Billy Sheehan
「Blue Note」というジャズクラブを知ったのは「ビリー・シーン」のおかげである。
あの「Mr.Big」のベーシストのビリー・シーンである。
最初、ビリーの演奏を聴いたときは、どこの星からきたのかと思うような超人的な演奏に驚いた。
早弾きギター・プレイヤーと言われるギタリストと全く同じ早さでベースを弾く。複雑なタッピングプレイ。親指以外の4本の指を使ったフォーフィンガー・ピッキングによる超早弾き。
まさに「リードベース」ともいえるスタイルを実現していた。
ビリーは1996年にMr.Bigが活動休止したときから「ナイアシン」という「ドラム・ベース・キーボード」のトリオのバンドでも活動している。
1998年に、関西在住の「よしんどの後輩」から彼の結婚式に招待された。その結婚式の前日に、当時の「ブルーノート大阪」で「ナイアシン」のライブがあるのを知った。それで「こりゃ、いい機会だ」と見に行った。よしんどは、そこで初めて「ブルーノート」でのライブを経験した。
店内に入ると、ステージと客席が「めちゃくちゃ」近い。「あの」ビリー・シーンが、本当に手が届きそうなぐらいの距離で目の前にいる!
その距離で、ビリーの超人的なテクニックで生み出されるプレイを見た。圧倒的な演奏で、もうそれだけで、十分満足だった。
ライブが終了し、さあ、ホテルに帰ろうか、と出口に向かおうとしたら、聞きに来ていた人たちが楽屋の前に一列に並び始めた。
「何だ、何だ?並ぶと良いことあるのか?」と、よしんどもとりあえず並んでみた。
しばらく待っていたら、店のスタッフが楽屋に声をかけた。そうしたら、バンドのメンバーが出てきたではないか!
突然の出来事に呆然としていたら、メンバーが1人ずつ握手やサインの求めに応じていた。
そのうちに、半分パニック状態になっていた、よしんどの順番がきた。
初めて間近で見るビリー。何を言っていいかわからなかったが、「今日は素晴らしい演奏でした」と一応英語で話したら、「サンキュー」と言いながら、「でっかい」手で握手してくれた。
まさか、こんなことになるとは・・・。ビリー達のサービス精神に感激した。
それから、よしんどの「ブルーノート好き」が始まったのだった。
Blue Note
ここで紹介するのは、ジャズクラブの「ブルー・ノート」のことだ。東京と名古屋にある。
以前は大阪にもあったが今は別のジャズクラブになっている。
ジャズクラブといっても、ジャズのライブ演奏ばかりが行われているのではなく、ブルース、ロック、ポップスなど、幅広いジャンルの音楽の演奏が楽しめる。あの矢沢永吉や忌野清志郎も出演したこともある。
ここの最大の利点は、「間近で」海外・国内の有名ミュージシャンの演奏が聴けることである。収容人数は300人程度で、普段はホールでコンサートを行っているようなミュージシャンが、まさに目の前で演奏してくれる。さすがに料金は高いが、それだけの価値があると思う。
よしんどの場合、有名ロックミュージシャンが出演するときに出かけることが多いが、ジャズクラブといっても、あまり堅苦しい雰囲気ではなく、お客さんの服装は様々。よしんどが行くような出演者のときは、ドレスアップしている人もいれば、Tシャツ・ジーンズの人(よしんども)もいる。
ジャズクラブというと堅苦しい感じがするが、割と気軽に入れるので、よしんどはお気に入りである。
「いい音楽とビール」さえあれば幸せな、よしんどにとっては料金が高いことをのぞけば、素晴らしい場所である。
よしんどが大学に進学したわけ
このブログの至る処に「大学の時の・・・」とか、「大学の仲間たちが・・・」というフレーズが出てくるが、実はよしんどは高校の時は「就職希望」であった。
実際に、公務員試験も受けたし、就職活動もした。ただ、試験には合格しなかった。
そもそも、大学に進んでまで勉強することが嫌だったし、勉強したい学科もなかった。
はっきり言って、早くお金を稼ぎたかった。
その頃、「家の家計は火の車」寸前だったので、進学するとすれば、地元の国立大学しか無理、とも親から言われていた。地元の国立大学には希望する学科が無かったので、よしんどは、悩んだ。
ただ、不思議だったのは、大学の受験勉強は、なぜかしていた。きっと、どうにもならなかった場合の逃げ道を作っておこうと思ったのだろう。
公務員試験に落ちて、進路に迷っていたとき、東京の大学に進学していた「いとこ」が、よしんどにこういった。
