公家の日記
今日伝わる公家の日記の書名の多くは没後に付けられたものであり、執筆者自身は「私記」(藤原実頼
『清慎公記
』・藤原資房
『春記
』など)や「暦記」(藤原実資
『小右記
』など、具注暦
に日記を記したことによる)などと呼ぶ例が多かった。自ら命名した日記の名称が後世に伝わるのは、後奈良天皇
『天聴集
』や中院通秀
『塵芥記
』など少数である。多くは執筆者の諱
の偏旁を採って重ねたり、諡号・官職・姓氏・居所やこれらを合わせたものが、後世の人によって命名されたのである。従って、1つの日記に複数の名称が用いられる事例も多く、藤原実資の日記は彼が「“小野宮家”の“右府(右大臣)”」であったということから、『小右記』・『野府記』という名称が並存し、更に祖父・実頼の『清慎公記』の別称『水心記』より、『続水心記』とも呼ばれている。