中国軍が「習近平強軍思想」の学習を強化するため、ハイレベルの会議を開いたが、上将(大将に相当)の出席者は、演説した中央軍事委員会副主席1人だけだった。軍内の大粛清で上将クラスの高官が次々と失脚したり、消息不明になったりしているが、ついに重要会議の上将出席者が演説者以外に全くいないという異常事態となった。
■国防相も欠席
習近平強軍思想学習に関する会議が5月27日、北京で開かれ、中央軍事委の張昇民副主席(制服組トップ)が演説した。会議の模様を報じた国営中央テレビの映像を見る限り、演説を聴く参加者は、階級章の星が二つの中将が多数いたが、三つ星の上将は皆無だった。共産党総書記・国家主席と中央軍事委主席を兼ねる習氏はこの会議に出なかったものの、会議の主題は習思想の学習。習氏が4月に開始を宣言した「思想整風」の一環であり、軍高官は全員参加すべき行事である。
演説した張昇民氏は、習思想の「国防・軍隊建設における指導的地位」を強調した上で、習氏への権力集中を意味する「二つの確立」「二つの擁護」や中央軍事委主席責任制の貫徹というスローガンを叫んで、思想整風の展開により党に対する忠誠の「政治的魂」を鍛えるよう訴えた。
なお、粛清の結果、もともと6人いた今期の中央軍事委の軍人メンバーで生き残ったのは、政治工作や汚職取り締まりを担当してきた張昇民氏1人だけ。習氏はなぜか、メンバーを全く補充しないので、巨大な中国軍の指導部が習氏と政治将校の2人だけという変則的な状態が続いている。
中央軍事委は同日、国営通信社の新華社を通じて、「軍隊高級幹部教育・監督・管理強化に関する若干の措置」と題する文書伝達を公表した。具体的には、思想整風を展開し、政治整訓(政治的引き締めと教育)を深めて、教育・監督・管理の「鉄のおきて」を打ち立てるとしており、同じ日の会議に合わせて伝達を明らかにしたと思われる。同会議がいかに重要かが分かる。
習氏が思想整風の号令を発した全軍高級幹部養成班の始業式(4月8日)は、張昇民氏が主宰。同氏以外に董軍国防相と中部戦区の韓勝延司令官が出席したので、上将は計3人だった。昨年12月、韓氏と同時に上将となった東部戦区の楊志斌司令官の姿は会場になかった。
上将の数が前回の3人でも不自然に少なかったが、今回はさらに減って1人。中国軍は現在、中央軍事委機関や地方大部隊の上将ポストの大半を中将が代行しているようだ。
■軍の掌握力に不安
董氏は国防相として、5月中旬にトランプ米大統領が訪中した時の米中首脳会談に同席したが、同月下旬になると、前述の習思想学習会議だけでなく、パキスタン首相と軍トップの訪中でも姿を見せず、シンガポールで開かれた「アジア安全保障会議」(通称シャングリラ会合)にも出なかったことから、異変説が広がった。
ただ、パキスタン軍トップのムニール元帥は昨年7月に訪中した時も、習氏の盟友だった中央軍事委の張又侠副主席(今年1月、失脚)と会談したが、董氏には会わなかった。同元帥は国防相ではなく、軍人の筆頭格なので、中国側で同格の軍人と話したわけだ。今回も張昇民氏には個別に会っている。中国の閣僚は事務レベルの責任者でしかなく、特に董氏は慣例に反して上級閣僚の国務委員を兼ねず、中央軍事委にも入っていないので、同元帥のような重量級の軍人とは明らかに釣り合わない。
また、シャングリラ会合について言えば、董氏が出たのは2024年まで。昨年の中国代表団団長は国防大学の副校長(少将)で、格下げになっていた。今年も国防大の少将が団長を務めたが、副校長などの役職がない教授なので、事実上はさらに格が落ちた。このような人選の変化から見て、中国軍が同会合を以前ほど重視しなくなったということかもしれない。
従って、董氏がムニール元帥と会わず、シャングリラ会合に参加しなかったことは異変とは言えない。中国国防省は6月2日、董氏が南アフリカを訪問したと発表し、同氏の政治的健在が確認されたが、習思想学習会議を欠席した理由は分からない。
董氏は、習氏の腹心だった苗華氏(昨年10月、党籍・軍籍剥奪発表)が海軍政治委員だった時期の部下。苗氏が中央軍事委政治工作部主任として軍高官の人事を牛耳っていた頃、国防相に起用されたことから、「苗氏に連座して解任される」とのうわさが何度も流れた。苗氏人脈の要人は既に大半が粛清されており、董氏が思想整風を乗り切れるかどうかは微妙なところだ。
5月28日の軍機関紙・解放軍報の論評によれば、思想整風とは政治整訓の効果的なやり方であり、学習・反省・批判などによって、「思想の大掃除」を行うという。その根拠は当然、習思想だ。一連の粛清で穴だらけになった軍の組織を再建する必要があるが、そのための人事は習氏に対する忠誠心が基準になるということだろう。
しかし、軍高官粛清が始まってから約3年もたって、軍指導部は既にほぼ全滅状態なのに、さらに粛清の延長戦を大々的にやらざるを得ない事態は、習氏の軍に対する掌握力に習氏自身が不安を抱いているとの印象を与えている。習氏が昨年11月以降、外国訪問をせず、地方にもほとんど行かず、できるだけ北京にとどまっている事実と合わせて考えると、中国の政局は世間で言われているほど安定していないように思える。(2026年6月3日)