ゲド戦記 Ⅱ「こわれた腕輪」 作:K・ル=グウィン | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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日々接した情報の保管場所として・・・・基本ネタバレです(陳謝)

2018.1.22に亡くなった原作者に敬愛を込めて・・・

ゲド戦記 Ⅱ「こわれた腕輪」 作:K・ル=グウィン 訳:清水真砂子
                                   国内初版:1976年 

他の巻 、 、 、 、  

時間のない人向け 全体まとめ

 

 

感想
舞台は、前作でゲドが幼い頃、ゴント島へ襲って来た、あのカルガド帝国。アチュアンの墓所で千年続く大巫女の歴史。

先代の逝去で次の大巫女となったアルハの物語。
様々な儀式、形式的な決まりなどは皇室、王室を連想させてなかなか興味深い。

女たちと一緒に暮らし、世話をする、マナンを代表とする男たちに違和感を持ったが、4作目の「帰還」を読んでナットク。ネタバレを言えば、彼らは宦官。本作ではその言葉は全く使われないが、アルハがペンセに話す内容で”あの半人前の男たち”という表現がある。
けっこうあちこち伏線やらその回収があって、この作者の周到さを感じる。

 

喰らわれし者として、幼い頃から教育を受けて来たアルハだが、それでも彼女自身の個性の発露で、自ら地下の大迷路を極めつくす。

それが結局、腕環を手に入れようとするゲドを助ける事になる。
 
さすが女性作者だけあって、ゲドを捕らえてからのアルハの心の動き、脱出を決心した後の不安と期待など、そのキメ細かさに感動。
特に終盤でゲドに剣を向けた時のテナーの、愛憎半ばする気持ちの動きは印象に残った。

 

腕環が元に戻り、アーキペラゴの平和が回復された。その後、この冒険がどう変容して行くか、期待が高まるが、ある意味裏切られる。それは次のお楽しみ・・・・

 

 

あらすじ

プロローグ
「帰っておいで、テナー」
ひとりの少女が駆け下りて来る。それを見守る母親。
「あいつを思うのはよせ。来月には迎えが来る。

連れてったらそれっきり」。
「墓所の巫女にと言うた日から、もうわしらの子どもじゃなくなった」

 

1.喰らわれし者
玉座の神殿での儀式。引き出された少女は玉座までの石段を登り、台木の前に跪いて頭を乗せる。
覆面の男が大刀を振り上げ、少女の首を刎ねる寸前、黒装束の男が押しとどめる。一連の儀式。
少女は立ち上がり、石段を下りる。巫女が少女に黒い頭巾、マントを着せる。「娘ごは喰らわれぬ」との言葉で儀式は終わり、少女は神殿から神殿へと連れられ、様々なことを施される。
そして何年かぶりに開かれた羊の毛皮の間に寝かされた。

外から「テナー」と声をかける、つるつる頭の男。

「わたしはもう、テナーじゃないの」
「小さな子供がなあ、さぞきつい一日だったことだろう」
その男、マナンは静かに去って行く。
今では喰らわれし者を意味する「アルハ」という名前になった少女は、静かに目を閉じた。

 

2.石垣
長じるにつれて母親の記憶をなくして行った少女。自分がどうして選ばれたのか、巫女から暗誦出来るまでに聞かされていた。
アチュアンの墓所を守る大巫女が死ぬと、その者が死んだ同じ日の夜に生まれた女子を何人か選ぶ。

そしてその子の成長を見守り、一点の傷もなく五歳を迎えた時に、大巫女の生まれ変わりとして、この神殿で一年間教育される。
アルハは、アチュアンでの一年間は、他の巫女見習いと共に暮らしたが、名前が取り上げられてアルハになってからは、一人で決められた部屋で寝ることとなった。それは死ぬまで続く。

娘たちは歌や舞いを習い、カルガド帝国の歴史の勉強もした。指導的立場の巫女であるサーとコシル。アルハだけは特別に、日に一時間ほど、名なき者たちに仕える心得の勉強をさせられた。
その一時間を除いては、概ねアルバも皆と一緒の生活を行った。

