ゲド戦記 Ⅰ 「影との戦い」 作:K・ル=グウィン | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

日々接した情報の保管場所として・・・・基本ネタバレです(陳謝)

ゲド戦記 Ⅰ 「影との戦い」 作:K・ル=グウィン 訳:清水真砂子  

                                       国内初版:1976年
2018.1.22に亡くなった原作者に敬愛を込めて・・・

他の巻 、 、 、 、 

時間のない人向け 全体まとめ

 

 

感想
この本は、息子が小4の時に買ってやったもの。息子は本が好きで、その頃私の持っていた「八ッ墓村」を難なく読んでしまい「神童か」と期待した(高2で中退・・・その後復活したが)。小4には少し難解だったらしく、その後何度か読み返した様だ。
本は会社の帰りにいつも寄る書店に新しく入ったもので、長らく三部作で留まっていたものの4作目が出て、改めて4部作として注目されていた。もう20年以上前の話。


さて本編。
後に大賢人と言われるゲドの、少年期から青年初期までを描いたもので、冒険ファンタジーとして本当に素晴らしい作品。

 

伯母から教えられた僅かな魔法を駆使して、カルガド帝国から島を守った少年に注目する魔法使い。そして自らの驕り、妬みから自分自身の影を呼び出してしまうゲド。助けようとして巻き添えになった恩師を死なせてしまったゲドの、計り知れない後悔。

 

ここで言う「影」とは何か?最初は異世界から呼び出してしまったものと思われていたが、師であるオジオンの言う「立ち向かえ」という言葉により追う立場になった時、それが自分自身の一部であることを確信して行く。

 

あらすじでは多く表現していないが「全(まった)き者」という言葉がたびたび出て来る。完全で欠けたところがない者。聖書で使われる言葉。

自分自身の、内なる精神世界での葛藤を「影」という具体化したもので表現し、それを克服していく姿をこれほどまでに、ドラマチックに見せてくれる。
少年向けと言って侮れない奥深さがある。

 

この印象は、訳者のスタイルにも関係しているかも知れない。

・・・オジオンについて、いつまでも、どこまでも森を逍遥し、いかにしたら寡黙でいられるかを学びたいと思った・・・

全編こんな調子で、およそ少年向けとも思えない。だがそれが、年齢が上がって再度読み返しても陳腐にならないという良い点でもあり、優れた取り組みだと考える。

 

ただ、カラスノエンドウやらノコギリソウやらは、いくら原作に忠実と言っても、ちょっとテンションが下がる、かも。


超あらすじとして好適
基本図書を読む23『ゲド戦記Ⅰ影との戦い』

 

 

あらすじ

 ことばは沈黙に

 光は闇に

 生は死の中にこそあるものなれ

 飛翔せるタカの

 虚空にこそ輝ける如くに

 -『エアの創造』-


1.霧の中の戦士

多島海(アーキペラゴ)に浮かぶ小さな島「ゴント」。

魔法使いを生んだ地として名高い。
そこに住む少年ダニーは、一歳にもならないうちに母と死別。

六人いる兄たちは既に大きく、鍛冶屋の父親も手がかけられない。

彼は誰にもかまわれず、雑草のように育った。
力もついて来た頃、父はダニーを鍛冶屋見習いとして働かせ始めたが、すぐに仕事を抜け出して森をほっつき歩く子供だった。

ダニーの伯母は、ものごごろがつくまでは彼の面倒を見たが、その後は放任。
ダニーが7歳になった時、叔母がヤギに魔法をかけて意のままにしたのを見て、それを真似るダニー。
数多くのヤギに取り囲まれて身動きが取れず、騒ぎになった時、伯母が小声でその魔法を解く。
ダニーに大きな力があるのを感じた伯母は、自分の知っている魔法を彼に教え始める。
その中には、タカを意のままに操る呪文もあり、それを使って遊ぶ姿を見た子供たちから「ハイタカ」と呼ばれるようになるダニー。

 

強大な勢力を誇るカルガド帝国は4つの大きな島からなり、血を見ることの好きな、野蛮な種族。
周辺の島を襲い、ついにゴント島へやって来る。

島にはまともな武器などなく、父は手持ちの青銅を槍に作り変えた。

だがゴントの民に戦いの経験はない。
この場でどうやって戦うことが出来るかと考えたダニーは、霧を使うまじないで敵を攪乱し、ついに撃退。

だが自分の力を使い果たしたダニーは、昏睡に陥る。

 

