中国軍が「習近平強軍思想」の学習を強化するため、ハイレベルの会議を開いたが、上将(大将に相当)の出席者は、演説した中央軍事委員会副主席1人だけだった。軍内の大粛清で上将クラスの高官が次々と失脚したり、消息不明になったりしているが、ついに重要会議の上将出席者が演説者以外に全くいないという異常事態となった。

 

■国防相も欠席

 

 習近平強軍思想学習に関する会議が5月27日、北京で開かれ、中央軍事委の張昇民副主席(制服組トップ)が演説した。会議の模様を報じた国営中央テレビの映像を見る限り、演説を聴く参加者は、階級章の星が二つの中将が多数いたが、三つ星の上将は皆無だった。共産党総書記・国家主席と中央軍事委主席を兼ねる習氏はこの会議に出なかったものの、会議の主題は習思想の学習。習氏が4月に開始を宣言した「思想整風」の一環であり、軍高官は全員参加すべき行事である。

 演説した張昇民氏は、習思想の「国防・軍隊建設における指導的地位」を強調した上で、習氏への権力集中を意味する「二つの確立」「二つの擁護」や中央軍事委主席責任制の貫徹というスローガンを叫んで、思想整風の展開により党に対する忠誠の「政治的魂」を鍛えるよう訴えた。

 なお、粛清の結果、もともと6人いた今期の中央軍事委の軍人メンバーで生き残ったのは、政治工作や汚職取り締まりを担当してきた張昇民氏1人だけ。習氏はなぜか、メンバーを全く補充しないので、巨大な中国軍の指導部が習氏と政治将校の2人だけという変則的な状態が続いている。

 中央軍事委は同日、国営通信社の新華社を通じて、「軍隊高級幹部教育・監督・管理強化に関する若干の措置」と題する文書伝達を公表した。具体的には、思想整風を展開し、政治整訓(政治的引き締めと教育)を深めて、教育・監督・管理の「鉄のおきて」を打ち立てるとしており、同じ日の会議に合わせて伝達を明らかにしたと思われる。同会議がいかに重要かが分かる。

 習氏が思想整風の号令を発した全軍高級幹部養成班の始業式(4月8日)は、張昇民氏が主宰。同氏以外に董軍国防相と中部戦区の韓勝延司令官が出席したので、上将は計3人だった。昨年12月、韓氏と同時に上将となった東部戦区の楊志斌司令官の姿は会場になかった。

 上将の数が前回の3人でも不自然に少なかったが、今回はさらに減って1人。中国軍は現在、中央軍事委機関や地方大部隊の上将ポストの大半を中将が代行しているようだ。

 

■軍の掌握力に不安

 

 董氏は国防相として、5月中旬にトランプ米大統領が訪中した時の米中首脳会談に同席したが、同月下旬になると、前述の習思想学習会議だけでなく、パキスタン首相と軍トップの訪中でも姿を見せず、シンガポールで開かれた「アジア安全保障会議」(通称シャングリラ会合)にも出なかったことから、異変説が広がった。

 ただ、パキスタン軍トップのムニール元帥は昨年7月に訪中した時も、習氏の盟友だった中央軍事委の張又侠副主席(今年1月、失脚)と会談したが、董氏には会わなかった。同元帥は国防相ではなく、軍人の筆頭格なので、中国側で同格の軍人と話したわけだ。今回も張昇民氏には個別に会っている。中国の閣僚は事務レベルの責任者でしかなく、特に董氏は慣例に反して上級閣僚の国務委員を兼ねず、中央軍事委にも入っていないので、同元帥のような重量級の軍人とは明らかに釣り合わない。

 また、シャングリラ会合について言えば、董氏が出たのは2024年まで。昨年の中国代表団団長は国防大学の副校長(少将)で、格下げになっていた。今年も国防大の少将が団長を務めたが、副校長などの役職がない教授なので、事実上はさらに格が落ちた。このような人選の変化から見て、中国軍が同会合を以前ほど重視しなくなったということかもしれない。

 従って、董氏がムニール元帥と会わず、シャングリラ会合に参加しなかったことは異変とは言えない。中国国防省は6月2日、董氏が南アフリカを訪問したと発表し、同氏の政治的健在が確認されたが、習思想学習会議を欠席した理由は分からない。

 董氏は、習氏の腹心だった苗華氏(昨年10月、党籍・軍籍剥奪発表)が海軍政治委員だった時期の部下。苗氏が中央軍事委政治工作部主任として軍高官の人事を牛耳っていた頃、国防相に起用されたことから、「苗氏に連座して解任される」とのうわさが何度も流れた。苗氏人脈の要人は既に大半が粛清されており、董氏が思想整風を乗り切れるかどうかは微妙なところだ。

 5月28日の軍機関紙・解放軍報の論評によれば、思想整風とは政治整訓の効果的なやり方であり、学習・反省・批判などによって、「思想の大掃除」を行うという。その根拠は当然、習思想だ。一連の粛清で穴だらけになった軍の組織を再建する必要があるが、そのための人事は習氏に対する忠誠心が基準になるということだろう。

 しかし、軍高官粛清が始まってから約3年もたって、軍指導部は既にほぼ全滅状態なのに、さらに粛清の延長戦を大々的にやらざるを得ない事態は、習氏の軍に対する掌握力に習氏自身が不安を抱いているとの印象を与えている。習氏が昨年11月以降、外国訪問をせず、地方にもほとんど行かず、できるだけ北京にとどまっている事実と合わせて考えると、中国の政局は世間で言われているほど安定していないように思える。(2026年6月3日)

 

 中国の習近平国家主席はトランプ米大統領を国賓として北京に招いて会談し、台湾問題への対処や貿易拡大などについて話し合った。「習氏が駆け引きで勝った」との見方が出ているが、実際には、中国側にも苦しい事情があり、超大国・米国に融和的な姿勢を取らざるを得ない状況だ。