マナンはその頃からアルハ専任の付き人として、十人の付き人の中にいた。
そんな暮らしの中での楽しみは、川での魚釣り。だがそれも騒いではいけない等の制限があった。

神殿の周囲を石垣が囲んでいた。それは神殿と居住区域を区別するものであり、石垣の外に暮らす者が中に入るのは許されない。

 

晩秋のある日アルハは、ペンセという少女と共に、石垣の上に腰かけていた。共に十二歳。
アルハが日頃の不満を口にするとペンセは、あと二年したら私たちは十四歳になって、あなたは大巫女。

サーやコシルはあなたのいいなり、と返す。
帰る時刻になってもアルハはそこに居続け、ペンセもつき合わされた。

ミサに遅刻して戻った二人は、コシルに捕まって神殿に連れて行かれる。
ペンセの上着が脱がされ、サーがアシの束でその背中を打つ。

血がにじむ。彼女は二日続けて食事抜き。
それをじっと見続けるアルハ。
あなたはアルハさまだから、必要な事だけすればいい。

全てを食べつくされているから、とサーが言う。

大巫女の館に戻るところでマナンに会った。
「私は罰がもらえないのよ」とアルハ。うん、そうだった。
少女をやさしく抱き、髪をなでるマナン。

 

3.囚われの者たち
十五歳になったアルハは大巫女として一切の権限を持っていた。

そんなアルハに、そろそろ名なき者たちに対する仕事を移譲したいと申し出るコシル。彼女が言うのは地下の玄室での勤め。
やっと自分の世界が見られる、と内心喜ぶアルハ。

 

アチュアンの墓所の唯一絶対の巫女として、全ての権限を握ったアルハだが、実際には何の力もない。儀式が終わった後は、全て元に戻った。自分の一生はこうして終わって行くのか。
マナンにそれを話すと、彼は答えを用意して待っていた。
かつてこの地が帝国として統一される前は、各地でいさかいが絶えず、それを収めるために大巫女が「名なき者」に伺いを立てた。

そうして自治が守られた。
その後、神を名乗る者、すなわち大王が現れて力づくで制圧。だから名なき者たちへの伺いも必要なくなった。

現在の大巫女がやっているのは全て形式だげ。

玄室に向かう途中でのコシルとの会話。今まで大巫女が若かったから言ってなかったが、罪人である生け贄を捧げる儀式も大巫女の仕事。既に罪人が準備されている。
玄室への入り口は鍵が必要。

腰帯に下げた十三個の中からコシルが指さす。
中に入って続く狭い通路。広い所に出ると、ここが玄室。
更に先へ促すコシル。壁にある穴の印を頼りに進んで行く。

コシルの指示する扉を開けると、煙が立ち込めた部屋に出た。

ここに囚人が居るという。
三人の裸の囚人が、顔を隠され繋がれている。

囚人に問いかけるが、舌を切られて喋れない。
囚人の処置について指示を出すと、アルハは元来た道を正確に戻った。だが扉は開かない。
ようやく追いついたコシルが、扉は入ることしか出来ない、出口は別にあると言って先導した。

はねあげ戸から出たところは、神殿の「玉座の間」の裏手に並ぶ部屋の一つ。これからは一人で来てくださいまし、とコシル。
アルハは部屋がぐるぐると回り始め、気を失った。

 

4.夢と物語
アルハはその後数日体調が悪かったが、あの日の事をコシルに質すような事はしなかった。
ある日ペンセが、多くのリンゴを持って訪れた。

今は大王の神殿でコシルの指揮下、働いている。
見舞いだが、アルハに勧められてそのリンゴを食べるペンセ。
コシルを巡る面白い話で、アルハを笑わせる。
この神殿に来たいきさつをアルハに話すついでに、こんなところで働きたくないと話すペンセ。神殿の事も何とも思っていないという。
アワバスの宮殿に住む大王もただの人間、年は五十ぐらいで禿げていて、銅像の通りだと。
神を信じないペンセに、あんたをこの墓所の巫女にすることも出来ると言うアルハ。青くなるペンセ。

 

大王は、あれ以来囚人を送って来なかったため、行事であの場所にも行っていない。
アルハは勇気をふるい起こして、またあの場所に行った。行ってみて、何も怖いものがないと判ってからは、何度も地下の暗闇に出掛けた。
そして地下の道路を全て覚えてしまった。だが大迷宮にはまだ入れない。サーは、大迷宮のいくつかの部屋と、その道順をアルハに教えた。アルハはそれらを全て暗記した。

