• 17 Sep
    • We Love Television?

      11月3日から公開されるドキュメンタリー映画を一足先に観てきました!   欽ちゃんと同世代の親を誘って、浅草に行くという、そのこと自体が私にはわくわくするイベントでした。私の親は、この数年あちこち身体に不調をきたしていて、足元もおぼつかなかったりするものですから。まあ、私も今年は50になります。そんなもんです。体にガタが出て当然なお年頃であります。 私の子供の頃を振り返ると、家族団らんの大笑いの先には、いつもテレビがありました。欽ちゃんやドリフがはじまると、みんながテレビの前に集合しました。けんかしても、喘息でぜーぜー言っていても、必ず観ました。面白かったなあ。その笑いは、今も面白いし、永遠なんだと思うのです。 最近、テレビがつまらなくなった。なんでだろうなあとよく思います。数字を確保することを第一に、保身に入っているというのは薄々感じている。どこのチャンネルをまわしても、手堅い、そこそこな番組ばかり。 欽ちゃんのドキュメンタリー映画は、日テレのTプロデューサー、土屋さんが撮った。2011年、アナログ放送が終了するときに、土屋さんが「30%番組をもう一度作りましょう」という番組を欽ちゃんにもちかけ、その裏側を追った。なんていう、ありきたりのものではなかった。電波少年の手法を生かしつつ、欽ちゃんをだまくらかして(!?)ありのままの欽ちゃんを7年間、撮りまくった。そこには、欽ちゃんの笑いに対する熱い職人的な目線や思いが曝け出されていた。よくぞここまで欽ちゃんを裸にしたものだ、と思った。 お茶の間が笑い転げたあの「間」やリアクションやアドリブ。出演者も思わず笑いがこみあげて、観てるこちらも笑わされる、全部、計算されたものでもあり、奇跡だったんだということを知る。人を笑わせるって、すごいことなんだ。 そういえば、最近、私、大笑いしていない。日常なんて、別にたいして面白いことなんてないもの。普通だもの。毎日、一生懸命働いて、疲れて、家族のご飯作って、お風呂入って、そんなもん。ちょっとした幸せもあるけど、大笑いしたいなあ。 欽ちゃんの笑いは、やっぱり、一番好き。上映前のゲストトークでいとうせいこうさんによると、勝俣さんが、欽ちゃんに、「テレビはこれからどうなるんだ」と質問したことがあったそうだ。欽ちゃんは「テレビは家族をつなぐんだよ」と答えたそう。そのことを欽ちゃんは、覚えてないらしくて、笑ってしまったが、私も強く、その言葉に共感し、期待してしまう。 この映画は、テレビに携わる人にはぜひ観てほしい。観てください。観るべきだ。きっと、自分の仕事をふりかえって、ぐさっと刺さるところがあるはずだ。お茶の間の人にとっては、テレビの裏側の真剣勝負な世界を知り、でもそれが、テレビに限らず、自分の仕事とも重なることがきっとあって、グッとくると思う。誰も、欽ちゃんのような仕事人生を送れるわけではないけれど、でも、この映画を観ていると、あきらめちゃだめ、もっと、もっとやれると思わされる。私は知らずと父の姿を重ねていて、父に、欽ちゃんのように、人生をあきらめないで生きてほしいと願わずにはいられなかった。いい仕事をした後の欽ちゃんの顔は20歳も30歳も若返っていた。キラキラしていた。あきらめないで挑み続ける姿は本当に素敵。欽ちゃんは天才、と多くの人は思っている。私もそう。だけど、天才って、あきらめないで走り続けることができるから天才なんだろうな、と思う。現在進行形の欽ちゃんがかっこいい。 また、観たいなあ。テレビで笑いをとる欽ちゃんを。ゴールデンで一桁だったからって、それで、その番組は面白くなかった、と判断するのはおかしい。ただ、その時間に、そんなすごいことが起きることを知らなかっただけ。毎週、定期的にやってくれたら、みんな観るのに。これから、どんどん奇跡をおこせるのに。 求む。欽ちゃん番組、レギュラー化。欽ちゃんの挑み続ける姿が観たい。    

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  • 14 Aug
    • 日本語教育能力検定試験を受けるのだ!

      日本語教師になるには、3つのルートがある。まずは、大学で日本語教育に関する学科を卒業すること。それと、養成講座で420時間学んで、実習を受けて、ペーパーテストと実技テストに合格すればなれる。私はこれ。もう一つ、日本語能力検定試験に合格すること。 もう日本語教師になったのだし、もうこれでいいのだけれど、検定試験に合格すると、お給料にほんの少し差が出るらしい。時給、、というか分給計算で、数円から数十円あがるという程度。 そんなことはどうでもいい。なぜ、受けるのか。まあ、受けて合格できるとしたら、今でしょ、という感じ。みっちりと勉強したのだし、それを再度復習し、過去問を解いて臨めば何とかなるか?と軽い気持ちでエントリーをしてみたのだが、いざ、基本的な問題集を手元に集めてみるとまあ、その量の多いことったら。武者震いしつつ、ひたすら、読んで解いて、覚えて解いて、を繰り返しております。 日本語のことをさらに念押しで学びなおし、まだまだ抜けているところがたくさんあることに気づき、これも血肉になったと思える日が来ることを願い。 しかし、私は基本、勉強が好きだ。子どもたちにあきれられるぐらい、日々、勉強している。役に立つとか立たないとかは関係なく、知らないことを頭に入れていく快感。わかったときの喜び。無知の知に気づいたのは、いつ頃だったか。大学院で学んでから、知ることが面白くなったかな。 養老院より、大学院。一生勉強。一生青春。  

