ロシアのプーチン大統領が中国を公式訪問し、中ロの緊密な関係を誇示した。しかし、共同声明などを見ると、ウクライナ侵攻直前に同大統領が訪中した時の熱気は既になく、中国側は対米共闘のため、冷めた連帯をやむを得ず維持しているという雰囲気だ。

■ロシア側が対中配慮


 プーチン大統領は5月16日から17日にかけて訪中し、習近平国家主席との共同声明を発表した。ウクライナ戦争を巡って中ロが米国と対立する中、国交75周年を祝う文書だったが、2022年2月の北京冬季五輪を機にプーチン大統領が来訪した際の共同声明と比べると、次のような違いがある。
 一、「両国の友好に限りはなく、協力に立ち入り禁止区域はない」という文言がない。昨年3月に習主席が訪ロした時に発表した共同声明で消え、今回も復活しなかった。
 一、中ロ関係について「同盟せず」と明記された。昨年の共同声明に盛り込まれ、今回もそれを引き継いだ。
 一、中ロそれぞれの「民主主義」を正当化する主張がない。22年の共同声明は欧米流の民主主義押し付けに対する反論を詳述。昨年の共同声明も少し触れていたが、今回は消えた。
 一、大群衆の民主化運動で政権を倒す「カラー革命」反対の記述がない。22年の共同声明は1回、昨年の共同声明は2回言及していた。
 一、昨年の共同声明と同様、北大西洋条約機構(NATO)拡大への反対がない。ロシア側は今回の共同声明で、台湾独立の動きに反対するだけでなく、中国による「国家統一実現」の措置にまで支持を表明したのに、欧州におけるNATOの動きに対しては「重大な関心」が示されただけだった。
 22年の共同声明は政策だけでなく、イデオロギー面でも中ロの連帯を強調したが、そうした一心同体的な表現はすっかり薄くなった。政策面でも22年はウクライナ侵攻直前だったロシアに対する中国の配慮が目立ったが、今回は逆になった。ロシア側には、ウクライナ戦争が泥沼化して、中国から支援を得る必要性が増したという事情があるとみられる。

■「中ロ朝」否定


 しかし、ロシア産天然ガスをモンゴル経由で中国に送るパイプライン「シベリアの力2」建設プロジェクトに関する具体的発表は今回もなかった。ロシア側は中国との話し合いについて「順調だ」と言い続けているものの、実際には難航しているようだ。
 ロシアの天然ガス事業を独占している国営企業ガスプロムのミレル最高経営責任者(CEO)はプーチン大統領訪中に同行すらしなかった。話が進む見込みがなかったからだろう。
 トップセールスに熱心なプーチン大統領は北京のほか、東北地方のハルビン(黒竜江省)にも赴いて、中ロ博覧会の開幕式に出席した。しかし、ハルビンへ同行した中国側指導者は習主席ではなく、韓正国家副主席だった。韓氏は副大統領に当たるポストにあるとはいえ、共産党の最高指導部である政治局常務委員会からは既に引退しており、重要な問題について実質的な話ができる立場にはない。
 習主席は昨年4月、マクロン仏大統領と北京で会談した後、華南地方の広州(広東省)に同行して、そこで再び会談している。北京からハルビンは広州よりはるかに近いのに、プーチン大統領はマクロン大統領と同等の扱いを受けなかった。
 中国メディアでも、ロシアと距離を置く論説が出ている。党機関紙・人民日報系の有力紙・環球時報の前編集長でオピニオンリーダーとして知られる胡錫進氏は5月16日、SNSを通じて、ウクライナ戦争で中国が中立であることを強調する論評を発表。ロシアは中国の友人であり、戦略的パートナーだとしながらも、中ロ関係が中国と西側の関係に対して排他的になってならないと主張し、「中国は一貫して、外交戦略のバランスを実現するために努力している」と指摘した。
 また、環球時報は同27日、ソウルでの日中韓首脳会談に関する社説で、米国が「中ロ朝対米日韓」という陣営対抗のストーリーをわめき立てて、中国と日韓の関係を壊そうとしていると非難した。
 中国とロ朝が同じ陣営であることを中国メディアがこのように明確に否定するのは珍しい。ロ朝と反米で共闘することがあっても、中国は「同じ穴のむじな」ではなく、ロシアのウクライナ侵攻を全面的に支援する北朝鮮と一緒にされるのは迷惑だと言いたいのかもしれない。(2024年6月9日)

