写経屋の覚書-フェイト「今回は金九の供述書だったね」

写経屋の覚書-はやて「たしか、土田殺害については否認しとるやつやな」

写経屋の覚書-なのは「うん。東学党を率いての略奪だけは認めている分だよ。さっそく画像をあげるね」

写経屋の覚書-金孝益逮捕報告235
写経屋の覚書-金孝益逮捕報告236


写経屋の覚書-なのは「例によって適宜に区切りながら見ていくね」

建陽元年六月廿七日海州白雲面居金昌洙年二十一供案
供矣身이去癸巳年에入於東徒写経屋の覚書-ha17야八峯接主라称写経屋の覚書-ha17고徒党千余名ㄹ嘯聚写経屋の覚書-ha17야到処行掠이은데

写経屋の覚書-フェイト「えーっと、甲午農民戦争って言われてる東学党の乱が1894年だから、癸巳は…」

写経屋の覚書-はやて「干支やな。『ねーうしとらうーたつみ、うまひつじさる、とり、いぬいー』で、『み・うま』やから癸巳は甲午の前年、1893年やね」

写経屋の覚書-なのは「作者、十二支もそうだけど、十干のほうも『こうおつへいていぼき、こうしんじんき』『もっかどごんすい』って歌わないと未だに確信が持てないんだよねw」

写経屋の覚書-フェイト「その1893年に東学党に入って『八峯接主』の称号をもらったって言ってるんだね…ってほんとなの?」

写経屋の覚書-なのは「自分の発言だからねぇ…自称していたのは事実なんだろうけど、ほんとうに東学党に入って偉い人から授けられたかどうかまでは確認しようがないよね」

写経屋の覚書-はやて「当たり前やけど、東学党はちゃんとした史料残してへんもんなぁ。で、1,000人を集めて略奪しまくっとったと」

甲午十二月에文化東山坪에日人의積置写経屋の覚書-han17大米一百五十石을奪取写経屋の覚書-ha17야四十石은都中에日用写経屋の覚書-ha17옵고其余一百十石은文化接主李東燁에게還為見奪写経屋の覚書-ha17옵고

写経屋の覚書-フェイト「甲午、つまり1894年の12月に、文化東山坪で日本人が蓄積していた米150石を奪って、40石は自分たちで消費したんだね」

写経屋の覚書-はやて「残りの110石は李東燁に…奪われた? え?え?李東燁って文化接主名乗っとるから東学党の仲間なん(ちゃ)うん?」

写経屋の覚書-なのは「そのはずだよねぇ。東学党の中でも内部抗争があったと見るか、金九と李東燁のどちらかが東学党を名乗る匪賊だったか、そもそも両方とも東学党を名乗る匪賊で匪賊同士の抗争だったか、ってあたりになると思うんだけどね」

写経屋の覚書-フェイト「…どれをとるにしてもかなりダメダメな気がするよ」

写経屋の覚書-なのは「にゃはは…東学党討伐に従事した陸軍歩兵少尉鈴木彰の談話をまとめた『黄海道東学党征討略記』によると、黄海道の東学党の内訳はこんな感じなの」

写経屋の覚書-征討略記349
写経屋の覚書-征討略記350
写経屋の覚書-征討略記351
写経屋の覚書-征討略記352
写経屋の覚書-征討略記353

黄海道に蜂起せし東徒には種々の種類あり今小官の目撃せし所と考ふる所を述べん
黄海道の東学党は左の三種に区分するを得へし即ち
 「第一種 真正東学党
  第二種 一時的東学党
  第三種 偽東学党
第一種の東学党は東学なる一派の宗教を信奉する徒にして其経文を誦し其教を信するときは百病之に依て癒へ財貨之に依て集り百災之に依て去り命寿之に依て延びんと信する輩にして即ち真正の東学党なり
第二種の東学党は東学の教旨を信するものに非さるも脅迫其他の為め其生命財産の安全を保護するため一時之に与みしたる者なり
第三種に属する匪徒即ち偽東学党は其類頗る多し今其重なる者を挙くれは支那人を除くの外総ての外国人を嫌悪する輩、強竊盗其他の犯罪者、無職業にして生計に窮する輩、地方官を怨む輩、当五銭の一文となりしため損失を招き憤怒する輩、砂金採集鉱夫等なりとす而して其大半は悉く砂金採集鉱夫なりとす是れ小官か信川長渕松禾等にて実査したる所なり(中略)然るに一朝其採集を禁せられたる為め糊口に窮し遂に徒党を結び自ら東学党と称し居りしなり(後略)」
(中略)
「黄海道に蜂起せし東学党の起因は先つ斯の如きものならんと思考す所謂東学の教旨を信する者即ち真正の東学党に至りては僅々数ふるに足らす其他は悉く不平党と窮民のみならんと信す」


