写経屋の覚書-なのは「予告通り三浦理事官の報告書を見る前に、西岡隊長の続編スレが出たから紹介しておくね」

ベセル氏出席総合所会議の様子

写経屋の覚書-フェイト「進行がゆっくりだね」

写経屋の覚書-はやて「じわじわ絞めていっとるいうことなんやろね」

写経屋の覚書-なのは「そういうこと。作者はその進行の邪魔をしないように調節しながら支援に回ってるの。じゃ、本題に戻って、最初は仏国総領事からの調査報告と23日のマーナム訪問についての機密京第10号「国債報償金費消事件に関する件」(『統監府文書4』p347収録)を見るよ」

 本月二十日附機密第九号を以て及具報置候通り本件に関し英米仏の各領事に発したる照会に対し仏国領事よりは昨二十二日附を以て回答し来れり「マルタン」か同領事に対して陳述したる大要に曰く
昨年九月頃「マルタン」は「ベセル」より報償会の義捐金二万七千五百円を年九朱の利息にて借入れ毎月五百円宛返金して皆済に至る迄借置く旨の書付を「ベセル」に交付せりと云ふ尚「ベセル」は「マルタン」に対し彼は報償会総合所の委任に依り右の貸付を為す旨を明言せり
(仏国領事発右回答書は今朝小松書記官に手交し置き尚丸山総監へも通報し置きたり)
依て当方よりは「マルタン」は昨年九月以来約束通り毎月五百円を「ベセル」に返金しつゝありしや否やに付重て同領事に本日照会したり

 次に英国領事よりは本日午後二時半別紙写の如き反問的回答に接し候右に依れは本官の証憑を求めんとする目的及証憑の性質か同領事には会得し難きものゝ如く相見候斯る反問に対し眞面目に応答を重ぬることは如何歟と思料致候得共要するに総合所の委員の一人たる梁の陳述と報償金の所在及金額に相符合せさるを以て其の点を正確にしたき目的なることを申送るへく候
 之に先ち昨夜「マーナム」より別紙写の通りの書面に接したるに付本日午後三時半迄に理事庁に出頭せられたき旨申入候処午後四時来庁依て早速金庫と帳簿二冊の行衛を問ひたるに右等の品を大韓毎日申報社に置きては何人の為めに取出さるゝ樣の事あるやも知れさるに付封印の儘自分の所に預り在りと云ふ (本年一月以来「マーナム」は「ベセル」と同居すと云ふ) 然らは韓国官憲に於て相当の手続を踏み右は金庫及帳簿を査閲せんとするときは無論異議なかるへしと問ひたるに彼は曰く自分は新聞事業には当り居れとも報償金の事には何等の関係を有せす報償会の委員は三四名ある趣に付委員全体か承諾するか又は英国領事か承諾すれは金庫等を査閲することを得るやも知れされとも其の点に付ても自分には何とも明言し得す云々次に彼より梁起鐸裁判の時日及告発の事実等に就き尋ねたるを以て本官は本件は既に検事の手に移り法部大臣の許可を得て何れ裁判を開くに至るへきも其の日時は今言ふこと能はす又嫌疑の次第は例へは梁は委員の一人にして報償金の所在金高を知り居るへき筈なるに仁川の「ホームリンガー」に三万円預け在ると云ふにも拘はらす実際一文もなきにあらすや又「アストルハウス」の「マルタン」には一万円を貸したりと述ふるに拘はらす事実は二万七千五百円を貸しあるは何故そや「コールブラン」預入の分は幾何なるや未た知れされとも本日米国領事に面会の上は判明すへしと述へ尚本件に付て特に述へ置き度事は既に「コーバン」氏へも再三申送りたる通り本件は梁起鐸の英国裁判所に於ける供述とは何等の関係をも有せさる事是なり尤も「ベセル」氏か裁判の結果有罪となりたる影響なるや否やは知らされとも国債報償金始末如何に関し韓人義捐者の間に疑惑不安を抱き大邱開城辺より右報償金の正確なる計算の公表を内部大臣に願出たる韓人ありて今回の梁の審問を見るに至りたる次第なりと述へたるに「マーナム」は右等の諸点を手帳に止めて謝意を表して辞去せり去るに臨み「ベセル」は昨今如何に為し居るやと問ひたるに少々風邪なれとも明朝小松書記官を訪問の筈なりと答へたり
右及報告候丸山総監の方へは本文の次第貴方より御通達相煩申候也
明治四十一年七月二十三日    
京城理事庁 理事官 三浦 彌五郞
     統監府総務長官代理 参与官 石塚 英蔵 殿

写経屋の覚書-フェイト「22日付で送付されてきたのが、往電第14号で言ってた仏国領事館員が公認した口述書なんだね」

写経屋の覚書-はやて「そやけど、英国総領事コバーンは、なんでそんなん要求すんの?それにそれ自体納得いかんわ言うて逆質問してきたんやな。三浦はあほらしい思たけど、梁起鐸の陳述と報償金の所在・金額が符合せえへんからその点を正確にするんが目的なんやって答えたんか」

写経屋の覚書-なのは「んー、三浦のその態度もちょっとどうかと思ったりもするんだけどね。次に23日午後4時にマーナムが京城理事庁にやってきたの」

写経屋の覚書-フェイト「帳簿と金庫をどこに持って行ったのかって訊いたら、前回見たように誰かが持ちだすおそれがあるから自宅に持って行ったって答えたんだね」

写経屋の覚書-はやて「ほんで三浦が韓国官憲がちゃんと手続踏んで金庫・帳簿チェックするんやったら問題ないねんなって言うたら、マーナムは、ボクは新聞事業には携わっとるけど報償金には何も関係ないねん。総合所の委員全員が承諾するか、英国総領事が承諾したらチェックすることもできるかもしれへんけど、そのへんはボクよう言わんなぁ…って待て!報償金に関係ないって自任しといて金庫・帳簿持ち出しとるんはどういうことやねん!」

写経屋の覚書-なのは「ほんとよく言うよって感じだねぇw 次は米国総領事サモンスとの会談を機密京第11号「国債報償金費消事件に関し米国総領事と会談の件」(『統監府文書4』p348収録)から見てみるね」

