藪本雅子のブログ その2
  • 28Sep
    • オロル

      ママに似てる!と娘が次々と買ってくれるので、だんだん増えてきた。オロル。今日から、スマホケースも仲間入り。微妙な表情が、私っぽいと私も思う。

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  • 26Sep
    • 日記

      そういえば、稲田前大臣と話している中で私が小さいころから日記を書いていると言ったら、何故?と少し驚かれた。何故・・・。考えたこともなかった。私にはあまりに普通のこと。日記をつけるというのは、珍しいことなのかな。そういえば、家族の誰もつけていない。娘には、何度も勧めたのだけど却下される。ちょっと悲しい。小学生のときは、先生との交換ノートがあった。誰から言われたわけでもなく、ただ、自分の考えていることを書くのが好きだった。そのノートには、天声人語をはりつけて、それに対する感想をつらつらと書くこともあった。それに対する先生のコメントが嬉しくて、ずっと続けていた。今読み返しても、小学生のくせに、すごい的を射たことを書いていて驚くことがある。中学生のときは、親元離れて一人になったので、日記が私の親友のようなものだった。苦しいこと、つらいこと、人に言えない悩みを書いて、自分を励ました。高校時代は、荒れていて書けないような生活だったので、書かなかった。大学時代は、時々、スペシャルな時だけ書いていた。日テレに入ってからは、基本的には手帳と反省ノート。毎日、一日を振り返って、良かった点、ダメな点を書いた。見た番組とか、映画とか、心に残った先輩の言葉も書きとめた。書かないと、忘れてしまうもの。何故、みんなは、書かなくても平気なのか、逆にそれがわからん。一度書いたものは、しっかりと記憶に残る。自分の書いたものを頼りに、その前後、その時の空気、におい、音、そんなことも思い出せる。全てが、私の通ってきた道。生きてきた証が残る。妊娠、出産のときの日記も面白い。24時間以上におよぶ陣痛の様子を、うんうん唸りながら書いていた。出版と同時に、ブログを開始した。日記がブログになった。2005年3月からだから、もう13年か。炎上しても、やめる気にはならなかった。これは、私の歴史。人に読ませるために、というよりも自分のために書いている。検索できるから、ブログは便利だなあ。プーさんの森とか、リアルに思い出せて面白い。旅行はすぐにどこに行ったかとか忘れるから、書いた方がいい。でも、炎上以来、ちょっとプライベートを書くのは、控えている。あの時は、家族に危害を加えられそうなコメントまであって、相当、参った。だから、今は、家族のことは書かないようにしている。家族のことは、余白がいっぱいある手帳に、ちまちまと書き連ねている。おそらく、この習慣は一生続くかな。子どもたちも、いつか、面白がってママの人生を読んでくれるかな。いや、読まないか。私の葬式のときぐらいか。

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  • 25Sep
    • 稲田前防衛大臣とLGBT

      ご縁あって、稲田前防衛大臣とランチ。前からお会いしたかった方で、聞いてみたいことがいっぱいあった。稲田さんは、右翼なイメージがあると思うけれど、実はとても真っ当な保守政治家だと私は思っている。あの杉田議員をかばう自民党にいながら、以前からLGBTに関心をもち、LGBTの人たちが不利益や差別を受けることのない法律を作ろうと動いている。「差別解消法」ではなく、「理解増進法」。いきなり、差別禁止の罰則を設けたのでは、何故LGBTが人権問題なのか理解されず、ひいては実効性がなくなる。なので、まずは、基礎的な理解を広めたいのだという。一歩ずつ、確実に。いいと思う。3年前、稲田さんがワシントンでLGBTについて語った部分を引用する。「全ての人が平等に尊重され、自分の生き方を決めることができる社会をつくるためにとりくみます。人は生まれつき、、さまざまな特徴を備えています。そのことを理由としてその人が社会的不利益や差別を受けることがあってはなりません。保守政治家と位置付けられる私ですが、LGBTへの偏見をなくす政策をとるべきです。自民党は日本における保守政党ですが、その思想は多様です。大切なことは人それぞれの個性を評価し、人々がその潜在能力を完全に発揮できるように支援する社会をつくること、また、一生懸命努力し成功する人を評価し、一生懸命努力しても成功しない、または成功できない人を支援する社会をつくることです」この言葉に、激しく共感。政権与党の中に、こういう考え方の人がいるんだということに私は感動している。因みに、「部落差別の解消の推進のための法律」も稲田さんが二階総務会長とともに議員立法で成立させている。稲田さんは、全ての人の人権を守りたいという強い信念で行動している人だった。反発も多いであろうテーマに果敢に挑む姿勢は、とても立派なことだと思う。これからも、女性ならではの人権感覚で、活躍して・・・、と書いて、そうだ。杉田議員も女性議員だった。女性ならでは、というのは偏見なのかと、ふと思う。「ちーがーうーだーろー」 豊田さんも自民党だったか。政治の世界の男女候補者均等法ができたのだから、真っ当な女性議員が増えることを祈るばかり。で、「新潮45」休刊。新潮社、一体どうしてしまったのだ。私の本も新潮社から出した。新潮社は、結構信頼している出版社だ。どうして、杉田議員擁護の特集など組んだのだ。さっぱり意図がわからない。杉田議員の発言で、どれだけLGBTの当事者、子どもたちが傷ついているか、そのことに何故考えが及ばないのだ。しかも、謝罪しないという。表現の自由なんかじゃないでしょう。言葉の暴力。「新潮45」カラーでとりあげてもらったことがある、思い出の月刊誌だった。さようなら。この社会は、なんだかおかしい。歪んでいる。次世代の子どもたちが少しでも生きやすい社会になるように、やれること、やらなくちゃ。

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  • 17Sep
    • プーと大人になった僕

      夫婦50割で、観に行ってきたのだ。もう、めっちゃめっちゃめっちゃ、感動した。夫婦そろって、ボロボロに泣いた。我が家はプーで子育てをした。イギリスに住んでいた頃、プーの森へ遊びに行ったこともある。その時のブログ。これが有名なプーブリッジ。枝を投げ入れ、流れていくのを見る。楽しい。子どもたちのわああ、わああ、という歓声が、今も思い出せる。ディズニーではない、オリジナルの森の仲間たちも買った。長女の部屋に今もいる。パンフレットも買った。DVDが発売されたら、買おう。手元に置いておきたい作品。大人になったら、仕事や責任がたくさんあって、スケジュールに従って毎日を過ごすのだけど、何もしないをする、っていいなあ。過去のことを振り返ったり、将来のためになるからと頑張ったり、そんなことより、今を楽しむっていいなあ。自分は何が好きで、何がしたくて、何を楽しいと思っていたのか、思い出そうとしてもなかなか思い出せないのだけど、もう一度、そこに返りたいなと思う。リセットしたくてもできないことってあるけれど、心だけは、正直でありたいと思う。

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  • 11Sep
    • 里親になりたい!

