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中国の国防動員法が全面的に改正された。改正法は10月1日から施行される。経済・社会全体を迅速かつ全面的に平時から戦時の体制へ転換できる仕組みを確立するとともに、危機対応を理由に習近平国家主席(共産党総書記)の長期執政を正当化する狙いもあるとみられる。
■初の法的定義
中国の国会に当たる全国人民代表大会(全人代)常務委員会は8月28日、国防動員法の改正案を可決した。胡錦濤時代の2010年に制定されてから改正は初めてで、習政権の方針に沿って、条文が大幅に改められた。
旧総則で同法制定の目的は「国家の主権、統一、領土保全、安全を守るため」とされていたが、守る対象に「発展の利益」が追加された。これは、国防政策の基本法である国防法に倣った改正で、動員は国土防衛のケースに限らないということだろう。
さらに、初めて国防動員が法的に定義された。前述の守るべき国家の主権などに対する脅威に直面した場合に「国家が法律に基づいて必要な措置を取り、平時・戦時の迅速な転換を保障して、経済・社会の実力を国防の実力に転化する活動」であると明記された。
中国では江沢民時代の1994年に国家国防動員委が発足したが、国防動員法の制定はその16年後、全軍を指揮する中央軍事委に国防動員部が設けられたのは習政権下の2016年だった。それまでは旧総参謀部の一部門にすぎなかった。
世界最大の軍隊を擁し、その力を誇示している中国にしては意外なことだが、戦時に国家総動員体制をつくり上げる仕組みは長年、実質的な整備が行われていなかった。動員の実務を担う地方政府機関として国防動員弁公室の新設が全国各地で始まったのは、習政権が3期目に入った22年の第20回党大会の後で、割と最近のことである。
改正法に盛り込まれた国防動員の法的定義は、戦時の動員が軍隊だけでの仕事ではなく、社会全体が担う責務であることを強調する狙いがあるとみられる。
総則には、国防動員が中国共産党の指導下で「習近平強軍思想」と習氏の「総体国家安全観」、軍事戦略方針に基づいて実施されることも明記された。形式上、動員令(全国総動員もしくは部分的動員)は全人代常務委の決定に基づいて、国家主席が出すが、事実上は党が決めるということである。
■民生用資源を「徴収」
国防動員の実務に関する大きな変更は、地方政府による民生用(非軍事用)資源の「徴用」に「徴収」が追加されたことだ。徴用は一時的に使用することだが、徴収は日本で言う「収用」に当たると思われる。つまり、動員が解除されても返還されない。
警察、検察などの治安関係機関を統括する党中央政法委の機関紙・法治日報は8月29日、全人代常務委法制委、国家発展改革委、中央軍事委国防動員部の担当責任者による国防動員法改正に関する説明を紹介した記事で、重点の一つとして、「民生用資源の徴用・徴収・補償制度が整備された」ことを挙げた。最大の経済官庁である国家発展改革委は国防局のほかに国防動員総合局を設け、国家国防動員委の日常業務を担っている。
国防動員法にはもともと、徴用に対する国家の補償が規定されており、今回の改正で徴用と徴収に対する「公平で合理的な」補償と書き換えられた。法治日報が言う制度整備はこれを指すのかもしれないが、どう補償するかについては改正前と同様、「国家の関連規定による」としか書かれていない。
中国共産党政権が毛沢東時代の「社会主義改造」で、民間企業を買収すると称して、実際には収奪したことは、よく知られている。また、習政権下でも、財政難に陥った地方当局が警察の捜査などを口実にして民間企業から資産を奪う違法行為が横行している。このような国で「国防動員時の徴用・徴収による損失はきちんと補償される」と言っても、信用する人は少ないだろう。
また、改正前の国防動員法では、民生用資源は「社会生産、サービス、生活の各施設・設備・場所とその他の物資」を指すとされていたが、「交通手段」が加えられた。自動車や航空機、船舶などを想定しているとみられる。
なお、中国国務院(内閣)台湾事務弁公室の報道官は9月2日の定例記者会見で、中国に進出している台湾企業の資産や技術にも「徴収」条項は適用されるのかとの質問に対し、直接の回答を避け、「国家は法律に沿って、国防動員活動に参加した組織・個人の合法的権益を保障する」と述べただけだった。
■「国民皆兵か」と懸念の声も
「国家は先進技術の国防動員における応用を進め、新興領域の国防動員力を発展させる」という新たな条文も注目される。先に引用した法治日報の記事によると、担当責任者はこの条文追加について「現代戦争の進化の流れに順応したもので、党中央の関連政策決定による重要な措置だ」と指摘。第20回党大会やその後の中央委総会が「新域新質(新しい領域、新しい質)作戦力の比重を増す」「新域新質作戦力を大々的に発展させる」「新域新質作戦力の規模適正化、実戦化、体系化の発展を推進する」との方針を示したことを受けた改正であることを明らかにした。
中国軍関係者のこれまでの説明によれば、「新しい領域」とはインターネット、宇宙、深海などを指す。国防動員法の言う「新興領域」も似た意味だと思われる。従って、IT関連企業などが今後、軍事協力の拡大を求められることになるだろう。国防のための業務を負担すべき業種にも「サイバーセキュリティー」が加えられた。