 昨朝(七月二十三日) 米国領事は同舘附巡査を当庁に寄越し本月二十日附を以て国債報償金費消事件に関し本官より同領事に照会したる事柄に付会談したき旨申越したるに依り同日午後往訪すへき旨を答へ置き午後四時過「サモンス」氏を訪問し約三十分間談話致候
 同領事の述へたる所を約言すれは若し米国人にして国債報償金に関し何なりとも不法の所為たるに於ては同領事は職権上進んて其の取調に着手すへきも「ゴールブラン,ボストイツク」銀行は自己の営業上梁起鐸なり「ベセル」なりより金子を預りたる次第にて米国銀行法の規定に依れは預主本人より預金の勘定書を要求する場合に於ては銀行は当然之に応すへきも無関係の者に右の如き勘定を漏洩することを得す同領事と雖も亦然りと云ふに在りて本官の照会に回答することを欲せさるの意を示したるに付本官は同領事に向ひ本官に於ても是非共回答を得んことを求むへき条約上の根拠を有するにあらさるも梁起鐸の有罪無罪の岐るゝ所は主として国債報償金の現存するや否やに在ることなれは好意上「コールブラン,ボストスツク」銀行に於ける報償金預り高及条件を聞かんとするに外ならす固より「コールブラン,ボストイツク」に不正の所為ありと云ふ訳にもあらすと述へたるに同領事は本件に関し英国領事より回答を得たるやと問ひたるに付未た回答に接せすと答ふ報償会の委員は何人ありやと問ひたるを以て梁起鐸「ベセル」李容圭等三人にして尹雄烈も委員なりしか辞職したるやに聞及へりと述ふ領事曰く然らは報償金費消の事実挙らは「ベセル」も有罪たるへきか本官曰く果して費消の事実あらは「ベセル」も他の委員も有非罪たらさるを得す領事曰く梁起鐸には如何なる費消の事実ありや本官曰く彼は「ホームリンカー」に三万円預け在りと述へたるも悉く引出されて一文も残り居らす「マルタン」に貸したる金高も彼の言ふ所と事実とは大に異なれり領事曰く「マルタン」は借りたる事実を言ふことを拒まさゝりしか本官曰く彼は拒またれとも他より知ることを得たり領事曰く仏国領事は答へたるや本官は然りと答へたるに領事は稍々意外の感に打たれたる如き顔色を示して曰く「マルタン」は幾何借りたるや本官は事「マルタン」の信用に関するを以て語ることを拒み進んて梁起鐸自身をして「ゴールブラン」に就き預金の状況を問はしめは銀行は答ふへきやと反問したるに領事曰く或は然らん併し同領事は梁をして問はしめよと本官に注意することを得すと附言したるを以て然らは梁をして問はしむることに異議なきやと推問したるに何等関係を有せすと答へたり (此の点は参考迄に昨日丸山氏に話し置きたり) 次て目下懸案中の二三の士地問題に付談話を交へたる後辞去致候
 右会談中米国領事の究したる如き模様に依りて考ふるに米国領事と英国とは互に申合の上本件の実相を回答することを努めて避くることに歩調を一にしたるものと認定せられ候就ては此の上本官に於て更に往復を重することは恐らく無用の業なりと思料致候処本件は存外多方面に渉り居るにも拘はらす我に取り名分正しき有理の事件と認められ候間今後執るへき処置に付ては出府の上御指示相度此段具申旁々添申候也
明治四十一年七月二十四日    
京城理事庁 理事官 三浦 彌五郞
     統監府総務長官代理 参与官 石塚 英蔵 殿

追て昨日附機密第十号及本信は特に検事の本件取扱上参考とも相成るへく候間貴府より大要御通達相煩度候也


写経屋の覚書-フェイト「預け主が預金の情報提示を要求するならともかく、無関係の他人が要求しても応じられないっていうのは、それ自体は真っ当な話だよね」

写経屋の覚書-なのは「三浦は、回答を要求できる条約上の根拠がないのは承知してるけど、報償金が現存してるかどうかが梁起鐸の有罪無罪の分かれ目になってるから訊きたいだけなの。コールブランの会社に不正があるなんて言ってるわけじゃないしねって言ったの」

写経屋の覚書-はやて「ほんなら米国総領事は、英国総領事はどない対応しとるん?とか報償金費消の事実が出たらベセルも有罪になるん?とか訊いてきたんやな。で、マルタンの話になったとき、え?マルタン金借りたこと言うの拒まへんかったん?って言うたんやな」

写経屋の覚書-フェイト「言うはずがないって思ってたのかな?かなり意外な展開だったみたいだね」

写経屋の覚書-なのは「結局、三浦は、預け主である梁起鐸がコールブランに預金状況を問い合わせ回答させることに問題も異議もないよねって言質を取って他の話題に移ったの。さて問題の英国総領事コバーンとの会談を機密京第13号「国債報償金費消事件に付英国総領事に会談の件」(『統監府文書4』p350収録)から見るよ」