 

贯彻落实新时代政治建军方略
为强军事业提供坚强政治保证

贯彻落实新时代政治建军方略<br>为强军事业提供坚强政治保证 - 解放军报 - 中国军网 (81.cn)

 

最高人民法院 最高人民检察院 公安部 国家安全部 司法部印发《关于依法惩治“台独”顽固分子分裂国家、煽动分裂国家犯罪的意见》的通知

 

 中国の習近平政権は反転覆、反覇権、反分裂、反テロ、反スパイの「五反闘争」を開始した。「内部の裏切り者」を排除するとしており、外国や台湾に対する警戒を強めるとともに、国内の政治的粛清を徹底するとみられる。

 

■「反中敵対勢力」警戒

 

 習近平国家主席が「総体国家安全観」を打ち出して、4月でちょうど10年。これを機に、習主席の側近として知られる陳一新・国家安全相は4月15日と29日に総体国家安全観に関する論文を発表し、その中で五反闘争の展開を以下のように指示した。論文はそれぞれ、共産党理論誌・求是と幹部養成機関の中央党校機関紙・学習時報に掲載された。

 (1)反転覆保衛戦を遂行する。対外的に政治の安全を守る鋼鉄の長城を構築する。反中敵対勢力による西洋化・分裂の企てを強く警戒し、域外からの浸透、破壊、転覆、分裂活動に厳しく打撃を与えて、(民主化運動で政権を打倒する)「カラー革命」を断固として防ぎ、国内では政治の安全に影響する土壌を取り除く。インターネット、高等教育機関などのイデオロギー陣地を守り、各種の誤った思潮に反対して排斥する。

 (2)反覇権総体戦を遂行する。保護主義や「デカップリング(分断)・チェーン遮断」に反対し、一方的制裁や極限の圧力に反対し、断固としてあらゆる形の覇権主義と強権政治と闘争を行う。

 (3)反分裂主動戦を遂行する。断固としてあらゆる形の「台独」(台湾独立)の企てを挫折させ、外部勢力の干渉に反撃し、台湾スパイを法により処罰する。全力で国家統一を促進し、平和統一の民意の基礎を手厚く育てる。

 (4)反テロ狙撃戦を遂行する。域内でテロ事件が絶対に起きないようにするとともに、域外からのテロのリスクを厳重に防ぐ。反テロの国際協力を深める。

 (5)反スパイ攻防戦を遂行する。反スパイ協調体制を整備し、改正反スパイ法をしっかりと実施して、断固として内部の裏切り者を排除する。

 中国当局者の言う「覇権主義と強権政治」は米国を指す。米国をはじめとする西側のさまざまな攻勢に対する守りを固めて、共産党の一党独裁を堅持すると同時に、台湾の併合による国家統一を目指すということだろう。

 「五反」はもともと、毛沢東時代の初期に反贈賄、反脱税などを口実に民間商工業者を弾圧した政治運動を指す。その名称復活は、習政権下で進む中国共産党の左傾化を象徴している。

 

■習派高官も粛清

 

 陳氏の論文で特に目立つのは「内部の裏切り者排除」。話の流れから、政権内にいる外国や台湾への内通者の摘発を指すと読める。しかし、中国の政治情勢に詳しい香港消息筋はいずれも、政権内の粛清強化を意味すると解説。ある消息筋は「敵がいなければ、つくればよい」と語った。粛清自体が目的であり、口実は何でもよいということだろう。

