超久しぶりの更新です。前回のブログではいくつかの方から非常に興味深いコメントを頂きました。ありがとうございます。どの政策をやるか、というのも大事ですが、それ以上に政策の議論を深めていく環境こそが大事だなと思う昨今です。

そういった意味では、やはりデータの整備ですよね。日本も政府が中心となって、アメリカのNational Center for Education Statistics(NCES)のように情報公開をがんがん進めていってくれたらいいのに、って思います。データが多ければ多いほど、議論も深まりますよね、きっと。

最近はずっとGrant Proposal書いてました。400万円程度の小さなグラントですが、昨日やっと終わってちょっと一安心です。4月の上旬にはわかるということですが、うちの職場も財政的に厳しい状況なのでとれたらいいなと願いを込めつつ書いてました。来年度は1千万円の予算削減が既に決定してます。予算の規模が2億円程度なので、この削減は人員の削減・もしくは給与カットを意味してます。


ちょっと今回は、ブログの趣旨をいつもからちょっと変えてみました。
ブログでどこまで議論ができるのか、ちょっと今日はそんなことを試してみたいと思います。
ちょっと今日のは長いですが、最後まで読んでみてください。

というわけで、今日は州知事と、うちのDepartmentとのBudget Hearing が行われました。

この時期になると、いつも行われるのですが、Budget Hearingとは要するに、知事が自分の予算案を考える上で各省庁からフィードバックを得るということを目的とした会議です。日本でも似たようなことやりますよね。1月に始まる議会で、知事は予算案を発表し、それにそって議会が進行していきます。

このヒアリング、僕もインターネットで見ていたのですが、知事の口からはっきりと来年の高等教育は10-15%のカットが行われるという発言が出たことが今日のハイライトと言えます。知事からの質問の中心は、そのbudget cutに対して、大学界がどのように対応するのかという内容がほとんどでした。

大学というのは他の公的機関と比べ、税収以外の財源があるという特殊な性質を持っています。それが故にいつも、このような経済不況になった時にまっさきに財政削減のターゲットに挙げられます。政府支出をカットしても大学は学費を上げることができるし、Endowmentとかがあるじゃないかという話です。もっともこのご時世、運用で収入を上げている大学なんて皆無に近いかもしれませんが。

まあこの政府の支出が下がれば学費を上げればいい、という論理は、未だに市場が大学優位に働いているから通用する話といえます。日本と違ってアメリカは若者人口は増えていく一方であり、学生数も常に増加の傾向にあるので、大学教育への需要は増えていく一方です。学費が上がっても学生数が増えるわけですね。

かたや日本は、外から見てて思うのは、大学全入時代という言葉が象徴するように、学生数の減少によって大学が余ってきている時代であり、需要と供給のバランスが日本は逆転しているんですね。だから政府からの援助金が減ったからといって、学費を上げようとしてもなかなか上げづらいわけです。学費を他の大学より高くしたら学生を失うかもしれないという恐れが日本の大学界の市場の心理のような気がします。

この需給のバランスが取れていないのは、どちらが超過してようと問題が出てくるのですが、日本の場合は、大学教育需要の低下は国の労働力および経済力ともろにリンクするので、大学教育の需要を創出することによって、新しい市場を開拓することが必須といえます。個人的には成人教育が新しい市場だと思いますが、現在はどちらかというと海外からの留学生を増やす方向に向かっているようです。

ただ、これから若者がへり、日本経済の中心的存在の労働市場が大学新卒だけでは人材を確保できなくなれば(長いスパンで見てですけど)、今いる労働者の再教育が必要になるのは自然の流れのような気がします。企業でそういった人たちは教育できるから高卒の労働者を雇えばいいんじゃないかという意見もわからなくもないし、ミクロ単位で考えればそれはいいのかもしれませんが、国という単位から眺めるとその役割は大学にやらせるということが資源配分という観点から言ってより理にかなっているわけであり、企業教育というのは経済全体から見て効率的ではないように思います。

また若物自体の人口が減っているので、高卒労働者を雇っても足りないという状況になる可能性があります。また、企業教育は教育目的が特化されているので、企業の維持にはそれなりに効果的かもしれませんが、アメリカで見られてきたような新たな産業や雇用が創出されるといったようなダイナミックな効果は企業教育からは生まれづらいように思います。

とすると、ここで政策という市場介入が必要となってくるのですが、成人教育を推進する大学をより支援するとか、成人学生対象の奨学金をつくるとか、そういうより新たな大学教育需要を創出することを促進するための、よりフォーカスを絞った政策が必要になってくるように思います。

