写経屋の覚書-はやて「今回は金九の判決、これで量刑が決まるんやね」

写経屋の覚書-なのは「うん。でもその前に、前回、仁川港裁判所判事李在正は尋問結果を9月12日付で外部大臣李完用に報告、13日付で法部大臣韓圭■(咼の上にト)に報告したって言ったけど、実はそれよりちょっと前に萩原領事代理に知らせて意見を聞いているの」

写経屋の覚書-萩原意見1
写経屋の覚書-萩原意見2

 仁府第一五〇号
以書翰致啓上候陳者我商土田譲亮殺害者金昌洙の審問今般結了に付法部の指令を待ち処断可相成趣を以て口供書御送付の上本官の意見有無御問合相成承知致候審問の結果該犯人は貴国法律大明律人命謀殺人の条とも謀殺人造意者斬の文に照らし御処断相成可然と存候間右の趣本官の意見として法部に御報告相成度此段照会得貴意候敬具
  明治二十九年九月十二日
        領事代理 萩原守一
 仁川港監理李在正 貴下

写経屋の覚書-フェイト「正式な報告前にそんなことしていいの?っていうか、金九は誰を殺したか(三)で紹介された金九尋問記録の韓国解題にある「敵方圧力に押された旧韓国末法院の記録であることだ」が事実ってことになっちゃうよ?」

写経屋の覚書-なのは「んー、李がこの書簡を受け取ったのが外部大臣・法部大臣宛の報告書を作成する前だったかどうかは微妙なんだけど、それらの報告書には『照律裁処』するとしか書いてないし、法部大臣の上奏を見れば、萩原の意見が圧力になったとは考えにくいんだよねぇ」

写経屋の覚書-金九判決1
写経屋の覚書-金九判決2
写経屋の覚書-金九判決3
写経屋の覚書-金九判決4

建陽元年十月二十三日 起案
建陽元年十月二十八日 施行

主任楊孝健

  上奏案件
左開案를謄呈写経屋の覚書-ha17오미何如写経屋の覚書-ha17올지茲에 裁決写経屋の覚書-ha17심을仰홈
  案 第七号
漢城裁判所強盗罪人張明叔과強盗罪人厳敬弼과強盗罪人韓万乭과仁川裁判所強盗罪人金昌洙와平安南道慈山郡殺獄正犯罪人金世種과江原道裁判所砥平郡砲軍朴定植과漢城裁判所々管江華府強盗罪人朱銀到李介仏呂尚福崔聖根과江原道裁判所匪徒李徳一合十一名을左開照律処弁写経屋の覚書-ha17옵기로本年法律第三号刑律名例第九条에依写経屋の覚書-ha17와謹

建陽元年十月二十二日奉

     議政府賛政法部大臣
(中略)

一 仁川港裁判所에셔審理한強盗罪人金昌洙가自称左統領이라写経屋の覚書-ha17고日本商人土田譲亮을当場打殺하야投之江氷하고財銭과環刀를奪取写経屋の覚書-ha17야八百金은店主에게任置하고驢子를買하며其外銭貫은同行三人의게分給写経屋の覚書-ha17罪로本年法律第二号第七条第七項一人或二人以上이昼夜를不分写経屋の覚書-ha17고僻静処或大道上에拳脚桿棒或兵器를使用写経屋の覚書-ha17야威嚇或殺傷写経屋の覚書-ha17야財物를刧取한者난首従을不分律에照하야絞에処하압난件


(後略)

写経屋の覚書-フェイト「法律第2号第7条第7項を適用して絞首刑、だね。これがどうして圧力があったと考えにくい証拠になるの?」

写経屋の覚書-なのは「慌てないで、まずここに出てくる法律第2号第7条第7項と第3号第9条を見てみるね。先に出てくる法律第3号は刑律名例、1896年4月4日付施行なんだけど、第9条はこんな文なの」

写経屋の覚書-刑律名例

第九条 漢城及各地方各港塲裁判所의人命及強盗獄案은法部로셔其処刑写経屋の覚書-ham17을先許写経屋の覚書-ha17고毎月終에都聚写経屋の覚書-ha17야 上奏写経屋の覚書-ham17이可홈