知識を得て、十分に準備してから、アルハは大迷宮に入って行った。

ここでは明かりが許される。
用心に用心を重ねて進んで行くアルハ。

日を重ねるにつれ、次第に深くまで進めるようになった。

サーに、大迷宮には何があるのか、と訊ねるアルハ。

主だった宝は全て確認していた。
もっと古く、はるかに価値あるものがしまわれていると言う。
その宝庫へは大巫女一人で行かなくてはならない。

それを破ると生きては出られない。
その道順を聞いたアルハだが、まだ行く決心はつかなかった。
サーが言う、お亡くなりになる前に・・・という物言い。アルハが死ぬたびに次のアルハが引き継いで、延々と繋いで来た。永久に生まれ変わり続ける。ああ、覚えている、と時に思うことがあった。

 

墓をあばこうとやって来る者の事をサーに聞くアルハ。
サーは魔法使いの話を始める。
大王がまだカルガド帝国を治める前は、魔法使いどもが略奪に来て、今大王が住むアワバスまで入り込んで来た。
その中でも賢人の誉れ高いエレス・アクベが、神殿の神官との戦いを始めた。それは長く続き、神殿が破壊された。だがついに神官が相手の杖を砕き、向こうが持っていた強力なお守りを、まっぷたつに割って打ち負かした。
敵は西の果てまで逃げて行き、そこで竜に殺されたという。
それから何百年後に、その神官の血筋から王が現れ、また何代か後にカルガド帝国の大王に引き継がれた。

その後何度か魔法使いが、エレス・アクベの割れたお守りを取り返しに来たが、今の場所に隠されて守り続けている。
ただしここにあるのはお守りの半分。あとの半分は永久に失われた。
それは、魔法使いの手に渡り、なぜか一緒に戦ったユバンのソレグという小国の王に渡してしまったという。
その意図は内乱の種にするため。実際ソレグの子孫が反乱を起こし、初代の大王に刃向かったという。ソレグは死に絶えた。
この反乱の時まで一族に伝えられていたお守りの半分は、その時になくなり、行方が判らなくなってもう六、七十年になる。

魔法使いに興味を持ったアルハは、更にサーに聞く。
大事なのは言葉。捕虜にした魔法使いが、言葉を発するたびに棒から花が咲き、そこからリンゴの実をつけ、それが消えた時に魔法使いも消えたという。その魔法使いは真っ黒で、ひどく醜かったと話すサー。

 

5.地下のあかり
その年の秋にサーが死んだ。夏頃から衰弱していった。
無信仰で権力好きのコシルに対しサーは、厳格ではあったが冷酷ではなかった。

サーがまだ病気の初期のうちに、彼女はアルハに必要な教えを極力伝えていた。サーの指導を受けるようになって十一年、アルハは僅かな暗示で十分理解した。
サーの弔いが終わってからは、アルハはコシルを避け、時間があれば地下に通った。迷宮のほとんどを把握していた。

 

ある日アルハは、地下で壁画の間に行くために大洞窟を通ろうとした時、ごく弱い光を見た。密かに歩を進める。地下道の最後の角を曲がった時、見た事もない光景が広がる。
自然に出来た巨大な丸天井の洞窟。アメジストと水晶が輝く。
その先をゆっくり動く光があった。杖の先が光り、それを握っているのは人間。男の黒い顔。

動けないアルハ。男は洞窟の中で何かを探している。理解出来ないのは、なぜ名なき者がこの男を殺さないのか?
「消えろ、消えてしまえ」と叫ぶ。ぎょっとした男と一瞬目が合う。直後に男は姿を消した。
入り口の扉に先回りして待ったが、男は来なかった。
その後も探し回ったが、結局男は見つからなかった。アルハの頭をよぎる「魔法使い」という言葉。
外に回り迷宮の出入り口を閉じるアルハ。これで男は出られない。