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  • 11 Aug
    • はじめまして。宮崎。

      しまった。前回の投稿から、気づいたらひと月近くたっている。お元気ですかー! 人生初、宮崎県に行ってまいりました。日テレはジャイアンツキャンプを取材しているので馴染みがありそうなものだが、私はスポーツアナではないので、ご縁がありませんでした。 で、雨上がりの青島へ。これが、あの鬼の洗濯板。   不思議なものですねえ。神秘ですねえ。海や森、木、自然のあらゆるところに神が宿っていると考える気持ちがとてもよくわかります。 青島神社には、海幸彦、山幸彦の伝説があり、縁結びで有名。いろんなタイプの願掛けがありましたよ。  私が今、縁結びで願掛けしてもなんだかなあ、だけれど、一応、ピンクの紐、巻きました。いろんなご縁に恵まれますように。宮崎県の教育委員会のみなさまの前で、「差別の背景にあるもの」として、講演をしました。120分もあったのに、みなさんとても熱心にきいていただきました。今回、私に声をかけてくださった主催の方は、ハンセン病のことにも関心があって、岡山の長島と本土を結ぶ「人間回復の橋」にも訪れていた。当時は、「関係者以外、絶対に入るべからず」のような看板があったとか。人権、同和教育のあり方について、熱い気持ちを持っているみなさんと話ができて、とても刺激になりました。講演をするたび、人と話をするたびに、見えないものが見えてくる。やらなきゃならないことは多いけれど、未来を明るくするぞっと思えた。 また呼んでくださいね!!!

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  • 14 Jul
    • 中国人ばかりのクラスなのだ。

      日本語教師生活をはじめて、1週間。私は、中国人ばかりの二クラス、計40名ほどと大学院志望の学生のための小論文を担当する。デビューは七夕の日だったので、その日は短冊に願い事を書いてもらった。みんな、大学院に入りたい、老師(教師のこと)になりたい、エンジニアになりたい、など夢いっぱい。 準備は、とにかく時間がかかる。学ぶ項目の流れを考えて、教案を作成し、パワーポイントを作成し、配布プリントをつくり・・・。何から何まで、手作りです。 教科書はあるのだけど、教科書を教えない。教科書で、教える。教科書をヒントに、様々な活動をするのが日本語教師。ロールプレイ、インフォメーションギャップなど運用中心の授業。話せてなんぼ、使えてなんぼ。 こんな学習の仕方を、英語でやっていれば、今頃私は流暢に話せただろうなあ~と思う。なんだったんだろう。受験用の英語学習は。まったく、使い物にならなかった。人によるのかもしれないが。要するに、文法訳読法の時代は、もう終わった、ということだ。 教師は教える人、ではない。学習者が主体になって、彼らの能力を引き出してあげることが教師の役目。はい。がんばります。今日はこれから授業。劉暁波氏死去の話をしてみよう。みんなは、どう考えているのかな。ボキャブラリーは少ないクラスではあるけれど、言いたいことはたくさんあるはず。私も、中国人の思うことを聞いてみたい。天安門事件があったのは、私の大学時代。あれは衝撃だった。あれから、30年近くたっているけれど、まだ中国は情報統制をしている。ネットで、情報は入るのだろうか。それも、当局が検閲をしているのだろうか。中国どうなっているのか、聞いてみたい。 行ってきます。 ふんふんふん。日々、自分の仕事があるって楽しいな。嬉しいな。と、最近心の中でスキップしている状態。いい仕事に出会ったなあ~。 

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  • 03 Jul
    • 日本語教師はじめます

      昨年、10月から日本語教師養成講座という専門学校に通っていました。最短半年で終了するのだけれど、私は9か月かかりました。大学より、40で入った大学院は濃い時間だったと思いました。大学院より専門学校はさらに、人生を左右する濃密な時間でした。 多文化共生を目指している日本は、外国人をたくさん受け入れる方針を打ち出していますが、実際のところ、アフターフォローがあまりにも手薄、無策に等しい状態です。公立の小学校に通っている外国人子弟が、日本語がわからながゆえに勉強についていけないというケースが増えてきています。このままだと、まずい、という危機感があります。 最初は、近所の小学校のアフタースクールでボランティアをして実際のところはどうなのかを身をもって取材したいと思いました。そのために、日本語教師のノウハウを知りたいと通い始めたのです。 が、養成講座で学ぶうち、日本語を教えるということ自体がものすごく面白くなってきました。今まで、考えたこともないような日本語の由来、使い方、活用の仕方。それはそれは奥が深いのです。 外国語教授法の変遷も学びました。何故、英語の勉強に長年時間とお金をかけているのに身につかなかったのか。なるほど、そういうことか。ひたすら、訳す文法訳読法、ひたすらプラクティスのオーディオリンガルではダメだったのだ。その反省から生まれた昨今の教授法。IT化で、さらにインプットよりもアウトプット中心の授業になっていく時代。(専門用語をうまく平易な言葉にできないというのは、まだ私自身がぎくしゃくしている新米教師だからであります。失礼しました。) とまあ、最初の志は大事にしつつも、まずは、日本語教師として一人前になりたい!という気持ちが強くなりました。そこで、養成講座の母体となる日本語学校に就職したのでした。 履歴書を書いて、面接を受けて、というのは本当に久しぶりのこと。合格の知らせに心躍ったりなんかしました。(いや、実際のところ、日本語教師は不足しているので修了生は希望すれば教師になるのですが) 日本語教師の教案は、全部、自分で作ります。その教案づくりを半年かけてじっくりと学んだのです。マニュアルというものはなく、セオリーがあるだけ。 たとえば、今日の学習項目は「~なければならない」というテーマが与えられます。これに対して、導入、リピート、変形練習、Q&A、会話練習、会話練習などのメニューを組み立て、例文や中身を考えます。必要な絵カードや文字カード、あるいはパワーポイントを作成します。フリーで使える絵ではぴんとこないことが多く、自分で絵もかきます。 45分の授業の教案を考えるのに、最初は50時間ぐらい悩みました。グループでディスカッションをして、練習して、教案をみてもらって、また、修正して、練習して。与えられた課題を実習の場でやってみるのに、仲間と切磋琢磨したいい時間でした。 養成講座には、地方から出てきて、東京で頑張るぞっていう若者もいれば、長年の会社員勤務を引退して、第2の人生のスタートに入ってくる人もいる。育児に手の離れた主婦もいれば、JICAで国際協力の仕事を目指している青年もいる。シニアボランティアで海外の活動をしたいと思っている人もいる。思いは様々。どの志もキラキラしていた。また、養成講座の先生がプロフェッショナルで、感動したのだ。とにかく、一コマ90分の授業に大事なエッセンスがぎっしりと詰まっていて飽きさせることはない。また、外国人に向き合う姿勢が、いい。「マイノリティにこそ、目を配って大事にすること」「教師が教えるというのではなく、学生が主体。学生から引き出す」 とまあ、一言ではあらわせないとても刺激的な毎日で、齢50を前に、もう一度、違う仕事を一からはじめるというのも面白いなあと思ったのでした。この年齢で、まだ自分に発展可能性があるというのに気づいたことは幸せだと思う。日本語はそれなりに、これまでも仕事として向き合った時間も多いし、わかりやすく、楽しく伝えるというのは、テレビの基本だし、おそらく、これまでのキャリアも生かせる仕事かなと思ったりもする。 ただしー、非常勤講師というのは、実に、薄給です。準備の時間が膨大なので、仕事としてみたらおすすめはできません。すでに生活の基盤がしっかりしている方にはいいと思います。専任講師になれば、生活はしっかりと保障され、家族も養えます。私は、他に仕事もあるので非常勤講師です。7月から3か月間は、45分を8コマ担当します。 ドキドキ。ワクワク。 大変だから、楽しい。人と関わる仕事ができるの、嬉しいな^^ 