ダニーが昏睡状態になってから5日目に、ある男が村を訪れる。

そしてダニーを訪ね、自分の手をひたいに置くと、ダニーは目覚める。

男は「沈黙のオジオン」と呼ばれる大魔法使い。
オジオンの指示で、成人の儀式は彼が名付けを行う事となる。
ダニーが13歳の誕生日に儀式は行われ、オジオンは彼に真の名前「ゲド」を教えた。

そしてゲドは修行のため、オジオンについて村を出る。

 

2.影

自分の家に戻るオジオンの後に続くゲド。

偉大な魔法使いの弟子として、すぐに修行が積めると思っていたが、オジオンは何も教えてくれない。
ようやく師匠の故郷ル・アルビに着いたゲド。
ゲドは六百からなる、ハード語の神聖文字の読み書きの勉強を始める。魔法の呪文に関わる根源的なものが神聖文字。

 

春が訪れると、オジオンはゲドを草原での薬草摘みに行かせ、その時はかなりの自由を与えた。
「白い聖人」という貴重な花を見つけ、翌日もそこへ行くと少女がいた。多分領主の娘。醜かったが、話しているうちに、彼女の称賛をかちとりたい気持ちに駆られ、霧をおこして敵を倒した話までしてしまった。
死んだ人の魂も呼び出せるか?と聞く少女。

平気を装い、出来るかも知れない、と答えてしまう。

 

翌日に会った時も、少女はしつこくゲドの魔法を見たがり、今度は姿を変えて見せてくれとせがむ。

オジオンが外出中のスキに、蔵書の中の「変身」の呪文を読み始めるゲド。だが知らない文字も多くあり読み進めない。
それでも多少理解出来るところで、そのページに吸い寄せられる。

呪文を全部読み終えると体が動かない。部屋の傍らにドロドロとした影のかたまりが。それがゲドにささやきかける。
その時、ドアが大きく開かれ、白い光と共にオジオンが飛び込んで来て鋭く叫び、呪文を解いた。

オジオンの叱責に、少女の事を白状するゲド。あの少女の母親は魔女だとオジオンが教えていたのを、ゲドは聞き流していた。
力には危険がつきものだと諭すオジオンに、何一つ教えてくれなくて、どうしてわかる、と反発するゲド。

そんなゲドにオジオンは、希望するならローク島にやってもいいと話す。そこならあらゆる高度な術が授けられる。話に聞く賢人の島。
ロークへ行く、と決心するゲド。

 

ゴント港に着いたオジオンとゲド。

オジオンは内海に向かう船にゲドが乗れるよう手配。
ガレー船「黒影号」に乗ってゴント島を出るゲド。魔法で風が起こせるか?と聞く船長だが、オジオンに固く止められている。
しばらくは穏やかな航海だったが、ローグ島を目前にして暴風雨に遭遇。
船長は、方角が判らないから、このままではホート・タウンに行くしかないとゲドに宣告。

西の海を凝視するゲド。大波の間に町の灯を見つけ、あちらがローク島だと報告するが相手にされない。
ゲドがサッと手を上げて指した先のかなたに、一瞬見えた町の灯を見て、船長が指示を出す。

 

3.学院

学院を訪れるゲドだが、門番がおり魔法により入れず、まじないの力では何ともならない。自分の名を語れと言われ、やむなくゲドを名乗ると魔法が解け、中に入ることが出来た。
大賢人ネマールに、オジオンからの手紙を代読するゲド。

そして入学を許される。
案内役のヒスイ。慇懃無礼な態度。ゲドは自らをハイタカと名乗った(真の名は教えない)。
食堂に案内され、一通りの説明。

食事中のずんぐりした男、カラスノエンドウを紹介される。
二人に連れられて町へ出るゲド。今後の生活のためのレクチャー。

一通りの説明を終えて、ヒスイがゲドに魔法のお手並みが見たいと迫る。自分は水が湧き出る魔法を見せた。

カラスノエンドウも言われ、小さな虫を出した。
いたずら半分なことはしない、と断ったゲドを見下すヒスイ。

ヒスイは、その後も小馬鹿にしたような態度を取ったが、ゲドは無視して授業に全てを傾けた。

 

