ゲド戦記 Ⅲ「さいはての島へ」 作:K・ル=グウィン  | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

日々接した情報の保管場所として・・・・基本ネタバレです(陳謝)

ゲド戦記  

 

*Ⅲを飛ばしてⅣを先に出してしまった様だ(一番盛り上がるのがⅢなのに・・・・)
2018.1.22に亡くなった原作者に敬愛を込めて・・・

 

ゲド戦記 Ⅲ「さいはての島へ」 作:K・ル=グウィン 訳:清水真砂子

                                           挿絵:ゲイル・ギャラティ

                                    国内初版:1977年

他の巻 、 、 、 、  

時間のない人向け 全体まとめ

 

 

感想
ゲドとテナーがエレス・アクベの腕環を持ち帰ってから25年。

そしてゲドが、ローク学院の大賢人として運営しているアーキペラゴ世界が舞台。
魔法社会にはびこり始めた不吉な予兆。それを知らせに来た若き王子アレンと、解決に乗り出すゲドの物語。

 

腕環が戻ってからの25年間、どうなってたの?という疑問はあるが、その間王が現れず、社会を維持しきれなくなって今回の問題が起きた、という解釈だろう。
読者としては前作で、自分の名前を取り戻したテナーがその後どういう人生を辿ったか、という興味もあったが、それは次作で語られる。

 

かつてゲドが懲らしめた魔法使いのクモが、この異変の全ての元凶だが、そのエピソードはほんの1ページ分の記述でしかなく(5.海原の夢 の終盤)、ここを読み飛ばすと物語の理解度が半減する。

 

言うまでもなく、この巻はアレンの成長物語。1巻はゲド、2巻はテナーと、成長物語が読者に感動を与える手法としては王道だが、今回も非常にうまく構成されている。
最初はごく素直な王子だったアレンが、心酔するゲドに次第に疑いを持つようになって行く経緯は秀逸。

 

ゲド自身、この旅が自分のものでなく、アレンをサポートする役だという位置付け。ただ冒頭で無条件に同行者をアレンと決めてしまったのが、ちょっと不自然な印象がある。ここではまだアレンを「特別な人」と印象付けない工夫をした方が良かった。

 

この巻でも、生と死という観念的なものを具体化して提示し、それにまつわる人々の願望、恐れをていねいに描いている。生と死の境界が低い石垣というのも象徴的。2巻でもそうだったが、石垣という言葉に作者のこだわりがあるのかも知れない。

 

当時はこの第三巻が完結編と思われており、内容的にも一番盛り上がった。その後10年以上を経て四巻、五巻が執筆された。

 

あらすじ
1.ナナカマド

魔法の伝授が行われているロークの館。そこにあるナナカマドの木。大理石の敷石を割って生えている。
少年に声をかける大賢人。少年はアレンと名乗った。

アレンの持ち込んだ問題。

 

父はモレド家の血筋で、エンラッドとエンレイド諸島を治めている。
交易から帰った船長が、西方のナルベデュエン島では、もう魔法が存在しないという話を持って来た。
年が明けて、子羊の祭りになった時、子羊たちに繁殖の呪文を唱えた魔法使いが「呪文を唱えられない、忘れてしまった」と泣きついてきた。
それで父が代わりに唱えたが、ひどく疲れて戻って来た。そしてこの春、羊たちには死産、奇型が起きた。

アレンはこの件について相談するために、ロークを訪れた。
大賢人は、本件をここの長たちと話し合う事をアレンに約束した。このような知らせは他からも来ていた。魔法の影響力が落ちている兆候。
大賢人の偉大さに触れ、姿を正視出来ないアレン。そしてお仕えしたいとまで言った。
それも含めて皆で相談すると話し、大賢人はアレンに宿舎へ行くよう促した。

大賢人は、それぞれの長を回って、会合を開きたい旨の告知をした。
長によってはこの異変に気付いている者もいた。あの腕環がひとつになったおかげで平和が得られたが、その平和に浸りきっているのが今の状況。

 

2.ロークの長たち

アレンを案内してくれたのはカケ。見習生を過ぎてまじない師となった状態。カケの話が身に入らないアレン。
話が大賢人の事になったため興味を示したアレン。もう五十にもなろうとしている。カケは三年前の入学時に初めて会ったきり。
カケに案内されて夕食を食べるアレン。その後に散歩。
ローク山の南がひときわ明るくなっている。

賢人たちが会合をしている印。
寝室に案内されてアレンは横になった。石の床にわらを敷いただけの寝床。生まれてこれまで、ちゃんとした寝室ばかりで寝て来た。

 

朝になると院生が来て、大賢人さまがお話ししたい、と告げた。
案内されて行くと、細長い部屋に七人の長と大賢人が立っている。大賢人から皆に紹介されるアレン。
一緒に摂る朝食。皆ほとんど喋らず、表情も静か。
大賢人が話す。わしらは長時間話し合ったが、何も決まらなかった。