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  • 01 Jul
    • バニラエアの件で

      バニラエアに搭乗拒否され、自力でタラップを這い上がった木島さん。第一報、その戦う姿勢に、心からの拍手を送った。障害者差別解消法施行から1年あまり。いくら格安の飛行機会社であっても、車いすの乗客を機内に案内するための「合理的配慮」ぐらい、すぐにできる話だ。この騒ぎがあって、さっさと「アシストストレッチャー」を導入している。たいして、お金はかからないはず。事前に連絡したとしても、お断りをすることになっていたというじゃないですか。バニラエア側からすると、困った障害者にうつったかもしれないが、これぐらいやらないと、ストレッチャーがないのは差別だということに気がつかない。それぐらい、日本の人権感覚は旧態依然のままである。 その後、木島さんの行動に対し、クレーマーだという記事があちこちでシェアされている。おいおいおい。ああ、時々顕在化する、これが日本のサイレントマジョリティ(でないことを祈る)。障害者はおとなしく、障害者らしく、自分の限界をわきまえ、障害者ですみません、ご迷惑をおかけしています、という態度をとれば満足する人たちがたくさんいる。少しでも、生意気な態度に見えると、頭ごなしに押さえつけようとする。 ハンセン病の黒川温泉ホテル宿泊拒否事件を思い出す。宿泊拒否をするのは、明らかに、差別。理不尽。ホテル側は謝罪をした。でも、ホテル側が謝罪したのは世間をお騒がせしたこと。差別を認めて、謝罪したのではなかった。それでも、謝罪拒否がニュースで流れると、ハンセン病の元患者へのバッシングが吹き荒れた。本当に、いやな事件だった。 自分や家族が、明日、障害者になるかもしれない。自分や家族が旅行に行こうとして、こんな対応をとられたらどう思うだろうか。愛するダンナが、家族が障害を負ったとして同じ目にあったら、私だったら泣いて抗議するだろう。なんで、乗れないんだよ。と怒る。怒っていい。全身のストレッチャーや重い電動車いすなど障害が重い人はさすがに事前連絡をして、対策を考えてもらう必要があるだろうけど、ドクターストップなどがない限り、乗れる方策を講じるものだ。 日本はどこを目指している?人は生まれながらにして幸せを追究する権利をもっているはず。障害者が合理的配慮を求める。障害者が差別を拒否する。当たり前の要求をして、当たり前の抗議をして、クレーマーだと叩かれる。クレーマーだと批判する人は、絶対に自分は障害者にも難病にもならないと確信しているのかな。そんなことないのに。誰もが年をとるんだし。 合理的配慮をもう一度みんなで考えてみよう。こちらのサイトがとてもわかりやすかった。 「障害の社会モデル」というのが近年のキーワード。これまでは、障害者の障害を、本人の医学的な部分に目を向け「障害者」と規定してきた。 でも、障害者の生きづらさの原因は、本人の外、周りにある壁。私ももうかれこれ10年以上前から繰り返し言っているが「障害者の障害は社会の側にある」という視点。社会の側の障害がなくなれば、障害者じゃなくなる人もいる。自分に医学的な障害があっても、環境が整っていれば、何の不自由もなく人生を謳歌できるのである。文明が発達するというのは、人間にとって不便な環境を取り除き、生きやすいように努力してきた結果だと思う。でも、まだ一部の人には不便なことが残っている。だから、過度な負担にならないのであれば、どんどん取り除いていきましょう、ということで障害者差別解消法ができたのだ。障害者差別を禁止した障害者権利条約にも日本はかなり遅ればせながらではあるが、批准している。国際的にはこういう流れで進んでいる。この精神が、日本には根づいていない。それどころか、拒否する空気まであるとは驚きだ。 日本には、まだ優生思想の名残がある。96年まで、優生保護法まであったのだから。福祉をすすめるのは、自然淘汰に逆らうことだという考え。そうは言ってられない高齢化社会になってはじめて、福祉の充実、ユニバーサルデザイン、オリンピックを前にバリアフリーと声高に叫ばれるようになったが、精神構造はなかなかかわらない。 木島さんはクレーマーでもなんでもない。自分の権利を主張しているだけだ。それが、日本の抵抗勢力を呼び覚まさせてしまった。 講演して、お金を稼ぐのは営利目的だという批判もあった。お金稼がないと人は生きていけないのです。プロ障害者。いいじゃないですか。自分の個性を武器に勝負する。日本のこの障害者をとりまく壁を壊そうと、ケンカする。かっこいいじゃないですか。自分の信念をこれからもどうぞ貫いて欲しい。私も一緒に戦います。 追記 筋ジストロフィー協会のHPが新しくなりました。応援コメントを寄せています。筋ジスであっても、「健康」になれる時代がそこまできています。  

