中国外務省は、スパイ機関である国家安全省との関係をより緊密化している。もともと「戦狼外交」といわれてきた習近平政権の対外政策は、国家安全保障を理由に国際協調や経済発展を軽視するタカ派傾向がますます強まっていくとみられる。
■国家安全次官がお目付け役
中国外務省は7月上旬、公式サイトで、国家安全省の李謙次官が外務省指導部に異動したことを明らかにした。公安省(警察)と同じく「政法」と呼ばれる治安部門に属する国家安全省の高官が外務省に転じる人事は極めて珍しい。
国家安全省は他の官庁と違って公式サイトがなく、担当閣僚以外の高官名簿は公表されていないが、李氏は昨年8月、中越戦略安保対話のため、国家安全次官としてハノイを訪れたことがベトナム側で報道されており、対外交流を担当していたとみられる。
李氏は外務省内の共産党委員会メンバーになるとともに、党中央規律検査委が同省内に設けた出先機関の責任者に就任した。規律検査は汚職だけでなく、政治的忠誠心の有無も調べる。忠誠の対象は党とされているが、事実上は習近平国家主席(党総書記)である。スパイ機関の幹部が政治面のお目付け役として乗り込んできた形だ。
党政治局員で別格の地位にある王毅外相以外の外務省高官の中で、李氏の序列は同省党委の斉玉書記(閣僚級)、馬朝旭筆頭次官(同)に次ぐ3位。書記として省内の人事を握る斉氏も、党中央組織部副部長から異例の人事で外務省に送り込まれた。
つまり、トップ3のうち2人は外部からの起用。しかも、その2人はいずれも人事に関わる重要ポストにある。習氏は外務省プロパーの王氏を重用してきたのに、外務省自体はあまり信用していないようだ。
近年、駐米大使から外相に抜てきされた秦剛氏や、党中央対外連絡部(中連部)の部長で外相候補だった劉建超氏(元外務次官補)が相次いで失脚したことが今回の人事の一因になった可能性もある。
■前外務次官、国家安保関係の要職に
6月29日には、4月に外務次官を退任した孫衛東氏が閣僚級の要職に就任したことが確認された。中国共産党結成105周年を祝う行事を報じた国営中央テレビの映像で、孫氏は中央直属機関の閣僚級幹部の席に座った。空席になっていた党中央国家安全委の弁公室常務副主任(事務局筆頭次長)に起用されたようだ。同弁公室主任は、党中央指導者が兼ねるので、常務副主任は事実上、事務方の責任者となる。
中央国家安全委は、習氏が率いる中央政策決定議事調整機関の一つ。国家安保政策を扱うので、国家安全省が委員会内で重要な役割を果たしており、習政権2期目の弁公室常務副主任は当時の国家安全相が務めた。その後任は元外務次官補の劉海星氏(現中連部長)。孫氏が後を継いだことで、2人続けて外務省からの起用となった。
中央国家安全委は、党中枢の事務を取り仕切る中央弁公庁主任と党中央書記局筆頭書記(幹事長に相当)を兼務する習氏最側近の蔡奇氏が深く関与している。事実上の政権ナンバー2といわれる蔡氏は中央国家安全委弁公室の初代常務副主任で、今は同委員会副主席。弁公室主任も兼ねているとみられる。
外交を扱う中央政策決定議事調整機関としては中央外事工作委員会があり、やはり習氏がトップだが、蔡氏は加わっていない。中央外事工作委の弁公室主任は王外相が兼務。王氏は政治局員、蔡氏は上級の政治局常務委員であり、党機関としての格は中央国家安全委の方が高い。
外務官僚は要職に就くルートが増えたことになるが、極端に閉鎖的な国家安全部門や保守派の蔡氏からの影響が強まることは避けられないだろう。
■対外姿勢は「闘争」
外相などとして重用されてきたとはいえ、王氏が習氏にとって外様であるのに対し、国家安全相の陳一新氏は、習氏が浙江省党委書記だった頃の直属の部下。習派内のいわゆる「之江新軍」の一員だ。その見解は習氏個人の考えを強く反映しているとみられる。
陳氏は国家安全教育の日(4月15日)を機に、国家安保に関する論文を党理論誌・求是に発表。対外的に「反転覆、反覇権、反分裂、反テロ、反スパイ、反封鎖闘争」を展開しなければならないとして、次のように説明した。
一、反転覆闘争=敵対勢力による「カラー革命」「街頭政治」など各種の浸透・転覆活動に厳しく打撃を与え、政権の安全、制度の安全、イデオロギー面の安全を力強く守る。
一、反覇権闘争=あらゆる一方的行動と強権的いじめに反対し、関税戦、貿易戦、科学技術戦、世論戦などの理不尽な行為に断固として反撃する。
一、反分裂闘争=「台独(台湾独立)」分裂勢力と外部勢力の干渉に断固として反対し、法律によって「台独」頑固分子に打撃を与える。チベット自治区と新疆ウイグル自治区における反分裂闘争を全面的に強化する。香港・マカオの長期的繁栄と安定を維持、促進する。
一、反テロ闘争=中国本土域外のテロ活動が域内に及ぶのを厳しく防止する。
一、反スパイ闘争=法律によって各種の機密窃取に打撃を与え、内通者を探し出す。輸出統制と安保審査の制度を整備し、食糧、エネルギー資源、重要な産業チェーン・サプライチェーン、重要インフラの安全を確保する。
一、反封鎖闘争=人工知能(AI)の技術革新を全面的に推進して、外国の技術を入手できない問題を解決し、水準の高い科学技術の自立自強を保障する。
なお、カラー革命とは、大群衆が非暴力の街頭行動で独裁政権を倒す政変で、ウクライナのオレンジ革命(2004年)がよく知られている。
これらの闘争方針は、「いつも外国から虐げられている」という中国共産党(特に保守派)の被害妄想的感覚がよく表れている。陳氏は「覇権」「一方的行動」「強権」を批判するだけでなく、一部の国が武力侵攻、資源略奪など「帝国主義的手段」に訴えていると指摘しており、警戒の主な対象が米国であることは明らかだ。
5月に訪中したトランプ米大統領が中国に融和的姿勢だったことから、日本では「米中急接近で日本が取り残されるのではないか」と懸念する声もあるが、陳氏は7月6日に国家安全省党委が開いた会議でも同趣旨の演説をしており、「トランプ政権とは仲良くできる」というような甘い見方はしていない。
筆頭外務次官の馬氏も7月15日、中央党校機関紙の学習時報に掲載した論文で「中米の建設的戦略安定関係を推進する」としながらも、米国に対する具体的スタンスとしては「闘争精神を発揚し、闘争の本領を高める」と強調した。重要なのは相互理解や協調・協力ではなく、闘争なのだ。
中国は経済失速で閉塞(へいそく)感が広がっている上、政権の支柱である軍は大粛清で混乱が続き、習氏が重用した政治局員が相次いで失脚するなど、政局も安定感を欠く。習氏はこのような状況下で、来年秋に開かれる見通しの第21回党大会の準備を進めなければならない。次期指導部人事などで主導権を維持するためにも、国内は引き締め、対外的には強硬という姿勢を一層鮮明にせざるを得ないとみられる。(2026年7月21日)