「よしんどには欠けているものがある。それは、世の中にはいろんな人がいて、考え方があって、自分が知らないことがいっぱいあるということを知らないことだ。その事を知るためには、数多くのいろんな人に出会って実感することが必要だ。とにかく大学へ行って100人の人に会ってこい。そうすれば、俺の言いたいことがわかる。」
よしんどには広い視野が欠けている、他の人の意見を受け入れるだけの気持ちの余裕がない、ということなのだ。
よしんどは、その「いとこ」をすごく信頼していたので、そのアドバイスだけで大学受験を決めた。
就職希望なのに大学の受験勉強をしていた事が、ここで生きた。大学に合格したのである。
大学入学後は、勉強よりも友人・知人作り、他県の大学生との交流に一番力を入れた。「いとこ」のアドバイスの本当の意味を知りたかった。
そのおかげで、大学時代から20年たっても、大学時代と変わらずにつきあえる仲間たちを得た。それが、「いとこ」の言いたかったことなのだと思っている。
あらためて・・・「TOTO」
このブログを始めたときに、一番最初に取り上げたテーマが「TOTO」というバンドのことだった。
その時は、よしんどと嫁さんのなれそめだけで、終わってしまったので、今回はよしんどの理想のバンドとしての「TOTO」を紹介したい。
このバンドの最大の特徴は「どんなジャンルの曲でも演奏可能な知識と技術を持っていること」だと思う。
ポップでジャズっぽい曲からハードロックまで、とにかく「音楽の引き出し」を、メチャクチャ持っている。
「よしんどの音楽の引き出し」は「TOTO」を聞いて身につけたものがほとんどである。
彼らの全盛期に生まれた「アフリカ」「ロザーナ」といった曲は彼らのポップな面が上手く出たものであろうし、同じアルバムに入っている「ラヴァーズ・イン・ザ・ナイト」などはハードな面が出たものだろう。
次に上げるのが、よしんどが初めて「TOTO」のライブを見たときにびっくりした、すさまじいまでの「演奏力」である。
メンバーそれぞれが、ひっぱりだこのスタジオミュージシャンだったこともあって、もともと優秀なミュージシャンの集まりなのだが、一緒に音を出すタイミング、曲を終わる時のタイミングが全くズレない。
バンドは複数の人間の集まりなのだから、多少のズレは普通あるものだが、「TOTO」には全くなかった。
ライブで最初の1曲を聴いて、よしんどは「すごい!凄まじいくらいに上手い!」という思いに圧倒されていた。
このバンドが、基本的には「同じ高校の先輩・後輩の集まり」というのだから恐れ入る。(どういう高校やねん。)
よしんどにとって理想のバンドとは、まさに「TOTO」そのものだった。(ルックスはちょっと・・・だが)
メンバーそれぞれにどういういきさつがあって、解散となったのかはわからないが、「30年もの長い間「TOTO」を続けていた」、ということだけでも、十分価値があることだ、とよしんどは思う。
入学式
よしんどの嫁さんの一番上のお兄さんの長女(姪っ子にあたる)が、今日、入学式を迎え、大学生になった。おめでとう!(パチ、パチ、パチ)
「9月に入学式?」と思うかもしれないが、彼女は2週間前までアメリカに住んでいた。いわゆる帰国子女である。なので、9月入学となる。
今やすっかり「おねえちゃん」になった彼女は、今回帰国したら「ピアス」をしていた。
全然、そういうの興味なさそうだったのだが、おしゃれにも気を使う、一人前の「女性」になったのかも。
彼女の大学の講義は、基本的には、全編英語で行われる。
よしんどだったら、それだけで真っ青である。
まあ、彼女はこれまで、英語で生活してきたのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
とにかく、講義も大事だが、いろんな経験・社会勉強をし、すてきな「レディ」になって欲しい。
それから、「大切な仲間たち」をたくさん作って欲しい。
よしんどは大学時代に得た「仲間たち」に支えられながら生きている。
何年かぶりで会っても、会ったとたんに、「あの時代」に戻ることができる。
あれから20年以上もたつのにね。
彼女が帰国してからの2週間、よしんどは「親代わり」になったようだった。
姪っ子でこんなに大変だったら、実の娘だったら考えられないくらい大変だろうなあ。
卒業までいろんな事があるだろうけど、よしんどたちがついてるよ!
がんばれー!
(おまけ:車の免許も取りましょうね・・・。)




