悠釣亭のつぶやき -573ページ目

靖国神社_疑問とまとめ

まず初めにお断りしておくが、ワシは左翼ではない。
もちろん右翼では決してない。
ワシの立ち位置は↓に示す仮説に置いて、レベル4(中道左派)
である。


次に、左翼が吠える、「靖國神社は戦争賛美の場所」だとか、
「靖國を参拝をする奴は軍国主義者」だとかのキャンペーンに
与するものではない。
また、安易に「国のために散った英霊だから追悼は当然」と
言う気持ちもない。

あの戦争の犠牲者の追悼は213万柱だけじゃなく、310万同胞
に対するものであるべき。
と言うのが現時点でワシのたどり着いた結論である。


靖国神社には何度か参拝したが(過去形。もちろん8月15日
ではなく例大祭に)、そうすることで戦争を賛美する事も無いし、
神社を貶める積りもまったく無い。

しかし、その後、無数の疑問が湧いてきて、賛否を論ずる
様々な書籍を渉猟し、ネット情報を漁ってみたりしたが、一向に
腑に落ちない。

腑に落ちて、否となれば今後参拝することは無いし、諾となれば、
心措きなく参拝することになるんだろう。
が、現時点で疑問は疑問のままだ。


①まず、日本では古来、死者を悼むのは墓苑においてである。
  神社は神を崇める場所である。
  死ねば誰でも神と言う話もあるが、そんなことは決してない。
  ワシが死んでも、仏にはなっても神には決してなれない。

②祭神が祀られる根拠がとても曖昧な上、格付けが厳しい。
  皇室関係者は最高位の神様ととして祀られる。
  吉田松陰は戦死ではないが祀られてる、高杉晋作は病死。
  西郷隆盛は政府に歯向かった罪人だから祀らない。
  乃木希典は殉死で戦死でないから祀らないが、東条英機は
  刑死だけど祀る。

  朝鮮人も台湾人もひめゆり学徒隊も樺太の通信隊職員も
  対馬丸の船員も祀られている。
  弾に当たった兵士は神として祀られるが、戦病死者は
  少し遅れて、「特旨をもって合祀」(お情けで祀ってやる)と
  いう事になっている。

  要するに、身分と死に方によって祀られるか祀られないか、
  どう祀るかに大きな差がある。
  祭神にするかしないかがとても恣意的なのである。

③神と崇める理由が明確でない
  伊勢神宮、明治神宮、野木神社、北野天満宮など祭神が
  特定されており、なぜ神として崇め奉るのかが明確だが、
  靖国神社においてはそれが曖昧である。
  国を守った人と言うが、よく考えれば、それは嘘の塊。
  これ以上祭神が増えるのかどうかも分からない。

④上記②と③を通して一貫しているのは、天皇の臣下として
  時の政府にとって都合が良い人だけをお祀りするという姿勢。
  神社として、そんなに偏ったもので良いのか?

⑤時の政府にとって都合が良いというが、A級戦犯は都合が良い
  人達だったのか?
  死ねば皆神様と言うが、身分と死に方によって厳然と祀り方を
  変えている中で、戦犯は特旨でない普通の神様である。

  日本に戦犯は居ないという人が居るが、大きな間違いである。
  310万同胞を死に至らしめた戦犯は居たが、日本人には裁け
  なかったというだけの事(日本人なら1億総懺悔で終わり)。
  東京裁判は理不尽ではあるが、裁くのを連合軍に任せたと

  言っても過言じゃない。

  証拠に裁判そのものを受け入れたのか、判決を受け入れた
  のかは定かじゃないが、サンフランシスコ平和条約を受け入れ
  て、罪を確定した。
  処刑によって刑罰は消えたが、犯した罪は消えるものではない。

⑥一般人と言えども、軍需工場で働いたり、国策に従って
  満蒙開拓に励んだりして亡くなった人たちは英霊ではないし、
  当然、靖国の神にはなれなかった。

⑦8月15日の終戦記念日において、慰霊や追悼が必要なのは
  当然として、戦争死者だけでなく、戦没者すべての慰霊が
  必要だろう。
  国立墓苑を作り、合わせて追悼することが何故出来ぬ。
  そこなら、親族は命日に参拝することも可能だろう。

⑧今後、何らかの紛争で自衛隊員の戦死者が出たら、靖国神社に
  お祀りするのか?しないのか?
  国家の繁栄のために殉じた英霊だぞ。

⑨日清戦争前は殉難者としての位置づけが明確だったが、以降は
  天皇直属の軍隊に属し、直接戦闘死した者を多数祀ったためか
  日清・日露・大東亜と祭神が極端に増えた。
  そして、総数246万柱のうち第二次大戦戦死者は213万柱に
  及ぶ(87%)。
  ここまで行けば、例大祭より8月15日の方が重くなるな。

⑩政府閣僚が8月15日に参拝するが、その目的はと問われて、
  「国を守るために亡くなった英霊を悼む」と言うが、英霊は
  ほんの一握りで、大半は洗脳されて戦地に赴き倒れた人達。
  松陰、竜馬、晋作、益次郎、英機、征四郎などは自発的に
  国に尽くして亡くなった人達であろうが、祭神の大半は心ならず
  も戦場に駆り出されて、亡くなった方々である。

  もちろんそうした人達に罪が無いのは当然だが、靖国を洗脳の
  道具として活用したことは事実だから、国が関与することは
  避けるべきだと思っている。

⑪「靖国で会おう」と言い交わして亡くなったんだから、靖国を参拝
  すべきは当然として、それは親族がやるべきだし、私人がお参り
  することは信仰の自由だから問題ない(東京だよ、おっかさん)。
  しかし、多くは自分の故郷のお墓に還りたかったはずだし、
  そのようにして供養されている。
  なんで、追いやった側の人達が今更追悼なんだ?
  謝りに行くと言うんなら分かる気はするが。

⑫大戦犠牲者だけでなく、それ以前に国を守るために亡くなった
  人達をお詣りに行くのも良いが、以前は「靖国は長州の守り神」
  と言われていて、極くローカルな神社の位置づけだった。
  今は彼の大戦の犠牲者が圧倒的に多いので、それは欺瞞。


まだまだ疑問は一杯あるんだが、これは日本人特有の「曖昧さ」
の典型例なんだろうな。
だから、見る人によってどうにでも解釈できるし、意図せぬ誤解や
曲解を生じやすい。

ただ一つ言えるのは、靖国は「天皇の国家」を護持するための
一つの装置であった事だけは確かである。
軍歌もそうだが、「出征兵士を送る歌」や「海ゆかば」を聞いて
みなって。
ワシが、国家とその僕は参拝すべきでないと考える所以である。

そして、8月15日には国立墓苑での追悼式典が最も妥当である
と思う。
213万柱だけでなく310万同胞の御霊に感謝をささげ、追悼を
行なうのが最も自然な流れである。
外国の事はどうでも良いんだが、米国でもメモリアルデイに
国立墓苑での追悼式典が催されている。

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