「じゃ、いつも通りテキストDを区切って見ていくね」概要
一般に朝鮮進駐軍と言ったときは、おおむね1945年昭和20年以後に現在特別永住権を持つ在日一世(朝鮮人・韓国人)、もしくは現在日本に帰化または半島に帰国した朝鮮民族によって作られた犯罪組織を指す。 戦後、日本がポツダム宣言を受け入れると日本各地で、婦女暴行、窃盗、暴行、殺人、略奪、警察署の襲撃、公的機関への襲撃、土地建物の不法占拠、鉄道や飲食店での不法行為等様ざまな朝鮮人による犯罪が多発した。
「んー、名称はともかくいろんな犯罪自体は事実いうたら事実やわなぁ…」
「でも、だからといって、それが『朝鮮進駐軍』実在の証拠になるわけじゃないんだよね?」
「うん。何回も言ったけど『朝鮮進駐軍』と名乗った組織の実在が確認できないの。後世の造語で勝手にまとめるのがおかしいんだよね。せめてカテゴリー『在日韓国・朝鮮人の事件』の下位カテゴリー『戦後朝鮮人の集団不法行為』としてくくるなら妥当なんだけどね」自称「戦勝国民」(正しくは戦勝国民ではない)であると主張し、自らを「朝鮮進駐軍」と名乗り各地で徒党組んで暴れ事件を起こした。GHQの資料にあるだけでも最低4000人の日本人市民が朝鮮進駐軍の犠牲となり殺害されたとされている。
「これまでの各テキストの検証でも触れてるけど、朝鮮人・台湾人が戦勝国意識を持って集団で不法行為をしたことは事実だけど、『朝鮮進駐軍』と名乗った事実は確認できなかったよね。日本人4000人が殺害されたという論拠やGHQの史料も実在が確認できなかったし」朝鮮進駐軍による朝鮮人犯罪及びテロ行為について
服装・武器及び組織について
戦後の混乱を利用し、日本刀等の刃物・鈍器以外に多くの銃火器を使用した。銃は三八式歩兵銃や機関銃など盗んだ旧日本軍の武器で武装し組織化を行った。朝鮮進駐軍では旧日本空軍のパイロットの軍服を好んで着用したが、これは日本兵に対するあてつけとも、日本人(皇民)に対するあてつけとも言わた。
「盗んだ日本軍の武器を使用したっていうのはテキストB2を引用、整理しているね。それとテキスト構成検証の時にも触れたけど、パイロットの服について田岡自伝を引用整理して「日本空軍」なんていう存在しない組織名を使ってるのは割とダメダメだと思うの」
「ん?軍服着用の理由として、日本兵・日本人へのあてつけをあげとるけど、これテキストCにも他のテキストにもあらへんだなぁ。どこから引っ張ってきたんやろ?まぁ『朝鮮進駐軍』に関係する根本的な問題組織ではいくつかの本部設けたが、実際は各地域ごとに部隊名をつけその部隊が、個別に日本人を狙った犯罪行為を繰り返しすことが多かった。 朝鮮進駐軍総本部(在日朝鮮人連盟総本部)はのちの在日本朝鮮人連盟。更にこれが在日本大韓民国民団(略称「民団」)と在日本朝鮮人総聯合会に分かれ、これが現在の民団と朝鮮総連となる。
「『朝鮮進駐軍』動画テキストの検証(3)でなのはちゃんが言ったように、法的権限なしで警察権類似行為を行なった保安隊・自治隊みたいな実在が確認できる朝鮮人組織が『朝鮮進駐軍』の実態なんだーってまとめてしまう手だよね」
「そうだね。あと、在日本朝鮮人連盟(朝連)、在日本朝鮮人総連合会(総連)と在日大韓民国居留民団(民団)との関係についての記述はテキストCよりはマシかな。大まかな流れ自体はあってるね」
「実在が確認できへん『朝鮮進駐軍総本部』を『在日朝鮮人連盟総本部』と呼んだり、頭に置いとる時点で全部台無しやねんけどねw」時代背景
当時の日本では戦場に男手が駆り出され極度の男手不足に陥っており、また都市部においても疎開や空爆による被害で人手が足りない状況が長く続いていた。 また警察組織においても、武器の使用が認められないなど戦後特有の制限があり。戦後朝鮮人犯罪が増加の一途をとどった背景には、このような犯罪に対する抑止力の空白化が背景にあったとされている。いまでは考えられないことではあるが、当時はヤクザ(現在の指定暴力団)が朝鮮人から、日本人の生活を守る役割を一部果たしていた。 この当時は朝鮮人の殆どが実名で暮らしており、通名を使用しだすのは朝鮮の姓に対して嫌悪感や犯罪者といったイメージを日本人が抱くようになってからである。ただしこれは、朝鮮人側からはもともと差別があったからとされている。