男が持っていた杖の明かりを思い出し、迷宮の中を見るのぞき穴を明け確認すると、ひとすじの光が見えた。
男は扉の前で、外に出ようとまじないをかけていたが、失敗に終わった。奥に向かって歩く男。だがすぐに戻って来た。
その後男が「イーメン」と叫ぶと鉄の扉が音を立てたが、びくともしない 。男が諦めて目を閉じると、炎の明かりが次第に消えて行く。
のぞき穴をそっと閉じて自分の部屋に戻ったアルハ。いつまでも寝付かれなかった。

 

6.捕らわれた男
翌日、神殿の行事を済ませてから、例の穴から地下の迷宮を覗いたが、男の姿はなかった。
他の場所の覗き窓も次々と見て回ったが、どこにもいない。早く見つけないと死んでしまう、という思いからアルハは男の事をコシルに話してしまう。仰天するコシル。しばれく放置して、死体を回収しましょう、と言

う。いや!と叫ぶアルハ。あわててその理由を言い足す。
コシルに相談した事を後悔するアルハ。

墓から一番遠い所の覗き穴から見た時、あの魔法のあかりが見えた。男の背中と腕だけが見える。
「そこの魔法使い!」と声をかけるアルハ。気付いた男は姿を隠した。
アルハは、壁画の間までの道順を一気に教えた。そこでうっかり外の光を入れてしまい、その先の男の顔を見た。

顔に傷があった。あわてて身を引いて穴を塞ぐアルハ。
だがこの先どうすればいいか。

三日間、どうすべきか決められずにいたアルハは、とうとう壁画の間の覗き穴から中を見た。だがそこにはいない。道が曲がりくねって、思いのほか時間がかかっているのかも。それとも途中で死んだか。
更に翌朝、同じ覗き穴に、ろうそくを付けたカンテラを降ろすと、男の足と片手が見えた。
「これ、そこの魔法使い!」と声をかける。
男はゆっくりと体を起こす。ミイラのように黒ずんで、恐ろしい形相。
アルハは、墓所の秘宝が見たいなら、と言って再びその道順を早口で伝えた。男は杖にすがってその部屋を出た。

コシルが男の事を聞きに来た。こうなっては自分で何とかしなくてはならない。アルハはマナンを連れて迷宮に入った。

 

二人がその男を見つけたのは、宝庫に行く途中だった。

狭い地下道にボロきれの様に倒れている。
「まだ生きている」。男をマナンに担がせて進むが、まだどうするか決めかねている。
結局、鍵もかけられる壁画の間に連れて行き、男に枷をはめた。
アルハは持って来た水差しから、男の口に少しづつ水を与えた。

やがて男は自ら飲めるようになった。
アルハは男の杖を取り上げ、首に下げていた飾り物も取り上げた。

大したものには見えない。
「効用も知らないくせに」とつぶやく男。
その晩、アルハはパンと水を持って再び男のところへ行き、手の届くところに置いて館に戻った。

 

翌日、アルハは再び男に会いに行った。

男の顔には生気が戻っていた。
名を聞くと「ハイタカで通っている」。

アルハと聞いて彼女が大巫女だと知る男。
どこから来て、何をしに来たかを聞くアルハ。
男は、自分のものを取りに来たと言った。
アルハは男の顔の傷の事を聞く。男はその理由を濁し、いわば名なき者の一族につけられたものだ、と答える。
名なき者と聞いて、激高するアルハ。
あんたは、まだ闇の主たちに仕えて日が浅い、と話す男に、お前など、私ががこのまま行ってしまえば死んでしまうんだ!と返す。
男は静かにうなずいた。
アルハは逃げるように部屋を出ると鍵をかけた。

 

7.大宝庫
男を壁画の間に繋いてから三日が経った。コシルはあれから何も聞いて来ない。だがもし男が死んだものと思われていたら、食べ物を頼む事は出来ない。
アルハは、巫女の館から食べ物をくすねる以外に、自分の食事も男に回した。

運び込んだ食事を、男はすぐに平らげ、心からの感謝を示した。
内海はどんなものか?と聞くアルハ。男は一番美しいと言われるハブナー市の事を話した。
わざとエレス・アクベの事を聞くアルハ。