写経屋の覚書-フェイト「あくまでも鈴木の体験による所感だから鵜呑みにはできないとは思うけど、所謂匪賊と流賊に相当するもののほうが多かったんだね」

写経屋の覚書-はやて「朝鮮史ではようある話やんなぁ。義兵とか光復軍とかw」

海州検丹坊道洛只朴泓錫에積置写経屋の覚書-han17正租二百石을奪取写経屋の覚書-ha17야与松禾接主方元仲으로分食写経屋の覚書-ha17옵고

写経屋の覚書-フェイト「海州の朴泓錫のところにあった租税200石を奪って方元仲と分けたんだね。この方元仲も松禾接主と名乗ってるから東学党ってことになるのかな」

写経屋の覚書-なのは「まぁ、金九や李東燁のように、実際にはどうだったのかは分からないけどね」

写経屋の覚書-sto17石潭李参判家에셔銭二百五十両을討索写経屋の覚書-han17事가有写経屋の覚書-ha17옵고

写経屋の覚書-フェイト「えーっと、李参判の家から金銭250両を討索?討索ってどんな行為なのかな?」

写経屋の覚書-なのは「韓国語辞典と漢字辞典によると『金品を無理やり要求する。無心すること』なの。つまり李という参判の家から無理やり250両をゆすったの」

写経屋の覚書-はやて「ほんま、ただの匪賊か盗賊やんwww」

曽於断髪時特各処義兵이起写経屋の覚書-ha17境遇에矣身이義兵左旗総이도여与全羅道金亨振으로海州検丹坊青龍寺에留写経屋の覚書-ha17다가

写経屋の覚書-フェイト「以前断髪令が出たとき各地で義兵が蜂起したとき、金九は義兵左旗総として全羅道の金亨振と海州検丹坊の青龍寺に滞留したって言うんだね」

写経屋の覚書-はやて「断髪令っていつやったっけ?」

写経屋の覚書-なのは「えーと、1895年の12月だね。甲午改革の一環として発されたんだけど、閔妃殺害事件とかその断髪令への反感のために義兵が蜂起したってよく言われるんだよね」

陰暦十二月에偕往安岳地写経屋の覚書-ha17야該郡大徳坊居写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-nan17左統領崔昌祚로相与逗留이다가還来写経屋の覚書-ha17옵고

写経屋の覚書-はやて「ほんで、そのあと陰暦12月にみんなで安岳に行って崔昌祚と合流したいうんやな」

写経屋の覚書-なのは「陰暦12月は1896年の1月か2月になるんだよ」

写経屋の覚書-フェイト「…どこに行くにしても部下はどうしたんだろう?結局、蜂起したのはいいけど尻すぼみになったか、他勢力に攻撃されて四散敗走したかってところじゃないかなぁ?」

鴟河浦事와長淵白楽喜等事에至写経屋の覚書-ha17야는果是全然不知写経屋の覚書-ha17오니相考処之写経屋の覚書-ha17여즛옵노셔

写経屋の覚書-フェイト「鴟河浦のことも、白楽喜のことも全然知らないって言ってるんだね」

写経屋の覚書-はやて「白楽喜って報告書の最初にも出とったけど『不軌』なんて書かれとったんやから、なんかの犯罪行為をやったことが明白な人間っちゅうことなんやろね」

写経屋の覚書-なのは「そうだろうね。ま、そういうわけで、逮捕直後のこの6月27日の時点では土田殺害については否認してるってことだよ。現場にいた李化甫への事情聴取と面通しができるまではこれ以上手の打ちようもないだろうしね」