人員の面では、動員時に招集される「予備役人員」が「後備兵員」に改められた。後者について詳しい説明はないが、前出の担当責任者がこの変更について「関連法の規定により、予備役人員の規模が大幅に縮小したため」と述べていることから、招集対象を予備役以外の一般市民に広げ、予備役の減少分を補う方針とみられる。
以上のように、国防動員法の改正は、もともと軍事色の濃い社会主義体制下の中国社会をさらに軍事化するもので、中国のSNS上では「国防動員法に大学の軍事訓練。国民皆兵か」といった懸念のほか、「数年後に台湾海峡戦争が勃発するかもしれない」という声も出ている。
現実には、中国軍は大粛清の結果、中央軍事委員を含め要職の大半が空席。長年、習氏の秘書を務め、その分身のような存在だった鍾紹軍中将(元中央軍事委弁公庁主任)ですら、8月下旬の全人代常務委会議で全人代代表(国会議員)の罷免が公表されて、失脚が確認されており、内部は混乱状態だ。中国軍は今後数年、指導部の立て直しと国防動員体制の整備に注力せざるを得ないと思われる。
国道動員法の大改正には政局絡みの要素もあるようだ。習政権は近年、「極端な状況下でも経済の正常な運営を確保できるようにする」「経済を国内大循環主体にする」などと有事に耐えられる体制を構築する必要性を繰り返し強調。同時に、日本の「新型軍国主義」や「台独(台湾独立)分裂勢力」に対する非難と威嚇を強めて、国内で危機感をあおっている。
習氏が慣例を無視して、トップリーダーの座に居座り続けるには、非常事態に備える雰囲気が盛り上がった方が都合が良い。次期指導部人事を決める来年の第21回党大会の準備が秋の中央委総会で正式に始まる直前に、戦時の動員を強化する法改正を行ったのは偶然ではないだろう。(2026年9月8日)
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中国共産党内の「腐敗分子」を粛清する中央規律検査委員会が突然、総会を開いた。近年の中国で8月前半の夏季休暇直後の真夏に臨時の重要会議が設定されるのは極めて珍しい。謎の多い会議だが、習近平国家主席(党総書記)の威信を高め、習派を拡大しようとする意図は明らかで、習氏の個人独裁を強化するため、党内の政治的引き締めが今後、一段と強化される可能性がある。
■「習近平党建思想」を学習
中央規律検査委は、5年に1回の党大会前後を除けば、毎年1月に総会を開く。前年の仕事を総括し、新しい1年の任務を明確にするためで、習氏をはじめとする党最高幹部(政治局常務委員)が全員出席する。
習政権1期目の第18期中央規律検査委は2014年10月に第4回総会を開いたが、これは例外的な会議だった。出席した政治局常務委員は中央規律検査委書記だけ。同年の最重要会議である中央委第4回総会(4中総会)で政治規律と直接関係する「依法治国(法律による国家統治)」推進の重要文書が採択されたことから、中央規律検査委はその直後に総会を開いて、中央委の方針を徹底する必要があったのだ。
しかし、第20期中央規律検査委は今回、党大会前後でも中央委総会の直後でもない8月22日に第6回総会を開催した。中央規律検査委書記(李希氏)以外の政治局常務委員は出席しなかった。
公式発表によると、同総会は「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」、特にその中の「習近平党建思想」を学習した。習近平党建思想は習氏の党組織建設に関する指導理念として、6月に公式化された。
総会は習氏に対する個人崇拝スローガン「二つの確立」「二つの擁護」を掲げただけでなく、規律検査機関は「全面的に厳格な党内ガバナンスを推進する重要な力」であり、揺るぎない心構えで「習近平党建思想の確固たる信仰者、忠実な実践者」とならねばならないと強調した。同思想を習思想全体の中核として、いかに重視しているかが分かる。
今期の5中総会は10月に開かれ、「全面的に厳格な党内ガバナンスの持続的推進に関する重大な問題」について話し合うことが7月の政治局会議で決まっている。党内ガバナンスが議題なので、習近平党建思想が取り上げられる可能性が大きい。前例に従えば、中央規律検査委第6回総会は5中総会の直後に開かれるはずだったが、実際には順序が逆になった。
さらに、中央規律検査委は8月20日から機関紙で習近平党建思想の学習記事を連載するなど、独自の政治宣伝を展開。中央委総会の後にその決定を学ぶのではなく、逆に中央委総会の前に習氏への個人崇拝ムードを高める役割を担う形になっている。
■主流派2人が昇進
中央規律検査委第6回総会では幹部の人事異動もあり、趙世勇、張忠の両氏が副書記(閣僚級)に補選された。前職は、趙世勇氏が中央規律検査委組織部長、張忠氏が江蘇省規律検査委で、いずれも次官級からの昇進だ。
趙世勇氏は江蘇省時代に副省長や省党委秘書長を歴任。当時の上司は現国務院秘書長(官房長官に相当)の呉政隆氏(元江蘇省長、党委書記)だった。呉氏は現在、政権ナンバー2である李強首相(元江蘇省党委書記)の片腕なので、趙世勇氏の昇進は李強氏の顔を立てるものであろう。
