ゴジラ-1.0 2023年 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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日々接した情報の保管場所として・・・・基本ネタバレです(陳謝)

監督・脚本 山崎貴
音楽      佐藤直紀、伊福部昭

キャスト
敷島浩一  - 神木隆之介
大石典子  - 浜辺美波
秋津淸治  - 佐々木蔵之介
橘宗作     - 青木崇高
水島四郎  - 山田裕貴
太田澄子  - 安藤サクラ
野田健治  - 吉岡秀隆
明子        - 永谷咲笑 
堀田辰雄  - 田中美央

予告編


感想
ゴジラやガメラは子供の頃から観ている(全部ではないが)
そういえば「シン・ゴジラ」からもう7年も経っているナ。
時代設定が戦後すぐとの話だったので、期待しつつも何か「あかぬけない」イメージを想像していた。
その上開始5分かそこらでちょっと小ぶりなゴジラが現れる。
いきなり見せるのはどうもナー、と思っていたが、その後アメリカがビキニ環礁で行った核実験の映像が出て
「あー、こいつのせいで巨大化するんやな」と大筋は読めた。

特攻が怖くて機体故障を装い逃げ帰って来た敷島。当時の感覚からすれば「卑怯千万」てなところで、東京に戻っても隣のおばさんから「この恥しらず!」と言われる始末。
そういえばどっかのサイトで「安藤サクラのムダ遣い」とか言ってた(笑) まあ、フツーの演技だったけど。

そうそう万引きばっかやっとれんて・・・

典子と娘との出会いから続くエピソードは、まあそれ以上でも以下でもなく、さほど違和感はなかった。
しかし吉岡秀隆、あれで53歳。いつまで経ってもガキの雰囲気。それで売ってる様なところもあるからやむを得ないか・・・

あの「海神(わだつみ)」作戦にはのけぞった。確かに泡に包まれたら浮力を失って急速に沈むのは分かったが・・・
そもそもフロンガス(日本のみの呼称であり正しくはフレオンガス)はGM・デュポン社が1930年から製造・販売を始めたもの。
日刊工業新聞の年表によれば1935年にダイキン工業がフロン生産を開始したとある。また1942年 日本でのフロンの本格製造を開始したとも。あんな戦争のさなかに・・・

だから考証としては十分「アリ」の設定。

「震電」が出て来た時には萌えた~♪
大戦末期に本当に作られた機体で、航空少年にとっては憧れ。
プラモデルも作ったし、フライングスケール機も作ったので思い入れは強い。それがCGとはいえゴジラと戦うんだから、もうそれだけで満足。

機体の詳細はコチラ(数回読み返した)


スカウトされた橘は、基本敷島を許さないという姿勢で、彼が爆弾を搭載してくれと頼んだ時も「やっと特攻する気になったか」というオーラが満載。だがその一方で、着々と米国製の脱出装置組込み作業を行っていた(座席後ろに「CAUTION」表示)
ゴジラに突っ込む場面では「なんや、インディペンデンス・デイと同じやんか」と落胆したが、実は死んでなかった。この辺りはうまい。
この件で文春オンラインに記事がある。

本文にはドイツ製の脱出装置だろうと書いてあるが、映画ではCAUTIONと書かれていた(ドイツ語ならVorsicht)
後に再放送でもあれば確認しよう・・・
オマケ
最後のところで、助かった典子の襟元に何かあるな、とは思ったがその時はほぼスルーしていた。
その後レビュー対応で調べたら出るわ出るわ・・・・

あれはG細胞だという事らしい。でもなー・・・
次作では典子がゴジラにへんし~ん てか?
 

オマケその2
福岡市の「大刀洗平和記念館」でこの映画に使われた震電の実物大模型が展示されているらしい。

 

総括

自分自身としては、怪獣映画のヒューマン・エピソードはさほど深くなくていいと思っている。

そういう意味では「いいサジ加減」だったかな?