      ずいぶん前から、我が家では里子の話が出ている。今、娘が二人いるが、そのうち独立して夫婦二人になったとき、里親になりたいね、と。でも、その頃はもう私も60だろうし、ダンナの収入はどうかなあ、とか私に育児の体力・気力が残っているだろうか、とか、子どもが大きくなるまで健康でいられるだろうか、とか考えどころが満載で、具体的な話にはなっていない。今日、LGBT、性的マイノリティーの人が里親になるのを応援している団体の代表、藤めぐみさんとお話をした。法律的には、LGBTを排除するような文言は全くないのだが、どういうわけか、LBGTは里親になれないという報道があったり、役所の窓口で門前払いされるケースがあるとか。その偏見を取り除こうと精力的に活動された結果、去年、大阪市では全国初、男性カップルの里親を認めたのだ。そして、東京都は全国で唯一明確にLGBTの里親を排除していたのだが、、(他は、そのあたりは曖昧にしていただけのこと)10月から、LGBTカップルが里親になる道を開くことになった。里親になる人は、全員、里親になるための研修を受ける。講義、実習、演習、施設見学・・・・それで、相応しいと認定された人が里親になれる。ゲイのカップル、レズビアンのカップルは、子どもができないわけだから、早いうちから、里親になりたいと手を挙げるだろう。そうすると、私が感じているような、60になってから里親だと経済的、体力的にしんどいかなあ、という不安はない。それに、例えば、お父さんから虐待を受けた子どもだったら、男の人は怖いかもしれない。そんなとき、パパママが女性だったらほっとするだろう。自身が、LGBTだったら、親もそうならほっとするだろうし、周りとのコミュニケーションの仕方を学ぶこともできるだろう。映画「彼らが本気で編むときは」の世界。きめ細かい育児が期待できる。何せ、13人に1人は、LGBTだと言われている。LGBTの人が親になるという多様性があるのは、大歓迎なのは間違いないこと。それにしても、児童養護施設には4万5千人の児童がいるという。児童養護施設が悪い、というのではないが、やはり、家庭的な環境で、一人一人に愛情を注いでその子たちの居場所を作ってあげることはとても大事だと思う。でも、日本は里親になる人が2割に満たない。先進国は、5割は超えるというのに。宗教的なものかもしれないし、日本の血縁、家制度といった習慣的なものかもしれない。わからないが、もっと里親になろうという人が増えた方がいいと心から思う。調べてみると、里親といってもいろいろある。60から、3歳未満の子どもを育て上げられるだろうか・・・などと壮大なことを考えて、断念するのではなく、親がいない間(たとえば、刑に服している間など)だけ預かるとか、週末だけ預かるとか、いろんな形があるようだ。LGBTの里親ニュースがきっかけで、多くの人が里親制度をチェックして、検討する機会がもてるといいな、と思う。藤さんは、言っていた。里親研修は、本当は里親になろうとする人だけでなく、妊婦さんはじめ、全ての人に受けてもらいたいと。日本の子どもの現実がよくわかるのだと。わかりました。私、受けます。里親になれるものならなりたい。責任は伴うし、覚悟のいることだが、いつか、なろう。里親に。何だか、わくわくするなあ。大変だけど、子どもの成長は私の喜びになるから。

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  • 05Sep
    • こころみ学園

      朝、ふと思い立って、こころみ学園に行ってきた。今年は猛暑だったので、ぶどうは糖度が高く、早々にヌーボーの仕込みも終わっているという。こちらのメインのブドウ畑は、まだまだたわわに実っています。樽に、山下亮太さん作、彫刻。素敵、素敵。すっかりココの顔となったたかおさん。学園へ来て、44年。学園へ来る前の話をはじめてきいた。いっぱい、いっぱい、悲しいことがあったんだとか。でも、そういうことは考えないの。いいことを、考えるの。と言っていた。何だか、おいおい、泣いてしまった。たかおさんとは、週に1度はメールをして、近況報告をし合うのだけど、いつも、前向きな、素敵なコメントであふれている。感謝、ありがとう、元気、お天気、美味しい、楽しみ。それらの言葉、ありがとう。おじいちゃんは、とても偉大な人。でも、たかおさんも、立派な職人であり、人に感動を与えるワインをつくり、優しい言葉を紡ぐ人。おじいちゃんも、喜んでいると思うよ。試作品も含めて、じゃぶじゃぶ、飲みました。野性味あふれるワイン、素晴らしい!今は、JALのファーストクラスでもふるまわれているのだ。すごいワインになったもんだ。みんなに認められて、嬉しいよ。ブドウ畑の山の上にも行きましたよ。やはり、カラスを追うために、缶をカンカン鳴らしている人がいました。自宅でも、アワココ。澱がたまっていて、自然発酵、いろんなものが浮いていて濁っている。その粗削りな感じが私は好き。生きてるワインって感じがする。20年前、きょうの出来事で特集を作ったとき、園に来たばかりで、縄でつながれていないとどこかへ行っちゃう、重度の自閉症の子をとりあげた。その子が、今やすっかり落ち着いて、自分の仕事を立派にこなす働き手となっていた。来るたびに、感動する。人間ってすごいなあ。