張忠氏も江蘇省からの転任ながら、同省勤務はわずか3年。現全国人民代表大会(全人代=国会)常務委員長で政権ナンバー3の趙楽際氏が人事担当の党中央組織部長だった頃の部下で、同氏が中央規律検査委書記に就任してから、規律検査関係の次官級ポストに昇格した。趙楽際氏に近いとみられる。
中央規律検査委の新しい副書記2人はいずれも現政治局常務委員の人脈に属するということになる。
■非主流派2人を解任
一方、副書記だった肖培、傅奎の両氏は第6回総会でひな壇の幹部席ではなく、幹部以外の委員席に座った。さらに、両氏は8月28日に開かれた全人代常務委の定例会議で、中央規律検査委副書記が兼任する国家監察委副主任を解任されており、同副書記を退任したことは確実だ。
本欄「貢献最大の盟友にも矛先◇習主席の党内粛清拡大」(8月4日配信)で詳述したように、肖氏は習政権1期目に中央規律検査委書記として習氏の権力拡大を支援した王岐山氏(前国家副主席)の直系。習政権2期目以降、習、王の両氏が疎遠になったことから、王氏の元側近が次々と失脚しており、肖氏は6月、儀礼的役割しかない人民政治協商会議(政協)の閑職に選ばれていた。
傅氏も8月26日、政協の閑職に選出され、左遷が確定した。中央規律検査委のプロパー官僚だが、王氏が中央規律検査委書記だった時期に次官級に昇進したので、その一派と見なされたのかもしれない。「疑わしきは排除する」という方針のようだ。
新任2人、退任2人なので、文官の副書記7人体制は変わっていない。ただ、中央規律検査委のような重要機関で複数の主要幹部を同時に左遷するのは異例の人事だ。
中央規律検査委は習氏の思想を大々的に宣伝して個人崇拝をあおるとともに、組織を習派の集団として純化する人事を断行。来年の第21回党大会に向けた駆け引きの中で、反腐敗闘争の強化により、習氏の「先兵」として、これまで以上に党内でにらみを利かせることになりそうだ。
■軍が不安要素
ただ、政局絡みの動きが活発な中央規律検査委にも不安要素がある。7月に中央軍事委内の規律検査委書記(以下、軍規律委)に就任したことが明らかになった張曙光氏が中央規律検査委員として第6回総会に出席したが、慣例に反して、副書記に選ばれなかった。軍規律委書記はこれまで、中央規律検査委副書記を兼ねていた。
中国軍は「党の軍隊」なので、軍の規律検査は党内ガバナンスの重要な一部。しかも、反腐敗闘争による軍内の大粛清がまだ続いている中、軍の規律検査責任者が党の中央規律検査委指導部に入っていない状態は正常ではない。
軍規律委の前書記だった張昇民氏(中央軍事委副主席)は今も中央規律検査委員のはずだが、同総会に参加しなかった。軍制服組トップという立場になったので、中央規律検査委員として活動する必要がなくなったと思われるが、そうであれば、張曙光氏を早く中央規律検査委副書記に任命すべきだろう。
一つ気になるのは、中央軍事委の後勤保障部(後方支援部門)が8月24日、ロケット軍(ミサイル部隊)による物資調達の不正に関する情報を提供するよう社会に呼び掛ける公告を出したことだ。期限は11月30日までとしている。
ロケット軍は今回の軍粛清が始まった頃から重点調査対象となって、既に歴代司令官4人が全員失脚。同軍出身でいまだに政治的に健在な現役の大物は張昇民氏ぐらいしかいない。同氏はロケット軍の前身である第2砲兵出身で、現在唯一のロケット軍上将(大将に相当)なのだ。
約3年前に出た全軍の物資調達に関する同様の公告は当時の李尚福国防相(元中央軍事委装備発展部長)の粛清につながり、反腐敗を口実とする軍の内紛が激化。その結果、軍人の筆頭格だった張又侠氏(8月28日、国家中央軍事委副主席解任)を含む中央軍事委員の大半が失脚した。もし、中央軍事委員を補充しないまま、張昇民氏までが粛清されれば、全軍を指揮する中央軍事委は文官の主席である習氏だけになり、軍指導部に軍人が全くいないという前代未聞の事態となる。(2026年8月30日)
中国共産党政権で今年最も重要な会議が10月に開かれることが決まった。この会議で、来年後半とみられる第21回党大会の準備が正式に始まる。次期指導部人事が焦点となるが、習近平国家主席(党総書記)が人事のルールを大きく変えたため、予想は極めて難しい状況だ。
■10月に5中総会
中国共産党の指導部である政治局は夏休み前の7月30日、定例会議を開き、党の第20期中央委員会第5回総会(5中総会)を10月に北京で開催すると決定した。党大会は5年に1回で、前回は2022年秋に開かれ、習政権が異例の3期目に入った。慣例に従えば、5中総会は第21回党大会を来年後半に開くことを決める。指導者たちは8月前半に夏季休暇を取るので、開催時期は秋になる見込みだ。
党大会前年の中央委総会はイデオロギーや党組織建設について話し合うことが多い。本欄が今年6月30日配信の「習近平主席4選の布石か◇新「思想」大々的に宣伝」で紹介したように、党内では最近、習氏の新たな指導理念として「習近平党建思想」が特に宣伝されているので、5中総会は習氏の威信をさらに高めるため、同思想を取り上げる可能性がある。