あとは一方で、やはり大学の教育の質の話になってきますよね。結局大学でそういう労働者を育てることができるのか、という根本的な疑念が日本の大学に向けられていると思いますが、ただ、成人学生というのはより労働市場の状況をわかっているので、教育の質に対する監視がいわゆる伝統的な学生たちより強いのではないかなと思います。結果、労働市場の需要にこたえている大学が自然と生き残っていく形になると思うのですが。そんな簡単にはいかないかな。

とすると、政府としては、学生の大学間の行き来(トランスファー)を行いやすいように環境を整備すべきですかね。成人学生に入学金を課さないとか、課している大学はその分運営交付金を減らすといったようなメカニズムなんていいかもしれませんよね。

あとは、運営交付金で言えば、そのフォーミュラに(それをまず作ったとして)、例えば成人学生をより集めている大学に運営交付金がより流れる仕組みを組み込むなんていうのはいいかもしれません。

なんか、いろいろ取りとめもなく考えてみました。

いつもはなんかスパムメールが来るのでコメントとかトラックバックとか一切拒否してたんですが、今回は皆さんの反応が気になるので、ちょっと両方あけてみようかなと思います。どれくらいの人がこのブログを読んでいるのかは全く知る由もありませんが・・・。たまにはこんなのもありかなと思います。

というわけで、今回の試み。ちょっとここで議論をして見ませんか?

基本的なテーマとしては「日本の大学教育政策」で、今後どのような政策が重要になってくると思うか?でいきたいとおもいます。ご自分のブログをもっている方は、トラックバックという形でも構いませんし、ない方はコメントという形で。この記事に関する意見でも構いません。

もし何か思うところあればご意見下さい。
段々明らかになってくる来年の予算の状況ですが、しゃれになってないくらいやばいです。
始めは全ての省庁3%カットといわれていたのが、今では10%カットが確実な流れ。
来年の予算案の見直しが急ピッチで進められています。

そして今日財政担当の人と話をしていると、おそらく高等教育に対しては15%カットくらいになるだろうということ。
これってどれくらいかというと、大体180億円になります。
もっと具体的に言えば、州内にある最も大きな大学への去年の支出がそれと同じ額なので、
一個の大学丸々なくす勢いです。

うちの州は、というかほとんどの州がそうなんですが、balanced budgetといって、一般歳出が一般歳入を絶対に上回ってはいけないというルールがあります。だから、こんな話になっているのですが、確実に解雇される人がでるのは必至ですね、これは。ひょっとしたら自分かなぁ・・・。

今日は大学から離れた話題ですが、最近、よく報道されている(た?)田母神氏という人の論文に関する問題に関して、ひょんなことからその人の論文なるものがネットに出ていたのに気づいたのでちょっと見てみました。


http://www.apa.co.jp/book_report/


感想を一言で言うと、「こんなの論文というに値しない」、ですかね。


まず、論文として基本中の基本、引用がほとんど載っていない。論文でまず大事なのは、いかに客観的にかつ、説得力のある意見を構築するかです。そしてその条件を満たした上で、独創的な意見を展開するというのが、いわゆる良い論文ですよね。そう思うのは自分だけでしょうか?


翻ってこの人の「論文」。「それあなたのほかに誰が言っているんですか?」とか「それを裏付けるデータは」といいう突っ込みどころが満載です。たまに引用も出ていますが、引用の仕方も自分の論理を正当化するために使っている意図が見えすぎて、自分の立場の方にとって都合のいい引用しかしていないので、議論の全体像が全く見えてこない。いわゆる先行研究というか、この論文で主張することがいかに客観的にも正しいかという証明をする作業がまったく抜け落ちています。


故に基本的に個人的見解を述べているだけであって、理論の構築方法も、自分の推測を元に、新たな推測を積み重ねっているだけなので、客観性も何もあったもんじゃない。その理屈からそんな結論を導き出すのは不可能だろっていうような、論理の飛躍が随所に見られます。内容云々の前に、論理展開の仕方が非常に強引で、正直読んでいて不愉快です。こんなの、アメリカの大学の学部レベルでの授業でさえも、こんなペーパーを出したらほぼ間違いなくFです。引用を明確にしろ、論理の飛躍をさせるなとか言うのは、アメリカの大学の1年生がまず習う基本中の基本です。


そんなわけなので、読み進めていくのに非常に理性的な抵抗を感じるこの「論文」ですが、全部で9ページしかないから割とすぐ読めるんですが、9ページって。別に長さが全てではないですが、こんだけ爆弾発言をしておいて9ページって、説明不足もいいところです。まさに言いっ放しとはこのこと。ブログじゃないんだから。


この「論文」を読んでて、真っ先に思い起こされたのが、昔マガジンでたまーに連載されてたMMRですかね(笑)。なんかノストラダムスの大予言とかそういうのを調査している人たちの話で、やはりめちゃくちゃな論理を展開していたのですが、それを見ていた時の感覚が蘇ってきました。