写経屋の覚書-フェイト「人命に関係する事件と強盗事件にかかる判決執行は法部でやってしまって、毎月末にまとめて上奏できる、ってことだね」

写経屋の覚書-はやて「要するに法部で刑を科して事後報告でええよってことやな。『先斬後奏』みたいやね」

写経屋の覚書-なのは「次に、法律第2号は4月1日付施行の賊盗処断例、第7条第7項はこれだよ」

写経屋の覚書-賊盗処断例_1
写経屋の覚書-賊盗処断例_2

第七 一人或二人以上이昼夜를不分写経屋の覚書-ha17고僻静処或大道上에拳脚桿棒或兵器를使用写経屋の覚書-ha17야威嚇或殺傷写経屋の覚書-ha17야財物를刧取한者난首従을不分写経屋の覚書-ha17고皆絞
但殺傷人写経屋の覚書-han17者外에已行而未得財者写経屋の覚書-nan17皆笞一百懲役終身


写経屋の覚書-フェイト「上奏文中にもあるように、拳や足、棍棒、武器で他者を威嚇、殺傷して財物を奪った者は、主犯・従犯に関係なく絞首刑なんだね」

写経屋の覚書-はやて「800両と刀を奪ってへんかったら笞刑100と終身刑やったのになぁ」

写経屋の覚書-なのは「この上奏文の金九判決の直後には、大明律を適用した絞首刑と大典会通に照らした絞首刑があるよね?」

写経屋の覚書-はやて「金世種の強盗殺人と朴定植の人に向けて空砲撃ったやつやな」

写経屋の覚書-なのは「この時の韓国司法は大明律や大典会通と新しい法律を併用していたことになるの。その中で萩原領事代理が大明律の適用が妥当と意見を述べたにも拘らず、法部大臣は賊盗処断例を適用した。つまり実際に萩原意見の影響はなかったってことなの」

写経屋の覚書-フェイト「逆に言えば、日本側が圧力をかけようとしても意見を述べるくらいしかできなかっただろうってことだね」

写経屋の覚書-なのは「ま、獄長も言っているように露館播遷中だし圧力なんてかけようがないんだけどねw ともかく金昌洙は絞首刑に決定したってことなの」

写経屋の覚書-はやて「3月の土田殺害に、4月に施行した賊盗名例を適用するんはどうなんやろ?という気はするんけどね。萩原が大明律の適用を主張したのはそのせいなんかもしれへんよ」

写経屋の覚書-なのは「そのへんどうなんだろうね。どちらを適用するにしても死刑なんだけどねw じゃ最後は殺害した日本人土田譲亮についての供述内容の変遷をまとめに入ろうか」

写経屋の覚書-フェイト「えーっと、6月の逮捕直後は日本人殺害自体を否認、8月の取調べでは日本人殺害は認め、動機は国母の復仇と主張、後年の自伝では国母の復旧のため三浦梧楼一味の日本人を処断したら日本軍人だったと主張、って感じだね」

写経屋の覚書-はやて「要するに、ただの殺人を最初は隠して次に仕方なく認めて、後年箔をつけて美化して所謂『武勇伝』にしよったってこと(ちゃ)うん?」

写経屋の覚書-なのは「仁川での取調べでも、単独犯行か複数犯行か、李化甫に預けた金額といった供述内容が変わったりしてるしねぇ…」

写経屋の覚書-フェイト「バカやヤンキーが歳を取ってから、『若いころは悪いこともしたもんだ』『こう見えても昔はいっぱしのワルでな』とか言っていきがったり、自分を大きく見せようとするのとあんまりかわらないかもね」

写経屋の覚書-はやて「そうやんなぁ。そやけどよぉ考えたらかっこ悪い話やね。『義挙』やいうんやったら、否認なんかせんと最初っから胸張って堂々と殺害したって主張したらええやん」

写経屋の覚書-なのは「にゃはは。『白凡逸志』だと「わたしは「ソウルに行くまでは、わたしがあの日本人を殺した動機を話すまい」と心にきめていたのだった」なんて書いているけど、自分のやったことがただの犯罪行為に過ぎないって自覚してて隠そうとしてたからだって考えるほうが妥当じゃないかな?」

写経屋の覚書-フェイト「しかも、ただの薬の行商人を陸軍中尉だとか言うのは、殺人を国母殺害に対する仇討ちの『義挙』として正当化しようとしてるわけだよね…もっとも、土田が軍人であっても三浦梧楼の一味であっても殺害の正当化にならないとは思うんだけど…」

写経屋の覚書-はやて「そうやんな。復仇っちゅう行動じたい近代国家では否定される行動なんやし、もし閔妃殺害実行犯を殺したかてそれはただの殺人や」

写経屋の覚書-フェイト「ねぇ、ここまで見てきた鴟河浦事件についての報告や取調べなどの史料って、『白凡金九全集3』(白凡金九先生全集編纂委員会 1999)に収録されてるって言ってたよね?つまり、誰でも見られる状態になっているんだね。なのに、今まで誰も『白凡逸志』と突き合わせて、その矛盾について考えたり、疑問に思わなかったのかな?」