5中総会の決定を受け、党大会代表(代議員)の選出や政治報告の起草などの準備作業が始まる。最も注目されるのは最高幹部の政治局常務委員などの次期指導部人事だ。建前上は、党大会代表が中央委員を選び、中央委員が指導部メンバーを選出するが、実際には事前に水面下で行われる駆け引きで人事は固まる。
■外様は引退へ
習氏は憲法改正により、2期10年までとされていた国家主席の任期を撤廃し、現在3期目の途中。来年74歳になるが、江沢民・胡錦濤政権と違って、後継者を決めておらず、今のところ、3期15年で引退する兆しはない。
一方、江政権の途中から当初70歳、その後、67歳までとされていた党指導者の定年内規は習政権下でうやむやになり、67歳以下でも引退させられたり、68歳以上でも指導部入りしたりするケースが出てきた。このため、習氏以外の政治局常務委員人事を予測するのは、至難の業と言えるほど難しくなった。
習氏を除く政治局常務委員6人のうち、丁薛祥筆頭副首相(63)以外の5人は1950年代生まれで、来年は68~72歳になる。昔ならば自動的に引退だったが、習政権では72歳で政治局員に再任されたケースがあり、68歳以上で留任する常務委員が出てもおかしくはない。
ただ、丁氏や李強首相、党中央書記局の蔡奇筆頭書記(幹事長に相当)、党中央規律検査委の李希書記がもともと習派であるのに対し、全国人民代表大会(全人代=国会)の趙楽際常務委員長と人民政治協商会議(政協)の王滬寧主席は外様。しかも、両者は既に政治局常務委員2期目であり、続投は難しいだろう。
企業に例えると、政治局常務委員は代表取締役、政治局員は取締役に当たり、新しい常務委員は通常、政治局員の中から選ばれる。政治局員は形式上、全員が同格だが、事実上の格には違いがあって、全国の都市の中で経済規模が最も大きい上海市のトップ(市党委書記)は89年の天安門事件後、ほぼ全員が常務委入り。北京市党委書記、党中央弁公庁主任、党中央組織部長、副首相を務める政治局員も常務委員に昇格する確率が高い。同主任は総書記の首席秘書官のような役割を果たしている。
現政治局員では、陳吉寧(上海市党委書記)、尹力(北京市党委書記)、石泰峰(中央組織部長)、何立峰(副首相)、劉国中(同)、張国清(同)の6氏が該当する。中央弁公庁主任は、政治局常務委員の蔡氏が兼ねている。
何、石の両氏以外の4氏は60年代前半の生まれ。何氏は55年生まれで、既に70歳を超えているものの、習派の中核を成す福建閥の主要メンバーだ。56年生まれの石氏は習派とは見なされていないが、習氏が中央書記局筆頭書記として幹部養成機関の中央党校校長を兼任していた時期に同校の副校長だったという縁はある。
習氏の母校である清華大学人脈に属する陳吉寧氏は最近まで「常務委入り当確」との見方が多かった。しかし、この人脈を束ねてきた陳希氏(元中央組織部長)が中央党校校長を退任したことが6月に判明。同氏失墜の影響がその人脈全体に広がっていく可能性は否定できない。
なお、党大会では毎回、意外な人事が何件もあるので、ここで名前が挙がらなかった政治局員にも昇進の可能性はある。
■「北戴河会議」は昔話
中国ではかつて、毎年夏に北京から比較的近い避暑地の北戴河(河北省)で要人の会合が開かれ、「北戴河会議」と呼ばれた。その当時は秋の中央委総会もしくは党大会の根回しが北戴河で行われていたが、習政権下では、そのような会合は開かれていないと思われる。
毛沢東時代の北戴河会議は党中央工作会議などの公式会議が中心だった。鄧小平・江沢民時代には、主に現役指導者と有力長老が意見を交換する場となった。革命世代の長老たちが非常に大きな政治的影響力を持っていたので、その意見を総書記や首相らはよく聴かなければならなかったからだ。夏の間、首都が北戴河へ移転したかのような状況で、現役指導者が北戴河で外国要人に会うことも多かった。
胡錦濤時代になると、党・政府など主要機関の指導者が夏に大挙して北戴河へ移動し、「遷都」することはなくなった。江氏という新たな有力長老が存在したが、革命世代の長老はほとんどいなくなった。
2012年に発足した習政権は当初、総書記経験者である江、胡の両氏が健在で、その意見を聴くことがあったのかもしれない。だが、22年の第20回党大会で起きた「退場」事件で、胡氏は政治活動ができる健康状態ではなくなったことがはっきりした。その直後に江氏が死去した。習政権の最有力OBだった李克強前首相も翌23年、亡くなった。
また、習政権は国民だけでなく、党員の言論統制も強化し、退職幹部も含めて「みだりに中央による政治について論じてならない」と公式文書で強く警告。さらに、「反腐敗」を口実に元側近を粛清する手法で複数の有力OBの動きを封じている。
個人独裁を志向する習氏は、政権中枢に非主流派が存在することすら認めなくなっており、OBの声に積極的に耳を傾けるとは思えない。5中総会に向けた根回しは、専ら習派内部の利害調整という形で進められるとみられる。(2026年8月16日)
習近平中国国家主席の北朝鮮訪問(6月8〜9日)は中朝関係の難しさを再認識させる結果となった。習氏は政治、軍事両面で勝手気ままに振る舞う金正恩労働党総書記に対して、なかなか抑えが利かない状況だが、外交戦略上の実利だけでなく、自身の左傾化というイデオロギー面の事情もあって、融和的になっているようだ。
■核保有を黙認?