 

■「交渉の切り札」

 

 習氏は5月14日、トランプ氏と会談し、台湾問題でくぎを刺した。中国外務省の発表によると、この問題を適切に処理しなければ、「衝突」が起き、米中関係が「危険な状態」に追い込まれると警告した。米側発表は台湾問題自体に触れておらず、トランプ氏がどう応じたかは不明だが、同氏は首脳会談の後、メディアに対して、次のように語った。

 一、(総額140億ドル=約2兆2000億円=の対台湾武器売却について)習氏と極めて詳細に話し合った。台湾問題を協議したが、何の約束もしなかった。

 一、(台湾への武器売却承認は)するかもしれないし、しないかもしれない。(この件は)交渉の切り札になる。

 一、米国が後ろ盾になるから独立しようと誰かが言うのは望まない。9500マイル(約1万5300キロ)も離れたところへ行って戦うなどということは望んでいない。彼らに冷静になってほしいし、中国にも冷静になってほしい。

 また、トランプ氏は訪中前、首脳会談で台湾に対する武器売却問題が議題になると公言していた。

 米国の台湾政策に関する指針である「六つの保証」は、台湾向け武器売却について中国と事前協議をしないとしており、トランプ氏の以上の言動は明らかにそれから逸脱している。中国が「核心的利益の核心」と位置付ける台湾問題で、米側が事実上、大幅に譲歩した形になった。

 民進党の頼清徳政権が性急に台湾独立を目指しているかのような言い方も、事実に反している。現実には、頼政権は「台湾海峡の現状維持」を基本方針としており、トランプ氏の発言は、同党を台湾独立派として敵視する習政権の認識に同調するものだ。

 トランプ氏の台湾問題に関する一連の発言は、台湾有事に対する米国の軍事介入も否定し、台湾独立を支持しないだけでなく、反対する姿勢を示しており、中国外交の大きな成果だと言ってよいだろう。中国側は、今回の米中首脳会談で「重要なコンセンサス」ができたと評価して、非常に満足している。

 王毅外相は15日、同会談に関する中国メディア向けブリーフィングで、台湾独立の動きは絶対に許容しないと強調した上で、「われわれは会談中、米側が中国側の立場を理解し、中国側の関心を重視して、国際社会と同じく、台湾が独立へ向かうことに賛同せず、受け入れもしないと感じた」と説明し、トランプ氏は会談で中国側に迎合するような言動をした可能性を示唆した。

 台湾でも、親中的な最大野党・国民党の幹部たちがトランプ氏の発言を聞いて、「台湾の執政者に対する米大統領の最も厳しい警告だ」「民進党に対して極めて大きな打撃になった」などと喜んでいる。

 

■メンツつぶされても厚遇

 

 ただ、中国側が全面的に優勢とも言い難い。そもそも、トランプ政権は昨年12月、総額111億ドルもの武器を台湾に売却すると発表した上、今年に入ってから、中国の友好国であるベネズエラとイランを攻撃。習氏の盟友だった両国の指導者を拘束したり、殺害したりした。トランプ氏は習氏のメンツをつぶし続けており、中国側は本来、トランプ氏の訪中を中止もしくは延期すべきところだったが、低姿勢で国賓として迎えて厚遇した。米側と同様、中国側にもトランプ氏訪中を実現させたい事情があったのだ。

 まず、米中貿易戦争の休戦を続けたい。中国政府は国内経済について「5%成長」と発表しているものの、不動産実勢価格の下落幅が公式統計よりはるかに大きいことなどから、実際の成長率は政府発表より大幅に低いと思われる。仮に半分程度の「2~3%」としても、日本の感覚では「まあまあ」なのかもしれないが、最近まで高度成長を続けていた中国では「大不況」という感じだろう。失業や就職難も深刻だ。米国との全面的な貿易戦争に耐えられる状況ではない。

 政治面でも、来年の第21回共産党大会で党総書記4選を目指すとみられる習氏としては、トランプ氏を相手に堂々と首脳外交を展開することで、自分の威信を少しでも高めたい状況にある。経済の落ち込みに加えて、行き当たりばったりの大粛清による軍の混乱で政局は不安定な状態が続く。習氏自身も不安を感じているのか、5月下旬の時点で半年も外遊や地方視察を控えている。こういう事態だからこそ、政権トップとしての存在を派手に誇示する必要が増しているのだろう。

 外交面の必要性も大きい。習政権はこのところ、首脳外交を活発化させているが、近隣の日本とは台湾問題、フィリピンとは南シナ海問題で険悪な関係が続く。しかも、日本は護衛艦売却(決定または検討)などでフィリピンだけでなく、オーストラリアやニュージーランドとも防衛協力を拡大しようとしている。習政権が力を入れる「日本軍国主義」非難キャンペーンは日本以外の東アジア・太平洋地域で全く効果を上げていない。

 大型武器を売買する関係は「準同盟」であり、日本の動きを座視していれば、いずれ事実上の北大西洋条約機構(NATO)アジア版につねがりかねない。中国としては悪夢であり、それを阻むには要の米国を自国の方に引き付けておかねばならない。

 

■暫定的「勝利」

 

 これらの事情から、習氏はやむを得ずトランプ氏を招いて、米国からの輸入拡大を受け入れた。中国側としては、最も重要な台湾問題で多少誠意を見せてもらうのは当然といったところだろう。

 しかし、トランプ氏は何事に関しても前言を翻すことがあるので、秋の習氏訪中と中間選挙の後もトランプ氏が台湾問題で今のような姿勢を続けるかどうかは全く分からない。この問題に関する中国側の「勝利」はあくまで暫定的なものである。