写経屋の覚書-はやて「犯行現場には他の宿泊者や村民の目撃者もおったやろし、それらを捜して事情聴取したらええん(ちゃ)うん?って思うんやけど、どうなん?」

写経屋の覚書-なのは「それもそうなんだけど、李化甫は800両を預けられたということで共犯の疑いがあるわけだし、少なくとも重要参考人として事情聴取は絶対に必要だよね」

写経屋の覚書-フェイト「そっか。よく考えたら、共犯を疑われておかしくない立場なんだよね」

写経屋の覚書-なのは「じゃ、今回はこれでおしまい。鴟河浦事件についての史料はまた今度見るね」

写経屋の覚書-はやて「え?次回も見るんと(ちご)たん?」

写経屋の覚書-なのは「そのつもりだったんだけど、ちょっと急ぎの案件が飛び込んできたから、そっちを見ていくんだ」

鴟河浦事件に関する報告(1)
鴟河浦事件に関する報告(2)
鴟河浦事件に関する報告(3)

写経屋の覚書-はやて「『海州府観察使署理海州府参書官金孝益報告』の続きやけど、金九取調べの途中からやったね」

写経屋の覚書-フェイト「たしか金九は東学党を率いての略奪は認めたけど土田殺害は否認してるってところだったよね」

写経屋の覚書-なのは「うん。じゃ取調べの続きを見ていくね」

写経屋の覚書-金孝益逮捕報告232
写経屋の覚書-金孝益逮捕報告233
写経屋の覚書-金孝益逮捕報告234


蓋鴟河浦作梗事로論写経屋の覚書-han17으면当初金昌洙取奪日人銭八百両을該浦主人李化甫処에任置等説이登諸郡報則必知其面目者李化甫也라若与李化甫로一場面責이면必露其迹이은데安岳郡에派遣写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-rar17巡検에回告写経屋の覚書-rar17写経屋の覚書-ha17은즉該日人警部가同李化甫写経屋の覚書-rar17捉去于仁川이라写経屋の覚書-ha17옵고金昌洙가初以東徒로率党行掠写経屋の覚書-ha17야奪民財穀写経屋の覚書-ha17든거슨一問自服写経屋の覚書-ha17읍기로該犯写経屋の覚書-rar17厳囚府獄写経屋の覚書-ha17고具供案上送写経屋の覚書-ha17와待指令挙行写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-ha17으며在逃金亨振崔昌祚는尚未捉得이옵고茲에報告写経屋の覚書-ha17으니査照写経屋の覚書-ha17심을望흠
建陽元年六月三十日

海州府観察使署理海州府参書官金孝益

法部大臣   閣下

写経屋の覚書-はやて「鴟河浦事件について述べると、と言うて捜査状況について説明に入るんやね」

写経屋の覚書-なのは「最初、金九が日本人から奪った800両を宿屋の主人李化甫のもとに置いたという話があったことだし、李化甫と金九を同じ場所で尋問すれば必ず事情がわかるって考えて安岳郡に巡検を派遣したんだけど、日本人警部も同じように考えて李化甫を仁川まで連行してしまっていたの」

写経屋の覚書-はやて「ややこしいなぁ。韓国官憲と日本官憲がばらばらに行動してもおとるやん…」

写経屋の覚書-フェイト「つまり、海州府としては李化甫の身柄を確保できていないってことかな?」

写経屋の覚書-なのは「ね、ややこしいでしょ。このへんの状況を『明治二十九年六月二十九日附在仁川萩原事務代理発信小村外務次官宛公信要旨』の平原警部の復命書のほうから見てみるよ。画像は『白凡金九全集3』(白凡金九先生全集編纂委員会 大韓毎日新報社 1999)から取ったけど、本来は「外務省警察史 第2巻 元韓国の部」(外務省 不二出版 1996)に収録されてる史料だよ」

写経屋の覚書-はやて「なんで『外務省警察史』のほうを見ぃひんの?」

写経屋の覚書-なのは「数年前に『外務省警察史』は複写済なんだけどね、単純な話で『白凡金九全集』のほうが『外務省警察史』より画像として見やすいからなの」

写経屋の覚書-平壌復命6月220
写経屋の覚書-平壌復命6月222
写経屋の覚書-平壌復命6月223
写経屋の覚書-平壌復命6月224
写経屋の覚書-平壌復命6月225