習氏は7年ぶりの訪朝で「鮮血で固めた伝統的友誼(ゆうぎ)」を強調したが、近隣外交の重点としてきた「朝鮮半島の非核化」「半島の平和と安定維持」には言及せず、核戦力を強化して韓国を敵国扱いする正恩氏の政策を黙認するかのような態度を示した。2024年に中朝関係が悪化したのは、北朝鮮がロシアとの軍事同盟締結で中ロ朝3国間の伝統的バランスを崩したからだったのに、中国の方からすり寄る形となった。
普段は中国に対して非常に気を使う韓国政府が6月17日の中韓外務省局長級協議で「中国が北朝鮮の核保有を黙認したという説が広まるのは良くない」と申し入れたことからも、訪朝時の習氏がいかに低姿勢だったのかが分かる。
国力ではるかに優位にある中国側が正恩氏のご機嫌取りをせざるを得ないのはなぜか。その点を理解するには、中朝関係の特異な歴史を振り返る必要がある。
■失敗した核協議
東西冷戦時代の中ソ朝関係は基本的に安定していた。3国がいずれも一党独裁プラス計画経済の社会主義国だったことに加え、北朝鮮の初代最高指導者だった金日成首相(後の国家主席、正恩氏の祖父)が中ソ両国との関係をうまく処理して双方から支援を得たからだ。若い頃に中国共産党指導下の抗日パルチザンやソ連軍の部隊で活動し、朝鮮戦争で中国軍と共に戦った経験から、中ソの事情を熟知していたのだろう。
しかし、1990年代前半に大きな変化が生じる。ソ連と中国は相次いで韓国と国交を樹立して、西側に傾いた。そして、ソ連は崩壊。中国は天安門事件後の左傾路線を修正して市場経済化の改革を開始し、計画経済を堅持する北朝鮮とは全く異なる路線を歩み始めた。94年には金日成主席が死去した。
中ロとの関係が政治、経済両面で疎遠になった北朝鮮は、核兵器開発を本格化させた。2代目の金正日氏(正恩氏の父)は、非核化に向けた日米韓中ロとの6カ国協議などに応じたものの、実際には核開発を続け、2006年に核実験を強行。中ロも国連安全保障理事会の制裁決議に賛成するようになった。軍事同盟を規定した中朝友好協力相互援助条約(1961年締結)は死文化した。
■「中国の北朝鮮化」
2010年代前半のほぼ同時期に政権を握った習氏と正恩氏の関係も良くなかった。習氏は14年、国家主席として、同じ社会主義国である北朝鮮よりも先に韓国を訪問。翌15年の中国抗日戦争勝利70周年記念行事にも韓国の朴槿恵大統領(当時)を招いた。北朝鮮からの参加者は、政権首脳ではない党書記だった。その後、筆者は非公式の懇談の場で、在京の北朝鮮関係者が習氏を名指しでののしるのを聞いて、驚いた記憶がある。
習氏は2期目の19年になって、ようやく北朝鮮を訪れた。当時は、トランプ米大統領が正恩氏に接近して核問題を話し合っていたので、その流れを中国も後押しするという形だった。
だが、前述のように、ロ朝の急接近で中朝関係は冷却化。昨年9月、習氏が中国抗日戦争勝利80周年記念行事に正恩氏を招いたのを機に、関係が修復された。習氏が下手に出たのは、中ロ朝関係のバランス回復や対米共闘体制の強化といった外交戦略上の必要があったからだろう。
さらに、習氏が2期目以降、個人独裁強化、民営企業バッシング、香港民主派弾圧など、急激に左傾化したことも影響した可能性がある。「日本軍国主義復活」批判でも中朝は今や同じ主張を展開。在外中国人の間でささやかれてきた「中国の北朝鮮化」が進んだ結果、共同歩調を取りやすくなったとみられる。(2026年6月21日)
中国の習近平国家主席(共産党総書記)は党内の粛清をさらに拡大し、自分の権力基盤固めに最大の貢献をした、かつての盟友にまで矛先を向けている。来年開かれる第21回党大会での総書記4選に向け、個人独裁体制の不安要素を徹底的に排除する狙いがあるようだ。
■王岐山氏の直系左遷
中国共産党内で高官の不正を取り締まる中央規律検査委員会の常務委は7月3日、同党結成105周年祝賀大会で習近平国家主席(党総書記)が行った演説の精神と習近平党建思想を学ぶ会議を開いたが、国営中央テレビのニュース映像では、これまで中央規律検査委副書記(閣僚級)だった肖培氏の姿が見えなかった。
肖氏は、習政権1期目(2012~17年)に中央規律検査委書記として習氏を支え、政権の基礎をつくった王岐山氏の直系。王氏が北京市長だった時期に08年北京五輪組織委の報道宣伝部長を務め、その後、中央規律検査委でも宣伝部長として王氏に仕えた。