ゲドはみるみるうちに頭角を現し、すぐに先輩たちを追い越した。
講師である手わざの長(おさ)に文句を言うゲド。

小石をダイヤモンドに変えても、魔法が解ければ元に戻る。

戻らないようにどうして出来ないか、と。
それは姿かえの長の領域、と語る手わざの長。

だが宇宙の均衡をゆるがすから危険だと警告。

 

入学して半年後、ゲドは7人の院生と共に「隠者の塔」に送られる。

名付けの長の元で、あらゆるものの名前を記憶する。
厳しい勉学を乗り越え、一年経とうとする頃、ゲドが8人の中で真っ先に「隠者の塔」から解放される。
院に戻る道中で雨に遭い、雨宿り。

目覚めると小動物のオタクがマントの間に潜り込んでいた。

獰猛で、普通は人に懐かないが、ゲドに敵意は見せない。

 

オタクを連れて院に帰還するゲド。喜んで出迎えるカラスノエンドウ。

この一年で彼はまじない師の資格を得ていた。
相変わらず、人の神経を逆なでするヒスイ。
その晩、院に招かれたオー島の領主。魔法使いとしても名高く、今日は妃も同行させていた。ゲドはたかが女、と軽く見ていたが、ヒスイが妃の前に出て目くらましの術を披露。妃を喜ばせ、周囲の人々をすっかり満足させた。ただ一人、ゲドを除いて。

 

4.影を放つ

カラスノエンドウとヒスイは、まじない師の資格を得ていたが、ゲドにはまだ訓練が待っていた。
ひたすら勉学に励むゲドは、院内でも優秀生として注目されていた。

そんなゲドに姿かえの長は、必要以上の呪文を教えた。
更に、魔法使いの神髄に迫る教えを得ようとするゲドだったが、姿かえの長はなかなか教えてくれない。
また、呪文の練習をしている時に、急に不安にかられる事があるゲド。

夏に入って、例年なら別々となる祭りが二晩重なった時があった。

 

町を上げての祭りの二晩目、院生たちの集まりで、魔法の腕を披露する競争が始まる。宙に浮く魔法がまだうまく出来ないゲドを、ヒスイが嘲笑した。すかさずやり返すゲド。
そんなやりとりの後ヒスイが、死んだ人間の霊を呼び出せるかと挑発。それに乗ってしまうゲド。

ゲドは「エンラッドの武勲」に出て来る、千年前に死んだという女「エルファーラン」を呼び出すと言い、呪文を唱え始める。
そして呼び出してしまった黒いもの。ゲドが抱き上げたそれは崩れ、ちりぢりになった後、白い女の姿が現れる。そして一瞬の後、影が大きく広がり、光の破れ目から黒い影の固まりがゲドを襲った。

顔、体の肉が引き裂かれるゲド。
カラスノエンドウが必死で助けようとするが、体が動かない。
その恐ろしい光は次第に明るさを失い、裂け目も閉じて行った。

だが黒い不気味なものは姿を消していた。
ゲドの傍らには大賢人のネマールがおり、杖の先でゲドの心臓、唇に触れると、口を開いて息を吹き返した。
がっくりとひざまずくネマール。
異常を察知した数名の長も駆け付けており、ゲドを抱き上げた。

薬草の長の元に運び込まれたゲドは深い傷で、治療は困難を極めた。
大賢人ネマールは、ゲドから影を追い払うのに能力の全てを使い果たし、翌日に亡くなった。
次の大賢人、ジェンシャーが選出された。

ゲドは4週間を意識不明のまま過ごし、ようやく目覚めた。

 

半年が過ぎてもゲドの口はなかなか元に戻らず、話すのにも不自由した。
春になってようやく薬草の長は、ゲドを新しい大賢人ジェンシャーに面会させた。
ジェンシャーは、ゲドの忠誠を受け入れなかった。またゲドをこのロークから出さないと言った。ゲドが放った邪悪な影は、今の状態のゲドに簡単に入り込んでしまう。十分な知恵と力を獲得するまでは。
死んだほうがよかった、と言うゲドにジェンシャーは、ネマールはそなたのために命をなげうった。