 報償金費消事件に関し本月二十日附を以て英,米,仏各国領事に照会致置きたる処英国領事は同月二十三日附を以て本官の本件に関し証憑を求めんとする目的及証憑の性質に付本月二十三日附機密京第十号を以て及報告置候通り反問致来候に依り昨二十四日為念同領事反問の趣旨問合の為め同領事を訪問したるに折悪しく不在なりしを以て今二十五日午前重ねて同領事を訪問し面会の上本官照会の趣旨は梁起鐸は警察官憲に申立てたる所及大韓毎日申報に広告したる計算と報償金の実際の所在及金高と相一致せす費消の形跡あるを以て報償会委員の一人なる「ベセル」を尋問の上更に証憑を蒐集し尚進んて「ベセル」にも報償金費消事實あらは追て告発に及ふやも知らさる旨を述へ遂に同領事の請求に依り別紙の通りの回答を本日発送致置候尚会見中本官は同領事に向ひ右の回答を得るに於ては同領事は先に本官より発したる照会に回答すへきやと尋ねたるに同領事は不承諾の意を表して曰く梁起鐸に対する今日迄の取扱振りは漠然彼を拘置して圧迫を加へ外部との交通を許さゝる次第にて甚た不規則と評せさるを得す予は梁に対する告発状の謄本を得んと欲す云々依て本官は告発状の写を送付せは「ベセル」尋問に着手せらるゝやと推問したるも明確に即答せす更に本官は梁の被告事件に関し韓国法廷より「ベセル」の出廷を要求せは「ベセル」は出廷すへきや領事曰く或は出廷するならん本官曰く若し出廷せされは当該官憲より貴領事に要求せは貴領事は彼を出頭せしむる様取計はるへきや此の問に対し領事は然りと答へされとも否とも言はす依て本官は一昨日米国領事を訪問したるも銀行法を楯として「コールブラン,ホストイツク」銀行の報償金額高を取調へて本官に回答することを拒みたり裁判上の手続を履むに於ては米国領事も回答すへきや領事曰く米国領事は如何にするやを知らすと本官は更に本件の起源に溯りて述へて曰く韓国刑法の規定に依れは委托金を返済すれは本件は夫にて済むへし曾禰副統監に於ても受取りたる義捐金と預けたる金額と相符合するに於ては其の上追究するに及はすとの意見を有し居らるゝ次第にて実は義捐韓人中報償金の行衛に付疑惑を抱き調査方を内部大臣に申請したる者あり為めに本件の公然たる取調に着手したる次第なれは梁起鐸なり「ベセル」の方なり報償金を出すに於ては夫れにて事は済むへし「ベセル」は右金高及所在を明言することを欲せさるや領事曰く其の後「ベセル」とは面会せさるを以て報償金の事に付ては聞知する処なし云々本官は此種の問題にて彼是面倒なる手数を要するは暑くして耐らすと述へ辞去致候帰庁したる処恰も京城地方裁判所検事長中川一介氏本件に付来訪されたるを以て右の顚末を告け同検事長に於ては梁起鐸の費消事件を速に起訴する見込なるや否やを問ひたるに同検事の言ふ処に依れは同檢事は未た公然斯る職権を有し居る訳にあらすして本件に関する書類は目下法部にて閲覧し居る次第なり何れ協議の上回答すへしとて退出せり是より先き昨日「マーナム」より梁起鐸に本日午後面会したき旨別紙写の通り書面にて願出たるに付中川検事に協議の上別紙の通り「マーナム」に返事致置候
 本件に関し米国領事は今朝来庁したるも本官不在の後ち小松書記官の室にて同領事に面会の機を得候処同領事の言ふ所に拠れは同領事は自分より「コールブラン」への報償金額高を通知することを得さるも預け主たる梁起鐸又は「ベセル」より問合はすに於ては銀行は計算を示すならんとの事にて曩日本官往訪の時と同様の話をなし更に報償金の内二万五千円にて金鉱会社株券を買入れたる事を語りたるを以て右二万五千円以外に「コールブラン」の預りたる報償金なきやと問ひたるも同領事は何等答ふる処なかりき
右及報告候也
明治四十一年七月二十五日    
京城理事庁 理事官 三浦 彌五郞
     統監府総務長官代理 参与官 石塚 英蔵 殿

追て本信を書き終りたる処梁起鐸に面会の件に付「マーナム」より別紙の通り申越したるに付更に別紙の通り返答致置候


写経屋の覚書-フェイト「最初にコバーンは、梁起鐸を拘置して圧力を加えて外部との交通を遮断するのは不規則だ、と言ったあと、梁の告訴状のコピーを要求したんだね。前回より「不規則」の指す内容が詳しく分かるね」

写経屋の覚書-はやて「で、それを出したらベセルの事情聴取するん?って言うたら確答を避けたんやったな。梁の事件について韓国法廷がベセルの出廷を要求したらベセルは出廷するんか?って訊いたらそうかもしれへんって答えて、その場合官憲から出頭させるように総領事に要求したら出廷させるん?って訊いたらこれも確答を避けた…全部逃げとるやん」

写経屋の覚書-なのは「コバーンからしたら三浦が無理筋を言ってきたって感じたのかもしれないけどね。三浦はここでトーンを変えて、韓国刑法の規定によると金を返済したらそれでおしまいになるし、曾禰副統監も報償金と預金が一致すればそれ以上は追及しないって言う意見なんだけどね、実は韓国人から報償金の行方について疑惑を持ち内部大臣へ調査の請願があったんで、取り調べを始めたんだけど梁にしろベセルにしろ金を返せば済む話だしね。ベセルは報償金の所在と金額について明言したくないのかなぁって攻めるの」

写経屋の覚書-フェイト「え、ちょっと待って。横領したお金を返したら罪にならないの?たしかに民事上はセーフかもしれないけど、刑事上は横領が成立してるじゃない!」

写経屋の覚書-なのは「たぶん『刑法大全』の「第7節 銭借有違律」の第643条が根拠だと思うんだよ」

第643条 人の銭財又は物産を受寄して費用し趂不償還の者は第六百三十一条坐賍律に依りて一等を減し毀失したりしと詐称したる者は第六百条竊盗律に依りて一等を減す但毀失したる境遇に水火盗賊又は其他顕跡有る者は論せす

写経屋の覚書-はやて「償還せえへん場合は罪やから、償還したら罪に問われへんいうことなんかな。三浦の方は飴と鞭の飴の方っちゅうかコバーンが話に乗れるような余地を作ったったんやろね。そやけどコバーンはベセルと会ってないから報償金のことは知らんって、完全に拒絶態勢やね」

写経屋の覚書-フェイト「取りつくしまもないって感じだねぇ。米国総領事が訪ねてきて、報償金のうち25,000円で金鉱会社の株が購入されたって話をしたけど、じゃその25,000円以外にコールブラン会社銀行部に報償金は預けられているのか?という質問には答えなかったんだね」

写経屋の覚書-はやて「仏国総領事は全面的協力、米国総領事は一応法律に則って拒否してるけど法律上の手続を踏んだらええよいう態度、英国総領事は全面的拒絶、ってとこやな」

写経屋の覚書-なのは「ちょっと先の話になるけど、結局8月1日に米国総領事からコールブラン会社銀行部の預金についての回答が来たんだよね。そういうわけで、英国総領事コバーンの拒絶姿勢が目立っているってことがわかったところで今回はおしまいにするね」

国債報償金費消事件(1)   国債報償金費消事件(2)

写経屋の覚書-なのは「今回から国債報償金費消事件について詳しい流れを見ていくんだけど、その前にKJで西岡隊長の新スレがあったから紹介しておくね」

国債報償運動 ベセル氏の主張
4人目の調査依頼

写経屋の覚書-はやて「大韓毎日申報ってあんな論説を載せとったんやね」

写経屋の覚書-なのは「隊長のベセルへのツッコミ、作者も同じことを思ったんだよ。9月以降にアップするエントリーに書いたの」

写経屋の覚書-フェイト「かなり先の話になるんだね」

写経屋の覚書-なのは「話を進めるのにも順序があるからね。最初のスレは韓国IDの反応が重要なんだけど、作者はやっとここまで進んだかって苦笑しているんだよねw」

写経屋の覚書-はやて「あの韓国ID、韓国側の通俗的理解なぞっとるだけで、自分で史料も調べへんし、提示された史料もちゃんと読まへん、あるいは読めへんねんなぁ」

写経屋の覚書-なのは「10年ほど前のNAVERじゃ当たり前の光景だったんだけどね。じゃ、本題に戻るよ。前回の警秘第268号「国債報償金費消事件」で見たように、1908年(隆煕2年)6月頃に報償金横領の風説が流れて調査してたら、李東暉・鄭永沢・李星鎬の3人が内部大臣に調査を請願してきたのは覚えてるね」

