高市早苗首相の台湾有事発言に反発する中国は、日本に対する非難と報復をエスカレートさせている。高市首相に「毒の苗」などと罵詈(ばり)雑言を浴びせるだけでなく、日本に対する軍事行動の可能性も示唆して威嚇するなど全面対決の姿勢だ。
■「敵国条項」持ち出す
在日中国大使館は11月21日、SNSを通じて、第2次世界大戦の敗戦国として国連憲章の敵国条項の対象になっている日本が再び侵略政策に向けた動きをした場合、中国など国連創設国は安全保障理事会の承認なしに直接軍事行動を取る権利を持つと警告した。中国はこれまで、台湾、歴史問題を巡って何度も日本と対立してきたが、対日攻撃をちらつかせるのは極めて異例だ。
この主張によれば、対日軍事行動の条件は日本による「侵略」ではなく、「侵略政策に向けた動き」なので、台湾有事に日本が直接介入しなくても、中国に都合の悪い何らかの動きをすれば、中国は独自の判断で日本を攻撃できることになる。
台湾有事は「存立危機事態」に該当し得るとした高市首相の国会答弁(7日)に対し、中国外務省報道官は13日、「悪辣(あくらつ)な言論」の撤回を要求するとともに「もし日本が大胆にも台湾海峡情勢に武力介入すれば、それは侵略行為となり、中国は必ず正面から痛撃を与える。われわれは断固として、国連憲章と国際法が与えた自衛権を行使する」と強調した。国営中央テレビ系のSNSアカウント・玉淵譚天は、この「痛撃」には軍事的意味があると解説した。
国防省報道官も翌14日、日本が台湾海峡情勢に武力介入した場合、「中国人民解放軍の鉄壁の守りにより頭を割られて血を流し、悲惨な代償を払うことになる」と強調した。
15日には、復旦大学(上海)の教授が中国共産党系の香港紙・文匯報への寄稿で、国連憲章に敵国条項があることを指摘。国連総会が1995年、同条項は時代遅れになったとする決議を採択したものの、いまだに廃止されていないのは、同条項はやはり必要とのコンセンサスが国際社会にあるからだと主張した。在日中国大使館の21日の投稿は文面がよく似ており、この論説を参考にしたと思われる。
しかし、敵国条項が死文化していることは国際社会の常識であり、同大使館の投稿に対しては批判が殺到している。在外中国人からも「国連創設国は中華民国(当時の国民党政権)であり、中国共産党に何の関係があるのか」と皮肉る声が出ている。日本外務省は23日、SNSを通じて反論し、この条項は死文化したとの認識を示した国連総会決議には「中国自身も賛成票を投じた」と指摘した。
日中戦争では主に国民党が日本軍と戦ったが、共産党は自らが抗戦を主導したと宣伝。さらに、中華民国は1949年、中華人民共和国(共産党政権)の成立で消滅したと主張している。実際には国民党政権は台湾へ逃れ、引き続き中華民国と称した。
中国側の脅しは口先だけではなく、中国海軍は22日、東シナ海や台湾海峡を管轄する東部戦区海軍が実弾射撃訓練を行ったと発表した。中国軍は引き続き、日本と台湾を威圧する演習を繰り返し実施していく可能性が高い。
■日本人「スパイ」取り締まり強化か
中国は軍事だけでなく、スパイ取り締まりの面でも日本を威嚇している。
スパイ防止を担当する国家安全省は19日、SNSを通じて発表した評論員論文で、日本には「軍国主義復活の危険な兆し」や「中国統一プロセスへの武力介入をたくらむ野心」があると非難。国家安全機関は近年、中国に浸透して機密を盗み出そうとする日本の情報機関による一連のスパイ事件を摘発し、容疑者を捕まえたとして、取り締まりの成果を誇示した。
日中関係が険悪になる中でこのような論文を発表したのは、中国国内で日本人の「スパイ」取り締まりを強化することを示唆して、対日圧力を強化する狙いがあるとみられる。
国家安全省のSNSアカウントは同日、日中戦争中の中国共産党員と日本人協力者の「国境を越えた友誼(ゆうぎ)」を紹介する短時間の番組も配信した。この協力者は戦後、日本共産党の参院議員となった中西功氏(故人)で、1941年に日本軍が北進(ソ連侵攻)ではなく、南進を決めたとする情報を中国共産党に提供し、同党がこれをソ連に伝えたという。
番組は中西氏を「日本反戦志士」と称賛。日本政府が中国と対立しても、日本には中国側に協力する人々がいるとアピールしたいようだ。
高市首相の台湾有事発言を巡る問題は国連にまで持ち込まれた。第2次大戦の戦勝国が創設した国連(中国語では「連合国」)の存在を中国は非常に重視しているからだ。
傅聡国連大使は18日、安保理改革に関する会合で、高市首相の台湾有事発言は「戦後の国際秩序を破壊する」とした上で「このような国に安保理常任理事国入りを求める資格は全くない」と主張した。
日本を安保理常任理事国とするかどうかの問題はかつて、中国で大規模な反日デモを引き起こし、中国当局も収拾に苦労したことがある。深刻な不況で社会不安が高まっている状況下で大きなデモが起こることは習近平政権も望んでいないはずだが、そのリスク回避よりも日本たたきを優先したということだろう。
傅大使はさらに21日、高市首相の台湾有事発言に対する中国政府の立場を説明する書簡をグテレス国連事務総長宛てに書簡を送り、この発言について(1)1945年の日本敗戦後、初めて日本の指導者が公式の場で「台湾有事は日本有事」を鼓吹し、それを集団的自衛権と結び付けた(2)初めて台湾問題に武力介入しようとする野心を表明した(3)初めて中国を武力で威嚇し、中国の核心的利益に公然と挑戦した─と決め付けた。
この書簡は国連総会の公式文書として全加盟国に送ると傅大使は述べた。中国の戦狼外交でも珍しい執拗(しつよう)な対外工作で、国連の権威も利用して日本側を完全に屈服させようと考えが読み取れる。
■経済・外交面で中国側に懸念
以上のように、中国の対日姿勢は尖閣諸島国有化(2012年)への反応よりも強硬だ。ただ、中国経済は低迷が続いており、実際の成長率は公式統計(7~9月期4.8%)をはるかに下回っているとの見方が多い。トランプ米大統領との貿易戦争も先行きは不透明。国内経済と対外経済環境の両方が良くない中、事実上の経済制裁で日本との経済関係を縮小していけば、中国国内の関連業界も打撃を受ける。中国経済にかつての高度成長時代のような余裕はなく、中国流の対日デカップリング(分断)を徹底的かつ長期的に実行するのは容易ではない。
また、外交で最大の課題であるトランプ氏対策のためには、本来、戦狼路線をやや修正して、米国以外の主要国との関係はなるべく良くしておきたい状況だが、自ら「核心的利益の核心」と言う台湾問題で強硬姿勢を崩すことはできず、習政権としては悩ましいところだ。(2025年11月24日)