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  • 28 Jun
    • 重監房と仏教と

      完成から3年目にして、ようやく栗生楽泉園の重監房資料館に行ってきた。谺さんも、鈴木幸次さんも桜井哲夫さんも、もうこの世にいない。訪ねる人もないのだけど、ともかく、行かねばならぬと思っていた。 新宿バスタから、4時間で草津温泉。バスターミナルから、国道をてくてく、てくてく、てくてく、てくてく。すれ違う人はいない。ときおり、車が通り過ぎる。火葬場、終末処理場を過ぎると、コーンウォールリー氏の墓。さらに、公務員宿舎があって、到着。ああ、人里離れた場所って感じ。徒歩40分。  ここは、重監房跡。熊笹がカットされ、人が歩きやすいようにけもの道が整備されていた。  柵がつくられていました。保存するから中には入らないで。  さて、資料館は、門を通り過ぎた先から入ります。資料館では、まず、ハンセン病の基礎知識と重監房は何故、何のために作られたか。どんな人が収監されたかということをコンパクトにまとめたVTRをみます。とてもよくわかります。そして、再現された重監房へ。部屋に行くまでに、三重もの扉を入らなければなりません。いちいち、南京錠、かんぬきがかけられるという厳重さです。冬はマイナス20度。監房の部屋の外も雪が積もります。トイレの汲み取り口は外とつながっていて開いているので、ほぼ、外気温と室内は変わらないと思われます。小さな明り取りが一つあるだけで、ほぼ真っ暗です。くつを脱いで入ることもできたけれど、とても、そんなことはできないぞっとする空間でした。偽物だとわかっているのに、耐え難い恐怖を覚えました。  監房の中の遺体を運び出そうとしても、布団が凍り付いてべりべりとはがすのが大変だったとか、苦しんで亡くなるので、体が曲がっていて、扉から出せなくて大変だったとか、当時の証言がたくさん残っていました。 改めて、そこに収監された人、一人一人の経歴、死因、罪状(!?)を見ました。警察によって集落ごと解体された九州の本妙寺部落から送られてきた人がたくさんいました。洗濯場主任で、ストライキを要求した人や窃盗、詐欺とは書かれているが、それもでっち上げとみられる容疑でなぜか、その奥さんも入れられていました。 日本人が、こんなに残酷なしくみを考えたとは信じられない思いです。10年前、ポーランドのビルケナウ収容所(アウシュビッツ)を見てきましたが、規模は違えど、同じです。「日本のアウシュビッツ」と呼ばれたのもうなづけます。戦争、優生思想、民族浄化、祖国浄化、そんな価値観が人間を支配するととんでもないことが起きるのです。 資料館を出ると、入所者が育てたバラが見事に咲き誇っていました。どんなに自由を奪われようと、人権を奪われようと、人間の心までは奪えない。隔離されていても色鮮やかな心の営みがあったことだろうと思います。  翌日、曹洞宗の研修会で講和をさせていただきました。なんと、お釈迦様を背に話をしています。これだけの僧侶の方々が一堂に会する絵は、なんだかとても迫力があります。えらい方々だということは存じておりますが、大変僭越ではございすが、取材者としてみた仏教について、率直に話をさせていただきました。法華経の中に書かれている、「前世の行いが悪いから現世でらいになる」という文言。ここから派生して、ハンセン病や、身体障害者や、精神障害者や被差別部落にいたるまで、さまざまな差別を生み出してきたこと。 人の平等を説くのがお釈迦様の教えだと思っています。仏教の方々には、差別をなくすために先頭に立って活動をしていただきたい強い思いがあります。宗教者の発言は、とても重みがあります。ありがたいお言葉として受け止めます。だからこそ、間違いを繰り返してほしくないのです。 でも、この20年、仏教界が、過去を反省し変わろうとしているのは知っています。そこが、私にはすごいことに思えます。自己批判をして、変革を目指す宗教がこの世界に他にあるだろうか。日本だからこそ。日本の柔軟な仏教だからこそ、今の人権感覚を取り入れながら、人々に支持され、尊敬される仏教になれるのだと思います。僧侶は、全ての人に幸せに生きる権利があることを知らしめる活動家であってほしいと願っています。自分の祖先がお世話になっている仏教を嫌いになりたくない、と思っています。 「人は何故生きるのか」「生きる意味を教えてください」 僧侶に問いかけました。その場では、積極的にはお話をしてくださいませんでした。でも、早速、私のもとには、個人的に感想やご意見が届いています。ありがとうございます。お話しさせていただいたことで、私も成長したいと思います。感謝。合掌。  

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  • 11 Jun
    • 鬼太郎のお父さん

      鳥取で講演をした。鳥取といえば、水木しげる。米子鬼太郎空港。 以前もこのブログに書いたことがある「ゲゲゲの鬼太郎とハンセン病」 目玉おやじは、ハンセン病だと聞いてはいたが、そう書かれているマンガ本を、講演に来てくださった人が持参していた。 研究論文を書いていたとき、あちこち探したものだが、確認できなかったのだが、ようやく、確認できた。   13刷、1985年の本。らい病は治る病になっている時期に、これはないなあと思う。一方、水木しげるにラブレターを送り、目玉おやじはハンセン病だと認めてほしいと願っていたのが国賠訴訟原告団長、(故)谺雄二さん。改めて、谺さんの器の大きさを知る。 ハンセン病の活動を続けている福安さんからいただきました。食べてしまったのだけど、ドライえのき、もありました。ぎゅっとうまみがつまって、おいしくなるものですね。鳥取のみなさん、ありがとうございました! 