写経屋の覚書-フェイト「うん。それで12日に梁起鐸を取り調べたんだったね」

写経屋の覚書-なのは「翌13日にこの件について伊藤統監から林董外務大臣に連絡がいったの。『統監府文書4』(国史編纂委員会 1999)p338集録の往電第116号「大韓毎日申報記者 梁起鐸義捐金消費嫌疑の件」って史料なんだけどね」

一九〇八年七月十三日
                             伊藤 統監
     林 外務大臣 宛
 大韓毎日申報韓字新聞記者梁起鐸なる者国債報償会の募集金を私消したるの形跡あり其の取調方を訴へ出つる者少からさる処同人は右新聞社内に住居するを以て丸山警視総監は去十二日夜用談ありとて同人に出頭を求め警視庁に留め置き取調に着手せり然るに本日英総領事は右梁か「ベセル」裁判の際証人として「ベセル」に有益なる陳述を為したるに方り之か為め将来逮捕せらるゝことなかるへしとの保証を与へあるに付き右梁の逮捕は世間の誤解を招くの虞あるを以て其放免を請求し来りたれとも今回の事たる「ベセル」裁判事件とは何等の関係を有せさるに依り之に応する能はす殊に右梁は罪人として逮捕したるに非す単に取調の為め出頭を命し其の之に応し出て来りたるを其儘留め置きたるに過きさる旨を答へ置けり英国総領事は本件を重大視し之を本国外務省に電報すへしと云へるに付右事情御参考の為め通報す在東京英国大使にも予め御開示ありたし

写経屋の覚書-はやて「ベセル裁判って何なん?」

写経屋の覚書-なのは「いずれは詳しく取り上げるかもしれないんだけど、ベセルが大韓毎日申報に、スチーブンス暗殺者を義士と讃えたり、義兵などの反日行動を煽動するような記事を載せたってことで英国枢密院令に照らした処罰を受けた裁判なの。2回あって、結局禁錮3週間と6ヶ月間の善行を命じる判決が下ったんだけど、禁錮の刑期が終わるのがちょうどこの時期だったんだよねぇ」

写経屋の覚書-フェイト「そっか。治外法権があるから英国の領事裁判になるんだね」

写経屋の覚書-なのは「そういうこと。上海の監獄で服役したんだけど、日付について詳しく説明すると、京城出発が6月20日、仁川から英国軍艦に便乗したのが21日、ここから刑期開始で、上海到着が23日、刑期満了が7月11日、放免が12日、京城に戻ったのが17日なの」

写経屋の覚書-はやて「梁起鐸が拘留された日に放免されたんやね。これを偶然の一致やなくて何らかの意図が働いとる、とか言う人居りそうやねぇw」

写経屋の覚書-なのは「そういう陰謀論者は措いといて、梁起鐸がそのベセル裁判で証人として出廷してベセルに有利な証言をしたから、英国側はそれに対する報復措置的な逮捕はしないよう要請し、統監府もそんなことはしないって保証したの」

写経屋の覚書-はやて「報復や嫌がらせのための逮捕って安っぽいドラマの悪役権力者やないっちゅうねん」

写経屋の覚書-フェイト「それで英国総領事が梁の逮捕はその約束を破っていると誤解されるよ、釈放してくれと言ってきたんだね」

写経屋の覚書-なのは「でもこれは別の事件容疑の話だし、罪人と決めつけての逮捕じゃなくて取り調べのための拘留だ、って回答したんだけど、英国総領事は本国に報告するって言ったの。だから伊藤は念のため駐日英国大使にこの事情を説明してね、って林に依頼したってことだよ」

写経屋の覚書-フェイト「英国総領事→英国外務省→駐日英国大使の順番で、問合せか事情説明の要求、抗議が来るかもしれないから、あらかじめ駐日英国大使に情報を開示、事態を説明して、無用の誤解や行き違いの起きないように手を打つってことだね」

写経屋の覚書-なのは「うん。駐韓英国総領事コバーンと駐日英国大使マクドナルドはこの事件に重要なかかわりを持つようになるんだけど、さっそくマクドナルドから梁起鐸釈放の希望が伝えられたの。『統監府文書4』p345収録の来電第4号「梁起鐸逮捕と裁判問題に対する英国政府の抗議の件」を見るね」

明治四十一年七月二十二日午後一時二〇分 大磯発
   午後四時三〇分 京城着
伊藤 統監     
     曾禰 副統監
 今般梁起鐸を逮捕せしは先の大韓毎日申報記者訴追事件に全然関係なき旨申入あるにも係らす英国政府の在東京英国大使に訓令し寺内外務大臣に対し照会を為さしめ梁起鐸に保釈を許し可成速に裁判せられんことを希望し且つ若し梁起鐸にして審問裁判せらるゝことなく何時迄も獄中に留置せらるゝ等の事ありては将来英国の法廷に韓人を証人として召喚すること能はさることゝなり裁判をなすこと能はさるに立至るへしと云ひ其文面殆と抗議に類するものなり就ては左の件々至急御取調の上回電ありたし

一.本官京城出発前丸山警視に本件に関する詳細の訓示を与へ置きたるか梁の取調は果して右訓示の通に実行し居るや畢竟報償金の取調は新聞の裁判事件とは全く別問題なりとの主意なり

二.報償金取調の件は韓人にして右の件に関係あるものより取調を警察に請求せるに基くものに付き此請求者の姓名及ひ其要件如何なるものなるや明確に公言するを得ることゝ相成居るや

三.国債報償金は他の新聞社にても募集せしか此等の取調に就ても同時に着手せしや


写経屋の覚書-フェイト「あれ?この電報、大磯発だね。伊藤は日本にいたの?」

写経屋の覚書-なのは「実は14日に一時帰国してたんだよねぇ。そのせいで電報の往来が激しくなって、おかげで伊藤や曾禰、丸山の考えや方針、対応がよくわかるようになってるんだけどねw で、この伊藤の電報に対して丸山から調査状況の報告があったの。『統監府文書5』p207収録の警秘第268号「国債報償金費消事件」なんだけど、前回見たからパスするね」