 4月2日、党中央規律検査委員会が重大な規律・法律違反の疑いで調べていると発表した唐一軍・前司法相の失脚は、その一環かもしれない。

 習政権下の粛清や左遷はこれまで、主に江沢民派や胡錦濤派が対象だったが、唐氏は「之江新軍」と呼ばれる習主席の浙江省人脈に属する。胡政権下で政治諮問機関の人民政治協商会議(政協)入りして、政治の第一線から退いたが、習政権になると、同省の寧波市党委書記や省党委副書記、遼寧省長を歴任。その後、司法相に起用されたが、昨年1月、江西省政協主席に転じていた。

 習派は党内で唯一の有力派閥となったことから、粛清の対象は政権の非主流派だけでなく、習派にも広がっていく可能性がある。習派内には、党中央書記局の蔡奇筆頭書記(幹事長に相当)を筆頭とする福建閥、李強首相らの浙江閥などがあるが、首相の地位が事実上どんどん低下するなど浙江閥は劣勢。粛清の拡大は事実上、福建閥主導で進められると思われる。

 5月18日には唐仁健農業農村相が党中央規律検査委の調査対象になったと発表された。現職閣僚の摘発は珍しい。同氏は習派の劉鶴・前副首相に近いといわれる。劉氏は官庁エコノミスト出身で、習派内の地方閥には属していない。

 

■「世界秩序を再構築」

 

 陳氏は論文で国際情勢について「四つの構図、四つの転換」という基本認識も示した。具体的には(1)力の構図=一極から多極へ(2)発展の構図=協力から競争へ(3)安全保障の構図=安定から震動へ(4)ガバナンスの構図=調整から再構築へ─という内容である。

 興味深いのは(1)の中の「新興市場国と発展途上国が実力と独自の発展能力、国際的影響力を不断に増し、世界秩序を再構築する重要な力となっている」という認識だ。中国は最大の途上国であり、習主席は「中国式現代化は途上国の模範」との見解を示しているので、中国主導で新興・途上国が世界秩序を再構築していくことを想定しているのだろう。これまでの「国際秩序の変革が加速している」という現状認識よりも積極的な変革の意志が強く感じられる。

 「中国は現行国際秩序の受益者であり、擁護者である」という日ごろの主張と矛盾するようだが、中国を含む第2次世界大戦の主要戦勝国を中心とする現行秩序の枠組みを維持しつつ、その中で途上国の発言権を大幅に拡大して、先進国優位の現状を変えていきたいと考えているのだろう。

 以上のような安保・外交全般に関わる大方針を、政権中枢の党中央指導部のメンバーではない一閣僚が発表するのは異例。ただ、陳氏は習主席に近い上、習主席をトップとする党中央国家安全委の運営にも関与しているとみられるので、陳氏の論文は習主席もしくは党中央の認識を反映していると見てよい。スパイ防止を任務とする国家安全省が習政権下でいかに影響力を増しているかがよく分かる論文でもある。(2024年5月26日)

1日★日中防衛相会談

2日★ウクライナ大統領、「平和サミット妨害」と中国批判

5日 中国・ウクライナ外務次官会談

6日★中国・キルギス・ウズベク鉄道プロジェクトの政府間協定調印◇政協常務委、張暁明常務委員の辞職承認

7日 張又侠軍事委副主席、背広で登場─中パ首脳会談

10日 BRICS外相会議(~11日)

11日 新華社─「軍隊審計条例」署名~7月1日施行◇「BRICSプラス」─タイ、越、トルコなど参加

12日★欧州委─中国製EVに最大38%の追加関税

13日★中国首相、NZ・豪・マレーシア訪問(~20日)

