1.各民家の屋敷構えを確定させながら、分水路の左岸側の石積を作っています。
前回は分水路の右岸側の石積みを製作しました。
今回から、左岸側の石積みを作っていきますが、各民家の石積みを製作する前に、それぞれの屋敷構え(屋敷内の建物などの配置)を確定させなければなりません。水路を跨ぐ通路の位置取りに影響するからです。
この週末は、最も上流に位置する民家の石積みを作りました。
下写真奥の茅葺屋根(まだ茅は葺いてませんが・・)が主屋、手前左側がハナレを改修した「よろずや」、右側が納屋です。中央部分に、よろずやの仕入れや配達に使うオート三輪が走れる通路を設けました。通路と対岸との間には橋を架ける予定です。よろずやの入り口にも小さな橋を作ります。
主屋の左にオート三輪が駐車中です。この辺りに外便所と浴室を作るろうかなと考えていますが、一戸に作ると全戸に作らねばならず、来年のレイアウトコンペまでの時間との競争に勝てるかどうか、要検討です。
角度を変えてもう1枚。
手前に見える石積みの端面から、折れ曲がって屋敷の奥側(写真では右方向)に伸びる石積みや、手前方向に伸びていくい石積みの接合部の工作には、慎重さが求められますね。
ご先祖が藩政時代の村の三役・組頭を務めた隣のお屋敷には、長屋門の左右に石を積み上げた塀を作ることにしました。塀の上には生垣を作るつもりです。
この塀の構造は、三重県にある登録有形文化財、木村家住宅石積塀を参考にしました。
グーグルマップの位置情報:34.380358348321195, 136.5958168342479
最初に茅葺民家を作った時、私の頭の中には、かの坂本衛さんの「摂津鉄道蔵本村」があったのですが、こうして石積みを作っていくと、私の楠原村は最初に目指したものと異なり、水路と石積みが目立つことになりそうですね。
実は、このイメージには源泉があります。
焼津市にある重要伝統的建造物群保存地区「花沢の里」です。
集落内の石積みの参考になる場所はないかと、グーグルマップを散歩している最中に見つけました。下の2枚の写真は、焼津市OpenPhoto からダウンロードしたものです。
ところで、昭和40年生まれの私が小学生の頃に使っていた帝国書院(?)の地図帳に、焼津のことが妙に詳しく書かれていたのを覚えています。おかげで、私の中で焼津と言えば、非常にメジャーな街なんですが、同じような方はいらっしゃらないでしょうか?
2.スハ32を入線させようと考えています。
現在の川正線の客車運用は、本線からの直通列車を除き、朝夕がスハニ31+スハフ32の2輌編成、昼間はスハニ31の1輌のみの編成となっています。
これは、私のモチーフである河田耕一さんの川正線(シーナリィガイドに記事が収録されている ダイヤ運転を想定した架空レイアウト)がモチーフとした川俣線の、C12が牽くスハニ35が1輌だけの列車に倣ったものです。
しかしながら、私のレイアウトの終点・川正はかつて藩庁があった城下町です。ローカル線の昼間とは言え1両ではいかにも寂しく、朝夕を3輌編成、昼間を2輌編成にしてはどうかと検討しているところです。
そこで、少し気が早いのですが、MAXモデルのスハ32600のプラキットを組むことにしました。
同じダブルルーフなら、17m級のジュニア模型店のオハ31系もローカル線に似合うのですが、私が20m級のスハ32系を選択したのには理由があります。
それは、KATOのオハ35系の下回りが、ほんの少しの加工で流用できるからです。床下機器は異なりますが、私はこういうことが殆ど気になりません。
そして、オハ35系の下回りを使うことによって、全軸集電が無加工で実現できるのです。
私の川正線はダイヤ運転を実行するレイアウトです。夜間の列車には、室内灯が灯らなければなりません。今の所、先行配線を施しただけで室内灯の組み込みは完了していませんが、いずれ、DCCによる室内灯とテールランプの制御を実現させる予定です。
今日の動画は8620の牽くダブルーフ3輌編成です。
8620の購入以来デフを装着していませんでしたが、ようやく門デフを付けました。
デフのない姿の方が私の好みではありますが、ランボードに白線のある機関車には門デフが似合うような気がします。
白線のない8620もまだ市場にあるようです。増備を検討することにしましょう。
蒸気時代晩年のダブルルーフと言えば、わずか1輌が残った肥薩線のスハフ32が有名でした。
ここ川正線で3輌のダブルルーフが連なるとしたら、沿線はマニアの皆さんで鈴なりになることでしょうね。
本日も、ご訪問ありがとうございました。










































