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(②の続き)ヤンムーン村には、バンコク日本人学校の現地教員の旦那さんがチュラロンコン大学(日本の東大にあたる)で研究製作した太陽電池が1台、設置されていた。1時間100Wの発電量だそうだ。これは、カエルの養殖場で利用されており、この光で夜に餌となる虫を呼びこんでカエルを育てているとのこと。カエルは食べるためなのかどうかは聞かなかった…。
 ここで、夕食をいただき(カエルは出てこなかった。ホッ)、夜、学校の前の広場で、日本人学校から持ってきた寄付品の贈呈式を行った。たくさんの子どもたちがボールや文具を受け取り喜んでくれた。

 今日は、もう少し行ったところのロッジで泊まるつもりだったが、遅くなったことからヤンムーン村に泊めてもらうことになった。

 

 

 山に入って2日目、ヤンムーン村で朝食をいただき、早くに出た。今日は、山岳民族を訪ねながら、国境の町メーホンソンを目指す。


 まずは山の奥に住むカレン族。村には学校や大きな寺院があるが、校長先生が言うには、比較的貧しい村だそう。ここには観光客がめったに来ないそうで、カメラを向けると恥ずかしがってみんな逃げてしまう中、なんとか写真を撮らせてもらった。未婚の女の子は白い服を着ており、既婚者は赤い服を着るそうだ。
カレン族リソー族
 次はリソー族の村へ。ここの子どもたちはとても人懐こいので驚いたが、やはり観光地として開けている場所だそうで、高台には昨夜泊まるはずだった小ぎれいなロッジがあった。
 昼食をここでとっていると、隣村の校長先生の友だちという人に偶然出会い、校長先生らが知らないさらに山奥の村を教えてくれるという。ということで、狭い軽トラの荷台には、さらに男女2名が乗ることになった(みんな暇なの?)


 向かったところはモスダンの村。とにかく山奥だった。行きはまだしも、帰りは普通の道路に出るまで、完全に川の中を走らねばならなかった(川を渡ったのではなく、文字通り川の中を走ったのである)。道の真ん中をカミツキガメが闊歩していたのが印象的だった。


 

 メーホンソン18km手前でやっと普通の道に出た。16時ごろ、観光地となっている村に寄った。かわいらしい子どもたちが魚の餌を売っていたので、つい僕は、全員から一つずつ買ってしまった。

 だから、同行者に配って、魚の餌やりを手伝ってもらわなくてはならなかった。ついでに、ここで夕食もとった(といっても、僕は下痢であまり食べられなかったが…)


 メーホンソンまでの最後の道では、久しぶりの舗装された道で走りやすかったこともあり、軽トラが100km/hで走るので、M先生は3度も帽子を飛ばしていた。

 

 薄暗くなってきた18時半にメーホンソンの町に着いた。一応夕食は終えているが、近くの食堂で、旅の思い出を肴に、メコン(タイの安いウイスキー)をみんなで飲んだ(といっても、僕は下戸なので飲めなかったが…)
 この7名で過ごす夜はこれが最後になるので、その後、宿の前でたき火をしながら、夜遅くまで語り合った(といっても、僕はタイ語会話に入れなかったが…)

 外は10度以下になりとても寒かった。(最後の④へ続く)