浴室 -16ページ目

「夜の蝶」
そうやってよく揶揄されるこの職業は、やはりその言葉があっているような気がする。

儚いし、脆いし、永遠に飛び続けてはいられない。

さなぎの期間、それはお客様との連絡のやり取りであったり、所謂自分磨きであったり。

毎日脱皮を繰り返しては、上手く飛べるように日々を重ねる。
醜い姿から綺麗な蝶になる為の努力をして、種を巻いては花を咲かせる為の努力もして、ほんの少し、ほんの少しの甘い蜜を吸うために、生きている。
ね、ぴったり。

煌びやかな姿には醜さが必ず隠れているから取り繕う。
笑顔も言葉遣も、振舞いも、全部その為でしょう。


でもこんな世界、わたしは嫌いじゃない。
縦社会も体育会系も厳しく煩いマナーも嫌いじゃない。

「魅せるわたし」
は、どこに行っても使えるもの。
使いすぎは、ある意味別として。


後は、人間観察が興味深い。
夜の社交場で毎日繰り広げられる、ドラマのキャストの1人であるはずのわたしは、いつもそのドラマをどこか遠くから眺めている――そんな気がしている。






―――零れ落ちたわたしを、大事に元に戻しても、昔の形には戻らない。

接着剤はあの頃のわたし。

それでもわたしは、あの頃のわたしを、大切に鍵をかけて閉じ込めようとする。

わたしが守りたい、あの頃のわたしには、何があるのだろうか。

「‥ぁ‥っ‥んんっ」
「ねえ、気持ち良い?ねえ、僕の‥気持ちい?」
「‥ぁっ‥気持ち‥いっ」
「良かったよ‥嬉しい‥」
「あっ‥‥‥」



――服を選んで、家を出る。
お気に入りのパンプスを履いて、玄関の鏡に向かって笑いかけた。

歯茎は決して見せない。
ゆっくりと、ただ微笑んで、自分が一番「良く」見える角度に合わせる。

鏡の中のわたしは、まるでどこかの貴婦人のような顔をしている――。


よく、作り笑顔は目が笑ってないなんて言うけど、そんなへまはしない。
わたしの商売道具は、そんなに簡単には壊れないはず。
わたしのことはわたしが一番判る。だってわたしはわたしのものだもの。
レンタルは喜んで誰にでもするけれど、本当のわたしは、誰にもあげない。



―――心の隙間、お埋め致します。


―――体の欲求、満たします。



これがわたしの仕事、誰になんと言われようともこれがわたしの仕事。

淋しさとか、虚言とか、虚勢とか、全部わたしは受け入れます。

あなたの一番望むことをしてあげるから、ね、わたしには、アレを頂戴?



「‥ようこそお越し下さいました」
頭を下げて、ゆっくりと微笑む。
先程の笑顔の成果は多分、完璧。
鏡に映る自分を少し確認して、席に着いた。


日本の一等地と呼ばれる場所、ここもわたしの夜の職場。
不気味に飾りたてられたシャンデリアも、女たちも、、勿論光の下では通用しない。
薄暗い店内が、怪しげな雰囲気を醸し出す。

医者、弁護士、政治家、代表取締役‥差し出される名刺を見ては、マスメディアから得た知識とリンクさせる。

言って良いこといけないこと。

一つ一つ丁寧に。お客様の言葉は一時一句逃しません。

観られて始まる世界。



―――わたしの顔つきも、もしかして少し‥変わってしまったのかしら?

疲れた

何に疲れたのか判らないけれど、多分心を売ることに疲れたのだと思う

売った分を取り戻すように潤いを求めるけれども、それはどこにもない気がする

人のストレスを吸収、昇華して、欲望と願望を叶える仕事ばかり

満足して頂く為だけに存在するわたし

重ねる言葉の薄さ、薄ら笑いに甘えた仕草、計算するわたし、わたしの言葉に満足するあなたたち

欲しい欲しい、望むものは提供させて頂きたいわ、ほらあげる