中国共産党政治局は国防相経験者2人の党籍を同時に剥奪するという異例の処分を決めた。軍関係の一連の汚職疑惑で軍指導部の元メンバーが処罰されたのは初めて。軍の制服組トップはそのうちの1人をかつて部下として重用していたことから、政治的に苦しい状況に追い込まれている。

■大規模なミサイル汚職か


 6月27日の決定で党から追放されたのは李尚福・前国防相とその前任者だった魏鳳和・元国防相。いずれも、軍の指導部である中央軍事委員会の委員や上級閣僚の国務委員を兼ねていたので、閣僚級より上の「党・国家指導者」という高い地位にあった。
 魏氏は昨年3月に引退してから公の場に全く姿を見せていなかった。李氏は同10月に国防相などを解任されたのに、何の処分も発表されない状態が続いていた。今回の処分発表によると、李氏は8月31日から、魏氏は9月21日から、中央軍事委の党規律検査委員会による調査を受けていたという。
 李氏は中央軍事委で兵器調達を担当する装備発展部の前部長、魏氏はロケット軍(ミサイル部隊)の初代司令官。昨年から装備発展部・ロケット軍や兵器メーカーの関係者が次々と公職を解かれていることから、ミサイルの開発・調達を巡る大規模な汚職があり、李、魏の両氏も関与が確認されたとみられる。

■分派活動の疑い


 国営通信社の新華社が伝えた2人の処分に関する発表文では、以下の点が注意を引いた。
 一、いずれの罪状も、汚職より先に「重大な政治規律違反」が挙げられた。元中央軍事委副主席・党政治局員という大物だった郭伯雄(無期懲役)、徐才厚(故人)両氏の党籍剥奪発表では汚職の指摘だけだった。今回の罪状は、江沢民元国家主席派の重鎮で、胡錦濤前国家主席と対立した周永康・元党中央政法委書記(元政治局常務委員)が党籍を剥奪された時と同じ。香港親中派の消息筋は「いわゆる小さなサークルをつくっていたということだ」と述べており、周氏のような分派活動をしていた疑いを掛けられたようだ。
 一、李氏は「党性(共産党員としての正しい在り方)の原則を失った」、魏氏は「忠誠を失った」と厳しい政治的非難を浴びている。
 一、事案の影響はいずれも、周氏と同じ「極めて劣悪」。郭、徐の両氏は「劣悪」だった。李、魏両氏の不正は、政治局常務委員という最高幹部だった周氏のケースと同列に扱われている。
 一、魏氏は収賄容疑だけだが、李氏は収賄、贈賄両方の容疑がある。2人とも「人事上の利益をむさぼった」が、魏氏は「他人のため」、李氏は「自分と他人のため」とされた。つまり、李氏は他人の昇進に力を貸して賄賂を得ただけでなく、自分の出世のため有力者に賄賂を渡していたと思われる。
 問題は、李氏が軍人の最高位にある張又侠中央軍事委副主席の直系の部下だったことだ。李氏は総装備部(現装備発展部)の副部長などを経て、2017年に装備発展部長となるが、その前任者が張氏。さらに5年後、中央軍事委入りして、昨年3月には国防相・国務委員に就任した。これらの抜てき人事は、習近平国家主席(中央軍事委主席)の盟友として軍内を仕切ってきた張副主席のような軍首脳の後押しがなければ、無理だっただろう。
 となると、李氏が昇進のために頼った有力者は張副主席だった可能性が大きい。17~22年、中央軍事委にはもう一人の副主席として許其亮氏がいたものの、許氏は空軍出身で、李氏とは縁が薄い。
 万が一、張副主席までが粛清されれば、10年以上続く習政権で最大の政変となる。前出の郭、徐の両氏はどちらも引退後の処分だったので、現役軍人の中央軍事委副主席失脚は文化大革命以後では前例がない。