 習政権にもそのような認識があるようで、中国外務省報道官は5月18日の定例記者会見で、台湾問題に関するトランプ氏の前記の発言について問われたが、同省公式サイトの記録を見る限り、直接のコメントを避けている。

 また、現時点でもトランプ氏は台湾を完全に突き放しているわけではなく、20日には、武器売却問題に関して頼総統と話し合うかと問われ、「彼と話す」と断言した。本当に両首脳の電話会談が実現すれば、1979年の米台断交後初めて。「一つの中国」の原則を掲げ、台湾を自国の一部と見なす中国にとっては政治的に大打撃となり、習政権の対米政策は困難を増すことになる。(2026年5月24日)

 

8日 习近平在朝鲜媒体发表署名文章

习近平在朝鲜媒体发表署名文章-新华网

 

 

8日 习近平同金正恩举行会谈

习近平同金正恩举行会谈 — 中华人民共和国外交部

 

习近平出席金正恩举行的欢迎宴会 — 中华人民共和国外交部

 

 

9日 朝鲜劳动党总书记、朝鲜民主主义人民共和国国务委员长金正恩同志同中国共产党中央委员会
总书记、中华人民共和国主席习近平同志举行会谈

 

15日 全国党建工作座谈会在京召开 蔡奇出席并讲话 李希出席

全国党建工作座谈会在京召开 蔡奇出席并讲话 李希出席-新华网

 

1日★中国海警、台湾東側海域をパトロール─「日比に対する行動」◇「商業秘密保護規定」施行─「データ」も対象◇台湾・国民党主席訪米(~16日)

2日 中国国防省─董国防相、1日に南ア国防相と会談◇チェコメディア─光明日報プラハ特派員を起訴

3日 ソロモン首相─「中国との安保協定見直す」

5日★習主席訪朝(8~9日)発表◇★習主席、11日ぶり公の場に─ラオス主席と会談◇★中央党校校長の交代判明─陳希氏から蔡奇氏に(18日、国家行政学院長も交代)◇韓副主席、サンクトペテルブルクでロシア大統領と会談

6日★中央規律委─北京市政協主席を調査◇中国巡視船、台湾東部沖で外国船取り締まり

8日★習主席、7年ぶり訪朝(~9日)─7カ月ぶり外遊、国防相同行

10日 中央規律委─上海市の陳宇剣副市長を調査

11日★中国外務省─比国防相を制裁◇日華懇、「日台友好議連」に改称

12日 中国外務省─米国人をスパイ容疑で拘束/NYT─捕まったのはミャンマー出身の政治学者

14日 中蒙外相共同声明─「軍国主義を非難」

15日★全国党建工作座談会─「習近平党建思想」初提起~蔡奇、李希の両氏出席、中央組織部長が主宰

16日 中国ミャンマー首脳会談(北京)◇中国パキスタン外相電話会談◇高市首相─G7で「中国の鉱物輸出規制を深刻に懸念」

17日 中国ミャンマー共同声明─「軍国主義の捲土重来に反対」

18日 国務院─国家行政学院院長が交代

22日 中国外務次官、訪中した国貿促会長代行(自民党衆院議員、故橋本龍太郎元首相の息子)と会談◇王外相、インド補佐官と会談(ニューデリー)

23日 中韓首相、大連で会談

24日★木原官房長官─5月に大連で日本人2人が密輸容疑で拘束/日本メディアによると、いずれも富士電機社員◇習主席、山東省を視察─北京近郊を除けば、7カ月ぶり地方視察◇新華社─「習近平党建文選」出版◇香港警察、独立書店の2人逮捕

26日★全人代常務委公告─3上将の全人代代表職を罷免(前装備部長、前空軍政治委員、前西部戦区政治委員)◇前湖北省書記、全人代環境委副主任に◇★北京の高層ビルに小型機激突◇中国バングラ首脳会談(北京)/共同コミュニケ─「軍国主義の捲土重来に反対」◇台湾立法院長、米下院議長と会談(ワシントン)

 

 中国の習近平国家主席(共産党総書記)の後継者は誰か。10年以上続く長期政権でいまだに明確な指名がない中、有力候補として習氏側近中の側近が注目されている。来年後半に開かれる見通しの第21回党大会に向け、次期指導部人事を巡る臆測が飛び始めたようだ。

 

■実質的な「副総書記」

 

 英誌エコノミスト(電子版)は4月30日、習氏の最側近として知られる蔡奇氏を取り上げた記事で、蔡氏は党の最高指導部である政治局常務委員会で7人のうち序列5位だが、事実上はナンバー2だとした上で、もし現時点で習氏がいなくなったと仮定した場合、蔡氏こそが後継者の最有力候補になるとの見方を紹介した。

 同誌は、蔡氏が近く習氏に取って代わると報じたわけではないが、在外中国人ら多くの中国政治ウオッチャーがこれを援用して尾ひれを付け、大々的に「習下蔡上(習氏が下がって、蔡氏が上がる)」説を吹聴。今年後半に開かれるとみられる今期の党中央委第5回総会(5中総会)で蔡氏が総書記に就任するとの観測まで出ている。

 蔡氏は、習氏がかつて長く勤務した福建省人脈の筆頭格。60歳になるまで地方首脳や閣僚の経験は皆無だったにもかかわらず、習氏の腹心として猛スピードで出世し、習政権2期目で党政治局、3期目で政治局常務委に入った。

 現在の主な職務は党中央書記局筆頭書記と党中央弁公庁主任。前者は幹事長、後者は総書記の首席秘書官に当たる。総書記を直接支える二つの要職兼任は前例がない。習氏の信頼がいかに厚いかが分かる。実質的には「副総書記」の役割を果たしていると言ってよい。