14日 G7首脳声明─対ロ支援の中国金融機関を制裁

15日 中国海警の新規定施行─領海侵入者を60日間拘束◇ウクライナ平和サミット─中国欠席

16日★FT─習主席「米国は中国が台湾を攻めるよう仕向けているが、その手には乗らない」◇党中央規律委─前チベット自治区党委書記の呉英傑氏を調査

17日★軍事委、延安で政治工作会議(~19日)◇SIPRI─中国核弾頭、前年比90発増の500発

18日 中韓外交安保対話─初の次官級

19日★ロシア大統領訪朝─ロ朝新条約署名~有事相互支援を規定

21日★党中央規律委─党中央宣伝部の張建春副部長を調査◇★最高法院など、「台独」処罰の指針発表◇日本メディア─日産、常州工場を閉鎖

23日 ダライ・ラマ訪米

24日 蘇州で日本人母子襲撃事件

25日 丁副首相の中央科技委主任兼務が判明

26日 日本メディア─4月3日にも蘇州で日本人襲撃

27日★党政治局、国防相経験者2人の党籍剥奪◇3中総会の7月15~18日開催決定◇米中外務次官電話会談

 

 中国国家安全省の法律執行に関する新しい規定が7月1日から施行される。電子データに関する取り締まりに重点が置かれており、外国からの入国者を含め、スマートフォンなどの内部に保存された文書や画像に対する検査が強化されるとみられる。

 

■「反スパイ法」などが根拠

 

 国家安全省は4月26日、国家安全機関の行政法律執行手続きに関する規定(以下、規定1)と刑事事案処理手続きに関する規定(規定2)を発表した。規定1は反スパイ法、国家情報法、行政処罰法、行政強制法に基づいて、規定2は刑事訴訟法の実施を保障するため制定された。

 注目されるのは規定1の「電子設備、施設、プログラム、ツール」に対する検査規定。事実上はスマホ、パソコン、タブレットなどを指す。検査は、国家安全機関が市レベル以上の同機関責任者の承認を経て、検査通知書を作成して行うとされる。ただし、緊急の状況下では、法律執行人員が市レベル以上の国家安全機関責任者の承認だけで検査をその場で実施できる。

 反スパイ法にも同じような規定があるが、検査は「反スパイ工作の任務を執行している時」に行うと明記。検査担当者も国家安全機関職員だけで、それ以外の法律執行人員の記述はない。新規定は空港税関などによる日常的検査を想定していると思われる。

 また、反スパイ法に2回しか出てこない「電子」という言葉が規定1に16回、規定2には86回も登場。その多くは「電子データ」である。スマホなどによる反体制的コンテンツの国内持ち込みや拡散、機密の国外持ち出しに対する警戒を強めているようだ。

 

■台湾当局、訪中リスクを警告

 

 中国治安当局のこのような動きを受け、台湾行政院(内閣)大陸委員会は5月9日、中国本土では「国家安全保障」の定義が膨張して法律執行権力が拡大していると指摘し、本土に行く場合は「高いリスク」について考えて、本当に必要かどうか慎重に判断するよう呼び掛けた。「なるべく行くな」ということだろう。

 大陸委は前記の新規定について、旅客の電子機器を検査する権限を明文化しており、個人の権益に対する重大な侵害で、各界の萎縮効果も大きくなると警告。「中華民族の感情を害する」と認定されたものはすべて違法とされる恐れがあるとの見方を示した。

 一方、中国治安当局の事情に詳しい香港の消息筋は「中国税関はこれまでも、旅客の携帯電話を検査することがあった。新規定で検査がやりやすくなるというだけだ」と解説した。2019年に香港で反政府デモが続いていた頃、中国税関は香港人旅客の携帯電話を検査して、暴動の写真などを削除させていたという。

 同筋は「あなたの携帯電話が調べられても、中に反中国共産党の文書や中国の重要内部文書がなければ、心配することはない。他国でもやっていることだ」と述べた。しかし、多くの人にとって、スマホやパソコンの中のデータが問題視されるどうか以前に、内部データを勝手にチェックされることが問題なのであり、「心配するな」というのは無理な話である。

 コロナ禍が終わった後も、海外から中国を訪れる旅客数はコロナ禍前よりはるかに少ない状態が続いている。習近平政権が改革・開放の継続を唱えつつも、実際には排外的姿勢を強めているためだ。その上、中国の空港に着いたら、やたらとスマホの中を調べられるということになれば、訪中する外国人はますます減っていくだろう。(2024年5月12日)