肖氏は6月24日、国政諮問機関である人民政治協商会議(政協)の社会・法制委員会副主任に選出されていた。高官を処分する権限を持つ中央規律検査委副書記を解任され、実権のない政協の閑職に回されたことになる。1961年1月生まれで、既に閣僚級の定年(65歳)に達していたが、規律検査委の要職は通常、任期満了(今期は来年)まで務める。現副書記の中にも60年生まれで続投している者がおり、肖氏の異動が左遷人事であることは明らかだ。
中央規律検査委は王書記の時期に組織が拡充され、「反腐敗闘争」で習氏の政敵を次々と打倒。王氏に近い幹部が多かったが、肖氏が追い出されたことで、王氏の影響力は一掃された。このパターンの人事では、左遷後に粛清される可能性もある。
■自宅軟禁説も
王氏は文化大革命の頃、都市の青年を農村などへ派遣する「下放」先で習氏と知り合ったといわれる。習氏の父と王氏の岳父はいずれも元副首相で、両者は「太子党」と呼ばれるエリート階層に属する。無派閥で権力基盤が弱かった習氏が政権1期目に頼った有力者の一人が王氏だった。王氏が政府系金融機関の破綻処理や新型肺炎(SARS)対策で活躍し、その剛腕ぶりが知られていたからだろう。習政権2期目(2017~22年)になると、王氏は高齢のため党指導部を離れたが、国家副主席として儀礼的な外交活動を担った。
しかし、習氏は権力を拡大するにつれ、左傾化していったことから、思想面では比較的柔軟といわれる王氏とは疎遠になった。20年以降、王氏と親密だった実業家や元側近が投獄された。ただ、その一方で、王氏の元部下が要職に起用されるケースもあった。
今年に入って、風向きがはっきりした。王氏の元部下が3月、6月、7月と立て続けに反腐敗で粛清された。3月に失脚して国家金融監督管理総局の副局長(次官級)を解任された周亮氏は、王氏が次官級の頃から約20年もその側近ポストを務めた。6月には、北京市長時代の王氏の秘書役を担った黎暁宏氏が失脚した。7月15日に不正調査対象になったと発表された蔡赴朝氏は、前出の肖氏が北京市で宣伝工作を担当していた時期の上司(市党委宣伝部長)。現役を退いて久しく、75歳という高齢での処分は珍しい。
7月下旬にも、王氏の別の元部下(元中央規律検査委常務委員)が拘束されたとのうわさが流れており、王氏関係者の粛清はまだ続いていると思われる。
王氏についても事実上の自宅軟禁説が出ている。中国で要人の関係者が多数捕まる場合、最終的に要人本人を粛清するケースと、要人をけん制して動きを封じるだけのケースがあるが、王氏がどちらなのかは今のところ、はっきりしない。
江沢民元国家主席と李克強前首相は既に他界し、胡錦濤前国家主席は健康状態が悪くて政治活動はできないとみられるので、王氏は今や数少ない健在な有力OB。しかも、国民や党員の間で人望がある。猜疑(さいぎ)心がますます強くなっている習氏が「放置できない」と考えても、おかしくはない。
■「旧友」は皆失墜
「習1強」確立の功労者なのに習氏に敵視されるようになったという点で、王氏への圧迫は、1月に中央軍事委の張又侠副主席(当時の制服組トップ)が打倒された事件とよく似ている。張又侠氏も太子党で、その父(将軍)が習氏の父の戦友だった。両氏は子供の頃に北京で通っていた学校が違うので、幼なじみかどうかは分からないが、父親同士の関係で縁があったことから、習氏は軍の掌握で張又侠氏を頼った。同氏は軍内の内紛を勝ち抜いて、軍人として名実ともにナンバーワンとなったのに、結局、習氏に切り捨てられた。この結果、軍上層部は要職の大半が空席という事態になり、修復にてこずっている。
6月に幹部養成機関の中央党校校長解任が判明した陳希氏(元党中央組織部長)は太子党ではないが、習氏とは清華大学の同窓で、昔から個人的関係があった点は共通している。習政権1期目に党・政府などの高官人事を握る中央組織部の常務副部長(閣僚級)、2期目に同部長を務め、3期目に入る際、同部長を退任したが、兼務していた中央党校校長は続投した。習政権で10年以上も人事に関わってきた政権運営のキーパーソンだった。