明治二十九年六月二十九日附在仁川萩原事務代理発信小村外務次官宛公信要旨

   平壌附近に於ける邦人殺害事件捜査の件
土田譲亮加害者捜索竝に行商人状況視察の為本月五日出帆の愛宕艦に便乗し平壌に出張したる巡査渡邊鷹次郎、小牟田十太郎、岩井清太郎の三名は無事其の目的を遂げ去る二十七日慶清号にて帰任復命する処左の通
    記
土田譲亮加害人捜索竝に行商人視察の為平壌に主張したる巡査の復命摘要


写経屋の覚書-フェイト「6月5日に出発した警察官3人は27日に帰ってきたんだね」

写経屋の覚書-なのは「平壌府の在留日本人の状況視察は省略して平壌府についたあたりを見るよ」


    平壌府観察使との交渉
周観察使廓外閑地に隠遁せるを以て参書判に面会して土田譲亮加害者捜索の荏苒を責めたるに本月四日頃外部より此件に関して捜索を行ふべき命令を受けたるに付直に所轄府たる海州へ移牒したる旨を答へ又至急捜索方に尽力せんことを求めたるに管轄外たる旨を以て之を拒絶したるに付海州府迄巡検四名の派遣を求めて同行出発せり


写経屋の覚書-なのは「周って誰なんだろう?これの前項では平壌府観察使を鄭敬源って書いてるんだけどね…それは措いといて、平壌府観察使は隠棲中なので、参書判に土田殺害犯の捜査が荏苒(じんぜん)つまり捜査がはかどらず何もしないま時間が経過していることを責めたんだよ」

写経屋の覚書-はやて「何だらだらしとんねん!って怒ったんかなぁ。ほんで参書判は、4日ごろに外部から捜査命令を受けたんで事件発生現場の所轄になる海州に事件を移管したって答えたんやね」

写経屋の覚書-フェイト「…捜査協力を要請したら管轄外だからダメって…マンガに出てくるようなお役所仕事だよね…」

写経屋の覚書-なのは「じゃぁ自分たちでやるから人は出せと言ったのかどうかはわからないけど、渡邊巡査たちは巡検4人の派遣を認めさせてそれを帯同して海州府に向かったんだよ」


    海州府との交渉竝犯所出張
海州府観察使も亦上京して任に在らず則ち参書判に面して捜索を促し本月十八日犯所治下浦に向け平壌府より護送の巡検二名海州府の巡検四名と共に出発せり
    犯所に於て旅店主人李化甫外一人の逮捕
土田譲亮被害の当時宿泊せる旅店の主人李化甫は従犯の嫌疑強きに拘らず曩に平原警部出張の際は逃走して行く所を知らざりしを以て一行は此者を逮捕して加害者捜索の端緒を得んと欲し二十一日払暁現場に到り巡検をして李化甫の家を囲み逮捕せしめたるに同人は既に逃走したる後なりしを以て家族に懇諭して伴ひ帰らしめ翌二十二日逮捕を行ひたり而して朝鮮巡検に於て李化甫の家宅捜索を行ひたる際或る秘密書類中に執綱職(村役場書記)たる呉龍占は当時の事実を審にするのみならず怪むべき意義の書面を同人より李化甫に与へ居るを認めたるを以て同人は少くとも事実参考の為訊問する必要あるを感じ詳細取調の為右両人を仁川府に同行方派遣巡検に協議し其の承諾を得て二十六日万景岱より乗船帰任したり


写経屋の覚書-フェイト「海州府の観察使も留守だったので参書判に捜査を督促して、平壌府から帯同した巡検のうち2人と海州府の巡検4人を連れて犯行現場に出発したんだね」

写経屋の覚書-なのは「李化甫は3月の平原警部の捜査時は逃亡してたんだけど、とにかく李化甫を逮捕、事情聴取して捜査の手がかりにしようってことで、21日早朝に犯行現場でもある李化甫の店に向かったんだけど…」