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  • 01Sep
    • 活動記録とプロフィール

      活動の軌跡 ■2018年・マイノリティから考える「わたしのふつう あなたのふつう LGBT×外国ルーツ×障がい」神奈川県立あーすぷらざ シンポジウム司会進行・JTホール 角聖子のピアノで綴る春のひととき ドビュッシー100年ベルエポックを中心に ナビゲーター・人権教育啓発推進センター「アイユ」連載/法務大臣賞審査員・日本財団学生ボランティアセンター Gakuvo Style Fund審査員・筋ジストロフィー東京大会司会・大原「介護の日本語」専門教師養成コース修了・日本語学校非常勤講師・全国銀行協会 SDGsシンポジウム モデレーター兼パネリスト・2020障害者国際芸術祭プレ企画 「ナントからナカノへ」アールブリュット・港区憲法週間記念講演・真言宗豊山派茨城県布教師会総会 「取材記者からみた仏教」・聖学院 総合学習・立教大学 ボランティア論 ・長野県野沢温泉村 ・長野県山内町    ・埼玉県東松山市    ・茨城県筑西市            ・中土佐町夏期講座  ・米子松蔭高校・高知 震災と人権 11月10日  ・岐阜市 人権の広場  ・出雲市 同和教育・福岡県糟屋郡志免町 人権を尊重する町民の集い・下妻市■2017年・日本語教師養成講座420時間終了  日本語教育能力検定試験合格 日本語教師はじめました。・アール・ブリュット国際フォーラム・パフォーマンスイベント 総合司会 ファシリテーター・東京都 ヒューマンライツフェスタ 2017・筋ジストロフィー東京大会司会・人権教育啓発推進センター「アイユ」連載/法務大臣賞審査員講演・日の出町男女共同参画講演・長野市ワークライフバランス講演会・新潟市 憲法記念市民の集い・曹洞宗群馬県宗務所 人権研修・米子市人権講演・鳥取市人権講演・立教大学・宮崎県教育庁人権同和教育室・鳥取市西人権福祉センター 講演・シンポジウム・長野市若里市民文化センター・埼玉県上里町・島根県浜田市役所・神奈川県秦野市役所・さいたま地方法務局人権擁護委員連合会・なごや人権啓発センター・箱根町男女共同参画■2016年・「認知症の私と輝く大賞」総合司会・角聖子ピアノコンサート ナビゲーター in JTホール・筋ジストロフィー東京大会・「口から考える認知症」総合司会・東京都 ヒューマンフェスタ2016  総合司会・「共生社会を考える」シンポジウムコーディネーター 多文化共生社会大学プレゼンコンテスト 審査員・大田区文化の森 「ミロと森のピアノ」朗読コンサート講演・八王子市中山中学校・社会人在学舎「知命塾」講演・北九州市・立教大学 ・群馬県前橋市・農林中央金庫 人権研修・高知県安芸市 夏期大学講座・新潟県柏崎市・京都府職員研修・山形市 男女共同参画センター20周年記念講演会・岐阜県高山市 飛騨信用組合・島根県 松江市 人権を考える市民の集い・富山県  人権啓発の集い・群馬県  人権プラザ人権啓発研修会・練馬文化センター 人権週間行事 講演と映画の集い・愛媛県  人権講演会・早稲田大学 メディアイングリッシュ/ゲスト講義■2015年講演・群馬県太田市・高知市・福岡県農林水産部 障害者差別解消法施行にあたり・宝塚市・海南市・上越市・東京都 女性の就業分野拡大・黒潮町・日新製糖 社員研修・鳥取県三朝町・和歌山市新宮市・栃木県下野市・中央エフエム「京橋漁協」ラジオパーソナリティ・人権教育啓発推進センター「アイユ」連載/法務大臣賞審査員・東京湾大感謝祭司会・着物の女王司会・ハンセン病市民学会東京集会総合司会・筋ジストロフィー東京大会司会■2014年講演・塩尻市 「女性の生き方講座」シンポジウム・鳥取市・鳥取「ハンセン病とともに歩む会」・社会人在学舎・自己表現講座・群馬県邑楽町・群馬県安中市人権講演 with 角聖子「ミロと森のピアノ」・兵庫県 震災から20年 ・品川区 「テレビから人権を考える」・大分県・中央エフエム「京橋漁協」ラジオパーソナリティ・人権教育啓発推進センター「アイユ」連載/法務大臣賞審査員・東京湾大感謝祭司会・着物の女王司会・着物サローネ・釣りビジョン出演■2013年・大阪府富田林市  人権・台東区 浅草公会堂 人権・郡山市 人権・福岡市 人権・岐阜羽島 関市 人権・船橋市 男女共同参画・愛媛県伊予市  人権・石川県 人権・東村山市 男女共同参画・福岡県八女市 人権・徳島市 人権講演 「生きていてよかったと思える社会を目指して」・茨城県笠間市 「みんな大事な命」いじめ・虐待・愛媛県今治市 フォーラム今治ひと(女)&ひと(男)「共に生きる社会」・日本政策金融公庫 「輝く女性の働き方」・人権啓発冊子「アイユ」連載中・PHP「のびのび子育て」企画 社会の時間 「ニュースって何?」・中央エフエム 84.0MHz 『京橋漁協』ラジオパーソナリティ・ミロコンサート・うつ病・認知症コンソーシアム・法務大臣賞審査員・着物サローネin日本橋 司会■2012年・水戸市 人権講演 同和・人権教育啓発推進センター(文科省、厚労省共管)人権講演・高松市 人権講演 ハンセン病・兵庫県太子町 人権講演・横須賀市 人権講演・豊川稲荷(曹洞宗)人権・宗教講演・滋賀県近江八幡市 男女共同参画・京都亀岡市 ・広島県安芸高田市八千代人権福祉センター・横浜市瀬谷区 人権講演・熊本県合志市 人権講演・徳島市 図書館オープン記念 「私を変えた本」・CD付絵本「ミロと森のピアノ」制作   3月3日 東京FMホールコンサート 朗読出演  6月17日 お父さんの日コンサート 川口リリア 朗読出演  7月29日 JTアフィニスホール@虎ノ門 まごころコンサート 朗読出演  9月1日 銀座ヤマハ ライブ 立見満員御礼! 朗読出演  12月22日 銀座山野楽器本店ホール クリスマスコンサート  朗読出演         ・「うつ病・認知症コンソーシアム」運営役員就任  日本財団「生命倫理サロン」心は脳にあるのか?コーディネート  日本医学ジャーナリスト協会 講演コーディネート  日経BP共催 アジアエイジングフォーラム2012 認知症シンポジウムファシリテーター・法務大臣賞(人権啓発部門)審査員・メンタルケア心理士資格取得 ・精神神経センター・不安障害の認知行動療法研修終了・人権教育啓発推進センター発行誌「アイユ」連載・ライフビデオ株式会社 ナレーション多数・筋ジストロフィー協会 VPナレーション・映画 「インターミッション」予告編ナレーション・明治R-1ヨーグルト CMナレーション■2011年・栃木県主催 那須塩原市 人権講演 講演録あり・石川県公民館連合会・石川県教育委員会主催 人権講演・茨城県主催 水戸市連続講座・広島県江田島市主催 人権講演・東京都主催 憲法記念日 憲法と人権・埼玉県主催 鳩ヶ谷市「自分らしく働くために」鳩ヶ谷市民フォーラム・大津商工会議所 人権講演会・千葉県主催 「報道(メディア)と人権」 千葉市文化センター・津市主催「報道と人権」・埼玉県主催 企業の仕事と両立支援推進セミナー  「成功企業に学ぶ働き方の見直し」コーディネーター・財務省会計研修センター 教養講座「自分らしい働き方を探して」・福井県永平寺町 ワークライフバランス・北九州市 人権講演・うつ病と認知症コンソーシアム キックオフシンポジウム ファシリテーター雑誌掲載「致知」   ■2010年・相模原市地域福祉課「共に生きる社会を目指して」 ・品川区民大学 生涯学習 教養講座 「ハンセン病」・あきる野市社会福祉協議会主催 「ボランティア」・愛知七宝中学校「みんな大事な命」・早稲田大学応援部創立記念式典司会・日本論語研究会講演「ハンセン病から見えてきたものーこの国、マスコミ、私」・古河市人権講演・筋ジストロフィー協会東京大会総合司会・豊川稲荷・曹洞宗布教講習会「ハンセン病差別の原因ー宗教、メディア、私」・蕨市人権講演「取材現場を通してみた人権」・稲敷市男女共同参画「輝ける女性を目指して」・京都光華女子大学キャリア形成学部開設記念講演「私とキャリア形成」・東大阪市人権講演「ハンセン病に学ぶー取材現場より」・兵庫県稲美町人権講演・千葉ハートフル・ヒューマンフェスタ 乙武洋匡氏とトークショー・「STORY」2011年1月号にインタビュー記事掲載・上智大学文学研究課新聞学専攻 修士号取得   学位論文「ハンセン病問題・テレビの責任   ー過失・不作為の螺旋構造から脱却したカミングアウト事例よりー」■2009年・はばたき福祉事業団(薬害エイズ原告)和解記念講演・鳥取短期大学・北茨城高校・上里東高校・富山県高岡市福岡町 社会を明るくする運動・国東市福祉協議会・静岡県立冨士宮西高等学校・広島県福山市 ・天台宗務庁(比叡山延暦寺)・松阪市・茨城県男女共同参画・秋田県薬剤師会・山形県村山市 むらやま元気塾・埼玉県小川高等学校・埼玉県蕨市 (私らしい働き方)・新潟県・岐阜県海津明誠高校・DVD こころみ学園50周年・日本財団提供 ナレーション■2008年・高崎市・常陸大宮市社会福祉協議会・関東建友会・真宗大谷派山陽教務所・東京海上日動火災保険労組 ・本庄市人権教育推進協議会・高津看護専門学校・戸田市・愛知県甚目寺町・京都南丹市・ピアニスト角聖子さんとのコラボレーション   「宮沢賢治セロ弾きのゴーシュ」朗読・上智大学大学院 新聞学専攻 博士前期課程入学・河出書房新社『魂の仕事人』(人材バンクネット編集部編)出版■2007年・モーハウス主催 育児、出産トークショー・熊本県植木町 人権啓発のための講演・J・COMイベントトークショー・聖学院政経授業・原稿執筆PHP11月号・早稲田マスコミセミナー講義・早稲田大学公開講座 ボランティア論 ハンセン病について・長野県主催 人権フェスティバル 講演「みんな大事な命」取材現場より■2006年(1月から翌年3月まで 英国キングストン在住)・法務省提供 人権啓発特別番組「未来への道標」制作    全国34局で放送 ナビゲーター    ナレーション 渡部篤郎    DVD・10月 福島県主催 人権啓発のための講演 演題「女子アナ失格(ハンセン病取材への道)」満員御礼■2005年・5月『女子アナ失格』(新潮社)出版・10月十文字女子大学で永井美奈子さんとともに講演  演題「女子アナってなんだろう」・12月早稲田大学公開講座  演題「女子アナ失格(ハンセン病取材への道)」超満員御礼■2002年 ・聖学院高等学校で総合学習の講師をさせて頂きました。それ以前の経歴京都生まれ13歳で芸能プロダクション「アミューズ」に所属。単身上京、目黒区立第一中学校に通う。ジューシーフルーツ「哀シャローム」のキーボードを担当。シャープイメージガール1983年東京・麹町学園女子高等学校に入学1983年(高校1年夏)京都・平安女学院に編入学1987年早稲田大学教育学部入学。    フジテレビ・おはよう茨城レポーター    フジテレビドラマ「親たちの受験期」「春までの祭」    フジテレビ連続ドラマ「あなたが欲しい」1991年 日本テレビ入社 アナウンス部   『ナイトエクスプレス』   『EXテレビ』    『スーパージョッキー』   『ロック鳴缶』   『M2』   『M-Stage』   『クチュリエで道楽』   『企業NOW』    『ヤン坊マー坊の天気予報』   『天才!どんぐり連合』   『TVおじゃマンモス』   『きょうの出来事(天気予報担当)』   『夜も一生けんめい』   『芸能人ザッツ宴会テイメント』   『24時間テレビ』   『恋のから騒ぎ』など    入社2年目に永井美奈子さん・米森麻美さんとともに「DORA」を結成。1995年『きょうの出来事』で阪神大震災をレポート。   その後ニュースアナウンサーに。1998年 報道局へ異動 社会部遊軍     警視庁クラブ二課(知能犯)、四課(暴力団)、生活安全部担当。    厚生省クラブ   ・ハンセン病『きょうの出来事』『NNNドキュメント』特集で放送。2001年 政治部へ異動  外務省(霞クラブ)担当            9・11テロ勃発で防衛庁2001年12月結婚を機に日本テレビを退社2005年初の著書『女子アナ失格』(新潮社)発売

