか本来の意味でAT原理を捉えることは難しいです。

 

【means-wherebyとは?】

では、means-wherebyとは何かを見ていきましょう。

「means」 とは「手段」「プロセス」

「whereby」とは、「〜にまつわる」

つまり、物事が起こることに「ありのままの自分」が関わっている時、

プロセスとして見えてきたり、そのプロセスにまつわり影響しているものが同時にそして時間の枠を超えて「無数にあるなあ!」と見える世界にいます。

 

ものが起きると意識する前にも、ものが終わったと意識する後にも、

意識にも登らない無数のプロセスが入り混じって自分に意識を起こさせているなあ!」という感覚の世界

 

物事が変化し続けて、色んなものが意識に登っては消えていく。

諸行無常の響きを感じ取り、無数の見えない力が影響していることに気付いている。

 

そういう世界にいる時、「自分」も同じような状態にいます。

自分の内面では、自分の知らないものが常に動いて変化していて、

感覚が意識に登っては消えて、感情、イメージ、言葉、考えなどは、自分の内面での変化の中で、たまたま色濃く映ったものが意識に到達する感覚。

 

だから、自分と他人の振る舞い、感情、意見、印象などは、一つの結果として現れてくる。話し合っている時も、言葉以外の無数の影響をお互いに受けながら進行している。

そんな感覚です。

 

【means-whereby体験が導くもの】

ATを継続して実践していくと、つまり、「本来の自分」に少しずつ近付いていくと、means-wherebyの体験は、現象として起こります。

別の言い方をすれば、means-whereby体験は、ATの実践感覚の一つのバロメーターです。

「本来の自分」になろうとするんじゃなくて、なる。

無理をして結果を得るのではなく、自分にとっての無理なことがやめられていくと、「本来の自分」が遺憾なく発揮されていく。

 

そうすると、「自分」の基準が明らかになり、全存在として物事と関わるようになる。

自分にとって取るに足らないものに映るものに対しても、

自分を圧倒するようなすごい存在に対しても、

自分全体で関わることは変わらない。

 

どんなものにも、「自分」では計り知れない力が働いて存在している。

だから、自分を取り巻く制約や現実的な対応のできる限界も明らかになってくる。

 

【means-whereby体験のメリット】

結果として、物事や他人に対して寛容で、懐が深く、見上げたり見下したりしない。

平等に扱うこともできるし、物事の偉大さを受け入れることもできる。

人の顔色を見て、自分の在り方を歪めない。

自分の置かれた立場で出来ること、するべきことを淡々と行う。

余裕のある、達観した世界にいる。

 

こうした評価を周囲から受けるような存在になるでしょう。

同時に、畏敬の念で見られても、褒められても、

そういうプロセスも「本来の自分」は淡々と生きている。

世間の評価に惑わされない。

 

つまり、「自分」の中に矛盾を貯めることなく、停滞しても再び流れ続け、

外の世界と様々なレベルで関わりながら、変化、成長している。

 

まとめると、「自分」として生きていくことに何の疑問も感じない。

疑問を感じても、いつか解消されるという自信にみなぎっている。

特に、現代社会の文脈では、とても「生きやすい生き方」をしていることになります。

 

このように良いことばかり並べると、いいことしか起こらない印象を与えるかもしれませんが、自分に不本意なこと、不運なこと、不幸なことはどんな人にも降りかかってきます。

それでも、自分を嫌な現実、困難な状況にも心を開いて晒す。

そうすることで、「自分」が栄養を得て変化し、本当の意味で生きることができます。

 

どうですか?

アレクサンダーテクニークを実践したいと思いますか?

東京アレクサンダーセンター(TAC)では、初心者の方も、AT教師になりたい方も、AT教師も、みんなが同じ土俵に立って取り組んでいく学習環境です。

興味のある方、是非私達の活動を体験してみてください。

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「美しさ」の追求(ATの実践)

~AT教師養成学校で学ぶこと(47)~

 

【「美しさ」は価値がある!】

素朴で、飾り付けがなく、単純にありのままに現実を映し出しているものに対して、私達は、「美しい」と感じます。(美の定義)

また、それに伴い「いいなあ!」「大切だなあ!」「価値があるなあ!」という感情反応が起こることが多い。

なぜなら、「美しい」と感じる体験は、簡単に起こらないから、希少だからです。

いつも当たり前の様にあるわけではないからです。

しかし、同時に「美しい」ものに触れたい、「美しさ」を自分の中に見出したいという気持ちを持って私達は生きている。

「美に触れる為にどうしたら良いか?」

「どうしたら美に近づくことができるのか?」

そういう気持ちが私達の心の根底に流れています。

【「美」の追求】

それでも、「美」は自分の思う様には現れてくれない。

意図したり、つかもうとしても「美」は逃げていく。

だから、人間はいろんなことを試します。

*「芸術」という世界を形成し、「美」を追求すればきっと近づける!