大した根拠もなしに大騒ぎする必要はないという意見も出る。
また、ハブナーに居るべき王の座が、八百年も空席のままであるのが問題だという者もいる。
大賢人の意見を求める長たち。
魔法の力が弱まっているのは確か。不安定なところが出て来ている。
大賢人が、立ち上がって処置を講じようとしているのを知る長たち。大賢人の術で、災いと混乱の正体を突き止める必要がある。

 

大賢人は、長を同行させずに真相を調べに行くと宣言。ただし一人だけ連れて行きたいと言い、その相手としてアレンに声をかけた。「はい、お供します」と即答するアレン。
長たちが次々に大賢人の決断について意見をするが、彼の意思は強固だった。
長たちは次々と退席し、最後に大賢人とアレンだけになった。
まずはホート・タウンに行こう、と大賢人。

全海域からの情報が集まる拠点。
「何を探しておいでになるのです?」「それが、わからんのだ。多分向こうの方で探し出してくれるだろう」
アレンは自分の心の不安を吐露し、大賢人はそれぞれに答えた。
出発は明日と決まった。

アレンは、郷里に帰る船の船長に、父への手紙を託した。それから母への贈り物である、銀の細工物も買い求めて船長に渡した。
アレンが持つ剣。これはモレドとファーランの息子、セリアドのもの。ハブナー王の塔にある剣を除けば、世の中でこれほど古い剣はない。常に人の身につけられて来た。アレンとは剣の意味。
剣をマントで隠すアレン。
私は何をしようというのだろう?わかってもいないものを、良く知りもしない男と探そうなどとするのだろう。

 

3.ホート・タウン


暗いうちに起き出して船小屋に向かうアレン。桟橋に近づく舟。大賢人が広げた帆が翼のように広がる。
「この舟ですか、はてみ丸というのは?」この舟は伝説ともなっている。舟の暴れぶりに驚くアレン。
今後のために、大賢人は自らをホークという名の商人と、その甥で航海の勉強をしているアレン、という事に決める。

舟は三日かけてロークからホート・タウンまで進んだ。大賢人はこの間一切魔法を使わず、アレンはこれまでの十年をはるかにしのぐ航海術を彼から学んだ。
ホート・タウンで探すものが見つかるでしょうか、と聞くアレン。ペストみたいな疫病なのか。
それは人間だと彼は言った。生きたいと思う、その願望に際限がないから。
またそれは多分、魔法使いだろう。

 

ホート港に入って行く舟。桟橋に舟をつけてから、港の管理人と見張り料の交渉をするホーク。その姿はもう大賢人などではなかった。
人混みの中を歩く二人。道の両側に軒を並べる店。ありとあらゆるものが売られている。
通りを抜けて、別の広場に出ると、そこにも屋台や露店が並ぶ。
広場を取り巻くように大勢の男女がじっとうずくまっている。ホークは「ハジアだ」。
ハジアを口にすると、うっとりといい気持ちになり、精神が肉体から離れて遊泳する様になる。だが中毒性があり、いずれ死ぬ。

 

ホークはアレンを連れて、とある店の前で足を止めた。大柄な女あるじが、大声で様々な生地を売っている。
女に相の手を入れるホーク。次第に返事をする女に「耳から火を出すのは良かった」と以前の出し物の事を呟く。
もう、あんな手品は誰もやらない。客が、騙されている事に気付いてからは楽しめなくなった。だから商売替えした。
まじない師がいたろうに、となおも食い下がるホーク。女は、会いたけりゃ、ひとりいるよと言った。
あのイーガー船長に右手を切り落とされた魔法使い。
女に教えてもらった男に近づくハイタカ。右手首を失っていた。大嘘をついた引き換え。ウサギと呼ばれている。
そろそろと歩く男を辛抱強くつけて行く二人。

 

人気がなくなったところで声をかけるハイタカ。礼をする、と言われて顔つきが変わったウサギ。
ハイタカは魔法使い特有の言葉でウサギに話しかける。
男は自分の住まいに二人を連れて行った。

ウサギが力をなくしたいきさつを聞こうとするハイタカ。
男の妙な話。黄泉の国から夢の中に入って来る者。道があるという。命を差し出すことで命を買う。
続きを話すために金を請求され、金貨を一枚支払うハイタカ。
夢を見ればその道まで行けるという。もし行くなら日暮れまでに戻る、と言い残すハイタカ。

意味が判らないアレンに説明するハイタカ。
力をなくした魔法使いから話を聞く必要があった。
あの男は、力をなくしたのではなく、人にやった、いや、取引きに使った。命には命。言うことが良く判らないが、聞く価値はある。

 

店で夕食を食べてから、二人はまたウサギの住居に行った。
ウサギは、さっきよりはしっかりとしていた。ただ彼は、連れて行くためにはハジアを食べろとしきりに勧めた。それに反論するハイタカ。
それに対してまた理屈をぶつけるウサギ。何度も繰り返される話にアレンは、今回だけハジアを食べるべきではないか、と思っていた。
いつの間にかホークの顔は消え失せ、大賢人がそこに座っていた。
護衛としての責任を意識するアレン。