そして極め付けが、こんなものに300万円。


これは、主催者にも問題がありますよね。しかも、ご丁寧に英訳までして、世界に発信していくなんてことを言ってるのですが、出直してきた方がいいんじゃないんですかね。理論構築が稚拙すぎます。一笑に付されて黙殺されるのが関の山だと思います。それで終わればまだいいですが。


言論の自由とかって本人はいっていますが、その権利を声高に主張するならば、その権利を主張するに見合うだけの説得力のある論文を書くべきである、そう思います。それが言論の自由という理念が成り立つためのルールだと自分は思います。自分の主張だけをゴリ押しするのが言論の自由では決してない。いかに、自分の主張を誰もが納得できる形で伝えるか、本来の意味で言論の自由を主張してきた人たちというのはそこまでの配慮をしてきているように思います。彼の論文にはその配慮が全くありません。


自分はルールを無視しているのに、権利だけを主張する、それが彼のやっていることにしか、自分には見えません。それは言論の自由のために本当に命をかけてきた人たちに失礼です。


選挙も終わり、州政府も来年度(うちの州は7月が年度開始月)の予算の議論が始まってきました。今回の議会における高等教育の目下の課題は来年の予算がどうなるか、これにつきます。

先日、州の税収が年末までに恐らく800億円程予測を下回るだろうという知事の談話が発表され、各省庁に3%予算をカットするよう支持が出たところです。今後税収が滞れば、更なる予算削減の波が押し寄せてくることは間違いありません。

そんな中で今日行われた予算のヒアリング。来年度はもっと大変なことになること必至です。経済の停滞は去年の比ではないだけに、うかうかしていられないなと気を引き締めなおした一日でした。

最近の一連の経済不況で、いわゆる貸し渋りなるものがアメリカにも起こっていて、その中でよく聞かれる話が、学生ローンが今後借りづらくなると言う話。実際どこまでそれが起こっているのかはよくわかりませんが、今日はちょっと別の角度からの話を少し。

大体学生ローンというのは、卒業してから返済していくのが普通ですが、ここでポイントなのは、学生が大学に在籍していないということをどうやって判断するのか、ということです。日本と違って、アメリカは学生の移動率は非常に高いので、一つの大学からいなくなったからといって、それが必ずしもドロップアウトを意味しているわけではありません。

そんなわけで出てきたサービスが題名にもある「クリアリングハウス」という非営利組織。この組織はもともとローン返済者を特定するために、金融機関や政府などからローンを借りている学生のデータを集め、その学生が現在どこにいるかを特定するために作られたのですが、その政策への潜在的影響力に気づき、その後サービスをどんどん拡大していき、今では全米91%の学生の個人データがクリアリングハウスに存在しています。

クリアリングハウスによって大学は例えば、こんなことがわかります。

・誰がどの大学にトランスファーしていったか

・受験した学生で、入学しなかった学生がどこの大学に行ったか

こういう情報は大学の競争相手を知る上で非常に有用だといえます。

なんでこんな話をしているかというと、うちの州でもこのサービスをもっと積極的に使うべきだという話が最近出ているんですね。大学にだけではなく、政策にも与える影響が多いからです。例えば、州としての大学の卒業率も、大学の業績を図る上で最も使われている数値ですが、うちの州のデータベースだけでは、パブリックの大学から卒業した人しか把握することができず、実際よりも下回っているということは昔から指摘されてきました。でもクリアリングハウスを利用することによってより正確な数値がわかるようになります。

一時期、連邦政府が全米の大学生の全ての個人情報を集めるデータベースを作る動きがありました。それはクリアリングハウス自体の存在を脅かすことになりかねなかったのですが、私立大学からの反対が大きく、その動きはこの前の議会で完全にブロックされました。クリアリングハウスの存在感は今後益々増して行くように思います。












今週は、 Association for the Study of Higher Education(ASHE) という学会に参加してきました。

アメリカの高等教育会のなかでは、最も参加者が多いカンファレンスの一つで、1000人くらいはいたような気がします。(高等教育以外を含めると、今まで参加した中で一番多かったのは3万人って言うものがあったので、それに比べたら少ない方ですが、高等教育では多い方になります。)


このカンファレンスには初めて参加したのですが、教授や大学院生等のアカデミックの人が多いカンファレンスでした。普段の日常業務の中では聞かないような話が多いので知的好奇心が刺激される学会でした。


しかし、その一方で、


「この人なんでこんな研究してんだろ(絶対この教授はグラントとかないだろうな・・・)」


と言う人が少なからずいるのもこういった学会の特徴かもしれません。まあそれはそれで大事なのですが。


ちょっと話が飛躍しますが、なんかアメリカの高等教育はいい意味でアカデミックと実務者の勢力関係が保たれているような気がします。正直僕は、実務に関わる人たちのカンファレンスの方が実践的で好きです。しかしだからといってアカデミックの方から学ぶことは何もないかというとそんなことはないんですね。