とにかくここで修練を積むのだ、それしかない、と諭す。

秋になると、ゲドは再び隠者の塔に送られて、名付けの長の指導を受けた。
塔に発つ前の晩、カラスノエンドウが訪ねて来た。ゲドが療養の間、小動物のオタクを預かっていた。

カラスノエンドウは故郷に戻って、魔法使いとしてやっていくという。
そして別れ際、カラスノエンドウは自分の真の名「エスタリオル」を告げた。自らも名を教えるゲド。
カラスノエンドウが去ってから、今日が自分の成人式で、オジオンから名を授けられた日だと思い出す。

あれから4年の月日が経ち、ゲドは17歳になっていた。

隠者の塔での修行が終わった冬の終わり近くに、ゲドは学院に戻った。
まじない師の資格を得て、ジェンシャーからようやく忠誠を受け入れられたゲドは、更に真の魔法習得を重ねて行った。
その合い間に、自分の放った影についての知識を集めたが、手掛かりは乏しかった。
影についての長や大賢人たちの見解は「わからぬ」。

だがはっきりしているのは、それを見つけるのがゲド自身だという事。

 

18歳の誕生日を過ぎ、様式の長の元での修行を終えた春に、再び学院に帰ったゲド。今後どうすればいいか、彼自身知らなかった。
館の入り口に立つ老人。5年前初めて学園に来た時に会った門番。

何者か判るか、と言われ、九賢人と言われる中で一人だけ会っていない、守りの長では?と言うと「その通り」。
今度はその賢人の名を言わなくてはならない。
名前を知ることで魔法が掛けられる、そういう修行を積んで来たが、長と言われるほどの人の名前を知るすべなどない。
待たせて欲しい、と言ってあちこちさまよい、考えを巡らすが、どうしても思いつかない。
翌日、守りの長のドアを叩き、まだ力がないから、ここで仕え、あなたに教えてもらうしかありません、と言うと、
「聞いてみなされ」 「お名前は何とおっしゃるのです?」
そうすると長はやさしく微笑み、名を告げた。

そしてゲドがその名を言うと、館に入ることが出来た。
館でロー・トーニングの島人から贈られたマントを羽織るゲド。求められてその島へ赴くのだ。杖も与えられ、守りの長はゲドを送り出した。

 

5.ベンダーの竜

ロー・トーニングの島民は、新しい魔法使いのために一軒の家を用意していた。
もともと貧しいこの島が魔法使いを求めるのは、過ぎた願いだが、最近ベンダー神殿に棲みついた竜が卵を孵して、今にも襲って来る恐れがあり、島民たちが魔法使いの派遣を願い出ていた。
本来ならもっと条件の良い赴任先があったが、あの事件以来ゲドは、名声や見てくれには嫌悪さえ抱いており、この申し出を喜んで受けた。

赴任してしばらくは、顔の傷があり、ほとんど喋らないゲドに近づく者がいなかった。

そんなゲドにも友人が出来た。船大工のペチバリ。ゲドが、息子のために作った船に、安全のためのまじないをかけてやった事から、ペチバリの方は、ゲドに船を操る方法を教えたりという相互関係に。

 

秋も深くなって、ペチバリの息子が病気で倒れる。祈祷女では手に負えず、ゲドに助けを求めて来た。
「ハイタカ様がきっと助けてくださる」という夫婦の期待に応えようと、熱さましの呪文を唱えるゲドだが、病状が重すぎて反応しない。
ゲドは身の危険もかえりみず、自分の霊を呼び出して、子供の霊を追いかけさせた。
だが深追いし過ぎて、闇に包まれた山の中腹にぽつんと立つゲド。

子供は既に死出の旅に発った。
こちらを向いてささやきかける者。黄泉の国に行くか、戻るか。
ゲドは手にした杖を高く掲げると倒れた。

同じ様に、部屋ではゲドが杖を高く掲げた時、それが白い光を放ち、彼は倒れた。子供はベッドでこと切れていた。
動かないゲドだったが、オタクが寄って来てゲドの手を舐め始めた。