写経屋の覚書-はやて「報償金の動きとか預け先を報告したやつやったね。皇城新聞は預金と帳簿が一致して問題なしって報告も入っとったけど、この来電第4号の質問を受けての回答やったんやね」

写経屋の覚書-なのは「うん。それと警秘第268号の時点では英国総領事と米国総領事からの回答が来てなかったけど、ようやく米国総領事の方からコールブラン調査についての回答が来たから、曾禰は往電第14号「大韓毎日申報記者 梁起鐸調査に関する件」(『統監府文書5』p208収録)で伊藤に報告したの」

明治四十一年七月二十六日午前九時一五分 京城発
  二十七日午前二時五三分 大森着
曾禰 副統監     
     伊藤 統監
 国債報償金取調の件に関し仏国総領事は内密に通報すと「アストル,ハウス」の主人「マルタン」か「ベセル」より二万七千五百円借入の口述書に総領事館員の公認を為したるものを送付し来りたり米国総領事は米国法規上「コールブラン」銀行部をして預り金の勘定書を提出せしむる能はされとも預け主又は報償会の役員より請求あらは必す之に応すへき旨を答へたるにより丸山警視総監に命し報償会の前会長尹雄烈又は梁起鐸をして請求を為さしむる筈なり尚同総領事は自分の承知する所によれは報償金の内二万五千円にて株券を買入れたる事実ありと云へり又「マアナム」は三浦理事官を訪問し報償会に属する金庫及帳簿を持ち去りたるは之を新聞社に置くときは他人に持出さるゝ虞あるに付自宅(「ベセル」と同居)に預りたる次第なりと語れり独り英国総領事は「ベセル」に関する当方の取調請求に対し其目的を反問したるのみならす梁の取扱ひ甚た不規則なるを非難し且つ梁に対する告発状を請求し然らは之を送付せは「ベセル」の訊問に着手するやとの問に対しても言を左右に托して確答を避けたり蓋し当初梁の留置せられたる際其放免を要求して容れられさりしを喞み今猶感情上我か請求に応するに躊躇し居るものゝ如し尤も本官は英米総領事は勿論関係人に対しても今回の事件は韓国政府か関係人民の請願に依り国債報償金の現状を調査するに外ならす尚決して犯罪を摘発するを以て目的とするにあらす唯々取調の結果国法に触れたる行為ありたる事実判明するに於ては不得已適法の手続を採るに過きさる旨を懇諭せしめ可成穏便の方法を以て調査を遂行せしめ居れり尚梁の起訴に就ては今明日中に決定の筈又英国総領事に対する此後交渉の結果は不日詳細に御報告に及ふへし
 本電報は外務大臣へも別に発電致し置きたり

写経屋の覚書-フェイト「前回は公言を憚っていた仏国総領事からも、領事館員が公認したマルタンがベセルから27,500円を借り入れたっていう内容の口述書が送付されてきたんだね」

写経屋の覚書-はやて「かんじんの米国総領事の方は、法規上、電気会社銀行に預り金勘定書を提出させることはできへんけど、預け主か報償会役員から要求があれば必ず応じるでーって回答したんやね。ほんで曾禰は丸山に命じて尹雄烈か梁起鐸に要求をさせる予定やと」

写経屋の覚書-なのは「そういう運びになったんだね。それと、米国総領事は、自分の知ってる限りでは報償金の内25,000円を使って株を購入した事実はあるって言ったの」

写経屋の覚書-フェイト「マアナムって誰なの?大韓毎日申報社内から報償会の金庫と帳簿を持ち去ったってあるけど、いったいどういう話なのかな?」

写経屋の覚書-なのは「Marnhamというイギリス人でベセルの友人なの。マーハムや朝鮮漢字表記の万咸って表記も出てくるけど、これ以降の説明ではマーナムで統一するね。ついでに言っておくと、Bethellはベセル、Martinはフランス人だからマルタン、Astor Houseはアストルハウス、駐韓英国総領事のCockburnはコバーンで統一するよ」

写経屋の覚書-はやて「アストルハウスってベセルが死去した場所やったね。2011年6月25日のエントリーで見たときは病院やと思てたけどホテルやったんやな」

写経屋の覚書-なのは「で、この時期のマーナムはベセルが退任した後の大韓毎日申報社の社長で、ベセルと同居していたみたいだね。帳簿と金庫を持ち去ったって話は、7月17日付の来電「国債報償金関係帳簿及び金庫現金隠匿の件」(『統監府文書5』p204収録)で報告されてるの」

明治四十一年七月十七日午後五時一〇分 京城発
   午後七時二二分 馬関着
丸山 総監     
     古屋 秘書官
 総監閣下一行の御安着を祝す
「ベツセル」の後任「マーハム」は昨日国債報償に関する帳簿二冊と金庫とを何れへか運ひ去れり梁起鐸の申立に依り報償金の内三万円仁川「ホームリンガー」に預けありとのことに就き信夫理事官を経て取調へたるに予て内定の通り悉皆引出済なる旨「ホームリンガー」より答へたり


写経屋の覚書-フェイト「冒頭に総監閣下一行って書いてるけど、伊藤統監一行のことだよね?」

写経屋の覚書-なのは「それ以外に解釈のしようがないよね。あと「ホームリンガー」は上海淮豊銀行の仁川代理店のことだよ。この報告時点ではどこに持ち去ったかまでは分かってないんだけど、結局自宅に持って帰ってたことが往電第14号で報告されてるの」

写経屋の覚書-はやて「ってそんなことしてええの?私物化になってまうん(ちゃ)うん?だいたい、なんでそんなことしたん?」

写経屋の覚書-なのは「それについて、マーナムは三浦を訪問して、大韓毎日申報社から報償会の金庫帳簿を持ち去ったのは、新聞社に置いておくと他人が持ちだすおそれがあるということで自宅に預けたんだ、って説明したの」

写経屋の覚書-はやて「つか、マーナム自身が国債報償志願金総合所の役員(ちゃ)うやん!他人やん!」

写経屋の覚書-フェイト「そうだよね…むちゃくちゃな理屈だよね…」

写経屋の覚書-なのは「一方、英国総領事の方は、ベセルの取り調べ要求に対して、その目的を逆質問したうえ梁起鐸の取扱の不規則を非難して、梁の告訴状を出せと言ったの」

写経屋の覚書-フェイト「不規則?」

写経屋の覚書-なのは「梁の拘置などの取り扱いについての話なの」

写経屋の覚書-はやて「そやけど、ほんなら梁の告訴状を送付したらベセルの訊問やるんか?って言うたら逃げたわけやろw 梁の放免要求を蹴られたことを根に持って感情的になっとん(ちゃ)うかいう話やけど、そんなもんなんかな?」