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  • 21 May
    • 筋ジスにはるがきた!

      今日は長時間にわたる筋ジストロフィー全国大会でした。20年前から根治医療、患者さんのQOLの報告を見てきましたが、数年前から明らかに新時代に入った感があります。下肢タイプのロボットスーツは、脳が筋肉に指令を出すと、動くのです。ずっと車椅子生活の方が、すくっと立って歩けるのです。人によっては定期的にこれを装着してリハビリを続けると、脳が記憶し、装着しなくても、格段にしっかり歩けるようになるのです。だから、介護支援用ではなく、機能再生のための医療器具です。HALといいます。名前がいいですね。まだ、お高いので、限られた病院にしかないのですが、みんながハルを待っています。特に子どもの筋ジス患者さんは、これでリハビリすることで、病気の進行をぐっと遅らせることができるので、一日も早く、欲しいところです。筋ジスだけではなく、幅広く役に立つはずです。 WHO憲章では健康を次のように定義しています。Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity. (健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、完全に満たされた状態にあることをいいます。日本WHO協会訳) これを読んで、違和感を抱くのは私だけではないでしょう。完全に満たされた状態にある人って、どんな人やねん、と思います。少なくとも、私の周りにはあまりいないと思います。何かしら、悪いところを抱えているし、精神的に苦しいときもあるし、社会的にこれでいいのか、悩みを抱えているのが人間です。 そんな中、健康に対する定義についての議論がおきていました。 「健康とは身体的、精神的、社会的な問題に直面した時に、適応し、管理する力である」 これはとてもしっくりときます。とても人間的な感じがします。つまり、人間は、どんなところからでも、健康を取り戻すことができるのです。 そういう考え方で、HALは作られていました。 トランスヒューマニズムとは違う、という説明がありました。いわゆる、遺伝子操作や脳とコンピューターを接続してサイボーグ人間?を作って世界を支配しようとするような、ちょっと映画のようなオドロオドロシイ世界。アメリカではトランスヒューマニズム党が政治にも入り込んでいて、前回、大統領選にも名乗りをあげたそう。神の領域に踏み込むような研究といえばわかりやすいだろうか。トランスヒューマニズムには、漠たる不安を感じるのだけれど、HALは、あくまでも、超人をつくるのではなく、病気の人が健康を取り戻すために貢献する医療器具、なのだと理解しました。 さて、根治療法の一歩となる遺伝子治療のエクソンスキッピングの治験も進んでいます。しかし、残念ながら目に見える効果がなくて、打ち切られる治験も出てきています。それでも、継続しているものもあり、根治治療の可能性について複数の観点から議論されるというのは明るい話です。米国では、患者団体が強いので条件付き承認になることがあっても、日本は、とても厳しくて、容赦なく、打ち切り、なのです。副作用やリスクを心配してのことなのだけれど、患者にとってはがっかりなことです。国立精神・神経医療研究センターの神経研究所所長の武田伸一先生が世界に先駆けてリードしてきた技術なだけに、早く、日本の患者さんがその治療を受けられますように。 7月から筋ジスのことをACジャパンのCMで放送されることに。誰が登場するのかな。楽しみにしています。 ご支援、大歓迎です!  

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  • 07 Apr
    • 奈良の天川

      春休みは子どものリクエストに応えて、ユニバーサルスタジオジャパンへ。いやあ、楽しかったけれども、私には刺激が強すぎて。人間は、どこまで刺激や興奮を追い求めるのだろうか。子どもたちは大満足の様子だったから、よかったよかった。 その後、心を静めに、奈良の奥地へ。やってきたのは、天川村の洞川温泉。修験道の聖地、大峯山に挑む山伏が立ち寄る温泉。 「あん」の監督、河瀬直美さんがつくった天川村紹介の映像がこちらです。素晴らしいのでぜひ見て。https://youtu.be/uCUe05a_YzI これが日本だったんだ。忘れかけていた、日本の心。思い。魂。太陽、空気、水、木々、大地、自然のすべてに感謝したくなる気持ち。そこに神が宿っていると信じているから。行く先々で、僧侶の話を聞きながら、ストンと話が腑に落ちる。自然と手を合わせたい心境になるのだから不思議なものです。 あまごの骨酒もありがたくいただきました。 いのしし様のお命もありがたく頂戴いたしました。 鹿は刺身でいただきました。おいしゅうございました。 これが、洞川(どろかわ)温泉。一望できる高台には、鍾乳洞があります。中に、入れます。ライトアップもされていて、見応え十分。世界文化遺産になっている金峯山寺まで足を延ばしました。画像の蔵王堂は東大寺に次いで世界に2番目に大きな木造建築なのです。その蔵王堂の御開帳ということもあり、中にお祀りされている金剛蔵王権現のお姿を拝見することができました。鬼の形相をしているけれど、実は中央はお釈迦様、左右はにあるのは、千手観音、弥勒菩薩が姿を変えたものだということでした。 大峯山は女人禁制なのだけど、女性も修行体験ならばできるらしい。いつか、修行してみたいなあ。それと、弘法大師の道のトレイルランというのがあって、めちゃめちゃ、ひかれている。参加者は、水行をして、ゴールではちゃんと手を合わせてお参りをする。お参りできない人は、公式にゴールとは認めないという、宗教色の濃いラン。日本の神、自然を敬う心を持つ人のみが参加できるのだ。さすが、奈良。 短いコースでも、43キロ・・・・。3年前の神流マウンテンラン28キロは余裕だった。その後、フルマラソンも走った。鍛えれば、来年には出られるのではないか。無謀かなあ。でも、出たいなあ。そんなことで、東京に戻ってきてから、とりあえず走り始めている。 