ウサギの声が次第に呟きに変わった。体が前後に揺れる。ランプをはさんで座る二人。男はいつのまにかウサギの手を取り支えている。アレンはそれを知らなかった。うたた寝したのかも知れない。
アレンの目に映っているのは夢か、死かどこか別の世界。
闇の中で手招きする者がいる。「おいで」。闇の王は手に真珠のようなちいさな炎を持ち、差し出す。命だった。アレンは彼の方に歩きだした。

 

4.魔法の火


影がたわむれる様が見える。ふくらんだり、縮んだり。
後頭部の痛みと共に目覚めたアレン。ウサギとハイタカが倒れており、三人の男が居る。
スキを見て大声を出しながら逃げ出すアレン。敵が追って来た。わざと追わせる考え。部屋から出来るだけ遠ざけたい。
だが行き止まりに入り込んでしまった。向きを変え、追っ手めがけて叫びながら飛び込むアレン。

 

目をさましたアレン。多くの男たちと共に鉄の枷につながれていた。狭い船倉。最後に、追っ手の方に飛び込んだ後の記憶がない。
今自分が乗っているのが奴隷船だというのは判った。売られようとしている。
ひそひそ話をしていると、首輪をした男が上から怒鳴りつけた。

日が沈み、オールが漕がれて船は進む。濃い霧が立ち込め、星も見えなくなっていた。

 

船上が明るくなり、船の前部の甲板が光っている。

そこに男が立っていた。
大賢人はアレンの方にやって来ると、捕われの者全ての枷を外した。立ち上がるアレン。大賢人に助けられて甲板に上がる。
うずくまっている男に宣言をして、横につけている「はてみ丸」に乗り込む大賢人とアレン。

アレンの問いにハイタカは、海賊イーグルまで辿り着いたいきさつを簡単に話した。
役に立てなかったことを詫びるアレン。だがハイタカは、そなたが居てくれて嬉しいと話した。
あなたはウサギと、一体どちらへいらしたのです? アレンの疑問。
闇の世界だという。ウザギは闇の世界を取り巻いている、狂乱と悪夢の荒地に迷い込んだ。

しなければならないこと、に関するハイタカの説諭。

あれこれ考えるうちに眠り込むアレン。

 

5.海原の夢

舟は、天然の風を受けて南西に進んでいた。ハイタカはアレンに海で泳ぐことを勧めた。
最初は乗り気でなかったが、慣れると実にすばらしかった。やがてハイタカも仲間に加わる。アレンが行先を聞くと「ローバネリーだ」
ホート・タウンでは、もうあれ以上探しても何も出ない。だからもっと南のローバネリーまで行くことにした。
そこで魔法使いたちが何をしているのか、探り出さなくてはならない。
アレンはいろいろ質問したかったが、それは控えて歌をうたう事の許可を申し出た。
アレンが何曲か唄った後、ハイタカがエルファーランの歌は良かったと評した。昔、ほんの一瞬だがエルファーランを見たと語る。

 

アレンが、夢の話をきっかけに、魔法の力で死者をこの世に呼び戻し、話をさせる事が可能というのは本当ですか、と聞く。「ああ、呼び出しの術を使ってな」
ハイタカはかつて、その術を勝手気ままに使っていた者の話をした。ハイタカの師だった大賢人ネマールまで呼び出したのを知って、こらしめのために、黄泉の国の入り口まで連れて行った。
泣きわめき、怯えて大変だった。それで逆に自分のした事の間違いを知った。そのあと、その男はどうしました?とアレン。
土下座して、もうバルンの魔法は二度と使いません、と誓った。その後西に向かい、何年か経って死んだと聞いている。名前は、ハブナーのクモと呼ばれていた。

話してしまった後で、口にした事を後悔するハイタカ。

 

6.ローバネリー


ローバネリーに着いた二人。島に生えるハーバの葉を食べる虫が紡ぐ繭を、糸にして織った布がこの島の産業。
「まじない師だと?」ハイタカから聞かれたソサラ村の村長は、そんな者はいないと否定。
雨宿りをしている村人たち。雨が繭を台無しにする、と村長。
「ミルディじいさんが生きていた頃には、こんな事はなかった」と村人が言うのを必死で否定する村長。
ホート・タウンでローバネリーの絹を見たと話すハイタカに、もう五年作っていない、と村人。
聞けば、染料にも問題があるという。その議論が続いた後で、染料を作る者の事を聞くハイタカ。魔法使いだという一族に今まで委ねて来たが、すっかり力をなくしていた。

 

ハイタカとアレンは、その染料を作っていたという家を訪ねる。
白髪の老婆が飛び出して、突然ハイタカを罵り、わめく。
ハイタカがじっと老婆を見つめると、老婆の顔つきが変わった。ハイタカを魔法使いと認めている。老婆は、力をなくしてしまった、と嘆く。
力を取り戻したくはないか?と話すハイタカ。話を聞き始めたが、老婆は自分の名前はアカレンだ、と連呼して取り乱す。
老婆の耳元でささやき、静かにさせたハイタカは、そのまま家を辞した。