写経屋の覚書-はやて「まさか史料が読めへんってことはあらへんやんなぁ。収集編纂刊行しとる以上はちゃんと中身を理解把握できとるはずやろし」

写経屋の覚書-なのは「だから作者は、ほんとはみんな土田はただの薬行商人で、金九の行動はただの殺人ってわかってるんだけど、『物語』に合わせてお題目を唱えて続けてるんじゃないか、って思ってしまったんだって」

写経屋の覚書-フェイト「それじゃ、その『白凡金九全集』の解題ではどう書かれてるんだろ?」

写経屋の覚書-なのは「えーっとね、鴟河浦事件の項については都珍淳って人が書いてるんだけど、こんな感じなの」

写経屋の覚書-金九全集解題13

 치하포사건에 관해서는 그간 전적으로 『백봄일지』에 의존하였는데, 여기에는 여러 가지 착오가 적지 않다.왜냐하면 백봄은 옥중이 있었기 때문에 치하포 사건의 처리에 관한정보 흭득에 결정적인 한계가 있었고, 더욱이 『백봄일지』는 사건 발생 30년이나 지난 이후의 기록이기 때문이다. 치하포사건에 관한 당대의 자료는 크게 일본자료와 국내자료로 나눌 수 있는데, 일본자료는 인천영사관 자료가 대표석이며, 국내자료는 규장각에 소장되어 있는 한말 자료가 대표적이다. 치하포 사건을 정확하게 복원하기 위해서는 이러한 자료들을 시기별로 배열하면서 쟁점을 추적하는 것이 효율적이다.

鴟河浦事件についてはその間全面的に『白凡逸志』に依拠したが, ここにはさまざまな錯誤が少なくない。何故ならば白凡は獄中にあったから、鴟河浦事件の処理に関する情報を得るのに決定的な限界があったし、なおかつ『白凡逸志』は事件発生から30年も後の記録だからだ。
鴟河浦事件に関する当代の資料は大きく日本資料と国内資料で分かち合うことができるが、日本資料は仁川領事館資料が代表的であり、国内資料は奎章閣に所蔵されている韓末資料が代表的だ。
鴟河浦事件を正確に修復するためにはこのような資料たちを時期別で配しながら争点を追跡するのが効率的だ。

写経屋の覚書-金九全集解題14

 이 자료는 또한 살해된 쓰찌다의 신분에 대해서도 비교적 자세하게 언급되어 있다. 『백봄일지』에서는 쓰찌다를 “육군 중위”로, 당시 조선 정부측 자료에는 일본 공사의 조희를 인용하면서 “長崎県 平民(商人)”이라 언급한 것이 고작이다. 아마도 이것은 일본측이 상인(양민)이 강도에 의해 살해된 것으로 사건을 마무리지으려는 의도에서 쓰찌다의 신분을 소상히 공표하지 않은 데서 비롯된 것으로 보인다. 자료8은 쓰찌다를 다음과 같이 언급하고 있다.

この資料はまた殺害された土田の身分に対しても比較的詳しく言及している。『白凡逸志』では土田を「陸軍中尉」で、当時朝鮮政府側資料には日本公使の照会を引用しながら「長崎県 平民(商人)」と言及したのが精一杯だ。たぶんこれは日本側が商人(良民)が強盗によって殺害されたことで事件を結末をつけようとする意図で土田の身分を詳らかに公表しないことで始めたように見える。資料8は土田について次のように言及している。


写経屋の覚書-はやて「どうも信じ込んどるっぽいなぁ。「たぶんこれは日本側が商人(良民)が強盗によって殺害されたことで事件を結末をつけようとする意図で土田の身分を詳らかに公表しないことで始めたように見える」なんて土田が軍人っちゅう金九の主張に辻褄合わせようとしとるようにしか見えへん」

写経屋の覚書-フェイト「そうだよねぇ。「『白凡逸志』に依拠したが, ここにはさまざまな錯誤が少なくない」とか日本・韓国の史料を時間順に並べて見ながら追跡するのが効率的とか言ってるけど、結局『白凡逸志』を疑うほうには行ってなさそうだし」

写経屋の覚書-なのは「そうだね。史料と『白凡逸志』を突き合わせて史料批判するんじゃなくて、史料をお題目である『白凡逸志』に合うように解釈しようとしてるんだよ」

写経屋の覚書-はやて「本人が記憶を美化してもおたり、プロパガンダや情報戦込みでホラ吹いたり大げさに言うたりするんはあり言うたらありやけど、こっちがそれにおつきあいしたる義理はあらへんよねぇ」