竜王だったというエレス・アクベや男を指して、それは何者かと聞くと、竜と話し合いが出来る人間だ、と答える男。
みな作り話だと否定するアルハは、今まで殺さずに来たのは、魔法を見せて欲しいと思ったからだと言う。

何でもいいから、これはと思うものを見せよ、と迫るアルハ。
男は自分の手を見つめる。しばらく時間が経つが、何も起こらない。

落胆したアルハが立ち上がろうとした時、彼女はコバルトブルーのドレスに包まれていた。ふくらんだスカート一面に真珠や水晶がちりばめられている。うろたえたアルハは、早く消してしまえ!と叫ぶ。

すぐに魔法は解けた。

 

アルハは部屋を出ると鍵をかけた。そして地下道の途中で待っているマナンのところまで行き、男を私が行くところまで連れて付いて来るようにと命令。
両腕をうしろ手で縛られて、男がマナンに押されて出て来る。アルハは複雑に曲がりくねる地下道を手探りで進む。
地下道は次第に狭くなり天井も低くなる。その先に扉があり、アルハは今まで使ったことのない鍵でそこを開けた。
マナンには入るなと制して、男と二人でその部屋に入るアルハ。

ここが墓所の大宝庫。男が来たかったところ。ここまではコシルも来ることが出来ない。
お前はもう逃げられない、と言ってアルハは男の鎖と革ひもをほどいた。そして私を信じて従え、と。
「ああ、そうしよう」
水と食料は出来る限り持って来る。十分ではないかも知れないが、約束は必ず果たす、というアルハの目をじっと見つめて
「気をつけてな、テナー」と彼は言った。

 

8.名前
館に戻ったアルハは、あまりの疲れにすぐ眠りに落ちた。

亡霊に取り囲まれる夢。
わたしはテナーなんだ。名前を取り戻した。

だがどうしてあの人が私の名前を知っていたのか。
朝食の後、コシルにあの盗人は片付けたと話すアルハ。

引き下がらないコシルは、生き埋めにしたというアルハの話に、数々のしきたりを示して、それをやったかと迫る。
力で押さえ付けようとするアルハに、私には通用しない、と逆らうコシル。

その日一日、玉座の石段に座って動かなかったアルハ。そこへアマンが来る。あの男は生かしておいてはいけない、と言う。

コシルはこのままでは済まない。
こっそりとおまえさんを毒殺する事も出来る。
殺さなくても、閉じ込められるだろう。そうなれば信仰は永久に忘れ去られる。アマンを諭して帰らせたアルハは、玉座の裏から地下の迷宮に入って行った。

 

9.エレス・アクベの腕輪

アチュアンの墓所の大宝庫。その石櫃の上に横たわる男。

身動きひとつしない。
鍵をあけてアルハが入って来る。水を持って来ていた。

男は少し飲んだだけだった。
どれぐらい経つ?の問いに二昼夜、と答えるアルハ。
力ない男を見て泣き出す少女。
「テナー・・・」
「私はテナーじゃないの、アルハでもないの、神様は死んでしまったの」
男は彼女を抱き上げて石櫃に座らせた。
アルハがやった事に対し、コシルが男の死体があるか調べに来た形跡があった。

アルハが呪いをかけた筈だが、それは何の効果もなかった。
だがらここでさえも安全ではない。

「主たちはここにいる」と話す男。この地下に入ってから、彼らを起こすまいと力や術を使い果たしてしまった。

だが私を救ってくれたのは人の手の力。
闇の者たちの話。
アルハは石櫃の上に座っている事を思い出した。まだ誰も中を覗いていないと言うと男は「実は覗かせてもらった」と言い難そうに言った。
「あの環?」「そうだ、あの環の半分、あとの半分はあんたのところ」
驚くアルハ。男から取り上げたものがそれだった。

男が話す環の由来。かのエルファーランが身につけていたとされる。穴が九つ空き、内側には九つの神聖文字が彫ってある。それがエレス・アクベの手に入った。これは統治のしるし。

それが割れ、一つの文字が割れた

「失われた神聖文字」。
それ以来今日まで優れた王は生まれなかった。
多島海(アーキペラゴ)諸国の王、魔法使いは失われた神聖文字を復元させるためにエレス・アクベの環を手に入れ、一つにしたいと願った。だがそれは揃わないと言われて何百年も経った。