アレンが聞くと、あの女の名前を取り上げて、新しい名前を与えたという。そうするしかなかった。
あの老婆は、見識を持った立派な魔法使いだった。

だが、もうそれはない。
アレンは、ここの村人がおかしいと話す。色の区別が判らず、手仕事と魔法の違いさえも判らない。
老婆との話以降、気分が優れないハイタカ。敵の存在の予感。
ある場所に行くだけでなく、人にも会わなくてはならないかも知れない。

後ろから急ぎ足で来る男。わめいていたが、ハイタカの声で落ち着きを取り戻す。老婆の息子で、長年染師をやっていた。
ハイタカの耳元で、王を見た時の事を話す。手にろうそくをかざした王が吹くと火が消えた、再び吹くと、火が点いて燃え出した。
奴は死を征服した。俺はそれを知りたくて魔法をゆずり渡してしまった。俺も連れて行ってくれとせがむ男。出発までに支度が出来たら、と返すハイタカの言葉に、もと来た道を走る男。

 

アレンは、男を連れて行こうとしているハイタカに腹を立てていた。

村長と話をして、舟に戻ると染師のソプリが既に来て待っていた。
再度抗議するアレン。ソプリは村で狂人として扱われている。ハイタカは、この男に死の国への道案内をさせようと思っていた。
引きずり回されているだけの自分に腹を立てるアレンは、これは理性に反することだと反論。
これから行くところは理性の導くところではない、と話すハイタカ。
また、今度のこの旅は、そなたのものだ、と続ける。

 

7.狂人


ハイタカ、アレンに染師のソプリを乗せた舟が進む。

アレンに募る不満。
舟をこわがり、海を恐れているソプリ。
オブホルという地名を聞いて、話を始めるソプリ。四年も五年もそいつを追いかけているという、例の場所。

死んだ者が来て、また帰って来れる場所。
こんなソプリを連れて、どうやってやって行けるというのか。

失望と嫌悪を抱くアレン。

 

舟はくる日も来る日も西に向かって航行していた。アレンはいつも恐ろしい夢を見たが、ハイタカには話さなかった。
こんな男に心身を委ねてしまった、自分の愚かさを思い知るアレン。

ある日、ソプリが近づいてアレンに話しかける。
あの人はさる秘密の場所に行きたがっている。そして将来に約束されたものを信じていない。
問い返すアレンに「永遠の命ですだ」とソプリ。
夢を思い出すアレン。死の恐怖。真珠のような小さな明かりを差し出した男。あれは不死の命の光。
そこへ行くためには、持っている力を全て投げ出さなくてはならない。言葉も名前も何もかもなくなる。
アレンの疑い。彼は永遠の命を手に入れるために、自分たちを巻き添えにしようとしている。暗黙の共感を持ち合うアレンとソプリ。

 

舟の行く手に大きな島が見えて来た。オブホルだろう、とハイタカ。この島にまちがいないと誓えと言うのか?と怒るソプリ。
いなす様にハイタカが、水の補給もあるからとにかく降りよう、と作業を始める。アレンが漕ぎ手となって入り江の奥に入って行く。
上陸のため舟を砂地に上げる寸前、ハイタカが舟を海に押し戻した「漕げ!」
ハイタカの手にある投げ槍。そのうちに次の槍が舟の梁にぶち当たる。とっさにオールを漕ぎ始めるアレン。
わめくソプリの頭突きを食らって一瞬気を失うアレン。
直後にオールを取り直し、槍から逃れる様、必死に漕いだアレン。

 

改めてハイタカを見ると、左腕が血に染まっている。槍が肩に命中したのだった。槍を握っているように見えたのは、刺さっていたから。
ソプリは?と聞くと、自分から飛び込んだのだという。泳げないのに。死ぬほど怖がっていたから上陸したいと思っていた、と話すハイタカ。
なぜ攻撃を? わしらを敵だと思ったんだろう。
そこで初めて、ハイタカが傷にあてていた布が真っ赤になっているのに気付く。自分のシャツを引き裂いて傷口を縛るアレン。
ハイタカの指示で舟を入り江から出すアレン。だが回りも見ずに漕いだので、一周回ってまた砂浜に近づいていた。
まじないで舟を入り江の外に出すハイタカ。

だが動かせたのはそこまで。

重体のハイタカを前にして途方に暮れるアレン。
それでも連れの世話を進める。日よけに寝床を用意し、包帯を変え、水を飲ませた。水を飲み終わると眠りに落ちたハイタカ。
絶望の目でハイタカを見るアレン。今までの事が頭をよぎる。

 

8.外海の子ら


ハイタカが目を覚まして水を求めた。そして方角を聞く。

西に向かい、オブホルの西にあるウェロジーに向かってくれと言い、再び目を閉じた。
アレンは彼を見ても感情が湧かない。樽の水も、もう1リットルぐらいしか残っていない。
陸地が見えたような気がしたが、アレンは、積極的な修正もせぬまま舟を走らせた。
何日も過ぎ、もうハイタカにやる水もなくなった。
横になるアレン。舟の中は暑いのに、体はがたがたと震えた。