写経屋の覚書-フェイト「故意じゃなくても、記憶が美化されるうちに、自分でついたウソや願望などをほんとだと信じ込んでしまう人もいるらしいけどね」

写経屋の覚書-なのは「にゃはは。記憶を美化するのは誰にでもあることだし仕方ないと思うけど、はやてちゃんの言うようにこちらが乗ってあげる理由はないんだよねぇ。じゃ、鴟河浦事件関係の史料はこれでお終いにするね」

鴟河浦事件に関する報告(1)
鴟河浦事件に関する報告(2)
鴟河浦事件に関する報告(3)
鴟河浦事件に関する報告(4)
金九は何を供述したか(1)
金九は何を供述したか(2)
金九は何を供述したか(3)
金九は何を供述したか(4)
金九は何を供述したか(5)

写経屋の覚書-なのは「今回は金九の第3回尋問だよ」

写経屋の覚書-金九供述3_1
写経屋の覚書-金九供述3_2
写経屋の覚書-金九供述3_3
写経屋の覚書-金九供述3_4

  金昌洙三招

問 汝本以海州人耶

供 生長於海州

問 汝之父母倶存

供 父母倶存

問 兄弟幾人

供 無他兄弟七代独身

問 汝之行為初招再招已為洞悉有何不協之心致叫傷命

供 身為国民含冤於
国母之讐有此挙也

問 汝有臣民痛忿之心有地方官掌法而汝自任意擅殺日人之挙耶

供 矣身思之則雖告於地方官必不肯施故有此挙措也

問 汝之初再供以石以棒打殺日人云則被害日人亦有佩刀而汝何無対敵耶

供 日人被踢堕庭以後果為抜釼故以石直打即為仆地故仍為奪取佩釼而同行三人及房内諸行人並有忿気並力打殺後諸人来告彼既致斃将何以措処云故矣身答以此尸不可埋於精地投之江氷為答矣諸人果投之江氷

問 汝之同行三人姓名誰某耶

供 已悉於前招

問 汝於初再招只謂独行而今焉諸人並力致斃者前後不同何也

供 矣身既以先為着手終有諸人之並力矣身既為先挙推諸他人非事体故如是納供也

問 汝与李化甫曽有面分耶

供 伊時初行那店則安有従前面分乎

問 李化甫既是店主則汝之行事目覩耶

供 店主怯於掻擾避身故使人招来也

問 汝之此挙非為貪財而何為奪取銭財耶

供 同行三人哀乞路資帰郷故依所請許給送余銭八百両任置店主也

問 汝之初犯後衆人並力打殺云事不近理欲為図免有此供耶更為詳告

供 矣身既以血忿犯手則豈可推諸衆人欲為図免乎当場指揮諸人挙備火具打殺日人則更有何携貳之端乎

罪人金昌洙 
建陽元年九月十日仁川港裁判所判事李在正 
 日本領事館警部神谷清 
 仁川港裁判所主事金昌鍵 

  金昌洙 第3回尋問

問 お前はもともと海州の人か。

供 海州で生まれ育った。

問 お前の父母はともに存命か。

供 父母ともに存命だ。

問 兄弟は何人か。

供 兄弟はなく、7代にわたって一人っ子だ。

問 お前の行為は第1回・第2回の尋問で既にはっきりと知ったが、どんな心があって人命を傷つけるに至ったのか。

供 国民として無実の罪の国母の復讐のため此の挙を行なったのだ。

問 お前は臣民として痛憤の心があるが、地方官は法律を掌握している。お前は勝手ほしいままに日本人を殺害したのではないか。

供 私は地方官に告げてもきっと何もしないだろうと思い、この挙に及んだのだ。

問 お前は第1回・第2回の供述で石と棒で日本人を打ち殺したと言ったが、日本人は刀を持っていたのになぜお前に対抗しなかったのか。

供 日本人は蹴られて庭に落ちた後剣を抜こうとしたので、石で打ち地面に倒し佩びている剣を奪った。同行者3人と建物内にいた人々も怒気を含み協力して打ち殺した。その後 みんなが「彼は既に死んだがどう処理しよう」と言ってきたので、私は土に埋めることはできないので、凍った川に投げ込めと言ったら、みんなその通りに川へ投げ込んだ。