その感触で目覚めるゲド。
ゲドは生まれて初めて生きたまま黄泉の国へ行き、そのまま戻って来た。そこで自分を待っていたのはあの影。霊界の生死を隔てる石垣のところで、じっとゲドを待っていた。
これからは、絶えずゲドをつけて回るだろう。

 

それ以来、ゲドは影を恐れて考える力も失い、家の周りに防塁を巡らしたりした。だがこんな事に精力を費やしていては、島民を守ることさえ出来ない。
ゲドは島の長に申し出て、ベンダーの竜退治に行かせて欲しいと言った。
「お気のすむように」と不機嫌な長。

この若者は死神にとりつかれたと考える者もいた。

 

ベンダーに向かったゲド。船がベンダーを避けるようになって既に百二十年。わざわざ出向いて竜と戦うものなどいなかった。
ベンダーの島に着いた時、子供の竜が迫って来た。

呪文ひとつでそれを海に投げ込む。
次々と襲いかかる子供の竜を退治し、五匹まで殺した時に、塔だと思っていた巨大なものが動き出した。それがベンダーの竜。
ずいぶん若いな、と太古の言葉で話す竜。
お前がここに来たのは、わしの助けを求めるためか?ほれ、暗闇に居るあれにも立ち向かわなければならんからな。
ゲドを狙う影が見えている竜。

そしてその名前を教えてやれるとも言う。

竜の誘いをはねのけ、二度と再び東へは行かないと約束すれば、身の安全を守ると言うゲド。
何にかけてだ。
「きさまの名にかけてだ、イエボー!」
竜はハッとして身を固くした。ゲドはローク島での竜の歴史の分析から、この名前を推測していた。
真の名前を知っていればゲド側が有利。
今まで安穏に暮らして来た竜にとってゲドは負担。

再び、影の名前を教えてやろうか、と持ち掛ける。
その期待とも闘わなければならないゲド。
だがそれを振り切って竜の首に革ひもを括った。

イエボーと叫ぶたびに、ひもが締まる。
結局竜は二度と多島海には行かぬと誓い、以後それを守った。

 

6.囚われる

ロー・トーニング島に帰ると皆がゲドの帰還に驚く。竜を降参させた証拠を要求する者もいたが、魔法使いが真実を語るものだという事を知ると、喜びに湧いた。
ペチバリとの再会。彼の心に、竜を退治しながら息子を助けられなかったという非難があった。

 

再び不安に苛まれたゲドは、村人に船を出してくれるように頼んだ。
サオドまで辿り着いて、今度はロークまで行く船に乗船を頼む。
だが船がロークに近づくにつれ、強い風に阻まれた。船長に頼まれて魔法の風を吹かせたが、どうしても前に進めない。

ゲドは船長に、船をサードに戻すよう頼んだ。

ロークの風がゲドを近づけないのは、影が迫っているという事。

ロークへの帰還は不可能。
とにかくどこでもいいから、と一隻のガレー船に便乗を申し出る。

船長は快くそれを受けた。

 

翌日、船はサードの北のホスク島に着いた。
町を歩いていると、頭巾をかぶった男に声をかけられた。

何を恐れていなさる?
と聞かれ、後をつける者の事を話すゲド。
戦う剣が必要ならテレノン宮殿に行きなされ、との言葉。

オスキルにあるという。

ゲドは北に行く船を探し、漁師に聞いたその船の船長に交渉するが、金を請求される。金の代わりにガレー船でオールを漕ぐ事を条件に、乗船を許される。

 

船内で知り合った男スカイアー。途中寄港して、更に北へ向かう船。
数日かけて船はオスキル東部の都市ニーシャムに着く。
土地勘が全くないゲド。自分もテレノン宮殿に行くというスカイアーに頼るしかなかった。

だが行けども行けども辿り着かない。
何度か声をかけた後、スカイアーが振り返ったが、頭巾の中に顔がない!
杖でその相手を殴るが、撃退出来ない。

抱き付こうとするのを逃れて走り出すゲド。
追っ手の声は次第に小さくなるが、その声はこれまでもずっと耳の奥でしていたものだったのを思い出す。

先にかすかな明かりが見え、必死に走るゲド。

門が見えてホッとしたところに、魔物が後ろから抱き付こうとした。
門の中に入ったゲド。だがもう力が残っていなかった。

彼はそのまま闇に落ちて行った。

 

