アバウトな指示
業務の指示を出すとき、基本的には、より具体的に、
なおかつ、より正確な指示をだすことは、基本のキ、
セオリーだと思います。
しかしながら、小さな会社においては、
一人何役もこなさなくてはならず、
正確な指示待ちだと、業務が滞ってしまう可能性があります。
指示を出すほうは、「これぐらい分かるだろう」で指示をだしますが、
業務をこなすほうは、「何言ってんだが分からない」となります。
意識の違いもあるのでしょうが、
普段から、より具体的な指示を受け、業務をこなしている組織は、
指示を正確にこなすことの優先順位が高く、
逆に、あまり考えることをしない傾向があるようです。
あまり、具体的でない指示を普段から受けていると、
どうしても結果を残すために、「あれやこれや」と
いろいろ考えてしまうものです。
これは、規模の相違であって、
どちらがいいとか悪いとかの話ではありません。
ただし、あれやこれやといろいろ考えている人が
存在する会社ってのは、やっぱり強いようですね。
あれやこれやって考えると、
やっぱりアイディアが生まれてきます。
それが、会社にとっても貴重な財産となるのでしょう。
また、明日・・・。
マニュアル
マニュアルの必要性は、組織の規模によるところが大きいと思います。
小さな会社で、「マニュアルがないから」ということも、よく聞きますが、
では、マニュアルがあれば、スムーズに解決したのでしょうか。
大きな会社であれば、比較的セクションによって明確な業務が分担されているはずです。
そのセクションによって、業務のマニュアルが存在し、
従業員もマニュアルに沿って行動するのが常でしょう。
人数が多い組織になると、多少の無駄があったり、
ある程度のいい意味での杓子定規な対応が、
全体最適な結果をもたらすことがあると思うのです。
しかしながら、小さな会社はどうでしょう?
ひとりで何役もこなしながら、常に即判断を求められ、
とても、マニュアルを作っている時間などないのでしょうか?
「形」はとても大切なことです。
「形」を繰り返すことにより、対応力にブレが生じず、
時間をかけて一つの柱になります。
組織が大きくなれば、なるほど、
この形が重要になるのでしょう。
私の会社は小さな会社ですが、
日々、マニュアル、マニュアルと
とても必要性を求められます。
理想的には、マニュアルなしで
判断できるような人材を、育て上げるのが
課題なのですが・・・。
また、明日・・・
新撰組の思い
新撰組の若者たちは、どのような思いで、
時代を支えようとしたのでしょうか?
熱き思いがあり、自分のすべてをかけた若者達。
あっているとか、まちがっているとかではなく、
今、その瞬間を、信じて行動し、
間違いなく歴史を作り上げました。
ビジネスの世界も、思いありきで、
行動し、試行錯誤の結果、結果を残し、
歴史を作り上げることができるのでしょう。
システマチックとか、効率とか、
費用対効果とか、あらかじめ計算ごとがなにかと必要みたいですが、
なんか、そもそもの話しで、
「思い」って忘れてるような気がします。
思いのないところに、改革はないような気がします。
奮い立て、思い。
受け止められる瞬間
広告が成功するとき、情報を受け止めるほうの環境も
大切な要素となります。
看板といわれるものは、たくさんありますが、
ほとんどの看板が、目に留まることもなく、
ただの看板としてしか受け止められないのでしょう。
ところが、たとえば歯医者の看板が役に立つ瞬間があり、
それは、「歯が痛くなった人」にとっては、
とても大切な情報源として受け止められる瞬間になるのでしょう。
結婚相談所、産婦人科、債権相談、なども同じ部類になるのでしょう。
週末の土曜日から日曜日にかけて、
「新規問い合わせ者」の数が増加する傾向があります。
普段の生活の中では、時間がないので、詳細を調べることができない方が、
週末を利用して、webなどで調べるようなイメージがあります。
そうなると、常に新しい情報をweb上で掲載することが
新しい広告宣伝モデルとしても、
大切なこととなるのでしょう。
週末だけのネット広告も、効率的で有効なのかもしれません。
また、明日・・・。
とっぴょうしもないこと
取引先の一つである、運送会社の社長となにげない会話をしているとき、
とっぴょうしもないことを言う・・・といわれました。
とっぴょうしもないこと。
意外性のあること、思っても見なかったこと、
会社の経営者であると、言葉の裏には、常に、
ある程度具体的な根拠が存在していて、
ある意味、空想に近い状態で、言葉にすることはめったにないとのお話しでした。
サラリーマンだと責任がないので、
とっぴょうしもないことが、無責任にいえるのでしょうか?
まったく違う業界の方とお話しをすると、
突然アイディアが湧き出すことが、たまにあります。
これがとっぴょうしなのでしょうか?
とっぴょうしが生まれ、アクションを起こすことのほうが、
とても大事なような気がします。
普通は、アクションが起こせなかったり、
周りに批判され、ボツになるケースのほうが大なのでしょう。
それを、具体的に現実のものとするのは、
やはり、気持ちなのでしょう。
なんのために・・・。それが、自分の気持ちを
動かすのでしょう。
自分の気持ちにウソはいけません。
また、明日・・・。