問 お前の同行者3人の姓名は何か。

供 既に前回の供述で明らかにした。

問 お前は第1回・第2回の尋問で1人で行なったと言ったが、今、みんなが協力して殺したと言う。前後で同じでないのはどういうことだ。

供 私が先に行ない、終わってからみんなの協力があった。私が先に行ないみんなに押し付けたことになったが、他者の行なった事件ではないのでそのように供述したのだ。

問 お前と李化甫は以前に面識があったか。

供 この時、その店に初めて行ったのであり、どうしてそれ以前に面識があるだろうか。

問 李化甫は店主であり、お前のやったことを目撃したのか。

供 店主は騒擾に怯えて避難していたので、人を遣って呼んできた。

問 お前の挙は金銭を貪るものではないと言うが、どうして金銭を奪ったのか。

供 同行者3人が帰郷のための路銀を哀願するので、要求どおりに金銭を渡し、余った800両は店主に任せたのだ。

問 お前が初めに犯行に及びその後にみんなが協力して打ち殺したということは理に合わない。事件の責任を免れようとしてこの供述をするのか。明らかに言え。

供 私は既に血と怒りで手を汚した。どうして他のみんなに押し付け罪を逃れようとすることができようか。その場でみんなを指揮して火攻用具を備え日本人を打ち殺して、更に仲違いするきっかけが有ろうか。


写経屋の覚書-フェイト「獄長は『っていうか、普通の取り調べって住んでる所とか家族とか、こっから始まるんじゃないのか?』って言ってたけど、どうなのかな?」

写経屋の覚書-なのは「作者の知っている範囲内では、最初に本人確認と居住地、職業についての確認はするけど、家族構成まで訊く例はちょっと記憶にないんだって」

写経屋の覚書-はやて「なんか作者自身が取調べを受けた経験があるような言い方やなぁw 『独身』っていうんは朝鮮語では結婚してへん身という意味と一人っ子っちゅう意味があるねんな」

写経屋の覚書-フェイト「事実確認はほぼ第1回尋問・第2回尋問で終わっていて、ここでは疑問点の問い質しが主なんだね」

写経屋の覚書-なのは「うん。取調官は『汝有臣民痛忿之心有地方官掌法而汝自任意擅殺日人之挙耶』って言ってるんだけど、確かに国母の仇であっても勝手に復讐するのは法治の否定、近代国家での所業じゃないよね」

写経屋の覚書-はやて「つか、取調官むっちゃまともな理屈言うとるやんw ここでは他の宿泊客も協力したように供述しとるけど、第1回尋問・第2回尋問やと単独犯言うとったやん。そら取調官も『汝於初再招只謂独行而今焉諸人並力致斃者前後不同何也』ってツッコミ入れるで」

写経屋の覚書-なのは「…最初、粋がって単独犯行でウリ英雄的行為でかっこいいと言ってたのをトーンダウンして、責任を軽減しようとしてみんなでやったんですよぉと翻したようにも取れるねぇ」

写経屋の覚書-フェイト「最後の金九の供述はどういうこと?よく意味がわからないよ」

写経屋の覚書-なのは「にゃはは。作者も困っているんだよねぇ。『矣身既以血忿犯手、則豈可推諸衆人欲為図免乎。当場指揮諸人、挙備火具、打殺日人、則更有何携貳之端乎』だけど、矣身は一人称、火具は火攻めの道具あるいは電灯やライターのように光を灯したり燃料に点火したり発火したりするための道具、携貳は仲違いすることなんだけどねぇ」

写経屋の覚書-はやて「とりあえず、みんなを指揮して日本人を打ち殺したのに、みんなを裏切って罪をかぶせるようなことをするわけないやろ、っちゅうラインで訳したんやね。あれ?いつの間にかリーダー気取りやしw」