■軍幹部に異例の反省要求


 李氏らの処分決定に先立って、中央軍事委は6月17~19日、政治工作会議という重要会合を開いた。人事や思想に関わる政治工作自体が重大事だが、開催地が革命の聖地・延安(陝西省)ということもあって、政治色が極めて濃い会議となった。習主席、張副主席ら中央軍事委の全員が参加した。
 中国における「政治」重視は通常、党中央や最高指導者に対する忠誠を指すが、この会議を伝えた公式報道(党機関紙・人民日報などの記事)では「政治」が何と70回以上も登場。それによると、習主席は会議で「党の軍隊に対する絶対的指導の堅持」を求めた。
 習主席は「政治建軍」の重要性を特に指摘し、「党に対する忠誠が確かな人が一貫して銃を握らねばならない」と強調。政治建軍で解決すべき問題として、政治、思想、組織、仕事・生活のスタイル、規律を列挙した上で、高級幹部などに対し、「根源を深く掘り下げ、魂に触れるような態度で、深刻に反省し、真剣に是正・改革して、思想の根本の問題をきちんと解決する」よう指示した。思想教育に力を入れている中国でも、ここまで厳しい反省の要求は珍しい。
 公式報道では「今回の中央軍事委政治工作会議は、習主席が自ら開催を決定した」とわざわざ明記された。このような不定期の重要会議がトップの意向で開かれるのは当たり前なのだが、「軍人たちに言われて開いたのではない」とアピールしたいようだ。
 以上の会議や処分から、習主席が自分に対する軍人たちの忠誠心に強い疑問もしくは不安を抱いていることが分かる。習氏は党総書記と中央軍事委主席を約11年も務め、軍指導部は全員が自ら起用した軍人なのに、なぜこのような事態に陥ったのかは不明だが、強大な政治勢力である軍との関係がぎくしゃくし続けば、習主席のリーダーシップはむしろ弱まっていく可能性がある。(2024年6月30日)
 

1日 何副首相、国貿促訪中団と会見◇中国入管─香港・マカオの外国籍恒久的住民に内地往来通行証を発給(10日から)

2日★習主席、カザフ・タジク歴訪(~6日)

3日★中ロ首脳会談◇上海協力機構首脳会談(~4日)

5日★EU、中国製EVに追加関税

8日 中国・ハンガリー首脳会談◇中国・ベラルーシ両軍、ポーランド付近で合同演習(~19日)

9日 軍政治工作部の何宏軍副主任、上将に(常務副主任への昇格判明)

10日★NATO首脳会議共同宣言、中国の対ロ支援批判

11日 独政府─中国通信機器の5G使用を段階的に禁止へ

12日 習主席がソロモン、バヌアツ両首相と会談◇中国国防省─中ロ両軍、湛江付近の海空域で合同演習(上・中旬)

15日★3中総会(~18日)─「改革全面深化の決定」採択/秦剛前外相の中央委員辞職承認、李尚福前国防相ら軍高官3人の党籍剥奪─軍高官の中央委員昇格認めず◇★中国の4~6月期成長率4.7%─前期から減速/1~6月期は5.0%

17日 中国外務省─核軍備管理の対米協議停止◇武見厚労相訪中(~19日)

19日 中国・カナダ外相会談

 中国外相を在任わずか7カ月で解任された秦剛氏の愛人問題が再び注目されている。この女性の記者としての活動を支援していたといわれる中国政府香港出先機関の元トップも失脚。さらに、地位がより高い有力者が関与していた可能性も浮上している。

■左遷先も解任


 秦氏は2022年12月、駐米大使から外相に抜てきされた。異例の3期目に入った習近平政権の目玉人事だったが、昨年7月に更迭された。香港の中国政府系放送局フェニックス・テレビの報道番組キャスターだったA記者(中国本土出身)との愛人関係が一因になったとのうわさもあった。A記者は昨年4月、米国で生んだ赤ん坊を連れて帰国してから消息不明。当局に拘束されたとみられる。
 その後、A記者について確たる情報はなかったが、2012~17年に中国政府在香港連絡弁公室(中連弁)の主任(閣僚級)を務めた張暁明氏が今年3月から6月にかけて、国政諮問機関である人民政治協商会議(政協)の副秘書長(事務局次長)を解任された上、政協常務委員も辞めさせられた。インターネットなどで「A記者と緊密な関係だったため失脚した」との説が流れた。