ガソリン騒動もすっかり落ち着き、そしてここにも秋が来ました。
早いものでもう今の仕事についてから一年が経とうとしています。
時がたつのは早いと改めて感じる今日この頃です。

大統領選挙ももうオバマで決まりのような流れですが、この水曜日に最後の大統領候補によるテレビ討論が行われます。あと1ヶ月を切りましたが、オバマがよほどなにかで大きくこけない限り、民主党になるような気がします。

ところで先週、地元のある私立大学の大学院の授業に参加してきました。
それは、基礎的な統計の授業で、僕の同僚が非常勤で教えているんですけど、政策研究の現場で統計が実際にどう使われているのかを話して欲しいということで、いわゆるゲストスピーカーとして参加しました。

そこのクラスにグルジアの留学生が数人いて、授業の後彼女達と話していたんですけど、今後のキャリアはどうするの、っていう話になり、そうしたら自分は絶対グルジアに帰って就職したいっていうことを言うんですよね。聞けば世界銀行とかでインターンシップもしているということで、アメリカでも絶対就職できると思うんですけど、でも絶対帰りたいとのこと。

グルジアなんていえば、ロシアに攻め込まれるは、経済力もアメリカよりは数段劣るわと、客観的な数字や事実から見ればなぜ?と聞きたくなるのですが、やはり自分の国が大好きなんだそうです。それはいわゆるナショナリズム的なものではなく、故郷に対する素直な思い、といったようなさわやかな印象を僕は受けたのですが(勘違いかもしれませんが)、ふと果たして自分はどうだろうと、自分に引き当てて考えてしまいました。



巷では$700billionの救済策が議会を通るかどうかという話で持ちきりですが、僕の地元では現在別の問題がもっと深刻な問題として起こってます。

それは、ガソリンがない。

ハリケーン・アイクの影響で、テキサスの油田が激しくやられたようで、うちの地域はそこからガソリンを持ってきているようなので、ガソリンの供給が先週の金曜日から完全にとまってしまっているわけです。今日あたりから徐々に戻ってきているようですが、先週末はガソリンスタンドに長蛇の列ができるという事態が起こり、ガソリンを入れるのに1,2時間待つなんていう、ちょっとしたパニック状態になっていました。

こういうときに怖いのが噂なんですよね。
今でこそ落ち着きましたが、先週は、どこかのガソリンスタンドで誰かが撃たれただの、
ちょっとした騒動が起こって、警察が出動しているだの、ガソリンは今後数週間全くない状態だの、様々な情報が飛び交ってました。

ただ、噂というのはたとえそれが真実でないとしても、大多数の人がそれを真実と信じてしまったら、それは別の真実を作り出してしまうんですよね。たとえその「真実」が虚構に基づいていたとしても、それに動かされて起こっている現実は「真実」であり、それはもはや虚構ではないわけです。

だから僕は終末思想といったような人々の不安を煽るようなものは大嫌いなのですが、嘘というのは芽が出る前につぶさなければいけない、そんなことを改めて思いました。

時差ぼけがとれなくて困ってます。
大体アメリカから帰ってくると、1、2週間はまともな生活ができなくなります。
アメリカから日本の場合はすぐ時差修正できるんですけど・・・、なぜでしょう?

この一週間は社会は激動でした。
リーマンの破綻、AIGの救済、ああいう大きな額の支出をさくっと決めてしまうアメリカってすげぇなーと思います。
次元は異なりますが、それは高等教育においても同じこと。
何十億円もかかる建物を建てると言う決議が数分であっさり決まってしまったり、アメリカ人って言うのは基本的にリスクを恐れない人種なんですかね?

あとはイチローが8年連続200本安打を達成しました。
でも、アメリカではほとんど取り上げられてなかったような気がします。
ESPNでも記事が一つ載ってただけだし、日本との温度差を感じました。
チームがいけてないですからね、なんといっても。
あと1番バッターとして大事な出塁率が低い、というところがイチローがアメリカで日本ほど評価されない一つの理由、というのはよく聞く話です。

まあ回りがどう騒ごうが、常人にはできないことを成し遂げているのは間違いないわけで、イチローのすごさは揺らがないですよね。事実、アメリカのメディアは今までの超一流の選手達とイチローを比べているわけで、それ自体が彼のパフォーマンスは高いということの裏返しではないかと思います。人間、活躍しすぎるとあらを探されるといいますが、イチローもそういうレベルなんでしょうね。Aロッドとかもすごい活躍してるけど、いつもチャンスに弱いとか、批判の対象ですし。打点あんなに稼いでいるのに。超一流の人のみが知る世界のような気がします。