なおアメリカでも異例のヒットだそうだ。



あらすじ
第二次大戦末期の1945(昭和20)年。小笠原諸島の大戸島 守備隊基地に、特攻機として出撃した「零戦」が着陸する。操縦士は海軍少尉 敷島浩一。機体が故障したと敷島が主張するが、整備主任 橘宗作の確認では故障は見つからず。沈黙の敷島。
その夜、海から身長15mほどの怪獣が現れて基地を襲撃。
伝説として伝えられている「ゴジラ」だと叫ぶ隊員。皆の銃では歯が立たず橘は敷島に「零戦」の20ミリ機銃で撃つ様命じる。
一度はコックピットから撃とうとするが、恐怖で逃げ出す敷島。
ゴジラはそのまま基地に突入した。
夜が明けると基地は完全に破壊されていた。
生き残りは敷島と橘のみ。敷島に怒りをぶつける橘。

1945年12月。東京に戻った敷島。実家は焼失し、隣人の太田澄子が両親の死を告げる。「特攻の死にぞこない」と罵る澄子。


ある日の闇市。逃げる女から赤ん坊を押し付けられる敷島。
女は現れず、途方に暮れる敷島。やむなく人通りの少ない方に行くとその女が現れた。名は大石典子。その赤ん坊は明子といい、見知らぬ瀕死の母親から託されたという。
バラックで雨をしのぎ、典子らとの共同生活を始める敷島。
赤ん坊に免じて米を分けてくれた澄子。

金を稼ぐため、多少の危険を承知の仕事を始める敷島。

米軍が仕掛けた磁気式機雷を、金属に反応しない木造船「新生丸」で回収する。船長の秋津清治、元技術仕官の野田健治、徴兵前だった若者 水島四郎というメンバー。

作業にも慣れ生活も安定して来た敷島だが、夜はいつもゴジラの悪夢にうなされた。
1946年。アメリカはビキニ環礁で核実験「クロスロード作戦」を実行。

敷島が建てた家に集まって飲む船の面々。そこで秋津らは典子が妻ではなく、明子も託された子だと聞き驚く。
明子はほどなくして、銀座に事務職の仕事を見つけて働く様になる。

超大型水中生物が、数週間以内に日本の関東圏を直撃するとの軍事報告がなされる。日本を占領中のアメリカはソ連との情勢に鑑み、軍事的関与は行わないと表明。
米艦船の被害状況を見て驚く秋津。

「ゴジラ・・・」と呟く敷島。
大戸島で見た、深海魚が浮く現象がここでも起きていた。
ゴジラはあの時より更に巨大化、狂暴化している(身長約50m)
依頼元から、この船で足止めする様言われていると話す野田。
自沈処理待ちだった「高雄」が返還されるまでの時間稼ぎだという。攻撃には回収した機雷を使うと聞いて呆れる高津。

ゴジラ接近を知っていきり立つ高津だが、その姿を見て驚愕。

逃げつつも機雷を放出すると、ゴジラがそれを咥え込む。

機雷をめがけて敷島が13ミリ機銃を掃射。

機雷は爆発してゴジラの口にかなりの打撃を与える。

だが驚異の再生力で復活。

「新生丸」にゴジラが光線を吐こうとした時「高雄」が現れて窮地を救う。戦闘を始めた「高雄」だがゴジラの吐く光線で沈没。

気を失う敷島。

横須賀の病院で目覚めた敷島は、秋津や野田からゴジラが東京に向かっている事を知らされる。政府はそれを国民に伏せている。
家に戻った敷島は典子に自分が特攻から逃げた事、大戸島でゴジラを見た事、それが巨大化して近付きつつある事を話した。
翌日ゴジラは東京に上陸し、国民の知るところになった。
 

出勤した典子を助けるために銀座へ向かう敷島。
電車に乗っていた典子はゴジラに遭遇。

車両ごとゴジラに咥えられ宙吊りになる典子。

幸い川にさしかかり、飛び込んで難を逃れた典子。
ゴジラは品川から銀座に向かう。敷島はようやく典子と合流して群衆と共に逃げるが、ゴジラの発した光線の爆風が二人を襲う。
典子はとっさに敷島をビルのすき間に押し込み、自分は飛ばされた。典子を求めて彷徨い歩く敷島。

遺体の出ない中、典子の葬式を出す敷島。
野田に誘われて「巨大生物対策説明会」に参加する敷島。
そこには秋津、水島の他、多くの元軍人が集まっていた。
説明会のリーダー 駆逐艦「雪風」元艦長の堀田が説明を行う。
駐留米軍はソ連への刺激を避けるため協力は見込めず、民間人のみでゴジラに立ち向かう必要がある。
この作戦のために駆逐艦4隻が提供されたが、武装解除された船で何ができる?と騒ぐ皆。