 中国人民解放軍は2015年の軍制改革で新設したサイバー・宇宙担当の戦略支援部隊を分割し、「情報支援部隊」などを設立した。組織再編の目玉だった戦略支援部隊はわずか8年余りで解体。さまざまな軍事技術を担う寄せ集めの大部隊はまともに機能しなかったようで、中央軍事委員会主席を兼ねる習近平国家主席が力を入れた改革は失敗したことになる。

 

■情報・宇宙・サイバーが独立

 

 情報支援部隊の設立大会が4月19日、北京で開かれ、習主席や軍制服組の主要指導者が出席した。公式報道によると、大会で習主席は同部隊について「全く新しくつくり上げる戦略的兵種であり、サイバー情報体系の建設・運用を統括する要の支柱だ」と強調。情報リンクを整備し、情報防護を強化して、全軍の合同作戦体系に深く入り、正確で効率の高い情報支援を実施して、各方向・各分野の軍事闘争に貢献するよう指示した。

 この報道で公表された中央軍事委の決定によると、情報支援部隊は中央軍事委が直接指導・指揮する。戦略支援部隊は廃止され、その一部だった軍事宇宙部隊とサイバー空間部隊の指導管理関係を相応に調整する。

 同じ日に記者会見した国防省報道官の説明では、今回の改革後、解放軍は陸海空軍・ロケット軍(ミサイル部隊)という四つの軍種および軍事宇宙部隊・サイバー空間部隊・情報支援部隊・聯勤保障部隊(後方支援部隊)という四つの新型軍兵種で構成される。

 陸海空軍などと同格だった戦略支援部隊が解体されたため、軍種が一つ減って、4軍体制となった。新設の情報支援部隊などはそれらより格下となる。軍事宇宙部隊は宇宙戦、サイバー空間部隊はサイバー戦を担当するとみられる。いずれも設立大会は開かれなかった。

 

■「米軍より理念先行」

 

 戦略支援部隊は習主席1期目の15年12月、陸軍指導機構やロケット軍と共に設立大会が開かれ、発足した。陸軍指導機構は既存の地上部隊を統括するもので、ロケット軍は「第2砲兵」を改称した部隊。これに対して、戦略支援部隊は全く新たに設けられた。旧総参謀部の技術偵察部など多くの部署を統合したといわれる。

 習主席は大会で「戦略支援部隊は国家の安全を維持する新型作戦力であり、わが軍の新しい質の作戦能力の重要な成長ポイントだ」と述べ、強い期待を示した。翌16年8月には自ら戦略支援部隊を視察し、同部隊は「わが軍合同作戦体系の重要な支柱」だとした上で、「歴史的重責」を果たすよう求めた。

 この視察を報じた国営中央テレビは、習主席がいかに戦略支援部隊を重視しているかを強調。「米軍の戦略支援力は陸海空軍の中に分散し、経費や資源を奪い合っている。中国は世界で初めて戦略支援部隊を創設し、その理念は米軍より先行している」という軍事専門家の話を紹介。専門家はその一例として、米軍の監視衛星システム並立を挙げていた。

 分散が駄目なので、統一・集中すればよいだろうというわけだ。それにより、軍事力の質的向上を一気に進められるとの目算があったのだろう。

 

■歴代司令官は不遇

 

 戦略支援部隊がこれだけ重視されるのならば、その司令官も人事面で厚遇されると思われたが、実際は逆だった。

 高津初代司令官は就任時56歳で、このクラスの軍高官としてはかなり若かった。しかし、その後、中央軍事委後勤保障部(後方支援部門)の部長に異動。22年の第20回共産党大会で党中央委員に再選されず、第一線を退いた。