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  • 19Aug
    • 東松山市に学ちゃんが!

      17日、埼玉県の東松山市で人権講演でした。そこへ現れたのが、なんと「学ちゃん」。「学ちゃん」とは、日本テレビの報道でアルバイトする学生さんのことを言う。どういうわけか、名前では呼ばれず、「学ちゃん」と呼ばれる。失礼な話なのだけど、修行中の身なので半人前ということなのか。その習慣は、まだ残っているのかは未確認。矢島アナウンサーも「学ちゃん」あがりだ。25年前、私がきょうの出来事で天気予報をやっていたときの「学ちゃん」が東松山市で立派な公務員になっていました。当時の私の印象を聞くと、「テレビで見ている顔とは違って、いつもうつむいて、物憂げだった。何か、葛藤しているように見えた」という。うー。痛い。その通りだった。見る人は見ているんだなあ、と思った。いや、そこにいた人は、みんな気付いていたかな。私、すぐに顔に出るし、嘘つけないし。何に葛藤していたか、そのことについては、たっぷりと講演で話をいたしました。本当に、いやになるぐらい、葛藤の多い人生だ。誰もが葛藤したり、苦しんだり、ネガティブな感情に支配される時もある。そんな感情があるからこそ、それを抜けた先のパーッと広がる世界に感動することができる。だから、面白い。それが生きているってことなのだ!東松山市のお土産をいただいた。東松山市は焼鳥、焼トンが有名で、塩でも醤油でもなく、味噌でいただくのだそう。にんにくがきいていて、まいうー。キャベツにつけても、まいうー。(もしかして、まいうー、は死語になっている?)お花もいただきました。ありがとう。話をきいていただいた皆様に感謝。25年ぶりの再会、嬉しかった。