■女性記者の出世を後押し


 張氏は、かつて国務院(内閣)香港マカオ事務弁公室主任として香港政策を主導した廖暉氏の元秘書。廖暉氏は、毛沢東時代に対日外交や香港政策で大きな役割を果たした廖承志氏(東京の日中友好会館に銅像がある)の息子である。その秘書だった張氏は中国政府有数の香港通で、中連弁勤務の後、同事務弁公室主任に就任した。
 英国の植民地だった香港は江沢民国家主席時代の1997年、中国に返還されたため、共産党・政府の香港担当部門は江派の牙城となり、廖暉氏や張氏はその主要メンバーだった。張氏は居丈高な言動が多く、香港では評判が悪かったが、それは習政権の方針を反映したものだったので、中国側で問題になることはなかった。
 しかし、香港で2019年、犯罪容疑者の中国本土への引き渡しを可能にする逃亡犯条例改正に対する民主派デモが盛り上がり、香港政府は条例改正案の撤回に追い込まれた。このような一国二制度に関わる重要な立法は中国側の承認を得ていたはずなので、習政権にとっても大失態となった。
 その後、香港マカオ事務弁公室の組織改革に伴って、張氏は同弁公室副主任とされ、22年には政協の副秘書長へ事実上左遷された。もともと、習政権では「外様」だった上、香港政策で大きなミスをしたのだから、当然の人事だろう。
 ただ、儀礼的な仕事しかない政協からも追い出されたのは意外な展開だった。このため、香港絡みということもあって、A記者との関係が取り沙汰されたようだが、香港のテレビ業界関係者は「張氏がA記者の後ろ盾だったのは事実」と語る。
 記者として経験が浅かったA記者が要人インタビューなど重要な仕事を任されたのは、張氏が中連弁主任として、フェニックス・テレビに重用を求めたからだったという。A記者は安倍晋三首相や秦剛駐米大使(いずれも当時)、キッシンジャー元米国務長官ら各国要人とインタビューして、同テレビの看板記者となった。香港の中国政府系メディアにとって、中連弁の指示は絶対的命令なのだ。

■閣僚級以上の大物関与?


 A記者に関する謎はまだ残る。フェニックス・テレビ在籍中の16~17年、何か大きな業績を上げたわけでもないのに、母校の英ケンブリッジ大学の構内に「×××ガーデン(花園)」と自分の名前を冠したエリアを設けたり、イタリア政府から勲章を授与されたりしたことだ。いずれも、金を積めば手に入るというものではなく、中国政府(外務省)の強い後押しがあったと思われる。
 秦氏は当時、外務省儀典局長という中堅幹部にすぎず、民間人に対する異例の支援を在外公館に命じる、もしくは関係国の在中国大使館に働き掛けることができる立場にはなかった。張氏は閣僚級だったが、香港担当であり、外務省とは関係がなかった。
 そのようなことができたのは、外交部門では外相やその上司に当たる外交担当の国務委員(上級閣僚)しかいない。外交部門以外から影響力を行使したとすれば、政権の最高幹部である党政治局常務委員クラスの超大物であろうが、今のところ、ネット上のうわさでも、それらしき人物の名前は全く出ていない。
 当時外相だった王毅氏は秦外相の解任後、再び外相となっているので、少なくとも王氏はA記者の問題に関与していなかったと言ってよいだろう。
 前出の香港のテレビ業界関係者は「A記者と近かった高官は(秦、張の両氏だけではなく)たくさんいる」と述べた。実際のところ、A記者が高官たちとどのような関係にあったのかは分からない。中国の権力闘争では、汚職疑惑に女性問題を絡めて「腐敗分子」をたたく手法が多用されており、A記者もその種のストーリーづくりに利用されている可能性は否定できない。(2024年6月23日)