 

舟の中に立つ三人。袋から水をくれた。むさぼるように飲むアレン。

あの人はどこだ?
ハイタカの身を案ずるアレン。その人なら生きている。すすり泣きを始めるアレン。連れて行かれたのは大きないかだ。そのいかだに、はてみ丸は繋がれた。いかだの上の小屋に連れられて横になると、それきり意識を失ったアレン。

 

いかだの上で目覚めるアレン。通り掛かった男に、連れのところに連れて行って欲しいと頼む。
小さないかだに乗せられ、小屋を持つ大きないかだに乗り移り、ハイタカが眠るところまで案内される。
アレンを感じて目を覚まし、柔和な笑顔を返すハイタカ。
別の男に「眠らせなければだめだ」と言われハイタカから離れる。
その男を長と知って挨拶をするアレン。
襲われた事を簡単に説明したアレン。長の話から彼らが、世に全く知られぬ外海の上で暮らしている部族である事を知った。
連れの状態が戻るまでは元のところで待ちなさい、と言われると若者たちに促され、泳いで元のいかだに行った。泳ぎ方を笑われるアレン。
その日から泳ぎ、仕事をしたりする毎日。

 

ついに部族の長に呼ばれ、ハイタカに面会するアレン。
アレンはハイタカに、舟が流されても、あなたが苦しんでいても、何もしなかった。舟を陸地に上げることもしなかった、と詫びた。
ハイタカは、その時そなたがどう思ったかを話して欲しい、と言った。
あなたが恐ろしかった、死の恐怖から逃れたかった、とありのままを話すアレン。
ハイタカはアレンの手をきつく握った。そして今まで一度も口にしたことのなかった、アレンの真の名、レンバネンを教えた。

アレンは、自分はあなたと私の死を望んだ、と嘆き、ウサギやソプリが求めた、死を超えて生へ通じる道の事を話す。だれよりあなたがその道のことを知っている、と。
ハイタカが諭す。自分たちがいつか死ぬという事を知っている。これは人間が天から授かったたいへんな贈り物。
わしらが持っているのは、いつか失わなければならないと判っているものばかり、喜んで失っていいものばかり。
だが今まで聞いて来たことづては、生を拒否することで死を拒否し、永遠に生き続けるという事。だがわしは受け付けない。そんな中での道案内がそなただ。

そなたの不安や苦しみの赴くところにわしはついて行く。生身の人間としての恐怖がそなたを引っ張って行く、その場所にどうあっても行きつかなくては。
私にはあなたをそこへご案内する事などできません。また失敗してあなたを裏切ったら・・・
いや、モレドの血をひくそなただ。わしは信じておる。

 

長が戻って来て、二人の話に加わった。
陸のものたちに起こり始めた狂気は、ここまで押し寄せて来ることはない。わしらは外海の子、海のやり方で生きて行くだけ。
だが、陸の人間が漂流しているのを見て、ちゃんと助けてくださった、とハイタカ。
流されるままに放っておこうという者もいた。わしは助ける方を選んだ。
だが、もし陸の人間の間に狂気が広がっているなら、陸の人間がそれを処理しなければ。

長の、好きなだけここに居てもいいという好意を受け、ハイタカはもう少しやっかいになる事を決めた。
「それがいいと思います」ハイタカが想像以上に弱っている事に衝撃を受け、アレンは言われなくても留まる事を進言するつもりだった。

 

9.オーム・エンバー


いかだ族の世話になりながら傷を癒すハイタカとアレン。

夏至の晩に行われる船上での祭り。
吟唱詩人の歌に合わせて踊る若者たち。

それに混じってアレンも踊る。
だが夜も深まった頃、吟唱詩人の歌声は、どのいかだからも聞こえなくなった。長が命令しても「歌詞がわかりません」とうろたえる吟唱詩人たち。
ハイタカが立ち上がって、アレンに歌うよう指示した。言われるままに歌い上げるアレン。

 

その朝、東の空が白み始めた頃、高い空から羽ばたいて来るものがあった。ハッとして見上げるハイタカ。そして大声で叫ぶ。
それは竜だった。翼長90フィート近くあり、目は緑。
竜が口を開いた。太古の言葉で話す。それにハイタカが「メミアス」と答える。それは「よし、行こう」という意味。
竜は大きく羽ばたいて北に去って行く。
「いよいよ、出発する時が来た」

 

外海の子らは二人のために、舟に食料と水を積み込んでくれた。
舟は出発すると北上を始めた。
ハイタカは竜の説明を始める。
あれはオーム・エンバー。セリダーの竜。エレス・アクベを殺し、自分もエレス・アクベに殺されたオームの血を継ぐ竜。
竜は、ハイタカを探していた。助けを求めているという。
その昔、セリダーであの竜はハイタカを殺さず、エレス・アクベの腕環の秘密を教えてくれた。今度はこちらがお礼をする番。
竜の言うには、西国にいる竜王が自分たちを破滅させようとしている。それを助ける見返りに、こちらが探している道を教えるとのこと。