昨年春、陳氏が中央組織部長のポストを譲った李幹傑氏(清華大学出身)が党中央統一戦線工作部長に事実上左遷された異例の人事が、今回の中央党校校長解任の前兆だった。校長解任の直後にも、陳氏が中央組織部長時代に同部へ呼び寄せた張光軍氏が同部の副部長から科学技術次官に異動させられた。次官級の横滑りながら、政治的実権は大幅に縮小し、これも事実上の左遷である。陳氏を中心とする清華大学閥は既に解体されたと言ってよい。陳氏がこれまでに引き上げてきた多くの幹部は、影響を免れないだろう。
王、張又侠、陳の3氏はいずれも習氏に歯向かったわけではない。ただ、自分個人の権力絶対化を追求する習氏としては、特定の部門に大きな影響力を持つ人物の存在自体がだんだん許容できなくなっているのかもしれない。
以上の人事により、習氏が官僚になる前から面識があった旧友の有力者は全員失墜。習政権の主要人物は、中央党校校長を兼ねた党中央書記局の蔡奇筆頭書記(幹事長に相当)のように、習氏との関係が部下としてスタートした従者タイプの幹部だけになった。ワンマンに必要なのは手下だけで、盟友はいらないというわけだ。
習氏がかつて勤務した福建省の人脈に連なる蔡氏は、総書記の首席秘書官に当たる党中央弁公庁主任も兼務し、党務の責任者として絶大な権力を手にしている。従者タイプの典型としては、浙江省人脈の李強首相や党・政府の外交部門で権勢を振るう王毅外相(党中央外事工作委弁公室主任を兼任)もいる。
蔡氏らは、現段階では権力闘争の勝ち組だ。ただ、習政権下で実権が縮小した国務院(内閣)を率いる李氏が地味に立ち回っているのに対し、党中央における蔡氏と外交部門における王氏の影響力は前例がないほど大きくなっている。両氏を習氏が引き続き特別扱いして重用するのか、いずれ何らかの形で抑制して政権内のバランスを取るのかが今後の政局の注目点となる。(2026年8月2日)
中国外務省は、スパイ機関である国家安全省との関係をより緊密化している。もともと「戦狼外交」といわれてきた習近平政権の対外政策は、国家安全保障を理由に国際協調や経済発展を軽視するタカ派傾向がますます強まっていくとみられる。
■国家安全次官がお目付け役
中国外務省は7月上旬、公式サイトで、国家安全省の李謙次官が外務省指導部に異動したことを明らかにした。公安省(警察)と同じく「政法」と呼ばれる治安部門に属する国家安全省の高官が外務省に転じる人事は極めて珍しい。
国家安全省は他の官庁と違って公式サイトがなく、担当閣僚以外の高官名簿は公表されていないが、李氏は昨年8月、中越戦略安保対話のため、国家安全次官としてハノイを訪れたことがベトナム側で報道されており、対外交流を担当していたとみられる。
李氏は外務省内の共産党委員会メンバーになるとともに、党中央規律検査委が同省内に設けた出先機関の責任者に就任した。規律検査は汚職だけでなく、政治的忠誠心の有無も調べる。忠誠の対象は党とされているが、事実上は習近平国家主席(党総書記)である。スパイ機関の幹部が政治面のお目付け役として乗り込んできた形だ。
党政治局員で別格の地位にある王毅外相以外の外務省高官の中で、李氏の序列は同省党委の斉玉書記(閣僚級)、馬朝旭筆頭次官(同)に次ぐ3位。書記として省内の人事を握る斉氏も、党中央組織部副部長から異例の人事で外務省に送り込まれた。
つまり、トップ3のうち2人は外部からの起用。しかも、その2人はいずれも人事に関わる重要ポストにある。習氏は外務省プロパーの王氏を重用してきたのに、外務省自体はあまり信用していないようだ。
近年、駐米大使から外相に抜てきされた秦剛氏や、党中央対外連絡部(中連部)の部長で外相候補だった劉建超氏(元外務次官補)が相次いで失脚したことが今回の人事の一因になった可能性もある。
■前外務次官、国家安保関係の要職に
6月29日には、4月に外務次官を退任した孫衛東氏が閣僚級の要職に就任したことが確認された。中国共産党結成105周年を祝う行事を報じた国営中央テレビの映像で、孫氏は中央直属機関の閣僚級幹部の席に座った。空席になっていた党中央国家安全委の弁公室常務副主任(事務局筆頭次長)に起用されたようだ。同弁公室主任は、党中央指導者が兼ねるので、常務副主任は事実上、事務方の責任者となる。