「都市部の人手不足、警察の武器使用禁止のような制限が犯罪抑止力の空白化の原因ってするのはたしかに妥当なんだけど、有力な原因を一つ忘れてるよね」
「有力な原因?」
「司法権と警察権の適用範囲の問題だよ。連合国軍構成員でもなく日本国民でもない朝鮮人・台湾人に対して日本の警察権・司法権が及ぶのかっていう法的な疑問と、GHQがそれについて不明確な態度をとったから、日本警察は取締をある程度躊躇してしまい、朝鮮人・台湾人は日本の法令は適用されないと判断して増長したっていうことがあったでしょ?」
「それも『朝鮮進駐軍』初出テキストの検証(3)で言うてたね。1946(昭和21)年2月19日付SCAPIN756「刑事裁判権の行使」とSCAPIN757「朝鮮人及びその他の国民に言い渡された判決の再審理」で、朝鮮人・台湾人に対しては日本警察の警察権・司法権が行使されるってことが明言されるまでは曖昧やったって。参考文献としてあげとる各道府県の警察資料とかちゃんと読んどったらわかるはずやと思うねんけどなぁ」
「そうなの。テキストD作成者がそれらの文献を自分で直接確認しないで、秋津嶋案内所を丸写ししただけってことになるの。あと敗戦による動揺や士気低下もあるんだけどね」
「戦時中いろいろ厳しく取り締まっていた警察が、敗戦で権威を失墜して自信も失って虚脱状態になったってことはあるよね」朝鮮人による犯罪
朝鮮進駐軍による犯罪は全国に及んだ。特に川崎・大阪・神戸・都心等当時朝鮮人が比較的多かった地域で多発した。特に東京では、原宿等を中心に三八式歩兵銃や拳銃・日本刀等で武装した朝鮮人によって占拠されており、のちに警察やGHQにより鎮圧された。
「これはテキストB2の丸写しで、テキストCにあったなぁ。これも何回も
「朝連・日本共産党の基地となった荒川区深川枝川町の朝鮮人集落のケースとは別の話だしね」市民を狙ったものとして白昼に堂々と集団で婦女子に暴行を加えるなど、多数の犯罪行為を行った。拳銃や刃物で武装しており一般市民は無力であり繰り返し行われることも多かったため被害が拡大した。またGHQの調べでは少なくとも4000人の日本人市民が殺害されており、多い説では1万人以上であったとも言われている。
「…『4000人の日本人市民が殺害』された『GHQの調べ』なんてなかったよね。この根拠って結局何なんだろう?」
「『多い説では1万人以上であった』いうんも具体的には誰のどんな言説なんかわかれへんし」略奪・窃盗・密売・土地の強奪等においても組織的に関与していた。一般の露天商からの強奪や農作物・家畜の強奪(利根川水系の牛の強奪などが有名)等、さまざまな方法で集められた商品が朝鮮人によって売買され、その後の朝鮮人社会の資金源として利用されてきた。その他に、戦後土地建物の所有に関する書類の損失や強引な立ち退きにより土地・建物の収奪も相次いだ。
「ここもテキストB2・Cの転載やな。『利根川水系の牛の強奪などが有名』って言うとるけど、この事件について触れとるんはテキストBだけやし、その実在を担保できひんかったやん」
「梅田村事件みたいに実在の事件を持ってきたらよかったのに…って思ったんだけど、テキストDの作成者、そこまで調べて書くような人じゃないっぽいよね」1945年12月翌1月におきた生田警察署襲撃事件では武装した朝鮮人50人が襲撃し警察署を占拠。翌46年には長崎県警察本部で、在日朝鮮人連盟と名乗る総勢約200名が同署を襲撃して破壊活動を行い、10名に重軽傷を負わせうち1名は死亡にいたらしめた。46年には国会議事堂前でも集まった2000人の朝鮮人と応援出動した武装警官358名・進駐軍憲兵20名とが銃撃戦に発展。首謀者は軍事裁判に付され、翌年3月8日に国外追放処分になった。1948年4月には阪神教育事件では数千人の朝鮮人によって庁舎が占拠された。これに対して3000名の警官隊を動員して、朝鮮人を庁舎から強制排除し1800名の朝鮮人が検挙された。戦後はこのような事件が日本各地で続発した。
「ここは、秋津嶋案内所の『何故「三国人」が差別用語になったのか(左翼系在日朝鮮人騒乱史)(キャッシュ)』の記述を引用整理してるんだよ。阪神教育事件は何度か触れているから、それ以外の事件について警察資料などから概要を抜粋しておくね」生田警察署襲撃事件