7.ハヤブサは飛ぶ

目を覚ましたゲド。日の光があふれ、上質な寝台に寝かされていた。
人の気配がして、女が入って来た。ようこそ、ハイタカさん。
全く見覚えがない美しい女性。
ここはテレノン宮殿。ここの主人はペンデレスク。

この地方を広く治めている。この夫人はセレットと言った。
ペンデレスクはかなりの高齢で、好きなだけ客として留まって欲しいと言った。
ここに来るまでのいきさつを思い返して、不思議に思うゲド。偶然だと思っていたが、明らかに意図されたもの。だがここに影の気配はない。

 

何日も逗留しながら、セレットと語り合う毎日。
歓待のお礼にと、ゲドはこの宮殿の名前となっている宝石の事を聞いた。特別なものだと言い、見せてあげる、と立ち上がったセレット。
湿ってごつごつした敷石に目が留まった。

特別な力を持っているとすぐ判った。
この石は現在、過去、未来全て判る。ゲドの来訪もこれで知ったという。聞きたいことは何でも教えてくれる、と挑発するセレットだが、ゲドは聞くことがないと断る。

その場は逃れたが、セレットが再びゲドを誘う。石の力の強大さ。

ゲドが誰よりも強くなれる、とも。
様々な事が見えて来たゲド。セレットが彼を助けたのは、石の奴隷になる前に、影に取りつかれてしまいたくなかったから。

 

セレットはペンデレスクとゲドを天秤にかけ、テレノンを自分の支配下に置こうとしていた。ペンデレスクがその企みを壊すため、まじないとかけようとする。
ゲドの手を引いてセレットが逃げる。急速に容貌が衰え、魔女の様相を呈するセレット。逃げる途中でゲドはこの女が、かつてゴント島でゲドが呪文を読んで影を放つ原因を作った、領主の娘だったと悟った。
逃げる途中で、息絶えたオタクを見つけるゲド。

石に仕える者は、様々な空飛ぶ怪物に変身している。セレットはカモメに変身して飛び去った。
ゲドは杖で魔法を使ったが役に立たず、遂に鳥に姿を変えた。

ハイタカではなくハヤブサ。
カモメになったセレットを追う生き物たちの群れに、急降下して攻撃したが、カモメは既に餌食となっていた。生き物たちは次第に去って行き、ハヤブサとなったままのゲドは矢のように東に向かっていた。

 

沈黙のオジオンが秋の逍遥から帰って来た時、一羽のハヤブサが降りて来て、彼の腕に留まった。
そのハヤブサを家に入れると、オジオンは静かに呪文を唱え、ハヤブサを見ないでそっと「ゲド」と呼んだ。
炉端で、疲れた目をした若者が震えながら立っている。ゲドはいかにもやつれていた。
人間の言葉は全く通じない。姿を変えている時間が長いほど、真の姿をなくす危険が増す。
ゲドが考えていたのはただ一つ。危険な土地を逃げ出し、故郷に帰ること。そしてゴントに自分を戻してくれる人はただ一人。

 

三日目の朝、ゲドはようやく口をきく事が出来た。
「やあ、来たか」というオジオンに「はい、出て行った時と同じ愚か者のままで」。
ゲドは、ゴントを出て以来の長い話をオジオンにに聞かせた。

例の者に立ち向かう力はないのです、と言うゲド。

オジオンは、もう姿を変えてはならんと説く。

影はゲドを破壊しようとしている。
そして、対決するために「向きなおるのじゃ」と言った。

そなたを追って来た狩人は、そなたが狩らねばならん」
ゲドに名前を授けたのはアール川の水源。

そこにこそ力となるものが発見できる。
ゲドは、今まで多くの優れた魔法使いと接して来たが、あなたこそ真の師です、と深い敬愛を込めて言った。
オジオンは、その晩ゲドのために、吟味された木で杖を作った。

次の夜明け前に、ゲドの姿はなかった。

 

