
靖国神社_疑問とまとめ
まず初めにお断りしておくが、ワシは左翼ではない。
もちろん右翼では決してない。
ワシの立ち位置は↓に示す仮説に置いて、レベル4(中道左派)
である。
次に、左翼が吠える、「靖國神社は戦争賛美の場所」だとか、
「靖國を参拝をする奴は軍国主義者」だとかのキャンペーンに
与するものではない。
また、安易に「国のために散った英霊だから追悼は当然」と
言う気持ちもない。
あの戦争の犠牲者の追悼は213万柱だけじゃなく、310万同胞
に対するものであるべき。
と言うのが現時点でワシのたどり着いた結論である。
靖国神社には何度か参拝したが(過去形。もちろん8月15日
ではなく例大祭に)、そうすることで戦争を賛美する事も無いし、
神社を貶める積りもまったく無い。
しかし、その後、無数の疑問が湧いてきて、賛否を論ずる
様々な書籍を渉猟し、ネット情報を漁ってみたりしたが、一向に
腑に落ちない。
腑に落ちて、否となれば今後参拝することは無いし、諾となれば、
心措きなく参拝することになるんだろう。
が、現時点で疑問は疑問のままだ。
①まず、日本では古来、死者を悼むのは墓苑においてである。
神社は神を崇める場所である。
死ねば誰でも神と言う話もあるが、そんなことは決してない。
ワシが死んでも、仏にはなっても神には決してなれない。
②祭神が祀られる根拠がとても曖昧な上、格付けが厳しい。
皇室関係者は最高位の神様ととして祀られる。
吉田松陰は戦死ではないが祀られてる、高杉晋作は病死。
西郷隆盛は政府に歯向かった罪人だから祀らない。
乃木希典は殉死で戦死でないから祀らないが、東条英機は
刑死だけど祀る。
朝鮮人も台湾人もひめゆり学徒隊も樺太の通信隊職員も
対馬丸の船員も祀られている。
弾に当たった兵士は神として祀られるが、戦病死者は
少し遅れて、「特旨をもって合祀」(お情けで祀ってやる)と
いう事になっている。
要するに、身分と死に方によって祀られるか祀られないか、
どう祀るかに大きな差がある。
祭神にするかしないかがとても恣意的なのである。
③神と崇める理由が明確でない
伊勢神宮、明治神宮、野木神社、北野天満宮など祭神が
特定されており、なぜ神として崇め奉るのかが明確だが、
靖国神社においてはそれが曖昧である。
国を守った人と言うが、よく考えれば、それは嘘の塊。
これ以上祭神が増えるのかどうかも分からない。
④上記②と③を通して一貫しているのは、天皇の臣下として
時の政府にとって都合が良い人だけをお祀りするという姿勢。
神社として、そんなに偏ったもので良いのか?
⑤時の政府にとって都合が良いというが、A級戦犯は都合が良い
人達だったのか?
死ねば皆神様と言うが、身分と死に方によって厳然と祀り方を
変えている中で、戦犯は特旨でない普通の神様である。
日本に戦犯は居ないという人が居るが、大きな間違いである。
310万同胞を死に至らしめた戦犯は居たが、日本人には裁け
なかったというだけの事(日本人なら1億総懺悔で終わり)。
東京裁判は理不尽ではあるが、裁くのを連合軍に任せたと
言っても過言じゃない。
証拠に裁判そのものを受け入れたのか、判決を受け入れた
のかは定かじゃないが、サンフランシスコ平和条約を受け入れ
て、罪を確定した。
処刑によって刑罰は消えたが、犯した罪は消えるものではない。
⑥一般人と言えども、軍需工場で働いたり、国策に従って
満蒙開拓に励んだりして亡くなった人たちは英霊ではないし、
当然、靖国の神にはなれなかった。
⑦8月15日の終戦記念日において、慰霊や追悼が必要なのは
当然として、戦争死者だけでなく、戦没者すべての慰霊が
必要だろう。
国立墓苑を作り、合わせて追悼することが何故出来ぬ。
そこなら、親族は命日に参拝することも可能だろう。
⑧今後、何らかの紛争で自衛隊員の戦死者が出たら、靖国神社に
お祀りするのか?しないのか?
国家の繁栄のために殉じた英霊だぞ。
⑨日清戦争前は殉難者としての位置づけが明確だったが、以降は
天皇直属の軍隊に属し、直接戦闘死した者を多数祀ったためか
日清・日露・大東亜と祭神が極端に増えた。
そして、総数246万柱のうち第二次大戦戦死者は213万柱に
及ぶ(87%)。
ここまで行けば、例大祭より8月15日の方が重くなるな。
⑩政府閣僚が8月15日に参拝するが、その目的はと問われて、
「国を守るために亡くなった英霊を悼む」と言うが、英霊は
ほんの一握りで、大半は洗脳されて戦地に赴き倒れた人達。
松陰、竜馬、晋作、益次郎、英機、征四郎などは自発的に
国に尽くして亡くなった人達であろうが、祭神の大半は心ならず
も戦場に駆り出されて、亡くなった方々である。
もちろんそうした人達に罪が無いのは当然だが、靖国を洗脳の
道具として活用したことは事実だから、国が関与することは
避けるべきだと思っている。
⑪「靖国で会おう」と言い交わして亡くなったんだから、靖国を参拝
すべきは当然として、それは親族がやるべきだし、私人がお参り
することは信仰の自由だから問題ない(東京だよ、おっかさん)。
しかし、多くは自分の故郷のお墓に還りたかったはずだし、
そのようにして供養されている。
なんで、追いやった側の人達が今更追悼なんだ?
謝りに行くと言うんなら分かる気はするが。
⑫大戦犠牲者だけでなく、それ以前に国を守るために亡くなった
人達をお詣りに行くのも良いが、以前は「靖国は長州の守り神」
と言われていて、極くローカルな神社の位置づけだった。
今は彼の大戦の犠牲者が圧倒的に多いので、それは欺瞞。
まだまだ疑問は一杯あるんだが、これは日本人特有の「曖昧さ」
の典型例なんだろうな。
だから、見る人によってどうにでも解釈できるし、意図せぬ誤解や
曲解を生じやすい。
ただ一つ言えるのは、靖国は「天皇の国家」を護持するための
一つの装置であった事だけは確かである。
軍歌もそうだが、「出征兵士を送る歌」や「海ゆかば」を聞いて
みなって。
ワシが、国家とその僕は参拝すべきでないと考える所以である。
そして、8月15日には国立墓苑での追悼式典が最も妥当である
と思う。
213万柱だけでなく310万同胞の御霊に感謝をささげ、追悼を
行なうのが最も自然な流れである。
外国の事はどうでも良いんだが、米国でもメモリアルデイに
国立墓苑での追悼式典が催されている。
Ref.