 蔡氏は党務全般のほか、宣伝やインターネット管理も担当。さらに、中央書記局筆頭書記として初めて党中央国家安全委の副主席を兼ねた。同委員会の運営を担う弁公室主任(事務局長)も務めているとみられ、安全保障政策にも大きな影響力を持つ。中央国家安全委は、習氏が率いる党中央政策調整機関の一つで、軍事・治安・外交など関係各部門の責任者がメンバーになっているといわれる。

 なお、蔡氏は既に70歳だが、習政権では72歳で政治局員に再選された前例があるので、蔡氏が第21回党大会で現役を続けることについて、年齢面の問題はない。

 

 

■影薄い李強首相

 

 これに対し、序列2位の政治局常務委員である李強首相の権限は過去の首相よりかなり小さい。習氏が党総書記である自分個人に権力を集中させるため、1期目から2期目にかけて「党高政低」の方針を徹底して、政府機関を統括する首相の権限を大幅に縮小したからだ。

 それでも、李克強前首相(故人)は政治局常務委員として習氏と同期(2007年就任)という大物だったことから、政権ナンバー2として最後まで序列3位以下の同常務委員とは別格の扱いだった。李強氏は他の常務委員と同じ扱いで、完全に習氏の部下として活動している。

 しかも、現副首相の一人である何立峰氏は政策調整機関の党中央財経委と党中央金融委それぞれの弁公室主任を兼務。対米貿易交渉の代表も務め、財政・金融・貿易政策で八面六臂(ろっぴ)の活躍をしており、李強首相の影は薄い。

 何氏も蔡氏と同様、習氏の福建省人脈に連なる高官。習政権の同省関係者は団結力が強く、「福建閥」と呼ばれることが多い。一方、李強氏が属する習氏の浙江省人脈は習政権発足当時、習派内の最大勢力といわれたものの、近年はあまり勢いがない。そもそも、浙江省人脈の高官たちは福建省人脈と違って、派閥としてまとまりがあるようにも見えない。

 

■習氏の院政が前提

 

 以上のような事情から、蔡氏が政権の実力者として注目されるのは当然ながら、「ポスト習近平」の候補としては、はたしてどうか。

 李克強氏が10年間、習氏に圧迫されながらも、名実ともにナンバー2の座を保ったのは、共産主義青年団(共青団)出身のエリート官僚として、習氏とは関係のない独自の政治的基盤があったからだ。しかし、蔡氏にせよ、李強氏にせよ、その地位と権力は100%、習氏に依存している。いずれも習氏の側近であり、その意向に従って、役割を分担している。そのような人物が習氏抜きの政局で最高指導者の地位に就くのは難しいだろう。

 3期目の習政権は習派の天下だが、習派は習氏が昔勤務した福建省、浙江省、上海市のほか、習氏の父親の出身地である陝西省など西北地方、習氏の母校・清華大学、習氏が特に重視する国有企業とさまざまな人脈から成る。その利害関係は極めて複雑であり、ある勢力の中心人物が習氏の下で権勢を振るっていたから、自動的に後継者になるという展開は想像しにくい。

 蔡氏のようなタイプの人物がトップになるとすれば、習氏が政治力を維持したままで後を譲るしかないだろう。例えば、往年の江沢民氏のように、習氏が総書記・国家主席を退くが、中央軍事委主席は続投する、もしくは、習氏が全ポストから離れるが、党中央の何らの決定に基づいて、かつての鄧小平のような院政を敷くやり方である。

 いずれにせよ、習氏が一部または全部の主要ポストを辞めるのが前提になる。つまり、習氏が形式上、半引退か完全引退に踏み切るかどうかということだ。

 

■悲運多い「後継者」

 

 この点について、香港親中派の消息筋は「習氏はトップとして、できるだけ長く続投するだろう」と語った。同筋によれば、香港の経済発展より政治的締め付けを優先する習近平路線はいまだに全く変化がない。また、この路線を執行する習政権の香港政策責任者、夏宝竜氏は73歳の高齢なのに、まだ引退していない。習氏が世代交代に関心を持っていないことは明らかだ。

 習氏は昨年11月初めから半年、北京近郊を除いて、地方視察も外遊もしていない。今年4月末にようやく上海へ赴いたものの、座談会に出ただけで、視察はしなかった。大粛清による軍内の混乱で政局や安全に不安があるからと思われるが、だから即引退に追い込まれるという状況でもなかろう。

 台湾のニュースサイト・上報が5月5日掲載した政治評論家の杜政氏による論文も、第21回党大会で習氏は総書記・国家主席・中央軍事委主席をすべて続投すると予測。「習は終生、権力を維持したいと考えており、最高権力の地位をうかがう後継者がいる事態を望んでいない」と指摘した。

 杜氏は蔡氏について、政治局常務委員に留任して、国政諮問機関である人民政治協商会議(政協)主席に転じると予想している。

 そもそも、中国共産党政権で次の最高権力者とされた人たちのほとんどは、毛沢東時代の劉少奇をはじめ、ろくな目に遭っていない。実際にトップになって、平穏に引退したのは胡錦濤氏(総書記在任2002~12年)ぐらいである。江氏の総書記起用(1989年)は天安門事件直後のサプライス人事で、突然の抜てきだった。習氏は総書記内定の5年後、予定通り就任したが、最終的にどのような形で権力の座から離れるのかは、まだ分からない。

 「ポスト胡錦濤」間違いなしといわれた李克強氏も、習政権1期目まで「ポスト習近平」の有力候補と目されていた胡春華氏(前副首相)も、総書記にはなれなかった。前者は首相になったが、後者は政治局常務委員に昇進することすらできず、左遷された。

 また、習氏の浙江省人脈に属する陳敏爾氏(天津市党委書記)は、習氏の後継者説が一時流れたが、これがあだとなったのか、2022年の第20回党大会で政治局常務委入りを逃した。