こうして二人の航海が始まった。ハイタカは、今度は惜しげもなく魔法を使って雲を呼び、雨を降らせて水を調達した。

 

いかだ族の吟唱詩人までもが歌を失った今、ハイタカが術を使えるのが驚きだった。術が続くうちは使うつもりだと言う。

ある日、島を通り抜ける時に、内陸で煙が上がっているのを見て訊ねるアレン。争いのために火をつけたという。
正しく導く者がいない。ただ、治める者がいても、王にもなり得れば、闇の王にもなり得る。混乱するアレン。
ひとりの人間が、ひとつの命が、どんなに大きな悪を働き得るかを説くハイタカ。自分自身が生と死、両界の扉を少し開けただけで、その扉を閉めるために大賢人ネマール様は命を落とした。若き日のハイタカ自身の過ち。
よい人間とは何か、の問答。
アレンが聞いた「おいで」という言葉を言い当てるハイタカ。あれはアレン自身の声でもあった。

 

アレンたちが北上を続けている時、ローク学院でも異変が起きていた。
院内の実験室。姿かえの長と、呼び出しの長がいた。
姿かえの長が、大賢人の行き先を知るために「シリエスの石」という水晶を覗き込む。

最初見えていた景色が、ロークを越えると見えなくなってしまった。冷静さをなくした姿かえの長は、石の霊を呼び出してくれと呼び出しの長に頼むが断られる。
呼び出しの長トリオンが改めて水晶を見ると、枯れることのないシリエスの泉が枯れているのが透視出来た。大賢人が死に向かっているとの危惧。バルンの知恵の書にある、生きている者を死者のところに連れて行く呪文。
知恵の書にあるものは危ない、と止める姿かえの長。

 

もう少し考えてみたいと言って、昨夜姿かえの長と別れた呼び出しの長トリオンは、翌朝自分の部屋で倒れていた。死んではいなかったが、わずかに心臓と肺を動かすだけの力しか残っていなかった。
とり付かれたように、皆にこの事件を伝える姿かえの長。生徒が、昨日詞の長も「この歌の意味が判らない」と言っていたと伝える。

その夜、姿かえの長がロークを出て行った。行くところを見た者はいない。鳥かけものか、霧か風か、とにかく姿を変えて大賢人に事態を告げに行ったのだろう。
こうしてロークの九賢人のうち三名までが欠けた。
不安を募らせて行く院生たち。
そんな中でも守りの長だけは、誰とも交わらず、穏やかな微笑を浮かべていた。

 

10.竜の道


竜の群れが舞う島に近づくはてみ丸。
二匹の竜が舟に近づき、船上をよぎると火を吐いた。竜が過ぎ去った後、お互いの髪が焦げているのを見る二人。
更に進むと、砂浜に倒れている竜に出会った。前脚の一本はなくなり、腹も破られている。舟はその前を通り抜けた。

 

更に進む舟。今まで、竜の道を航海した者は、この大賢人をおいて他になかった。
ハイタカとアレンは、細心の注意を払って岩や暗礁を避けて進む。

やがて岩場を抜けると、円柱がすき間なく並んだ高い壁が現れた。
「カレシンの城だ」「カレシンて、誰なんです?」一番年のいった竜のことらしい。
舟はゆっくり進み、城の陰から日の光の中に出た。
空のかなたから、あの竜のオーム・エンバーがやって来た。
「アロ カレシン?」その言葉以降、アレンには判らない内容のやりとり。「レバンネン」と呼ばれ、前に出るアレン。
竜の前に進み出るアレン。「ご機嫌よう、オーム・エンバー殿」
その後ハイタカがやりとりをして、竜は大きくはばたき、飛び去って行った。

 

食事をしながらハイタカは、竜と話した内容を説明した。
我々が探している者は、セリダーにはいないが、見つけ出すためにはそこに行かなくてはならない。
そしてその者は、竜から太古の言葉を奪い、けだものとしての性に従わせている。竜たちが互いの肉を食らい、ばたばたと海に落ちているのはそのせい。
竜の世界、人間の世界とも、あらゆるものの道理が失われて行く。この世界のどこかに穴が開いて、海の水がどんどんこぼれる。光もどんどん薄れて行く。言葉は失せ、死もまたなくなるだろう。

 

その話の中でアレンは、ハイタカが自分の真の名であるゲドと言った事を、彼に話した。
耄碌してはいない。ハイタカは、この先きっとわしの本名が必要になる、と言った。
これから行くところでは、名前を隠すことはできない。
夜があけたら、わしらはこの世界の最後の島を見ることになるだろう。

眠り込むアレンを見つめ、独白するハイタカ。
アレンが王として立つ時の事を思う。だがもしわしらが落ちたらそなたも落ち、他も全部落ちてしまう。
望郷の思い。ゴント山のあの森を歩きたい。

 