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      テーマ:
  • 15 Feb
    • 金正男氏強制退去のもやもや

      金正男氏が殺害された、というニュースを聞いて思い出す。2001年5月、正男氏は日本に不法入国し成田で身柄を拘束された。この映像を撮ってスクープ報道したのは、日本テレビの若手記者だ。稀にみる大金星。もちろん、報道局長賞ものだった。しかし、その後の政府の対応が、あまりにも杜撰だった。 当時の外務大臣、田中真紀子さんは、この報告を受けてパニックとなったのか、とっとと国へ送り還せと、命令してしまった。ははーーっとばかりに、外務省の人たちは、その指示通りにしてしまった。 ああ、なんということを。なんということを。なんということを。横田めぐみちゃんはじめ、拉致被害者が帰れるかもしれない千載一遇のチャンス。こんなに強力な人質カードはないわけで。なんてことをしてしまったのか。 政府は、金正男氏だとは正式に認めていないようだが、そりゃあ、認めたくないだろう。とんでもない、大失態なんだから。鈴木宗男さんがかなり頑張って追及した記憶があるが、結局、確認できないとして、誰も責任をとらない。外務省の関係者お咎めなし。何事もなかったかのように、今にいたっている。 田中真紀子大臣(当時)の傍若無人な振る舞いで、秘書官は次々と精神を病み、異動を余儀なくされていた。指輪を買いに行かされた秘書官もいたっけ。外務省が大臣対応で疲弊していたのは気の毒だったと思うが、拉致問題は次元の違う長年の懸案だったはず。大臣命令に待ったをかける人がいなかったのか。・・・・・・拉致被害者より、自己保身。 早く、いい加減、家族が生きているうちに、拉致問題を解決してください。お願いします。 

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      テーマ:
  • 06 Feb
    • ありがとう。

      子どもの受験が万々歳の形で終わりました。 よく頑張ってきた。娘も私も。遊びたい気持ち、遊ばせたい気持ちをぐっとこらえ、我慢する日々だった。ストレスの攻撃対象は、ママ。私も大人になりきれずに感情的に怒ったりもした。どこの学校へ行こうが、本人次第だし、輝かしい未来が逃げていくわけではないことはわかっている。だけど、目標を定めてスタートしてしまったからには後戻りできない感じがあった。せっかく、ここまでやったんだから、ゴールまで行こう。リタイアするのはまだ早い。ゴール直前、失速するな。最後まで走れ。やめたら、自分に後悔する。人との勝負じゃない。自分との闘い。 週末は、やりたいことを片っ端からやっていく時間。ジーンズやセーターや靴やかわいいものや、あれこれイオンでショッピングして、祖母に腕時計を買ってもらって、ピザを作って、マドレーヌとガトーショコラを焼いて、いとことおしゃべりして、ゲームをして。 ゆっくり寝ていたらいいのに、朝6時半には目が覚める。あ、そうだ。もう「計算」やらなくていいんだ、とまた寝る。 塾関連の問題集の類一切を処分し、部屋も大幅に模様替え。5畳もない狭い部屋なのだけど、ロフトベッドを駆使してもらったお花をきれいに飾った。 「ありがとうでしょ」と、促さない限り、なかなか「ありがとう」と言わない娘が寝る前、「ありがとう、ママ」とにっこり。こちらこそ、ありがとう。 今夜から、録画していたドラマを片っ端から見るらしい。英検、ペン習字、ネイルの勉強もするらしい。マラソンやスイミングもはじめたいらしい。努力するから、楽しいことがある、ということがわかってよかった、よかった。よかった。   

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      テーマ:
  • 31 Jan
    • 受験前夜

      中学受験応援生活の終わりが見えてきた。長かった。娘二人。5,6年生になると、夕方塾弁をつくり、途中、引っ越しをしたこともあり、塾まで車で送り迎えをした。 小学生に、こんなにも勉強させることへの疑問は常にあった。でも、勉強しなければ何をしているだろうか。スポーツはやりたがらない。習い事もあれこれやったが、続かなった。やりたいことは?ユーチューブみて、ゲームして、テレビ、マンガ。好きなことは?ヘアアレンジ。ネイル。おしゃれ。・・・・・・まあ、こんなもん。 子どもたちは、主体的には勉強をしない。当たり前だ。そこをどうにかこうにか、おだてたり、睨んだりしながら勉強するように仕向ける。 何のために、頑張らせているのだろう。何度も何度も、自問した。ぼんやりとだけれど、答えはみえている。親が子供にのこせる財産は教育だということ。これに尽きる。自立する道はいろいろあるだろうけれど、特に何かに秀でているとか、やりたいことがはっきりしている、ということでない限り、とにかく、幅広い知識、教養を身につけておけば、自分で考えて道を切り開いていくことはできると信じるから。 ギリギリまで、あきらめないでよく頑張った。結果はどうあれ、やるだけやった、と思えるまでやった。東京の公立校では、受験組が1月中旬あたりから休みはじめる。でも、娘は、絶対に休みたくないという。我が家は、学校ファースト。学校での集団社会生活は何よりも大事。そんなことを言ってきた手前、インフルエンザ流行ってるから今日ぐらい休もうよ~とは言えない。 受験生の誰もが、自分のこれまでの努力を発揮できますように。 