 今回の蔡奇総書記説も、本人にとっては政治的に百害あって一利なしで、迷惑千万な話なのかもしれない。(2026年5月10日)

 

2日 ミャンマーメディア─王外相、スーチー氏と面会◇台湾総統、エスワティニ訪問

6日 中国イラン外相会談(北京)

7日★軍事法院、李尚福前国防相と魏鳳和元国防相に猶予付き死刑判決◇重慶日報─副市長兼公安局長の張安疆氏が急病で死亡(自殺?)◇パラグアイ大統領訪台

11日★米大統領─「習主席と台湾への武器売却問題を話し合う」

12日 中パ外相電話会談

13日★米大統領訪中(~15日)─9年ぶり/共同記者会見なし、中国首相との会談なし◇米中閣僚級貿易協議(韓国)

14日★中国外務省─習主席、米大統領に台湾問題で「衝突」「危険な状況」警告◇★米大統領─習主席夫妻を9月24日にホワイトハウスへ招待◇黄川田男女共同参画担当相、APEC会合で訪中

15日★米大統領─台湾への武器売却「習主席と極めて詳細に話し合った」「近く決断する」(記者団に)◇★米大統領─台湾への武器売却承認「するかもしれないし、しないかもしれない」「交渉の切り札になる」「米の後ろ盾があるので、独立しようと誰かが言うのは望まない」(FOXインタビュー)◇王外相─台湾問題で「米側は中国の立場を理解」◇ロイター通信─英外相が6月2日訪中

16日 中国商務省─米と関税引き下げで一致

17日★米ホワイトハウス、米中首脳会談の合意内容公表─中国、26年から3年間、少なくとも年170億ドルの米農産物を輸入/「台湾」なし◇台湾総統─「武器売却は米国の約束」

18日 日本メディア─ニデック、中国合弁解消へ

19日★ロシア大統領訪中(~20日)─共同声明、日本の「新型軍国主義」「再軍事化」に警鐘/「シベリアの力2」合意発表なし◇上海で切り付け事件、邦人2人負傷

20日★米大統領、対台湾武器売却について頼総統と協議すると言明◇★聯合─習主席が近く訪朝◇台湾総統、就任2年で記者会見─「台湾海峡の現状維持」◇独検察─中国のためのスパイ容疑で夫婦拘束

21日★米海軍長官代行─対台湾武器売却はイラン作戦の影響で一時停止◇SCMP─米国防次官、数週間以内の訪中計画

22日 赤沢経産相、APEC会合で中国商務相と立ち話

23日 パキスタン首相訪中(~26日)

24日★FT─習主席、米中首脳会談で声荒げて高市首相非難

25日 中国外務省報道官─FT報道「中国が把握している状況と合わない」◇中国人権活動家、ゴムボートで韓国へ脱出

26日 中央軍事委の張昇民副主席、パキスタン軍司令官(陸軍参謀長)と会談(北京)◇王外相、安保理ハイレベル会議を主宰

27日 全人代委員長訪ロ(~30日)

28日 王外相がカナダ訪問(~30日)

29日 中央規律委─浙江省の前国有資産委主任を調査◇シャングリラ会合─中国からは国防大教授が参加◇米メディア─中国がNYタイムズ北京特派員を追放、米側も報復

30日★湖北省党書記の交代発表◇米国防長官、シャングリラ会合演説で「台湾」触れず

 

 中国の習近平国家主席(共産党総書記)は「思想整風」と称して、軍内の思想統制強化を開始した。反腐敗闘争による大粛清で混乱に陥った軍の指導体制を立て直し、自身の中央軍事委員会主席としての威信を回復する狙いがあるとみられる。

 

■「整風」で引き締め

 

 全軍高級幹部養成班の始業式が4月8日、北京の国防大学で行われ、習氏が軍のトップとして演説した。公式報道によると、習氏は演説で「思想整風を展開し、政治整訓(政治的引き締めと教育)を深める」と強調し、党への忠誠を求めた。

 「整風」は仕事などのやり方や態度を正すことで、中国共産党では昔から非主流派排除の政治運動として行われてきた。毛沢東による日中戦争中の「延安整風」がよく知られている。

 習氏は「新時代の中国の特色ある社会主義思想を指針として、新時代強軍思想を深く貫徹する」ことも指示。前者は「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」、後者は「習近平強軍思想」を指す(本人が言う場合は名前を省く)ので、要するに、軍人は習氏に対する忠誠を徹底せよということだ。

 軍のこの種の学習活動はこれまで、党大会など重要会議の精神を学ぶ全軍高級幹部研修班として行われ、始業式は中央軍事委の政治工作部主任が主宰して、中央軍事委副主席が演説していた。

 今回は、習氏が自ら演説し、行事の格が上がった。軍機関紙の解放軍報(10日)は「習主席が自ら政治動員を行った」と紹介して、習氏主導の活動であることをアピールした。何か重要会議があったわけではないが、習氏が整風のために招集したということだ。政治工作部主任は既に粛清されて、後任がまだ任命されていないことから、始業式は中央軍事委の張昇民副主席が主宰した。

 

■上将の出席者わずか3人

 

 習氏が出席する大規模な会合は通常、その左右に数人の指導者が並ぶが、今回は陪席者が張氏1人だけという珍しい光景が見られた。今期6人いた中央軍事委の軍人メンバーのうち5人が失脚し、補充が全くないからだ。

 国営中央テレビのニュース映像によれば、養成班始業式に出席した数百人の軍人のうち、最高位の上将(大将に相当)は何とわずか3人だった。張氏以外は董軍国防相と中部戦区の韓勝延司令官だけ。約3年前に始まった軍内の粛清がいかにすさまじいかが分かる。董氏は慣例に反して、国防相就任後も中央軍事委に入れず、上級閣僚の国務委員も兼ねていないので、習氏の横に座ることはできない。