写経屋の覚書-はやて「また逃げられてもぉたんやなw 結局家族に説明して帰宅させて翌22日に逮捕したんやね」

写経屋の覚書-なのは「それと、李化甫の家宅捜索で村役人の呉龍占から李化甫に宛てた手紙が発見されたんだけど、その内容が事件の事実を説明するものだったので、呉龍占も参考人として訊問する必要があるかなってことで、巡検の承諾を得て呉龍占も李化甫と一緒に仁川府まで連れていくことにして、26日慶清号に乗船して帰任したの」

写経屋の覚書-フェイト「そういうわけで、海州府で金九を逮捕した当時は李化甫は仁川に連行されている状態だったので、海州府としては面通しも事情聴取もできないってことなんだね。でも金九のほうはいつ逮捕されたの?」

写経屋の覚書-なのは「えーっと、『白凡逸志』だと5月11日に官憲が来て逮捕されたって書いているけど、これは旧暦だから、新暦に直すと6月21日になるよ。これを信じないとしても、少なくとも渡邊巡査たちが海州府から鴟河浦に向けて出発した6月18日から金孝益報告書に添付されてる金九供述書の作成された6月26日までの間に逮捕されたのは確実だね」

写経屋の覚書-フェイト「渡邊巡査たちの李化甫逮捕の1日前になるけど、その報せは渡邊巡査たちには届かなかったんだね」

写経屋の覚書-はやて「金九の家のある白雲面と李化甫の店のある鴟河浦は離れとるし電話電信もあらへんから即座に連絡を取れる通信手段はないやろしなぁ。まさか海州府の役人が義挙に感動して怠業をしたとかいうわけでもないやろしw」

写経屋の覚書-なのは「ともかく、金九逮捕の報せは受け取らないまま渡邊巡査たちは李化甫と呉龍占を連行して仁川へ帰って行ったの」

写経屋の覚書-はやて「ほんで取調べで、金九は東徒の徒党を率いて民衆の財産を掠奪しとったことは認めたと。収監して供述書を送って法部の指示を待つよ、っていうことやな…東徒いうんは東学党のことやね」

写経屋の覚書-なのは「うん。東学党のことだよ。結局、この時点での韓国側の把握している状況は、金九は土田殺害については自白してないし肝心の李化甫への事情聴取もできてないって感じかな」

写経屋の覚書-フェイト「肝心の容疑は自白なしで別の犯罪は自供…なんだか別件逮捕の変形みたいなかたちになってしまったんだね。逮捕されたのは金九だけで、共犯と見られる金亨振・崔昌祚は逃亡中なんだね」

写経屋の覚書-なのは「そうだね。この次に金九の供述も添付されているんだけど、それは次回にまわして今回はここまでにするね」

鴟河浦事件に関する報告(1)
鴟河浦事件に関する報告(2)

写経屋の覚書-はやて「なのはちゃん、えらいこっちゃ!トラックバック機能がなくなってるで!」

写経屋の覚書-なのは「え?ほんとだ…調べると、どうやらトラックバック機能終了の予告・事前通知はやってたらしいね…っていうかスタッフブログでの告知!?」

写経屋の覚書-フェイト「スタッフブログ?そんなの毎回いちいちチェックなんかしないよ…っていうか、そういえばそんなものがあったなぁってようやく思い出した程度のものだよ…」

写経屋の覚書-はやて「あーあ、これで獄長日記の補助をやっても通知でけへんようになったやん…」

写経屋の覚書-フェイト「でも今さらどうしようもないし、気を取り直していこっ。今回は金九が土田譲亮を殺害した鴟河浦事件について、『海州府観察使署理海州府参書官金孝益報告』っていう文書の続きだね」