 ロシアのプーチン大統領が中国を公式訪問し、中ロの緊密な関係を誇示した。しかし、共同声明などを見ると、ウクライナ侵攻直前に同大統領が訪中した時の熱気は既になく、中国側は対米共闘のため、冷めた連帯をやむを得ず維持しているという雰囲気だ。

■ロシア側が対中配慮


 プーチン大統領は5月16日から17日にかけて訪中し、習近平国家主席との共同声明を発表した。ウクライナ戦争を巡って中ロが米国と対立する中、国交75周年を祝う文書だったが、2022年2月の北京冬季五輪を機にプーチン大統領が来訪した際の共同声明と比べると、次のような違いがある。
 一、「両国の友好に限りはなく、協力に立ち入り禁止区域はない」という文言がない。昨年3月に習主席が訪ロした時に発表した共同声明で消え、今回も復活しなかった。
 一、中ロ関係について「同盟せず」と明記された。昨年の共同声明に盛り込まれ、今回もそれを引き継いだ。
 一、中ロそれぞれの「民主主義」を正当化する主張がない。22年の共同声明は欧米流の民主主義押し付けに対する反論を詳述。昨年の共同声明も少し触れていたが、今回は消えた。
 一、大群衆の民主化運動で政権を倒す「カラー革命」反対の記述がない。22年の共同声明は1回、昨年の共同声明は2回言及していた。
 一、昨年の共同声明と同様、北大西洋条約機構(NATO)拡大への反対がない。ロシア側は今回の共同声明で、台湾独立の動きに反対するだけでなく、中国による「国家統一実現」の措置にまで支持を表明したのに、欧州におけるNATOの動きに対しては「重大な関心」が示されただけだった。
 22年の共同声明は政策だけでなく、イデオロギー面でも中ロの連帯を強調したが、そうした一心同体的な表現はすっかり薄くなった。政策面でも22年はウクライナ侵攻直前だったロシアに対する中国の配慮が目立ったが、今回は逆になった。ロシア側には、ウクライナ戦争が泥沼化して、中国から支援を得る必要性が増したという事情があるとみられる。

■「中ロ朝」否定


 しかし、ロシア産天然ガスをモンゴル経由で中国に送るパイプライン「シベリアの力2」建設プロジェクトに関する具体的発表は今回もなかった。ロシア側は中国との話し合いについて「順調だ」と言い続けているものの、実際には難航しているようだ。
 ロシアの天然ガス事業を独占している国営企業ガスプロムのミレル最高経営責任者(CEO)はプーチン大統領訪中に同行すらしなかった。話が進む見込みがなかったからだろう。
 トップセールスに熱心なプーチン大統領は北京のほか、東北地方のハルビン(黒竜江省)にも赴いて、中ロ博覧会の開幕式に出席した。しかし、ハルビンへ同行した中国側指導者は習主席ではなく、韓正国家副主席だった。韓氏は副大統領に当たるポストにあるとはいえ、共産党の最高指導部である政治局常務委員会からは既に引退しており、重要な問題について実質的な話ができる立場にはない。
 習主席は昨年4月、マクロン仏大統領と北京で会談した後、華南地方の広州(広東省)に同行して、そこで再び会談している。北京からハルビンは広州よりはるかに近いのに、プーチン大統領はマクロン大統領と同等の扱いを受けなかった。
 中国メディアでも、ロシアと距離を置く論説が出ている。党機関紙・人民日報系の有力紙・環球時報の前編集長でオピニオンリーダーとして知られる胡錫進氏は5月16日、SNSを通じて、ウクライナ戦争で中国が中立であることを強調する論評を発表。ロシアは中国の友人であり、戦略的パートナーだとしながらも、中ロ関係が中国と西側の関係に対して排他的になってならないと主張し、「中国は一貫して、外交戦略のバランスを実現するために努力している」と指摘した。
 また、環球時報は同27日、ソウルでの日中韓首脳会談に関する社説で、米国が「中ロ朝対米日韓」という陣営対抗のストーリーをわめき立てて、中国と日韓の関係を壊そうとしていると非難した。
 中国とロ朝が同じ陣営であることを中国メディアがこのように明確に否定するのは珍しい。ロ朝と反米で共闘することがあっても、中国は「同じ穴のむじな」ではなく、ロシアのウクライナ侵攻を全面的に支援する北朝鮮と一緒にされるのは迷惑だと言いたいのかもしれない。(2024年6月9日)

