1️⃣✨🔯【2024年7月06日(土)】西宮市の念仏寺にて、午後7時から9時まで、土井紀明先生の聖典講座の御縁を頂きました。
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🔷【後半】
【清森質問】

先ほど多田鼎先生のことを教えて頂きましたが、途中から、清澤先生から離れたと聞きました。同じ真実の信心でもぶつかることはあるのでしょうか?

【回答】

多田鼎先生は、清澤先生から、教えを聞いておられて、清澤先生はよく「一切は如来のなさしめたまうなり」というような教えを説いておられた。
みんな如来のご恩である、如来のお陰である。ところが子供さんが亡くなった。如来のご恩と思えなくなった。それで説教ができなくなった。受け止められなくなった。
今まであちこちで説教をして『正信偈講話』まで本を出していたけど、群馬県にいった時に、そこの住職に「もう説教ができなくなった」住職から、偉い叱られて、出版社に行って、
「あれは間違っていた、みな回収してくれ」と言った。
私はここは凄いと思います。物凄く誠実だと思います。信心が崩れてしまって、気が狂う寸前までいったと佐々木蓮麿先生が言われておりました。

佐々木蓮麿先生は、多田鼎先生から、非常に一番信頼を受けていた。愛知県にいたけど、千葉の方にあなた行ってくれ、と頼まれるほど信頼を得ていた人です。

非常に行き詰まった時に、ある朝、ご飯を食べようと思った時に『我が名をとなえよ』と聞こえた。これは小さい時から知っていたこと。これが始めてのように聞こえた。そうか!と感激して、それから本願のいわれを徹底的にいわれるようになり、それから、清澤先生の本を読むと、お念仏を説いていないし、これは違う!と思って離れるようになった。

勿論、この時は、清澤先生はとっくに亡くなっておられる。そこは私は別に批判する必要はないと思いますけど。多田先生は非常に誠実な方です。自分を誤魔化さない。多田鼎先生の影響を受けた人は沢山おられます。

佐々木蓮麿先生も、多田鼎先生に対しては、やっぱり、ここはどうかな?というところがあるようです。
佐々木蓮麿先生は、多田先生、そのままということではない。

清澤先生は、40歳で亡くなられたので、称名についてはあまり言われていない。
しかし、三重県に村田和上という人がいて、高田派の人です。聖者と言われた人です。
七里恒順、村田和上、といって双璧だった人です。非常に影響を与えた人です。
その人はいつも念仏をとなえていて念仏三昧の人でした。多田先生が自分の足で訪ねていったのはこの人だけです。
回想して、あの人は本物だといわれたことがあります。

それから、住田智見という人、同朋大学を最初に創立した人で、偉い人で生涯、独身を貫かれた。
伝統教学をしっかりと学ばれた方で、その人が若い時に清澤先生に行きまして、
「どうも私は、信心が中々、獲られない」と言った時に、清澤先生は、親鸞聖人は、
「ただ念仏して弥陀に助けられ参らすべし、とよき人の仰せを信ずる他に別の子細なきなり」
これだけなんだ、と言われています。
ちゃんと信心とは、こういうものだ、ということを住田智見氏に言われていることが、記録に残っています。

清澤先生は自分で、しょっちゅう、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と称えていた訳ではない。称名念仏との関係はあったと思います。

暁烏先生がいつも南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と称えていた時に、清澤先生が、念仏を一回、やめなさい!といわれたことがあるそうです。
清澤先生は念仏を否定されているようには思わないです。一人一人、対機説法でいわれていると思います。

清澤先生の教えと本願念仏の教えとピタッと一つになるということは大事なことで、一つに生きた人が佐々木蓮麿先生です。
その他の人は私は、よくは知りません。

佐々木蓮麿先生は、多田鼎先生の本願念仏の話もされるし、時には清澤先生の話もする。
清澤先生の影響の一人として、高光大船という人がいます。

この方は、ある時、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と説教中に言う人がいて、やかましい!と叱られたことがあります。

その弟子に安田理深先生と、訓覇信雄先生がいた。
安田理深先生は、高光大船先生に弟子入りをした人です。

安田先生の信心は、高光先生からのです。念仏ということは仰有るんだけど、安田教学が大谷同朋会の中心で、安田教学が影響を与えた学者は沢山おります。

私の上の先輩なんかは、皆、安田理深先生です。安田先生は身の事実にかえる!と。

「思いは自力、身の事実は他力だ」という言葉で表現する。
今、安田教学で生きている人でいうならば、池田勇諦氏です。

東本願寺で問題が起きてきて、念仏がなくなってきた。最近、10年は念仏を申しましょうと言うようになってきた。

私は、池田勇諦氏からは18歳の時に聞いた。有名な人ですから、非常に人気がある。「今、蓮如」と言われる人です。

思いは自力である、身の事実は他力であると、よく池田勇諦氏は言っていた。それは間違いないんですけれども、念仏は観念になりやすい、ということは感じます。

浄土真宗の信心が生きている人にどれだけ出てきたか?ちょっと疑問です。
    【続き2️⃣】
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🌠🌃【配付資料】🌃🌠

弘経大士宗師等 拯済無辺極濁悪
道俗時衆共同心 唯可信斯高僧說
【書き下し】
(弘経の大士・宗師等、無辺の極濁悪を拯済したまう。
道俗時衆、共に同心に、ただこの高僧の説を信ずべし)

⭕大経の第十八願、 たとひわれ仏を得たらんに、十方の衆生、至心に信楽し て、わが国に生ぜんと欲ひて、乃至十念せん、もし生ぜずは、正覚を取らじ。ただ五逆と誹謗正法とをば除く。

⭕善導大師の言葉
⏹️イ。もし我成仏せんに、十方の衆生、我が名号を称せん、 下十声に至るまで、もし生まれずは正覚を取らじと
⏹️口。汝一心に正念にして直ちに来れ、我よく汝を護らん。

⭕清沢満之「万物一体」より、

苦痛を訴ふれば其救済の道を教へ、罪悪を云へば其消 滅の法を授く。乃ち阿弥陀仏の摂受に就きて之を見よ。 「汝等衆生、一心正念にして我に来たれ、我汝等の善と 悪と智と愚とを問はず、一切汝等の為めに其責に任じて、 汝等を摂受すべし」と。

⭕一。多田鼎「願わくば我が昨非を語らしめよ」より。

「私は如何にしたらば善いか」という処に聞こえて下さった「唯称えよ」の「おおせ」は、私の全分を引受け下さる「おおせ」でありました。如来は本当に私を見捨てたまわぬのでありました。

⭕一。佐々木蓮麿の言葉。

「ソノママ念仏してこい。すべての責任は弥陀が引き受ける」

⭕清沢満之の言葉。

自己とは他なし。絶対無限の妙用に乗托して、任運に 法爾に此の現前の境遇に落在せるもの、即ち是なり。
      【終了】