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  • 14Aug
    • 会いたい人

      最近、子どもの頃のことをよく考える。アミューズに入って女優になるために単身上京する前の、天真爛漫で夢いっぱいの生活を送っていた頃のこと。13歳の夏、サザンのコンサートに行かなかったら、アミューズと出会わなかったら、東京に出なかったら、どんな人生を送っていたのだろうか、と。会いたい人が次々と思いだされる。小学校の頃、仲の良かったしゅうこ、ゆうこ、おはらはどうしているかな。私が児童副会長だった時、会長だった出口くん、大きくなったら私と結婚したいとみんなの前で言った平岩くん、体育館の裏でこっくりさんを一緒にやっていたのは村健だったか、誰より、はっと に会いたい。小学生のころから大人っぽくてちょっとつっぱっていたが、本当は優しくて頼りになる男だった。私の家族はみんな、はっとのことが大好きだった。みんなどうしてるかなあ。あれから40年近く。もう連絡先はわからない。連絡しなければならない理由も特にない。でも、ブログに書けばもしかしたら近況がわかるかなあ、なんて。

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  • 19Jul
    • 入魂

      長野県の野沢温泉村と志賀高原のある山ノ内町の2会場で講演をしてきました。一日2本、というのはあまりないこと。同じ話をすればいい、というものでもない。野沢温泉村では中学生が来ていた。だから、自分の娘に話すように、わかるかな、と反応を見ながら言葉を選ぶ。山ノ内町では、大人の女性もたくさん来ていたから、女性の話も入れたくなる。話の基本ラインは同じでも、話題は少し違ってくる。その時、話の流れで言いたくなったことを話す。もちろん、思いつきで話すというようなものではなく、以前、苦しんで悩んで見えてきた話題の引き出しが私の中にはいくつもあって、どれを引き出してくるかは、その時次第、という感じ。講演生活も13年経つ。最初は、足がぶるぶる震えたり、時間通りに納められなかったり、話が下手すぎてダメだなあ、と落ち込むことも多かったが、最近、ようやく、自信を持って話ができるようになってきた。みんなに伝えたいことが、私なりにはっきりしてきたからだ。これを言いたくて、長いこと人権問題をやってきたんだな、と今頃わかってきたことがある。講演をさせていただいて、ありがとう。講演に来てくれて、ありがとう。私の話に共感してくれてありがとう。一緒に、壁を壊す人になろうと思ってくれた人、ありがとう。私、本気。毎回、講演には魂を込める。私の遺言のようなもの。重い話だけれど、蓋をしてはいけない大事なこと。これからも、闘います。

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  • 17Jul
    • ハンドスタンプアート

      ハンドスタンプアートを知っていますか。ハンドスタンプアート難病で子どもを幼くして亡くしたお母さんがはじめたプロジェクトで、もともとは、障害を抱える子供たちの手形を集めて、大きなアートにして遺していこうというもの。手形だもの、どこにいても、とれる。赤ちゃんでも、ストレッチャーに乗っていても。私も、子供二人、生まれた時に手形をとったなあ。そこに命がある証。その活動がどんどん激しくなってきて、テーマソングができあがり、全国キャラバンめぐり隊が各地で手形を集めるイベントをしたり、宮澤かれんさんがブラジルを皮切りに世界中を渡りながら手形を集めたり、東京オリパラで、巨大な絵を飾ろう!というところまできた。宮澤かれんさんの記事この企画、面白い。私の筋ジストロフィー友達にも伝えなくっちゃ。自分の手が、アートになって、オリパラに参加できるなんて素敵!障害者だけじゃなく、その家族や理解者や賛同者、誰でもOK、にしたというから私ももちろん参加したのだ。Kitpasというチョークの会社が作ったという絵の具?みたいなのがまた使いやすい。クレヨン?状のを板に塗り、霧吹きで水をシュッシュとかけて絵の具みたいになる。そこに手を押し付けて、A4の紙にポンとするだけ。絵の具は簡単に拭き取れる。これ、お風呂場でも使えるし、窓にも書ける優れものらしい。口に入れても大丈夫とか。プロジェクトをはじめた横山さんが言っていた。子供と過ごした5年間は本当に愛おしく、幸せな日々だった。手形の数だけ家族の思いがあり、笑顔が繋がっていけばいいな、と。この手形でどんなアートができあがるのか、私は力士の手形を並べた感じをイメージしていたのだが、全く違う。めっちゃカッコイイ!と思わず叫んだ。5メートル×1.5だったかな。海のような森のような、なんとも迫力のある作品。他に、旗があったり。素敵、素敵!みんなに広めたい!オリパラ会場に飾りましょうよう!

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  • 09Jul
    • 専門日本語教師なのだ。

      毎週日曜日、9時50分から17時まで、「介護の日本語」理論と実践とを6回にわたって、勉強したのだ。いやあ、濃い時間だった。毎回、ない頭をフル回転させるので、あっという間に時間が過ぎていった。指導していただいた先生は、三橋先生、丸山先生。二人合わせて(何故合わせる?)みつまる先生。はじめて学ぶ介護の日本語という、介護を志す外国人の必須本を制作したお二方だ。惚れ惚れする程、プロフェッショナルなトークと熱い心を持っている。介護の日本語って誰に何をどこでどのぐらいどうやって教えるものなの?という数々の疑問が当然あるのだが、それを考えながら、学んでいく。超高齢社会の日本は、慢性的に介護職員が不足していて、2025年までに35万人が不足するという試算がある。介護人材を日本に迎え入れるためのシステムづくりが必要なのだが今のところうまく機能しているとは言い難い。日本語教師が、来日前、来日後と継続的に一貫したカリキュラムの中で指導していかないと、とてもじゃないが、現場で安心して働いてもらえるほどにはならないと思われる。どうしたらいいかな。介護の日本語は、日本語教師としてのブラッシュアップという以上に、これからの日本社会を本気で考える時間となった。立派な修了証書、もらいましたー!ひやっほー。この方は、大原日本語学院の吉岡校長。力強い話の中にもおちゃめな人柄が滲み出る。楽しませていただきました。The Specialized Japanese educator (caregiving) なんていう言葉がちょっとくすぐったい。今の日本語学校でスタンダードな指導経験を重ねつつ、介護の日本語、教えられる場所を見つけるぞっ。作っていくぞっ。おー。