写経屋の覚書-なのは「うん。日本公使からの照会文の引用の続きだよ」

写経屋の覚書-金孝益逮捕報告230
写経屋の覚書-金孝益逮捕報告231

土田譲亮에遺留財産을韓銭十俵와行李一個인티其中韓銭二俵는何者가奪取写経屋の覚書-ha17고残余写経屋の覚書-nan17無事이仁川領事館에引取写経屋の覚書-ha17엿다写経屋の覚書-ha17으니 貴政府에셔時日写経屋の覚書-rar17過치■고平壌観察使幷該郡守에게厳訓写経屋の覚書-rar17写経屋の覚書-ha17야作害者写経屋の覚書-rar17期日捕捉写経屋の覚書-han17後至当이処分写経屋の覚書-ha17시믈要写経屋の覚書-ham17等因이라此写経屋の覚書-rar17准査写経屋の覚書-ha17니甚히驚駭라外国人이遊歴行商者가凶徒에게被害写経屋の覚書-ha17■交際上에失誼가不無写経屋の覚書-han17샐더러此等凶徒은命案에関係写経屋の覚書-ha17■重写経屋の覚書-ha17기로茲에訓令写経屋の覚書-ha17니該地方官에게転飭写経屋の覚書-ha17야該犯写経屋の覚書-rar17刻期詗捕写経屋の覚書-ha17여法部로押上写経屋の覚書-ha17야按法懲弁케写経屋の覚書-ha17며各国人을保護치믓写経屋の覚書-ha17야我民에게被害写経屋の覚書-ha17믄各地方官에責이不無写経屋の覚書-ha17니照亮写経屋の覚書-ha17야各地方官에게另飭写経屋の覚書-ha17야外国人을各別保護케写経屋の覚書-ha17■可흠等因을奉准写経屋の覚書-ha17

写経屋の覚書-なのは「土田の遺留品は韓銭10俵と行李1個、行李内の韓銭2俵は奪われていたけど、残りは仁川領事館に引き取ったの」

写経屋の覚書-フェイト「で、貴政府つまり朝鮮政府は平壌観察使と郡守に厳重な訓令を下して加害者を日を期して逮捕し、相当の処分をしてほしい、ってのが日本公使の照会文の内容なんだね」

写経屋の覚書-はやて「フェイトちゃん、すらすら読めるんやなぁ。すごいやん!」

写経屋の覚書-フェイト「…実は獄長日記の『金九は誰を殺したか(一)』に、その照会文の原文が載ってたんだよw」

史料は、『駐韓日本公使館記録9』より。
小村寿太郎から李完用外務大臣への、1896年(明治29年)3月31日付『公文第20号』。


以書翰致啓上候。
陳者我仁川領事之稟■に拠るに、長崎縣平民土田譲亮なる者朝鮮人1名(平安道龍岡居住林学吉二十歳)を隨へ、黄州より帰仁の為め鎮南浦へ向ふの途次、黄州十二浦より韓船一隻を僦ひ大同江を下り、3月8日夜治下浦に泊し、翌9日午前3時頃同所出帆の用意を了へ、喫飯の為め同所旅宿業李化甫方に到り再び帰船の際、同家の庭前に於て同家宿泊韓人4、5名の為め打殺せられたり。
雇韓人林も亦殺害の難に遭はんとせしも、辛ふじて危険を逃れ、同12日夜平壌に来り同所駐留平原警部に右の顛末を訴へたるを以て、同警部は巡査2名、巡検5名を率ひて同15日現場に臨み検視を行はんとせしに、右旅宿主人は警部等の到を聞きて逃走し、殺害者の屍体は既に河中に投棄したるを以て検死することを得ず。
只旅宿の庭前血痕■■たるを認めたるのみ。
而して警部一行は郡吏等へ厳談の結果、加害の嫌疑者7名を伴ひ帰りて取調べたるに、何れも加害本人にあらずして只前顕事体を聞得たるのみ。
被害者土田譲亮の遺留財産は、韓銭10俵、行李1個にして、中韓銭2俵は何者か之奪取し、残余は無事仁川領事館に引取りたる趣に有之候。
査するに、本件被害の顛末は前顕我領事の稟報に拠つて事実明了なるのみならず、其加害者の如きも容易に捜索せられ得べく儀と存じ候に付、貴政府に於て時日を移さず直に平壌観察使並に当該郡守に厳重なる訓令を下し、日を期して加害者を拿捕したる上、相当の御処分有之度候。
此段照会旁得貴意候。