 昨年12月、韓氏と同時に昇進した東部戦区の楊志斌司令官の姿はなかった。欠席したのか、それとも、地方からオンラインで参加したのかは分からない。楊氏は養成班始業式当日の4月8日、中央党校機関紙・学習時報に論文を発表しているので、この紙面が印刷される時点まで政治的に健在だったのは間違いない。

 戦区は五つあり、それぞれに上将級の司令官と政治委員がいるので、戦区首脳は計10人。始業式に出た韓氏以外の首脳の動静は不明である。

 

■軍幹部の「私心・雑念」批判

 

 習氏は演説で「軍隊各レベルの幹部は、大衆から遊離した私心・雑念をすべて克服し、高級幹部は率先して、わが党・わが軍の優れた伝統を回復し、大いに発揚しなければならない」とも述べた。軍内に「大衆から遊離した私心・雑念」があり、「わが党・わが軍の優れた伝統」がきちんと保たれていない、と習氏は認識しているということだろう。

 その後も、解放軍報の一連の論評が次のように指摘している。

 一、(指導幹部にとっては)忠誠が一貫して最重要である。党への忠誠という根本問題で、軍隊各レベルの幹部、特に高級幹部は必ず、頭を特にはっきりさせ、態度を特に鮮明にし、行動を特に断固たるものにしなくてはならない

 一、敵対勢力はあの手この手で中国の西洋化や分裂を図る戦略を実行しており、党の軍隊に対する絶対的指導に影響し、人民軍隊の政治的本質を侵食する多くの要因が現実に存在する。

 一、思想指導の掌握はすべての指導掌握の基礎だ。しかし、一部の同志は現在、党が銃(軍隊を指す)を指揮することの極端な重要性を切実に感じておらず、複雑なイデオロギー闘争の中、方向があいまいになる者や立場が不安定になる者、さらには堕落・変質する者もいる。われわれは、習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想を指針として堅持し、習近平強軍思想を深く貫徹して、政治面の揺るぎなさを保証しなければならない。

 以上の文章は、習氏の意向を反映していると思われる。習氏が3月7日、全国人民代表大会(全人代=国会)の軍代表団全体会議で「軍内に党への二心がある者は絶対いてはならない」と警告したことと合わせて考えると、習氏と軍人たちの間の溝がいかに深いかが想像できる。軍の立て直しは容易なことではなさそうだ。(2026年4月26日)

 

 中国共産党指導部メンバーの政治局員がまた粛清された。習近平政権3期目の政治局では軍人2人が既に失脚していたが、今回は文官で、国家主席(党総書記)の習氏が軍需産業の国有大企業から抜てきした高官の一人。兵器調達に絡む軍の汚職に関連して「反腐敗闘争」の標的になったとみられる。習派の将軍が多数連座した軍の大粛清が習派の党指導者にも及んだ形だ。

■4代続けて左遷
 

 党幹部の汚職を取り締まる中央規律検査委員会は4月3日、馬興瑞政治局員を重大な規律・法律違反の疑いで調べていると発表した。馬氏は昨年7月、新疆ウイグル自治区党委書記(自治区トップ)解任が発表され、11月以降は公式行事に全く出席しなくなったことから、粛清説が流れていたが、今回の発表で失脚が確定した。
 馬氏の粛清説が出た経緯は、本欄「習政権要人、重要行事欠席相次ぐ」(昨年12月15日配信)で取り上げた。
 中国高官の不正摘発は権力闘争の一環なので、中央規律検査委の調査対象になったことが公表された高官が処分を免れることはなく、調査発表の時点で政治生命は絶たれる。
 馬氏の調査発表で、新疆トップ更迭後のポストが党中央農村工作指導小組の副組長という閑職だったことが判明した。
 新疆は難しい少数民族問題を抱えていることもあり、馬氏以前の自治区党委書記も3代続けて左遷されていた。前任者の異動先は馬氏と同じポスト。ただ、3人とも規律・法律違反で失脚することはなかった。
 多くの高官の汚職が摘発された山西省の党委書記が監督責任を問われる形で中央農村工作指導小組副組長に左遷されたケースでも、失脚は免れた。
 一方、1990年代以降、反腐敗で打倒された地方トップの政治局員(北京、上海、重慶各市の党委書記)はいずれも現職のまま失脚している。
 これらの前例から、馬氏は当初、閑職をしばらく務めてから静かに引退するコースだった可能性がある。

■公式発表文で格下扱い


 ところが、馬氏は新疆自治区書記の左遷4人目で初めて失脚に追い込まれた。前の3人と違って、馬氏は政権主流派の有力者だったのに、処遇は最悪になった。
 さらに、馬氏に対する調査開始を伝えた公式発表文には、慣例に反して、「党中央の決定」という文言がなく、文章の形式が政治局員より格下の高官(閣僚など)のケースと同じだった。社会主義体制の中国では、何事においても、企業で言えば取締役に当たる政治局員かどうかで扱いをはっきり分けるので、非常に珍しい発表文だ。この段階でなぜ、不自然な形で格下扱いしたのかは判然としない。
 新疆自治区党委や新疆生産建設兵団は4月4日、馬氏の調査に関する党中央の決定を断固として擁護すると表明した。慣例に沿った態度表明ではあるが、1月に中央軍事委の張又侠副主席(当時の制服組トップ、政治局員)に対する中央規律検査委の調査が発表された後、軍から党中央の決定に対する擁護声明は全く出なかったので、ちぐはぐな印象を与えた。
 習氏の側近軍人グループと対立して粛清された張氏の調査決定は擁護の声が上がらなかったのに、習氏が重用した馬氏の調査決定には直ちに擁護が表明されたのは不思議なことである。
 なお、改革・開放を本格的に進める体制が確立した第14期政治局(1992~97年)以降、同期で複数の政治局員が失脚したのは今期(第20期=2022~27年)が初めて。3人という今期の失脚者数は習政権以前の20年間の数と同じで、最近の政局がいかに不安定になっているかが分かる。