 2代目の李鳳彪司令官は西部戦区政治委員に転じた。形式上は横滑りながら、中央から地方への転勤。しかも、それまで指揮官を歴任していたのに、畑違いの政治委員となった。

 3代目の巨乾生司令官は昨年夏ごろから失脚説が流れた。今年1月、全国人民代表大会(全人代)代表(国会議員)としての活動が中国メディアで報じられ、失脚していないことが確認されたものの、情報支援部隊の初代司令官には起用されなかった。1月の活動は軍の元高官が参加する座談会だったので、この時点で既に戦略支援部隊司令官を退任していた可能性が大きい。

 以上のような歴代司令官の処遇から、習主席は戦略支援部隊の活動ぶりに不満だったことが想像できる。習主席には、自分や党中央への忠誠心が足りないと見えたのだろう。そのためか、習主席は情報支援部隊の設立大会で「党の軍隊に対する絶対的指導」や「絶対的忠誠、絶対的(政治面の)純潔、絶対的信頼」の重要性を強調した。

 巨氏の失脚説が広がってから、戦略支援部隊の解体説も流れていた。「無関係の部門が集まった部隊で、司令部はお飾りになっている」(香港紙・明報)というのが理由。人工衛星発射基地、サイバー戦基地、通信基地などを単純にまとめて、一つの大部隊にした結果、統制が困難になってしまったとみられる。

 このような状況は部隊のガバナンスを弱め、汚職を悪化させる恐れもある。実際に、軍内の反腐敗闘争では戦略支援部隊の関係者も対象になっている。

 経済・社会に大打撃を与えたゼロコロナのように、習主席の政策は現実よりも政治的理念や理想が先行して混乱を招くことが多い。戦略支援部隊の解体は軍人の無能や怠慢ではなく、習近平路線自体の失敗と言うべきだろう。(2024年4月26日)

1日 空母「福建」、初の試験航海◇米政府─ロシア軍需産業支援で中国企業など制裁

5日★習主席、仏・セルビア・ハンガリー訪問(~10日)◇星島─習夫人、軍事委の要職に

8日 香港高裁、「香港に栄光あれ」の演奏禁止

10日 中国外為管理局─1~3月期の対中投資、前年同期比6割減

13日 中韓外相会談

14日★米、中国製のEV・半導体・鉄鋼などに対する制裁関税の大幅引き上げ発表◇米中、初のAI対話◇道新─長春市法院、反スパイ法違反の罪で元北海道教育大教授に懲役6年(1月31日付)

15日 台北市長来日

16日★ロシア大統領訪中(~17日)

18日★中央規律委─唐仁健農相を調査

20日★台湾の頼清徳総統就任

23日★中国軍、台湾周辺で演習(~24日)

26日★日中首脳会談◇★中韓首脳会談

27日★日中韓首脳会談

29日 岸田首相、中国中連部長と会談

30日 中国筆頭外務次官訪米(~6月2日)◇★香港民主派14人、国安法違反で有罪─2人無罪

31日★米中国防相会談

 

 中国でこのところ、「琉球」(沖縄)に対する日本の領有権を疑問視し、中国との歴史的関係の深さを強調する主張が目立つ。共産党政権の公式シンクタンクに所属する専門家が相次いで論文を発表。「琉球独立」をあおるかのようなキャンペーンを展開している。

 

■公式研究機関の論文相次ぐ

 

 中国歴史研究院は3月下旬、SNSを通じて、琉球に関する論文3本を紹介した。いずれも、同研究院が出版する「歴史評論」(隔月刊誌)の今年第1号に掲載されたもので、同国最大級の公式シンクタンクである社会科学院日本研究所の専門家が執筆。歴史研究院の別の専門誌「歴史研究」の昨年第6号、日本研究所の「日本学刊」の昨年第6号なども琉球を取り上げ、今年2~3月にSNSに転載された。

 歴史研究院は習近平国家主席2期目の2019年成立。社会科学院に属するが、院長は閣僚級で格が高く、中国における歴史研究の最高峰と言える。

 これらの論文は以下のような見解を示した。

 一、琉球は昔から日本に属していたというのは、日本の統治を合法化するための偽の歴史だ。(江戸時代になっても)薩摩藩の琉球に対するコントロールは限定的で、琉球は中国の属国だった。