敬具


写経屋の覚書-はやて「って、タネ本があったんかいなw」

写経屋の覚書-フェイト「えへへ。獄長日記をちゃんと読んでればすぐ気付くよねw」

写経屋の覚書-なのは「照会文引用の後は外部の指示内容だね。えーっと、外国人行商者が被害にあうのは外交上の誼を失うことになるし、凶悪犯の事件だし、訓令を関係地方官に発して犯人を探索逮捕し、法部に押送して法律によって処理する、各国人の保護と民衆の被害については地方官に責任があることは明らかだから、各地方官に命令を発して外国人を保護すべし、ってことかな」

写経屋の覚書-はやて「自信なさげやね」

写経屋の覚書-なのは「大意はつかめたつもりでも万全というわけじゃないんだよね…次は逮捕へ到る状況の説明っぽいんだけど、ちょっとややこしそうなんだよね」

写経屋の覚書-金孝益逮捕報告231
写経屋の覚書-金孝益逮捕報告232
写経屋の覚書-金孝益逮捕報告233
写経屋の覚書-金孝益逮捕報告234


写経屋の覚書-rar17審査写経屋の覚書-ha17으니去三月에日本人平原警部가敞府에留駐写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-rar17時에日人被害写経屋の覚書-han17写経屋の覚書-ha17로平原警部가敞府巡検를帯同写経屋の覚書-ha17고偵探次로前往則安岳郡治下浦에셔遇害写経屋の覚書-ha17믈探知写経屋の覚書-ha17을아即其時安岳郡에通知写経屋の覚書-ha17야犯漢을斯待케写経屋の覚書-ha17■터니訓飭이鄭重写経屋の覚書-ha17고命案이慎重写経屋の覚書-ha17와茲에照会写経屋の覚書-ha17오니安岳郡에発訓写経屋の覚書-ha17시와犯漢ㄹ跟케写経屋の覚書-ha17믈要写経屋の覚書-ham17等因이을該日人警部가今十七日에来抵本府写経屋の覚書-ha17야偵探次로翌日에府下巡検四人을帯同写経屋の覚書-ha17고向往安岳郡이은■該犯等을已自本府로屡加詗捉矣러니天網이恢而不漏写経屋の覚書-ha17야金昌洙가今乃就捉故로所犯情節写経屋の覚書-rar17施悪刑盤問이으되初不往鴟河浦라写経屋の覚書-ha17고又非白楽喜之徒라限死抵頼写経屋の覚書-ha17옵기当場에取服지믓写経屋の覚書-ha17

写経屋の覚書-フェイト「えーっと、前回も見たように平原警部は事件直後にも安岳郡に来て捜査し犯人捜索を依頼したから、安岳郡に厳しく言い渡していたんだけど、その平原警部がまた6月17日に海州府に来て、18日には巡検4人を連れて安岳郡に捜査に向かったんだね」

写経屋の覚書-はやて「それはそれとして、既に海州府からもたびたび捜査の手が伸びとったし、天網恢々疎にして漏らさずっちゅうわけで金昌洙つまり金九は逮捕されたんやね。つか誰がいつ逮捕したん?」

写経屋の覚書-なのは「海州府の巡検だよ。実は平原警部が平壌へ帰ったのと入れ違いで金九が逮捕されたんだけど、日時はおそらく21日なの。それと「該日人警部가今十七日에来抵本府」ってあるけど、あとで見る日本人巡査の復命書によると、6月に海州府に来たのは平原警部じゃなくて渡邊鷹次郎・小牟田十太郎・岩井清太郎の巡査3人のはずなの」

写経屋の覚書-フェイト「逮捕日時が明記されない報告書って…よく提出したね…」

写経屋の覚書-なのは「で、ここからが本題なんだよ。金九は最初は『鴟河浦に行ってないし、白楽喜の仲間でもない』って必死に(限死)言い逃れよう(抵頼)とするんだけど、結局自白(取服)したの」

写経屋の覚書-フェイト「『施悪刑盤問』ってひょっとして拷問したのかな?」

写経屋の覚書-なのは「『悪刑を施し』だから多分そうだろうね。盤問は尋問するって意味だよ。確実に言えるのは、この時点では土田殺害については否認している、って程度だね。今回も中途半端になるけどここまでにして、次回も続きを見るね」

鴟河浦事件に関する報告(1)