*世捨て人になって、世間の求めるものから距離を置けば、きっとありのままの「美」の世界が見えてくる!

*自然に身を委ね、自分が欲することではなく、好むと好まざるに関わらず、あるがままでしかいられない自分を体験しよう!

*作為的に何もしない自分に戻ろう!瞑想したり、心を落ち着けると、何かを「やる」ことで見失っていた「あるがまま」が見えてくるだろう!

そして、様々なものを体験していく中で、ちょっと近づく体験が垣間見られる瞬間を得ることができる。自分が肩肘貼る必要がない、肩の荷が降りた感覚を享受できる。自然の中で必要に応じて対応する自分には、人の顔色を伺ったり、期待に応えようとすることもない自分がいることに気付く。

確かに、ある環境に身を置いて、自分のバイアスをかけずに、偏見を持たずに体験を積み重ねていくと、「ありのまま」に接し、「ありのまま」の自分になれる。

自分の内面に無理がなくなり、スッキリして、心の中が流動的に動き、様々なものが交流し合い、目に見えない多様な力が自分に備わっていることに気付く。

【「美」になる!】

しかし、リトリートとか、田舎暮らしから帰ってきて、現代的な元の生活に戻ると、次第にありのままの自分を失い、実体のない不安や悩みに苛まれ、

「ああ、こんなんじゃなかった筈だ!」

「もう一度、ありのままの感覚を取り戻さなければ!」

と思う。

ここで、結局、ありのままを体験できやすい環境に身を委ねているしかないか?

実生活でありのままの自分であることは無理なのか?というジレンマに陥ってしまう。

アレクサンダーテクニークの創始者FMアレクサンダー氏は、このジレンマを解消するには、自分自身の反応自体をコントロールできる「自分」、ありのままの「自分」が基準にならない限り、無理だということに気付きました。

【ATの特異的性質】

彼の場合は、舞台俳優として声を出すことができなくなったことから始まって、演劇の舞台という環境でも、普段の会話でも、独り言でも、声を出すことが「ありのままの自分」から始まっているかどうかに、基準を見いだすことにしました。すると、生活上の全ての活動にも、「ありのままの自分」が基準になっていることが重要であることにも気付きました。

それは、社会問題、教育、政治経済、文化などにも根本的な影響を与えていることにも気付くことになりました。

環境を変えることだけではなく、自分が今与えられた現状の中で、「ありのままの自分」が対応し続けること。

環境のせいにするのではなく、自分自身の内面で起こるプロセスの中にこそ、自分の「ありのままの力」があり、自分を様々なハードルを越えて、成長していく力が備えられている。

「自分を取り巻く刺激に対して、如何にありのままの自分が受け取り、消化し、対応していくか」に活路を求めました。

私達が、良い環境(定義が曖昧だけど!)に身を置くことを求めることはとても自然な生存本能であると同時に、常に良い環境にいることなんて不可能なことの方が多いです。

しかし、自分自身を規範にすれば、環境のせいにしないでありのままに生きていく自分になる可能性を秘めている!

人は恵まれない環境に生きていることも多い。でも、その環境の中でこそありのままの自分を作る力が芽生える可能性もある。

そこにこそ、人間として生きる共通の法則が見出されます。

ATの実践は、どんな境遇、どんな事情の人にも門戸が開かれています。

東京アレクサンダーセンター(TAC)の活動は、都会生活の中で生き抜く人でも、ありのままの自分を生きることができる可能性を体験してもらえる学習環境です。

生活に疲れているあなた!是非、私達の活動に参加してみてください。ATの継続的な活動が、きっとあなたの自己矛盾を解消してくれるでしょう。

 

 

 

 

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管楽器奏者のお腹のサポート!?

アレクサンダーテクニークという芸術(15)

 

【呼吸メソッド】

経験のある管楽器奏者の間では、自分の培ってきた奏法があり、

その人なりの試行錯誤の結果として、強固な意見を持っている人も多いので、

他のアイデアは受け入れ難いことは多いです。

 

それはきっと、自分の身体や心の在り方から見た時には、その人にとっての最適解であると言えるかもしれません。

同時に、その人にとっての演奏法の基礎を再検証してみると、

思いもよらなかった方法や捉え方が存在し、未知の表現力を発揮させる可能性も秘めています。

 

いわゆる演奏法としての「呼吸メソッド」というものは、前提が変わると、通用しないことが多いです。

 

【「管楽器を演奏する人間」になる為のプロセス】

管楽器奏者として「どの様に楽器と関わるか?」というプロセスには、

その人にとっての試行錯誤が含まれています。

またその中には、身体の部分的な緊張により奏法を保っていることもあります。

習慣的で自分全体の働きにマイナスに働く癖が、身体や表現の不自由感を形成することもあります。

 