8.狩り

ゴントの港に着いたゲド。西方に行く船を探したが、冬至近くなってここを離れるような船はなかった。
何とか舟を売ってくれる漁師を探し出して、それを修理。

そして海に出る。
影が一体どこに居るかも判らないが、どうせ対面するなら海上がいいと思っていた。
北西から吹く天然の風を利用して進む舟。帆柱は杖。

島をはるかに見ながら西へと向かった。いつしか霧雨となった。

俺はここだ!と叫ぶゲド。

海上はるか前方の雨の中、あの影が向かって来るのが見えた。
人間の形をしている。そして昼間の明るさで半分見えなくなっていた。
舟は影めがけて突き進む。

狩るものと狩られるものとの追撃戦は、長時間続いた。
何度か接近、離散を繰り返し、ゲドはいつか、影を追い詰めたと思い、舵を回したとたん影が消え、舟が暗礁に乗り上げて大破した。
大波に流されながらも、砂浜に打ち上げられたゲド。

 

長い時間の後目覚めたゲドは、その中州のような砂浜を歩き続け、小さな小屋に辿り着いた。
中には男女の老人がおり、恐怖におののいている。危害は加えないと言っていろりの火にあたるゲド。火が欲しいと頼んで薪をくべる。
水と干物のようなものをもらって何とか一息つく。

三日が過ぎ、ゲドは浜に打ち上げられた舟を回収して、流木と合せ修繕とも建造とも言えない作業を始めた。

老婆が、磯で取った貝を持って来た。

それをすぐに食べ、礼を言うゲド。
次に老婆が持って来た半欠けの飾り輪。ゲドにくれるという。この二人は多分高貴な家の子だったのだろう。殺すしかないところを島流しに遭った。だがその後この話の真相を知る。
ゲドは立ち去る時のお礼に、海水混じりだった井戸を真水にする魔法かけを行った。

 

海に出て、影のことを考えるゲド。舟が座礁した時、殺そうと思えば出来た筈なのに、影はそれをしなかった。
今言えるのは背を向けずに追い続けるということ。
舟は多島海域に入り、小さい島が入り組んでいる。その入江の一つに入り込み、舟の通る道がいっそう狭くなった。わなだ。
入って来た入江を戻るために方向転換する時、ひょいと後ろを振り向くと、舟の中にあの影が立っていた。
影に飛びかかるゲド。相手もやみくもに攻撃を仕掛ける。
激しい争いが続いたが、影を掴んだその手には何も残っていなかった。
影はじりじりと後退し、形を崩して流れて行った。

恐怖は消え去っていた。三度、両者は出会って、触れた。自分の意思で影と向き合い捕まえようとした。

両者はいつか、切っても切れない絆で結ばれていた。
今となってはどちらも相手から逃れることは出来ない。

いよいよの時が来れば、その時こそ両者はひとつになるだろう。
それまでは、どこに居ようがゲドに安らぐ時はない。それを悟った。

進みつつある場所が「手の型島」だと知ったゲドは、そこに村がある事を確信して舟を進めた。

村人たちは、魔法使いに警戒していたが、精一杯のもてなしで応えた。有り難くそれを受けるゲド。

 

9.イフィッシュ島

ゲドはその村で三日間過ごした間に新しい舟を準備した。舟の持ち主の老人は、初めゲドの魔法を恐れて、舟はただでやると言っていたが、ゲドが彼のそこひを治してやったため、非常に喜んだ。
舟を「はてみ丸」と名付け、舳先に目でも描いてくれれば、感謝の気持ちが舟を守る、と言った。

 

ゲドは翌日島を出て二日間進んだ後、ヴェミッシュ島に入った。そこで出会ったまじない師が、ついおとといに、あなた様に似た者を見たと話す。その者は舟による出入りの形跡もなく、自分の影を持っていなかった、とも。
すぐさま港を出たゲドは更に先を急いだ。

南へ航海を続け、丸一日進んで、あのカラスノエンドウの生まれたイフィッシュ島、イズメイの港に着いた。

居酒屋で飲食をするゲド。
店の主人が話す、今ここに居る魔法使いの話。ロークの学院で訓練を受けたという。ゲドをその者と競合する存在と勘繰る店主に、ゲドは旅の者だと話す。

 

