明治の助っ人外国人。戦後の明治ものミステリについて | mizusumashi-tei みずすまし亭通信

明治の助っ人外国人

 

前ブログでアガサ・クリスティ原作のドラマ『なぜエヴァンスに頼まなかったか』に触れたおり、併せて北森鴻『なぜ絵版師に頼まなかったか』に言及したが、せっかくの機会なので再読。外国人の水夫が殺害されて「なぜエヴァンスに頼まなかったのか」とのダイイング・メッセージ、実は「エヴァンス→絵版師」だったというもので、事件がほぐれていく。明治時代の初期写真師は絵版師と呼ばれることもあった。

 

明治政府は日本の近代化を急ぐために外国の技術者を招聘し、さまざな分野での改革を急いだ。北森鴻は医学に貢献があったベルツ博士と、ベルツの書生・葛城冬馬のコンビで『絵版師』を書いた。各短編ごとにさまざまな助っ人外国人を登場させ、明治ものミステリを構成していて愉しませてくれる。

 

坂口安吾:明治開化安吾捕物帖(1953)日本出版協同株式会社

表紙絵:木村荘八

 

坂口安吾:明治開化安吾捕物帖(1983)六興出版

 

戦後の「明治ものミステリ』を展望すると、やはり昭和25年10月から全20話「小説新潮」に連載された坂口安吾『安吾捕物帖』の存在が大きい。勝海舟を脇役にすえ、難事件が起きると主人公の結城新十郎と推理合戦を競わせては、海舟が敗北するという二枚目役を演じさせている。幕末明治の大立者勝海舟を嗤い者にするという設定は戦前では恕されなかっただろう。

 

そして、このジャンルを発展確立させたのが山田風太郎の「明治ものシリーズ」で、以降の明治ものミステリは、その風太郎の手法を踏襲している。49歳で亡くなった北森鴻の晩年?は、そうした歴史ミステリを手がけるようになっていて、期待していただけに、かえすがえすも北森の早世が悔やまれる。