 一、琉球人は南方や大陸の影響を受けながら、独自に発展した。「日琉同祖論」は成り立たない。

 一、明は琉球への支援を通じて、東海(東シナ海)に対するコントロールを常態化していた。中国の東海に対する権利には完全な証拠がある。

 一、日本の琉球併合は近代日本軍国主義の侵略・拡張の第一歩だった。

 一、琉球諸島は「地位未定」の状態にある。カイロ宣言、ポツダム宣言などに基づく第2次世界大戦の国際秩序は、琉球を日本領として認めていない。中国を除外したサンフランシスコ講和条約体制は本質的に非合法である。

 いずれも「琉球は中国のものだ」とは言っていないが、琉球は歴史的に日本より中国との縁が深かったという主張は共通している。共産党の指導下で統一見解がまとめられていると思われる。

 

■習主席が言及、馬英九氏も

 

 中国共産党は前近代の中国が治めた、もしくは関わった地域を自分たちの縄張りと見なす傾向があるので、同党指導下の研究機関が中国・琉球関係の歴史を重視するのは不思議ではなく、公式メディアが過去に同じような見解を示したこともある。それにしても、今ここまで力を入れるのはなぜか。

 思い当たるのは習主席の「琉球」言及だ。習主席は昨年6月、古文書などを収蔵する北京の国家版本館(中央総館)と歴史研究院を視察した。党機関紙の人民日報によると、版本館の職員は明代の文書「使琉球録」(写本)を、「釣魚島」(沖縄県・尖閣諸島)が中国に属することを示す早期の史料として紹介。元福建省長の習主席は同省勤務時代を振り返り、省都の福州と琉球の交流が盛んだったことを知ったと述べ、史料の収集・整理を強化して中華文明をきちんと伝承していくよう指示した。琉球を中華文明の中に含めたようにも聞こえる。

 さらに翌7月、福建省は玉城デニー沖縄県知事の来訪を受け入れ、同省指導部トップの省党委員会書記が会談に応じるなど厚遇した。

 こうした動きを機に、シンクタンク側が党からの指示、または習主席の意向への忖度(そんたく)に基づいて、琉球関連論文の量産を始めた可能性がある。「琉球ですら日本の領土かどうか怪しいのだから、釣魚島が日本領であるわけがない」と言いたいのだろう。

 「使琉球録」という史料は中国で非常に重視されているようで、訪中した台湾の馬英九前総統が4月6日、西安(陝西省)の国家版本館を訪れた際も紹介された。馬氏は「釣魚台(台湾での呼称)は琉球に属していないことが証明された」と語った。

 また、琉球の地位未定という中国側の主張が台湾地位未定論とよく似ているのも興味深い。台湾地位未定論は台湾独立につながるので、中国共産党はこれを一貫して拒絶しているが、日本に対しては同じ理屈を使っているのだ。

 習主席が同10日、馬氏との会談でも言及したように、中国は台湾独立を「国家分裂」と見なして、絶対に容認しないと強調。ウクライナに侵攻したロシアを事実上支持しながらも、ロシアのウクライナ領土併合は明確に認めないなど、他国の分裂についても慎重な態度を取ってきたが、日本だけは例外になっている。

 以上のような中国の琉球論は現在、インターネット上で一般の人々も盛んに取り上げており、全く規制されていない。日本をけん制する愛国的言論と見なされているようだ。しかし、自国の分裂反対を日々叫びながら、隣国の分裂をあおるのは矛盾した姿勢であり、中国自身にとって危険な「火遊び」をしているように見える。(2024年4月10日)

 習近平中国国家主席の彭麗媛夫人が政治的な存在感を増している。習主席は3期目に入る際の指導部人事で非主流派を徹底的に排除したにもかかわらず、自分が抜てきした外相や国防相を更迭せざるを得なくなるなど、政局は不安定。このため、個人独裁体制を強化するため、最も信頼できる身内の要職起用を考えているではないかとの見方が出ている。