11.セリダー

翌朝、舟はセリダーに到着した。入り江に舟を進める。
舟を浜に引き上げ、先に砂丘を登るゲドに付いて歩くアレン。
砂山の間に来るとゲドはアレンを本名で呼び、これから眠るから見張りを頼むと言った。
ゲドの傍らに腰かけているアレンの頭上高く旋回するもの。雷鳴の様な音と共に舞い降り、砂山の頂きに止まった竜。
「主人は疲れて、お休みになっておられる」アレンの言葉に、竜は窪地まで這って来て座り込んだ。
日も高くなり、アレンがハッと気付くと、ゲドが起き出していた。

 

ゲドがオーム・エンバーと話をしている時、剣の鞘の音を聞いて同時に振り返る。アレンが砂山の頂きを見上げて剣を構えていた。
そこには、黒いマントに頭巾をかぶった男が立っていた。そしてにやりと笑う。
「オーム・エンバーか、知っているぞ」「それからハイタカ、おまえもだ」
「現身となって、わしらのところへやって来んか」と言い、アレンには、あれはあやつり人形だと言って、剣を収めさせたゲド。男はハブナーでクモと呼ばれていた者。
どこへ行けば会える?と聞くゲドに、わしの国で、わしの好きな時に、と答える男。そしてふっと消えた。

幻は海を渡れない、奴はセリダーに居る筈だというゲド。
竜の言うには、おれが滅びの主を見つけ出して連れて行ってやる、そして一緒に退治するんだ。

 

野宿に必要なものを舟で準備して、再び内陸に向かって歩き出す二人。
夜、寝る時に死者が出て来てアレンを動揺させる。それを落ち着かせるゲド。

夜が明けると、北西に向かって歩く二人。これはアレンが決めた。ゲドは道が全部同じに見え、アレンに選ばせた。
ゲドが話す、闇の世界。また歩いても生き物に出会わず、苛立ちが募るアレン。
夕方になって、焚火の材料を集めに出たアレンの前に出る亡霊。ゲドにはその事を話さなかった。

翌朝、朝食を摂っていると、あの竜がやって来て頭上を旋回している。ゲドが声をかけても返事がない。
やつまでものが言えなくなった。だが道案内は出来る。

 

二人は荷物をまとめ、竜を追った。
道は途切れ、ついに砂浜に達した。ここがさいはての島の西のはずれ。世界はここで終わっていた。
砂浜には白い小屋が建っていた。近くで見ると、それは竜の骨で作られたもの。中から一人の男が出て来た。金メッキをした青銅のよろいを着ていたが、あちこち破れている。
向かい合ったゲドが声をかける「エレス・アクベか?」頷くが、口はきかなかった。ああ、あなたまでもやつの言い付けどおりにならなければならないとは。
ゲドが言葉を唱えて手を振り下ろすと、男の姿は消えた。

竜に聞くゲド。ここがさい果ての岸。

 

杖を取って呪文を唱えるゲド。「我が敵よ、出て来い」
静寂が続き、その後あたりが暗くなり、更にゲドの前が暗い。
突然、その中から男が現れた。神聖文字を彫り込んだ鋼の棒を持っている。
おれは影なんかじゃない、おれだけは生きているのだ。そしておまえは死にかけている、と。
鋼の棒が突き付けられるが、動けないゲド。同様にアレンも動けない。

その時、不意に竜が男に襲いかかった。男の棒が、竜の胸にぐさりと刺さった。同時に男も竜の下敷きになり、押し潰されて、焼かれた。
だが、竜に倒された男の死体と思われるしなびた醜いものは、もぞもぞと動き出し、竜の下から這い出した。
ついに敵の本当の顔を見る二人。
男が背を向けると、男のまわりに闇が集まり、アーチを形作った。そして中に入る男。
「行こう、レバンネン」ゲドは言って、二人でその渇ききった黄泉の国に入って行った。

 

12.黄泉の国で


石垣をまたいて渡り、大賢人の杖の光を頼りに先へ進む。空は黒々として星が出ている。
命の丘の反対斜面を下り、街中に入って行った。ゆっくりと動き回る死者たち。深い同情を覚えるアレン。
ゲドが急に足を止めた。四つ辻に立つ男に声をかけた。ローク学院の呼び出しの長トリオン。
不死の人についてこの国に来た。もう道がわからない。
抱きしめるゲド。そしてまた歩き出す。取り残されたトリオン。下り坂は続く。

 

やがて町を抜けた。続く田舎はがらんとしている。
道をはるかに下って山のふもとに続く道。

山を指さすアレンに「そう、光の世界との境い目だ」とゲド。その山脈は「苦しみ」と呼ばれている。更に前進を続ける二人。
行く道は次第に平らになっていた。下り坂が終り、この先道はなかった。彼らは「苦しみの山」のすぐ下の谷間にいた。狭い谷間にじっと立つゲドとアレン。
「戻るには遠くまで来過ぎてしまったな」とゲドが言う。
すると闇の中で声がした。
「そうだ、おまえたちは遠くまで来過ぎてしまった」
おまえたちは死の川までも来てしまった、と闇の声。もう生の世界へは戻れないぞ。
ゲドは、そなたの道を探し出すと言い返す。

