前回同様に、平安時代の鎧兜と鎌倉時代以降の鎧兜の違いについて1つ1つ紹介していきたいと思います。
一括りに大鎧をつくるといっても平安時代初期なのか中期なのか後期なのか、あるいは鎌倉時代のものなのかなど時代によって少しずつ異なるので、自分自身がどの年代のものをつくるか、そのためにはどうしたらよいのかの1つの目安になるかもしれません。
今回は耳絲・下緘(したがらみ)・菱縫(ひしぬい)・畦目(うなめ)についてです。
平安時代の菱縫はほとんどが赤韋
小札板の両端に使う絲を耳絲といい、鷹羽打(たかのはうち)・小石打(こいしうち)・桐打(きりうち)・亀甲打(きっこううち)・啄木打(たくぼくうち)などが見られます。それぞれの色はまたいつか詳細を記したいと思います。
伝聖徳太子玩具鎧(法隆寺旧蔵)は紺と白の樫鳥絲、黄櫨匂縅鎧(甘南備寺所蔵)は白・萌葱・赤・紺四色の鷹羽打風の亀甲打の組絲、小桜韋黄返縅鎧(厳島神社所蔵)は小石打、赤絲縅鎧(武州御嶽神社所蔵)は紺・浅葱・白の三色を四畦に組んだ鷹羽打が用いられています。樫鳥絲縅鎧(猿投神社所蔵)は黄櫨匂縅鎧(甘南備寺所蔵)と同じ色、紺・萌葱・赤・白の四色と推定される耳絲が断片的に残されています。
紺絲縅鎧(大山祇神社所蔵)は啄木打であり、啄木打は室町時代以降に登場するものであるから平安時代後期の鎧ではないとする見方もあります。
下緘(したがらみ)は、小札を横に並べ重ねて、革紐で綴じつけることをいい横縫(よこぬい)ともいいます。平安時代の下緘の緘み方(てがみかた)は、上下一條という手法が用いられ、表面の上段が「/」になり下段が「|」になります。裏面は逆に上段が「|」になり下段が「/」になります。
平安時代の大鎧をつくる場合には小札の下緘は上記のように緘むとよいでしょう。他にも平安時代以降には上二條下一條・上下二條などの緘み方もあります。
通常は黒漆で塗固め屈伸や足掻(あがき)をほぼなくしていますが、沢潟縅鎧(大山祇神社所蔵)は揺札(ゆるぎざね)で緘んでいます。揺札の古い遺例ではこの沢潟縅鎧(大山祇神社所蔵)だけで以後の鎧は塗固めを原則としています。
菱縫(ひしぬい)は、韋菱と絲菱に分けられ、平安時代はほとんどが韋緒を用いた韋菱になります。菱縫・菱綴・花緘(はながらみ)などの名称が用いられますが、菱縫と菱綴は狭義では異なりますので要注意です。菱縫は装飾であり、実用主体の花緘や菱綴に類似していても縫い方は異なります。
樫鳥絲縅鎧(猿投神社所蔵)は逆板と菱縫板における菱縫は赤韋で行って透漆がかけてある初期的手法であり、一部で赤絲が用いられていますがほとんどが赤韋です。黄櫨匂縅鎧(甘南備寺所蔵)・小桜韋縅鎧(菅田天神社所蔵)・小桜韋黄返縅鎧(厳島神社所蔵)・紺絲縅鎧(厳島神社所蔵)・紺絲縅鎧(大山祇神社所蔵)・赤絲縅鎧(武州御嶽神社所蔵)・紫綾縅鎧(大山祇神社所蔵)など平安時代から鎌倉時代前期にかけての代表的な大鎧のほとんどに赤韋が用いられています。
小桜韋縅鎧(菅田天神社所蔵)・紺絲縅鎧(厳島神社所蔵)・紺絲縅鎧(大山祇神社所蔵)・紫綾縅鎧(大山祇神社所蔵)など紅猿鞣です。
よって、平安時代の大鎧をつくる際には、赤韋で綴じるとよいでしょう。
赤韋ではなく組絲が用いられている鎧は、浅葱綾縅鎧(厳島神社)が初期の遺例とされ、赤絲縅鎧(春日大社)・赤絲縅鎧(櫛引八幡宮)・白絲縅鎧(日御碕神社)・白絲褄取縅鎧(櫛引八幡宮)などがあり、鎌倉時代後期から南北朝時代へと移り変わるころの実用性のない奉納品や威儀化した鎧の時代に多く見られます。
畦目(うなめ)は、裾板の毛立孔(けだてのあな)を横一線上に刺縫(さしぬい)した革(革緒)や絲(組絲)をいいます。
逆板にも畦目があるように見えますが逆板の場合は畦目ではありません(後立挙の三段目とをつなぐ縅毛になります)。
革緒としては赤韋を用いる黄櫨匂縅鎧(甘南備寺所蔵)・小桜韋黄返縅鎧(厳島神社所蔵)・紺絲縅鎧(厳島神社所蔵)などが代表的です。
組絲には鷹羽打・小石打・啄木打などが使われています。赤絲縅鎧(武州御嶽神社所蔵)は鷹羽打の畦目となっています。
伝聖徳太子玩具鎧(法隆寺旧蔵)は菱縫と畦目ともに紅の縄絲を用いています。
【耳絲】 | 【菱縫】 | 【畦目】 | ||
沢潟縅鎧(大山祇神社所蔵) | 平安時代初期 | 赤絲 | 赤絲 | 赤絲 |
伝聖徳太子玩具鎧(法隆寺旧蔵) | 平安時代初期 | 樫鳥絲 | 縄絲 | 縄絲 |
樫鳥絲縅鎧(猿投神社所蔵) | 平安時代中期 | 鷹羽打 | 赤韋/赤絲 | 鷹羽打 |
赤韋縅鎧(岡山県立博物館蔵) | 平安時代後期 | 赤韋 | 赤韋 | 赤韋 |
黄櫨匂縅鎧(甘南備寺所蔵) | 平安時代後期 | 亀甲打 | 赤韋 | 赤韋 |
小桜韋縅鎧(菅田天神社所蔵) | 平安時代後期 | 紫韋 | 赤韋 | 赤韋 |
紺絲縅鎧(厳島神社所蔵) | 平安時代後期 | 啄木打 | 赤韋 | 赤韋 |
赤絲縅鎧(武州御嶽神社所蔵) | 平安時代後期 | 鷹羽打 | 赤韋 | 鷹羽打 |
小桜韋黄返縅鎧(厳島神社所蔵) | 平安時代後期 | 小石打 | 赤韋 | 赤韋 |
紺絲縅鎧(大山祇神社所蔵) | 平安時代後期 | 啄木打 | 赤韋 | 赤韋 |
紫綾縅鎧(大山祇神社所蔵) | 鎌倉時代前期 | 小石打 | 赤韋 | 小石打 |
大鎧をつくる上で、平安時代初期であれば菱縫は赤韋で透漆を塗り、下緘は漆で塗固めず揺ぎで綴じるのがポイントです。
耳絲と畦目は赤絲縅鎧(武州御嶽神社所蔵)のように同じ絲で刺縫するのもいいと思いますが、こだわって畦目だけ赤韋で刺縫するのもいいかもしれません。
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平安時代の鎧についてのあれこれ(5) 出土した平安時代後期の大鎧(後編)
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平安時代の鎧についてのあれこれ(8) 平安初期に細かった縅毛は平安後期に太くなり鎌倉前期に細くなる
次回は胴回上と発手について。