斎宮とは、伊勢神宮の斎王(住居)を意味します。斎王は、伊勢神宮または賀茂神社(上賀茂、下鴨両神社)に巫女として奉仕した、未婚の内親王(帝の娘)または女王(親王の娘)をいいます。
賀茂神社の斎王は、賀茂祭(葵祭)を主宰するなど華やかなイメージがあります。
現代の斎王代(斎王の代わりの一般女性)は、まさに葵祭のヒロインですね。
しかし、古代より続く伊勢神宮の斎宮は、御殿がいかに都を模しているとはいえ、都から遠く、日々の祈りの生活に、深い哀しみを感じる事もあったでしょう。
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実在の恬子内親王は、清和天皇の異母姉で、12歳で卜定(ぼくじょう:占いで斎王を選ぶ)され、初斎院、野宮にて忌み籠りを経て、14歳で群行(伊勢への旅)、18年間の長期に渡って斎王を勤めたのち、天皇譲位により29歳で退下しました。
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伊勢物語の恬子姫もこの史実を踏襲しています。
業平と恬子姫の出会いは、「若草」に描かれます。恬子姫が10歳ほど業平は30歳ほどの想定です。
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恬子姫と兄惟喬(これたか)親王は、異母(藤原氏)の惟仁親王が立太子され、傍流に追いやられていました。
ある日、恬子姫がたどたどしく弾く箏に、業平が笛を合わせます。
業平が歌を詠みます。
「うら若み寝よげに見ゆる若草を
人の結ばむことをしぞ思う」
なんとまあ若草のように瑞々しいお姿。共寝するによさそうなあなたですが、他の男が若草を引き結ぶように、契りを結ぶであろうことが、胸に迫って参ります。
業平の詠に、回りの侍女や箏の師匠が慌てざわめく。
10歳ほどの少女に、「寝よげに見ゆる」とは今ならロリコン犯罪です。
恬子姫が答えます。
「初草のなどめづらしき言の葉ぞ
うらなく物を思ひけるかな」
ようやく参りました春の、芽生えたばかりの草のようなお言葉は、思いもよらぬ戸惑い。どうしてそのように、寝よげになどと申されますか。わたくしはまだ、この箏の爪のように小さく幼い身、無心に兄のように思うておりましたのに。
その後、恬子姫は卜定され、二年ほど忌み籠り、三年目に群行して斎宮になられた。
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業平は、勅命(「狩りの使い」)を受けて諸国をめぐり、伊勢入りしました。
恬子斎王は15歳ほどになっています。業平と斎王は幼き頃の話などをして和みますが、明日は伊勢を発たなければならない。
業平
「お会いしたく思い続けて参りました。今宵こそ」
恬子
「私は斎王の身でございます。禊ぎに明け暮れた身でございます」
「ならば、共に月を見上げて一夜を、斎王とて、月を見て過ごす宵がゆるされぬことなどありしょうか」
「あの折り、差し上げた歌のとおり、ただ兄君とのみ」
「これほど満ちた月の夜、このように満ち足りぬかなしみがありましょうか」
と言いつつ、業平は客殿に戻り、眠れぬまま夜を過ごしていました。
庭の暗がりから、灯りが近づき、灯りを持つ侍女(童女)の後ろにいたのは、なんと恬子斎王でした。
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業平は恬子斎王の手をとり、寝所に迎えます。
「ここまで参りました、これは夢か幻か、今の私は、斎王ではございませぬ」
「そのとおり、斎王の恬子様ではありませぬ、あの月より降りて来られた御身と存じます」
さすがの業平も神に仕える斎王との契りには躊躇した。斎王も初めてであり体は固まったまま。悶え焦がれつつ、手足を縛られたごとく、いつの間にか二人は寝入ってしまいました。
朝、侍女に起こされた斎王は、衣を着ると、するりと業平の傍らを通りすぎて消えてしまいました。
恬子斎王より文が届きました
「きみやこし我やゆきけむおもほえず
夢かうつつかねてかさめてか」
あなたが来たのか、私が行ったのか、夢かうつつか、寝てか醒めてか
「かきくらす心の闇にまどひにき
夢うつつとはこよひさだめよ」
別れた悲しみで心は闇に迷っています、
夢かうつつか、今夜逢って明らかにしましょう
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しかし、歌を詠み交わしたにも拘らず、業平はその夜宴席に招かれ、抜け出すことができません。
なんとか、後日、大淀の御殿を訪ねることを伝えました。
斎宮、大淀の御殿(竹の宮御殿)
「二度とはかき抱くことも叶わぬと思われる汗ばむ御身に、思いのすべてを預け、恬子さまの深々とした息を受け取ります。夜が明けるまで、幾度となく繰り返し、ふと蔀(しとみ)を見上げれば、片割れ月が二つに重なり浮かんでおりました。」
業平は別れがたく、今一度と懇願しますが、
「それはかないませぬ、この一夜のみと心にきめておりました、夜が明ければ、私は斎王の身にもどらねばなりませぬ」
「私は、あの片割れ月となり、生涯、御兄上、いえ業平殿をお護りいたします。片割れ月が空に上がりましたら、この一夜を思い出されてくださいませ」
こうして、業平と恬子斎王の一夜は終わりました。
それから幾月か、内裏に火災が起こるなど都は不穏な空気。伊勢の斎宮でも、流行り病が流行し、恬子斎王は、殿中に籠り誰にもお会いにならない。
業平は、斎宮との密(みそか)ごとが厄災をもたらしたのではと心を痛めていました。
業平は、見知らぬ男からお会いしたいとの文をもらい出かけます。
男は、「狩りの使い」で訪れた伊勢の長官でした。傍らにいたのは、あの折りの侍女(童女)で杉子、後の伊勢の方でした。
杉子の衣に、赤子が抱かれていました。業平の子です。これから、さるお方の子になるとのこと、斎王はただ一度、子が業平殿に抱かれ欲しいと願い、伊勢からお連れした由。
それから十年がたち、恬子斎王は退下され、出家して東山の庵に住まわれています。
恬子さまから文をもらい庵を尋ねます。
業平にお願いがあるとの旨。
願いは、長年恬子斎王のもとに仕えてきた、杉子を業平に預けたいとのこと。
杉子は、「私は業平殿の元へ参ります。内親王(みこ)の願いに背くことは致しません。ではございますが、妾(しょう)にも妻にもなりませぬ。私はこのような年寄りは好みませぬ。下女としてお仕えいたします。
業平、あまりにいさぎよい伊勢の声に、思わず笑い声をたてました。伊勢の方も自らの声に、童のように笑われます。」
「このような年寄りは好みませぬ」と伊勢の方、五十を過ぎた業平の胸に刺さります。
業平は、伊勢の方の歌の才を認めており、歌のやり取りを楽しんでいます。
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伊勢の方が、業平に歌を返します
「大淀の浜に生ふてふみるからに
心はなぎぬ語らはねども」
伊勢の大淀の浜に生えている海松(みる)ではありませんか、私はあなたさまのお顔を見るだけで満足です。共寝などしなくても。
「恬子さまは良き人を遣わされた。才ある人は、飽かず味わいのあるものよ」と業平は感じ入ります。
続く