中央国家安全委は、習氏が率いる中央政策決定議事調整機関の一つ。国家安保政策を扱うので、国家安全省が委員会内で重要な役割を果たしており、習政権2期目の弁公室常務副主任は当時の国家安全相が務めた。その後任は元外務次官補の劉海星氏(現中連部長)。孫氏が後を継いだことで、2人続けて外務省からの起用となった。
中央国家安全委は、党中枢の事務を取り仕切る中央弁公庁主任と党中央書記局筆頭書記(幹事長に相当)を兼務する習氏最側近の蔡奇氏が深く関与している。事実上の政権ナンバー2といわれる蔡氏は中央国家安全委弁公室の初代常務副主任で、今は同委員会副主席。弁公室主任も兼ねているとみられる。
外交を扱う中央政策決定議事調整機関としては中央外事工作委員会があり、やはり習氏がトップだが、蔡氏は加わっていない。中央外事工作委の弁公室主任は王外相が兼務。王氏は政治局員、蔡氏は上級の政治局常務委員であり、党機関としての格は中央国家安全委の方が高い。
外務官僚は要職に就くルートが増えたことになるが、極端に閉鎖的な国家安全部門や保守派の蔡氏からの影響が強まることは避けられないだろう。
■対外姿勢は「闘争」
外相などとして重用されてきたとはいえ、王氏が習氏にとって外様であるのに対し、国家安全相の陳一新氏は、習氏が浙江省党委書記だった頃の直属の部下。習派内のいわゆる「之江新軍」の一員だ。その見解は習氏個人の考えを強く反映しているとみられる。
陳氏は国家安全教育の日(4月15日)を機に、国家安保に関する論文を党理論誌・求是に発表。対外的に「反転覆、反覇権、反分裂、反テロ、反スパイ、反封鎖闘争」を展開しなければならないとして、次のように説明した。
一、反転覆闘争=敵対勢力による「カラー革命」「街頭政治」など各種の浸透・転覆活動に厳しく打撃を与え、政権の安全、制度の安全、イデオロギー面の安全を力強く守る。
一、反覇権闘争=あらゆる一方的行動と強権的いじめに反対し、関税戦、貿易戦、科学技術戦、世論戦などの理不尽な行為に断固として反撃する。
一、反分裂闘争=「台独(台湾独立)」分裂勢力と外部勢力の干渉に断固として反対し、法律によって「台独」頑固分子に打撃を与える。チベット自治区と新疆ウイグル自治区における反分裂闘争を全面的に強化する。香港・マカオの長期的繁栄と安定を維持、促進する。
一、反テロ闘争=中国本土域外のテロ活動が域内に及ぶのを厳しく防止する。
一、反スパイ闘争=法律によって各種の機密窃取に打撃を与え、内通者を探し出す。輸出統制と安保審査の制度を整備し、食糧、エネルギー資源、重要な産業チェーン・サプライチェーン、重要インフラの安全を確保する。
一、反封鎖闘争=人工知能(AI)の技術革新を全面的に推進して、外国の技術を入手できない問題を解決し、水準の高い科学技術の自立自強を保障する。
なお、カラー革命とは、大群衆が非暴力の街頭行動で独裁政権を倒す政変で、ウクライナのオレンジ革命(2004年)がよく知られている。
これらの闘争方針は、「いつも外国から虐げられている」という中国共産党(特に保守派)の被害妄想的感覚がよく表れている。陳氏は「覇権」「一方的行動」「強権」を批判するだけでなく、一部の国が武力侵攻、資源略奪など「帝国主義的手段」に訴えていると指摘しており、警戒の主な対象が米国であることは明らかだ。
5月に訪中したトランプ米大統領が中国に融和的姿勢だったことから、日本では「米中急接近で日本が取り残されるのではないか」と懸念する声もあるが、陳氏は7月6日に国家安全省党委が開いた会議でも同趣旨の演説をしており、「トランプ政権とは仲良くできる」というような甘い見方はしていない。
筆頭外務次官の馬氏も7月15日、中央党校機関紙の学習時報に掲載した論文で「中米の建設的戦略安定関係を推進する」としながらも、米国に対する具体的スタンスとしては「闘争精神を発揚し、闘争の本領を高める」と強調した。重要なのは相互理解や協調・協力ではなく、闘争なのだ。
中国は経済失速で閉塞(へいそく)感が広がっている上、政権の支柱である軍は大粛清で混乱が続き、習氏が重用した政治局員が相次いで失脚するなど、政局も安定感を欠く。習氏はこのような状況下で、来年秋に開かれる見通しの第21回党大会の準備を進めなければならない。次期指導部人事などで主導権を維持するためにも、国内は引き締め、対外的には強硬という姿勢を一層鮮明にせざるを得ないとみられる。(2026年7月21日)