この効果判定は、自分自身がしなくてはならないわけですが、自分自身の基準があやふやなことが多いです、

なぜなら、自分の本当に求めている演奏自体が未開拓だからです。

ありのまま自分から表現する経験が少ない。

もちろん、その為に必要な自分の在り方もわからない。

そして、心も身体も、本来の自分の表現方法に慣れていない。

 

だからこそ、試行錯誤が必要なプロセスなのです。

 

管楽器を演奏する心と身体作り。

これは、一生涯、試行錯誤のもとに形成し続ける作業です。

 

【無駄なことの指標】

それでも、ATの視点で見ると、この試行錯誤のプロセスで基準となるものはあります。

その基準とは、心と身体の統合が上手くいっていない時に現れます。

具体的には、息を止める緊張がかかることです。(首にかかる緊張とも表現されます)

 

その緊張とは、頭で考えて身体を筋緊張によって動かして変える行為です。

息を吸おうとする

息を吐こうとする

胸郭を広げようとする

お腹(腹腔)を広げようとする

肩を広げようとする

 

「〜〜しようとする」行為は、時には、やった感があったり、気持ちが良かったりしますが、実体のない空虚な気持ちが背後にあります。

 

では、どうしたら良いかというと、試行錯誤の中で「〜〜しようとする」行為を観察できる自分を作ることです。

同時に、「〜〜しようとする」行為を失敗とするのではなく、その奥にある力にアクセスするきっかけと捉えることです。

 

【身体の感覚を意識で捉えようとしない!】

「本来の自分」(心と身体の統合)が進んでいる時、身体感覚は、意識で捉えようとしない状態で自分の中に入ってきます。

逆に、意識で捉えようとしている状態は、頭が納得する為に身体のポテンシャルを削ぎ落としています。いわゆる自意識過剰の状態です。

 

「腹筋を使って腹腔臓器が下のスペースに生きやすくすることで、肺の伸長が起こり、大きく息ができる」という現象が起これば、空気をいっぱい使って、管楽器の音をコントロールできるという現象は、確かに整合性はあります。

しかし、これは、身体のニーズがあってやること。

管楽器を上手く吹きたいことと、本来の自分が必要だからすることと乖離してしまうわけです。

 

実際、この演奏法を実践している人はとても多いです。

しかし所詮、頭でやる行為は、作られた表現になってしまいます。

長く音が出せても、少ない空気で安定した持続的に口に向かって空気を供給できる様になっても、

心の中で起こる世界の変化を起こし、小さな動きが心を動かし、感情を揺さぶり、全存在に影響する表現にはなりにくいでしょう。

 

【身体の個々の機能が使われる感覚】

ATの視点から、管楽器奏者の奏法の取り組みを見ると、

「本来の自分」を形成する機会として、管楽器奏者になり、音楽作りのプロセスに自分の身を置くと捉えます。

つまり、「自分の成長」の為。

 

すると、管楽器奏者独特の心と身体のシステムが使われ、構築されていくことも明らかになります。

 

例えば、

*お腹を過度に緊張させる必要がない柔軟な呼吸が起こっている感覚

*何かを言おうとして言えない感覚(喉が詰まっている感覚)が解消され、喉が下がっている状態

*声帯が開いて自由に振動している状態

*口腔にスペースができ、圧力の変化を感じ取れる状態

*鼻腔のスペースができ、頭骸骨が共鳴する状態

*肩や腕の動きが独立して、呼吸が妨げられない状態

*一方向だけに表現する方向が固まらない状態

*演奏中の呼吸に無理な息継ぎが起こらない状態

 

身体の様々な部位の機能が妨げられず、自由に機能している状態。

この状態を形成するには、「本来の自分」を中心に、誤ったり、全身でそれを修正する力を自分の中に見出したりの試行錯誤のプロセスがあります。

 

だから、腹筋を鍛える筋トレもやってみればいい。

如何に全身全霊で、「本来の自分」を妨げないで、筋トレしてみて、

自分の管楽器演奏に反映するかを検証することも、一つの自分の成長のプロセスとすることもできます。

 

と言えども、「本来の自分」を基準にする活動には、ATの創始者FMアレクサンダー氏の辿った様な茨の道を歩むか、

彼のワークの集大成のエッセンスを中心にしたATの取り組みをするかしないと、

なかなか「本来の自分」の活動にはなりにくい側面もあります。

 

東京アレクサンダーセンター(TAC)では、「本来の自分」を中心に、自分の成長の為の活動に導く学習環境を提供しています、

興味のある方、是非、私達の活動にご参加ください。

スタッフ一同お待ちしております。

 

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