Thin Lizzy
ベース兼リードボーカルのフィル・ライノット率いるシン・リジィは1983年に解散してしまった。
シン・リジィは、よしんどの親友のKC君が思い入れの強かったバンドで、一度は見てみたい、とよく言っていたバンドだった。
数多くのすばらしいギタリストが参加した事があるバンドで、よしんどの好きなゲイリー・ムーアやジョン・サイクスなどがギタリストとして参加していたことがある。
ところが、1986年にフィル・ライノットが36歳の若さで死亡してしまい、KC君はかなりへこんでいた。
「あー、もうシン・リジィは見ることができないんだな・・・。」とすごく残念がっていた。
それから10年後、1996年に元メンバーのジョン・サイクス、スコット・ゴーハムが核となりシン・リジィの名前で活動を開始した。しかも、来日もすると言う。フィル・ライノットの追悼を兼ねての活動だった。
よしんどとKC君は、いてもたってもいられず、即チケットをゲットした。
コンサートでは、フィルの代わりにジョンがリードボーカルだった。フィルがいないとはいえ、残りのメンバーは確かにシン・リジィ。絶対に生で聞くことはできないと思っていたシン・リジィ。本当に感激した。
コンサート終了後、ホテルへの帰り道、二人とも何故か涙を流していた。それは、コンサートが素晴らしかっただけに、逆に「フィルはもういない」ということを改めて実感させられたからだ。フィルの存在がいかに大きかったかを噛みしめていた。
「フィルがいたらどんなに素晴らしかっただろう・・・」と二人は思っていた。
100日のお祝い
5月に生まれたT家の女の子の赤ちゃんが、100日のお祝いをした、ということで、よしんど家に一家で顔を出してくれた。
あれから、もう100日もたつのかあ、時のたつのは早いなあ、と、しみじみ思いながら赤ちゃんをまじまじと見た。
首もすわって、抱っこしても安心。抱っこされてれば、落ち着くようでよしんどが抱いてもなんともない。
順調に体重も増えているようで、本当に子供の成長の早さに驚かされる。
毎月1回のペースで、会っているが、会うたびに顔が少しずつ変わっていくのがわかる。
お母さん似かな、と思えば、お父さんに似てるかなという時もあり、とても不思議。
最終的にはどんな顔立ちになるんだろう。
そんなことを考えるだけで、幸せな気持ちにさせてくれる。
くるくるしたきれいな目で見られると、どうしても、よしんどはニカッとしてしまう。
また、会うときはどんな風になってるのかな?
Journey
よしんどが、ジャーニーというバンドを知ったのは1981年の「エスケイプ」というアルバムが最初だ。
このアルバムは「ハードロック」のエッセンスと「ポップス」のエッセンスが、とても上手くブレンドされている傑作だと思う。
なかでも、「オープン・アームズ」という曲は、当時も大ヒットになったし、後にマライヤ・キャリーがカバーしたり、日本でも「海猿」という映画の主題歌にもなったり、とにかく名バラードである。
1983年に出た「フロンティアーズ」というアルバムからも「セパレイト・ウェイズ」という曲がヒットし、大物バンドの仲間入りをした。
よしんどは、某国営放送の「ヤング・ミュージック・ショー」で武道館公演を放送したので食い入るように見た。
とにかく名曲揃いで、どの曲も「捨て曲なし」のすばらしいライブだった。ボーカルのスティーブ・ペリーが、本当にすばらしい声・歌唱力の持ち主で圧倒された。
もちろん、他のメンバーもすばらしい演奏力で、より歌をひきたてていた。
よしんどは、すぐに影響され、「セパレイト・ウェイズ」を当時参加していたバンドでやりたい、と提案し、チャレンジしたものの、ボーカルが「これ、キーが高すぎて歌えねえよ。」とギブアップしたため、泣く泣くあきらめた思い出がある。
ジャーニーの成功の後、ナイト・レンジャーやボン・ジョヴィなどの「「ハードロック」と「ポップス」を、上手くブレンドさせたバンド」が増えた気がする。
ジャーニーは一度解散したが、1996年に再結成した。その後はメンバーチェンジがありながらも、現在も活動中である。がんばってくれい!