写経屋の覚書-フェイト「…まさかと思うけど、痛いところを突かれて逆切れしたり、ファビョったりしたってことはないよね…」

写経屋の覚書-なのは「まさか、ねw ここまでの供述から鴟河浦事件の流れをまとめてみるよ」

  1. 金九は食事を先に配膳されたことに憤り、その対象が日本人だったので殺害を決意する。

  2. その日本人(土田譲亮)の足を蹴倒して庭に落とした。土田は刀を抜こうとしたので石で打ち、刀を奪った。

  3. 土田の通訳の林学吉が李化甫の所に駆けこんで助けを求め、李化甫が駆けつけた。

  4. 土田は逃げようとしたが、金九同行者の鄭一明・金長孫・金致亨がそれを妨害した。土田は何とか河のほとりまでは逃げた。

  5. そこに金九が追いつき、木材で打った。同行者も協力して土田をタコ殴り。

  6. 同行者の誰かが「こいつも殺せ」と言って李化甫に向かってきたので、李化甫は逃げだした。

  7. 土田死亡。金九らは死体を凍った川に投げ込んだ。金九は李化甫を呼んで来させ、「左統領」の書状を見せ義兵と名乗った。

  8. 土田の所持金が船にあることを知り、同行者3人がそれを持ってきた。

  9. 金九は土田所持金の中から3人に路銀を渡し、75両で驢馬を買い、残金800両を李化甫に任せた。

  10. 同行者3人は路銀を持って逃亡。金九は土田から奪った刀を持って驢馬に乗って逃亡した。

写経屋の覚書-はやて「金銭目当ての殺人もしくは強盗殺人やなくて殺人の後の窃盗ってことなんやね。ま、発端は配膳の順番やし。カッとなってやった、ってやつやんw」

写経屋の覚書-フェイト「食べ物の恨みは恐ろしいんだねぇw」

写経屋の覚書-なのは「これで尋問は終わって、仁川港裁判所判事李在正はその結果を9月12日付で外部大臣李完用に報告、13日付で法部大臣韓圭■(咼の上にト)に報告したの」

写経屋の覚書-フェイト「直属の上司は法部大臣だけど、外国人関係の犯罪だから外部にも関係するんだね」

写経屋の覚書-なのは「うん。その中で金昌洙は土田殺害を認めたのでの法に照らして処理、李化甫の方は事件には無関係と確定したので釈放したい、と書いているんだけど、10月2日付で法部大臣から李化甫釈放の訓令が来て、即日釈放されたの」

写経屋の覚書-李化甫釈放1
写経屋の覚書-李化甫釈放2

 仁監電報
法部 金昌洙獄案乞速弁李化甫即放還為妥
   并立俟
 元年十月二日上午十点 仁監李

  答電
 金昌洙案経
奏当訓李化甫拠供無罪放送
       十月二日 法部

写経屋の覚書-李化甫釈放指示

 報告書 第三号
本月二日 奉准電 教写経屋の覚書-ha17와金昌洙案件은待訓令挙行計料写経屋の覚書-ha17오며李化甫写経屋の覚書-nan17即為放還本籍写経屋の覚書-ha17와■기로茲에報告写経屋の覚書-ha17오니
照亮写経屋の覚書-ha17시믈望홈
建陽元年十月三日
     仁川港監理李在正
法部大臣韓圭■(咼の上にト) 閣下

写経屋の覚書-はやて「あとは金九の判決やね」

写経屋の覚書-なのは「それは次回見ることにして、今回はここまでにするね」

鴟河浦事件に関する報告(1)
鴟河浦事件に関する報告(2)
鴟河浦事件に関する報告(3)
鴟河浦事件に関する報告(4)
金九は何を供述したか(1)
金九は何を供述したか(2)
金九は何を供述したか(3)
金九は何を供述したか(4)

写経屋の覚書-なのは「今回は金九の第2回尋問だよ。さっそく画像と本文をあげて、訳を見るね」

写経屋の覚書-金九供述2_1
写経屋の覚書-金九供述2_2
写経屋の覚書-金九供述2_3
写経屋の覚書-金九供述2_4
写経屋の覚書-金九供述2_5
写経屋の覚書-金九供述2_6

  金昌洙再招

問 汝与同党幾名으로李化甫家에셔留接타가日人을殺害写経屋の覚書-ha17야ㄴ냐

供 当初에平壌南門外에셔初面으로商民三名을逢着同行写経屋の覚書-ha17야李化甫家에셔同留라가日人殺害時에同留三人은逃走写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-nan17이다

問 汝与同行三名으로李化甫家에到抵写経屋の覚書-ha17야汝之言内에同党幾百名이鱗次追来写経屋の覚書-har17거시니草鞋等物을預准備写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-ha17얏스니此非同党야아

供 伊時에各処匪徒가蜂起写経屋の覚書-ha17옵기仮托虚威写経屋の覚書-ha17고店主의게誣惑케写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-nan17이다

問 汝殺日人後에義兵이라称托写経屋の覚書-ha17고日人船中에所在銭文을奪来写経屋の覚書-ha17야스니該船中에銭財잇슴을預知写経屋の覚書-ha17고貪財写経屋の覚書-ha17야日人을殺害写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-nan17야以実直告写経屋の覚書-ha17

供 日人을殺害写経屋の覚書-han17後該船人等의게銭財잇슴을始聞写経屋の覚書-ha17고同行三人을更連写経屋の覚書-ha17야同入船中写経屋の覚書-ha17야銭文을担来写経屋の覚書-ha17얏나이나