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  • 03Jul
    • 聖学院と立教と

      週末は、聖学院高校(男子)の総合学習の時間で講義をした。聖学院は、これで3度目。聖学院には、2001年の国賠訴訟前からハンセン病支援をしていた先生がいらっしゃって、時々お声がかかるのだ。人権問題に熱心な先生なのでハンセン病をはじめ、沖縄、障害者、LGBT、同和など、学生と考える時間をつくっている。かなり濃い内容の総合学習で、思春期にこんなことを考える時間をもてるなんて、うらやましい。50分の短い時間ではあったが、駆け足で、語ってきた。そして、今日は立教大学のボランティア論でゲスト講義。立教も今回で3度目。250名超の学生が受講する人気の科目だという。学生の学部は様々。毎回、社会運動やボランティアの一線にいる方を招いて講義するというから、私も受講させてもらいたいような内容だ。立教大学には、インドまで行って、ハンセン病のボランティアをしている学生がいる。いいねえ。若い人の熱い志がまぶしいねえ。私の学生のときは、自分のことでいっぱいいっぱいだった。社会のことに目を向ける余裕はなかったな。悩み多い時期だったから本はそれなりに読んだ。エーリッヒフロムの「生きるということ」「愛するということ」「自由からの逃走」フランクルの「夜と霧」ドストエフスキー、スタンダール、モーパッサン、パールバック、遠藤周作、三浦綾子、井上靖、山崎豊子、島崎藤村、・・・・・・なんか、すごく偏っている気がするが、今の活動につながってきているような気がする。大学で何かをやり遂げたと言えるようなものは何もないが、自分を造る上で無駄だった時間はないように思う。飲んだくれたり、踊ったり、恋愛したり、それも含めて。学生時代の今を大切に、いい時間を過ごしてほしいな。ワールドカップで徹夜の学生もいただろうに、熱心に聴いてくれてありがとう。

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  • 27Jun
    • 悲しいこと

      監理団体は「日本人の派遣労働者より安く、3年間働く即戦力」として企業に斡旋した。そして、企業は、「技能実習」とは言えない作業をさせていた。三菱自動車、日産自動車といった大手企業で、これだ。技能実習制度は、日本の技術を途上国にひろめる「国際貢献」を掲げている。が、実際のところ、安い労働力としてしかみていない。賃金未払い、セクハラ、パワハラ、奴隷扱い、と国際社会から人権上問題があるとさんざん指摘され、罰則が強化されたにも関わらず、変わらない。アジア人、途上国の人たちを差別的な目でみて、使ってやる、ぐらいに思っているのだろうか。EPA(経済協力)の枠組みで日本に入ってくる人たちは、ある程度母国で日本語力をつけ、日本語能力検定試験のN4,N3あたりをとらなければならないしくみ。だが、技能実習生の場合は、語学の基準は特にないので、コミュニケーションがとりづらいのは仕方がない。彼らは、一族の期待を一身に背負って、海外で高い技術を学んで母国に貢献したいと希望をもって日本にやってきたはずだ。日本にはおもてなし文化があり、人は親切で、きれい好きで、日本なら安心だ、と思ってきていることだろう。それなのに…。彼らは、日本人の態度を忘れないだろう。3年経って、母国に戻って、日本人にひどい扱いをされたと語り継ぐことになるだろう。とても悲しいことだと思う。

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  • 21Jun
    • 介護の日本語

      腋窩痂皮吃逆含嗽嗄声これ、読めます?読んで、意味わかります?すみません。私は、さっぱり、わかりませんでした。今まで50年間生きてきて、出会ったことがなかったです。医療現場では、これらの言葉が使われているそうなのだが、果たして本当なのだろうか。EPA(経済連携協定)の枠組みで来日するインドネシア、フィリピン、ベトナムの人たちは日本の「介護福祉士」の資格を目指して働きながら日夜勉強するわけだが、こんなにも難解な言葉を覚えなければならないのだ。正解はこちら。えきか:脇の下かひ:かさぶたきつぎゃく:しゃっくりがんそう:うがいさせい:声がれ外国人にとっては、そもそも読み方はOからのスタートなので「えきか」と教えれば「えきか」と読むようになる。しかし同時に、「えきか」では、患者さん、利用者さんは何のことかわからない。スタッフ、医療従事者の前では「えきか」と言い、利用者さんには「わきのした」と言いましょう、と教えなければならない。また、「がんそう」「うがい」とマスターしても、さらに介護となると、「くちゅくちゅペー」を知らなければ現場で困る。因みに高齢者に「くちゅくちゅペー」などと幼児語を使うのはケシカランとおっしゃる方もいるそうだが、認知症の進んできた方には、「くちゅくちゅぺー」の方が理解してもらえるというエビデンスがあるそうだ。何だか、一昔前、カルテにドイツ語を書いていた医者を思い出す。患者は、難しいことを知らんでもよろしい、医者のやることに口を挟むな、という世界。看護、介護の現場でも、患者、利用者にはわからない専門用語を使ってきたのであろう。確かに、言葉を簡単にしすぎることは正確性を欠くこともあるだろうから、慎重にするべきだとは思うが、上にあげたような言葉は、わざわざ難しくすることもあるまい。ましてや、これから外国人の手を借りなければ回っていかない看護、介護の分野でこんな知識を求める方がおかしい、と思えてならない。外国人も日本人と同じ介護福祉の資格をとらねばならない。日本語能力のハンディとして、筆記試験の時間がやや長い。だが、内容は同じ。日本の複雑すぎる社会保障制度や介護保険、国民健康保険、障害者自立支援制度・・・そんなことまで必要か?日本人と同等の待遇で働くためには当然だろう?そうなのかなあ。これじゃあ、日本の介護人材不足は全く解消できない。日本のハードルの高さを知ったら、日本に来る人などいないだろうと思う。台湾等では、もっと確実に早くいい待遇で介護職につけるらしい。なんだか、日本はアジアの人たちに対して、「上から目線」な国だなあと思う。本当に、日本に来て、助けてほしいという切実さは感じられない。日本語教師として、えきか、かひ、きつぎゃく、がんそう、さそう・・・と口頭練習をさせるのか、と思うとため息が出る。もっと他に、必要な知識があるだろうと思うからだ。難解な医療現場言葉に一石を投じる本。医療従事者向け。『やさしく言いかえよう 介護のことば』95年の震災を契機に「やさしい日本語」の研究が進み、川崎市など自治体でも普及につとめているところが出てきた。やさしい日本語は、何も外国人のためだけでなない。そこで働く人たちにとっても、高齢者や子供や何らかの障害のある人たちにとっても、コミュニケーション上の助けになる。医療現場にもいろいろな人が入ってくる。そこには言葉のハンディがある人もいる。でも、その人たちの力が必要なのだから、彼らが働きやすいようにそれこそ、「合理的配慮」をしてもいいのだと思う。介護の質にかかわることではない、無駄なハードルは極力なくしてもいいのではないか。