お母さんの友達
毎度おなじみの、よしんど家、T家、N家、「3家」の「女子部」(奥さんたちだけの集まり。平日だと旦那たちは集まれないので。)のお茶会が、先日あった。
女子部の会の時といえども、子供たちは、みんなが揃ってるので、U君をリーダーに家庭用プールで遊んだり、水鉄砲で水の掛け合いをしたりして遊んでいたそうだ。
N家のK君は、一人っ子なので、T家の子供たちといると、遊び相手ができるので、グーンとテンションが上がる。
ただ、K君は一人っ子の悲しさからか、からかわれることに慣れていない。
たとえばK君が「水鉄砲貸して!」とU君に言っても、U君がからかって「貸さないよーん」と言ってK君をイジると、イジられることに慣れてないので、ベソをかく。
T家の次男のT君(K君の方が1歳年上なのだが)にもイジられると、やっぱりベソをかく。
よしんども一人っ子なので、K君の気持ちはイタイほどよくわかる。
一人っ子は、普段、家族の中ではイジられることはないからなあ。
でも、それを乗り越えてこそ、男の子。がんばれ、K君!
そうこうしていると、そこにU君の学校の友達がU君を誘いに来た。
U君が玄関でその子とやりとりしてたので、そのまま遊びに行くのかなあ、と思っていたら、U君がスタスタと戻ってきた。
「遊びに行かないの?」と聞いたら、「お母さんの友達が来てるから、また今度ね!って断った。」そうな。
「学校の友達の誘い」より「お母さんの友達が来てること」の方が大事らしい。やっぱり、すごい話だ。
それにしても、さすがにU君も学校の友達には「僕の友達が来てるから」とは言えなかったようだ。
その意味を説明するだけで、長くなっちゃうもんなあ。
VAN HALEN
やっと出てきました大御所が。
よしんども聞きまくりましたよ、ヴァン・ヘイレン。
でも、ギターの演奏については、エディ・ヴァン・ヘイレンからの間接的な影響はあるにしても、直接的な影響は、あんまり無いと思っている。
あの、とんでもないタッピングは練習はしてみたものの、すぐ挫折しちゃったし、ギターフレーズも、よしんどはもっとブルージーな方が好みだし。
ただ、デビューしたときの衝撃はすごかった。本当に、エディ・ヴァン・ヘイレンの登場によって、ギター奏法の革命が起きたと思った。「ブラウンサウンド」と呼ばれるギターサウンドもものすごい。
ただ、奏法がトリッキーすぎて、よしんどはちょっと・・・。
やっぱり、マイケル・シェンカーの方が好みだったなあ。
ファンの人たちは、ボーカルが、デイブ時代とサミー時代とで好みが分かれると思うが、よしんどはそれぞれ2つの別のバンドだと思っている。
だから、どっちの時代がいいか?と聞かれても困ってしまう。
ただ、いい曲を書き、時代をリードし続けてきた、というのはすごいと思う。
よしんどが実際に見たのは、ゲイリー・シェローンがボーカルの時だけだが、デイブ時代とサミー時代のどちらの曲も歌ってくれたのは、嬉しかった。
サミーはデイブ時代の曲をほとんど歌ってくれなかったから・・・。
去年、デイブをボーカルにして再結成したヴァン・ヘイレンだが、ファンの人たちは好意的なようだ。
ただ、これもいつまで続くかなあ、という不安な感じがするのは、よしんどだけか?
できれば、現メンバーでいいから、安定してずっと続けて欲しい。
もしかしたら、ヴァン・ヘイレンの新しい歴史が、これから始まるのかもしれないから。




