新聞小説「マイストーリー」(9)最終章 林 真理子 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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作:林 真理子 挿絵:三溝美知子

レビュー一覧

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感想
自費出版の世界に男と女の関係を織り交ぜ、それなりの小説ではあった。妻に逃げられ、ある意味挫折感を持ちながら他人の人生を形に残す仕事をしている男が、クライアントの女性にのめり込んだ。

 

設定もいいし、後半の盛り上がりは連載小説として楽しめた。
ただ、取って付けた様な由貴とのトラブルの末の退職と、その後の父親の話とのギャップが大きくて、どうも読後感が良くない。
満州からの引き揚げ者の悲惨さを僅か数ページ分で表現して、それで感動させようとしても無理。
それでもって最後に同僚だった絵里を登場させて、彼女の物語は?となるのでは発散するばかり。
結局絵里は太田にずっと好意を持っていたという事か?だったら途中の描写でも何か表現はあったろうに。

 

恋愛ドラマとヒューマンドラマのいいとこ取りを狙ったのだろうが、あまり成功しなかった。
父親のエピソードは抑制して、絵里との話をもう少し丁寧に描けば由貴との対比で、もう少し読後感が変わったと思う。
読む限りにおいて絵里は、太田のところまでわざわざ訪ねて来るキャラとしては描かれていなかった はず。

 

 

あらすじ

最終章 302~326(3/7~3/31) (1)はコチラ

ある日、姉からの電話。86歳の父親の具合が悪いという。父は8年前に胃の摘出手術を受け、肺へも転移した模様。
水曜に帰郷した太田に姉が驚いた。太田の退職は担当編集者の痴話喧嘩とされ、その事で「愛のすべて」が再認識された。

 

父親との会話。医者から癌の事を聞かされている父。取って付けた様な太田の励ましに「お前に何が出来る」と父が見据える。

 

騒動直後の修羅場を思い出す太田。心が冷めると後悔に苛まれ、不眠の末にクリニック通い。だが郷里に帰ってからは良く眠れる毎日が続いた。

 

帰郷して3日目。父に誘われて海釣りに出掛けた。父は建設会社を興し、高度成長と共に発展したが、体力・気力の衰えと共に会社は縮小し、その後看板を下ろしていた。

小さな街のささやかなサクセスストーリー。
そう遠くない将来、父は居なくなるという実感から、父に「本を作ってみないか」と持ちかける太田。
馬鹿馬鹿しいと言下に否定する父。太田のやって来た仕事をくだらないと言い、父親にまで売り込むなと言った。

その夜、母親に父の昔の事を聞いてみた。祖父と共に九死に一生を得て帰国し、相当苦しい思いをしながらその時代を凌いだ。母には、いろんな事は墓場まで持って行くと言っているという。

父親の事を良く知らないまま死なれてしまったら、という思いを母に言うが、それでいいじゃないかと母。それでも食い下がる太田。父の親戚の事については母親も良くは知らない。
母方の祖母が40年近く前に死んだ時葬式に来たという従妹。その人の住所を知りたい太田だが、母がそれを遮った。

 

太田が東京を引き揚げる前に浦田絵里に送ったメールの返信。

辺見が「続・愛のすべて」の企画を考えている事、風の映画祭が今年も行われたこと、など。

 

故郷に帰って半年。職場は実家から電車で30分ほどのところ。

実は辺見が紹介してくれた。
事件から10日ほどして荷物を取りに行った早朝、1人で居た辺見に出くわした。最後だから、と喫茶店に誘われた。

慣れた調子でモーニングを頼む辺見。
太田の謝罪に、僕と違って太田さんはそういう事には動じない人だと思っていた、と言う辺見。

かつての自分のトラブルを話し始めた。アルバイトの若い女性との不倫。もうそろそろかな、と思うと先方から別れを告げられるというパターンで今まで来たが、その時だけは違っていた。

弁護士を通じ無理やり関係を迫った事にさせられた。

スポンサー筋のお嬢さんに手をつけた事で地方の支社に飛ばされるところを辞めて、ユアーズ社に来たのだった。
故郷に帰るという太田に、辺見はその同郷の人物の携帯番号とメールアドレスを教えた。

大学の時の同級で、地方紙の専務をしているという。

 

12月になり、父が手術のため2回目の入院をした。母親から、3人の女性の名前と連絡先を書いた父からの便箋を渡された。その中に先日母が言っていた従妹の沢田勝子という名前があった。

勝子の家に連絡を入れる太田。電話に出たのは娘。

勝子は施設に入っていた。頭はしっかりしており、傘寿の祝いに自費出版で本を出したという。

 

週末、勝子のいる施設に行った太田。父の事を尋ねる太田にどうして?と問い返す勝子。
勝子が、自費出版したという本を差し出した。

父の事も書いているという。
太田の祖父一家は昭和16年に渡満。戦争中行方不明になったが、その後祖父と父のみ帰って来たという。

長い収容所暮らしで人相も変わっていた。
勝子は、父の脚に銃で撃たれた跡があるだろうと言ったが、太田は全く知らなかった。
勝子はこの本が出来た時、父に送ったという。だがそれは送り返されて来た。引き揚げて来た時、勝子の父が追い払う様にしたのを忘れていないのだろうと言った。
勝子は、父に自分の事を伝えて欲しいと太田に頼んだが、父はその2日後、危篤状態になった。

 

父は元々胆石を患っていたが、ここに来て癌細胞が作用して胆汁が出なくなり、ドミノ式に内臓を一気に弱めて行った。
姉の言うには手術どころではなく、明日か明後日の話だと言う。冗談じゃない。
付き添いの晩、姉と話す太田。親が死ぬのがこんなにこたえるとは思わなかったという太田に姉は、それは独り者だからだと言った。
人が結婚して子供を持つのは、いつか来る親の死に耐えるため。
布団をめくって父の脚の銃創痕を触ってみる。

涙が噴き上げて止まることがなかった。

 

父の葬儀。思いがけず沢田勝子が娘に付き添われて参列してくれた。その時、父らが満州に渡る前に撮ったという写真を手渡した。半ズボン姿の、少年の頃の父が笑っていた。

 

葬儀の翌日。入社して日が浅いのに参列してくれた幹部たちへの礼を済ませて席に戻った時、来客があるとのメモ。
ロビーに行くと、そこには少し髪が伸びた浦田絵里がいた。
「太田さん、私の物語、聞いてもらえないでしょうか」

(了)