写経屋の覚書-なのは「曾禰としては、英米総領事だけじゃなくて関係者に対しても、今回の事件は韓国政府が韓国人の請願によって国債報償金の現状を調査するということで、犯罪を摘発するのが目的じゃない。ただ取調の結果、国法に触れる行為が判明したら止むを得ず法律上の手続をとるだけの話、と丁寧に説明しますよ。それと穏便な方法で調査を遂行していますよ、って伊藤に報告したの」

写経屋の覚書-フェイト「うーん。コバーンとのやり取りがどうもよく分からないよ…」

写経屋の覚書-なのは「そうだねぇ…曾禰報告だとまとめすぎてあるから分かりにくいかもしれないね。じゃ、次回は実際にコバーンたちに対応した三浦理事官の報告文書を読んでみるね」

国債報償金費消事件(1)
写経屋の覚書-なのは「ここ最近、世間では募金が流行していたみたいだね」

写経屋の覚書-フェイト「って、いきなり何を言い出すの?時事ネタは扱ってこなかったのに…」

写経屋の覚書-はやて「そういうたら、東日本大震災での台湾の義捐金への感謝広告とか、東京都の尖閣諸島購入募金とか、そういう話が相次いどったねぇ。あー、ツイッターで新聞への意見広告への募金とかいうんもあったなぁw」

写経屋の覚書-なのは「実はそれに乗ったというわけじゃなくて、たまたまKJCLUBで『国債報償運動』についての話題になったから、それについて見ていこうと思うの」

写経屋の覚書-はやて「あー、西岡隊長が韓国IDをいたぶるかのように小出しにしとったあのスレ群やな」

国債報償運動に至る道程を韓国の教科書で読む
排泄先生について
国債報償金費消事件
国債報償運動最盛期の熱狂
国債報償運動-集金悪化1
目標1300万円!
報償運動 梁逮捕挫折原因説
毎日申報国債報償金費消事件 梁起澤任意同行

写経屋の覚書-フェイト「どんな運動なの?」

写経屋の覚書-なのは「大韓帝国は諸改革を行なうための資金を日本から借りるようになったんだけど、それを返還して日本の影響力を排除、独立を取り戻そうと思いついた人がいるの」

写経屋の覚書-フェイト「えーっと、銀行から受けている融資を全部返して、その銀行が経営に影響力を行使することを断とうって感じなのかな?」

写経屋の覚書-なのは「だいたいそんな感じかな。で、その募金運動自体は後日見ることとして、その募金を横領する人がいたんだよ。大韓毎日申報の社長だったベセルの関係したこの事件を『国債報償金費消事件』っていうの。実際に起訴されることになっちゃった梁起鐸に因んで『梁起鐸事件』ともいうんだけどね」

写経屋の覚書-はやて「あれ?この事件ってたしか獄長も触れてへんかった?」

写経屋の覚書-なのは梁起鐸事件(一)梁起鐸事件(二)で触れていたよ」

写経屋の覚書-フェイト「うーん、なんだか変だよ。史料本文を出さないで流れをまとめるなんて獄長らしくないと思うんだけど…何か理由があったのかな?」

写経屋の覚書-なのは「作者はね、情報封鎖の意味合いがあったのかもしれないって考量したの。ちょうどこのエントリーが書かれた時期には、韓国歴史学の一大権威だった李泰鎮教授のレベルの低さを指摘して嘲笑したことで有名なバファリン作戦が行なわれていたんだけどね」

写経屋の覚書-はやて「閔妃殺害事件についての『新発見』の虚偽捏造に質問状を送って、その回答を論破して笑いもんにしたあれやな」

写経屋の覚書-なのは「獄長はバファリン作戦の実行スタッフの一員だったんだけど、李泰鎮に助勢しようとしていた韓国IDが、李への質問にうまく答えられるような情報のヒント・糸口になるものはないかと作戦実行者たちのブログやサイトをチェックしていたんだよ」

写経屋の覚書-フェイト「それだけなら、別に国債報償運動に関係する史料の出典をぼかしたり隠す必要はないと思うけど」

写経屋の覚書-なのは梁起鐸事件(二)のコメントにもあるように、国債報償運動について獄長の引いている史料は、韓国の国史編纂委員会が編集した『統監府文書』といって、原本は韓国にあるんだけど…」

写経屋の覚書-はやて「あれ?作者は国会図書館や阪大で複写したで。それにネットのDBもあるやん」

写経屋の覚書-なのは「そこなの。つまり韓国側が自力で探せる状態にあるのに、わざわざ余計な知恵をつけるようなことはしたくないという意味があったのかなって」

写経屋の覚書-はやて「なるほどなぁ。当時は日本人から情報を引き出してそれを利用するっちゅう頭のええ連中が多かったもんなぁ。原本は韓国にあるって書いたんもフェイクやったんかもしれへんね」

写経屋の覚書-フェイト「以前獄長にお会いした時に理由を訊けばよかったのにね」

写経屋の覚書-なのは「にゃはは。当時の作者はそこまで気がついて訊けるレベルに達してなかったんだよ。まぁ、これは推測だし、情報封鎖だとしてももう時効だろうから出典もちゃんと書いていくよ」

写経屋の覚書-フェイト「ここは来客も少ないし、行き過ぎた情報提供になる心配もないしねw」

写経屋の覚書-なのは「じゃ前置きが長くなったけど、国債報償金費消事件、始まります。ベセルや梁起鐸の横領疑惑がささやかれ始めたのは1908年(隆煕2年)7月より前、おそらく6月頃なんだけど『統監府文書4』p337収録の警秘第248号「国債報償金に関する件」を見るね」