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  • 11Jun
    • 日本語教師の近況

      ようやく、移籍先の日本語学校での1タームも終わりが見えてきた。しんどかった。1日に4コマ、週に3日ぐらい、なんてことはないと思っていたが、とんでもなかった。教案を事前にベテラン専任講師に提出し、原本がみえなくなるほど附箋でダメ出しが入り、何度も書き直して、作り直して、練り直して、ようやくOKが出る。この歳になって指導してもらえるというのは本当にありがたい。この学校は、日本語教師の原点のような指導方法。PPTを使わず、文字カード、絵カードが中心となる。導入、板書、変形練習、二文を一文に、前件作文、後件作文といった基本を、徹底して口頭で行う。つい、プリントを配ってやらせたくなるのだが、とにかく、口頭。話をさせる。ここを大事にしている。一日4コマ、3時間の授業にかける準備の時間は、軽く、倍の6時間ぐらいかかる。(汗)丸付け点数付けや、引継ぎやらで残業もすごい。寝ても覚めても、教案。それで、ひと月、7万円いかない。ひええ。びっくり。日本語学校の教師は、本当に自分の時間を削って、外国人留学生1人1人にきめ細かい指導をしている。それを面白いと思える人でないと続かない。日々、充実しすぎる日本語教師生活ではあるが、さらに、「介護の日本語」という講座を毎週日曜日に受けている。インドネシア、フィリピン、ベトナムからEPA(経済協力)で看護師候補者、介護士候補者として来日している人たちや、技能実習生として入国し、それぞれの医療機関で働いている人たちに日本語教師の立場から介護に特化したことを中心に教えるという仕事。すでに超高齢社会に突入した日本は、今後、介護を担う人材がおそろしく不足するのだ。だから、外国から来ていただこうという政策のもと、現場が動き出しているのだ。まだ漠然としてはいるが、私が今までやってきたことや私の関心や将来ビジョンを考えると、この分野をしっかりと勉強しておく必要があるように思えてならないのだ。日本語学校で日々鍛えつつ、介護候補者に教えられる教師を目指しはじめている。介護職を目指して来日する外国人は、母国ですでに看護師としての経験がある人も多く、優秀で志が高く、ホスピタリティにあふれた人たちだ。さらに、日本語をマスターして、日本人でも大変な国家試験合格のために働きながら(実務経験が必須なので)、日本語の勉強もする。それはそれは、並大抵の苦労、努力ではない。それでも、現場では、笑顔をたやさず、はつらつと仕事ができる人たち。外国人と一緒に、これからの日本を作っていく、ということが現実となってきた。国家資格をとった人たちが、日本に定住したいと思える受け入れ体制ができているかというと、それはできていないと言わざるをえない。だから、せっかくの人材が、日本に残ってくれない。安心して日本に住み、家族をもち、幸せになれるというモデルケースがまだまだ少ない。外国人を安上がりの労働力なんていう90年代の意識でみていたら、外国人は、誰も日本に来てくれない。日本は、もう回らなくなるのだ。思うことがだんだんあふれてきたが、今日は時間切れ。またいずれ。さらばじゃ。

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  • 27May
    • 名橋たちの音を聴く

      とびきり素敵なイベントに参加してきたぞっ。秋葉原駅からすぐ、ビルの裏側の全く目立たないところに、和泉橋防災船着場(災害などの場合に、物資や人を運んだりするためのもの)があります。そこからスタートして、和泉橋(1916年)、JR東北本線と新幹線の神田川橋梁(1925年)万世橋(1930年)昌平橋(1923年)総武線神田川橋梁丸ノ内線神田川橋梁美しい聖橋(1927年)御茶ノ水橋を折り返す。神田川にかかる橋の下で、トランペットの音を楽しもうというものだ。都市楽師プロジェクトの鷲野宏さんが、橋の歴史や見所、音の楽しみ方を丁寧に解説していく。トランペット奏者は小西徹郎さん。グレゴリー聖歌からはじまり、橋の特徴に合わせたメロディを即興で奏でていく。ここは、和泉橋。満潮時ということもあって、橋は手が届きそうなぐらい近い。橋に入るなり、トランペットの音の響きがガラッと変わる。橋の幅は44メートルといっただろうか、関東大震災を教訓に、火がまわらないよう、道の拡幅が進んだ。その構造により、響きが何とも豊かで重厚で味わいのあるものになる。これは、万世橋。装飾が面白い。何故、窓があるの?地下鉄に続いているらしい。木枠でコンクリートを固めた橋。音の響きの違いを感じながら、聞き入る。トランペットって、こんなに深い音が出るんだと、はじめて知る。これまで和泉橋から万世橋までの川沿いは、室外機が並ぶビルの裏側で、経済優先の昭和時代で余裕がなかったんだなあとちょっと残念な感じなのだが、万世橋を超えると、明治時代の建物が続くのでガラッと風景が変わる。万世橋高架橋跡は、赤レンガ造りで、今はおしゃれなカフェやショップが入っている。川と人との向き合い方にはっきりと違いが出る。設計は、東京駅を造った人と同じく辰野金吾さんだという。すてき。ここも素敵な赤レンガ造り。橋に焼夷弾のあとがくっきりと残っている場所もあった。どの橋だったかなあ。丸ノ内線が走るがたごとキーンという音とトランペットがコラボするのも面白い。小西さんの唇、舌の当て方が独特で、音がちょっとマイルドでハスキーな感じの響きになる。マウスピースだけで吹いたり、ピストンをとってみたり、いろんな技が飛び出す。オーケストラでトランペットをやっている娘も興味津々のよう。しばし、目を閉じて、町の音を聴くことに集中してみる。工事の音や車や人の声や電車や風や川の揺らぐ音や船のエンジン音。うるさいはずの音たちが、妙に心地よく聞こえてくる。音を浴びることを愉しむ爆音浴というらしい。瞑想やリラクセーションと似ている。そして、シンプルなフォルムが美しい聖橋。モダニズム建築の大家、山田守さんが造ったという。武道館や、京都タワー、東海大学などを造った人。このアーチ、下から見上げると本当に高い。30メートル以上あるそうだ。ここでのトランペットの音も、格別だ。因みに、昭和側の町並みは、こんな感じ。小さく右手に見える先頭の船が、後ろのゴミ船を曳航していた。万世橋跡の地ビール屋さんに、当然行くでしょう。うまい。飲んでいたら、音を聴く船の一行が通る。上から聴くトランペットもやはり素敵。町行く人も、皆足をとめて、演奏に聞き入っていた。神田川は予想以上にきれいな川だった。魚やカモやセキレイもいた。都会の自然が身近に感じられる得難い機会。ロンドンのテムズ川湖畔のように、水の都ベニスのように、京都の鴨川のように、もっと、水辺を楽しめるようになればいいのになあ!