翌朝、雪のちらつく通りを散歩していると、語らいながら歩く男女とすれ違うが、男の声に聞き覚えがあった。
「カラスノエンドウ、俺だよ」
しばらく黙っていたが「君だったか!」と叫んで抱きしめるカラスノエンドウ。
挨拶をためらった言い訳を聞くと、三日前にゲドそっくりの者を見たという。だがすぐに姿を消した。
彼が連れていたのは妹のノコギリソウ。

カラスノエンドウは、イフィッシュ全島を担当していたが、この小さな町を住居として弟妹二人と暮らしていた。家に案内されるゲド。
食事の間に、ゲドは今までの一切のことをカラスノエンドウに話した。
「俺も一緒にいくよ」との申し出を断るゲドに、もし失敗すれば影は更に強大となり大変な事になる。

また君が勝った場合は、それを知らせる者が必要だと返す。
最終的にゲドはその申し出を受けた。
舟に積み込むものの準備をしてくれるノコギリソウ。
カラスノエンドウは、島の主だった人に、ゲドと行く事の説明を行った。

明け方、静かにイズメイの港を出るゲドとカラスノエンドウ。

 

10.世界のはてへ

悪天候の中、二昼夜進んだ後、補給のためにソーダース島に寄港する二人。雨よけの帆具や飲み水は、普通なら魔法でやりくり出来るが、ゲドは極力魔法は使わない方針を取った。

ソーダースを発って三日。ペリマーという小さな島に着く。

気が触れたまじない師にののしられ、すぐそこを発つ。
翌日、最南端の島アスタウェルに到着する二人。

よそから来た者をほとんど知らない村人たち。
ゲドの申し出で、翌日出港した。

 

舟を東に進める。「近くまで来ているんだ」と言うゲド。
魔法の風を止めると、舟は止まって漂い始めた。帆を降ろし、ゲドはオールを出して自ら漕ぎ出した。
静かな水面を進む舟。しきりに先を気にするゲド。カラスノエンドウにも波間に浮かび上がる黒い影がはっきり見え始めた。その先は砂浜。

それは目くらましかもしれない。

 

砂浜に乗り着けると、ゲドはそこに降り立った。杖を手に歩くゲド。

その杖は光を放ち始める。次いで杖全体が燃え出した。
影がこちらにやって来る。

近づくにつれて次第に人間の形をとりだした。
よく見ると、その顔はヒスイだった。いかにも傲慢な顔。ゲドは杖を上げる。光が増した時、その顔は消え次いでペチバリの顔、次はスカイアーの顔。そして突然見た事もない恐ろしい顔となる。
ゲドは杖を高々と上げた。

目も眩むばかりの光の中で影は縮んで黒くなる。
影はその色を漆黒に変え、いきなり立ち上がった。向き合う影とゲド。
一瞬の後、ゲドが大声ではっきりと影の名を語った。

それと同時に影も全く同じ名を語った。
「ゲド!」ふたつの声はひとつだった。
ゲドは杖を落として両手を差し伸べ、己の影をしかと抱きしめた。光と闇は溶け合ってひとつになった。

 

遠目に見ていたカラスノエンドウには、ゲドがやられたとしか見えなかった。だが走り出した砂浜はどんどん崩れて行き、泳ぎながら舟に辿り着く。
中にゲドは居ない。遠くの波間に黒いものが見える。カラスノエンドウはようやくそこに着き、ゲドを引き上げた。
ゲドは体を丸めて横になり、そのまま動かない。
ゲドの目に、この世のものが映り始めたのは、日が暮れて新月が上がってからだった。
長い間月を見ていたゲドは、杖を握りしめて立ち上がった。

「エスタリオル、終わったんだ」そして子供のように泣き出した。
この男が本当にゲドだろうか。いざとなれば道連れにして自分も死ぬ覚悟があった。
そしてようやく事の真相を知る。

 

ゲドは勝ちも負けもしなかった。自分の影に自分の名を付し、己の中に戻した。自分自身の本当の姿を知る者は、自分以外のどんな力にも利用されない。
ゲドはそのような全き人間となった。

二人は二十日あまりの期間を費やして、イズメイの港に戻って来た。
敷居をまたぐ二人の心は、この上なく軽やかだった。
ノコギリソウが飛び出して来て二人を出迎え、嬉しさに声をたてて泣いた。