そして男がアルハより少し年長の頃、ある者を追って島に打ち上げられた事があった。そこで老人の男女に世話になったが、そのうちの老女が、自分が立ち去る時に一つの贈り物をくれた。

それがエレス・アクベの環の片割れだった。
その後竜と向き合う出来事があり、その竜が環の事を教えてくれた。
内海に戻って念願のハブナーに出掛けた男は、自分が何を持っているかを皆に話し、平和の鍵である、失われた神聖文字を見つけ出すために、環の残り半分を求めて、アチュアンの墓所までも行きたいと申し出た。
そうして自分はここへ来た、と男は言う。
アルハは自国で魔法が封印されている事を話した。

竜の話をせがむアルハに男は、話のしっこをし続けるわけには行かない、どちらかに決めなくちゃいけない、と諭した。
逃げ出せっこない、というアルハ。やってみる価値はある、という男。

自分たちにはエレス・アクベの環があり、信頼がある。
男は続ける。
聞いておくれ、テナー。私は盗っ人としてここにやって来た。ところがあんたは私を信頼し、親切にしてくれた。

そして私もあんたを信じるようになった。
私は何のお返しもしていない。

だが、今は全てのものをあんたにあげよう。私の名はゲドだ。
そして、この名はもう、あんたのものだ。

男は立ち上がると、銀の環の半分を差し出した「合わせてみよう」
少女は自分の首から銀の環を外して両者を合わせた。完全だった。
「いっしょに行きます」少女はうつむいたまま言った。

 

10.闇の怒り
ゲドは、合わせた腕環に指を置いて呟いた。そしてテナーの右手にくぐらせて手首に落ち着かせた。女か子供のための腕環だった。はがれないか心配するテナーに、ものづくりのまじないで一つにした、とゲド。
早くここを脱出しなくてはならない。

鍵を回して扉を開け、外に出る二人。

出るための道順はテナーしか知らない。一歩づつ数を数えながら進む。底なし地獄の淵が近づいている。
岩だなが緩んで危険な状態。ゲドが呪文で直そうと明かりをつけた時、その先にマナンが現れた。
いきなり杖を突き出すゲド。マナンは真っ逆さまに淵に落ちて行った。
重なるショックでテナーは戻る道を忘れていた。しきりに明かりを点けて欲しいと頼む。だが今は余分なものに割く力はない。

迷いながらもようやく石段に辿り着いたが、その先の枝分かれでまた迷う。
迷いながらも何とか迷宮を出た。玄室を抜け出すには?と聞くゲドに、入り口は中からは開かないから、神殿の玉座の裏から出る道しかない、と答えるテナー。だがそこにはコシルが居る。
もう、いないよ、というゲドの声で、地下道を進むテナー。振動するような音が聞こえる。急ぐんだ、とゲド。
神殿の下に辿り着き、はねあげ戸を開けようとするが動かない。

コシルの待ち伏せ。
こうなると、入り口の扉から出るしかない。

コシルはそこが内側からは開かないと思い込んでいる。
入り口まで戻って、ゲドの杖から白い光がさんぜんと放たれる。

その光の中を突っ切って二人は逃げた。
墓所の西方の谷に降り立つ二人。
巨大な石柱が揺れ動き、そして傾いていった。

玉座の神殿も形を変え、なだれを打って崩れ落ちて行った。
テナーは、脱出するまでゲドが必死で崩壊を食い止め、そして地震を鎮めた事を知る。力を使い果たしたゲド。

 

11.西方の山
二人は峠を越え、超えた山を風よけにして横になり、そのまま眠ってしまった。目覚めてから枯れ茎を集めて火をおこすテナー。

ゲドが目を覚ます。
巫女の館の者たちを心配するテナーに、大丈夫だと言うゲド。
ゲドは、寄れるだけ火のそばに寄って再び眠ってしまった。
夜明け近くなって二人は歩き始め、墓所の西方に連なる山を登っていた。テナーは倒れた木のうろに、リスが隠した木の実を見つけて喜んだ。それを割ってゲドにも分ける。