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  • 30Apr
    • ピッパラがさらに素敵に

      印旛の栄町のピッパラの樹。お店の前のテーブルで田んぼを見ながら焼きたてのパンとコーヒーをいただくのが私にとっての至福の時間。その敷地を少し広げて、お庭ができた。イングリッシュガーデンを思い出させてくれるナチュラルな野性味溢れる花が植えられた。これからが楽しみ。奥には切り株やベンチが置かれている。この日はちょうどリニューアルオープンで、栄町の作家さんのお店が出ていた。苗や小物のショップもピッパラに参加。葉凪、と書いて「はな」と読む。因みに、ピッパラの樹のパン屋さんのママさんのお名前は、まさこ。ピッパラガーデンのママさんもまさこ。私も、まさこ。うふふ。

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  • 16Apr
    • 日本語学校、新生活

      さて、4月から拠点となる日本語学校を移りました。学校は新大久保と大久保に挟まれた百人町。日本人の方が少ない外国人ばかりの場所です。クラスには、ベトナム、ネパール、中国、韓国の人がいます。今、日本に急増している、と言われている国の人たちです。担当して、1週間たちました。その学校のやり方が違うので、あたふたすることもありましたが、基本、面白い^^授業中のスマホは禁止、教室内での飲食禁止、居眠りは欠席扱い、漢字テストを続けて休んだら大量の「プレゼント」という名のペナルティ宿題。学校を変わるにあたり、いろいろと学校見学をした中では、厳しい方にはいる。でも、ルールを緩くしたら、怠けるのが人間の性。そうさせないという、学校側の愛が感じられるのです。だから、授業はとてもやりやすい。クラス全員、顔をあげて、前を見て、私の話を聞いている。もりあがるし、笑いがおきるし、寝ている暇なんてない。あっという間の4コマ。(3時間半)来月には研修旅行があります。私もそのうち、同行したいなあ。運動会や、お花や習字といった日本文化の授業、スピーチコンテストもあります。それに!学生の有志は、大久保、新大久保周辺の清掃活動をしているのであります。地域の日本人にも受け入れられますように。学校の姿勢、方針にいたく感銘を受け、私もここで修行させていただくことにしました。「みんにち」(定番のみんなの日本語)を初級からはじめたいと思っていたのですが、担当したのは初中級で、「学ぼう!にほんご」です。嬉しいことに、3か月も、懇切丁寧な教案研修があります。これまで、雑になっていたかもしれない教案作成を見直すいいチャンス。授業は、私にとってはライブの場所。反応を見ながら、いかに、寝かさず、面白く、有意義な時間を作っていくのか、日々試されている感じ。しんどいけれど、面白い。だからと言って、サービス残業、薄給をよし、とするのは違うと思うが、そこはなかなか改善されない。さらに、将来を見据えて、「介護の日本語」と新宿区の公立小学校にボランティアで入るための勉強もはじまる。どっぷりと、日本語教師生活。やりすぎな感もあるが、今は勉強しどき。吸収するとき。子どもが巣立ったら、私の東京生活も終わる。あと5年そこそこか。その前に、東京でできることをたくさんやっておきたい。自分の年齢、寿命と相談しつつ、今、猛烈な勢いで動いている。60歳になって、何ができるのか。そんなことを毎日考えている。

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  • 07Apr
    • 穢れと差別と女人禁制

      このブログでも、穢れ観については度々書いてきているが、改めて。ハンセン病差別はそもそも法華経に「前世で法華経信者の悪口を言ったら現世でらいになる」と書かれていることから仏教が間違った教えを広めてきたという側面は大きい。それに加えて、日本に古くからある「穢れ」という観念。これがまた差別を根深いものにしてしまった歴史がある。「穢れ」は血、死、罪、この3つに関係することと結び付けられてきた。だから、「らい」も、動物を解体する人たちも、月に1回生理になる女も、「穢れ」とみなされた。お宮参りで母親が赤ちゃんを抱いてはならず、義母が抱くことになっているのはなぜ?出産した女は穢れているから、お祓いをして清めてもらってはじめて抱くことを許されるのだ。お葬式で、塩を配る宗派、地域がある。なぜ?人の死は穢れ。しかも、穢れはうつるから、清めるのだ。忌引き、喪中は?死人が出た家族は穢れていて、うつるといけないから、社会に出てこないでね、ということだ。ハンセン病のホテル宿泊拒否問題があった。とっくに病気は治っているのに一緒にお風呂に入れない理由は?そういうことだ。トンデモナイ!穢れは日本の差別構造の諸悪の根源。「穢れ観」による差別は今も各地に残っている。被差別部落の差別はちっともなくなってなどいない。むしろ、昨今ネット社会になってから再燃している。「穢れ」によって大迷惑している人たちがいることを決して忘れてはいけない。では、土俵の女人禁制はどうなのか。これも、「穢れ観」と密接に関係している。女が穢れているなんて、なんというバカバカしい考えだろうか。とはいうものの、実際は、女人禁制や塩をまく理由がどうであれ、相撲は神事であって、神事の伝統的なしきたりとして、受け継がれてきている。神聖な場とされる土俵に、女性が入ることに抵抗があるのは、男性に限ったことではないだろう。これは、信仰の問題だ。女人禁制は絶対だと思う人たちのその胸の内には、信じる神がいるのだと思う。神棚には二礼二拍手一礼、仏壇にはお線香をつけて手を合わせる。どういう理由でそうするかなんて考えない。そう教えられてきたから、そうすることで神仏に敬意を払ってきた。女人禁制もその一つ。信仰の自由は誰にもあって、尊重されなければならないと思う。明らかに誰かを差別し、傷つけていることには、断固闘うべし、と思うが土俵の問題はどうだろうか。緊急事態のこの度のアナウンスは呆れるが、土俵は神聖な場所で女人禁制だと信じる人がいるのだから、それは遠慮してさしあげるという寛大さがあってもいいのではないかな、と思う。男女差別だ、ケシカラン、と声高に叫ぶのは何か違和感がある。私には、元力士の親しい友人がいる。彼らが土俵や所作の一つ一つをどれだけ特別で神聖なものだと思っているか、長年きいてきた。女人禁制の話を知ったときも、それを差別だとは全く思わなかった。いくら国際的にみて奇妙なことでも、そういう伝統で、特に誰も傷つけていないのだからいいんじゃないか、と思う。お宮参りが母親を傷つけていないように、目くじらをたてることではない。日本には女人禁制の山がいくつかある。それも、男女差別だ、登らせないのはおかしいと抗議する?いやいや、山の神様を信じている人がいるのだから、遠慮しておきましょうよ。地元の人の制止をふりきって、山にずかずか入って、満足?日本には世界から理解されない、時代遅れの、男女差別に見える聖域が残っている。やまとなでしこは、これが日本の長年の伝統なのよ、失礼しちゃうわね。とにこやかに言いながら、このミステリアスジャパンを面白がるぐらいが素敵なのではないかと。・・・・・・と書きながら思う。人権問題を語る身としては、理屈的には女人禁制には抗議すべき?そうかもなあ。でも、中川市長が土俵で挨拶して、よくやった!えらい!男女同権!とはどうしても今は思えないのだなあ。ああ、モヤモヤする。穢れ観を憎みつつも、神事は受け入れている。これが曖昧な日本人。いや、柔軟な日本人の良さ、としておこうか。黒か白ではなく、まあまあ、そこは穏やかにいきましょうよ、的な。

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自己紹介:
日テレアナウンサー、記者を経てフリー。 ハンセン病をテーマにした「女子アナ失格」(新潮社)を出版して...

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