■次期指導部人事に影響も


 今回の軍粛清では、張氏がかつて部長を務めた中央軍事委の装備発展部やロケット軍が取り締まりの重点対象となった。前者は武器調達を担い、後者はミサイルを運用する部隊なので、ミサイル調達絡みの汚職が特に問題視されていると思われる。
 したがって、ミサイルやロケットを製造する国有大企業、中国航天(宇宙)科技の経営者だった馬氏が連座するのは当然のように見える。同社を含め多くの兵器メーカー関係者が既に取り調べられている。
 ただ、馬氏が新疆自治区書記を解任されたのは、軍粛清の矛先が張氏周辺から習氏側近グループに移った後。党指導部でも異変が相次いだ時期だった。
 昨年3月の全国人民代表大会(全人代=国会)閉幕後、軍内で習氏側近の筆頭格だった中央軍事委の何衛東副主席(当時、政治局員)が公の場に姿を見せなくなり、事実上失脚した。翌4月には、党中央で人事を担当する組織部長が習派から外様の幹部に交代したことが公表された。さらに、政治局は6月、党中央の各種調整機関を使った習氏の独断専行に歯止めをかける新規定を審議した。馬の同書記解任発表はその直後だった。何氏ら習氏側近軍人グループの上将(大将に相当)9人は10月、党籍・軍籍剥奪が発表された。
 つまり、馬氏は、習派の勢力減退もしくは分裂を示す現象が続く中で、地方トップから追い落とされたのだ。即失脚としなかったのは習氏の意向であろう。
 軍内の権力闘争で勝者になったかのように見えた張氏も今年1月に失脚。習氏は党・軍の最高指導者としての権力を誇示した。しかし、何氏らのケースと同様に、自分が抜てきした馬氏を「軟着陸」させることはできなかった。
 政権を握った頃、無派閥で権力基盤が弱かった習氏は、江沢民元国家主席や胡錦濤前国家主席に近い要人を次々と粛清したり左遷したりするとともに、かつて自分が勤務した福建、浙江両省などの地方人脈や母校・清華大学の関係者を要職に引き上げた。さらに、国有企業重視の方針に沿って、党・政府の支配下にある兵器メーカーなどにも人材を求めた。
 馬氏はその典型で、来年後半とみられる第21回党大会で最高幹部の政治局常務委員に昇進する可能性もあったが、習氏は自ら引き起こした軍の大混乱の結果、またも「泣いて馬謖(ばしょく)を斬る」形となった。現政治局では、重慶市党委の袁家軍書記と張国清副首相も元兵器メーカー経営者。しかも、袁氏は馬氏と同じ航天科技出身だ。政治局員がさらに失脚する事態になれば、次期指導部人事の見通しは一層不透明になるだろう。(2026年4月12日)
 

 中国の習近平国家主席(共産党総書記)は3月下旬まで4カ月以上、地方視察も外国訪問もしなかった。中国の最高指導者の行動としては極めて異例。健康に大きな問題があるようには見えないので、政局もしくは自身の安全について何らかの懸念があることから、できるだけ北京にとどまっている可能性がある。
 
■久しぶりの視察は首都近郊
 
 習氏は毎年12月から翌年2月の冬の時期も地方か外国を訪れてきたが、昨年11月上旬に広東省を視察した後は、ほとんど北京から離れなかった。春節(旧正月)前に恒例となっている民情視察は北京市内、部隊視察はオンラインで行った。英仏独やカナダ、韓国などとの首脳外交も、すべて外国首脳を北京に招いた活動だった。12月上旬に1日だけ四川省へ赴いたものの、マクロン仏大統領に同行して観光名所を訪れただけで、視察ではなかった。
 2023年の春節前の視察もオンラインだったが、これは、ゼロコロナ政策の撤廃で新型コロナウイルスの感染が広がっていたからだ。その前の22年12月にはサウジアラビアを訪問している。
 習氏は今年3月23日、河北省の雄安新区を視察した。ただ、同新区は北京から約100キロしか離れていない。日本で言えば、東京から宇都宮か水戸に行くようなもので、地方視察と言っても、日帰りで首都郊外の様子を見に行っただけだ。
 しかも、国営中央テレビのニュース映像を見る限り、前回(23年5月)の習氏の同新区視察と違って、今回は屋外での活動がほとんどなかった。前回は、高速鉄道に乗って現地入りして、住宅地で大勢の市民の前で話をしたり、各種施設の建設現場を視察したりした。だが、今回は、学校の校舎の前で生徒や教職員に対して発言したのが唯一の屋外活動だった。

■不安要素は軍の動揺か


 新型コロナのような感染症が広がっているわけでも、党中央や中央政府に緊急事態が生じているわけでもないのに、なぜ遠出を避けるのか。不安要素として考えられるのは軍高官の大量失脚による軍内の動揺だろう。
 軍の大粛清は23年夏に始まったが、昨年10月以降、習氏が率いる中央軍事委員会の副主席2人をはじめ多くの軍高官の失脚が正式発表された。いずれも習氏の側近や盟友のグループに属する軍人だった。習氏が「反腐敗」を口実に自ら断罪し、党の軍に対する優位を誇示した形だが、補充人事がなかなか進まず、軍の要職の大半は空席のままだ。
 軍のこのような異常事態が続く中、習氏は今年3月7日、全国人民代表大会(全人代=国会)の軍代表団全体会議で「軍内に党への二心がある者は絶対いてはならない」と演説。軍人たちに対し、「政治」を重視して「党の軍隊に対する絶対的指導を揺るぎなく堅持、強化する」よう要求した。軍内に「二心がある者」、つまり、裏切り者がいる可能性を前提として、軍人たちに直接警告する異例の公式発言だった。