1945年12月24日、朝鮮人50人以上が兵庫県神戸市の生田警察署内に乱入し、拳銃・日本刀・匕首を突きつけて署員を制圧し、前日逮捕された強盗犯3人を奪還した。また、翌年1月9日、逮捕された賭博団の奪還を試みて朝鮮人3、40人が署内に乱入したため、進駐軍憲兵の応援を得て3名を逮捕した。
兵庫県警察史編さん委員会『兵庫県警察史 昭和編』(兵庫県警察本部 1975)p447
『朝日新聞』(大阪版)1945年12月27日付
長崎警察署襲撃事件
1946年5月13日、闇市取締で逮捕された朝鮮人・中国人の釈放が拒絶されたことで、在日本朝鮮人連盟の青年自治隊員100名と中国人など総勢約200人が長崎警察署を襲撃して什器を破壊し、10人に重軽傷を負わせた。朝鮮人60人・中国人7人が逮捕された。
長崎県警察史編集委員会『長崎県警察史 下巻』(長崎県警察本部 1979)p1051~1061
首相官邸デモ事件
1946年12月20日、「在日朝鮮人生活権擁護全国大会」の参加者たち2,000人が、閉会後デモ行進を開始して首相官邸に向かい、スクラムを組んで警備員に投石、プラカードによる殴打を行ない門内に入り込もうとしたが、警察官と進駐軍憲兵が門外に排除したのち解散させた。
警視庁史編さん委員会『警視庁史 第4巻』(警視庁史編さん委員会 1978)p514~516
篠崎平治『在日朝鮮人運動』(令文社 1955)p264
警察庁刑事部捜査課『戦後に於ける集団犯罪の概況』(警察庁刑事部捜査課 1955)p52~53
『朝日新聞』(東京版)1946年12月21日付、28日付
「テキストDの4つの事件についての説明は妥当なんだね」
「引用元の秋津嶋案内所の説明が妥当いうことなんやろね。まぁ、その秋津嶋案内所が警察資料を元ネタにしとるわけやから妥当なんも当たり前かな。但し『朝鮮進駐軍』の行為やのぉて朝鮮人の集団不法行為としては、の話やけどね」
「そういうこと。しつこいようだけど、どの事件の記録にも『朝鮮進駐軍』なんてものは出てこないの。これらの朝鮮人の集団不法行為を使って『朝鮮進駐軍』が実在したと証明することはできないんだよ」第八軍司令官ロバート・アイケルバーガー中将は、正規の大部隊を治安確保のため朝鮮人に対して街中に簡易陣地を引くなどして配備した。GHQダグラス・マッカーサー最高司令官は「朝鮮人等は戦勝国民に非ず、第三国人なり」と発表するなど朝鮮人に対する取り締まりにおわれた。 昭和26年に浅草で朝鮮進駐軍と思われる朝鮮人が起こした集団暴力事件では、米兵一名が死亡、二名が負傷した。
「テキストB・Cを検証した時に、アイケルバーガーの軍隊配備やマッカーサーの発表なんて存在しないし、浅草米兵暴行事件も単なる朝鮮人の集団暴行事件で、『朝鮮進駐軍』がやったっていう証拠も根拠もなかったよね」
「というわけで、このテキストD本文にあげられている事件も『朝鮮進駐軍』の実在を担保することができないって結論になるの」
「まさかとは思うねんけど、主な事件一覧にあげられとる事件の中に『朝鮮進駐軍』の実在を担保するもんがあるっちゅう可能性、ないやんね?」
「秋津嶋案内所のキャッシュを読んだらわかると思うんだけど可能性は0だよ。それにあらためて言うけど、作者はこれらの事件に関係する警察資料や新聞を調べたけど『朝鮮進駐軍』なんてどこにも出てこなかったよ。今回はここまでにして、次回は総まとめしようかな」映画『残侠』―『朝鮮進駐軍』検証―
『朝鮮進駐軍』の初出について(1) 『朝鮮進駐軍』の初出について(2)
『朝鮮進駐軍』の初出について(3) 『朝鮮進駐軍』の初出について(4)
『朝鮮進駐軍』初出テキストの検証(1) 『朝鮮進駐軍』初出テキストの検証(2)
『朝鮮進駐軍』初出テキストの検証(3) 『朝鮮進駐軍』初出テキストの検証(4)
『朝鮮進駐軍』初出テキストの検証(5) 『朝鮮進駐軍』初出テキストの検証(6)
『朝鮮進駐軍』初出テキストの検証(7)
『朝鮮進駐軍』動画テキストの検証(1) 『朝鮮進駐軍』動画テキストの検証(2)
『朝鮮進駐軍』動画テキストの検証(3) 『朝鮮進駐軍』動画テキストの検証(4)
『朝鮮進駐軍』動画テキストの検証(5)
『朝鮮進駐軍』ウィキペディアテキストの検証(1)