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  • 29 Jan
    • 復活

      やっとアメブロ、復活できました。PCが壊れて、リニューアルしたところ、ログインできずになってしまってアドレスやパスワードを一新したのであります。で、これをまた忘れるかもしれないから、メモメモ。お元気ですかー! 我が家は、娘が中学受験直前なもので、リビングでみんなでお勉強モードです。 その娘が、今朝、つぶやいた。 「小さい頃、アナウンサーとオラウータンの区別がつかなくて、アナウンサーはサルだと思っていた」だって。 講演行ってくる、というのを公園で遊んでいるものと思っていたというのは知っていたが、まさか、オラウータンかあ。(正式には、オランウータン)  

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  • 21 Dec
    • 仕事納め

      今年も人権週間にちなんだ講演会ラッシュが終わりました。ほんと、この時期にだけ、依頼が集中するのです。特に12月前半の週末は、依頼が重なってしまって、何件も、お断りせざるを得ない。なんだかなあ。もっとお話しさせていただきたいと思っているのですけど。 高崎の講演は、8年前に聞いてくれた市の職員からの再リクエストであった。嬉しいなあ。あの時、私は自分の本を3冊持参して、来てくれた方に差し上げた、らしい。その本を受け取った方も、いらっしゃったとか。これまた嬉しいなあ。 8年前といえば、40になったばかり。イギリスから戻って、自分の居場所が日本になくて、さて、どうやって生きていったものかなあ、と悩んでいて、苦し紛れに大学院に入ったのだった。本当のことをいうと、もう、メディアに何の興味もなかったので新聞学をまた勉強したいと思っていたわけではない。それより、宗教学に関心があった。が、縁あって、社会人入試で上智の大学院に潜り込み、自分のみてきた世界を分析するようなメディア論、コミュニケーション論、ジャーナリズム論に没頭することとなった。 結果的に、これは、面白かった。今まで、もやっとしてきたテレビやジャーナリズムのことがみるみる言葉で説明できるようになったからだ。噂の伝搬、偏見、ステレオタイプの作られ方、情報操作、などについても先行文献から多くを学んだ。世の中の見え方が変わったと思う。 ・・・といっても、人は、選択的に情報接触をする習性ががあるから、もともとの私の考えを補強していった、ともいえるけれど。 なんていう、小難しい表現や単語を使うのが学問の世界。私はそれを翻訳し、分かりやすい言葉で人に伝えていければいいなあと思ったものだ。 それが、今、少しだけ、できてきたかなあ、とようやく思えてきた。難しいことをわかりやすく、シンプルに、身体に入るように、できれば、心が動いて、行動したくなるように。そんな言葉を探しながら、講演をやっています。だから、同じ講演は一度もない。毎回、ギリギリまで、考えることをやめない。過去の話に終わらないように、今に生きる話をしたい。生きづらい人が一人でも少なくなるように、これからの話をしたい。 練馬区の「講演と映画のつどい」は525人、超満員御礼となりました。ドリアン助川さんの映画「あん」に、しっかりとつなぐことができたと思います。 今年最後は、母校、早稲田の11号館での講義でした。新しい校舎になって、学生は全員パソコンに向かっていて、顔が見づらいし、リアクションが少ないので何とも言えないが、きっと感じることは多かったと思う。願う。元アナウンサーだから、もっとテレビ局の面白話とかを期待していたかもしれないけれど、私は私の伝えたいことを言い遺してきた。 今年も一年、皆様、大変お世話になりました。来年もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。 ・・まだ10日もあるのだけど、すっかり、仕事納めモード。さ、大掃除しよう。ピアノ弾こう。本を読もう^^ 

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  • 19 Dec
    • 新居浜市の高校生たち、いいぞ!

      昨日は愛媛県新居浜市で講演でした。第1部では、地元の高校生がハンセン病をテーマに制作したドキュメント作品が上映されました。今の高校生がハンセン病をどうとらえているか、ハンセン病を知らない世代の自分たちが、映像にして伝えることの戸惑いなどが素直に描かれていた。大島青松園の入所者、松本さんの思いをきちんと受けとめて、考えていた。上映後の高校生の挨拶の言葉に魂が入っているのを感じた。なんだか嬉しくて、頼もしくて、不覚にも涙ぐんでしまった。 フィールドワーク報告では、大島青松園の塔和子さんの軌跡をたどる旅。「胸の泉に」かかわらなければ、この愛しさをしるすべはなかった・・・・・明浜町の文学碑にも刻まれている詩が朗読された。私も、何度も、この詩を読んできた。何度も、励まされてきた詩。 そんな後の私の講演だった。報告をした高校生たちも聞いていた。私からのバトンは、あなた方に託した。間違いなく、社会を変えていく人になっていくと思っている。  新居浜まで、5時間近くかかるというのに、日帰りでした。あまりにもったいない。瀬戸内海のお魚も食べずに帰るのかー。せめて、お土産。この時期にしか出回らないという、大きなおみかん。翌日には、自宅に届きました。なんと、なんと、その甘いことったら。みかんというより、オレンジなのだが、薄皮がやわらかく、果汁たっぷりで、私の知っているオレンジとは別物。日本はすごいなあ。愛媛のみかんにもいろいろあるそうで、島のみかんが美味いとか、人によってこだわりがあるよう。やっぱり、みかん王国(^O^)/   

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    • 築地魚魚会

      築地でやってるお魚料理教室『魚魚会』(ととかい、と読みます)の様子が記事になっていますので、ご紹介します~。 http://tsuri-plus.com/_ct/17022013 中央エフエム『京橋漁協』も4年目になります。日本の漁業のことは、何がいけないのか、どうなっているのか、うまく整理できないままでいますが、それでも、現場の漁師さんの心意気や築地市場で働く人の熱い思いは日々感じています。日本が誇る魚文化、大事にしたいな。  

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  • 21 Nov
    • ココファームワイナリーの収穫祭