ゲドはハブナーを目指していたが、テナーはあまり気乗りがしなかった。すばらしい市だと言うゲド。
ずっとここに居たい、この山の中に、と言うテナー。じゃあ、いることにしよう、と言うゲドに、だだをこねているだけだと否定するテナー。
ほかの事は何一つ習って来なかったと言うテナーを見て、辛そうに顔をそむけるゲド。

 

連山の頂きを超え、豊かな沃野を進む二人。
きらきらと輝く水平線を見て「あれは何?」と聞くテナー。「海だよ」
部落に辿り着いた時、ゲドは自分とテナーの姿を魔法で白人の姿に変えた。
村では食事と寝床が提供された。魔法使いの特典。その見返りは必要に応じてやっている。

大きな村に入った時、二人は大王の軍隊に属する兵士を見た。テナーはかつて神殿で、貢物を護衛する兵士を見たことをゲドに話した。
ゲドは、子供の頃に奴らがゴンドに侵入して来た事を話した。

だがやっと腕環はひとつになって、これからは侵略や殺し合いはなくなるだろう、と話す。

自分がこれから先に行く世界に不安ばかりが募るテナー。
「向こうへ行っても一緒にいてくださる?」
ゲドは言う。私は行けと命じられるところへ出掛ける、どこへ行くにもひとり。あんたが私を必要とする間は一緒に留まる。

だがいつまでもあんたとだけ居るわけには行かない。
向こうに行けば、私などすぐ用なしになる、きっと幸せになるから。
その言葉に素直にうなずくテナー。

 

12.航海
ゲドが乗って来た舟「はてみ丸」は、地元の村人が隠してくれていた。食事も恵んでくれた。
出航の準備を進めるゲド。ずっとこの男についてきた。だが男は腕環が手に入り、墓所が崩れ、そこの巫女が力を失ってしまうと、もはやその巫女には用がなくなり、どこかへ行ってしまう。

置き去りにされる自分。

テナーはゲドの腰から小刀をすばやく抜き、それを後ろ手にしてゲドの前に立ちはだかった。
ゆっくりと顔を上げてテナーを見るゲド。恐ろしいものをまのあたりにしたような顔をしたゲド。ひどく辛そうな。
だがテナーをしかと見つめ、次第に彼女の姿をはっきりと捕らえるにつれて、表情は明るくなった。そしてテナーの手首の腕環に触った。相手の手に握られている小刀には目もくれない。
「さあ、出発だ・・・行かなくちゃ」
その声を聞いたとたん、テナーの中で煮えたぎっていた怒りが引いた。かわりにもたげて来る不安。
「奴らのことは忘れるんだ。あんたはもう自由だ。ここから出て行くんだよ」。テナーに手伝わせて舟を押し出し、彼女が飛び乗った後に自分も続いた。

 

舟が進むにつれて、数々の島を過ぎた。それぞれの名前を教えるゲド。舟は西に進んだ。
夜の闇の中で、テナーはゲドが貰った腕環の半分の話をした。
それをくれた人の話は、大巫女の知識としてサーから聞かされていた。その話と、ゲドが知っている言い伝えとが繋がって、完全な話となった。

再びテナーは、内海へは行きたくないと言った。自分はよそ者。誰一人住まない島に降ろしてほしい、と。この腕環は私とは関係ない。
三人の囚人を処刑した罪の意識も、マナンが死んだ事も背負っていた。
ゲドは、テナーをかつての恩師オジオンのところに連れて行こうとしていた。自分もかつてこの人のところに置いてもらったことがある。だが何もわかっていなかった。邪なるものを求めてそこを飛び出した。
あんたは邪なるものを逃れ、自由を求めてやって来た。
ゴントへ行けばあんたはきっと、静寂と、人の心の温かさに触れられる。行ってみるかい?
「行きたい」と言って長いため息をつくテナー。

 

幾日か過ぎ、二人は内海にやって来た。そして真っ直ぐハブナー港に向かった。
冬の陽にきらきらと輝く家々。
出迎えの人々がひしめく桟橋。ふいに右手を上げるテナー。そこには銀の腕環。歓声があがる。
ゲドに促されて桟橋に立つテナー。
ゲドの手にしっかりとつかまって、雪の通りをゆっくりと登って行くテナーは、家に帰って来た子供のようであった。