 

贯彻落实新时代政治建军方略
为强军事业提供坚强政治保证

贯彻落实新时代政治建军方略<br>为强军事业提供坚强政治保证 - 解放军报 - 中国军网 (81.cn)

 

最高人民法院 最高人民检察院 公安部 国家安全部 司法部印发《关于依法惩治“台独”顽固分子分裂国家、煽动分裂国家犯罪的意见》的通知

 
 
中华人民共和国农村集体经济组织法
 

 中国の習近平政権は反転覆、反覇権、反分裂、反テロ、反スパイの「五反闘争」を開始した。「内部の裏切り者」を排除するとしており、外国や台湾に対する警戒を強めるとともに、国内の政治的粛清を徹底するとみられる。

 

■「反中敵対勢力」警戒

 

 習近平国家主席が「総体国家安全観」を打ち出して、4月でちょうど10年。これを機に、習主席の側近として知られる陳一新・国家安全相は4月15日と29日に総体国家安全観に関する論文を発表し、その中で五反闘争の展開を以下のように指示した。論文はそれぞれ、共産党理論誌・求是と幹部養成機関の中央党校機関紙・学習時報に掲載された。

 (1)反転覆保衛戦を遂行する。対外的に政治の安全を守る鋼鉄の長城を構築する。反中敵対勢力による西洋化・分裂の企てを強く警戒し、域外からの浸透、破壊、転覆、分裂活動に厳しく打撃を与えて、(民主化運動で政権を打倒する)「カラー革命」を断固として防ぎ、国内では政治の安全に影響する土壌を取り除く。インターネット、高等教育機関などのイデオロギー陣地を守り、各種の誤った思潮に反対して排斥する。

 (2)反覇権総体戦を遂行する。保護主義や「デカップリング(分断)・チェーン遮断」に反対し、一方的制裁や極限の圧力に反対し、断固としてあらゆる形の覇権主義と強権政治と闘争を行う。

 (3)反分裂主動戦を遂行する。断固としてあらゆる形の「台独」(台湾独立)の企てを挫折させ、外部勢力の干渉に反撃し、台湾スパイを法により処罰する。全力で国家統一を促進し、平和統一の民意の基礎を手厚く育てる。

 (4)反テロ狙撃戦を遂行する。域内でテロ事件が絶対に起きないようにするとともに、域外からのテロのリスクを厳重に防ぐ。反テロの国際協力を深める。

 (5)反スパイ攻防戦を遂行する。反スパイ協調体制を整備し、改正反スパイ法をしっかりと実施して、断固として内部の裏切り者を排除する。

 中国当局者の言う「覇権主義と強権政治」は米国を指す。米国をはじめとする西側のさまざまな攻勢に対する守りを固めて、共産党の一党独裁を堅持すると同時に、台湾の併合による国家統一を目指すということだろう。

 「五反」はもともと、毛沢東時代の初期に反贈賄、反脱税などを口実に民間商工業者を弾圧した政治運動を指す。その名称復活は、習政権下で進む中国共産党の左傾化を象徴している。

 

■習派高官も粛清

 

 陳氏の論文で特に目立つのは「内部の裏切り者排除」。話の流れから、政権内にいる外国や台湾への内通者の摘発を指すと読める。しかし、中国の政治情勢に詳しい香港消息筋はいずれも、政権内の粛清強化を意味すると解説。ある消息筋は「敵がいなければ、つくればよい」と語った。粛清自体が目的であり、口実は何でもよいということだろう。