■異例の忠誠要求キャンペーン


 この演説を受けて、軍機関紙の解放軍報は「政治建軍(政治面の軍隊組織建設)」キャンペーンを開始し、大量の論文を発表。次のような見解を示した。
 一、政治建軍は人民軍隊建設の基礎だ。政治整訓(政治的引き締めと教育)を深めて、政治建軍の成果を挙げていかねばならない。
 一、強軍はまず政治的に強くなければならない。政治的な強さは最も根本的な強さなのだ。わが軍は党の政治的任務を執行する武装集団であり、軍隊建設をしっかり進めるには、必ず政治的に見て、政治的に把握し、政治的に建設していかねばならない。
 一、(習氏が総書記に就任した12年の)第18回党大会以後、われわれはわが軍の幾つかの根本的なものを回復して発展させ、多くの宿痾(しゅくあ)・積弊を打破し、党の軍隊に対する絶対的指導を弱める状況は解決され、一部の党組織が軟弱で力不足だった問題は改められ、わが軍における党の指導と党の建設は全面的で深刻な変化が生じ、強軍事業が歴史的成果を挙げ、歴史的変革を起こすために強固な政治的保証を提供した。これらの成績は、習主席がかじ取りしたものであり、習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想が導いたものである。
 一、習近平同志を核心とする党中央は、これまでにない決意と強さで政治整訓を進めることにより、党の軍隊に対する絶対的指導に影響し、党による執政の基礎を損なう重大な政治面の潜在的危険を取り除いた。第15次5カ年計画においても、必ず政治整訓を深め、人民軍隊の絶対的忠誠、絶対的純潔、絶対的信頼を確保していかねばならない。
 一、(全人代の軍代表団全体会議に参加した)皆は一致して、党に対する絶対的忠誠は必ず唯一、徹底的、無条件で、中に何の異物もなく、何の水増しもないものでなくてはならないと考えた。
 一、「口先だけの忠誠」「偽の忠誠」「言うこととすることが違う」。この種の政治的に表裏のある人は、党の事業に対する危害が極めて大きい。
 一、各レベルの指導幹部は率先して、習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想と習近平強軍思想の確固たる信仰者、積極的な伝播者、忠実な実践者にならねばならない。
 中国共産党政権では昔から「政権は銃口から生まれる」といわれるほど軍事が重視されており、中国軍は「党の軍隊」なので、政治指導者が軍のコントロールを重んじるのは当然ながら、軍人に対する忠誠要求キャンペーンがこれほど集中的に展開されるは珍しい。しかも、上記の引用から分かるように、忠誠の対象は事実上、党と言うよりも習氏個人だ。異例のキャンペーンは、自分に対する軍人たちの忠誠が足りないと習氏が感じていることを示している。

■個人独裁志向の弊害
 

 今の中国には、習氏の地位を直接脅かす人物や勢力はなく、社会主義流の政治統制でがんじがらめになっている「党の軍隊」が党の最高指導者に正面から歯向かって危害を加える可能性はそもそも全くない。
 習氏の不満は「腐敗」が主な理由とされているものの、権力チェックの仕組みを欠く独裁体制で汚職がまん延するのは当たり前なので、軍人の不正だけを組織ががたがたになるほど徹底的に取り締まるのは不可解である。
 解放軍報の一連の論文で一つ気になるのは、軍人の「革命化」と「専業化」に関する記述だ。前者は政治的忠誠心を強めること、後者は軍事専門家としての実務能力を高めることを指すようだ。
 この二つは併記されることが多いが、必ず革命化が先に置かれる。また、同紙の一部の論文は「政治面で不合格なら、すべてが不合格になる」「人材が専業化すればするほど、革命化が必要になる。武器・装備が現代化すればするほど、革命化人材がそれを掌握する必要がある」と指摘。また、「技術を重んじて政治を軽んじる、業務を重んじて思想を軽んじる、能力を重んじて品格を軽んじる傾向」を警戒するよう呼び掛けており、革命化を優先しているのは明らかだ。
 つまり、習氏に対する忠誠が何よりも大事ということである。年がら年中、習氏をあがめる政治活動に多大な労力を費やしながら、部隊の戦闘力向上を図るのは大変なことだろう。習氏の個人独裁志向の弊害である。
 革命を指導した毛沢東や鄧小平と違って、ポスト革命世代の江沢民元国家主席は現役時代に革命世代の軍人たちの影響から脱することができなかった。後任の胡錦濤前国家主席は、江氏が抜てきした軍人たちに軍内の運営を事実上任せて、中央軍事委主席としてのリーダーシップをあまり発揮できなかった。ただ、党と軍の関係は安定を保った。
 江・胡時代は、共産党が政治を全面的に支配する政権としては正常とは言えない状況であり、習氏がそれを是正して、党の指導を強め、中央軍事委主席責任制を徹底しようとすること自体は正しい。ただ、ひたすら忠誠を求めて、箸の上げ下ろしまで口出しするようなやり方で、巨大な伏魔殿である中国軍をうまくコントロールするのは難しいのではないか。
 中国軍の現状はプロ野球に例えると、野球をやったこともない球団経営者が監督やコーチをすべて首にして、自らチームを指揮しているようなものだ。そのようなチーム運営が球団全体の経営に悪影響を与えるのは言うまでもない。習氏は政権全体の利益のため、何らかの政治的手打ちにより、できるだけ早く事態の正常化を図るべきだろう。(2026年3月30日)