中国の習近平政権は反転覆、反覇権、反分裂、反テロ、反スパイの「五反闘争」を開始した。「内部の裏切り者」を排除するとしており、外国や台湾に対する警戒を強めるとともに、国内の政治的粛清を徹底するとみられる。

 

■「反中敵対勢力」警戒

 

 習近平国家主席が「総体国家安全観」を打ち出して、4月でちょうど10年。これを機に、習主席の側近として知られる陳一新・国家安全相は4月15日と29日に総体国家安全観に関する論文を発表し、その中で五反闘争の展開を以下のように指示した。論文はそれぞれ、共産党理論誌・求是と幹部養成機関の中央党校機関紙・学習時報に掲載された。

 (1)反転覆保衛戦を遂行する。対外的に政治の安全を守る鋼鉄の長城を構築する。反中敵対勢力による西洋化・分裂の企てを強く警戒し、域外からの浸透、破壊、転覆、分裂活動に厳しく打撃を与えて、(民主化運動で政権を打倒する)「カラー革命」を断固として防ぎ、国内では政治の安全に影響する土壌を取り除く。インターネット、高等教育機関などのイデオロギー陣地を守り、各種の誤った思潮に反対して排斥する。

 (2)反覇権総体戦を遂行する。保護主義や「デカップリング(分断)・チェーン遮断」に反対し、一方的制裁や極限の圧力に反対し、断固としてあらゆる形の覇権主義と強権政治と闘争を行う。

 (3)反分裂主動戦を遂行する。断固としてあらゆる形の「台独」(台湾独立)の企てを挫折させ、外部勢力の干渉に反撃し、台湾スパイを法により処罰する。全力で国家統一を促進し、平和統一の民意の基礎を手厚く育てる。

 (4)反テロ狙撃戦を遂行する。域内でテロ事件が絶対に起きないようにするとともに、域外からのテロのリスクを厳重に防ぐ。反テロの国際協力を深める。

 (5)反スパイ攻防戦を遂行する。反スパイ協調体制を整備し、改正反スパイ法をしっかりと実施して、断固として内部の裏切り者を排除する。

 中国当局者の言う「覇権主義と強権政治」は米国を指す。米国をはじめとする西側のさまざまな攻勢に対する守りを固めて、共産党の一党独裁を堅持すると同時に、台湾の併合による国家統一を目指すということだろう。

 「五反」はもともと、毛沢東時代の初期に反贈賄、反脱税などを口実に民間商工業者を弾圧した政治運動を指す。その名称復活は、習政権下で進む中国共産党の左傾化を象徴している。

 

■習派高官も粛清

 

 陳氏の論文で特に目立つのは「内部の裏切り者排除」。話の流れから、政権内にいる外国や台湾への内通者の摘発を指すと読める。しかし、中国の政治情勢に詳しい香港消息筋はいずれも、政権内の粛清強化を意味すると解説。ある消息筋は「敵がいなければ、つくればよい」と語った。粛清自体が目的であり、口実は何でもよいということだろう。

 4月2日、党中央規律検査委員会が重大な規律・法律違反の疑いで調べていると発表した唐一軍・前司法相の失脚は、その一環かもしれない。

 習政権下の粛清や左遷はこれまで、主に江沢民派や胡錦濤派が対象だったが、唐氏は「之江新軍」と呼ばれる習主席の浙江省人脈に属する。胡政権下で政治諮問機関の人民政治協商会議(政協)入りして、政治の第一線から退いたが、習政権になると、同省の寧波市党委書記や省党委副書記、遼寧省長を歴任。その後、司法相に起用されたが、昨年1月、江西省政協主席に転じていた。

 習派は党内で唯一の有力派閥となったことから、粛清の対象は政権の非主流派だけでなく、習派にも広がっていく可能性がある。習派内には、党中央書記局の蔡奇筆頭書記(幹事長に相当)を筆頭とする福建閥、李強首相らの浙江閥などがあるが、首相の地位が事実上どんどん低下するなど浙江閥は劣勢。粛清の拡大は事実上、福建閥主導で進められると思われる。

 5月18日には唐仁健農業農村相が党中央規律検査委の調査対象になったと発表された。現職閣僚の摘発は珍しい。同氏は習派の劉鶴・前副首相に近いといわれる。劉氏は官庁エコノミスト出身で、習派内の地方閥には属していない。

 

■「世界秩序を再構築」

 

 陳氏は論文で国際情勢について「四つの構図、四つの転換」という基本認識も示した。具体的には(1)力の構図=一極から多極へ(2)発展の構図=協力から競争へ(3)安全保障の構図=安定から震動へ(4)ガバナンスの構図=調整から再構築へ─という内容である。

 興味深いのは(1)の中の「新興市場国と発展途上国が実力と独自の発展能力、国際的影響力を不断に増し、世界秩序を再構築する重要な力となっている」という認識だ。中国は最大の途上国であり、習主席は「中国式現代化は途上国の模範」との見解を示しているので、中国主導で新興・途上国が世界秩序を再構築していくことを想定しているのだろう。これまでの「国際秩序の変革が加速している」という現状認識よりも積極的な変革の意志が強く感じられる。

 「中国は現行国際秩序の受益者であり、擁護者である」という日ごろの主張と矛盾するようだが、中国を含む第2次世界大戦の主要戦勝国を中心とする現行秩序の枠組みを維持しつつ、その中で途上国の発言権を大幅に拡大して、先進国優位の現状を変えていきたいと考えているのだろう。

 以上のような安保・外交全般に関わる大方針を、政権中枢の党中央指導部のメンバーではない一閣僚が発表するのは異例。ただ、陳氏は習主席に近い上、習主席をトップとする党中央国家安全委の運営にも関与しているとみられるので、陳氏の論文は習主席もしくは党中央の認識を反映していると見てよい。スパイ防止を任務とする国家安全省が習政権下でいかに影響力を増しているかがよく分かる論文でもある。(2024年5月26日)