 4月2日、党中央規律検査委員会が重大な規律・法律違反の疑いで調べていると発表した唐一軍・前司法相の失脚は、その一環かもしれない。

 習政権下の粛清や左遷はこれまで、主に江沢民派や胡錦濤派が対象だったが、唐氏は「之江新軍」と呼ばれる習主席の浙江省人脈に属する。胡政権下で政治諮問機関の人民政治協商会議(政協)入りして、政治の第一線から退いたが、習政権になると、同省の寧波市党委書記や省党委副書記、遼寧省長を歴任。その後、司法相に起用されたが、昨年1月、江西省政協主席に転じていた。

 習派は党内で唯一の有力派閥となったことから、粛清の対象は政権の非主流派だけでなく、習派にも広がっていく可能性がある。習派内には、党中央書記局の蔡奇筆頭書記(幹事長に相当)を筆頭とする福建閥、李強首相らの浙江閥などがあるが、首相の地位が事実上どんどん低下するなど浙江閥は劣勢。粛清の拡大は事実上、福建閥主導で進められると思われる。

 5月18日には唐仁健農業農村相が党中央規律検査委の調査対象になったと発表された。現職閣僚の摘発は珍しい。同氏は習派の劉鶴・前副首相に近いといわれる。劉氏は官庁エコノミスト出身で、習派内の地方閥には属していない。

 

■「世界秩序を再構築」

 

 陳氏は論文で国際情勢について「四つの構図、四つの転換」という基本認識も示した。具体的には(1)力の構図=一極から多極へ(2)発展の構図=協力から競争へ(3)安全保障の構図=安定から震動へ(4)ガバナンスの構図=調整から再構築へ─という内容である。

 興味深いのは(1)の中の「新興市場国と発展途上国が実力と独自の発展能力、国際的影響力を不断に増し、世界秩序を再構築する重要な力となっている」という認識だ。中国は最大の途上国であり、習主席は「中国式現代化は途上国の模範」との見解を示しているので、中国主導で新興・途上国が世界秩序を再構築していくことを想定しているのだろう。これまでの「国際秩序の変革が加速している」という現状認識よりも積極的な変革の意志が強く感じられる。

 「中国は現行国際秩序の受益者であり、擁護者である」という日ごろの主張と矛盾するようだが、中国を含む第2次世界大戦の主要戦勝国を中心とする現行秩序の枠組みを維持しつつ、その中で途上国の発言権を大幅に拡大して、先進国優位の現状を変えていきたいと考えているのだろう。

 以上のような安保・外交全般に関わる大方針を、政権中枢の党中央指導部のメンバーではない一閣僚が発表するのは異例。ただ、陳氏は習主席に近い上、習主席をトップとする党中央国家安全委の運営にも関与しているとみられるので、陳氏の論文は習主席もしくは党中央の認識を反映していると見てよい。スパイ防止を任務とする国家安全省が習政権下でいかに影響力を増しているかがよく分かる論文でもある。(2024年5月26日)

1日★日中防衛相会談

2日★ウクライナ大統領、「平和サミット妨害」と中国批判

5日 中国・ウクライナ外務次官会談

6日★中国・キルギス・ウズベク鉄道プロジェクトの政府間協定調印◇政協常務委、張暁明常務委員の辞職承認

7日 張又侠軍事委副主席、背広で登場─中パ首脳会談

10日 BRICS外相会議(~11日)

11日 新華社─「軍隊審計条例」署名~7月1日施行◇「BRICSプラス」─タイ、越、トルコなど参加

12日★欧州委─中国製EVに最大38%の追加関税

13日★中国首相、NZ・豪・マレーシア訪問(~20日)