 大韓毎日申報の主管たりし「ベセル」と記者梁起鐸とか同社の保管に係る国債報償金に対し擅横の処置ありとの説は既報する処の如し同社か昨年三月より本年六月に至る間に於て接受したる義金の総額は実に六万一千円に達す其金額中三万円は本年二月七日「ベセル」は梁起鐸と謀り「ベセル」の名義を以て仁川港淮豊銀行に預け同月末に至り二万五千円を引出し四月に至り四千円又一千円の三回に悉皆之を引出し一厘の現金を剰さす然るに報償金総合所には「ベセル」と梁起鐸とか提出したる淮豊銀行振出の三万円の預り手形を現存せられあること別紙調査書の如し現金なきに手形の存する理なきを以て其手形や必す無効なるものにして三万円は既に他の手に費消せられたるものならんと云ふ
 別紙調査書は総合所長尹雄烈の質問に対し梁起鐸より提出したるものなりと
 此より先き本年二月頃総合所長尹雄烈は該三万円の予て電気会社に預けありしを「ベセル」梁起鐸等恣に引出し之を淮豊銀行に転管したるを難詰せしに利殖の関係上斯く為したりと分疏せり尹等は尚ほ此後を懸念し三個の鍵を有する金庫を購ひ現金及手形の如きは之に収め関係者三名に於て鍵を分管することゝせり
 然るに毎日申報は此義金に対しては取扱の終始正実なるを其紙上に広告せり今之を紙上より反訳し試みに左に掲けんに
 ○特別広告(光武十一年五月三十一日の申報)
 国債報償金昨日収納の分は未た合計せす前日収納金総計三万八千二百八十八円八十四銭は電気会社内銀行に貯置せり其預金額中一万一千八百円は国債報償志願金総合所に越交す
 ○広告(同六月三十日の申報)
 国債報償金四日間の収納金は未た合計せす此前日迄の収金総計四万六千八百六十七円七十一銭は電気会社内銀行に貯置したり其預け金一万九千三百円は国債報償志願金総合所に越交せり
 ○広告 光武十一年七月計算(自四月至七月)
 収入総額金五万二千九百七十五円六十四銭九厘此金の内五万二千九百七十五円六十五銭
     電気会社内銀行預け其内三万二千三百円
     国債報償志願金総合所越交
 ○広告 隆煕元年八月計算(自四月至八月)
 収入月額金一千四百八十三円三十四銭
     八月度収納金(此月二十九日迄の分)
 収入総額金五万四千七百十四円九十三銭四厘
     此金の内五万三千八百四十一円八十七銭 電気会社内銀行預け
     其内三万二千三百円 国債報償志願金総合所に送り
 以下九月より十一月に至るまて同様の広告を為し十二月に至りて左の如き広告文を掲く
 ○広告(十二月三日の申報)
 国債報償志願金総合所より磚洞普成館内期成会の義金受入分を調査せんとしたるに同会主務呉英根等の偽詐現はれす(現はれの誤か)義金貯置不明により領収調査広告にも之れあることなから目下証拠物持参の上官庁に交渉の為め此に布告する次第なれは全国同胞は御諒知の上領収証を不日示明せられたし
 ○広告 隆煕一年十二月計算
収入月額金三百七十一円九十九銭
     十二月度収納金(但二十三日迄の分)
収入総額金五万七千四百二十六円九十五銭七厘
     光武十一年より隆煕元年十二月に至る 全額
以下一月より三月に至るまて同様の広告あり四月に至り左の如く金額を計上広告せり
 ○広告 隆煕二年四月計算
収入月額金一千一百三十八円八十五銭
     四月度収納金(但二十九日迄の分)
収入総額金六万一千四十二円三十三銭二厘
     光武十一年四月より隆煕二年四月迄の全額

   此金六万一千四十二円三十三銭  電気会社内銀行に預け
   其内三万二千三百円  国債報償志願金総合所に送り
 五六両月の計算は未た広告せさるも已に公告したる総金額と調査書の金額を比較すれは八十九円十七銭五厘の差あるを認む
 右及通報候也
                     隆煕二年七月四日
                        警視総監 丸山 重俊
        外務部長 鍋島 桂次郎 殿

○別紙
  大韓毎日申報社にて六月末迄に収入したる国債報償金査書
一.総額金六万千百三十一円五十銭七厘
 内訳
   金二万八千八百三十一円五十銭七厘
     是は申報社より電気会社に預入 預票は申報社保管
   金三万円
     是は申報社より淮豊銀行に預く
   金二千三百円
     是は申報社より電気会社に預く
   此二口合金三万二千三百円の預票は総合所に交付


写経屋の覚書-なのは「1907年3月から1908年6月の間に、大韓毎日申報社で受け付けた報償金総額が61,000円で、ベセルと梁起鐸がそのうち30,000円を仁川淮豊銀行に預けて、そこから25,000円を引き出してどこかに使ったんじゃないかっていう疑惑だね」

写経屋の覚書-はやて「そやけど、利殖の関係上って言うとるし、目標額達成のために利率のええ銀行に預け替えたいう理屈は成り立つん(ちゃ)う?まぁ、報償金を運用することがええことなんかどうなんかいう問題はあるけど」

写経屋の覚書-フェイト「国債報償期成会って団体の役員呉英根たちの横領の話が出ているね」

写経屋の覚書-なのは「その話については後日きちんと取り上げるから今は触れないよ。疑惑が広まって、韓国人の李東暉・鄭永沢・李星鎬から調査の請願が内部に提出されたから、内部大臣は警視庁に調査を訓令したの。それで丸山重俊警視総監が調査を始めて7月12日に梁起鐸を任意同行して取り調べたの。ちょっと先の文書になるんだけど『統監府文書5』p207収録の警秘第268号「国債報償金費消事件」が流れを説明してるから見てみるよ」

 国債報償金費消事件調査の状況左の如し

一.国債報償会義捐金濫費の説喧伝せられ視察を遂くるに大韓毎日申報社の取扱に係る義捐金に濫費の事実あることは確信するに足るを以て先つ之を調査せんとする折柄偶々李東暉・鄭永沢・李星鎬の三名連署して内部大臣に該会員の調査を請願し同大臣は該金の出納保管を厳査すへき旨訓令せられたるを以て七月十二日大韓毎日申報社総務梁起鐸を警視庁に同行し数回の取調を為せり

二.七月十五日総合所長たりし尹雄烈を取調へたるに総合所の収金中三万円は仁川淮豊銀行に尹雄烈・梁起鐸・朴容奎「ベセル」の名を以て預け入れある旨を供述せり

三.梁起鐸の陳述に依れは毎日申報社に収入したる義捐金総額六万余円は総て一旦電気会社内銀行に預け入れ内三万二千三百円は総合所に移し其総収金四万二千八百余円の内三万円を仁川淮豊銀行に預け入れあり尚大韓毎日申報の収金中一万円は昨年七八月頃「アストルハウス」主人仏国人「マルタン」に貸与したりと申立るを以て同月十七日信夫理事官を経て同銀行を取調へ「コールブラン」「マルタン」及「ベツセル」は三浦理事官に取調方照会したるに淮豊銀行支配人は右は営業秘密として公表を憚るも事実は
 本年二月七日国債報償金総合所代理「ベセル」の名義を以て金三万円を預け入れ右預金は同月下旬二万五千円四月初め四千円四月二十九日一千円を三回に引出し現に残金なきことを明言せり