 

■異例の地方視察

 

 最近注目されたのは彭氏の地方視察。国家衛生健康委員会が3月24日、公式ウェブサイトで、彭氏が世界保健機関(WHO)結核・エイズ防止親善大使として湖南省の省都・長沙市を訪れたことを公表し、その扱いが共産党・国家機関の指導者のようだったからだ。

 彭氏はファーストレディーとして、これまでも単独でイベントに出席したり、外国要人と会見したりしてきたが、今回は何の行事も会見もない地方視察。公式発表文では、指導者の視察で使われる「調査研究」という言葉が使われた。

 また、国家疾病予防対策局長(国家衛生健康委副主任兼任)や湖南省常務副省長(副知事に相当)といった高官が同行して、それが公表されたのも珍しい。いずれも次官級の幹部なので、彭氏は閣僚級以上の待遇を受けたことになる。

 彭氏は同28日、ドイツから来た中国語合唱団と北京で会見した。ファーストレディーとして外国ゲストを歓迎したのだが、これを報じた国営通信社・新華社の記事はまず、彭氏が合唱団側から「温かい歓迎を受けた」と紹介し、指導者視察のような記述だった。

 昨年12月、李克強前首相の告別式に彭氏が習主席と共に参列した時は、李克強氏が江沢民元国家主席や李鵬元首相と異なり、習指導部の一員で、彭氏自身もよく知っていたからか、ぐらいにしか思わなかったが、今振り返ってみると、政治的プレゼンス拡大の一環だったのかもしれない。

 李鵬氏の告別式(2019年7月)は参列・花輪ともに習主席だけ、江氏の告別式(2022年12月)は習主席だけが出たが、花輪は夫婦連名になった。そして、李克強氏の告別式は夫婦で参列しており、彭氏の格が徐々に上がっているのは間違いない。

 

■毛沢東夫人の前例

 

 人民解放軍所属の大物歌手だった彭氏は習主席より9歳若い61歳。ファーストレディーになる前から、中華全国青年連合会(全国青連)副主席、中国音楽家協会副主席、解放軍総政治部歌舞団団長、解放軍芸術学院長など多くの公職を歴任し、軍内では少将クラスの高官だった。共産党系の主要団体である文学芸術界連合会(文連)副主席は今も務めている。若い頃の知名度は、習氏より彭氏の方がはるかに高かった。

 以上のような経緯から、インターネット上で在外中国人らが彭氏について「近く要職に就く」「習主席の後継者になるかもしれない」などという臆測を流布。1989年の中国民主化運動リーダーで、天安門事件後に海外へ逃れた王丹氏も、長沙を視察した彭氏の待遇は「官僚のごますり」だと指摘する一方で、台湾やシンガポールを含む華人政治文化の伝統などを理由に「彭氏後継の可能性はある」との見方を示している。

 彭氏の具体的な職務としては、党中枢の事務を取り仕切る中央弁公庁主任が挙がっている。党総書記である習氏を直接支えるポストだからだろう。今は、幹事長に当たる党中央書記局の蔡奇筆頭書記が兼務しているが、これは異例の体制で、同主任の仕事を習主席に近い誰かに任せてもおかしくはない。

 このようなうわさが広がったのは、習主席が模範とする毛沢東が文化大革命(66~76年)で江青夫人を重用した前例があるからだろう。毛と同じ個人独裁志向の左派で、自分を終身指導者とするため憲法改正まで強行したのだから、妻の大抜てきもあり得ると考える人が少なくないようだ。非主流派を排除し過ぎて、人材が足りないという事情もある。

 ただ、昔から歌手として有名だった妻を政権の宣伝戦略に利用するだけならまだしも、実際に権力を行使する要職に就けた場合、ゼロコロナなどで強まった習政権の閉鎖的な左傾イメージが決定的になり、改革・開放推進にはマイナスとなるだろう。(2024年4月1日)