14日 G7首脳声明─対ロ支援の中国金融機関を制裁

15日 中国海警の新規定施行─領海侵入者を60日間拘束◇ウクライナ平和サミット─中国欠席

16日★FT─習主席「米国は中国が台湾を攻めるよう仕向けているが、その手には乗らない」◇党中央規律委─前チベット自治区党委書記の呉英傑氏を調査

17日★軍事委、延安で政治工作会議(~19日)◇SIPRI─中国核弾頭、前年比90発増の500発

18日 中韓外交安保対話─初の次官級

19日★ロシア大統領訪朝─ロ朝新条約署名~有事相互支援を規定

21日★党中央規律委─党中央宣伝部の張建春副部長を調査◇★最高法院など、「台独」処罰の指針発表◇日本メディア─日産、常州工場を閉鎖

23日 ダライ・ラマ訪米

24日 蘇州で日本人母子襲撃事件

25日 丁副首相の中央科技委主任兼務が判明

26日 日本メディア─4月3日にも蘇州で日本人襲撃

27日★党政治局、国防相経験者2人の党籍剥奪◇3中総会の7月15~18日開催決定◇米中外務次官電話会談

28日★「農村集団経済組織法」成立─25年5月1日施行◇吉林、安徽両省と寧夏回族自治区の党委書記交代発表◇国家衛生委主任に雷海潮氏◇農業省党組書記に韓俊氏

 

 中国国家安全省の法律執行に関する新しい規定が7月1日から施行される。電子データに関する取り締まりに重点が置かれており、外国からの入国者を含め、スマートフォンなどの内部に保存された文書や画像に対する検査が強化されるとみられる。

 

■「反スパイ法」などが根拠

 

 国家安全省は4月26日、国家安全機関の行政法律執行手続きに関する規定(以下、規定1)と刑事事案処理手続きに関する規定(規定2)を発表した。規定1は反スパイ法、国家情報法、行政処罰法、行政強制法に基づいて、規定2は刑事訴訟法の実施を保障するため制定された。

 注目されるのは規定1の「電子設備、施設、プログラム、ツール」に対する検査規定。事実上はスマホ、パソコン、タブレットなどを指す。検査は、国家安全機関が市レベル以上の同機関責任者の承認を経て、検査通知書を作成して行うとされる。ただし、緊急の状況下では、法律執行人員が市レベル以上の国家安全機関責任者の承認だけで検査をその場で実施できる。

 反スパイ法にも同じような規定があるが、検査は「反スパイ工作の任務を執行している時」に行うと明記。検査担当者も国家安全機関職員だけで、それ以外の法律執行人員の記述はない。新規定は空港税関などによる日常的検査を想定していると思われる。

 また、反スパイ法に2回しか出てこない「電子」という言葉が規定1に16回、規定2には86回も登場。その多くは「電子データ」である。スマホなどによる反体制的コンテンツの国内持ち込みや拡散、機密の国外持ち出しに対する警戒を強めているようだ。

 

■台湾当局、訪中リスクを警告

 

 中国治安当局のこのような動きを受け、台湾行政院(内閣)大陸委員会は5月9日、中国本土では「国家安全保障」の定義が膨張して法律執行権力が拡大していると指摘し、本土に行く場合は「高いリスク」について考えて、本当に必要かどうか慎重に判断するよう呼び掛けた。「なるべく行くな」ということだろう。

 大陸委は前記の新規定について、旅客の電子機器を検査する権限を明文化しており、個人の権益に対する重大な侵害で、各界の萎縮効果も大きくなると警告。「中華民族の感情を害する」と認定されたものはすべて違法とされる恐れがあるとの見方を示した。

 一方、中国治安当局の事情に詳しい香港の消息筋は「中国税関はこれまでも、旅客の携帯電話を検査することがあった。新規定で検査がやりやすくなるというだけだ」と解説した。2019年に香港で反政府デモが続いていた頃、中国税関は香港人旅客の携帯電話を検査して、暴動の写真などを削除させていたという。

 同筋は「あなたの携帯電話が調べられても、中に反中国共産党の文書や中国の重要内部文書がなければ、心配することはない。他国でもやっていることだ」と述べた。しかし、多くの人にとって、スマホやパソコンの中のデータが問題視されるどうか以前に、内部データを勝手にチェックされることが問題なのであり、「心配するな」というのは無理な話である。

 コロナ禍が終わった後も、海外から中国を訪れる旅客数はコロナ禍前よりはるかに少ない状態が続いている。習近平政権が改革・開放の継続を唱えつつも、実際には排外的姿勢を強めているためだ。その上、中国の空港に着いたら、やたらとスマホの中を調べられるということになれば、訪中する外国人はますます減っていくだろう。(2024年5月12日)