四.茲に於て三万円の引出し事件は「ベセル」及財務監督朴容奎・梁起鐸の共謀に出て之を費消したるものと認め去十八日先つ此一部の犯罪に就て漢城裁判所に梁起鐸を押送せり

五.三浦理事官の要求に依り仏国総領事か「マルタン」を取調へたる結果に依れは国債報償金の内二万七千五百円を昨年九月年九朱の利息を附し毎月五百円宛返済の契約にて借入れたる事実を明言したるも是亦公表を憚る旨を附言せり

六.右事実に依れは「ベセル」等と「マルタン」との賃借は数年を経されは回収する能はさる方法を執りしものにて是亦委託金費消として本日更に本件を漢城裁判所に追送せり

七.三浦理事官の要求に依り「コールブラン」に対しては米国総領事に「ベセル」の行為に関しては英国総領事に訊問要求中なるも未た何等の回答を得す

八.総合所長たりし尹雄烈は其子尹致昊をして「ベセル」に淮豊銀行に預けたる三万円の所在を問はしめたるに「ベセル」は既に之を引出し二万五千円は更に電気会社内銀行に預け入れ五千円は自己に於て保管しある旨を答へ「コールブラン」より千九百八年一月十六日付米国礦業会社株券置入の為めに二万五千円を受取りたる証書写を示したるも其日付は淮豊銀行に預け入れたる以前にして同一の金員にあらさること明らかなり従つて弁明の資料に供するに足らさるものとす

九.国債報償義捐金の取扱を為したる皇城・帝国両新聞社に対しては警部を派して精密調査せしめたるに皇城新聞社は帳簿精確銀行預金と符合し帝国新聞社は少しく不明の廉あり継続取調中

右及報告候也
隆煕二年七月二十五日    
警視総監 丸山 重俊
     統監 公爵 伊藤 博文 殿

写経屋の覚書-はやて「あれ?李東暉って最初この運動に関係してへんかった?」

写経屋の覚書-なのは「うん。1907年3月に国債報償研究会に参加して国債報償連合会議所の設立を計画してるけど、同名の別団体との並立を避けて設立を撤回した4月以降はどう動いたかちょっとわからないねぇ」

写経屋の覚書-フェイト「関係者としてか、元関係者としてかはともかく、李東暉たちが調査を内部大臣に請願したから、丸山が12日に梁起鐸を呼び出して取り調べたんだね」

写経屋の覚書-なのは「そういうこと。7月25日付の大韓毎日申報にもこの流れが掲載されてるよ」


写経屋の覚書-19080725皇城

写経屋の覚書-はやて「7月15日に尹雄烈総合所長を取り調べて、30,000円が仁川淮豊銀行に尹雄烈・梁起鐸・朴容圭・ベセル名義で預けられとるいうことが判明したんか。梁起鐸の取り調べやと、大韓毎日申報社に集まった報償金は約60,000円、これを一旦コールブランの電気会社内銀行に預けて、32,300円は総合所に移して、淮豊銀行に30,000円を預けたんやね。ほんで申報社に残っとるうち10,000円は、1907年7、8月頃にマルタンに貸した、と。ややこしいなぁ」

写経屋の覚書-なのは「次は、17日に仁川理事庁の信夫淳平理事官が淮豊銀行支配人に事情を訊いたら、営業上の秘密ってことで公表は憚ったけど、1908年2月7日「国債報償金総合所代理ベセル」の名義で3万円が預け入れられて、2月下旬25,000円、4月初め4,000円、4月29日1,000円が引き出されて、残金は無い状態だった」

写経屋の覚書-フェイト「これでベセル・財務監督朴容圭・梁起鐸が共謀して30,000円を引き出して費消したと判断して、6月18日にまずこの件について梁起鐸を漢城裁判所に押送したんだね」

写経屋の覚書-はやて「三浦弥五郎理事官の要請で仏国総領事がマルタンを取り調べたら、1907年9月に27,500円を年利子9%、毎月500円返済っちゅう条件で借入れとることを明言したんか。こっちも公表は憚るように付言されたんやね。ほんでこの契約は回収に数年かかる方法を採用しとるし、これも委託金の費消に当たるいうことで追送と」

写経屋の覚書-フェイト「年利率9%って低いのかな?高いのかな?」

写経屋の覚書-なのは「比較する材料がないからどうとも言えないんだよね。毎月500円返済だから完済まで55ヶ月つまり4年7ヶ月もかかるわけだし、何かの事情で止むを得ず一時的な貸付をしたんじゃなくて、本格的な融資か投資、立派な流用だっていう判断なんだろうね」

写経屋の覚書-はやて「マルタンの方に急にまとまった現金を調達する必要ができて、すぐ返済するいう条件で一時的に貸したったいうような話やなさそうやしなぁ。コールブランの方は米国総領事、ベセルについては英国総領事に調査を要求したけど、この7月25日時点では未回答なんやね」

写経屋の覚書-フェイト「総合所長の尹雄烈が息子の尹致昊に淮豊銀行に預けた30,000円の所在についてベセルに質問させたら、ベセルは全部引き出して25,000円は電気会社内銀行に預けて、5,000円は自分で保管したと回答して、1908年1月16日付で米国礦業会社株券購入のために25,000円を受取ったというコールブランからの証書の写しを見せたんだだね」

写経屋の覚書-はやて「せやけど、その証書の日付は電気会社内銀行に25,000円を預ける前の日付やから、義捐金の25,000円と株購入の25,000円が同一のもの(ちゃ)うし、弁明の根拠にはならへんよと。そらそうやんなぁ。なんぼなんでもそんなもんで納得できるはずないやん(苦笑)」

写経屋の覚書-なのは「そりゃそうだよね。でも後で見るんだけど実は一応の筋は通っていたんだよね…で、他の新聞社の義捐金取り扱いについて調査したけど、皇城新聞は問題なし、帝国新聞はちょっとどうかな?ってところがあったんで調査は継続中、という話なの」

写経屋の覚書-フェイト「なんだかすごく駆け足で見てきたね」

写経屋の覚書-なのは「たぶん、今回ふれたことはすぐには理解把握しにくいと思うんだ。この警秘第268号だって7月25日時点での中間報告、まとめみたいなものだから、全ての記述が正確じゃないしね。今回はここまでにして、次回は梁起鐸の拘留取調から時間順に見ていくよ」