問 担来銭이幾許両이며何処用之야아

供 銭数写経屋の覚書-nan17未詳이오나同行人路需를幾許間給送写経屋の覚書-ha17고驢一匹을葉銭七十五両에買得騎来写経屋の覚書-ha17얏스니銭文数爻写経屋の覚書-nan17限葉銭百両仮量이나되写経屋の覚書-nan17이다

問 汝之初次供辞에八百両은李化甫家에任置写経屋の覚書-ha17얏다写経屋の覚書-ha17더니今則葉銭百両写経屋の覚書-spun17이라写経屋の覚書-ha17니是何委折耶挙実直告写経屋の覚書-ha17

供 初次供辞즉忽地에誤訴写経屋の覚書-ha17야스나到今詳量写経屋の覚書-ha17온즉八百両任置写経屋の覚書-han17写経屋の覚書-nan17写経屋の覚書-ha17옵고同行三人 의路需와驢一匹価七十五両写経屋の覚書-spun17이외다

問 日人打殺写経屋の覚書-har17時兵器写経屋の覚書-nan17何許物品이며同行三人도同力行凶야아

供 初以石打写経屋の覚書-ha17고更以木撃写経屋の覚書-han17즉該日人이顛仆타가更起逃走写経屋の覚書-ha17옵기에追至江辺写経屋の覚書-ha17야以木連打写経屋の覚書-ha17야殺害写経屋の覚書-han17後屍身은曳棄江氷写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-ssa17오며同行三人은参渉写経屋の覚書-han17事가無写経屋の覚書-ha17니이다

問 李化甫供内에汝与同行三人으로并力行凶写経屋の覚書-ha17얏다写経屋の覚書-ha17거늘汝独行이라写経屋の覚書-ha17니是何委折耶아隠諱치勿写経屋の覚書-ha17고従実直告写経屋の覚書-ha17

供 行凶時에近地人民도驚惶奔走写経屋の覚書-ha17야거写経屋の覚書-nar17店主李化甫가焉能参首守잇가此写経屋の覚書-nan17李化甫의飾辞오니不可准信이로쇼이다

問 船中銭文担来時에近地人民도或来参渉이며行凶写経屋の覚書-ha17기前에汝向何処로来耶아

供 伊時에洞民은尽逃走写経屋の覚書-ha17야干渉写経屋の覚書-han17바업写経屋の覚書-ssa17오同行三人과船人幾名은銭文担来時에干渉写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-ssa17오며当初에断髪写経屋の覚書-ham17을避写経屋の覚書-ha17야往留安州라가断髪写経屋の覚書-ham17이停止写経屋の覚書-ham17을聞知写経屋の覚書-ha17고回還之路에鴟河浦李化甫家에셔留宿写経屋の覚書-ha17옵다가此事를行写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-na17이다

問 汝自称中国셔出帖写経屋の覚書-han17左統領이라写経屋の覚書-ha17스니実自中国으로出帖耶아汝自仮称写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-nan17

供 此非仮称이라中原居写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-nan17徐敬章의下帖을受持写経屋の覚書-ha17야스며此外가可達写経屋の覚書-har17事無写経屋の覚書-ha17와다

建陽元年九月五日
起草書記秦貞鎮   
警務官金順根
罪人金昌洙   


  金昌洙 第2回尋問

問 お前は仲間何人と李化甫の家に泊まっている際日本人を殺害したのか。

供 平壌南門の外で初対面の商人3人と会い、同行して李化甫の家で同じく泊まり、日本人を殺害する時にその3人は逃走した。

問 お前と同行者3人が李化甫の家に到着した時、お前は「仲間何百人が次々に後を追ってやってくるから、草鞋等をあらかじめ準備しておけ」と言ったが、これは仲間ではないのか。

供 この時、各地で匪賊が蜂起するのにかこつけてハッタリをきかせて、店主を惑わそうとした。

問 お前は日本人を殺害した後義兵を称して、日本人の船中にあった金銭を奪ったが、その船中に金銭があることをあらかじめ知っていて、金銭を奪って日本人を殺害したのではないか。正直に言え。

供 日本人を殺害した後にその船員たちから船中に金銭のあることを初めて聞き、同行の3人を連れて船に入り金銭を持ってきた。

問 持ってきた金銭は何両あり何に使ったか。

供 銭数はわからないが、同行者の路銀に何両か渡し、驢馬1匹を75両で買って乗ったので、銭数は葉銭100両ほどだったと思う。

問 お前は最初の供述で800両を李化甫の家に任せたと言ったが、今葉銭100両だという。これはどういう事情があるのか。正直に言え。

供 最初の供述ではふと間違えて言ったが、今きちんと考えると800両を任せたことはなく、同行3人の路銀と驢馬1匹の代金75両だけだ。

問 日本人を打ち殺した時、凶器はどんな物だったか。同行者3人も協力して犯行に及んだのか。

供 最初は石で打ち、更に木材で打ち、日本人は倒れたが起きて逃げようとしたので追い、川のほとりで木材で更に打って殺害した後は死体を引き摺って凍った川に捨てた。同行者3人は参加することはなかった。