      ココファームワイナリーの収穫祭! 来たどー!ここ数年、収穫祭あまりにすごい人出に気後れし、何でもない日にばかりお邪魔していたのですが、やっぱり、園生にとっては、収穫祭が晴れの舞台。行かなくちゃ。行かなくちゃ。 娘一人を連れ、りょうもうに乗って、足利市駅から臨時バスに乗ってやってきました^^ たかおさんは、「椎茸カプチーノ」を皆様にふるまっておりました。このそばに、腰を下ろして、ガレットランチを食べていますと、たかおさんが、それはそれはもう、椎茸カプチーノを何杯もおかわりいかが?と持ってきてくださって。最高のおもてなしをありがとう^^ 電話やメールでは、いつも話しているのだけれど、やっぱり、顔を見ると嬉しいね。  けいちゃんもお仕事がんばっていました。けいちゃんは、私の結婚式で「君といつまでも」をうたってくれた人なのだー。  毎年、参加されている勝俣州和さん、今年もいらっしゃいました。私が取材をしていた20年前から、すでに勝俣さんはぶどうの着ぐるみに入っておもてなし側でいらして、娘の名前も、我が家と同様、こころみ学園にちなんだお名前。どういうきっかけで、ここに来るようになったのか聞いてみたところ、「ここの園生と気が合っちゃって、僕も園生と思われたりして、面白くてね。ここに来る人は、みんな、それぞれ、特別な思いのある人ばかりだよね。もし、何かあっても、ここがある。みたいな自分の居場所。」 とおっしゃっていた。そうなの。そうなの。何があっても、ここの人たちは変わらぬ笑顔で歓迎してくれる。飾る必要のない、すのままの自分でいられる場所。大げさに聞こえるかもしれないが、アナウンサー時代に、辛かった時に、ここに出会って私は今生きている。特別な思いを私も持っている。 古澤巌さんのバイオリン。今年もノリノリです。いい日旅たち~とか、日本の曲もたくさんありました。  坂田明さん。ロック魂炸裂な、ファンキーさは健在。おおとりは、いつもの「赤とんぼ」思いのままのアレンジが、心に染み入りました。  この人は足利市長の和泉聡さん。市長に見えないーー。アーティストか俳優かと思える風貌。調べてみますと、なんだか、頼もしい人たぞ。エンディングまで、収穫祭を楽しんでおられました^^   

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  • 19 Nov
    • 出雲八雲

      今日は松江市の八雲です。スサノオの詠んだ日本最古の和歌。「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに    八重垣作るその八重垣を」その歌通りの、空が広がっていました。因みに妻ごみ、はゴミ箱じゃないですよ。妻籠み。八岐大蛇に怯える美しい新妻を護るため、幾重もの生垣を作りました。幾重にも、幾重にも。この空のように。そんな解釈でいいのかしら。八雲は、こんな雲が沸き立ちやすい地形なのだそうです。講演は、空席も多かったけれど、来てくれた人はとてもあたたかい反応をしてくれました。ああ、ちゃんと、気持ちが伝わったかなあと思えました。少人数もいいものです。話すたびに、私の頭も整理され、思考が深まる。同じ内容であっても、同じ講演はありえない。その時、その時間、その土地で感じたことは違うのです。神の国、出雲だからふと思った、日本人の精神性、柔軟性に気づくことができた。自分の講演の完成形は、まだまだはるか先な気がするのだけど、考え続けることはとても面白い。今日は日帰り。あんまりもったいないので、飛行機の時間まで、お魚タイム。奥に、のどぐろ、白イカもあります。キカナは、アオハタ。バトウはマトウダイ。バトウの美味しいこと!甘くて、トロッとしていて、何故今まで知らなかったのだろうか!のどぐろは、錦織さんの「のどぐろ食べたい」発言で今や人気沸騰中。煮付けが美味しいとか。さ。「京橋漁協」の専務理事としての取材もしたし、そろそろ空港向かいます〜。

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  • 16 Nov
    • 飛騨高山

      飛騨の高山市にきました。講演が夜だったので、早めに行って、自転車を借りてくまなく散策。青い空に紅葉が見事。ちょっとした家の前のドウダンツツジも、真っ赤。銀杏ももみじも鮮やかで、どこを切り取っても絵画になる美しい町でした。古い町並みは、趣きたっぷりに保存され、味のある小物から、匠の技を結集させた木彫り、お椀。高山祭で登場する豪華な山車には、からくり人形がついているとのこと、からくりミュージアムでその詳細を見学できます。ひゃあ、高山のプライドを見た気がしました。 講演後の懇親会で、高山のめでた歌なるものを聴くことができました。有名なめでた、めーでーた〜の〜、とは歌詞は同じでも全く違います。めええええええ、でええええ、たあああああああ、字では全く伝わらないが、一人が朗々と吟じはじめ、途中から全員で唱和する。神々しいまでの響き。高山に脈々と受け継がれた伝統にしばし圧倒されたのでした。宴会では、めでた歌をするまでは席を立ってはならぬ、というしきたりがあるそう。歌い終わると、皆さん、立上がり、ビール、日本酒を手に各テーブルを回るのでした。私のところにも、たくさん来てくださって、短い時間ではあったけれど、深い話もしました。私の話から、いろんなことを感じ、考えてくださったことを知り、嬉しかった。川沿いには朝市が並ぶ。国分寺の大銀杏。樹齢1200年といわれる。高山より、さらに富山方面に行くと、飛騨古川。「君の名は」の聖地巡礼で若者が多く訪れているそうです。さすがに口噛み酒はないけれど、聖地の酒も売り出されたそう。製造が間に合わず、売り切れだとか。飛騨高山、ええとこやったー!

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日テレアナウンサー、記者を経てフリー。 ハンセン病をテーマにした「女子アナ失格」(新潮社)を出版し...

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