作戦を立案した野田が水槽模型を前に説明する。

ゴジラを模した木片の下にチューブがあり、そこからフロンガスを出すと泡に包まれて浮力を失い底に急落。これで相模湾の深海1300mまで一気に沈め、水圧を与える。その第一次攻撃に加え、深海から浮袋で一気に浮上させて減圧を与える第二次攻撃。
これらを「海神(わだつみ)」作戦と命名。
誰かがやらなきゃいけない、の言葉に皆が賛同した。

作戦を話す野田。海域に設置した放射線検知ブイで位置確認。
水中拡声器でゴジラ自身の声を流し縄張り荒らしと思わせる。
敷島は戦闘機のツテがないか野田に訊いた。相模湾への誘導。
野田が飛行機を見つけて来た。

「でもかなり特殊なヤツで・・・」
それは大戦末期に開発された局地戦闘機「震電」だった。
Bを落とすため設計された。計画最大速度400ノット。先尾翼を備え、30ミリ砲4門という破格の重武装を誇る革新的な機体。
僅かな試作機が実戦配備されていたのが、終戦のどさくさでうやむやになり放置されていた。

このままでは飛べず優秀な整備士が必要。
心当りがあると言う敷島は橘を探し始める。

直近の所属部隊の住所を知り、猛烈な勢いで手紙を書く敷島。

橘が血相を変えて訪れ、敷島を殴る。大戸島の全滅は全て橘のせいだと書いて配りまくっていた敷島。

こうすれば来てくれると思った・・・
ゴジラの事を話す敷島。「大戸島のヤツですよね」
「勝手にやれ」と突き放す橘に敷島は

「ゴジラは内側からの攻撃に弱く、爆弾を満載した戦闘機であいつの口に突っ込めば確実に倒せる」
あなたの戦争も終わっていませんよね、と重ねる敷島。
機体を見る橘。

「噂には聞いていたが、完成していたのか・・・」

近付きつつあるゴジラ。作戦を明日に控えて野田が皆に話す。
思えばこの国は命を粗末にし過ぎて来た。脆弱な装甲の戦車。補給軽視による餓死。病死が戦死の大半を占める戦場・・・
戦闘機には最低限の脱出装置すら付いていなかった。
今度の戦いは死ぬためではなく、未来を生きるための戦い・・・
先の戦闘で負傷した水島を残すと決めた秋津は呟く。
「この国はお前たちに任せたぞ」

敷島に「注文の爆弾だ」と言う橘。
機銃2門140キロ、機銃弾120発80キロ、主燃料タンク400キロ。それらの代わりに機首に25番(250キロ)、胴体に50番(500キロ)爆弾を装着した。

「これでようやく借りを返せる」と敷島。
みんな生きて帰って来たかったんだ、と大戸島で死んだ者たちを代弁する橘。敷島の覚悟を確認できた橘は言う

「よし、大事なことを言おう。これは爆弾の安全装置だ。敵に突っ込む直前に引き抜くんだ・・・」

発進する敷島を見送る橘。


敷島は、上陸したゴジラを挑発しながら海に誘い出す。

2隻の駆逐艦が、ガスボンベを繋いだロープを展開しながらゴジラを大きく取り巻く。
敷島はゴジラが気を逸らさないよう刺激を与え続ける。
ロープが閉じてゴジラの体にガスボンベと浮袋が巻かれた。
作戦通りにチューブからフロンガスが放出され、ゴジラが海底に引きずり込まれて行った。だが苦しむものの死ぬ様子ではない。
すかさず第二次攻撃に移り、浮袋が作動して浮上を始めるゴジラ。だがいくつかが破れ、途中で止まってしまった。
駆逐艦で引くがパワー不足で上がらない。
そこに多数の民間船が。先頭の船には水島が乗っていた。

船長らを説き伏せて助っ人に駆け付けたのだ。

その力を借りてゴジラは浮上。圧力変化に苦しむゴジラ。

そこに敷島の震電が突っ込んで行く。開いた口に激突して大爆発。頭部をなくし沈んで行くゴジラ。
特攻したと思われた敷島だが、間一髪で脱出していた。
実は橘の説明には続きがあった。
「・・・これは脱出装置だ。生きろ!」

任務を終え戻った敷島は澄子から、典子が生きているとの電報を受け取り病院へ駆け付ける。
抱き合って再会を喜び合う二人。だがその典子の襟元に黒い痣。
 

一方相模湾の海底では、死んだと思われたゴジラの細胞が動き始めていた・・・・

 

 

11分映像(代表的シーン)