問 李化甫の供述に、お前と同行者3人は協力して犯行に及んだとあるが、お前は単独で犯行に及んだという。これはどういう事情があるのか。隠すことなく正直に言え。

供 犯行時、近所の住民も驚き慌てて走り去ったのに、店主李化甫がどうして立ち会って見ていたであろうか。これは李化甫が言葉を飾り立てているので信じることはできない。

問 船中の金銭を持ってくるとき、近所の住民も来て参加したか。犯行前にお前はどこから来たのか。

供 この時、村民は全て逃げていて参加していない。同行者3人と船員何人かが金銭を持ってくるとき参加した。
最初、断髪令を避けて安州に行き逗留し、断髪令の停止を聞いて帰ってくる途中に鴟河浦の李化甫の家に泊まりこの事を行なった。

問 お前は 中国から出た任命書で左統領だと自称するが、ほんとうに中国から任命書が出たのか。お前が自分で勝手に称したのではないか。

供 これは勝手に称したのではなく、中国居住の徐敬章から任命書を受けたのだ。この外に言うべきことはない。


写経屋の覚書-はやて「獄長も言うてたけど、取調官も強盗目的の殺人(ちゃ)うん?って疑っとるんやなぁ」

写経屋の覚書-なのは「そりゃ、疑いもするよね。しかも最初の供述では奪ったのは800両って言ってたのに、ここでは100両ほどだって変更してるわけだから余計に怪しまれるよね」

写経屋の覚書-はやて「そやなぁ。「最初の供述ではふと間違えて言った」なんて言うとるけど、そうそう信じられへんって。量刑軽うするために過少申告したん(ちゃ)うん?と疑われてもしゃあないで」

写経屋の覚書-フェイト「取調官は、李化甫の供述だと3人で金九と同行者3人が犯行に及んだって言って、金九の供述を怪しんでるね」

写経屋の覚書-なのは「うん。第1回でも言ったように、先に李化甫に尋問してその結果と金九供述の矛盾を突くって流れの証拠なんだよ」

写経屋の覚書-はやて「なるほどなぁ。獄長も突っ込んどったけど、金九が言うた「李化甫が言葉を飾り立てているので信じることはできない」なんて、(じぶん)の方がよっぽど信じられへんわw」

写経屋の覚書-なのは「船の中から金銭を持ってきたとあるんだけど、ウィキペディアの鴟河浦事件には、殺害後『腹にあった財布からのお金で宿賃を支払い、3人の資金として使うことにした』となってるの。でもそれはハングル版の機械翻訳による間違いだろうね」

写経屋の覚書-フェイト「義兵の左統領が自称とかどうとか意味がある話なのかな?中国から任命されたら正当性があるって話なの?」

写経屋の覚書-はやて「どうでもええ話に思うんけどなぁ。誰かに任命されたからいうて正当性が担保されるわけでもあらへんやろし、だいたい正規の官職でもないんやし。それも『中国(に住んでる人)から任命された』っちゅう、まるで消火器訪問販売の『消防署の方から来ました』みたいなもんやんw」

写経屋の覚書-なのは「高宗か大院君の密旨あたりならまだしも、中国(居住の人)からの任命で箔が付くのかなぁw」

写経屋の覚書-フェイト「それにしても、金九の供述と李化甫の供述で相違点が多いね。同行者3人の行動とか…」

写経屋の覚書-はやて「どっちを信じるかて言われたら…この場合は当事者より目撃者の方かなぁ。いや、金九の言うことやから信じへんいうんと(ちご)て、800両の話のように第1回尋問と第2回尋問の供述内容が食い(ちご)とるせいやねんけどね…」

写経屋の覚書-なのは「うん。100%李化甫が正しいなんて言わないけど、李の供述の方が妥当な感じだよね。今回はここまでにして、次回は金九の第3回尋問を見て、まとめに入るつもりだよ」

鴟河浦事件に関する報告(1)
鴟河浦事件に関する報告(2)
鴟河浦事件に関する報告(3)
鴟河浦事件に関する報告(4)
金九は何を供述したか(1)
金九は何を供述したか(2)
金九は何を供述したか(3)