ゆっくりと姿を現した男、クモ。セリダーの砂丘で見たように背が高く肩幅も広い。だがはるかに年をとっていた。目が、がらんどうになっている。死者についての、クモとゲドの議論。
クモは、俺は傷を癒し、若さを保つ奥義を知っている。魔法使いの中でただ一人、不死への道を見つけた。
クモは続ける。俺はこの世が始まった時から閉じていた扉を開けた。だからここへ来るのも、生きた人間たちのところへ戻るのも自由自在。
この扉はここだけで開いているのではなく、生きている人間の心の中で、その存在の深みで扉を開けて待っている。
人々はそれを知っていて、俺のところにやって来る。そうして生と死の間を行き来する。

ゲドが次第にクモを追い詰めて行く。
繰り返される言葉の応酬。クモは次第に後ずさりして行く。
クモよ、出来ることならそなたに命をやりたい。だがそれは無理。そなたは死んでいるから。しかし死ならやれようぞ。
クモは「だめだ!」と嘆く。自分は両界を仕切る扉を開けてしまった。俺にはそれが閉められない。開いた口が俺を吸い込もうとしている。開いた口は、やがては地上の光の全てを吸い込んでしまうだろう。

開いた口はどこにある? 遠くはない。だが行ったところでどうにもならん。嫌がるクモになおも迫るゲド。
「あかりを!」アレンが叫び、ゲドが杖を掲げると、白い光が闇を破った。クモが速足で進んで行く。それに続くアレン、そしてゲド。

 

アレンはクモに追いついて、その手を掴んだ。その前は水盤状の窪地になっていて、その上には崖がそそり立ち、そこにぽっかりと黒い穴が開いていた。

ここがその場所だ。俺について来さえすれば不死身になれる。
アレンは、その穴に向かって「閉じろ!」そしてゲドも「ああ、閉じようぞ」と言った。
ゲドが両手を上げて呪文を始める。アレンもクモも、呪文の力で動けない。

生涯をかけて磨いた技と、精神の全てを動員して、ゲドはその穴を閉じようとした。
クモは、扉が閉じようとするのを感じると共に、敵が衰弱しつつあるのも感じ取っていた。
クモがアレンの手を振り払い、ゲドに組み付いてその首を絞めた。
アレンはすかさず剣でクモの肩に切りつけた。だが死んだ男を殺したところで何にもならない。その傷はすぐに塞がった。
敵がアレンだと認識して迫るクモ。アレンは再び剣を振り下ろす。脳天を真っ二つに割られるクモ。
その時、ゲドが一言発して、二人とも動きを止める。
そしてゲドは崖に向き「癒されよ、一(いつ)になれ!」と言って、終りを現す神聖文字の「アグネン」の言葉を空中に書くと、岩は完全につながって、扉は閉ざされた。

 

ゲドは、クモに向かって解放の言葉を授けた。彼はゆっくりと踵を返すと、死の川を下って行き、そして見えなくなった。
「終わった、何もかも終わった」「さあ、まいりましょう」
だが力を使い果たしたゲドは、アレンの支えがなくては動けない。ゲドを抱え、必死で歩くアレン。
激しい疲れにたびたびつまづく。それでもゲドを背負い、よろよろと歩く。

 

13.苦しみの石


目を覚ましたアレン。うつぶせになっているゲド。振り返るとオーム・エンバーの巨体が見えた。
死から生への境界線を、この人を背負って超えて来たが、ゲドの体は冷たく感じられた。
川の水を飲みに行った先で、向こう岸に巨大な竜を見つけるアレン。

どうして良いか判らず、とりあえず水を汲んで戻り、ゲドに飲ませたが、目覚めない。
ふとポケットに手を入れると、固いものに触った。固い小さな石。それは「苦しみの山」を形づくる岩のかけら。
彼は今、生まれて初めて勝利というものを知った。

 

ふと気がつくと、対岸にいた竜が川を渡ってこちらに来た。そしてゲドに近づき、彼の名を呼んだ。ゲドの口から言葉が洩れる。
「カレシン。センパニサイン アル ローク」
アレンがゲドを抱き上げようとした時、竜がその大きな足を突き出し、アレンの直前に置いた。
「手を出すな!」とアレンは制止する。
「ここに乗れ、と言っているのだよ」 驚くアレンだが、やがてそれを納得する。竜の足で踏み台となっているところを、ゲドを支えながら登り、首の付け根の窪みに座った。快い暖かさ。
竜は、小さな客を振り落とさないよう用心しながら舞い上がった。

 

ローク周辺の島では、竜が飛ぶ姿を見て大騒ぎとなっていた。人間の歴史が始まって以来、ロークに入って来た竜は一匹たりともいなかった。だがカレシンはひるむ事なく、ローク山の頂まで来て着地した。

 

出迎えた長たちの前で、竜の背から降りて来た二人。
人々の見ている前でアレンの前にひざまずくゲド。そして立ち上がると、若者の頬に接吻した。
「わが連れなりし王よ。ハブナーの玉座につかれたあかつきには、永く平和に世を治められますように」
そして再び竜の背に乗ると、ゲドはゴント島に向かって飛び去った。静かに見送る守りの長。